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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
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力を合わせて


 アレウスとクラリエがほぼ同時に聖女――テッドに切り掛かるも後方への跳躍で避けられてしまう。

 いや、飛距離が長すぎる。さながら重力の半分以上をその身に受けていないような軽やかさであった。『軽やか(エアリィ)』の魔法の詠唱はなかった。無詠唱であるならその効果時間は短い。だからアレウスはクラリエにテッドの後方に回るように目で合図を送りつつ追撃へと移る。

「我が内に眠る聖女の記憶よ! こんな簡単な魔法だけしか使えんわけがないだろう! 私にその記憶の深奥を見せよ!」

 両目を見開き、アレウスを捕捉しつつ嘲笑う。

「“翼よ(ウィング)”!」

 テッドの背中に魔力の翼が生え、アレウスとクラリエの前後からの追撃を飛翔によって逃れる。アレウスは止まったがクラリエは構わず跳躍してその背後に短刀を振るう。

「よい、よいぞ! 魔力を簡単に振るうことができる! “火球よ(ファイア)()出でよ(ボール)”!」

 短刀を全身を覆った魔力の障壁で凌ぎ、翼を用いて旋回してからクラリエ目掛けて複数の火球が放たれる。

「“金属の刃(リッパー)”」

 両手に魔法の短刀を生み出して投擲し、クラリエは落下しながら自身へと降りかかる火球だけを炸裂させてから着地する。


「しかし大聖堂の屋上をこのような魔力を流したガラスで覆い尽くすなど、これでは花園ではなく鳥籠(とりかご)ではないか」

「飛んで逃げられないことへの苛立ちかしら?」

 空を舞うテッドにリゾラが問いかける。

「聖女の体を奪い取ったのに死ぬのが怖いのかしら?」

 ガルムは一匹から二匹、二匹から四匹と数を増やす。

「その番犬どもも飛べなければ私には届かんぞ」

「“ファイア(火球よ)()ボール(走れ)”」

 リゾラが召喚したガルムたちは縦横無尽に花園を駆け、テッドへと口元に火を溜め込み、塊として一斉に放つ。

「ぬはははははっ! そんな初級の魔法ごときで私を捉えられるものか!」

 火球を容易にかわしながら空中でテッドは杖をリゾラへ向ける。

「“魔法(マジック)()(アロー)”」

 魔力で構成された強烈な一本の矢が射出される。どの精霊の力も借りていない純粋な魔力の一撃。それはアベリアが習得した無詠唱で放つ魔力弾や打撃にも似てはいるが、詠唱を挟む分こちらの方が威力は高そうに見える。

 それでもリゾラは矢を難なくかわす。

「そこだ!」

 テッドが杖を振るとリゾラに避けられた矢が切り返し、再び彼女へと向かう。

「私からも言わせてもらうけど」

 再度の襲来を彼女は目を向けもせず、片手で魔法の矢を掴む。

「こんな初球の魔法で私を始末できると思った?」

 掴んだ矢を握り潰し、自らの糧としたリゾラはガルムに横向きに乗り込む。続けざまに放たれた魔法の矢をガルムの足でかわし、自身は複数のガルムたちに火球を撃たせる。


 明らかな攻撃の隙が見えて、アレウスは短剣を握る手に力が入る。誘われているようにも思えるが、油断してくれているのなら突破できるかもしれない。なによりリゾラが注意を惹き付けているこの時間になにもしないのはそれこそ無駄である。テッドが、そしてリゾラが『火球』の魔法を使っている時点でこの花園に充満していた異臭が揮発油から来るものではないことは確定している。

 貸し与えられた力を着火させて、テッドへと跳ぶ。短剣に込めた気力から放たれる飛刃はあと少しでテッドを切り裂くところだったが、合間に入ったリリスに遮られる。

「なぜだ、リリス!?」

 着地してアレウスは叫ぶ。

「テッド・ミラーだ! お前が守るべき聖女じゃない!」

「いいや、まだ分からん」

 リリスは爪を振るってアレウスへと追撃する。炎を込めた短剣で切り払い、数度の剣戟と数度の爪撃が重なりつつも互いの致命傷に至る一撃には至らず、互いに互いを拒むように短剣と爪を弾き合って距離を取る。

