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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
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連合に向かうには


「カプリースさんが回収した矢についてギルドの方で解析していたのですが」

 リオン討伐の際、皇女を暗殺するために使われた矢をリスティは机に置く。幸い、その暗殺計画はカプリースの護衛によって失敗に終わった。しかし、そのままでは暗殺者が一体どこから遣わされた者たちなのかが分からない。だから矢を調べれば暗殺者の詳細は分からないがどこの国からの刺客かまでは調べることができる。

 皇女が暗殺されかかったなど公表できるわけもないので、基本的に全て水面下での調査となっていた。

「こちらの矢に使われた材料は連合でよく見られる木材で作られています。ただ、その製造方法なんですが……」

 言い淀み、アレウスの表情を窺うような素振りを見せる。

「連合の製造方法ではない……?」

「そうです。更に言うなら矢は製造の過程で一気に作るもので、粗製(そせい)濫造(らんぞう)が常です。工程を複数に分けて、流れ作業で仕上げていく。当てれば九死に一生を得ることのできる場面で、使い手が粗雑に作られた矢を外して死ぬこともあるというのに」

「戦争で使われる矢の量を考えれば仕方のないことだとは思いますけど」

 そこまで言いはするものの、アレウスもリスティが言いたいことには同調する。手間暇をかけた矢であれば、狙い通りの軌道を描く。弓の質と矢の質、その両方が高ければ高いほどに使い手の技量通りの戦い方ができるようになる。しかし、そのように一本一本を丁寧に作り上げていく過程は使用される矢の量には追い付けない。

「どこで作られた物なんですか?」

「連合の木材によって作られた矢を帝国式の方法で調整されています。使い手が手を加えた形跡があるわけです。そして私は、この矢の特徴について個人的に調べている内にあり得ない答えに行き着いてしまって……いえ、あり得なくは、ないのですが」

 やはり言い淀み、アレウスの顔色を窺っている。

「僕の知り合い、なんですね?」

「……ニィナリィ・テイルズワース。彼女が用いる矢の特徴にとても似ています。矢羽根に印を付けていますよね? この印、彼女が自分で考えたものらしく、製造場所の印が付けられているわけでは決してなくて」

「そもそも製造元が分かるような矢の作りをしていたら、戦争屋に良いように利用されてしまう」

「はい。まぁ、このように調べられてしまえばどんな矢でも同じではあるのですが……結論から言ってしまうと、皇女の命を狙ったのはニィナさんで間違いない……もしくは、ニィナさんの作った矢を射掛けた別の誰か。とにかく関わっているのは確定しています」

「でも、どうして……ニィナは帝国から連合に……? 裏切りや寝返り……?」

 あのニィナが帝国を裏切るのだろうか。冒険者になるのも、帝国に従属していることの証明するためのもので、全ては仮初だったということなのか。

 だが、それならガルダが襲ってきたときに命を懸ける理由が見当たらない。密偵として活動していたのなら、あの場面では生きることに集中するはずだ。彼女の場合はいくらでも理由を付けられる状態にあった。

 そうさせなかった、その方向に物事を持っていけなかったのはアイシャがいたためとも考えられる。だったらアイシャもニィナと同様に密偵だったというのか。

 しかし、そのように仮定してもやはりガルダとの戦いでの参戦、そしてハゥフルの国へ向かうアレウスに付いて行く理由が見当たらない。そのどちらも命を落とす可能性がある。密偵の役目は命を繋いで有益な情報を所属する国へと持ち帰ることで、危険が過ぎる行動を取ることは正しい情報収集には当たらない。発覚すれば情報を吐き出すまで拷問され、最終的には死刑が待っている。それくらい重大な役割を担い、重大な犯罪を犯している。

「ニィナやアイシャが僕に話してくれたことは全部、嘘だった……?」

 本当にそうだろうか。ニィナは家族のためを思って冒険者となり、農地を荒らす魔物を倒すことでも小遣い稼ぎができればいいと考えていた。アイシャは父親のために神官となり、知見を深めるために自分の村を飛び出した。アイシャの話は聞いただけだが、ニィナの話はアレウスもこの目で見ている。そして農地を荒らすガルム討伐の手伝いもした。彼女が異界に堕ちたときに助けにも行った。


「どうにも納得ができないことばかりです。いえ、そのように考えてしまう時点で私たちは完璧に彼女に出し抜かれたことになるわけですが」

「ニィナの村は確か……」

「エルフの暴動に巻き込まれて、跡形もなく……暴動だけならまだしも、そのあとに魔物に襲撃もされたので……ヴェインさんのような徴兵関連ではないので……いえ、この場合は徴兵に関するものだったならどれだけマシだったかと考えてしまいます」

