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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
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助けても助からない

――はるか以前、全ての国がまだ若かった頃――


「そうですか、やはり四人目は」

「ありゃすぐには使いもんにゃならねぇな。なまじ、三人目が安定した『魔法生物』だった分、その残滓みてぇなもんだ。様子見が適切だろう。様子を見て、使い方を探っていかなきゃなんねぇ」

「我らを『魔法生物』と呼ぶな」

「じゃぁなんと呼ぶ? 俺様は俺様を一度たりとも人間なんざと思ったことはねぇぞ?」

「聖女様より賜った命を、魔術で産み落とされたゴミクズどもと同義にするな」

「そこまでは言ってねぇよ」

「二人とも、お静かに」

 聖女は二人の男を黙らせる。そして後ろを見やり、祈祷する。

「この眼に宿りし力で産み落とされた者。どれだけの歳月が過ぎ去ろうとも、この眼がある限り、必ずや生かし続けて参ります」

「神に祈ったところでな。俺様たちは神様に認められて産まれたわけじゃねぇ」

「三人目の姿が見えないが」

「まだ夢で遊んでやがるよ。自我が芽生えるまでは自分の能力で好き勝手させるしかねぇだろうよ。自我が芽生えてくれなきゃ俺様たちもあんなもんの近くにゃ寄れねぇし」

「それで、残滓の四人目はどうする?」

「そりゃ聖女様がお決めになることだ。もうしばらく待て」

 男たちは会話をやめ、祈祷を続ける聖女の言葉を待つ。


 やがて祈祷を終えて、聖女は二人を見やる。


「四人目は放逐せよと神より命じられました」

「……あのな、聖女様? どれだけの魔力を込めて産み落とされたと思ってんだ? あれでも一応は……まぁ、俺様たちと同様の生き物だ。それを放逐しろと言うのは無茶苦茶だろう」

「あれには実体がない。放逐したとしても、身勝手にもこちらに舞い戻ってくるかもしれません」

 聖女は溜め息をつく。

「憑依するだけの力しかない無能を養えない。この眼を持つ私の決断です」

「憑依? あれは憑依っつーかもっと、なんかこう、」

「聖女様がお決めになられたのなら我は従おう」

「……はぁ、ったく。易々と決めちまっていいのかねぇ。しかもこいつが言った問題提起にはちっとも触れてくれねぇ」


「そうですねぇ……だったら、自我が芽生えてから王国へと送り込みましょう。表向きは私たちの手先、しかしながらその実は放逐」

 二人の男が嫌そうな顔をする。

「どうかしましたか?」


「あのな、聖女様? 俺様たちは王国からしてみれば異教徒だ。しかもどこの国にも属していねぇ連中の、ワケの分からない言葉に従うわけがないだろう。あとそんな朗らかに話してはいらっしゃるが、言っていることはとてもじゃないが擁護できることじゃねぇ」

「問題はありません。星の導きに私は従っているだけです。かようにすれば、いずれ私たちの元に施しが成されると。いずれ(きた)る時代のためを思えば、畜生とも取れる発言など私は恥じることなく言います」

「へぇ、そうですか」

 興味なさげに男は視線を逸らす。

「で、どれくらい掛かるんだ? そこまでの覚悟があるんだから十年後ぐらいにゃなにかが起こらなきゃ困るぜ」

「私の世代ではないでしょう。そして次の世代でも、その次の世代でもない」

「おいおい、勘弁してくれよ。そこまですることに意味はあるか? 俺様たちはヒッソリと隠遁生活を送ってもいいんだぜ? この不死の命、聖女様が天寿を全うするそのときまで雑に使ってくれて構わねぇってのに」

 男は呆れ返る。


「不死とは、永遠に死なないということですよ。私はともかく、あなた方はこの眼がこの世にあり続ける限りは永久(とこしえ)に生き続けるのです。いずれ世界は分かたれ、王国や帝国のみならず多くの国が生じましょう。あなた方は隠れ潜み、機を待ち続けるのです。歳月は同時に知恵と経験をお与えになります。苦難の日々が訪れようとも、屈強な軍隊が蹂躙しようとしても、あなた方はその身その心、その力で乗り越えていくのです」


