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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
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星の眼

 招待状とドナの身分証明が終わったのち、厳重な検査が行われてアレウスたちはオークション会場へと足を踏み入れる。

「お品物はこちらで一時お預りいたします」

 男がそう言ってフェルマータを捕まえようとするのでイェネオスがそれを阻止する。

「ご安心ください、お品物を傷付けるようなことはいたしません」


 失念してしまっていたが、アレウスたちはドナの立場や招待状を使って連合に入るためにフェルマータを奴隷という名目で連れてきている。実際はそうでなくとも連合ではそのように処理されており、オークション会場にも事前にドナの出品物は把握されてしまっていたのだろう。


「出品を辞退することはできないのでしょうか?」

「事故などによって損傷を受けている物は残念ながら競争品としての価値を失いますので、こちらからおやめになるように通達することはできますが、こちらのお品物にはこれといって重大な損傷は見られません。出品するとお決めになられたものを取りやめとすることはございますが当日は誠に恐れ入りますが不可とさせていただいております。上流階級の方々からこちらの信用を失いかねない案件となりますゆえ、ご理解くださいませ」

「そこをどうにか」

「ドナ・ウォーカー様、どうかご理解くださいませ。出品物を運搬するまでの間に愛着が湧いてしまったのかもしれませんが、規則は規則ですので」

 なんとか出品を取りやめにできないものかとドナは奮戦するが、それも虚しく払われてしまった。


「出品物が本当に傷一つ付けられないまま運ばれるところを見届けるまでは私が護衛として付きます」

 連れて行かれそうなフェルマータの手を掴み、イェネオスが進言する。

「わたくしどもは聖女様に誓って、あなた方が遠方よりはるばる運んできた物品を損傷しないことを宣言いたします」

「それでも、この目で見るまでは心を落ち着かせるわけにはまいりません」

「よろしいでしょう。わたくしどもの清廉潔白な様を見届けてくださいませ」

 男は要求を受け入れ、先を行く。

「こちらは上手くやります」

「任せていいんだな?」

「ええ、ドナさんと合流してから経緯を聞いていましたから、こうなることは見越していました」

 その自信が空回りしないことを祈りつつも、ここは彼女に任せるしかないだろう。

「それに、私がなにか言い出さなければあなたはまた過剰な演技でなにかをやらかしてしまいそうですから」

 付け加えられた言葉からしてイェネオスは以前のことをまだ根に持っているらしい。だが、それも納得できることだ。


 彼女からしてみれば、むしろ恨まれて当然の存在だ。情勢は不安定でありながらもエルフの森、そして森から追放された者たちのキャラバンは平穏だった。それがアレウスたちが現れてから一気に崩れたと考えてもおかしくない。キトリノスの死も、母親が天寿を全うしたタイミングも外部の存在と接触してからと捉えれば、なにもかもの責任を押し付けることさえできてしまう。むしろそうした方が心は軽くなる。

 なのにどうして未だに刺されずに済んでいるのか、アレウスには分からない。


 男のあとを付いて行くイェネオスとフェルマータが廊下の角を曲がって見えなくなる。

「すみません、私がもっと早くに手配をしていれば」

「いえ、ドナさんのせいではありませんよ。聖都に来てからすぐにでも合流すべきだった。ギルドで活動許可を貰うのはその後、どうにでもなるはずだった。だから、判断を下せなかった僕に責任があります」

 ギルドに真っ先に向かわなければフェルマータを出品する手はずを止められた。だが、ギルドを通していなければアレウスたちは警備に捕らえられていた可能性もある。


 両方とも上手く通すことはできなかった。どちらかを優先しなければならず、優先すればどちらかは手から零れ落ちる。結論付けるのは簡単だが、感情論からしてみればもう少しなんとかできなかったかと思ってしまう。


「なるようにしかなりませんよ。イェネオスさんを信じましょう」

 落ち込んでいるアレウスをジュリアンが励ます。

「ドナさんも反省はそこまでにしましょう。確かに状況は良くはありませんが、好転させることは難しくないはずです」

「そうだよ、お母様。アレウスたちがなんとかしてくれる……なーんて昔は言いたかったけど言えないけど、きっとなんとかなるよ」

「さすが異界に堕ちながら帰ってきた貴族の娘は言うことが違うな」

「それは馬鹿にしているよね?」

 エイラの励まし方があまりにも拙かったためにジュリアンが毒を吐き、彼女がそれに対抗する。

「……子供たちが諦めていないのに私が諦めていてはいけませんね。ただ、アレウスさん? 私はエイラのように心が強くありませんから、頼りにしていますよ……という呪いの言葉をあなたに伝えておきます」