 彼女にはもう守るべき家もない。そもそも彼女が守らなければならない家だったのかすらも分からない。本人に聞かない限り、その答えを出すことはできない。

「少なくともニィナは生きているってことは分かりましたけど」

「これは“裏”の仕事に近くなってしまうのですが、連合に潜入してもらえませんか?」

「新王国に向かうだけでも一苦労だったのに、連合に今の状況で入るのは困難では?」

 ジョージの協力なくして新王国への入国は不可能だった。アレウスは連合から帝国まで国境を無理やり越えることはしたが、真っ当な方法で国境を越えられないからこその手段だった。つまり、現在の国を跨ぐ通行は一般人であっても極めて困難であり、冒険者であれば尚更である。そしてアレウスはリオンを討伐したことで相応に名を知られてしまっている。いや、収容施設から逃げ出している時点でアレウスの存在を認知していない国境警備隊はいないだろう。

「ニィナさんのことを知るには、彼女のいる場所に行かなければなりません」

「それは僕もそうだとは思いますが、国という隔たりが僕たちを思い通りにさせてはくれません」

「『門』も国内だけが使用可能な状態で、他国へ続くものは閉じてしまっていますから。恐らく他の国も自国内の『門』は維持し、他国へ続く『門』は閉じているはずです。その点はどの国も対策済みです。大国に限らず小国ですらも」

「そりゃ『門』を使えば、少人数であっても簡単に潜入できてしまいますから、ギルドのせいとは言い切れないでしょう」

 なにか自責の念に囚われているような言い方をするのでアレウスはアベリアを慰める。

「ニィナさん、そしてアイシャさんの真意が知りたい。シンギングリンを襲った脅威に協力してくれた方たちを、悪者だとすぐには断定したくはないのです」

 だが事実として矢はニィナの物であることをリスティが証明している。アレウスだって認めたくはないが、証拠がある以上は疑わなければならない。


 村と家族の崩壊。それがニィナを闇の道に進ませた可能性はないだろうか。都合の良いことをアレウスは考える。能動的に起こさないで受動的に発生を求める理想は現実にならない。これを現実味のある事情にするためには能動的に動かなければならない。

 どうやって? アレウスは方法についてただただ脳内に疑問符を漂わせることしかできない。色々な方法や手段を探ってみるが、自分自身の判断力でもってしても手応えがない。だから口にすることも躊躇われる。


「クニア女王が妙な気を起こさなければよいのですが」

「ハゥフルの女王が?」

「カプリースがギルドに持ち込んだということは、彼自身も解析を終えたということです。連合の矢が皇女暗殺のために使われた。それだけならば他国の事情で終わるものかもしれませんが……矢の出どころが連合なのが非常に厄介なのです」

「まだ連邦があった頃、ハゥフルの小国は連合に侵攻されているんでしたっけ?」

「そこから禁忌戦役に繋がります。前王、前女王を殺された恨みを持つクニア女王にとって、連合が帝国の皇女を卑劣な手段で討たんとしたことは他人事にできることではありません。下手をすれば、挙兵すらあり得ます」

「挙兵できるほどにまだ安定しているとは思えません」

 一年ほど前にハゥフルの小国は残されていた国土を捨て、大海に出た。一から経済を発展させること以上に自国民たちの生活の安定化がまだ終わっていないだろう。そんな状態で、前王と前女王の恨みを晴らさんがために挙兵などしようものならまた国内で派閥争いが起きて、女王の地位が脅かされる。

「できないのであれば、代わりに刺客を放つことさえ……いえ、考えすぎでしょうか」

 そこで不意に眩暈を覚えたのかリスティは机に肘をつき、頭を手で支えた。

「申し訳ありません。五日前からずっと考えて考えて、ようやくアレウスさんにお話ししようと決めたんですが、ロクに眠れていないんです」

 ニィナもアイシャも、リスティが先輩のシエラにお願いして担当してもらった冒険者だ。その先輩も喪い、先輩が担当した二人が同時に密偵である疑いがある。そういった交流の大きさによるショックが大きいのかもしれない。彼女の繊細さはアレウスにはない。ただし、戸惑いは起きている。

 以前のように『人は裏切る者』、『素直に信じてはならない』。そう思いながら接していた頃ならば、こんな胸の苦しさを抱くこともなかったのかもしれない。それでも人としての感情が戻りつつあるというのなら、この苦しさも痛みも乗り越えなければならない。

 たとえニィナと再会し、現実が裏切りという結論を出してきたとしても、毅然と受け入れる覚悟を持つべきなのだ。


「リスティさんの提案というか、お願いには乗りたい気持ちはあります。でも、やはりどうやって連合に向かうかが問題です。僕は冒険者という自由な身分ではありますけど、戦争をしている国を越えるのは無茶でしょう」