「やってらんねぇ」

「聖女様に逆らうのか?」

「次代の聖女様も、その次の聖女様も俺たちを養ってくれるかどうかも分かんねぇのに」


「心配はいりません。言ったでしょう? この眼がある限り、あなた方は永久に生き続けると。ええ、この眼がある限りです」

「……怖いことを言う」

「このことは次の聖女にもしっかりと伝えていきます。ですから、クレセール? 私が死んだあとも、ちゃんと聖女を支えてくださいね」

「それが聖女様のご意思であるのなら」

「プレシオン、あなたもですよ?」

「分かっております。我はどのような屈辱を与えられようとも、決して聖女の傍を離れはしません。きっと三人目も同じように言うはずです」

「勝手に三人目もそうだろうと予想すんのはやめろ」

「一々、我に逆らうな」

「逆らっちゃいねぇ、非常識を常識とすんなって言ってんだ」

 やれやれとばかりにクレセールは溜め息をつく。

「もう一度言うが、四人目のそれは人に憑依する力とはとてもじゃねぇが思えねぇ。もっと根源的な、なにかとんでもねぇ力だと俺様は思っているんだが」


「もし本当にクレセールの言うことが真実であるのなら、いずれその影響は良い意味でも悪い意味でも世界に現れるでしょう」


「……なに考えてんだか分かんねぇ。俺様には(がく)がねぇからな。ともかく三人目だけじゃなく四人目にも名前は付けてやってくれ」

「では、三人目は夢魔の名を」

「なぜ魔の存在の名前を与えるのですか。聖女様なのですから、祝福される名をお与えください」

 プレシオンもさすがに黙ってはいられずに声を発する。

「本人がそう望んでいるように、私の眼には映りましたから。それで四人目の名は――」


///


「テラーの一族は森を出て、その後の行方は誰にも明かされていなかったと聞くが」

 両手は吊り上げられ、両足は枷を嵌められて身動きが取れないイェネオスの耳に男の声が入る。聞き慣れた声ではないため、どうやら助けが来たわけではないらしい。

「近年、キトリノス・テラーが死んだという噂がここ連合にも流れてきている。果たしてそれは虚報か、それとも本当か。どちらにせよ、その娘がわざわざ私の手の届く範囲にまでやってきてくれたことはこの上ないほどの幸運だ」

 両腕を一生懸命に振るうが、鎖は音を立てるのみでビクともしない。

「魔法や『衣』を使われてはたまらない。その拘束具に縛られている限り、君はそれらを行使することはできないようになっている」

「……そんな稀有な素材が使われているとは思えませんが」

 拘束されているイェネオスの前に男が姿を見せ、値踏みするかのように体を観察される。極めて不快であったため、敵意を剥き出しにしながら男を睨む。

「その通りだ。魔法や『衣』を封じる鉱石や素材など私も聞いたことはない。だが、無くとも作ることはできるのだよ」

 涸れた声をしているが、老人と呼ぶにはまだ若く、しかしながら片手に杖を持っている。詠唱の補助用ではなく、歩くための補助にも用いているところを見ると、足はそんなに良くはないようだ。

