動くのは三日後
オークション会場での事件とも言うべき惨劇は『星の眼』の少女が姿を消したことで終息した。しかしながら現場検証のみならず、誰かが惨劇の犯人を引き入れたのではないかという疑いが掛かったため、アレウスたちのような生存者には夜遅くまでの長い長い尋問が行われた。『審判女神の眷属』による審問も行われたが、アレウスたちは完全なる無実が証明された。フェルマータをオークションの出品物である奴隷と偽って入国し、その後に作為的に逃がした件について調べられていれば追い詰められていたのだが、審問は常に惨劇の犯人について問うものであったために免れることができた。
とはいえ、ジュリアンたちはともかくとしてアレウスは『星の眼』の少女については明かさなければならなかった。伏せたままにしておきたかったのはニィナを探す上で再び少女が騒ぎを起こせば大聖堂の警備が手薄となり、そこに忍び込むことができるのではないかと考えたためだ。だが、『犯人について心当たりがあるか?』という審問には肯かざるを得ず、そこから特徴についても話さざるを得なかった。
『星の眼』――片方の眼には五芒星、もう一方の眼には一つ星。煌びやかに輝き、瞳だけで雲一つない夜空を映し出す。虹彩は瞬くだけで変わる。魔力によって銃弾を停滞させ、跳ね返す。死の魔法を用い、鐘の音を数えると死ぬ。接近すればするほど鐘の音が早まる。武器は持たず、素手。細腕、細身、細い足でありながら異常なまでの身体能力と壁の素材問わずに容易に破壊する。聖女と自称しているが、連合の聖女信仰の関係者ではない。
魔力の法衣を纏い、髪の色は桃色を主として毛先に金色が混じる。睫毛は長く、鼻はヒューマンの中ではやや高め。頬紅を薄く塗り、唇にも紅が塗られている。性別は女、年齢は恐らく十三歳、一般的なヒューマンの該当年齢及び性別の平均的身長。
名前は恐らくアンソニー・スプラウト。年齢や名前を断定できないのは死んだ競売人が話した通りにしか聞いておらず、本人から直接聞いたわけではないため。接敵して生き残れたのは少女が見逃してくれたから。
これら全ての情報を聖都へとアレウスは与えることになった。しかし、この情報だけでアレウスは共犯や犯人の関係者として外されたのだから仕方ないと思うしかない。また、審問で行われた言葉の受け取り方から伏せられた情報は伏せている。鐘の音を数える回数や刻みの法則、少女が何者かと『念話』したのちにアレウスに謝罪して逃走した事実については話さなかった。特に前者の情報は知っていれば逆に被害が大きくなる凶悪なものだったので、明かさずに済ませられたのは幸いであった。
「やけに遅かったねぇ。オークション会場の事件に巻き込まれたんじゃないかって心配したよ」
隠れ家へ疲労を抱えつつ帰還するとクラリエが安堵の息をつきながら言う。アベリアも表情を緩ませ、ガラハは黙々と行っていたのだろうお金の計算をやめた。
「巻き込まれてはいる。死なずに済んだだけだ」
そう、死なずに済んだだけ。偶々、アレウスのことを知る『星眼』の聖女の関係者が『念話』を行ったことで絞殺されなかっただけなのだ。戦闘において、アレウスはあの少女に一振りも当てることはできなかったと言える。
疲れ果てているドナやエイラを隣の部屋で休ませ、アレウスたちはオークション会場で起きた惨劇の詳細をアベリアたちに伝える。驚きと困惑、そして混乱していたが三人は一つずつ情報を消化することで感情を落ち着かせていく。
「フェルマータは?」
「あの子ならドナさんたちが入った部屋で先に寝てる。なにかあったのか聞いたんだけど、イェネオスから言われた通りの道順を辿って帰ってきただけだって言っていて、アレウスたちのことはなんにも分からないって」
