本当の狙い
「君はどうしてここに?」
いつも不意に現れる彼女にアレウスは同じように訊ねているような気がしたが、それでも目の前に現れるときがいつも予期しないところであるのだから仕方がない。
「もう分かっていることを聞きたがるのはイラっとするからやめてくれない?」
朽ちかけている手すりから一階に飛び降りる。敵意めいたものを感じ取ったためアレウスはアベリアを庇うように立ち塞がる。
「なんなんですか、あなたは?」
「その正義感は褒めるけど、私にはあんまり近付かない方がいいわ」
果敢にリゾラを阻もうとするジュリアンだったが、彼女の発した異様な魔力量を察知して体が硬直し、動けなくなる。
「しばらく黙っていて。魔法を使ってまで黙らせる気はないけど、まだ邪魔をするならそうするかもね」
ジュリアンはアレウスを見てきたので首を横に振る。彼は小さく肯き、アレウスたちから距離を取った。だが、杖は構えたままだ。なにかあれば魔法の詠唱を行う。その意思は見せ続ける。
「テッド・ミラーとヘイロン・カスピアーナに復讐を果たすまではアベリアをどうこうする気はないから」
リゾラはそんなジュリアンを無視し、アレウスたちに話しかける。
言葉には敵意は感じられないが、彼女がアベリアに向けた視線には強い嫉妬のような、それでいて軽蔑にも似たなにかがあった。
「順番があるだけで、復讐を果たすことには変わらないんだろ?」
「当然でしょ。私は復讐のためだけに生きているから。アベリアを不幸にすることだって考えて生きている。ただ今はそれどころじゃないってだけ。それに、アベリアは謝ってくれたし、まだ可愛げがあるから猶予を与えているのよ」
そう言って座り込んでいるアベリアにリゾラは近付き、同じようにしゃがみ込んで彼女の顔色を窺う。
「どんなに頑張ったって過去は消えない。過去を遠ざけるために必死に今を生きて未来へと走る。過去は今のあなたを傷付けはしないけれど……過去の行いは今になってあなたを傷付ける要因にはなる。言っている意味、分かるよね?」
問い掛けるリゾラにアベリアがコクコクと首を縦に振る。
彼女に復讐の念を抱かせるようなことをアベリアはやった。その内容までは話してはくれないようだ。
「それで、あなたたちはここでどこまでの情報を握っているの? テッド・ミラーに繋がることなら私が散々に調べたあとだからなんにもないと思うけど」
「僕たちはこの街で起きた惨劇について連合のギルドから調査を頼まれている。でも調査しようにも着いたのは日が沈んだあとだったし、本格的な調査は明日からになる」
「ふーん、そっか」
リゾラもアベリアも元奴隷。二人は同じ奴隷商人の元にいたことまでは教えてもらっている。だから、ここにリゾラがいるのは復讐対象としている奴隷商人の足掛かりを掴もうとしているから。そのように思っていたのだが、この屋敷を彼女はもう「調べたあと」と言った。その言葉はアレウスたちよりも先に到着し、日が沈む前に調べたということなのかそれとも、もっと以前に訪れて調べ尽くしたあとという意味なのか。そのどちらの意味も含ませている。彼女にはアレウスが訊ねることに対しての返答方法が二つある状態だ。状況に合わせて都合の良い方を選択できる。それが分かっていて訊ねたくはない。
彼女は敵でも味方でもない。そして、敵にはしたくない。中立か味方の立場であってほしい。キングス・ファングの群れでの一件で実力を見ている。魔法を使われては勝てる見込みはまるでない。
「深夜まで調べるわけにもいかないから寄り道で奴隷商人についても調べることになった。そもそもの発端に異端者狩りがあって、その異端者狩りの標的になったのが奴隷を扱った娼館だったから調べないよりも調べた方がいいだろ?」
「それは確かにそうだけど、奴隷のことを調べたらアベリアがこうなることは分かっていたんじゃない?」
「苦しい思いをしながらも自分から少しでも克服しようとしている。だったら止めるわけにはいかないだろ」
「トラウマは強引に克服できるものじゃないでしょ。一番強烈なところから始めても耐えられない。トラウマの一番遠いところから少しずつ少しずつ成果を出していって恐怖を払っていく」
「言っていることは正しいけど、そんな上手い具合に克服のプロセスを用意できるほど世の中が平和じゃなくなっている」