「作る?」

「……少し、面白い存在の話をしよう」

 杖を持ち上げ、もう一方の手の平を打つようにして音を立てる。

「連合で産まれ落ちたものの、力が弱かったがゆえに王国に捨てられ、その能力を研究されはしたが、なんとか帝国へと逃げ出した存在の話を」

「自分語りですか?」

 心底、興味がない。そう示すようにイェネオスは冷たい視線を向ける。


「なにを勝手に決め付けている? とある『不死人』の話だ。いや、あの存在は純粋に『魔法生物』とも取れる。なにせあの存在には実体がないのだから」

「では、あなたに力を貸していると言われているヘイロン・カスピアーナ――いいえ、ヘイロン・パラサイトの話ですか?」

「ふ、ふふふ、ふはははっ。なにか勘違いを起こしていないか?」

 笑いつつ、男は杖を振って自身の手の平を軽く叩く。

「始まりはその存在であり、私の元にいるヘイロンはその次だ。いいや、私たちがその次……とも言うべきか」

「やはりあなたはテッド・ミラー」

「古くよりその名を使い続けてきたが、ここまでこの名がこの世に轟き続けるとは初代のテッド・ミラーは思わなかったことだろう。それとも、彼の名がこの世に残り続けさせたのは私たちのおかげか」

「轟いているのではなく、蔓延っている」


「面白い観点だ。確かに私は初代のテッド・ミラーとは一線を画している。君は聞いたことがあるはずだ。テッド・ミラーは世襲制であり、先代のテッド・ミラーに認められた者が次代のテッド・ミラーを名乗る。つまり、初代と私たちは別人」

 そこで言葉を切ったのち、杖を握り直してテッド・ミラーが杖の先端で床を打つ。

「だが、それこそが大きな大きな誤解。私たちは別人などではない。どれもが確かに初代のテッド・ミラーなのだ」


「いいえ、宮廷魔導士のテッド・ミラーと奴隷商人のテッド・ミラーには天と地ほどの差があります。初代の功績を踏みにじっているのは世襲した別人のテッド・ミラーです」


「そのテッド・ミラーのロジックが私たちに刻まれているとしたら? そしてこれは、先に話した『魔法生物』に行き着く話でもある」

「刻まれて、いる……? まさか、王国で研究されていたクローンの話だとでも」

「生き様を写し取った巻物を用いて、他人にその生き様を貼り付ける。貼り付けられた者は肉体的特徴まで似せられることはないが、限りなく写し取った者と同じ人間性を獲得する。ただし、人格が崩壊する。そのため、貼り付ける者は物心の付いていない乳幼児頃が望ましいとされた。それでも大半は人格破綻を起こし、(うべな)うだけの人形にまで成り果ててしまうのだが」

 テッド・ミラーがイェネオスに近付く。

「私は初代テッド・ミラーのロジックを写し取った巻物によって、そのロジックを貼り付けられた者だ。純粋なるテッド・ミラーではないが、私は確かに初代の生き方の通りに生きている」

「そんなことあるはずがありません! 宮廷魔導士が奴隷商人に()することなど! 私はエルフの間で聞いている。初代テッド・ミラーは誰もが憧れる存在であったと」

「貼り付けた際に人格が破綻すると言っただろう? 私はテッド・ミラーに憧れ、テッド・ミラーになりたいと願った者の一人だ。だから王国の実験に参加した。その結果が奴隷商人のテッド・ミラーを生み出した。まさに十人目――この私にロジックを貼り付けられたそのとき、全てが覆った。そのときはまだ知らなかったのだよ。私の前に通算九人のテッド・ミラーがいたことなどな。つまり、初代を除いた八人はロジックの貼り付けが上手く行っていた。いいや、危ういところで成り立っていた。それが十人目のこの私に貼り付けられた際に完全に崩壊した。私は初代のテッド・ミラーが抱えていた苦しみも悲しみも抱え込み、彼が清廉であり続けなければならないがゆえに捨て去らなければならなかった欲望の数々に侵食された。分かるか、テラーの娘よ? ()()()()()()テッド・ミラーのようになれるのかではなく、()()()テッド・ミラーになれるようにしたのが国王の意向だったのだ」

 イェネオスの頬にテッド・ミラーが触れる。説明できないほどの不快感が全身を奔り、毛が逆立って吐き気を催す。

「しかし、その狂った考え方もあの存在が現れなければ、そう、あの存在が研究されなければ決して、決して至ることはなかったのだ。私やヘイロンのような存在がこの世界を渡り歩くこともなかった。全てはロジックに寄生することのできる『不死人』が起こしたこと。いいや、連合がその力を王国へと放り出したがゆえの出来事だ」