アベリアの返事で、なにも知らないまま彼女を奴隷という名目で入国させている事実は変わらないが、ともかくもフェルマータが逃げおおせてくれたおかげで罪悪感を薄れさせることができた。
「オレたちが聖都を調べるタイミングでこんな大事件が起こるとはな」
言いつつ数え終えたお金をガラハがアレウスへと渡す。
「今日の依頼は鹿狩りだった。なんとも楽な依頼の割には報酬が破格だった」
お金のついでとばかりに解体され終わった鹿肉をテーブルに置く。切り分ければ大人五人分ほどだろうか。もっと細かく分ければ十分な量である。その日の内に解体されたものではなく、血抜きなどの処理が施されていることから保存食から出してきたお礼のようだ。
「僕はどうってことないが、ドナさんとエイラは食べられないかもしれないな」
「エイラには極力見えないようにはしましたけど、ドナさんは位置的に見えてしまったでしょうから」
自身の努力不足だとばかりにジュリアンは呟く。
「あんなのは予測できない。僕ですらドナさんの視界を遮ることができなかった」
二人とも異界を知っている。それでも死体に慣れるほどの死地を潜り抜けているわけではない。アレウスやアベリアのように死体を見過ぎて心を壊しているわけでもない。
もう二人はこの隠れ家で期日まで過ごしてもらった方がいいだろう。室内に籠もり切りだとストレスだけでなく、脳が勝手に記憶を整理するためトラウマを呼び起こしかねないが、どのような審問を受けたかはまだ聞いていない。場合によっては目を付けられている。この隠れ家も、もはや隠れ家ではないかもしれない。
「ねぇ、イェネオスは?」
肝心の人物がいないことにクラリエが気付き、訊ねてくる。
《私から事情を説明します。エルフの巫女が『森の声』を経由してあなたに声を届かせていることをクラリエ様に伝えてください》
「……信じてもらえるかどうか分からないんだが、僕の耳にエルフの巫女が語り掛けてきている」
そこからクラリエにエルフの巫女の『森の声』が聞こえていることを理解させるまでしばし時間を要した。クラリエは産まれてから一度も『森の声』を使えないというのに、アレウスはヒューマンでありながらそこから経由される声を聞くことができる。ただし、アレウスから『森の声』に干渉はできず使用者側からアレウスへと対象を指定してこなければ聞こえない上に言葉を返すこともできない。この説明の難しい耳の事情をなかなか分かってはもらえなかったため、エルフの巫女は仕方なくクラリエとの間でしか知らない秘密のやり取りを暴露した。この暴露によってクラリエはにわかには信じがたいものの信じる以外ない状況となった。
「僕の師匠からも『念話』でのやり取りが求められています」
更にそこにジュリアンの言葉によってややこしさが加わる。アレウスたちはオークション会場でこのややこしいやり取りは済ませている。しかしクラリエたちにとっては極めて唐突なことであるため、やはり情報の消化に時間がかかった。
「つまり、『森の声』と『念話』を接続してこの部屋を指定して広域化……? うーん、うーん……ううん?」
《難しいことではないと私はイェネオスから聞いています》
「イェネオスにとっては難しいことじゃないらしい」
「そりゃエルフは魔法を得意としているし、元から『森の声』の仕組みを知っているから、あとは『念話』の仕組みを取り入れるだけだから。私は逆に『森の声』の仕組みを理解するところから始めなきゃならないし、それは『念話』よりずっと複雑なはず」
《やはりアレウリスさんの声でお伝えするしかないでしょうか》
「僕の声を経由させる方法でもいいけど」
「それだとタイムラグが生じて互いの応答に時間が更に掛かっちゃう。もう少し待って……もう少しだけ、こう、ヴェインみたいな発想で考えるから」