「はい」

 最善を尽くさなければならない。それは常々に思っていることだが、特にこの場では一つのミスも許されないような、そんな緊張感にアレウスは囚われる。幸い、護衛役として通されたためか検査で武器を没収はされなかった。いざとなればひと暴れすることもできる。


 ただし、その瞬間から連合にはいられないためすぐさま逃げることに徹しなければならない。二度とアレウスたちは連合に入国できなくなるだろう。そうなるとせっかく掴みかけているニィナの足跡を追えなくなる。

 フェルマータが競り落とされるのを阻止しつつ、連合に滞在できる状況のままニィナを探す。これを現実にしなければならない。できるかどうかは不明だが今回の目標は明確に定めておいた方がいいだろう。


 数分待って、ドナを担当する男が現れて会場の奥へと通される。

「歩いたまま聞いてください。今のままではあなた方を入札部屋へお通しすることができません」

 見えてきたのは会場ではなく関係者以外立ち入り禁止の通路で、人目が少ない。

「参加資格がないということでしょうか?」

「はい、今のお姿のままでは特定されてしまいます。ですので、こちらを」

 そのまま立ち入り禁止区域を歩き続けながら、周囲に気を配りつつ男はドナとエイラに小型の帽子が手渡される。状況を早々に理解した彼女はその帽子を被ると、付随していた薄いベールで顔を隠した。母親に倣うようにエイラもベールで顔を隠す。

「お召し物に合うベールをご用意しましたがお気に召しましたでしょうか?」

「ええ、とても」

「男性の方々はこちらを」

 アレウスとジュリアンには仮面が手渡される。

「よく僕のことを男だと分かりましたね」

「事前に男性であることを国境の検閲にて聞いております」

 ジュリアンを男だと看破できたのは国境の検閲によるものらしい。形式的に行われているものだと思っていたが、しっかりと出品物や、入国する人物像まで把握されていたようだ。

 アレウスたちが仮面を付けている間に男が「こちらです」と再び歩き出し、頑丈な扉の鍵を開けて進む。どうやら関係者のみの通路から会場内に戻ってきたようだ。それを表すかのように廊下ではアレウスたちと同じように仮面やベールで顔を隠している者たちが入札の支度を進めていたり談笑しているのが見えた。

「遠回りをさせてしまいましたがお客様の身元を隠すためです。ご了承くださいませ」

 そう言いつつ廊下を右に曲がる。来た廊下を違う廊下で引き返すような移動が続いているが、それだけ入念にドナたちの足取りが掴めないようにしているように見える。関係者のみの区域や通路に通したのも、他の参加者たちに顔を見せないようにするためだろう。とはいえ素顔のまま競売所には来ているので、完全に身元を不詳とすることはできないだろう。しかしこれはこちらの落ち度だ。この男を責める理由にはならない。


 会場手前の大扉が開かれるのではなくその横の廊下を進んで階段を登る。その先には番号の振られた扉が幾つもあり、その一つの扉の鍵を外してアレウスたちは個室へと通された。

 椅子が複数一列に並んでおり座るように促される。正面だけ壁はなく、壁の代わりにガラス張りとなっていて二階、もしくは三階から会場を隅々まで見ることができる。

「入札者の方々の多くは個人情報を人目に晒されることを嫌っておりますので、こうして個室を用意しているのです。競売人の声やガベルはこちらの筒より聞こえるようになっておりますのでご安心ください」

「ガベル?」

「木槌です。競売人が持つ木槌」

 横に座ったドナがアレウスの疑問に答えながら男から手渡された小さな帽子を被ると、付随されている薄いベールで顔を隠す。正面がガラス張りであるため、会場だけでなくアレウスたちとは逆側の同じように個室に通された入札者の姿も見えてしまう。確かにこれでは個室に入るよりも前に顔は隠れていた方がいい。