「それは同感だけど長期休暇を取ることも検討したら」
「取っていたよ、この前まで」
そこまで言ってリゾラが立ち上がり、思い出したように手をポンと叩く。
「ああ、そっか。異界獣を一匹討伐したんだっけ? そこから休みを取ったってメンタルトレーニングにまでは頭は回らないか」
「そもそも僕にはこの手のトラウマの克服方法が分からない。僕は奴隷になったことがないからな……共感できたとしても、それは優しさを保持するための共感になってしまう」
「奴隷のときの恐怖を理解するためには同じような奴隷の経験がなきゃ駄目だとでも思ってんの? そんなこと言ったら世の中のトラウマは全部、同じ経験をした人じゃないと分かり合えないじゃん」
「理解は経験から始まる。同じ経験や体験をした人と話し合うことで気持ちが楽になる。教会への罪の告白も自分以外が話を聞いてくれるから楽になる」
「…………まぁ私も、外側からの視点でしか物を見れない連中が言うところの傷の舐め合いだって言う気はないけどさ」
髪を手で掻き上げ、リゾラは困った風に呟く。
「私が言いたいことの本筋は、アベリアが克服したいと思っていても苦しむんならもっと時期を考えてあげてってこと。あなたみたいに彼女の努力を応援する形も嫌いじゃないけど、その辺りのバランスは見守る側のあなたがちゃんと持ち合わせていないと」
アベリアに復讐すると言ってはいるが、口からは彼女を気遣うものばかりが出てくる。苦しませたいという感情があるのなら今の状況をもっと喜んでもおかしくない。
アレウスと同じで人間性を捨て切れていない。復讐の炎に包まれていながらも、捨て去るべき道徳が捨て切れていないのだ。疑心暗鬼になりながらも、まだどこかで他人に期待している。神官嫌いのアレウスがクルタニカやアイシャを嫌いになり切れずに受け入れたように。
「そうだな……僕の見立てが甘かったのは痛感している。彼女の努力を無駄にしたくない気持ちのせいで、見えているのに見えないようにしていた部分がある」
「反省できるんだ? ここまで言われて反省できない輩の方が多いから意外」
「言われたことは間違っていないから」
努力が先行しすぎているのなら、それを止めるのがアレウスの役目だったのに努力ばかりを評価してそれを怠った。だからアベリアは未だに冷や汗も震えも止まらないのだ。
「……幸せを噛み締めることね、アベリア。こんな男、そうはいないわ」
リゾラがそう言ったあと、調教部屋を調べ終えたクラリエとガラハが戻ってくる。
「あー、ノックスとセレナのところで見たヒューマンじゃん」
「意外なところで意外な人物と会うものだな。それが喜ばしいことなのかどうかは定かではないが」
ジュリアンが杖を構えていることからガラハは警戒気味だが、クラリエはどこか信用を示しているような話し方をする。
「なに? またなにかあたしたちと共闘しなきゃならない状況にあったりするの? それとも、次は敵になるからっていう警告? 後者だったらわざわざ警告だけで済ませてくれてありがとうなんだけど」
「そのどちらでもないわ。ああでも、まだ、と付け足しておこうかな」
「今後のあたしたちの行動次第ってことだよねぇ? でもあたしたちってそういう選択肢で外れを引かされている側の人間だからなぁ」
注意は払いつつ、クラリエは気を許しているように装う。いや、装っているわけではないのかもしれない。興味を抱いている相手に好奇心で近付こうとしている節が見える。
「私のことを知って尚、私とこうして話す気があるならもしかするとってところかしら。あなたたちの依頼がどういうものかは知らないけれど、それを協力してどうこうする気は全くない」
リゾラは断言し、フードを被る。
「ただ、ちょっとだけヒントとして言っておいてあげる。この街に骸骨兵が蔓延ったのは確かな事実だけど、街の人々を皆殺しにしたのは骸骨兵じゃない。なんでこんなことが言えるかって? だってここは私が死にたいと思うぐらいに苦しんだ場所だから。あとさっきも言ったんだけどここは私が調べ尽くしたけど、なんにもないよ。調べるなら娼館跡がいいかな」
それだけ言い残し、リゾラは闇夜に掻き消える。感知の技能で行く先を追えなかったため気配消しの技能ではなく、森のエルフが扱うような認識阻害の魔法だろう。