「師匠が『彼女は相応に魔法に精通しているから時間は掛かっても必ずやり遂げるはずだ』と言ってますけど、負担になるようでしたらやめてもらっても構いませんよ」
「ううん……うーん、あと二十分くらい待って」
妙にプレッシャーを掛けてしまっている。アレウスとジュリアンは自身が求めていることではないのに伝達役であるがゆえの謎の申し訳なさを抱く。
「何事も勉強だ。ヴェインは独創的な魔法の発想を形とするが、今回は元からある物を一時的に繋ぐ。一から作らせるわけでもあるまい」
「繋ぐ……? 繋ぐ! なんでそんな簡単なことが分からなかったんだろう! ありがとう、ガラハ!」
彼の言葉でなにもかもの問題が解決したかのように晴れ晴れとした顔をする。
「『音痕』の魔法と聴覚の痺れを解く魔法の詠唱が同じみたいに、一つの詠唱が派生的に使われることもある。『念話』もその内の一つ。そこの原点に立ち返るだけ。だから、これでいいはず。『接続して』」
『森の声』と『念話』、それらを『接続』する。『森の声』はともかくとしてあとの二つはどちらも“チャネリング”の詠唱によって成立する。
《聞こえますか?》
試しにとばかりにエルフの巫女が恐る恐るといった具合に言葉を発する。アレウスのみならずアベリアたちの顔を見れば、その透き通るように綺麗な声が届いていることは確認せずとも分かることだった。
《こんにちは。いや、今はこんばんはと言う方が正しいかな。エルフの巫女の美しい声はこちらにも届いているよ》
エルフの巫女に負けず劣らずの美声が聞こえる。男性と女性の特徴の異なる美声を聞くのは心地良いものがあるのだが、ジュリアンだけは自身の師匠のことを知っているためか複雑そうな表情を浮かべている。
《お世辞は結構です、『奏者』》
《声音一つ変えないとはエルフの巫女様はお堅いようだ》
「師匠、そういうのは結構です」
《いやいや、君にはしっかりと伝えたはずだよ。自らが登場するときはいかにもなタイミングかつ、相手を惹き付ける特別な声音を用いるべきだと。印象付けることで少なくとも嫌悪を抱かせず、好感を持たせることでその後の会話をスムーズに進ませることができる》
「いつも人前で全部明かしてしまうんで好感よりも嫌悪感を抱かせていることに気付いてください」
辛辣な弟子の言葉に師匠である男は喉の調子を整えて誤魔化す。
《もうよろしいでしょうか? 私は一刻も早くお伝えしたいことがあります。『竜の眼』を持つヒューマンの少女を安全に逃がすことは上手く行きましたが、イェネオスが私の星辰の通りに動かなかったためにボルガネムの信徒に捕まってしまいました》
《君が詠んだ星の通りに動いていれば助けられたのかい?》
《星辰の予知は詠んだ者にとって吉兆か凶兆かの要素が大きく、私の益になることがほとんどです。それは『奏者』も同じではありませんか?》
《確かに、詠むのは自分自身。たまに人のために詠むこともあれど、結局はそれが自身にとって益か不益か。星はそうやって見え方が変わる。他人のための星詠みは予知ではなく占いの範疇に留まってしまうからね》
「普通に考えてイェネオスが簡単に捕まるわけないと思うんだけど」
《私の星詠みが彼女にとって到底受け入れられないことだった。それによって彼女の集中力を削いでしまい、なんの力も持っていないただの信徒からの奇襲に気付けなくさせてしまいました。ですが、窮地を救うために再び星を詠み直しても、再び同じような状況を作り出すかもしれません》
《だから僕との詠み合わせを求めている。それは僕も同じだよ。こんなところでキトリノス・テラーの一人娘を傷物にはさせられないからね》
「傷物?」
喪うではなく傷物と言ったことにアレウスは引っ掛かる。
《連合はあまねく全てを奴隷まで落とそうとしている。調教の仕方は種族や性別によって変えられる。気高き女性のエルフ――彼女は限りなくハーフエルフなんだけどね、とにかくその手の女性をどのように扱うかは想像に容易いはずだ。僕の口からは憚られる》
