手間
聖都にギルドがあるのかどうかすら曖昧だったが、歩き回っている内に目当ての看板を提げた建物が見つかり、早い内にギルドで受付を済ませることができた。
「巡礼者ではなく冒険者として来訪ですか」
しかしながら、ギルド関係者には冷ややかな視線を向けられる。そして冒険者としての活動許可の判をなかなか押してはくれない。
「国が争っている最中に他国へ出稼ぎする暇があるのでしょうか」
そして蔑みの言葉もぶつけられる。
「そもそも、連合は現在、他国の冒険者を受け入れる余裕はないはずなのですが」
「愚痴ばかり零していないで、早くその書類に判を押してくれないか?」
耐えかねたガラハがやや威圧的に要求する。
「そう容易く他国の冒険者に活動許可を出すわけにはいきません」
ただし、この威圧的な態度が反感を買ったらしくギルド関係者はアレウスたちへの嫌がらせを行う思考へと移った。そんなことは表情を見れば明らかだ。
この場にはリスティがいない。担当者は冒険者の生活拠点としている街から『門』を通る。今は他国にある『門』が全て塞がっているため、彼女は来たくても来られない状況だ。だからギルドでのやり取りがスムーズに進まない。このことは予め教わっていたが、遅々として進まないのだからガラハの苛立ちも仕方のないことだった。止めるべきアレウスでさえ彼の発言を許してしまった。
「どうすれば許可を出してくれるんですか?」
「他国での実績ではなく、このボルガネムでの実績を提示していただければ……ああ、そもそもの活動ができないんでしたっけ?」
これで腹を立てるとでも思っているらしい。分かり切っていることを言われただけで癇癪を起こせるほどアレウスの思考は乱れていない。こういった言葉は疲れているとき、そして苛立ちの度合いを整えてから行わなければ効果的ではない。現状、ギルド関係者に向ける感情は、待たされているガラハやクラリエにとっては苛立ちが勝っているかもしれないがアレウスからしてみれば怒りよりも呆れの方が強い。
「ボルガネムは全てのあまねく巡礼者を歓迎すると警備兵は仰っていましたが?」
「ですから、あなた方は巡礼者ではなく冒険者ではないですか」
「なるほど? そのような屁理屈を並べ立てることが聖都においてはまかり通るということでよろしいですか?」
アレウスはギルド関係者の手から依頼書を目に止まらない速度で掴み取る。
「ちょっと!」
「返却が滞るのであれば自らの手で返してもらう。なにか問題がありますか?」
「そのような無礼をギルドで働くのであれば警備兵に突き出してしまいますよ」
「あぁ!! 嘆かわしい! 僕たちは善意でこのボルガネムの地へと訪れ、自らに宿る善良なる精神を信じて、自分たちにできることはないかと思いギルドへとやって来たというのに!! 巡礼者でなければ! 聖女のために力を振るうことさえ許されることがないだなんて!!」
過剰な表現を用いて大声で叫ぶ。
「冒険者の僕たちにできることは魔物退治だけ!! 僕たちが最も力を振るうことのできる仕事に許可が下りなければ!! 聖女の心に僕たちの善良なる魂が届くことさえない!! あぁ! こんなことがあっていいのだろうか!! こちらの方がお認めにならないというのなら! 僕たちはただ虚しくこのボルガネムの地を去るだけになってしまう!!」
ギルド内の全ての視線がアレウスたちに対応していたギルド関係者に向く。
「異国の地よりこの身この足で確かな足跡を残してやってきた僕たちに! この地での軌跡すら残させてはくれないとは! ボルガネムとはこんなにも排他的な精神を持った者たちばかりだというのか!!」
「そこまでだよ。演技が過剰すぎるしやり過ぎ」
クラリエがアレウスを後ろから羽交い絞めにして耳元で囁いてくる。
「ボルガネムはあまねく全ての者を受け入れる。もしやあの人はその教えを忘れていらっしゃるのでは?」「あの方と一緒にはしないでください。私は異国の冒険者に偏見など抱いておりませんから」「どうしてあの人は冒険者をサポートする仕事をしていらっしゃるのに冒険者に仕事をさせないのでしょう」
