養いの眼
*
「ガラハさん、さっきの『不死人』……」
「ああ、もっとぶつかってくるかと思ったが逃げて行った」
「どうしてでしょうか? イェネオスさんの両手足の枷が外せなていない僕たちは人数では有利ですが状況としては不利だったはず」
「……スティンガーを見て、引いたようにも見えたな」
妖精は辺りを見回してからガラハの懐に戻る。危機的状況から取り敢えず脱したため、彼は抱えていたイェネオスをその場に降ろす。
「お荷物になってしまって申し訳ありません。この枷を壊せたなら私も加勢できるというのに」
「元より救出を前提とした作戦だ。この程度は想定している。それでも気にするというのなら、落ち着いたらオレ宛てに蜂蜜酒か葡萄酒を送ってこい。故郷の山に酒好きな女がいるんでな」
冗談めいたことをガラハが言っていることにしばらくイェネオスは驚いていたが、やがて緊張をほぐしてくれていることに気付いて微笑を浮かべる。
「では、テラー家に伝わる秘蔵酒を」
「そんな格式高い物じゃなくてもいいぞ」
「いえ、些細なことであれ感謝するときは盛大にと父より教わっていますので」
《まだ平穏には程遠いよ。そういった話は聖都から脱出してからだ》
ガラハたちの脳内に『奏者』の声が響く。
《星詠みが変わった。ジュリアンはこのまま聖都を出るんだ》
「僕はもう用済みですか?」
《そうじゃない。巻き込んでしまった母娘が『星の眼』の聖女と共に聖都から出ようとしている。星はそう告げているだけで、『星の眼』の真意が掴めない。交戦は無いだろうが、そのまま逃がしてしまうと母娘をどのように扱うかが分からない。君が僕の目の代わりとして追ってくれなければ交渉できるかどうかも分からない》
「ドナさんとエイラを?」
《もう一度言うが、星は告げているだけでそこに善意があるのか悪意があるのかは分からない。ただ、無関係な二人を聖都から逃がそうとしているのなら話し合いはできる可能性がある》
そうは言うがジュリアンはオークション会場で『星の眼』の凶行を見ている。自ら死地に赴くような感覚があり、迷いが生じる。だが、エイラのためならばと思い直し、迷いと恐怖心を振り払う。
「分かりました。師匠、もしものときはよろしくお願いします」
《ああ、僕はぐぅたらでも弟子をみすみす死なせるような寝覚めが悪いことはしたくないからね》
「やめとけやめとけ、そいつの言うことを百信じたら八十は裏切られるぞ」
後ろから声がしたため咄嗟にガラハが構え、反射的に十字の飛刃を放つ。
「状況判断が凄まじく尖っているな。敵地とも言える場所では知らねぇ声には問答無用で攻撃すべきだからな」
女性は気力の塊たる飛刃を右手で掴んで真横に投げた。
「たとえ力量差があったとしても、初手で殺されることはまず防げる」
「隠れ家の、主人に飼われていた奴隷……か?」
「御明察。いや、この場合は私の偽装を見破れなかったから不正解か? どっちでもいいや」
乱暴な物言いをしつつ女性は面倒臭そうに歩き、座り込んでいるイェネオスに近付く。これに対してガラハとジュリアンは指一本も動かすことができなかった。
女性から発せられる気迫が、あまりにも大きすぎるのだ。どのように動いても、どのような言葉を発しても死のイメージが付き纏う。それでもただの恐怖心であれば自らを奮い立たせればまだ体も口も動いただろう。
これは恐怖ではなく諦念である。体と口を動かすことを頭が諦めている。それほどまでに、自分たちとは遥かにかけ離れた強さが女性にあることが分かるのだ。
「『奏者』の言うことを信じすぎると痛い目を見るぞ。現に私の気配を感知した瞬間に、巻き込んでしまった母娘とやらを魔力の砲撃で消し飛ばそうとしたからな。無事ではあるが、テメェの師匠はそれぐらいのことはするってことを忘れるな」
言いつつ女性がイェネオスの両手足の枷を左手で叩く。強くではなく、さながら硬質性を確かめるような軽さである。その一回で金属質の枷は砕け散った。
「だが、弟子はそいつの言った通り『星眼』を追い掛けろ。あいつも正直なにを考えてんだか分かんねぇ。放置すんのはあまりにも危険極まりない。そこのドワーフと、テラーの娘とあと『竜眼』の子供はこのまま大聖堂へ行け」
女性を追い掛けてきたのか、少し遅れてフェルマータがガラハたちのところへと走ってきた。