 男は「これが最後となります」と言いつつ番号札をドナに渡す。

「これで入札するのですね?」

「その通りです。番号札をお挙げいただければ入札を競売人が確認いたします。最低入札価格はこちらで決めさせてもらっており、競売開始後は開始当初の金額を足す形で増えていきます。こちらが設けております中間価格になりましたらその半額を足します。そしてこちらが想定している最高落札価格を越えましたら刻むように金額を足します。ドナ様は帝国出身ですので、帝国の貨幣であるビトンで例えさせていただきます。100ビトンで始まりましたら次に入札すれば200、その次が300、更にその次が400、更に更にその次が500と増えます。500を中間価格とするならば、それ以降の入札は550、600、650と増えます。1000を最高価格とするならば以降は1010、1020、1030といった具合です。更に刻みたい場合――1010の次に1011と入札したい場合は番号札を下げてください。このときに注意していただきたいのは番号は競売人に見せたまま腕を下げることです。番号が見えないように下げてしまうと競売人は『()り』と判断します。簡易オークションではこの入札の刻みはございませんが、此度のオークションは各地より珍品が集う特別な物。お集まりいただいた方々も名家揃いとなっておりますので、この仕様が取り入れられております」

「支払い時の通貨は連合で流通しているものですか?」

「連合は多くの国の集合体。貨幣は未だ統一途上でございますので、金貨と銀貨、そして銅貨で行っております。この方が他国よりお越しいただいたお客様も差し支えなく支払えますから。聖都ではおおよそ金貨一枚を10000、銀貨を1000、銅貨を100とします。こうなると端数の支払いができませんが、その端数はお客様の出身国の通貨で(まかな)います。換金時の手数料等ございますが、それらの負担はこちらが持ちますゆえ、ご安心くださいませ」

 男はお辞儀をして、個室の扉を開く。

「ああ、くれぐれも騒ぎは起こしにならないでください。処罰対象としての殺傷もわたくしどもは許可されております。逆に騒ぎが起きた際にはわたくしどもの指示に従って速やかに避難してください。また、その際にはわたくしどもが来るまでは決して扉を開かぬように。なにかございましたら扉は開かずノックをしてください。すぐに対応いたします」

 そう言い残して男は退室した。


「なんとも、堅苦しい話をすると疲れてしまいます」

 大きな大きな溜め息をつき、そして息を吸ってドナは呟いた。ひとまずは気を張らずに済む空間にはなった。それを感じ取ってエイラも椅子に深く腰掛けて背伸びをする。

「お母様は入札するの?」

「物は試しにとも言うけれど、競り勝つのには少し気後れしてしまうわ。それに、あまりあなたには見せたくないものも出品されてしまうだろうし」

「安心してお母様! 私、これでも一年間は一人で頑張っていたのよ?」

「主に僕が援助していたけどな」

 強がっているエイラにジュリアンが付け加える。

「多少のことでは動じない子ではありますが、見るに堪えないものがあった場合は僕の判断で彼女を部屋の後ろへ連れて行きます」

「ありがとう、感謝します」


 出品されるのは“曰く付き”、奴隷、その他の価値ある品々といったところだろう。その中でも奴隷の競売はタチが悪い。おおよそエイラには刺激が強すぎる。彼女のことはジュリアンに任せるとして、その中にフェルマータが出てこないことも祈らなければならない。


 果たして、イェネオスへの信頼はアレウスにとって正解であったか間違いであったか。ここで全てが分かる。


 午前十一時となり競売人がガベルを叩く。競りの開始を宣言すると同時に自己紹介を行い、一階に見物客が通される。


「競売を一般人に見せるのか」

「かなり危険なことをしていらっしゃいますね。もしも見物客を入れるなら私たちと彼らの位置は逆であった方が競売人の方々は安全だと思われます」

 会場に一般客を通すと、出品物に一番近い位置ということになる。場合によってはそこから出品物を奪われてしまいかねない。だから一般客は二階や三階に通し、入札者は一階に置く。この形なら一般客は奪い取りにはいけない。

「私たちの身の安全を第一に考えるなら、この形がよろしいのだとは思いますけど」

 出品物よりも各国の上流階級の命を優先している。そのように捉えるなら、個室主体で行われる入札は極めて安全ではある。


 一般客が会場に収まり切り、競売が始まる。競売人が出品物の説明を行い、最低価格を設定してガベルを叩く。挙げられた番号札を見て、値段が一気に吊り上げられていく。驚くべきはその速度だ。札の挙げられた順番を瞬時に読み解き、一番最初の番号を口にして現在の落札価格を大きな声量で高らかに言い放つ。