周囲の雰囲気を味方に付ける。嫌がらせをしてくるのならこれぐらいの仕返しはしなければならない。アレウスの言っていることは全てハッタリに過ぎずこの場にいる人々に自身の存在を印象付けてしまうのだが、あくまでそれは印象でしかない。『ギルドで嘆いている冒険者がいた』、『関わり合いになりたくない冒険者がいた』ことだけが記憶に残る。なぜなら、関わり合いにはなりたくない人物の顔など当事者以外にとっては覚えたくもない顔でしかないからだ。
「不当に、それも検閲済みの依頼書を持ってやってきた冒険者を扱ったとなれば一体どちらが警備兵にとって心象が悪いものになるんでしょうね」
ジュリアンが残念そうに呟く。
「分かりました! 分かりましたから、それ以上は騒がないでください!」
心が折れたギルド関係者がアレウスから依頼書を再度受け取って、内容を検める。この依頼書はドナをボルガネムまで護衛するという依頼を終えたことの証明書でもある。判を押されれば報酬がシンギングリンに帰ったアレウスたちに支払われることになっている。
「確かに冒険者として依頼を受けておりますし、依頼が完了されたことも分かります。こちらに護衛してもらった依頼者が訪れておりますから、あなた方が嘘を仰っているわけではないことも分かります。しかし、どうして依頼者の到着からあなた方がここに訪れるまでの時間にズレが生じていらっしゃるのですか?」
「僕たちの務めは依頼者を護衛することと書いてありますよね? 送り届けるだけが仕事じゃありません。ボルガネムの地へと訪れたのち、依頼者の安全が完全に確保されるまでは離れるわけにはいきません。ましてや依頼者は他国の身。その命が脅かされないとは限りません。たとえ聖都であっても罪を犯す者が出てくるのですから。ですので、数日のズレが起きてしまうのは仕方がないことではないでしょうか?」
処刑場をギルドに訪れる前に景色として取り込んでいる。だからジュリアンのハッタリも通りやすい。そして本人はエイラのために本気で帰国の際には護衛することも考慮している。真実の中に嘘を織り交ぜるとその嘘が通りやすいように、嘘の中に真実を織り交ぜるとその真実だけは伝わりやすくなる。
「……では、依頼完了とさせていただきます」
ギルド関係者が納得し、依頼書に判を押す。
「ただし、これだけでボルガネムでの活動を認めるわけには参りません」
またも嫌がらせか、とアレウスは溜め息をつく。
「これは先ほどまでの私の態度からではとてもではありませんが信じてはくれないとは思いますが、事実をそのままにお伝えしています」
「どうすれば活動許可が下りるの?」
アベリアがジュリアンを下がらせて問う。
「ギルドからの依頼を一つ受領していただきます。ボルガネムに住む者たちからの依頼ではなくギルド直々の依頼となります。これは連合の冒険者以外に課しているもので、あなた方に嫌がらせとして課すものではありません」
「うん、分かってる。あなたは本来は良い人。私たちが戦争中に他国から訪れた冒険者だから忌避感を抱いていただけ。どんな依頼?」
穏和に対応するアベリアを見てギルド関係者は安心するものがあったのか、大きく息を吐いた。
「かつて聖都の近くの街で異端者狩りが行われたことはご存じですか?」
アベリアは首を振る。
「そこでは奴隷を男娼や娼婦として働かせ、暴利を貪っていた娼館があったんです」
「この都市だって奴隷を働かせている。なにも変わらないんじゃ?」
「それは……そうなのですが」
目線を逸らす。都合の悪い話はしたくないらしい。
「その娼館に異端者がいるという噂が一気に広まり、住民たちは不安がるようになり段々と過激な行動を取るようになっていきました。利用者への襲撃、奴隷の殺害、金銭の強奪。地域に根差したなどとは言いたくはないのですが、娼館はその街に出来ておおよそ十一年ほど経っていました。治安が特別に悪かったわけではなく、街における歓楽区――住民が密かに楽しむ特別な場所のはずでした。なのに噂が立ってすぐに住民たちは異端者狩りと称してその娼館を攻撃したのです。追い出す運動ならまだしも、それこそ娼婦や男娼の命を根こそぎ奪うようなやり口でした」
「なんで十年以上経ってから娼館が攻撃対象になったの?」
「分かりません……当時の記録にはなにも……」
「当時の住民たちから話は?」
「聞けてはいません」
「どうして?」
「みんな、死んでしまったからです」