 帝国が冒険者を徴兵し始めている件は当然ながら連合や王国にも知れ渡っている。顔を知られてはいないにしても、名前は知られている。

「王国経由で新王国に入ったときのように身分証明書などを偽造する手もありますが、あれはジョージの協力があったからできたことで私たちの手ではどうすることも……なにより、偽造がバレた場合の罪は重いですし、拷問とまではいかずとも尋問されるはずです。冒険者でありながら自由に国を跨いで依頼をこなすことができない現在が、あまりにも歯痒い状態を生み出しています」


 打つ手なし。ニィナが連合にいる可能性がとても高いというのに、彼女を見つけ出し事情を話すことができない。


「エイラの母親――ドナさんにお願いしてみてはどうでしょう?」

 悩みつつ、なにかしらの方法を探っていた二人にジュリアンが声を掛けた。

「師匠のところで修業を再開したんじゃなかったのか?」

「そうしたかったですよ。そうするはずだったんですけど、僕をどうやら師匠は伝達係にしたいみたいです」

 伝達係の部分に引っ掛かりを感じ、アレウスは訝しむ。

「師匠が僕と『念話』の魔法でアレウスさんたちに情報を送るそうです。なんで僕経由で、アレウスさんに直接じゃないのかは分からないんですけど……大体、僕が出てきたところで足手纏いになる可能性があることを師匠は分かっていない」

「いや、ジュリアンがいてくれるのは助かる。それに、君の意見をもっと聞きたい」

「ドナさんは連合との通商路、交易路を知っていて更に連合の土地を一部預っているんです。正確にはドナさんというよりは、ドナさんの旦那さんが、でしたけど」

「家を継いだので、それらの資産は全て奥さんのドナさんの保有財産になっているわけですか」

 リスティが口元に手を当てる。

「通商路を用いれば――商人として国境を通過することは難しくありません。国同士の争いを横目に商人は国々を行き来し、必要品や武器を輸出入を繰り返し資金を得ることさえあります。だって、自国だけで武器、食料、生活必需品などを全てまかなうのは戦力とは異なる国力が試されます。特に連合は帝国と王国の二国に挟まれているばかりか元連邦の国々が下から睨んでいる状態。通商路を閉鎖すれば、間違いなく国力を維持できなくなります。ですが、ドナさんは不動産屋です。商品の売買に関わることはないのでは?」

「エイラから聞いた話になりますけど、一部の貴族のみに限定される特別な舞台や展覧会、展示会があるそうです。オークションと言えば、分かりやすいかと。資産を持つ者であれば、連合はどこの国出身でも呼び込むそうです。その辺りはヴェインさんの婚約者であるエイミーさんにも手伝ってもらえば、なにかしらの記録が出てくるのではないかと」


 収容施設でもアレウスは経験している。あそこにも人が殺される様を覗き見る貴族たちのための舞台があった。


「ドナさんに秘匿した状態でそんな話をするわけにはいきません。エイミーさんにも協力はしてもらいますが、ドナさんに必ず許可を得ましょう。エイラさんから話をしてもらうのではなく、私たちが直接、ドナさんに交渉に窺うべきかと」

 道筋が見えてきてリスティはやや興奮気味に言う。

「ただ問題は、アレウスさんたちの身分証明書をどのようにして用意するか、です。ここが突破できなければドナさんに迷惑を掛けるどころか、犯罪に加担した事実で逮捕すらされかねません」

「エイラがどう言うか、か」

 母親が了承してもエイラが拒めば、この話はなかったことと考えた方がいい。彼女の苦しみは、ジュリアンが一番よく知っている。きっと彼も彼女が拒否すればこの話で物事を進めようとは思わない。

「僕から言えば、エイラは無理をするかもしれません。アレウスさんに対しても、きっと。だから、リスティさんが話をするしかないと思います」

 ジュリアンも同様の考えだったらしい。

「私の都合で、私が交渉し、私が彼女たちを危険に晒す…………こんな重い話もありません。そうなるともはやニィナさんのことなんて、考えないようにした方が気楽なのでしょう」

 そう言いつつもリスティには強い信念が見える。

「私が恐怖するのは筋違い。真に恐怖に挑むのはドナさんたち……彼女たちの恐怖を払拭できるほどの安心を提示できるわけでもない。それでも、彼女たちに頼らなければ通商路は……彼女たち以外の商人に頼むのも…………いいえ、それでは展覧会や展示会のような特別待遇は……むしろ貴族でお金持ちであるから通行の許可が出るかもしれないと考えると……」

 呟きながらリスティは羽根ペンを滑らして紙にメモを取っていく。自分の呟きを文字に変換し、正しいか正しくないかの判断を取ろうとしている。

「……頼むだけ頼んでみましょう。断られれば、それまで。ウジウジと言わず、別の手段を考えるのはやめましょう。今このときが駄目でも、次に好機が訪れるかもしれませんから」

 羽根ペンが文字を書き終わり、彼女は一息ついてからそう断言した。

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