ここにリゾラは奴隷として過ごしていた。彼女は暗にそう言ったのだ。そしてここで奴隷は娼館で働かされていた。
「……だからテッド・ミラーへの復讐を誓っているのか」
どれぐらいの歳月が彼女の心を蝕んだのか。その日々がどれほどの苦痛をもたらし、精神を壊しにかかったのか。想像を絶するものに違いない。異界で五年を過ごすのとどちらがマシか、などという比べる対象にならないもの同士で測ろうとしたところで感情に答えは出ない。
「行った……?」
弱々しくアベリアが訊ねてくるため肯いてみせる。安堵の息をつき、体の震えが治まる。
過呼吸や体の震えは早い内に治まっていたのかもしれない。ならばその後も冷や汗や体の震えが続いていたのはリゾラがいたからと考えるべきだ。トラウマの克服について語る彼女が、アベリアにとってトラウマの最たる存在であったなどとは決して本人には語れない。
「謝って、ほんのちょっとだけ許してもらえているって思っていたけど、やっぱり、会うたびに……怖くて、体、震えが止まらなくて」
「立ち向かう必要はないんだよ? 今みたいに震えていても大丈夫。その間、あたしたちが守ってあげるから」
「う、ん…………でも、私は……ちゃんと、立っていられるように、なりたいから」
この努力の姿勢を見て、それでも応援してはならないのかとアレウスは悩む。
「無理をしない範疇にしてほしい」
なので率直に自身がアベリアのことを心配していることだけを伝える。ガラハに語ったときのような責任感の薄い背中の押し方よりも、寄り添う方向で支えるべきだと思ったためだ。
「ありがとう」
「それで、どうします? このまま娼館跡に行きますか?」
臨戦態勢を崩さずにいたジュリアンも緊張が解け、一安心といった顔を向けてくる。
「時間はまだあるからな。でも、やっぱりアベリアにはまだ外で待っていてもらった方がいい。頑張ってもらいたい気持ちもあるけど、僕がそうしてほしいと思う」
「だったらあたしがアベリアちゃんと一緒にいるよ。なんならガラハも」
「オレを追加で付き添わせるな」
「アベリアちゃんとあたしを二人切りは危ないでしょ、さすがに?」
無理やりガラハを巻き込んでいるが、クラリエだって『勇者』と『賢者』の娘である。命を狙われる理由は多分にある。むしろアベリア以上に一人切りにさせてはならない。そして、本人はそれを知った上で叔父であった『影踏』のような間諜や密偵のように単独で動きたがるので始末に負えない。
「頼めるか?」
「アレウスがそう言うのならオレが護衛に付こう。だが、娼館跡にそこの少年と二人だけで調べ尽くせるのか?」
「調べ尽くしはしないさ。決めた時間までに手が付けられそうなところを調べる。あんまり奥に行くのは僕の怖い」
「怖いなら明日でも良くないですか?」
「怖いのか?」
「馬鹿を言わないでください。僕は一向に構いませんよ」
煽ったつもりはないが煽りと捉えたらしく、ジュリアンはムカッとした表情でアレウスに強く言い返す。エルフの暴動を見たり異界に挑んだり、リオンとの戦いで救援に来たりと様々な危険を知っている彼が今更、夜の娼館跡を調べることに恐怖を感じるわけもない。
アベリアをクラリエが支えつつ立ち上がらせ、歩幅を合わせるようにして全員で奴隷商品の館を出て、そのまま娼館跡へと向かう。
娼館跡を囲っている壁は強い力で崩されているが、その高さと分厚さは強固な物であったことを感じさせる。絶対に奴隷を逃がさない。そんな執念がこの壁を作り出したのだろう。門扉も完全に壊れているが、一人では乗り越えることのできない高さまであったのだろう。そして、一人では絶対に開くことのできない重さもあったに違いない。
異端者狩りの中心地であったことから、もはや娼館は入れる建物として成立はしていない。跡地には瓦礫の山がほとんどだ。ただし、二階や三階部分は外から内部を窺い知れるほどに抉れていながらも辛うじて残されている。だが、一階に入ることができないなら瓦礫を伝って二階や三階へと思う気にはなれない。どう考えても崩落の危険性がある。二階の床などを安心して踏み締められるようには見えない。
「あの場所に一体なにがあるんだろうな」
「それを今から調べるんでしょう?」
呆れた風にジュリアンが言う。
「だが、いつ崩れるか分からないぞ?」