街の住民が一人残らず死んだ。デタラメな話だとアレウスは思うが、ギルド関係者の顔色は随分と悪い。気味の悪い事件、後味の悪い話、もしくは自分でもあまり話したがらないことなのだ。話せば自身が読み耽った文章を思い出し、その詳細を思い浮かべてゾッとする。そういう類の話をしているから、彼女は落ち着きがない。
「どうして死んだの?」
「……異端者狩りを行った住民は剣で切り刻まれ、鎗で貫かれ、矢で射掛けられ、斧で切り裂かれ……当初は盗賊団が街一つを襲撃したのだと思われ、冒険者の方々もその後始末を行う程度の考えでした。が、崩壊した街では骸骨兵――いわゆるアンデッドが蔓延っていたのです」
「それは、聖職者によって退治されたんですよね?」
思わずクラリエも訊ねてしまう。
「はい、一体残らず全てを祓い切ったという報告書を読んだことがあります。ですが、そのアンデッドを呼び起こした原因が不明なままなのです。あなた方には聖都で活動する前にその街の跡地で調査をしてもらいたいんです」
「僕たちに祓魔の術がなくてもですか?」
「街の跡地は今も尚、聖職者の方々によって常々に清められています。アンデッドは祓い切ってからその後、一度も街に現れてはいないそうです。私たちは真相解明のために、聖都に訪れる全ての冒険者にこの依頼を課します。全容を少しずつ明らかにするために、多くの視点や角度からの情報が不可欠だからです」
つまり、ボルガネムのギルドは街の跡地で起こった事象について白旗を揚げたということだ。もはや自分たちのギルドでは真相を掴めない。ならば来訪した冒険者に一律に同様の依頼を課せば、少しずつでも真相に近付くための情報を得ることができるかもしれない。冒険者も聖都での活動を報酬として用意されているのなら受けざるを得ない。
「分かりました、依頼書の発行と街の跡地の地図をください。あとは、ギルドでの荷物管理をしてもらいたいのと制限はあっても聖都での多少の行動許可を」
「荷物の手続きはこちらへ。力を貸してくださるのであれば、聖都での武器のような特殊な品目の購入も認めます。こちらに許可証がありますので、名前の記入をお願いします」
アベリアが出された書類に名前を記していく。
「ただ、お気を付けください。唯一、たった一人だけ話の聞ける住民がいたのですが、もはや死ぬのは目に見えている状態。そして、なにがあったのかと訊ねる冒険者にただひたすらに『人の皮を被った化け物が』と呟き続けて死んだのです」
「結局の原因は分からないまま、ですか」
「そうなります。アンデッドを指しているのか、それとも何者かを指しているのかも不明です。冒険者も調べはしたのですが、残っていたのは魔法が使われた痕跡のみでした」
「話が進んでいるようだが、いいのか?」
アベリアが決めたことにアレウスが口を出さないため、ガラハが確認を求めるように訊ねてくる。
「なんにしたって、その調査をしないと聖都で大手を振って歩けないならやるしかない」
「トラウマを思い出させるかもしれないぞ?」
「率先して受けることを決めたんだ。乗り越えたいんだろう。僕はその勇気を咎めることも拒むこともできない」
「……もしものときはお前が支えてやれ」
「ああ」
「聖職者って言っても連合の聖職者はあたしたちの思う聖職者とは違うよねぇ。本当に祓えているのかどうか……考えたって仕方がないんだけどさ。でも、さっきみたいな過剰な演技は控えてよ? ヴェイン君がいないからヒヤヒヤする。あたしやガラハは彼みたいにあなたの過剰な演技に乗ってやれるほど肝は据わってないんだから」
「あれぐらいはやってもらわないと困るんだけど」
「オレたちは今すぐにでもギルドから走って出て行きたいという気持ちを抑えながら耐えている」
クラリエに軽く返してみせたが、ガラハはかなりの剣幕でアレウスに詰め寄ってきたので彼女や彼が言ったことは冗談ではないようだ。
「アレウスさんの無茶って割とヴェインさんの補助があって成り立つところありますよね。特に連合に入ってからはヴェインさんへもっと感謝しなければと思うくらいには」
「それは僕も思っているよ」
芯に迫った言葉を放ったジュリアンにアレウスは深く深く反省しつつ答えた。