「それに、たとえテッド・ミラーに成り果ててしまったとしても、ワラワたちに歯向かう権利は与えられてはおらんのじゃ」

 背後にプレシオンの剛腕が迫る。寸前で避けるも床が砕かれ、礫が体を打つ。続いてアレウスへクレセールが両腕を刃に変えて詰め寄ってくる。

「俺様たちは『養眼』から零れ落ちた命。『養眼』の聖女の中身が変わろうと、従わなきゃならねぇんだよ!」

「我らに自由はない。だから自由を求め続けてきた」

 後方のプレシオン、前方にはクレセール。そして右からリリスが時間差で迫る。せめて同時であったなら避けられるが、この統制の取れた攻撃には微塵も隙がない。左に飛び退いてしまえばいいが、リリスなら幻影を置いて塞ぐげるがそれをしていないのだから誘導である。乗ってしまえば状況が更に悪化する。ならば真上への跳躍が正しいようにも思えるが、そうなるとテッドがリゾラの隙を見てこちらに魔法を放ってくる。


「“我が名に於いて命じる”」

 アレウスの周囲に床に突き立った短刀が呪いの力を放つ。

「“動くこと(あた)わず”」

 『不死人』の三人が魔法の短刀が作り出した境界線を踏み越えた直後、全ての動きを停止させる。極めて僅かな時間であったが、クラリエの呪術によってアレウスはクレセールとリリスの合間を駆け抜けることができた。


「助かった」

「油断大敵だよ」


「乗ってはこんか、さすがじゃのう」

 呪術を力ずくで払い除けたリリスが呟く。左にしかなかった逃げ道に種明かしとばかりにリリスの幻影が多数現れ、四方八方から飛刃を放ってみせた。

「じゃが、無駄にはならん」

 放たれた飛刃が収束して一塊になると、空間すら切り裂きかねないほどの真空の刃となってアレウスたちに撃ち放たれる。速度が飛刃のそれではないが、炎を宿した短剣で斜め上空へと弾く。

「弾いたところで」

「戻せるんだろうけど、どうかな?」

 リリスが僅かに顔を上げる。アレウスが弾いた真空の刃はテッドの間際を抜け、その思わぬ横槍によってリゾラが走らせているガルムの口から放たれた火球が一発だけ直撃する。戻ってくる真空の刃をアレウスは再度避けて、正面に見据えてから一直線に向かってきたところを断ち切って、中心部から破裂させる。

「やるではないか」

 リリスは己がやった失態を反省するどころかアレウスを褒めてくる。

「お前、従っているフリをしているだけだろ?」

「どうじゃろうな? 少なくとも聖女様に仇名す者は全て排除すると心に決めておるよ。ワラワだけではなく、クレセールもプレシオンも」

 複数体の幻影がリゾラが召喚した複数体のガルムを次から次へと爪で切り捨てていく。

「それに、あの程度で聖女様は死なん。言っておったじゃろ? 何度でも甦る。『養眼』の感覚器官たる聖女様は永遠に死なん」

「テメェらがなにをしようと無駄ってことだ。俺様たちに手一杯じゃ、()()も止めらんねぇだろ?」

「我らもまた甦る。貴様たちと共に死のうとも、我らだけは甦る」

「……まぁあたしたち冒険者も死んで甦ることはできるんだけどさ」

 アレウスの顔色を窺いながらクラリエは呟く。

「『不死人』は甦る速度が尋常じゃなく速い上に『衰弱』を克服している。死んでからの次の行動へ移る速度は僕たちよりもずっと速い」


 テッドも『不死人』も『落星』も、どれもこれもをどうにかしなければならない。一つも取り零せない。


 『落星』を処理し、リゾラに加勢してテッドを倒し、『不死人』と交渉する。これは理想ではなく現実にしなければならないことなのだが、『不死人』の三人がそれを阻止してくる。このままでは全てがテッドの思うがままであり、『不死人』が有利だ。


「ここで切るか……」

 “火天の牙”を放てば隙は必ず生じる。それに乗じてクラリエが突き進んで『不死人』を一人でも倒してくれたなら有利が作れる。

「それは駄目だよ。“火天の牙”は『落星』のために置いておかなきゃ。私の『衣』じゃ、あの魔法は打ち砕けない」

 だから、と言ってクラリエは『緑衣』を纏う。

「なんとかしてあたしが三人を止めて、その間にアレウスが落ちてくる星を砕く。それしかない」

 果たしてそうだろうか。“火天の牙”を撃ったところで、あの『落星』を打ち砕けるようには思えない。単純に気力と魔力のぶつかり合いで負けており、加えて自信がない。


 だが、やらなければならない。これは今までにも何度もあった出来る出来ないではなく、やるかやらないかの話だ。打ち砕くことが不可能であったとしても、最善を尽くしても駄目だったという諦める理由を求めなければならない。