「オレたちは事前の作戦では隠れ家に一度身を隠し、その後、脱出する予定だが」
「聞いてなかったのか? その隠れ家を『奏者』が消し飛ばしちまった。私の存在を感知した時点で、『奏者』の詠んでいる星の動きも変わったはずだ。そして自身の都合の良いことしか星辰では知ることができないボルガネムの聖女はこの星の動きによる導きを詠み取れない」
《……確かに、君の言う通りだよ。星を見れば、君の従うことが僕にとっての有益なことだと分かる。ただ、》
「ただ?」
《君の言葉通りに物事が動くことが嫌いだよ》
「嫌っても私の提案には乗るよな? 昔からそういう奴だ、テメェは」
《乗るさ。僕は身を弁えている。感情論で状況を悪くしたくはない。でも、ここまで関わったんだ。大聖堂内部までは君がちゃんと面倒を見ろ》
「当然だ。関わっちまったんだからお守りはしてやるよ」
女性から発せられていた気迫が薄らいで、ガラハはまるで忘れていたかのように呼吸を行って酸素を全身に送る。
「オレたちに拒否する権利は……なさそうだな」
「そうみたいですね」
ジュリアンは女性の顔色を窺うように慎重に歩き出し、正門の方角へ向く。
「これでドナさんとエイラが助からなかったら……恨みますよ、師匠」
そう呟き、彼は走り去った。
「んじゃ、行くか。ほら、さっさと立て」
イェネオスは怯えるように素早く身を起こして立ち上がる。
「ビビんな。一応は協力者だ」
「は、はい」
「それで? さっきテメェらは『不死人』と戦っていたみてぇだが……殺すこともできずに逃げられたか?」
「『不死人』は殺したところですぐに甦る。それに、優勢だったのは向こうだ。むしろ逃げなきゃならなかったのはオレたちの方で、どうして向こうが引き下がったかが分からない」
「そりゃドワーフには妖精が付いているからな。聖都で一回も妖精を見せてなかったんだろ? テメェが徹底していたから、妖精が出てきたことで焦ったんだ」
「なぜ妖精に焦る?」
「『不死人』には妖精が効果的だ」
「まさか……“妖精の一刺し”か?」
スティンガーが飛び回る様を見ながらガラハは妖精が秘めている力について思案し、答えを見出す。
「そうだ。悪霊どもが妖精の鱗粉で可視化されるように、妖精に刺されると不死性を損なう」
「そんなことエルフの私たちでも聞いたことがありません。どうやって知ったのですか?」
「昔いたんだよ。丁寧に『不死人』どころか自分をも殺す方法を教えてくれた、ヘイロン・カスピアーナっていう女が。おっと、ただのヘイロンじゃねぇぜ? あの寄生虫が宿主を新しくするとき、元の宿主が生きていた場合だけに生じる存在の方だ。いわゆる揺らぎってやつだな。そいつらはどいつもこいつも嘘みたいに悪人っぽい善人だらけだが、恨まれやすく長生きはしなかった」
「シンギングリンのヘイロンも、その内の一人……か。もう死んでしまったが」
「どこの街だか知らねぇが、やっぱ本体がクソだと長生きは難しいわな。そっちの恨みも買いやすいんだから」
そう言って女性は大聖堂の方を見やる。ゾロゾロとガラハたちを追撃するために武装した信徒たちが外へと出てきている。
「ケダモノにも等しいゴミどもは私が掃除してやる。鼻歌を交えながらゆっくり目指してもいいが、あんま時間は掛けない方がいい。ゴミどもを全員輪廻送りにされたくなければな」
「それ、協力してくださる方ではなく脅す方が口にする言葉ではありませんか?」
イェネオスが矛盾を指摘しつつ、フェルマータの手を取る。
「スティンガーが鍵……か」
*
「なんだか、人手が少なくないか?」
大聖堂内部の人員が減っている。感知でも引っ掛かる人数が少ない。大聖堂を守る信徒たちが気配消しを習得しているとも思えない。
「ガラハたちを追っているのかも。予定通りに聖都から脱出できていればいいけどねぇ」
「にしては人数を割きすぎだ」
「おかげであたしたちは奥に行ける。誘われているのか、それとも本当に聖都にとって大変な事態になっているのか。どっちにしたって行くんでしょ?」
「ああ、聖女に死の魔法を解いてもらわなきゃならない」