 指先が頬を伝い、唇に触れ、そして首筋を辿る。

「連合の手先であり、王国のスパイであり、帝国の犬。そして今や『異端審問会』にまで入り込んだ。そこで得た力によって、君を拘束する金属は生み出され、魔法と『衣』の発現を封じることができている。捨て去った存在が、まさか再び懐に舞い戻ってくるとは連合――いいや、聖女も驚いたことだろう。この聖都で好き勝手している『不死人』の一人を女豹(めひょう)と呼ぶなら、あの存在は女狐(めぎつね)とでも呼んでしまおうか。しかし、忘れないでもらいたいのは、連合に捨てられ、王国で研究され尽くし、帝国に逃げ延びることしかできなかった憐れな存在といった点だ。死なないがゆえに極めて長い年月、王国で幽閉されていたところを外に逃げ出したのはごく最近のようだが……記憶の通りの姿ではなかったが、私を作り出した元凶であることは一目で分かった。ヘイロンも気付かないわけがなかった。まぁ、ヘイロンは私と違って物心が付く前にロジックを貼り付けられたと思われていた女だ。王国には凄まじく運が無かった。まさかその女が、その子供が、胎内記憶を残していたなど想像も付かなかったことだろう。私のように十人目に至るより早くに数人の異物は生じたが、原本たる原点に至るほどの支障はなく、無事に蔓延を果たした。いいや、王国にとっては無事にではないのかもしれないなぁ」


「あなたたちは、犯してきた罪によって正しく裁かれる」

「裁いたところで、私はまた増える。ヘイロンもまた、別のロジックに寄生する。延々と、永遠と、繰り返され続ける。私とヘイロンは始まりこそ人工的であったが、もはや自然的存在だ。私はどのような最期を迎えることもなく自然発生し、ヘイロンは最期を迎えるたびに次の寄生先に移り続ける」

 テッド・ミラーはイェネオスの腹を触る。

「エルフの初物はミーディアムであろうと美味だとよく言われている。女として貪るという意味でも、食肉として貪るという意味でもな。だが、四大血統の娘であるなら話は別だ。君は私に仕えよ」

「笑わせないでください」

「そのように拒んでも、拒めなくなるように調教を施す。私に仕え、使われ、利用され、弄ばれ、促され、貪られたその果てで、孕む悦びを得られるようにその身も心も奴隷が如き有り様へと()してやろう」

「そのような脅しが私に通るとでも?」

「そうやって強気の姿勢を崩さなかった女の気性が砕けていく様を私は何度も見てきた。仕えもせず、使い物にもならないのであれば食肉として酔狂な連中にくれてやるだけ。キトリノスはさぞや悲しむことだろうな。いや、もう死んでいるのだったか」


心根(こころね)を折るのはまだ先ですよ、テッド・ミラー」

「これはこれは、聖女様」

 テッド・ミラーがイェネオスから離れてお辞儀をする。

「このようなところにお見えになられずとも私自らあなた様の元へ赴くというのに」

「この者にはまだ利用価値があります。調教する前に誘蛾(ゆうが)(とう)になってもらい、一網打尽とせねばなりません」

「服従させてからこの者に自ら連れてこさせるという手もありますが」

「私が決めたことに逆らうのですか?」

「……いいえ、全てアレグリア様の御心のままに」

 そう言ってテッド・ミラーが下がり、去っていく。擦れ違いざまに、聖女の眼を眺めながら。

「かの有名なキトリノス・テラーの血を引くエルフの娘よ」

「どのように呼ばれても、私はあなた方には従いません」

「そうでしょう。あなたは気丈な女。どのような言葉を向けられようとも、心を折ることは難しい。しかしながら、それだけの気高き心を抱きながら未だ舌を噛み切る兆しが見えないのであれば……お仲間がいらっしゃいますね?」