「その可能性を少しでも減らす方法を僕は知っていますよ。“二人を軽やかに”」
アレウスとジュリアンに重量軽減の魔法がかけられる。確かに肉体的な重量も軽減するこの魔法なら今にも崩れそうなところに足を踏み入れても震動が減る。二階の床に乗っても崩れにくくはあるだろう。
「本当に崩れそうになったら僕を抱えて下がってください」
「抱えること前提か」
「僕はあなたほど瞬発力には長けていませんので」
抱えられることへの不快感はないらしい。
「気を付けて」
見守るアベリアの言葉を胸に、クラリエとガラハも残して二人でまずは一階部分と思われる瓦礫周りを探る。建物としては屋内部分なのだが、未だアレウスの認識としては屋外のままである。壁を破壊され尽くしているため吹きさらしといっても過言ではなく、書類などはどれも年月と共に劣化し、或いは雨によって濡れて流失してしまっている。紙の束があってもとてもではないが見れたものではない。かと言って、有用な手掛かりになりそうな痕跡はどこにもなく、カンテラの灯りを頼りに奥へ行こうにも、やはり崩落が怖い。
「異界ではもっと前向きだったイメージがあるんですけど」
「狭いところは慣れているんだけどな。崩落は慣れるもんじゃない。僕は偶々、生きることができているけど異界で暮らしていたときに魂の虜囚が何人も崩落で潰されるところを見てきた」
なんならエイラを含む子供たちを救出する際にも崩落に巻き込まれて間一髪のところをエルヴァに救われている。どんなに思考を張り巡らせても、どんなに安全策を取ってもどうにもならないのが自然的に起こる現象である。この建物も人の手を離れてしまった以上は自然が管理しているに等しく、いつだって人間を怖れさせる事象を引き起こす準備はできているのだ。
「地下はどうですか?」
「地下……あると思うか?」
「娼館には割と多いと思いますよ」
「なんでそんなことを知っている?」
「むしろ知らない方が驚きですよ。娼館を利用したことないんですか?」
「ないけど、君は娼館を利用できる年齢でもないだろ?」
「はぁ…………歓楽区や歓楽街を歩き回ったこともないんですか? 娼館の構造なんて利用してなくても色んなところで聞いて知ることぐらいできますよ」
潔癖や操を立てていたわけではないが、普段からそういった雰囲気の店の周りは近付かないようにしてきた。しかし自分よりも年下のジュリアンの方が娼館の構造を知っているというのは眉唾物の話ですぐには信じられない。
「誰かの入れ知恵だろ?」
「あなたがいなくなった一年間、僕はエイラが外に出てくるまで必死に稼いでいましたからね。そういうお店に荷物を届けることもあったんですよ。勧誘されて危うく働かされそうになったことがあってからは二度とその仕事は受けないようにしましたけど」
それは荷物を届ける仕事をジュリアンにやらせたかったんではなく、あわよくばジュリアンを娼館に放り込むことが狙いだったのだろう。彼の美貌であれば男娼としてやっていけないわけがない。本人もその危険を察知したためにそんな惨状にはならなかったようだが。
「とにかく、地下は娼館であればよく造られています。女性に粗相をした客や逃げ出そうとした女性を再教育するために一時的に牢屋に入れたりしますから。怪しい利用客はどいつもこいつも牢屋行きって聞きますね。特に支払いを後回しにし過ぎて借金まみれになった客は夫や妻、子供だけに限らず愛人や使用人にまで負債を背負うことになって行方知れずになったり、娼婦や男娼にされるそうです」
「怖すぎるな」
瓦礫の隙間を通りながらアレウスは呟く。
「でもそんなのは周囲にすぐバレて助けが入るんじゃないか?」
「むしろバレさせるのが狙いなんですよ。一盗二婢三妓四妾五妻とはよく言ったもので、一切の偽名を使わせずに接客させることで他の利用客の興奮を煽るんです。それで娼館は一層儲かるという算段です」
「い、いっとう……?」
「あぁ……知らないんですか」
物凄く残念そうにジュリアンは呟いた。アレウスにだって知らない言葉はある。むしろそんな言葉を彼はどこで仕入れたのかが気になるが、こんな話をし続けていると段々とボロが出てしまいそうなので黙って娼館跡の奥を見て回る。