「そんな……だったらすぐに助けに行かないと」
《クラリエ様の仰る通り、事態は一刻の猶予もありません。しかし、私の星詠みが更にイェネオスを追い詰めるかもしれません。だから彼女に直接行動してもらうのではなく、アレウリスさんたちに協力を仰いだ次第です》
姿は見えないが声だけは聞こえる。そしてその声同士が行うやり取りは理解が及びにくい。人間は思った以上に視覚での情報をアテにしているらしい。
「事情が事情か。この場合、強硬手段もやむなしだな」
「駄目だ。もし致し方ない手段を取るとしても、ドナさんとエイラを脱出させるまでの算段が整っていなければ僕たちはその手を取らない」
人の道を踏み外す原因にイェネオスを置きたくはない上に、自ら踏み外す道を選ぶべきではない。
「僕たちは冒険者で、国家転覆を企んでいるわけじゃない。帝国から密命を受けてもいない。ギルドからの依頼を潜入調査を受けているだけで、争いの発端になるような行為からは遠ざかっていなきゃならない」
《では、イェネオスを見捨てると仰るのですか?》
エルフの巫女の声音に怒気がこもる。
《もしそうだと断言するのであれば、私は未来永劫『天の眼』をあなただけのために行使します。この世の果てにいようともあなたを監視し続け、あなたを恨み、あなたを呪い、あなたが死ぬその瞬間を見届ける》
「見捨てはしない。ただ、今の僕たちの地盤を確認しただけだ。連合は政教分離が行われているかどうかが非常に怪しい。聖女信仰が異様なまでに力を持っているから、政治にまで手が伸びていると思うべきだ」
《だから信仰を破壊します》
「いいや、信仰を破壊すれば国家が立ち行かない。信徒たちがこれほどまでに聖女を崇め奉るのは恐怖の面が大きく、信徒たちはその感覚ですら麻痺している。そんな危うい宗教を破壊すれば、信徒は暴徒となり連合はいずれ崩壊するとしても、他国を巻き込む。ボルガネムの周辺には謎の鉄塊がいくつもあった。ただの鉄塊ではなく、兵器と想定するのなら連合の主力兵器に違いない。あんなものが暴徒たちに動かされたら、世界が混乱する」
《推察の通り、あれは連合が造り上げた兵器だ。騎馬隊や僕たちの知る戦車部隊とは一線を画す代物だと僕は考えているよ。ただね、アレウリス君? 暴徒でなくとも信徒が用いれば世界も他国も混乱することには変わらない》
「変わらないからって信じ崇めているものには手を出せない。僕たちみたいな余所者の、それも冒険者風情が入り込んでいい部分じゃない」
《一理ある。ただ、そのように慎重でいると肝心のテラーの娘を救えない》
《世界がどうなっても構いません。私はイェネオスを救うことを大前提として動いてもらいたいのです》
イェネオスのことはすぐにでも助けに行きたい。そこはエルフの巫女の意見に賛成できる。しかし、信仰の破壊は冒険者の範疇から逸脱している。
「連合のやっていることは非人道的であれど、僕たちが手を出すには闇が大きすぎる。アレウスさんはそう言いたいんですよね?」
アレウスはジュリアンが簡潔化した内容について肯く。
「であれば、僕たちにできることはやはり潜入以外にはないんじゃないでしょうか? 潜入し、イェネオスさんを助け出す。ニィナさんの所在を確かめることはできませんが、今回ばかりはそれだけで切り上げてドナさんたちと聖都を脱出し、帝国へと帰還する。どうでしょうか?」
「ニィナの足掛かりを掴めるかもしれないのに、逃げ帰ることしかできないなんて」
ジュリアンの提案にアベリアが噛み付く。
「イェネオスもニィナも連れて連合から脱出する。でないと私たちはきっと二度と連合には入国できないよ?」
次の機会があることを前提とされているが、次がなければニィナの所在はこのまま分からずじまいとなる。