「俺様たちに生き様がないことを嘲笑いながらエルフはどいつもこいつも生き様を燃やす。どっちが人生を大切にしてねぇんだって話だ」

 腕を刃にしたまま伸縮させ、クレセールがクラリエを急襲する。緑色の魔力を炸裂させながらクラリエは目にも止まらない速さで駆け抜けてクレセールに近付き、その脇腹を短刀で引き裂いてから幻影を置いて景色の中に溶け込む。

「ワラワに気配消しなど通じんぞ! 『衣』を用いたのなら尚のことじゃ!」

 リリスは惑わされずに爪で幻影を引き裂いてから、同じく幻影を呼び出して気配を消したクラリエへと走らせる。

 気配消しを解いてクラリエが姿を現し、手元にある短刀を全てリリスの幻影へと投擲して消し去り、靄のように消え去った幻影を押し退けてやってきた本体の爪撃を短刀で凌ぐ。

「その剣、魔力で紡いでいるのなら折ってやろうぞ」

 クラリエが爪を弾いたと同時にリリスは両手を大きく広げて爪を鋭利に伸ばし直し、力任せに前方へと振り下ろす。避けたクラリエを追うように、更にもう一方の腕を時間差で振り下ろす。

「これは違うよ」

 四本の爪が床を断裂させる中、一本の爪を短刀で防ぎ切ったクラリエはボソリと呟きながら『緑衣』に床を叩かせて跳躍する。

「これは叔父さんがあたしにくれた名刀」

「“曰く付き”か?!」

 クラリエが短刀に力を込めたのを見てリリスが防御姿勢を取る。

「ううん、本当に名刀ってだけ」

 空中で『緑衣』の一部を炸裂させて斜め下へと急加速してリリスの首筋を切り裂く。

「首は取らせん」

 首から噴き出す血を片手で押さえて指を滑らすだけで断裂した肉や血管、皮膚を繋ぎ合わせて着地したクラリエをリリスは見る。

「外されたか」

 『首刈り』に失敗した彼女が向き直る前にリリスが背後に迫る。


 ただし、その背後にアレウスが迫る。


「僕が見ているだけだと思ったか?」

「なんじゃ……? ワラワが気配を、読み誤った、じゃと?」

 リリスがクラリエを見やった際のまばたきに合わせた『盗歩』と気配消しによる接近を成功させ、アレウスは彼女の首に刃を這わせる。

「その無法は我が許さん」

 首を切り裂く前にプレシオンが剛腕で床を揺らす。震動によって足元が覚束ない。そして短剣の軌道がブレる。翻ったリリスがアレウスの短剣を手で掴み、炎で焼かれながら投げ飛ばす。

「これでも駄目か!」

 そもそも一人に的を絞っても他の二人に警戒されては倒せない。分かってはいたが、クラリエの作った好機をものに出来なかった自分自身に苛立つ。

「焦ってきたな? 焦れば焦るほど俺様たちを倒すことはできねぇぞ!」

 追撃しようとしたアレウスだったがクレセールが突撃してきたせいでリリスと距離を離さざるを得なくなる。


「ヘイロン? 隠れていないで出てきなさい。それとも寄生できるロジックが見当たらないからジッと隠れていることしかできないのかしら?」

 リゾラはテッドと戦いながらヘイロンを探している。その余裕をアレウスたちに回してほしいとも思ったが、彼女は恐らく余裕があるフリをしているだけで実際には余裕がない。それでもヘイロンを探せる余裕がこちらにはあるのだと見せつけている。そうすることで宙を舞うテッドの動きに変化が起こるかもしれないからだ。

 手詰まりであるのはリゾラも同じ。戦いが二つに分かれてしまったことで互いに干渉するのが難しくなった。真空の刃のような干渉の仕方もあるにはあるが、もうリリスはあんなヘマはしないだろう。テッドに火球を一発当てるためだけにガルムに犠牲が出て、手数も減ることになった。アレウスの手助けは彼女にとってはまさに余計なお世話だったに違いない。