どこもかしこも崩れていて部屋として入れるところはどこにもなさそうだ。上に続く階段も瓦礫に埋まっており使えない。
骨が転がっている。
「骸骨兵が残したものでしょうか?」
「いや……異端者狩りの犠牲者のものだろう」
娼館で働いていた者、或いは利用客。男性か女性かは判別できない。骨は散らばっているが頭蓋骨のような明らかな人骨も見つけることができた。それも一つではなく複数。
「浄化を済ませているんなら、骨は全て回収しているんじゃないか?」
「……そうですね、こんな崩れた建物をわざわざ残す必要もなく、人手を集めて壊し切って骨を回収して安置するものだと思います。なので…………これは僕の想像なんですが、これらの人骨の主は未だに『御霊送り』すらされていないのでは?」
「でも、ギルドは浄化を済ませたと」
「この娼館は異端者の巣窟。異端者の魂なんて輪廻に還さなくていい。それどころか埋葬すらしない。なぜなら、異端者は人間ではないのだから……僕の思想じゃないですよ? 連合がそのように考えていてもおかしくないってことです」
「なら、ギルドで言っていたことは嘘になるじゃないか」
「初めから疑ってかかっていたんじゃないんですか?」
「ああ。でも、僕たち冒険者はギルドに助けられてきた。連合でもギルドは僕たちを助けてくれるものだと信じたかったんだよ」
街の跡地に来てからどうにも腑に落ちないことばかりが目に入った。
骸骨兵のせいで街が崩壊した。それにしては物品の盗まれ方が異常である。つまりは盗みやすい環境下に街が置かれていた時期がある。盗賊団が隙を見て盗みを働くにしてはそれを可能とする期間が短い。骸骨兵などという忌み嫌われやすい魔物が暴れ回ったあとに手を付けに行く豪胆さも信じ切れない。
街の壊され方が冒険者の手助けを借りたにしてはやり過ぎである。骸骨兵を狙った攻撃以外の、明らかな家屋や屋敷への攻撃が見られる。そんなところに骸骨兵が蔓延っていたとは思えない。現にアレウスたちが見た戦いの痕跡は屋内ではなく屋外に多くあった。
投石機の投入は骸骨兵を退治するために用いるものではない。攻城戦ではないのだから、街の外から攻撃するにしても弓矢で射掛けることの方が有効だろう。そもそも街の外から攻撃を仕掛ける理由があるだろうか。聖職者によって祓ってもらうのが最も効果的で、そこを冒険者が抑えれば済むのではないか。特に街の出入り口で身構えてしまえば骸骨兵を外に出すことなく処理し切れるように思えてしまう。
この街は人為的に破壊されている。骸骨兵のせいにして、街そのものを全て無かったことにしようとしている。
恐らくだが魔物の出現は想定外のことで、それ以外のことは想定内のことだった。連合にとって魔物が内部から湧いて出たことはむしろ街を壊す理由付けにするには好都合だったに違いない。
「連合はここから盗み出したいなにかがあった。壊さなければならないなにかがあった。異端者狩りとして娼館を槍玉に上げ、最終的には街そのものを破壊し尽くし、盗みの限りを働いた」
「奇遇ですね、僕もそう考えていました」
「ならこの街に残っている聖職者は聖職者ではなく」
「連合の兵士。彼らは最初から浄化なんてする気はなかったんですよ。ただ、この娼館跡の異端者の魂は『御霊送り』をしていないので、なにかしらの魔物として現れるかもしれないので監視下に置いているんです」
「他国の冒険者にこの地を調査させるのも解明したいからではなく、僕たちを殺して追い返すため。冒険者は死ねば甦るが、その場所は」
「基点としている教会です。つまりは祖国に追い返される。国家として追い払うのではなく、依頼失敗という体で追い返せます」
ジュリアンとの答え合わせで満足し、アレウスは変に笑みが零れる。
「なにか面白いことでも思い付きました?」
「いや、なんにも。ただ、僕たちをここで殺して追い払えると思えるくらい安く見積もったんだな、と。あの担当者は見る目がない」
「……なるほど、なんで笑ってしまったのか分かりました。僕の知るアレウスさんらしい考え方だと思います。やり返してしまいましょう。僕もあの担当者が絶望する顔を見てみたい。なので、早いところ地下まで調べてしまいましょうか」
丁度、アレウスがカンテラで照らした方向にある地面に扉が付いている、それを引っ張って開けてみると、地下に続く階段があった。