「オレはアベリアの言うように、射手の小娘も連れ出さなければならないと思うが」
「でもそうするとイェネオスを助けるのは間に合わなくなるかもしれない。だって、ニィナを見つけられるまであたしたちは潜み隠れて、情報収集をしなきゃならなくなるから」
《難しいね、アレウリス君? 世の中は難しいようにできている。そして、時として難しい選択肢を突き付けてくる。君の決断によって誰かは救われ、誰かは救われない。世界は混乱するかもしれないし、混乱しないままかもしれない。いいや、世界は少しばかり言い過ぎか。けれど、ここでの判断によって仲間たちは君への評価を変える。悪い意味でも、良い意味でも、ね》
「両方なんて器用なことはできない」
《では、イェネオスを救う方針ということでよろしいでしょうか?》
「いいや、器用なことはできなくとも両方を取る」
《……あのねぇ、アレウリス君? それはワガママが過ぎる》
「ワガママでなにが悪い? 僕は僕の信じたい者を信じる。信じたい者しか信じない。ニィナは信じるに値する友人で、イェネオスは信じ手を取り合うに相応しい友人だ。究極の選択が突き付けられているわけじゃない。どちらかを拾えばどちらかが落ちる状況にもない。ただ優先すべきがイェネオスであって、その次に優先すべきがニィナってだけだ」
優先順位という言葉は好きではないが、ここでは順位付けを行わなければ方針にブレが生じる。
「アベリアとクラリエは午前の礼拝でなにを見た?」
「大体はアレウス君と一緒だよ。あと、聖女を殺そうとした人もいた。アレウス君の言うように、矢で金属の像にされてしまったけど。そのあとは聖女を守る信徒……信徒、なのかな? なにか、周りとは雰囲気の違う男が二人立って、常に警戒状態に入ってた」
「聖女の風貌は? 傍若無人な態度は取っていたか?」
もしもまた影武者として『不死人』の女を使っていたなら、アレウスの知っているような態度を崩しはしなかったはずだ
「ううん、優しい声音で信徒たちの声を一つ一つ丁寧に拾ってた。傍若無人さはなかった」
ならば午前の礼拝には本物の聖女が現れていた。それも、暗殺されると予知できていたはずなのにわざわざ姿を現したことになる。
「暗殺されない自信があったんだろうな。その信徒らしからぬ男二人は『不死人』だ。大体、午前の礼拝は女性信徒と限定しているのに大聖堂の、それも衆目に晒される場所で男性に守られているのはどこかおかしい」
男女で午前と午後の礼拝を分けて、男の立ち入りを禁止するのなら大聖堂側も女性信徒で固めることが信仰への態度というものだろう。そこに男を立ち入りさせたのなら、その人物は聖女にとって切っても切り離せない存在なのだ。
「『不死人』が最低でも三人ほどが連合の聖女を守っている。そして矢で射抜かれた者は容赦なく金属の像にされている。この、矢を放つ者を仮にニィナとする。彼女は現在、『不死人』と聖女の手中にある。彼らの傍にいるのなら身の危険がすぐに訪れることはない。だからイェネオスを助けに行くのを最優先とする。でも、全員で助けには行けない。少なくとも気配消しを行える僕とクラリエだけが忍び込む。大聖堂では技能封じと詠唱封じの魔法陣はなかった」
《ないとしても、奴隷に刻んでいる魔法陣が発動するかもしれないよ》
「それは侵入者がいると確定してから。つまり、侵入に気付かれない限りはその奥の手を向こうは用いない」
《武器は入り口で没収されてしまうね》
「わざわざ正面から行く必要はない。悪いけど、クラリエにはこれから大聖堂周りを調べてもらう。どこか侵入できるような場所がないかを見つけてもらいたい」
「分かった、このあとすぐにでも。私はオークション会場の騒動には関わっていなかったから、礼拝のあとはずっと休めていたし大丈夫」
