正しき思い
*
「お主は魂の虜囚であれど、リオンの尖兵。死ねば二度と魂は世界に還らない。それでも尚、満足そうな顔をして死ぬ、か」
オエラリヌはリュコスの死骸の周りにある魔力の残滓に向かって呟く。
「死にゆく体で、リュコスと相討ちとなるとは見事なり。その死に際、その最期の輝きをたとえ我のみしか知らぬとはいえ、我が評価する」
万感の想いに満ち満ちている魔力に手の平で触れ、伝える。
「喰ってやろうとも思ったが、このまま消えてゆけ。片翼の鳥同士、幽世の先に仄見える魂の終わりの淵にて見えるがよい。そのような場所、ありはしないが、願えばあり得るかもしれん。なぜなら、この世はそのようにできている……だろう?」
言いたいことを言い終えてオエラリヌは天を仰ぐ。この異界を巣としていた主の死を、収縮の始まった異界の変化によって感じ取る。
「……焦げ付いたロジックの果てで、お主もまた魔王となるべく残滓と化すか? まぁよい、もうこの異界にあった重要な縁も絶えた」
男は収縮によって生じた異界の割れ目に身を落とす。
「次の異界に参ろう。神に拒まれた一族を見つけ出すために」
*
体中に満ち溢れていた魔力と気力が消失し、アレウスは着地してすぐに力なく倒れる。体の一部は未だ燃えており、皮膚を、肉を焦がす。
『種火』が燃え尽きそうだ。過剰に流れ込んだ貸し与えられた力によってアレウスという存在全てを燃やし尽くそうとしている。それはリオンを討ったという実感と達成感、長年に渡って自らを蝕んできた存在からの解放による、いわゆる完全燃焼がもたらしている。
「まだだ……」
アレウスは自身に、貸し与えられた力に向かって呟く。
「ここで終わりじゃない」
リオンを討った。リオンへの復讐は果たした。主を失った異界のロジックも閉じたのだからあとは消失するのを待つだけ。間違いなくリオンの異界は壊した。
だが、これで使命を全うしたなどと思ってはならない。自身のやるべきことをやり切ったなどと考えてはならない。
「僕の復讐はまだ、終わらない……!」
『異端審問会』への復讐はまだ終わっていない。
こんなところで燃え尽きてはならない。まだ残っている復讐のために更なる力を求め続けなければならない。
焦げた肉が、焼かれた皮膚が再生し、自身を包み込んでいた炎は鎮火する。
「っ……!」
言葉にならない疲労感、そして肉体と心臓の痛みに呼吸が乱れ、数十秒の間ではあったが過呼吸に陥る。『種火』はアレウスの命を削り切ろうとした。意志によって跳ね除けることはできたが肉体にはその痕跡が残った。ゆえの激痛である。
「タダでくれてやる力ではないということか……」
カーネリアンだって『冷獄の氷』の貸し与えられた力を全力で発揮しようとすれば死にそうになったと聞いている。アベリアの『原初の劫火』をアレウスは完全に掌握したものだと思っていたが、その傲慢さを上から叩きつけられた。
だが、鎮ませることはできた。立ち上がり、アレウスは焦げ切った異界獣を見つめる。どんなに大きな体も、こうなってはもはや炭の塊のようなものだ。岩のような皮膚も鉱石のような岩石も宝石のように輝く瞳も、どれもこれも魔物と同様の肉であったらしく、彼らを焼いたときに漂う臭いと周囲の臭いはさほど変わらない。燻った炎が未だ煙を延々と空へと昇らせているが、それもいずれは燃え尽きる。
目の前の異界獣には既に生気はなく、死に際の抵抗力も湧き上がってこないらしく意味のなく獣のような呻き声を上げるだけだった。僅かでも動けば炭化した肉は砕け、灰となって散る。こうなっても尚、まだ息をしていることこそが生物の領域を越えていることを表している。
「お前は……どれだけの命を喰らった?」
問い掛けるが返事を求めているわけではない。
「どれだけの悲しみを、どれだけの苦しみを、どれだけの辛さを、お前はその異界に抱きかかえた?」
これは復讐を終えたあとの自己満足だ。問い掛けることで鬱憤を晴らしている。鼻で笑って、ただ一言「死ね」と言えば済むことを引き延ばし引き延ばし、優越感と愉悦に浸るための作業である。アレウス自身でも驚くほどの性格の悪さが出てしまっているが、考えてみれば自分自身のことを性格の良い人間だと思ったことなど一度もない。