未だにどのような死の魔法かは分からないが、解除できるのは詠唱した聖女だけだろう。呪いの類であればクラリエに解呪してもらえるかもしれないが、今のところ彼女がその提案をしてこない。つまり、クラリエから見てもアレウスは呪われている状況にないということだ。
死の魔法はその名の通り、魔法なのだ。呪言や呪術的要素は一切介入していない。
「あと、リゾラのことも気になる」
「懲罰房に行く途中で会ったんだっけ?」
リリスと対峙したことだけでなくリゾラがいたことは既にクラリエに伝えてある。
「あんまり関わらないで欲しい感じを出していたから、あたしたちが心配する必要もないんじゃないかな」
「そうだろうけど」
アレウスは頭を掻く。
「正直、気になっているだけで心配とか不安は一切ないんだ。だから、クラリエにはこのまま大聖堂を出てもらっていいんだけど」
「死の魔法を解くんでしょ? 付き合うよ」
「僕が掛けられていなきゃ、こんなところにもう用はなかったのにな」
「気にしないで? あたしたちが侵入したことでジュリアン君のお師匠さんと巫女様の星辰の通りに事が進んだんだから。それでも聖女は星辰の導きの外だったみたいだけど」
星辰は予知はしてくれるが、具体的な内容までは教えてはくれないらしい。襲撃があるというお告げがあっても、それがどのような形で行われるのかが分からない。だから午後の礼拝ではリリスが聖女の代わりとして現れ、襲撃を阻止した。恐らくそのときに本物の聖女は残りの『不死人』によって守られていたはずだ。
だから、アレウスたちにとって――或いはジュリアンの師匠やエルフの巫女の予知はアレウスたちの行動によって起こる大まかな事象しか寄越してはくれない。アレウスとクラリエが忍び込むことでイェネオスを何者かが連れ出すという予知はできても、その何者かがニィナであるかまでは知ることができなかった。そこにアベリアへの予知で“旧知の仲と交戦する”ことが含まれていたからだ。聖都にアベリアの知り合いはいない。だから旧知の仲が誰かまで断定ができたのだ。
アレウスとクラリエが大聖堂に侵入することでニィナがイェネオスを連れて外に出てくる。星辰で分かる範囲は簡潔に纏めるとそれだけ。その道中で起こる様々な事象にまで予知を広げても、その限界は『不死人』との接触があることと交戦はしても死にはしないことだけだった。
聖女の登場は星辰の外にある出来事だった。そして死の魔法を掛けられることさえも予知できない事柄だった。この予知できない二つの要素さえなければ、クラリエと共に奥を目指してなどいないのだ。
「でも、おかげで分かったこともある」
「なに?」
「聖女にとってリゾラは星詠みの外だったんだと思う。リリスは僕に固執しているのに、まず最初にリゾラがヘイロンを追いかけるのを阻もうとした。あれの理由をずっと探していたんだけど……僕は星詠みの範囲だけどリゾラは外だから、逃がしたくなかったんだ」
「なら、信徒の警備が手薄になりつつあるのも詠めない存在がいたことで聖女の星辰が乱れ始めたのかもねぇ。こっちは二人が星詠みをしていて、聖女はただ一人。徐々に起こる星詠みのズレを修正するのは難しい。詠めば詠むほどドツボにハマるかもね」
「戦争で星占い通りに物事が進まない理由だな」
「両陣営の占い師はどちらも自陣営にとって都合の良い予知しかできないから、流動的に変化する戦場に対応し切れないんだよねぇ」
もうかなり大聖堂の奥を目指して歩いたはずだが、一向に聖女がいるような特別な部屋などは見えてこない。
「どうする、アレウス君? このまま探しても、隠れ家みたいに隠し部屋に入られていたら手間だよ」
感知の技能では聖女を見抜くことができなかった。初めての接触であったためかもしれないが、単純にイェネオスのような認識阻害の魔法を持っている可能性もある。だから感知で手当たり次第に探るのは得策ではない。
「……なぁ? 聖女は星を詠むんだろ? だったら聖女がいる場所は」
アレウスは頭上を見上げる。
「あーそっか、そうだね。星が一番見えるところか」
地上階をいくら探そうとも聖女のいる場所には辿り着けない。聖女が星詠みをするのなら、そこは星の見えるところである。恐らく大聖堂の最上階。そこに聖女はいる。
アタリを付けたのはいいが、最上階に行くための階段はこれまでの通路や広間のどこにも見当たらなかった。
