世代は移った
♭
「……テッド、それはあなたの魔法?」
イプロシアは呟きながら天を仰ぐ。しかしその顔には苛立ちや怒り、焦りや腹立ちといった感情は一切乗っておらず、むしろ虚しさを示している。
「顔を姿を声を性別を変え、果てには肉体すらも変えておきながら私が見せた魔法だけは記憶し続けていたか」
やがて満足したように天を見るのをやめ、建物に入っていく。
「『赤星』、『紺碧の星』に続く『落星』か……けれど、テッド? あなたのそれはあまりにも使い勝手が悪すぎない? 『火星』を見せた者たちが使えるようになった魔法のどれよりも、あなたのそれはくだらない」
扉を魔法で閉じ、イプロシアは溜め息をつく。
「宮廷魔導士として辿り着いたあなたの最上級の魔法がそれなのは、ガッカリかな。それじゃ私の娘は殺せない。それどころか、『勇者』の血を分けられたアレウリスすら、殺せない。はぁ、残念。私が知っている有名な魔法の使い手がまた一人、死ぬなんて」
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『竜狩りの一族がまだ生きておったとはな』
フェルマータの過去――自身が異界に堕ちる前の出来事が曖昧ながらも脳内に記憶として駆け巡る。
『ここいらの連中は始末した。でもよ、テッド? テメェがビビるほどの連中じゃねぇだろ。むしろ奴隷として売ってしまった方がよかったんじゃねぇのか?』
ジッと、世界を見つめながら記憶がゆっくりとフェルマータに理解してほしいと訴えてくる。
『神々の時代、竜がこの世の全てを支配していた。宮廷魔導士だった私よりも遥か以前の時代の話だ。多く生じた国々が闘争を繰り返して木っ端のように潰えていく。竜は冷ややかにそれを眺めていた。そんな中、竜に戦いを挑んだ一族がおった。その一族の勇気が、蛮勇が、のちの竜狩りの礎を築き、流行とし、世界に人間が蔓延るようになった』
涸れた声でフェルマータを嘲る。
『しかしどうだ? 今や竜の時代は終わりを告げ、竜狩りの一族もまたその隆盛を終えた。竜を狩ろうにも竜が人間に手出しをしなくなったのだ。竜を狩ることでしか生計を立てられないこの一族は人間たちになんと呼ばれたと思う?』
『知らねぇっつーか興味がない』
『野蛮な連中にして国にとって不利益をもたらす連中……蛮族だ。国を追われ、故郷を追われ、居場所を失い、流浪の民となってもこびり付いた竜狩りの血は決して拭い去れず、どこに根差すこともできない根無し草。賊のように金で雇えもしない領土を喰い荒らす害虫。ゆえに、歴史の表舞台から姿を消して、隠れ潜むことしかできなくなった』
逃げなければ、とフェルマータは本能的に思い、背中を向ける。
『んじゃ、わざわざ殺す必要もなかったんじゃねぇの?』
『いいや、始末はしなければならない。なぜなら、』
逃げるフェルマータにテッドの魔手が伸びる。
『竜狩りこそが、この世に蔓延る冒険者どもの先駆けとなったのだから。こんな蛮族どもが竜を狩ろうなどと思わなければ、『勇者』どころか冒険者ですらこの世には現れはしなかった。そう、神代に起こした蛮勇が、のちに『勇者』を生み出す原因となった。こんな連中が存在しなければ、『みんながテッド・ミラーになれる方法』など国王は研究させもしなかっただろう』
テッドの魔法がフェルマータを撃ち抜くそのとき、自身の足元の落とし穴に堕ちた。
それからフェルマータはずっと生まれ育った集落とは別のところで時を過ごしていた。
そこが異界と呼ばれるところだと教わったのはつい最近の出来事である。フェルマータは落とし穴にハマってから気を失っていたので、介抱してもらったときにどこか知らないところへと運ばれただけだと思っていた。
異界にはなにもなかった。愛情も、優しさも、正しさも、間違いも――なにもかもが自己責任であり、全てにおいてフェルマータは無力であった。物心が付く前から、なにを学ぶわけでもなくなにを知るわけでもなく、自分自身にある生存本能だけを頼りに生きることを求められ続けた。
それでどうして生きられたのか。相応に思考ができるようになってきたフェルマータは疑問を持った。自身と同じぐらいの歳で異界に堕ちてきた子供たちは誰一人として生きられなかったが、どういうわけか自分だけが生き続けている。