いや、もしかしたら他人から見たら性格はまだマシな可能性がある。それに性格が良くとも口の悪かったり陰気なことをする人物と会ったことがある。だからただ単に、性格が良い悪いではなくこの作業がアレウスの性に合っているというだけのことだろう。
「どれだけの幸福を奪った? どれだけの喜びを奪った? どれだけの、どれだけの……どれだけの……」
呟きながら言葉をもっと並べ立てたかったのだが言葉の引き出しが足りず、もうなにも出てこない。それでもまだ満足には至っていない。まだもっとこの死にかけの異界獣を罵りたい、なじりたい、傷付けたい、苦しませたい。
「…………もう二度と僕の前に現れるな」
しかし、猶予を与えられたところで言葉が出てこないのであればここがアレウスとリオンにとっての終わりのときなのだろう。不満足ではあるが、問い掛けをやめてアレウスは黙る。
この異界獣が炭化した肉体の奥に、別の肉体を隠し持っている可能性は拭えない。そんな妄想に苛まれ、アレウスは異界獣から完全に生気が失せ切るまで気を抜かない。これは酷い目に遭い続けてきた経験によって培われたものなので、もはや大半の者たちは勝利という名の美酒に酔い痴れて勝鬨を上げているのだが。
肉が炭に、炭が灰に、灰が塵に。リオンという異界獣が完全にこの世界の空気に呑まれ、その魔力の残滓だけが漂うようになるまでアレウスはジッと見つめ、待ち続けた。
魔力の残滓――獣の爪の一本が地面に突き刺さっている。リオンの剛爪よりもずっとずっと小さな物ではあるが、ヒューマンが片手でどうにか剣のようにして振るえる程度の大きさはある。
「水瓶、天秤の意匠が彫られた剣、爪」
これで三体、いやリブラはジェミニを喰っていたため剣は実質、二体分だろうか。四体の異界獣の残滓が世界に現れたことになる。しかしこれはアレウスが知っている分に限られる。『人狩り』が『星狩り』と呼ばれていたのが異界獣を討ったことを意味しているのなら、五体とも考えられる。それどころか過去、現在を問わず世界のどこかでアレウスたちのように討伐しているのだとすれば、もっと多くの魔王の一部が世界に残されていることになる。
「なんにしたって……もう、大丈夫か」
とりあえず、もうリオンと呼ばれる異界獣は目の前にはいない。ようやく気を抜いていいようだ。アレウスは息を吐くと、猛烈な疲労感に見舞われてまたもその場に倒れ込んでしまう。
「アレウス!!」
炎の翼で飛んできたアベリアがアレウスの傍に降り、その身を起こすようにしながら抱きつく。
「やったね……っ! やっと、やっとだよ! やっと、私たちは……!」
「ああ、やったよ。僕たちはようやく一つ目の復讐を果たせたんだ」
「うん……うん!」
「はははは……魔力のほとんどを使い切ってしまったよ。もう回復魔法の一つも唱えられない」
「ありがとう、ヴェイン」
「お礼なんて言われても困るよ。“愚かなる重力”は俺の構想ではもっと異界獣を縛り付けられると思っていたんだ。なのに、空間を掘って移動するだけでほとんどその制限を解かれてしまった」
「いや、“異常震域”の効果がほとんど無かったから共振できなくても攻撃が通っていたんだ。それに“愚かな重力”があったからこそ、リオンはあの速度でしか動けていなかったんだと思う」
もしも“愚かな重力”が掛けられていなかったなら、リオンの空間を掘り進めての移動はもっと手に負えない状態にあったに違いない。
「そう言われると救われる気持ちになるよ」
「なんとも不思議な気持ちだ。ドワーフとしてお前の活躍がとても誇らしい」
「僕は君の活躍が誇らしいよ。ガラハとスティンガーのアーティファクトがなければ早期の異界からの脱出も難しかっただろうし」
アレウスはガラハの傍らに立つエルヴァを見る。
「レストアールさんと一緒に世界の方で時間を稼いだエルヴァにも、凄いという言葉しか向けられない」
「……そう思うのなら、もっと俺に感謝している表情でそう言え」
満更でもないが素直に受け取らないエルヴァが吐き捨てる。
「ノックスとクラリエも、最後の最後に間に合ってくれて助かった」
「本当はもっと早く駆け付けるつもりだったんだけどねぇ」
「色々と問い質していたら時間が経っちまった。それについては一通り落ち着いたら話してやる」