 番号札の提示が緩やかになってから競売人が言葉巧みに現在の価格を口にしつつも、次はまだかまだかと待つ。それでも札の提示がなくなっていることを確かめ、ガベルを叩いて番号と落札価格を声高に叫び、数人の手袋をした者たちによって出品物が置かれた机ごと会場から下げられ、ほぼ途切れることなく次の出品物が運び込まれる。


 出てきたのは“曰く付き”。使用人が貴族の高慢さに耐え切れずに刺し殺したナイフを鍛造し直したことで、自身よりも階級の高い者へと向けた際にロジックの能力値に補正が掛かるというもの。冒険者にとっては興味を惹くものだが、入札者たちにはさほど惹かれるものではなかったらしくほぼ最低価格で落札される。

 王国のとある地方で作られた工芸品。一見してただのガラス玉だが光を当てると中に混じる塗料が輝き、複雑な色合いを見せる。置き物としての価値は相応にあったらしく中間価格程度で落札される。

 エルフの森にのみ伝わるとされる特別な編み物。魔力が込められており、身に付けていることで毒性を感知すると一度だけ体内に入った毒を浄化する。たった一度だけという点がアレウスにとっては引っ掛かるものだったが、命を狙われるような場があるらしく多くの入札が行われて最高価格よりも高い価格で落札される。


「これが二時間続くんですか?」

「予定ではそうなっているけれど、昼休憩もあるはずだし、予定していた出品物が全て落札されれば早めに終わることもあるはず」

 ジュリアンは競売の独特な速度に戸惑っており、ドナに思わず訊ねていた。アレウスも二分や三分で終わる品もあれば、十分ほど続く品もあったりと一定の時間進行ではないために少しばかり困惑する。


「お待たせしました。聖都における大目玉、ここでしか手に入らない奴隷の登場です」

 競売人が煽り、後方から手足に枷を嵌められた奴隷たちが壇上の前方へと歩かされ、並べられる。ジュリアンがすぐに察してエイラの手を掴んで部屋の後ろへと連れて行く。アレウスは焦りつつ眺めるが、そこには見知った顔は見えない。

 一般客はこれを待っていたとばかりに大きく歓声をあげる。特に女性の奴隷への凄まじいまでの興奮が見られる。人の不幸は誰かにとっての娯楽であることが見せつけられているようで眩暈すら覚えそうになる。

「さて…………おや? 少々、トラブルがあったようです。確認を行いますのでお待ちください」

 競売人が競りを一旦休止する。同時に個室をノックされる。

『ドナ・ウォーカー様、出品物についてなのですが』

 扉越しに連絡が入る。

『大変申し訳ございません。こちらの不手際で見失ってしまいました』

「…………一体どうして」

 呟きつつ、ドナは立ち上がって扉の前まで行く。

「あなた方が安心しろと言ったから私は預けたんですよ!? それでどうして、逃げられてしまうの?!」

 ハッタリである。ここでドナが取り乱した風に装わず、安堵の息を漏らせば競売を撹乱するために出品する気のなかったものを運搬してきたという嫌疑が掛かりかねない。

「護衛は!? 護衛は一体なにをしているの?!」

『それが、ドナ・ウォーカー様がお連れしていた護衛は昏倒しており出品物がご自分の意思で逃走したとしか……わたくしどもも護衛が出品物を見守るだろうと気を抜いておりました』


 逃がすにしてもそれを手引きしたと思われたらイェネオスは罪に問われる。だったら逆にフェルマータに襲われて倒れ、その隙に彼女が逃げたようにする。イェネオスの昏倒は演技、もしくはフェルマータに脱出方法を伝えてから自分で自分を気絶させた。


「この損害は勿論、そちらで取ってくれるんでしょうね!?」

 ドナが迫真の演技でアレウスを睨む。

「無論、あなたも!! あなたの仲間が守ると仰ったから任せたというのに!」

「大変申し訳ございません! まさか彼女が出品物を守れもしないとは思わず!」

「奴隷一人守れないんじゃ、高いお金を払った意味がないじゃない!」

「申し訳ございません、申し訳ございません!」

「謝罪はあとでいくらでも聞きます! 競売が終わってからあなたにも損害を請求させてもらいます!」

『落ち着いてください、ドナ・ウォーカー様』

「家名に泥を塗られて落ち着いてなどいられますか!!」

『大丈夫です、問題ありません。手を尽くし、この件は外部に漏れないように努めます。情報統制を密にし、出品物に逃げられた事実は闇に葬り去りますので』

「そうしてちょうだい! でなければ聖都のオークションの悪口をばら撒いてやりますとも」

『このたびは大変申し訳ございませんでした。こちらでも出品物を発見できないかと手を尽くしますゆえ、どうかどうか落ち着いてください。競売が終わるまでは外には出られない規則ですので、どうかどうか』

