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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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溜め池

 朝早くに目を覚ますと、ヴェインが窓を開けて鳩を部屋に招き入れていた。


「伝書鳩?」

 鳩の脚に小さな筒が結ばれており、その中から丸められた小さな紙をヴェインが取り出していた。

「エイミーの伝書鳩だよ。村周辺だけ飛び回るように調教して、あと俺の部屋だけ覚えさせているから、迷子になることは無いんだ」

「アベリアがなにかやらかしたか?」

「いや、物凄く緊張している様子だったみたいだけど入浴の際に打ち解けたみたいだ。あと、アベリアから君に伝言が書かれてある」

 アレウスは起き上がり、ヴェインの差し出した紙を受け取り、伝言の部分まで流し見する。


「『蛙の鳴き声が聞こえた』……? 昨日、聞こえたか?」


「いや、話には出したけど聞こえはしなかった」

「あとは……『魚の死骸』、か」

 ヴェインに紙を返し、アレウスは支度を済ませて持って来ていた装備を身に付ける。

「返事には君からの伝言を書かなくて良いかい?」

「『僕が行くまで家を出るな』と書いてくれ。蛙の鳴き声になんらかの関係があるのなら、穴が近くにあるのかも知れない。知れないってだけで、確証はない。だけど、お前もエイミーさんになにかあったら嫌だろう?」

「そうだね。じゃぁ、そう書いておく」

 その後、再び訪れた伝書鳩によって『気を付ける』という紙が届けられたのち、アレウスたちはまず朝食を摂る。ヴェインがお目付け役――監視を務めるので、すぐにでも外に出たかったのだが、そうは行かなかった。しかし腹は満たされたので良しとし、早足で二人で村長宅を訪れ、アベリアと合流する。


「私が同行すると足手纏いになりますか?」

「ヴェインの傍を付かず離れずで居て下されば、構いません。ただし、自己責任という言葉をお忘れなく」

「常々に抱いていますよ、それぐらいは」

 心臓に毛が生えているという評価は女性に向けるのはあまりよろしくない。肝が据わっていると表現した方が良いのだろうか。そんな無意味なことで悩んでいると、声を掛ける機会を失ったのでとにかく、それらは胸の中にしまっておく。


「昨日は頑張った」

「頑張ってくれて助かったよ」

 アベリアの顔を見て、アレウスも一安心した。それは彼女も同じに違いない。


「それで、どちらに参るのですか?」

「伝書鳩が運んでくれた紙を読ませて頂きました。魚の死骸を見たことがあるそうですね」

「この村は海から離れていますから、印象深く残っています。カタラクシオ家の家長がヴェインに手紙を送った次の日の朝だったでしょうか。気味が悪かったので、その場で焼き払ってしまいました」

「そこまで案内して下さい」

 ダムレイが訪れていないのにも関わらず、海に関わる塩害と魚の死骸。蛙の鳴き声はともかくとして、異常である。

「異界と関わりがあるとも、なかなか思えません」

「昨日からずっと蛙の鳴き声について考えていたんです。そのことと魚の死骸はなにか繋がりがあるのではと考えています」


 案内された場所は村の中心から離れた畑の近く。焼却した痕跡はアレウスたちが訪れるまでに降った雨で無くなってしまっている。これでは辿ることは難しそうだ。ニィナならまだ追い掛けられたのかも知れないがアレウスにはそこまでの技能はない。


「海蛙……じゃなくて、キックルは海水に適応した魔物です。昨日、アベリアと一緒に聞いた鳴き声がキックルによる物ならば……魚の死骸もまた、魔物の死骸という可能性が出て来ます。そして、キックルが触れた作物が塩害を受けたかのように弱ってしまったのだと、予測は立っているのですが」

 土の感触を手で触ってみるものの、それでなにかが得られるというわけではなく、諦めて立ち上がる。

「蛙の鳴き声は魔物の鳴き声であったということですね」


「ダムレイの被害に遭ってもいないのに塩害に晒されたような症状が作物に出たのは、海水に適応した蛙の魔物……だったら、その魔物はどうして今は居ないんだい? そもそもどうして、俺たちに襲い掛かって来ない?」


「不得意な場所で襲うのを本能的に避けているのかも」

 アレウスはアベリアの意見に同意する。キックルは魔物ではあっても小型であり、ガルムよりも小さく俊敏性も劣っている。両生類の性質を持っているため、地上でも活動は出来るには出来るが、その脅威は水辺で発揮される。

「この村に溜め池は幾つある?」

「三つだ」

「行方不明の五人の家はどの辺りに? 位置関係を把握したいんです。溜め池と家が大体どの辺りにあるか、お願いします。地図を描いて欲しいわけじゃないので点と線ぐらいで構いませんので」