思えば、お腹が空いたときも喉が渇いたときも、都合の良いように僅かばかりの食料と飲み水がフェルマータの住処には置かれていた。子供心にこれを不審に思い、寝ずの番で住処にやって来る者の正体を突き止めた。
『かつての恨みはあれど、同じ眼を持つ童を見殺しにするほどの畜生ではない』
あまりにも体格の大きな、とてもではないが人間とは思えない男がフェルマータの頭を撫でた。
『それでも童は我から施しを受けるだけでなく、己が自身で飲み食いできるようになるべきだ』
その後、住処に置かれる食べ物と飲み水の量は一気に減った。空腹も喉の渇きも我慢し続けていたが、遂に耐え切れずに自発的に調達するようになった。残飯であったり盗みであったり、時には食べ物のためだけに身を粉にして荷物運びをした。それが仕事や労働と呼ばれる物と知るのはそれよりあとのことだった。非力なフェルマータはさほどの貢献もできず、貰える食料はいつも最低限ではあったが、めげずに続けていると雇い主が少しずつ渡してくれる食料を増やした。それでも僅かであることには変わりなかったが、自分という子供が最低限度、生き抜くことはどうにかできた。
読み書きを学ぶのは至難の業だった。言葉は相手の発した声を真似て、相手の反応を見ることで話せるようにはなったが文字だけはどのように試行錯誤しても簡単な単語だけしか身に付くことはなかった。
「とっとと起こせ!」
オーネストの怒声に驚き、フェルマータは瞼を開く。
「起きた?」
アベリアが自身に問い掛けてくる。
「え……と」
「御免ね、私がちゃんと守れていない」
そう言っている最中にも無限のように突き出てくる武器の数々が矢のように降りしきるが、アベリアの生み出す魔法の障壁がその刃からフェルマータを守る。
イェネオスが跳ね、テュシアが纏う金属を黄色の魔力を帯びた拳で弾き飛ばす。弾けた液体金属は弾丸に変わって、全方位からイェネオスへと放たれるがオーネストの右手が空を払うだけで全ての弾丸は彼女の手中にいつの間にか収まり、そこに魔力を込め直してテュシアへと撃ち返す。
「この異臭が油によるもんなのか、それともハッタリのために臭い付けされた水なのか、判別ができねぇな。試しに火を点けてみるか?」
「怖ろしいことを仰らないでください」
弾丸を受けてもテュシアはそれらを液体金属へと溶かして纏い直し、溢れ出る鋼鉄の刃を両手に握ってオーネストに向かう。それをイェネオスが真横から拳で打ち飛ばしで防ぐ。
弾けた液体金属が全て刃となり、激しく回転しながら切り刻もうとするが、駆け抜ける二人の素早さには追い付けない。
「なに、を、するべきですか?」
「なんだろう、なにをしたらいいんだろう」
アベリアはフェルマータの問いに首を傾げる。
「でも、するべきって思う必要はないんじゃないかな。フェルマータがなにをしたいか、だと思うけど」
「なにを、したい、か? したい? するべきとは違いますか?」
「違うよ」
『するべき』という言葉はあるが『したいか』という言葉は曖昧にしか記憶できていない。
「なんでこの状況で落ち着いていられるんですか」
アイシャが嘆く。
「私たちは別に、物凄く優位に立てているわけじゃないんですよ? 急がないと、お二人の体力が尽きてしまったら!」
不意に足元から武器が突き出してくるが、アベリアがフェルマータを抱えて跳躍して難を逃れる。アイシャもまた足元に張った魔力の障壁で凌いでいる。
「こうやって後方の私たちに攻撃する回数だって増えるんです!」
「うん、でもこういうのって急いだらどうにかなるわけでもないし」
アベリアはフェルマータを下ろす。
「ねぇ? エイラとはなにを話していたの? 物凄く楽しそうにしていて、勉強も熱心にしていたよね。そこに多分、フェルマータにとって大事なことがあると思うんだけど」
「大事……大事なこと、大事?」
「大切って意味だけど」
「大切……?」
アベリアが後方に迫る液体金属を魔法の障壁で弾く。
「火の精霊の加護を使わずに障壁を張るのも、大変……」
「大切ってなんです?」
「ええと」
答えあぐねている。それほどまでに答えにくいものなのか。だったら自身には分からないものだ、とフェルマータは諦める。難しい言葉や難しい感情表現を持ち合わせてはいない。
もっと分かりやすく話してほしい。
危機的状況にあっても、どれほどに敵意が剥き出しにある状況にあっても、フェルマータは守られながらも自分本位な感情に揺さぶられる。