アレウスが差し出した骨の短剣を受け取り、ノックスがクラリエと顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「良い意味で君は頭がおかしい。やはり勝ち目があるときに駆け付けるのが正しい戦い方だよ」
「カプリースは皇女様を守っていたんだろう? だから来るのが遅かった」
「濁していたのに、バレてしまったか」
「それで、皇女様は?」
「無事さ。ハゥフルの女王を守る者が帝国の皇女一人守れないなんてことあるわけないだろ」
「そりゃそうだ」
「アレウスさん、俺は役に立ちましたか? 正直、リオンとの戦いにおいて俺は足手纏いであったのではないかと」
「クラリエと体を張って僕とアベリアを守ろうとした。それ以外にも異界では君に救われることが多くあった。エルフの巫女とやらに言いたいことはあるけれど、僕は一度も君を足手纏いと思ったことはないしむしろ頼もしいと思っている」
「……すみません、例の子供についてはちゃんと話します」
「エルフの巫女に話せと言われたのか?」
「違います。俺の意思です。あとでどのような罰を受けるとしても、あなたには話しておきたい。この衝動に嘘をついたら、俺はきっとイェネオスに向き合えないので」
そう言ってエレスィはアレウスに礼をして、その場から去る。
「やってくれましたわね、アレウス。遂に異界獣を討ち倒すとは思いませんでしてよ」
「みんなの力の賜物だ」
「その通りですわ! 自分一人の手で成したなどと思わないでください」
謙遜をそのままの意味で受け取られた。しかしながらクルタニカの言うことは正しい。アレウス一人では決してリオンを倒すことはできなかったのだから。
「あとでカーネリアンにはお灸を据えてやりましてよ。そのときはどうかアレウスにも立ち会ってもらいたいですわ。ちょっと恥ずかしい思いをさせないと彼女は学ばないと思いましてよ……」
そして、不満を吐露する。
「カーネリアンは?」
「また傷が開いてしまいましてよ。ゆっくりと話すのはまた後程ですわ。だからわたくしもこれにて退散させていただきましてよ」
クルタニカは氷晶の翼を広げ、空へと飛び立った。
「……まさかジュリアンが来てくれるとは思わなかった」
「意外でしたでしょう? 僕自身も意外だと思っています。けれど、修行中にも関わらずお許しが出たので」
「修行……そうか、修行か」
「あれ? 言っていませんでしたっけ?」
「いや、忘れていただけだ」
「そうだろうと思いました。それで……エイラは……元気、ですか?」
「相変わらず話の振り方が下手だな」
「アレウスさんには言われたくありませんよ。まぁでも、久し振りにあの憎たらしい顔を見に行くのもいいかなと思いまして」
素っ気ないが、内心では会えることを楽しみにしている。ジュリアンはそういう少年だ。だから多くを語るのは不躾なのだろうとアレウスは思いとどまった。
「ここからは他の冒険者や軍人さんに任せてしまえ。お前はとにかく休め。この場でお前がやるべきことはもう終わっている。残りは俺たちの仕事だ」
エルヴァがアレウスの肩を叩き、小さく「よくやった」と言ってその場を去ろうとする。
しかし、その足は早々に止まった。
「素晴らしい」
その声に、その言葉に、絶対的なる示威を感じ取り全員が振り向き、そして頭を下げる。唯一、アレウスとアベリアだけがなにが起こっているのか分からないままであった。
「よもや異界獣を討つ者が帝国より現れるとは。汝、名をなんと申す?」
アベリアに抱き起こされている状態から、二人揃って体を動かしてなんとかひざまずく。
「アレウリス・ノールードと申します……皇帝陛下」
どうしてこんなところに? そんな疑問を持つことさえおこがましい。アレウスはただただアベリアと共に全員より一足遅れたものの頭を垂れるだけだ。
イニアストラ・ファ・クッスフォルテ。オーディストラの父親にして現皇帝であり、帝国の全てを束ねる者。身に付けている鎧には輝かしさは一つもなく、鈍器で凹んだ部分や多くの剣戟を凌いできたのであろう傷跡が生々しく残っている。そしてその顔にも多くの傷痕が見える。
皇帝ではあっても本陣では鎮座せずなのか、それとも皇帝になるまでの過程で多くの戦場を渡ったのか。いずれにしても、皇帝という肩書きだけではない人間としての強さを鎧が証明している。
「オウディが一目置くだけのことはある。冒険者の中でも、これだけの力を持つ者はなかなかにいない。そうであろう?」