アベリアが手続きを済ませて、ギルド関係者から地図を受け取る。これで聖都周辺になにがあるかも知ることができそうだ。荷物についても預ってもらえるため少しだが量を減らすことができた。とはいえ、聖都から街の跡地へ向かうために再び食糧を詰め込まなければならない。軽装で出歩けるようになるまで、まだ少し時間が掛かる。それはつまりニィナの消息を調べることも遠ざかることを意味しているが、この回り道はどうしても必要なことだ。はやる気持ちは抑制しなければならない。
ギルドから依頼書を発行してもらい、アレウスがそれを受け取ってみんなで外に出る。
「奴隷さえいなければ、異国の地って感じで観光気分にも浸れたのかもしれないのに」
先ほどまで見えなかった奴隷の姿が目に留まり、クラリエは残念そうに溜め息をつく。ギルドには奴隷らしき姿が見えなかったが、奥の方で仕事をさせられていたのかもしれない。そこまでの内情を把握するまでには至れなかった。
「人が沢山死んだところは呪いが集まりやすいよ? ノックスがいないのは良かったのかもしれないけど」
「あいつは呪いそのものだから、呪いに影響を受けやすいからな」
「逆に吸収して力に変えることもできちゃいそうだけどねぇ。そこの辺り、あたしたちはまだノックスの呪いの部分を推し測れていない」
正確には『不退の月輪』の力だろうか。アレウスとアベリアもそうだが、『継承者』や『超越者』の能力の差異についてもっとよく話し合った方がいいのかもしれない。得意不得意を知れば、貸し与えられた力を発揮させても属性相性に縛られずに上手く立ち回れるようになる。
そのためには、貸し与えられた力を使っての鍛錬をもっと行わなければならないわけだが、加減を間違えると周囲に危害を及ぼす。その一点が一番のネックだ。全力でぶつかり合うことはしないにしても、周囲を気にしてしまえば鍛錬に身が入らなくなる。カーネリアンとの鍛錬でも家にある物を壊さないかを気にしなければならなかった。別にそれが敗因で、言い訳にしたいわけではない。あれでは鍛錬相手だった彼女でさえも不完全燃焼のままに違いないのだ。
「食べる物を食べて、今日中に出発しましょう。モタモタしているとエイラたちになにかあるかもしれません」
「そうだな。結局、ギルドでは会えなかったし」
「でも顔を出してはいたみたいだから、無事に聖都には着けているみたい。イェネオスからの鈴の音も……していないんでしょ?」
アベリアはガラハに訊ねる。
「スティンガーが慌てたり、オレになにも伝えてこない。まぁ、気を抜けはしないが一安心ではあるか」
「顔を見るまでは安心できませんけどね」
それは単純にエイラに会いたいだけじゃないのか。そのようにジュリアンに訊ねてもいいのだが、この奴隷ばかりが目に入る都市の中で、そんな気の抜けた話をする気は起きない。もし話すとすれば、聖都から街の跡地を目指している最中だろうか。とにかく聖都は雰囲気だけでなく空気が悪い。アレウスはそう思っているのだが、住んでいる人々は奴隷を除き、なんとも晴れやかな表情をしている。
住めば都とやらなのだろうか。今のところ微塵も住みたいと思う部分は見つからないのだが。
「人の皮を被った化け物か。また悪魔憑きや魔人じゃなければいいんだけど」
明らかにこの言葉は『悪魔』関連だろうとアレウスは推察している。そうなると商人から譲り受けているロザリオが本当に機能してくれればありがたいのだが。
「祓魔の術は僕たちにないなら、『悪魔』対策は聖水とロザリオ。あとはなんだ?」
「強靭な精神……?」
それは持ち合わせている前提で話しているのだとアベリアに言ってしまいたいが可愛らしく首を捻りながら言われてしまえば、発すべき言葉は全て飲み込めてしまう。
「日光とかはどうです?」
「ただの日の光じゃ駄目だよ。正確には聖なる光。つまりは祓魔の術だねぇ。でも、夜よりは絶対に安全だと思うよ」
「なら夜に活動はしないようにするか」
「オレたちが普段にやっていることとなにも変わりないがな」
外に出歩くのも気配を消すことのできるアレウスやクラリエぐらいのものだ。夜は犯罪が視覚情報が限定されるせいで様々な事件が起きやすい。特に女性が着の身着のまま出歩けば間違いなく犯罪に巻き込まれる。朝と昼の治安は良くとも夜の治安はどんな国、どんなところでも悪くなる。警備兵ですらそれを制御し切れていない上に、警備兵が犯罪者にさえなりかねない。
夜は人の心の闇を増長させる。そんな魔力があるからこそ、『悪魔』もまた活発に動けるのだろう。