「あなたにとって苦しいことってなんだったんですか?」
我慢ならずといった具合でアイシャがフェルマータに問う。
「アイシャ」
「言わせてください、アベリアさん」
彼女はアベリアの制止を振り切る。
「苦しいとき、辛いとき、あなたはなにを糧に、なにを力に変えて頑張ったんですか?」
「糧……頑張る?」
「生きるために、守らなければならなかったのは?」
「それ……それ、は、命、とか……?」
命という言葉は知っている。エイラが教えてくれた。複雑そうに、難しそうに頭を悩ませながらエイラは言ったのだ。
『命がこの世界で最も尊いんだよ』と。尊いという言葉が分からないので訊ねてみたら、エイラもあんまり分かってはいないらしくて首を傾げた。けれど、そのあとで『命は手放してはいけないものなんだよ』と言い直してくれた。それはエイラも分かる。荷物運びの際に何度も掴み、何度も手放した。
命は手放してはならない。それは恐らくアベリアが言うところの大事なことや大切という言葉に当てはまるものなのだろうか。
「おい、聖女見習い! 『不死人』の前に出ろ! テメェが前に出なきゃコイツの動揺を誘えない」
「はい」
アイシャが強めにフェルマータの肩に手を置く。
「お願いします。あなたに、大切な人の命が掛かっているんです」
「……手放したくない、もの?」
「当たり前です」
そう答えてアイシャが走る。オーネストまで迫っていた幾重もの液体金属の鞭は傍にアイシャが来たことで軌道がズレ、全てが地面や壁へと逸れる。
「まだ思考は出来ているみてぇだが、そろそろ助かりそうもねぇな」
「そんな!」
「仰ってあなたを焦らせているだけです。お気になさらずに」
オーネストの暴言をイェネオスが否定する。
「とはいえ時間が経てば精神を蝕むのは当然のこと。『初々しき白金』が及ぼす精神汚染がいかほどかは知りませんが……本当にあなたのロジックで抱え込めるアーティファクトだと思いますか?」
「分かりません! でも、私一人の命で済むのなら! 私はニィナさんよりもずっとずっと、小さな命ですから……! ニィナさんは生きなきゃならないんです! 絶対に!」
それは違う。
「言っていたことと、違う」
命は手放してはならないもののはずだ。なのに自身に語り掛けたアイシャは自分から命を手放すようなことを言い出している。
「違う……違う、命は手放しちゃいけないもの」
感情が渦巻く。これほどに胸が説明し辛いほどに締め付けられるような感覚に陥るのは初めてだった。
「あれは命を蝕んでる」
そして、この場に似つかわしくない力の暴走がようやっと仄見える。手放してはならない命を脅かす、命とは遠いところにあるべき力の存在が。
「できそう?」
「……でも」
フェルマータは迷う。さっきの話をアベリアが自身に噛み砕いて説明してくれた。自分自身に見えている物を、他のところに移す。その他のところとはアイシャだと。
命を手放そうとするアイシャのところに、こんな力を移したくはない。
「アイシャはこんなことじゃ死なないよ」
「なんで、そんなことが分かるのですか?」
「なんとなく、かな」
「……怖い、無理、です」
そのような曖昧さは恐怖でしかない。フェルマータの指先一つで、アイシャの命が蝕まれてしまうかもしれない。
「アイシャさんが死ぬことを怖れています」
「私が死ぬ?」
イェネオスからアイシャへとフェルマータの感情の推移を伝えられる。
「死ぬ気で親友を苦痛から解き放ちたいだけで、普通に生き残る気でいますから!」
だから、とアイシャは叫ぶ。
「私がどうなるかなんてやってみなきゃ分かりません! でも、やらなければニィナさんがこのまま喰い殺されることは確実なんです! お願いします!」
「テメェは本当に聖女見習いか? 言っていることが支離滅裂過ぎる」
アイシャから逸れる液体金属の攻撃をオーネストが全て捌き切る。
『勇気ってね、一歩目にあるんじゃないんだよ? 一歩目はみんな怖がりながら踏み出しているの。でも、最初の一歩が踏み出せたら、二歩目、三歩目は少しずつ怖くなくなるの。するとね? 十歩目には自信が付くの。だから私は、十一歩目を踏み出せたら、それはきっと勇気って呼べるものなんだと思う』
エイラの何気ない言葉が脳裏をよぎる。
「一歩目は、誰だって、怖い」
指先がニィナを包む暴走した力を捉える。