「もし抜け道のようなものが見当たらなかったらそのときは正面から武器無しで行く」
《武器無しで、ですか?》
「友人を助けるためならリスクは背負う。極めて危険であっても、その果てに友人の救出という結果があるんなら挑戦する。ただ、命は懸けられない。挑戦と言ったように、失敗したら僕たちはすぐにでも引き下がる」
「失敗なんかしない。絶対に助けるから」
「次に、ガラハは変わらずギルドでの活動だ」
「構わないが、そんなことでいいのか?」
「継続が信用になる。ギルドは僕たち余所者の冒険者が今日と次の日も変わらず同様に依頼を受けているという印象を持ってもらう。ただでさえ街の跡地の一件で怪しまれているから、熱心に依頼に取り組む様で中和を取る」
「僕とアベリアさんは?」
「二人は酒場で異性を引っ掛けてもらう。身に危険が迫るほどのことはしなくていい。アベリアは男に声を掛け、ジュリアンは女に声を掛ける。二人の顔立ちで話に乗らない異性はいない。酒を飲ませれば噂話以上にボルガネムの内情を吐露することだってあるだろう」
「身に危険が迫ったらどうしますか?」
「自衛していい。酒は宗教上認められていても、情動に駆られた強要は犯罪だ。信徒であっても罪であることには違いない」
「あんまり得意じゃないんだけどな……手を握らせるのも怖いし」
「軽々しく手は握らせるな。アベリアは容易く体に触らせず、ジュリアンは積極的に触れ合いに行け。なんなら酒場じゃなくてもいい。聖都で暇を持て余している者に積極的に声を掛けてほしい」
《ふふふっ、酒飲みの場では男は軽々しい女には飽いていて、逆に女は軽々しい男を求めている。あくまで出会いの場であり、その日限りの関係を意識させることで自然と相手の口は軽くなる。落とせなければと男は焦り、落としてほしいと女は求める》
「階級の高そうな人は狙うな。軍関係者に誘われても関わるな。あと、個人的な理由でアベリアは絶対に誰にも触ったりされるな」
個人的感情を付け足してしまったがやるべきことは結局、今以上に情報を掻き集めることだ。
「明日、明後日、三日後。三日後まではイェネオスの身の安全は?」
《私の星詠みの見立てではまだ手を出されることはありません。しかし、かなり危うい日になります》
《三日後の夜にテラーの娘とテッド・ミラーが接触すると僕の星詠みでは出ている。それまでに助け出せなければ、手遅れになる》
「テッド・ミラーか……いや、その名の奴隷商人が動くと分かったのは大きい」
アレウスは呟き、僅かな可能性に糸口を見出す。
「一日の終わりに掻き集めた情報を全員で共有する。僕は隠れ家周辺で動く。楽をしたいんじゃなく、ドナさんたちを警護しつつ探りを入れていく」
《お待ちください。星の動きが変わりました……とても複雑な、星の動き。ただ、》
《厄介な星が一つ僕には見える。エルフの巫女もそうだろう?》
《この星は……一体?》
《アレウリス君にとっての凶兆か、それともこの場にいる者たちにとっての吉兆か。僕でもまだ詠めない。けれど、アレウリス君はこの星に価値を見出している。違えないことを僕は祈ることしかできないだろう》
『星眼』の聖女の関係者について心当たりがある。以前に、とある人物が「『星の眼』の少女に追いかけられている」と言っていた。そのときはなんのことなのか分からずじまいだったが、今日、あの場で『星眼』の聖女と出会ったことで点と線は繋がった。
リゾラベート・シンストウ。『星眼』の聖女の呟きが確かであるのなら、彼女はもう既に大聖堂内部へと侵入を果たしているだろう。敵でもなく味方でもないが、テッド・ミラーが動くなら彼女も必ず動く。その騒動に紛れ込めば、イェネオスの救出は決して無茶でも無謀でもなくなるのだ。
ただし、リゾラの機嫌を損ねなければの話だが。