その問いはアレウスにではなく皇帝を取り巻く側近たちに向けられている。誰もが皇帝の言葉に肯き、そして誰もが強烈な戦意という名の気配を漂わせている。僅かでも無礼を働けば首が飛ぶ――ことはないだろうが、歯向かえば真正面からの力で抑え込む。側近として、或いは護衛としての使命を気配だけで示している。
「ふむ、であればこれもまた必然なのであろうな」
なにやら「うんうん」と肯いている。
「アレウリス・ノールード。汝に王国との戦場に立つことを命じる」
「なっ!?」
思わず大きな声が出たが、すぐさま押し殺す。
「汝の活躍は、汝の言葉は、戦場において必ず役に立つ。汝は必ず功績を残す。王国を滅ぼす者としての一番鎗となろう」
皇帝の言葉は絶対である。なによりこれは勅令である。それも都市や街、部隊や機関にではなく個人へのものだ。逆らうことなどできるわけもなく、拒める立場でも決してない。
「帝国は汝のような強き者を求めている。帝国の未来にその名を刻み、同盟と王国の現在にその名を轟かせてみせよ」
「お言葉ですが、っ!」
「陛下の決断になにか間違いがあると?」
護衛がエルヴァに強烈な圧を飛ばし、黙らせる。
「間違っているとも! 大いに間違っている!!」
だが、エルヴァの気持ちを代弁するようにこの場にやって来たオーディストラが言い放つ。
「私は声を大にして申し上げます! 父上の仰っていることは全て間違っていると!」
「皇帝に歯向かうか、オウディ?」
「歯向かいますとも! この者の活躍を! 生き様をこの目で見届けていたのであれば決してそのような命令を出せるはずがありません!!」
「ほう?」
「父上は見ていらっしゃらなかったのですか!? この者が異界へと堕ちる度胸を! その覚悟を! そして異界より帰ってすぐに仲間と手を取り! 異界獣に立ち向かうその様を!!」
「見ていたからこそ私はこの者に戦場に立ってもらいたいと申しておるのだ」
「なりません!! だからこそ、だからこそ間違っていると私は申しているのです!! この者は冒険者という枠組みの中でこそ輝く逸材! 帝国に必ずや益をもたらす存在! 冒険者であるからこその自由さが、この者の輝きを強めているのです!」
「戦場に立ってもそれは変わらん」
「いいえ! この者の歩く道は人を殺して成り立つ道では決してない!! 人と人とを繋いで成る道なのです! たとえその先で何者かを殺すことになろうとも! 繋いで成る道であれば道理も立ちます! しかしながら! ひとたび、戦場に立つ兵士になってしまえば道理の立たない人殺しになってしまいしょう!!」
「それはつまり……軍人は全て道理の立たない人殺しであると言っておるのと同義であるぞ?」
「帝国軍人は己が誇りを一心に! 帝国のために命を張る者たち! そこにもまた道理が立ちます! たとえ道理の立たない殺人を犯そうとも、彼らはその罪を背負って前を歩く覚悟をしておりましょう! しかしながら申し上げますが、父上の求める強き者はそういった道理を持たない人殺しの私兵でありましょう? 都合良く目の前にある邪魔者を払い除けてくれる道具でありましょう? 歴史に名を刻むことはあれども、民草に謳われぬ者たちでありましょう?」
護衛たちが反射的にオーディストラに向かおうとするが、それを駆け付けたレストアールが制する。
「この者の歩む道は、この者たちが歩む道は! そして私が思う帝国軍人の歩む道は! 民草に謳われる者たち! 民草に語り継がれる者たち! ゆえに私は父上のような道理の立たぬ者たちで織り成す軍人たちを求めない!!」
「……即ち、皇帝の援助は必要ないと?」
その言葉にオーディストラが言い淀む。
「私、私は、」
「帝都のみならず、皇女殿下のお考えに迎合する者たちがおります。その数は皇帝陛下が備える兵力には遠く及びはしませんが、決して少ない数ではありません」
レストアールが助け舟を出す。
「城内においても、皇女殿下が続けてきた行動を評価し、同じように声を上げる者も少なくありません。皇女殿下は一人ではありません。あなたが間違っていないと信じ続けた道は、あなたを取り巻く者たちにとっても信じるに値する道になろうとしているのです」
「そ、そうだ! 私は決して一人ではない!!」
オーディストラは勢いを取り戻す。