「怖い、けど、歩かなきゃ……歩くのが、勇気に、繋がる」
フェルマータの『竜眼』が見開き、視界の中の違和感――命を蝕む力を捕捉し切った直後に、半ば無意識の中で彼女は指先をニィナからアイシャへと滑らせた。
「この力は、あの人の命を、食べているから……駄目!」
周囲を満たしていた液体金属が制止し、地面から突き出していた武器の数々が形を保てなくなって崩壊する。
「どう、なりましたか?」
探るようにイェネオスがアイシャに訊ねる。ニィナはさながら核を失ったスライムのように液体金属から解放され、地面に横たわっている。そして地面を流れている金属は全てアイシャの方へと寄っていく。
「私にもまだ分かりません」
実感が湧いていないらしく、アイシャはイェネオスへの返答を曖昧なものとする。しかしフェルマータの眼には『初々しき白金』と呼ばれるニィナの命を蝕んでいたアーティファクトが彼女のロジックに移ったことが見えている。
「ニィナさんは?!」
自分のことなど後回しとばかりにアイシャはニィナへと駆け寄る。手を口元にかざし呼吸をしていることを確かめ、続いて胸に手を当てて心臓の鼓動も確認する。
「どうだ?」
「はい、無事に生きて、」
言い切る前にニィナの額を音もなく弾丸が貫く――前にオーネストの右手がその凶弾を掴む。
「私の前で飛び道具如きで誰かを殺せるとでも思ったか?」
その発言に臆さず、尚も複数の弾丸がニィナだけでなくアイシャを狙う。それら全てを右手で払うようにして収集し、オーネストが足元に落としていると、彼女の左手の平を弾丸が貫く。
「ちっ!」
「左手が弱点か? いや、神に捧げて弱点にしたことで右手に神を宿したのか?」
「待ちなさい、エレオン! この方たちは、っ!」
イェネオスが黄色の魔力を発して有無を言わさず放たれる弾丸を弾く。
「俺の弾丸には『呪い』が込められている。テラー家の『衣』で受け止めていても、その身に『呪い』は届く」
全ての弾丸を受け止め切った彼女が息も絶え絶えになりながら膝を折る。
「まずは面倒なテラーの娘。次はその右手に神の如き力を備えた女か……それとも、『初々しき白金』関連の二人のヒューマンか」
悩んでいるような声がした方向にアベリアが魔力を固めて撃ち放つ。家屋が崩れて屋根の上にいたのだろうエレオンが降り立つ。
「どうして、この方々を狙うのですか」
「言っただろ? 邪魔な存在なら問答無用で排除する。『初々しき白金』は邪魔が過ぎる。暴走されれば多くの命が脅かされる。だったら始末しておいた方がいい。俺だって怖いんだぜ? だからずっとアーティファクトの範囲の外で気取られないように様子を窺い、こうしてようやく始末する好機を得た」
尚も魔力を展開するイェネオスを邪魔臭そうな顔をしつつエレオンは言う。
「私の前で殺せると思ってんのか?」
「いやいや、『阿修羅』のオーネスト様と真正面からやり合う気はないさ。けれども、オーネスト様? あなたはご自身の前で喪われる命を見逃せない。だから、あなた以外の命に狙ってしまえば、あなたの行動は制限することができる。そう、あなたは守れる範囲が広すぎるがゆえに、強欲にも目に見える範囲の命を守ろうとしてしまう。それこそが、その意思こそが弱点であることにも気付かずに」
手に握る銃には『呪い』の弾丸が込められ、その銃口がニィナに向く。発砲と同時にオーネストが右手で弾丸を掴み、握り潰す。続いて一気にエレオンへと迫るが、それよりも早く彼の放った弾丸が再びニィナへと向かう。それを無視することができずにオーネストは立ち止まって右手を振って、弾丸を手に収める。
「それに、ほぅら。見てみろ」
促すようにエレオンが言い、フェルマータもアイシャを見る。
アイシャはその肉体を金属に蝕まれ始めている。
「そんな……」
自身のやったことによる結果にフェルマータは声を発し、絶望する。
「無理な話だ。『初々しき白金』と聖女ってのは相性が悪い。分かっているからご自身に移すことは進言なさらなかったのでしょう、オーネスト様? あなたが『初々しき白金』を引き受ければ、そこの聖女が苦しむこともなかった。けれど『初々しき白金』を引き受けてしまえば、あなたの視界に映る命を取り零してしまう。だから、その提案はなさらなかった。命への傲慢さ、そして命への貪欲さ、更には命への強欲さがその聖女を苦しませている。そして、俺が手折らなければならない結末を生んでいる」