「隠し階段か……いや、隠しているわけじゃなくて見つけられていないだけかもな」
この広間にはまだ到達して間もなく、しっかりと調べ尽くしてはいない。しかしながら、広間の表の入り口には信徒が誰一人としていなかった。いくら外での騒動で人手が必要だと言っても聖女を守る信徒まで持ち場を離れるわけがない。
「どれだけ手薄でも手厚い警護がされているところを探そう。守られている広間にきっと階段がある」
「分かった」
この広間は調べたところで特に得られるものはないだろう。軽く本棚を眺めてみたが、目に付くような題名はない。クラリエも興味がないのか既に広間を出ている。長居してもいられないためアレウスも通路へと出る。
推測を立てたことで部屋や広間の探索は最低限に済ますことができ、案の定、他の通路では見たこともない数で警備されている部屋の入り口を見つけられた。
しかし、もう既に侵入者があったようで数人の信徒は意識を失ったまま倒れていた。それを介抱しつつ、これ以上の侵入を防ぐために厳重な警備体制が敷かれている。
相手は信徒ではあり武装もしているが躊躇うほどではない。銃のような兵器も携帯していないことから複数人を昏倒させるのに五分も掛からなかった。
扉を開くと部屋ではなく、上へと続く螺旋階段そのものがあった。こういった造りもあるのかと思いつつも足早に駆け上る。
《アレウリスさん?》
その最中にエルフの巫女から声が届く。
《ようやくあなたの居場所を捕捉し直すことができました。大聖堂の最上階を目指していらっしゃいますね?》
「ああ」
クラリエに巫女から『森の声』が届いたことを視線と手で合図しつつ、階段を上がる。
「イェネオスは無事か?」
《はい、あなたとクラリエ様が侵入したおかげで彼女は外へと連れ出され、無事に庇護下に置かれております。ただ、事前の星詠みとは異なった形で物事が進行しています。アレウリスさんたちは最上階には向かわず、大聖堂から一度出てください。現状、大聖堂でやるべきことはもうないはずです》
「そういうわけにもいかない。僕は死の魔法を受けてしまった」
そう告げるとエルフの巫女が嘆く。
《ああ……なんと…………でしたら、尚のこと連合の聖女には近付いてはなりません》
「なぜだ?」
《伝聞の通りであるのなら、連合の聖女の死の魔法は『否定されし命』と呼ばれるもの。その効果は、》
「いや、効果は知っていると逆に危険な物になるかもしれない」
《いいえ、知っておかなければならないのです》
階段を上がり切り、アレウスたちは大聖堂の最上階――空を観測するために設けられた半球状のガラス張りの天井を備え、とても人工物の最上階であるとは思えないほどの花園に辿り着く。
《その効果は生命を否定されることで、いずれ世界が認識できなくなるというものです。ですので、連合の聖女に近付けば近付くほど、あなたという存在はこの世界から消滅してしまいます》
「……手遅れだ、もう着いてしまった」
アレウスはエルフの巫女にそう伝えつつ、花園の中心で天を仰いでいる聖女を見つける。
「この花園は、とても美しいでしょう? 寒冷期も本番となると雪が降り積もって、ガラスを覆い尽くしてしまうので星詠みも難しくなってしまうのですが、まだその時期ではありませんからね……あとは、ガラス全体を覆う魔力を緩めてしまうと積雪に耐え切れずに割れてしまうという不便さも備わっています」
聖女はこちらに向く。
「まだ、あなたの命に猶予はあります。そこから一歩、また一歩と近付けば恐らくですが私の元に辿り着く頃には肉体を失うでしょう。こちらの『魔の女』さんのように」
彼女のすぐ近くでリゾラが倒れている。
「今度は死んだフリではありませんよ? 正真正銘、死が近付いています。ほら、肉体が薄らいでいるでしょう? これが私の死の魔法です」
そう言って聖女は腕を掴み、少しだけ持ち上げる。リゾラの腕は景色に溶け込みそうなほどに薄く、今にも透明になってしまいそうだった。
「これほどの状態になってしまいますと自分自身の存在すら希薄になって、動くことも考えることもままなりません。苦しまずに死ぬことができるのは唯一の救いと呼べるものでしょうか」
近付きたいが近付けない。アレウスが躊躇っている内にクラリエが走り、聖女を突き飛ばしてリゾラを抱えて戻ってくる。