「私は次代の女帝、オーディストラ・ファ・クッスフォルテである!! 父上には努々、忘れないでいただきたい!! 皇帝の座を奪うのは戦死や老衰に限らないということを!!」
「……実の娘に、命を狙うという宣言をされるとはな」
皇帝はオーディストラの言葉を鼻で笑う。
「ならば汝も私に命を狙われる覚悟があるということだな?」
「も、ちろん!」
「……安心しなさい。娘の命を奪いに行く父親など居りはせんよ。たとえ己が地位を揺らがされようとも、たとえ己が命を奪われようともな」
皇帝は護衛に目配せをする。
「この場の全ての発言は無かったこととする。皆の者も、聞かなかったこととしろ。皇帝と皇女の口喧嘩など、民草に漏れれば笑い者だ。しかしながら、オウディ? お前の発言は私の耳に留まらせてもらう」
「私は最初からそのつもりで申しております!」
「ふっ……言うようになった。子供の成長に胸が躍るとは……私が未だ人の心を持っているとは思わなんだ」
皇帝は護衛とその他の側近を引き連れ、留めておいた馬の元へと去っていく。
「…………は、はははは……ははは、言ってやった。言って、しまった」
オーディストラがへたり込む。
「あ~……どうしよう……」
「言ってから後悔してどうするんですか」
エルヴァが溜め息を零す。
「とはいえ、あなたのことを初めて皇女らしいと思いましたよ」
「まさかお前からそんな言葉をいただけるとはな」
皇女の言い方から彼の普段の言動が窺い知れる。アレウスですら畏れ多いと思っているのだが、まさかこの男はかなり不遜なことや不敬なことを言っているのではなかろうか。
「アレウリス・ノールード」
「はっ!」
「私が必死に守ったのだ。冒険者として名を馳せ、帝国のために尽くせ」
「……帝国のためには尽くせないかもしれません」
「なんだと?」
「僕――私は、帝国よりも皇女殿下のために尽くせるよう努力します」
「言葉で言うだけなら易い。励むことだ。それと、死者数を確認したい。その者の名も、その者の最期も見届けたい。そして、宴の準備を開こう。『御霊送り』の支度もしなければならない。日が沈むまでの間にやることは私に限らず皆の者にも山ほどあるぞ」
ヘロヘロと起き上がり、レストアールに支えられながらオーディストラは去っていく。
「帝国の未来に僅かな輝きが見えた」
ヴェインが呟く。
「混沌とした今の世さえ抜ければ、この国はきっと今より良くなっていく。俺はそう信じたくなったよ」
*
「あそこで引き下がるとは。成長したね、イニアストラ」
「まさかいるとは思わなんだ」
声を掛けてきた男に護衛たちが反応するが皇帝が引き下がらせる。
「無かったことにせよと言ったはずだ。あまり私をそうやって突付くでない」
「僕の弟子もあの場にはいたんだから、こればかりは仕方がない。子は親に似るとはよく言ったものだね。君も皇子であった頃を思い出してしまった」
「お互いに歳は取りたくないものだな。あの頃を思い出し懐かしんでいる暇など我々にはないと言うのに」
「同感だ。さて、僕はこのまま弟子のところへお邪魔するけれど君はこれからどこへ向かう?」
「わざわざ聞かんでも分かるだろう、戦場だ」
「そうかい。それと、あまり『異端審問会』を頼らないことだ。使っているつもりが使われているやもしれない」
「分かっているとも」
イニアストラは側近と共に馬に乗って駆けてゆく。
「悲しいね、イニアストラ。君はもう既に、『異端審問会』に染まり切らされていることにすら……気付いていないのだから」
そう呟き、男は空を見上げながら杖を軽く振るう。
「皇女殿下の暗殺は諦めるべきだ。こんな僕にすら気付かれる暗殺者が残ったところで、なんにもならないよ」
杖から発せられた魔力の衝撃が景色に溶け込んでいた多くの暗殺者を炙り出し、縛り上げる。
「大体、ここで殺してしまったらどう考えても皇帝の手の者だってバレてしまうだろ。殺すならもっと上手くやるべき。まぁ、殺させるようなことは絶対にさせないんだけど」
縛った魔力が暗殺者の首を捩じ切る。しかし暗殺者たちからは血飛沫一つ上がることなく、その全員が雲散霧消する。
「構成員も人外が増えた。リオンが暴れている最中の暗殺を失敗してからしばらく戦闘を観測していたみたいだけど、もうこの付近にはいないだろうな」