「また嫌われそうだ」

「嫌わない」

 呟いたアレウスのすぐ傍にガルムに横乗りしているリゾラがやってきて言う。

「優しさの空回りを私は笑わない。それに、私の方が周りを見えていなかった」

 彼女の体から放出された魔力がガルムやスライムではなく、数匹の兎の魔物を呼び出す。

「『落星』をどうにかしてからテッドとヘイロン、そして『不死人』。この順番でいい? 私、冒険者じゃないからそういうところは分かんないから」

「ああ! その順番で問題ない!」

「あとさっきから魔物を呼び出しちゃっているけど」

「君がちゃんと制御できていて僕たちに及ばないなら気にしない」

「なにそれ、冒険者が言っていいことなの?」

「緊急事態なんだから、使えるものは使う。それこそ魔物でも」

「あたしもそれに賛成」


「暢気なことを言っているな」

「ワラワたちをどうやって止めると言う?」

「無駄な足掻きをするんじゃねぇ!」


 アレウスとクラリエが迫る『不死人』の三人に身構えるが、リゾラが手で制する。

「大丈夫、あなたたちが相手にする必要はない」

 兎の魔物が動く。

「聖女が神の使徒であるのなら、聖女の使徒は神よりも低位。だから、手を出せない」

 刃の腕も、爪も、剛腕も、兎の魔物を倒す寸前で止まる。

「そういう魔物がいることを、あなたたちは知っていたかしら?」


「ヴォーパルバニー……」

 アレウスは静かに呟く。

「“神憑き”の、魔物」


 初めて見たのはジュリアンが年齢を偽って冒険者のテストを受けたときだ。魔物でありながら木っ端の死神を宿しており、信仰心の厚い者が多ければ多いほどに能力値が上がる性質を持つ。なにより神官や僧侶が死神であっても神は神であるがゆえに戦いを拒み、嫌い、近付けない。そして『首刈り』の技能すら持っている。見た目に反して新米や初級、中級の冒険者殺しとしてギルド内では有名である。


「とっておきではないんだけど、ヘイロンが神官や僧侶に扮している場合も考慮して服従させておいたんだけど」

 五匹のヴォーパルバニーが『不死人』の三人の周りを悠々と駆け回るが、三人は一向に動く気配がない。

「あなたたちにも有効だったのは意外」


「そちらに魔力を回したな、リゾラベート?! それこそ大きな大きな間違いだ!! “魔法の矢”!」

 テッドが空中から魔法の矢を撃つ。


 リゾラの胸部を刺し貫く直前――急に魔法の矢が消失する。


「わりぃな、アレグリア。昔から手癖が悪いんだ……っつーか、これで説明すんのは何度目だ?」

 後方から面倒臭そうに女性の声が聞こえる。振り返ると、女性の手には魔法の矢が握られており、それを握力で粉砕する。

「……テメェ、アレグリアじゃねぇな? やっぱテッドに乗っ取られてんのか。進言はしておいたはずなんだが」


「オーネスト」

 クレセールがヴォーパルバニーに睨まれて動けないまま口を開く。

「この魔物どもをどうにかできねぇか?」

「おいおい、アレグリア様とやらには早い内に言っておいたはずだ。こんなことをしているとテッドに全て乗っ取られてしまうと。それを無視したのはどこの聖女様で、どこの『不死人』だったか」

 女性は歩きつつ、ヴォーパルバニーを眺める。

「冒険者殺しの『首刈り兎』か。確かに聖女が生み出した『不死人』じゃ、こいつには手も足も出ねぇな」

「はよう始末せい」

「断る。私のモットーを教えておいてやる。魔物退治はギルドで依頼を受けてからじゃなきゃやらねぇんだ。無償でやるのは人助けぐれぇだよ。んで? 外郭でヒッソリ暮らしていた私んところに兵士たちを寄越した聖女様に私がどうして助太刀してやらなきゃなんねぇんだ? ついでにもう聖女様じゃねぇときた」