「うるさい」
エレオンの言葉をアイシャは一蹴する。
「聖女だとか、アーティファクトだとか、相性が悪いとか、そんなのはどうだっていいんです。そう、どうだっていい。私が抑え込むことができれば、なにもかもが古臭い考え方だと証明することができます」
「証明? 抑え込めるようには見えないが」
「ふ、ふふふ…………そうやって、見ていてください」
アイシャは左半身が金属に包まれながら呟く。
「私が、絶対に……」
全てを言い切る前に彼女は金属に包まれ切って、そのまま動かなくなる。
「これがあなた様の狙いだったのでしょう、オーネスト様? 確かにたった一人の犠牲でアーティファクトは鎮まった。ですが、これはあまりにも後味の悪い結果ではないですか?」
そう言って、現状を憂いているような素振りを見せたエレオンは銃口を再びニィナに向け直し、引き金を引く。
弾丸をオーネストが掴むことはなく、代わりにアイシャから伸びた液体金属が弾き飛ばす。
「なんだ……と?」
「どうやら、長生きしすぎたせいで時流に付いて行けていないな?」
オーネストが笑う。
「テメェが復讐だ『呪い』だと言っている内に訪れているんだよ」
「なに、がっ!?」
液体金属の鞭がエレオンの銃を払い飛ばす。
「新たなる冒険者たちによる新たなる時代が!」
金属が剥離し、アイシャが激しく呼吸を繰り返しながら息を吹き返す。
「私たち『勇者』が払った恐怖の時代はとうの昔に過ぎ去った。私は過去の遺物なんだよ。だからこそ、私は新たなる世代に賭けたんだ」
液体金属を自在に操りながら、その全てはアイシャの両手の中へと吸収されて消える。
「わりぃな、大罪人のエルフ。言い忘れていたが私は昔から賭博じゃ負けなしだ」
「助かっ……た?」
フェルマータが顔を上げて、アイシャを見やる。
「ほら、やってみなきゃ分からないじゃないですか。あなたがやってくれたおかげで、私もニィナさんも生きていますよ?」
脂汗をこれでもかと垂れ流しながらアイシャは笑顔を取り繕う。
「…………新たなる時代? そんなもんに興味はない。そこの聖女が『初々しき白金』を抑え込めたんだとしても、また暴走するかもしれないじゃないか」
「忘れたんですか、エレオン? 暴走するかしないかなんてつまるところ、死ぬか死なないか。それって、毎日のように私たちのような人間に付き纏っていることです」
イェネオスが膝立ちから立ち上がる。
「興味がないと言っている。結局は仲間意識で守っているってだけの理論だぜ、それは。ちょっとしたことで破綻するってのに、そんなもんに博打うちするのも理解しがたい」
《だったら、お話をしましょうか》
その場にいる全員の脳内にエルフの巫女の声が響く。
《イェネオスのおかげでその周囲を捕捉することができましたので、『森の声』は使っておりません》
「はっ! やめだやめだ、俺はエルフと事を構える気なんざねぇってのに、」
《“逃れられぬ死”》
エレオンが行方をくらまそうとしたとき、エルフの巫女が死の魔法を唱える。
《『天眼』からでは、相当に気を付けなければ見えている範囲全体に魔法を掛けてしまうんです。ですが留まり続けてくれたので狙い撃ちできました》
「ふざ、けるな!!」
《解いてほしければ、私の元に――娘の元に来てください、お父さん。ちなみに、逃げようとはしないでください。私の死の魔法は、私から遠ざかれば遠ざかるほど環境や事象がお父さんを死なせようとしますので》
その場にいる全員の脳内に朗らかに笑うエルフの巫女の姿を想像してしまうくらいに明るい声が響く。
《美味しい蜂蜜とお茶菓子を用意してお待ちしております♪》
「それどころじゃねぇんだわ、エルフの巫女さん」
オーネストはなんとも言えない雰囲気を打ち破る。
「今ここでヤバいことが起きようとしている。そこの大罪人のエルフはともかく、先にそっちを処理していいかい?」
《構いませんよ? 私はお父様と会えることが確約できたようなものなので、ここからはなんだって手伝います》
「んじゃ、大聖堂の屋上で起こっていることと、あとはこの空から落ちてきそうな魔法の星を砕きに行くか」
左手の傷を右手で触れるだけで癒やし、オーネストはテュシアを担ぐ。
「『竜眼』共々、まだテメェの『不死人』としての力が必要だ。助かったんなら協力ぐらいはしてもらわねぇとな」