「そのように遠ざけようとしても今更です。もはや『魔の女』さんは消滅へと向かっている最中。そして、アレウリスさん? あなたも例外ではありません」
聖女は花園から一輪の花を摘み取り、その匂いを嗅ぐ。
「よくも我が子らを殺してくれましたね? テュシアは未だに『原初の劫火』を仕留められておりませんし、プレシオンは妖精に怯えて逃げ帰った直後。それでも二人を殺したことに私は怒りを感じざるを得ません」
一度瞼を閉じ、そして開く。
その瞳に、力はない。
しかし、花園を覆う半球状のガラス。その最も高い頂点に――信じられないほどに巨大な瞼が浮かび上がり、ゆっくりとその瞼が開かれる。天井から花園を眺める瞳から涙が一滴、二滴と花園に落ちる。二つの水滴は球体となり、程なくして中からアレウスとクラリエが殺した『不死人』が現れる。
「これが『養眼』。私たちを養い、栄華へと導く大いなる『魔眼』の姿です」
「人間の目に宿っているんじゃなくて、『魔眼』そのものが独立しているなんて」
クラリエは天井にある眼を仰ぎながら呟く。
「なら聖女は……あの眼における感覚器官ってこと?」
「その通りです」
アレウスが動かずとも聖女が動く。一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
「逃げ出すことは叶いません。いいえ、逃げ出したくはないのでしょうか。そこの『魔の女』さんを見捨てることなど、あなたにはできない。ヘイロンさんが仰っていました」
「ヘイロンがここに逃げ込んだせいか……ずっと逃げ続けて、こんな」
リゾラも復讐相手を追った先に聖女がいるとまでは思わなかったのだろう。
「戦いもしないで、逃げ続けるだけなのか」
「強い相手とはやり合わない。テメェらだってやることだろ? あたしがやってなにが悪い?」
「そうやって強者の庇護を受け続けて、不利になったら逃げ出す。それの繰り返しか」
「煩わしいな、テメェは。そこでくだばりそうなリゾラ共々、この世から否定されて消え去っちまえよ」
「ヘイロンさん? あまり大声を出さぬようお願いします。聖都を守るという使命の元、致し方なくあなたを迎え入れておりますが、あまりにも度が過ぎるようなら、容赦しません」
「はいよ、聖女様」
クラリエが聖女へと立ち向かおうとすると復活した男の『不死人』が腕を伸ばして彼女を掴み、遠くへと放り投げる。
「あなたを守ってくれる者はこれでいらっしゃいませんね」
聖女は両腕を左右に開く。
「あなたの最期は、この私が胸に抱いて送り出しましょう。特別ですよ」
体から気力が失われていく。思考もできなくなっていく。ふと手の平を眺めると、リゾラのように薄く透明になっている。しかしそれに対しての抵抗の意思が浮かび上がらない。
受け入れようとしている、消滅を。
「なにをしておる?」
リリスの声がする。
「待て……待つのじゃ、聖女様!」
「心配はいりませんよ、リリス。ひとまずはこれで脅威を払い去ることができ、」
「その二人が共におるときに消してはならん!! 聖女様の死の魔法によって世界が二人を消し去っても! 二人の理想が残ってしまう!!」
「なにを言って、る……?」
消滅しかけているアレウスの半透明な体から女の腕が伸びて聖女の腹部を貫く。倒れて消滅しようとしていたリゾラの体から短剣を握った男の腕が伸びる。
「殺そうと思ったけど、思い直したから安心して。ただの威嚇」
アレウスの体から出てきた腕は聖女の肉体から引き抜かれる。聖女は貫かれた腹部を腕で確かめるが、怪我どころか傷痕すらない。
「テメェ! 一体なにが、っ!」
意識を失ったアレウスの代わりとばかりに、その中からリゾラが現れる。続いて倒れているリゾラの中からアレウスが飛び出し、ヘイロンへと向かい、蹴り飛ばす。
「こっちは現実のリゾラが殺すまで大人しくさせておいた方がいいな」
そう呟いてリリスを見やる。
「ほうれ見ろ! 理想が出てきてしもうた! 早く死の魔法を解くんじゃ、聖女様! さもなく、ばっ!?」
アレウス――理想のアレウスがリリスに向かい、爪による防御を掻い潜って繰り出された剣戟が彼女の左肩を切り裂く。
「この理想の化け物どもにワラワたちはこれから永遠に殺され続けてしまうぞ!!」