「……! 隠れ家の、給仕係をしていた奴隷の……?」

「ついさっき同じように驚かれた気がするが、まぁ説明なんざしている暇はない」

 オーネストが空を見る。

「今の私には星を打ち砕く術はない。こう見えて、全盛期からかなり劣ってしまっているんだ。まったく、年は取りたくねぇもんだ」

「そうでしょうか?」

 『黄衣』を纏った者がクラリエの横に立つ。

「私にはあなた様なら片腕一本で粉砕してしまいそうに思えますが」

「イェネオス!」

「ご迷惑をおかけしました、クラリエ様。この罪は、あの星を打ち砕くことに協力することで償いましょう」

「罪だなんて思ってない。あなたが無事であたしは良かった!」


「さぁ、小僧。テメェが求めていたもんがやって来たぞ」

「アレウス」

「アレウスさん!」

 花園にフェルマータと手を繋いでいるアベリアと『黒鷹』の外套を纏ったアイシャ、そしてオーネストが降ろしたニィナが目を覚ます。

「ん? 先にドワーフを行かせたはずなんだが」

 頭を掻きながら女性は首を傾げる。


 全員の合間を擦り抜けて、なにかが通り抜ける。


「ずっとスティンガーの魔法で隠れさせてもらっていた」

 花園の出口である階段の前にガラハが立つ。

「『不死人』か、それとももう一人か。オレがやるべき最初の役目を遂げるには、我慢比べをするしかなかった。スティンガー!!」

 ガラハの懐から飛び出したスティンガーが腕を蜂の針のように鋭く尖らせ、不可視の存在に突き立てる。

「くそ、くそくそくそくそっ!!」

 辺り一帯に魔力を放出しながら不可視の存在はゆっくりとその体をアレウスたちの前に晒しながら後退する。


「そこにいたんだ、ヘイロン? ずっと階段から降りる隙を窺っていたの?」

「寄生したロジックを捨てて、あたしだけのロジックになってんのに……気配も姿も、なにもかも消せねぇ! これが『妖精の一刺し』かよ!」

「あなただけずっと自分自身を隠して生きていただけでみんなは自分の生き様を晒しながら生きている。おかしかったことが普通になっただけでそこまで戸惑うなんて」

 リゾラはガルムを呼び出してヘイロンを追い立たせる。

「ありがとう、ドワーフ。あなたがずっと隠れていたおかげで、この場所から一人も逃がさずに済む」

「……この女がオレに礼を言ってくるとは、一体なにがあったんだ?」

 訝しみながらガラハはアレウスに訊ねてくる。

「取り敢えず、感謝は受け取っておいてくれ。返却するかどうかは後回しだ」

 冗談を言っている場合ではないが、冗談で返して気分を入れ替える。

「ようやく前衛が来てくれた。『不死人』はヴォーパルバニーが睨みを利かせている間は動けない。僕たちはあの落下してくる星を打ち砕く。クラリエとイェネオスはリゾラを援護してテッドとヘイロンを。ガラハは『不死人』が動いたらすぐに対処。アイシャは……その外套については今は聞かないし、僕を守らなくていい。星を打ち砕けなかったときのために大詠唱の準備を。あとはフェルマータを頼む」

「『衣』を纏ったエルフとは協力が難しくなるという話を知っていますか?」

「知っている。でもリゾラがそもそも誰かと動きを合わせて戦うことに不慣れなんだ。そういうの意識させたくないし、だったらいっそのこと合わせない方が動きやすいはず。生き様を燃やしているエルフ同士なら連携も取れるだろうから、あんまりリゾラのことは考えなくていい」

 イェネオスの問い掛けにアレウスはそう答える。

「信じているのか丸投げなのか」

「でも周りと合わせられないだろ?」

「アレウス以外と合わせるのは多分だけどすぐには無理」

 無理と断言されたので、方針転換は無しとなった。


「それじゃ行こうか、アベリア」

「うん」

 アレウスはアベリアと手を繋ぐ。

「……その隣に立てるあなたが羨ましいわ、アベリア」

「え?」

「あなたへの復讐は取り消す。だって、あなたはずっと気に病んでくれていた。そして、アレウスがずっと信頼を置いている。もう、私を怖がらなくていい。だから、その手に握る相手を大切に想い続けて」

 そこまで言ってアベリアの体の震えにリゾラは気付く。

「テッドが怖い? 昔のことを思い出す? 過去はあなたを傷付けないけれど、過去はずっと付いて回る。いつでも消える可能性のある未来と比べて過去は消えない。でもね、アベリア? あなたは怯えなくていい。ただ自分を信じるだけでいい。だってあなたは私なんかよりも()()から。ずっとあなたを憎んでた。逃がしてやった恩も忘れて、普通に暮らしているんじゃないかって。けれど違った。あなたのその後を調べれば調べるほど、私とはまた違う過酷な日々を乗り越えていた。辛さの種類は同じではないけれど、苦しいことに軽いも重いもないから」

 淡く微笑む。

「お互いに辛いところから出られてよかった。逃げたあと、ちゃんと生きていてくれて……よかった」

「……うん」

 『原初の劫火』が燃え上がる。

「ありがとう!」

「ふふっ、やっと『御免なさい』じゃなくて『ありがとう』って言ってくれた」

 リゾラはアベリアの心に歩み寄り、アベリアも拒まず彼女の心へと歩み寄った。


「謝罪? 感謝? くだらん、くだらんな。私を追い続けながらも俗世に囚われ直してしまうとは。その手を血で染め上げてきた事実は変わらん! そして! くだらん者たちが集ったところで、どうにもならん。この私が!! 聖女なのだからなぁ!!」


「ニィナ」

 アレウスは最後に目を覚ましたばかりのニィナに声を掛ける。

「『人狩り』が、そう呼ばれる前になんと呼ばれているか覚えているだろう?」

「星……狩り」

「あれはきっと異界獣のことを指しているんだろうけど、君の矢はきっと星を穿つ」

 信じているよ、とアレウスは言ってアベリアと共に飛び立った。

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