「ええ! しばらくはここで待たせてもらいます!」

 最後に扉を一蹴りして、ドナはアレウスの隣へと戻り、そこで力尽きたかのように椅子へと座り込む。


「お母様! すご、っ!」

「ここで大声で褒めたらバレるだろ」

 ジュリアンがエイラの口を手で塞いで説明する。

「凄い演技だった。私もそんな演技ができるようになりたい」

 小声でエイラはドナへと伝える。

「慣れないことをするものじゃないわ。普段、前に出ていなかったから通用したけれど」

 夫と死別後、ドナはウォーカー家を背負うことになって内気な性格ではあるものの表舞台に立たざるを得なくなった。それ以前の人前に出てこなかった時期が彼女に神秘性を与えた。名前は知っていても、性格までは知り得ない。そのため、どこで癇癪を起こしてもそれが彼女の性質だったのだという新事実にしかならない。そして夫が妻を人前に出さなかったのは気性の荒さがあるためという裏付けにすらなる。

「久し振りにあんな風に罵ったわ」

「久し振り、ですか?」

 以前も罵ったことがあるような言い方であったためアレウスは聞いてしまう。

「私の父に酷い言葉を投げたことがあったんです。親心を理解していないがゆえの擦れ違いでした。心残りは、それを謝る前に父が亡くなってしまったこと」

 呟き、ドナは続ける。

「私はよく言葉を呪いのように使うでしょう? なんとなく、あるんですよ……心のどこかに。私の言葉が呪いとなって父を襲い、死なせてしまったのでは、と。怖くて怖くて、それから一気に人前で話せなくなってしまいました」

 過去のことで言葉の力を過度に怖れているらしい。呪術や呪言の技能がなくとも、人は人を呪える。だからこそ言葉は慎重に選ばなければならない。けれどたとえ言葉を慎重に選んでも、人を傷付けることだってある。更には慎重に選んでいる内に事態が急転してしまうことさえある。

「言葉というのは難しいものです。僕も一向に答えは出ません」

「もっと軽く、私たちは言葉を使って笑い合えたらいいのでしょうけれど、あいにくと世の中はそうではないようですので」


「お待たせしました。起こっていたトラブルの方はこちらで処理できたようです。では、競売を再開いたしましょう! まずはこちらの奴隷から紹介させていただきます」

 枷を嵌められた少女が壇上の一番前まで連れられる。

「種族はヒューマン、年齢は十三。名前はアンソニー・スプラウト……えっ……?」

 壇上の一番前に立っていた少女が後方に重力を無視したような宙返りを行って競売人の肩の上に両足を乗せる。

「人生は色々、人の生き様も十色。分かってはいたものの、あまりにも酷い」

 少女の手が競売人の頭部を掴む。


 唐突な魔力の流れが生じ、少女の纏っていた襤褸が瞬く間に外套へと変わる。それはボルガネムの信徒を表す外套ではなく、教会の――神の眷属を表す意匠を持っている。


 警備が一斉に集い、手に持っていた銃を少女に向けられる。撃鉄が起こす火花が火薬を炸裂させて込められていた弾丸が放たれた。

「ダーメーでーすー」

 呟く少女の間際で弾丸が止まる――のではなく停滞する。前進はしているが、その進みは驚くほどに遅い。

「物騒なことはいけません! 神様は見ておられるのですから!」

 反転、そして加速。停滞していた弾丸が全て撃った銃口に吸い込まれ、構えていた警備の両手が銃そのものの炸裂により弾け飛んだ。

「ふふふっ、あははっ、うふふっ……」

 少女は競売人の頭を両手で捻る。

「神に背く背信者には塵一つの情けも必要ないと教わってきました。なーのーでー」

 片目は五点の星、もう一方の目は一点の星を宿している。

「死にたい人から前に出てきてくださーい」

 両手両足の枷を砕きながら死んだ競売人から離れるように跳躍し、少女は壇上に立って笑顔を向ける。


 その言葉とは裏腹の、無垢なる笑顔を。

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