 アレウスは紙とペンを取り出し、エイミーに手渡す。

「位置関係……位置関係」


 しばらく悩んでいたようだったが、描き始め、やがて描き終わる。ペンと紙をアレウスにエイミーは返す。


「アレウス、どう?」

「溜め池の一つが、行方不明になった五人の家から、割と近い位置にある」

「なら、行ってみようか」

 紙とペンを荷物に入れて、ヴェインの案内で(くだん)の溜め池に着いて、恐る恐る水面を見つめる。

「穴は見当たりませんね。なにか、勘違いをなされているのではないでしょうか」

「……まぁ、予想というのは大抵が外れるものなので、っ!」


 エイミーの後ろにキギエリが立っている。


「後ろ!!」

「え?」

 キギエリが振り返ろうとしたエイミーを突き飛ばし、溜め池に落とす。

「お前……軟禁されていたはずだろ!? なんで、ここに居るんだ?!」


「正義が私を必要としてくれた」

 虚ろな表情でキギエリは言う。

「だから、私こそが正義なのだ!」

 キギエリが半狂乱になりながらアレウスを突き飛ばそうと寄って来る。これではエイミーを助けには行けない。


「ヴェイン、頼む!」

「分かっているよ、そんなことは!」

 溜め池に飛び込む音を聞きながら、アレウスはキギエリの突進をヒラリとかわす。しかし、おおよそ人種の動きらしからぬ、なにかに操られているかのような奇妙な足運びですぐに振り返り、再び突っ込んで来る。このまま彼の突進を受けてしまうと、アレウスまでもが溜め池に落ちる。

「いや、僕だけじゃなくてこいつも?!」

 キギエリは捨て身でアレウスごと、溜め池に落ちる気なのだ。そして、自身が避けてしまえばキギエリだけが溜め池に落ちる。この場合、それが最善の選択ではあるが冒険者としては最低の選択になってしまう。

「“開け”!」

 受けるかどうか、その極限の中でアベリアの声が響く。ロジックを開かれたキギエリは意識を失って、アレウスの前で倒れた。

「緊急事態だ。昨日のことはまだ良い。今日から、一体なにがどうなって、こんなことをしているか。調べて欲しい」

「うん」

 キギエリのことはアベリアに任せ、続いてアレウスは溜め池の端に行き、水面を再び見つめる。水泡を見れば、浮上するところは察しが付く。そこから最も近いところで二人を引き寄せなければならない。


 ヴェインとエイミーが溜め池から顔を出す。元戦士の彼ならば、筋力から見てもエイミーを抱えて泳ぐことはそこまで苦ではないはずだ。そして落とされた彼女も水を飲んで咳き込んではいるものの、意識があり呼吸もしている。


「これなら」

「アレウス!」

 泳ぎながらヴェインが名を呼んでいる。エイミーを助けたにも関わらず、その表情には悲壮感が備わっている。どういうことなのか、思考を巡らせる。巡らせながら短弓に矢をつがえて、構える。

「水中に……! ま、もの、が!」

 水を再び飲みながらもエイミーが叫ぶ。


 瞬間、水面から飛び出した鱗鬼――サハギンが二人を水中に沈めんとする。ガルムを近距離で射抜いた時よりも冷静に、息を止めることで体のブレを抑え、矢を解き放つ。


 放たれた矢は腹部に命中し、勢いを殺されたサハギンはエイミーとヴェイン、そのどちらに飛び掛かることも出来ずに水の中へと沈む。止めていた呼吸を再開し、アレウスはヴェインに右手を差し伸べ、力一杯、引っ張る。


 しかし、この時、アレウスの目にはヴェインの腰を掴んで息を潜めているキックルが見えた。ガルムのような牙や爪があるわけではない。しかし、無害であるならば魔物なわけではない。


「させるか!」

 二人を引き上げるのを中断し、短剣を抜き、今か今かとタイミングを見計らっているキックルの腕を切断する。瞬間、アレウスの右手にキックルの舌が巻き付いた。逃れようともがくも虚しく、水面が近付いて来たために現状、出来得る限りの呼吸をして息を止める。


 水の中、キックルの舌に引っ張られながらもアレウスは目を開ける。右手に巻き付いた舌を断ち切ろうにも短剣は右手にある。剣は水中では簡単に鞘から抜くことが出来ない。


 渦を巻き、世界を拒む歪んだ穴へキックルが逃げ込む。これはもう駄目だろうとアレウスもまた覚悟を決める。

 だが、こちらに泳いで来たヴェインが短剣でキックルの舌を切り裂く。難を逃れたも束の間、キックルは裂かれた舌でも構わず伸ばし、拘束対象をアレウスからヴェインに変えて穴へと引き寄せる。彼の手を掴もうとするが、僅かに届かない。彼はアレウスに微かな笑みを浮かべながら、穴へと堕ちて行った。


 アレウスは浮上し、激しく呼吸を繰り返しながら溜め池の端に泳ぎ着く。

「クソ!! クソクソクソ!! クソ!!」

 そして左の拳を地面に叩き付け、自身の至らなさを呪いながら陸地に上がり、土を掴む。

「緊急事態だ。急いでギルドに報告しに行く」

 立ち上がり際にショックの大きさからアレウスはよろめくが、足に力を入れてバランスを整える。怒りと憎しみ、そこに後悔を加えた瞳でキギエリを睨み付けながらもその体に肩を入れて、半ば引きずる形ではあるがギルドへと連れ立って向かう。

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