 聖女は朗らかに、したたかにイェネオスを見つめる。

「あなたをこのように吊るし、少しばかり警備を手薄にすればいずれあなたの居場所を感知する者が出てきましょう。そして、それが罠とも知らずに助けにも来ましょう。そのときこそが、その者たちに罰を下すとき」

「私に仲間などいないと奴隷商人より前に来た警備兵にも伝えております」

「だから気丈に振る舞う必要はないのです。あなたがどれだけの言葉で取り繕っても、私は星の導きのままにあなたが仲間の助けを待っていることを既に知っているのですから」

 知っていて言質を取ろうとした。目の前の聖女はクスクスと笑ってはいるが、どうにもその存在は掴めそうにない。


 修道女のようにスカプラリオを纏い、化粧っけは一つもなく、それでも瞼はパッチリと開き、顔立ちの整いを見せる。しかし気疲れによる肌荒れや乾燥による唇のひび割れは所々に見える。

 とてもではないが聖女と称えられるほどの神々しさはない。神聖さもない。神への信仰を捨てているから持っていないのではなく、通常であれば感じるはずの神性とも呼ぶべき清らかな魔力をイェネオスはこんなにも間近にいても感じることができないのだ。それが両手両足を拘束している金属によって感じ取れないものとも思えない。なぜなら、魔力も詠唱も『衣』も使えないが辛うじて魔力や人の気配を感知するための自身に備わっている冒険者で言うところの『技能』は生きている。

 だからといって、残された技能を駆使したところでこの拘束具を破壊することができないから、こんな醜態を晒しているのだが。


「あなたは私に力がないと、そのように思いましたね?」

 心を読まれたのかとイェネオスは僅かに動揺するが。表情から読まれたのかもしれない。だから、顔に感情を乗せることをやめる。

「私にはこの眼しかありません。初代の聖女から、現在に至るまでこの眼に養われ続けてきた。だから私以後も、この眼に聖女と呼ばれる者たちは養われ続けるのです」

「眼に養われる、だと?」

「ええ、全てはこの眼に宿る力のままに。だからといって、私を殺しても眼は死にませんよ。この眼はこの場のどこにもありはせず、私にもまたその一部が与えられているだけ」

 深緑の色。しかしながら覗き込み続ければ吸い込まれてしまいそうなほどの虹彩の中心部には闇を据えている。

「誘蛾灯としての活躍、期待していますよ」

「……私を誘蛾灯として利用するのは構いませんが、後悔しても知りませんよ」

「後悔などしませんよ。だって、全ては予知できる範疇にあることなのですから」

 朗らかに、声の震えの一つもなく、怖れを見せないままに聖女が(ひるがえ)る。

「あとを任せます、テュシア」


 立ち去る聖女に代わり、入り口で待っていた女が見張り役として入ってくる。


「なん、だ……あなたは……そんな体で、なにを……なさっている?」

 イェネオスは拘束されている我が身よりも、見張り役の女に起きている惨状を心配する。

「それに、テュシア? あなたの特徴は……私が教えられた射手のそれと一致して、」


「ニィナはもういない。ニィナはあたしが殺した」

 女は言って、片腕から引き起こされる力の浸食に呻き声を上げる。

「殺してあたしがニィナになった」

 纏う外套には黒鷹の意匠が見える。

「『異端審問会』……ですか」

 呟き、そして唐突にテッド・ミラーが発していた言葉がイェネオスの脳内で点と線で繋がる。

「あなたは……!」


「世界に悪を蔓延らせた元凶にして、あらゆる国を引っ掻き回した女狐。どう? こんなあたしのことを、助ける価値なんてないでしょ?」

 腕から剥げ落ちた皮膚片は金属音を奏でながら床に落ちる。

「ましてや、こんな紛い物の力を与えられたとも分かれば……誰も、そう、誰も……あたしを助けようなんて思わないし、助けたところで助からない。こうやって待っている間に、どちらが先に気を失うか勝負してみる?」

 女は苦痛に喘ぎながら、イェネオスに無茶苦茶な冗談を言い苦笑いを浮かべるのだった。

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