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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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燃え尽きる凶星

 戦太鼓が鳴り響き、ラッパが祝福の音色を奏でる。矢の雨はやまず、リオンが放った石のつぶてを逆に利用して投石機が止め処なく動き続ける。リオンはそれを煩わしく思いつつも、自らが起こす震動や岩の皮膚を打ち飛ばす程度の抵抗しか見せない。異界獣にとってそれらはさほどの脅威ではない。それよりも自身の前に立っているゴーレムに咆哮を上げ、立ち向かう。ゴーレム――エルヴァはリオンの剛爪を真正面から受け止め、互いの両腕が絡まるように拘束し、エルヴァ本人はゴーレムから脱皮するかのように離脱する。

「ジョージがいねぇから競り負けるからな。それよりは動きを封じさせることを重視した方がマシだ」

 そう言ってすぐに岩を身に纏い二体目のゴーレムとなって今度はリオンの後方から拳を打つ。剛爪が一体目のゴーレムを引き裂き、同時に生じた空間の裂け目にリオンが飛び込み、殴打を避ける。裂け目に消えたリオンは既に二体目のゴーレムの後方に立ち、猛々しい叫びと共に振るう剛爪によってゴーレムを砕く。

「封じることもできねぇってか?」

 間一髪のところでゴーレムから抜け出したエルヴァは無傷ではあったが、疲労の色が見える。リオンにも引けを取らない岩の巨人を暇を置くことなく二体生み出した。短期間に一気に魔力を消耗したと考えれば余裕そうに振る舞えないのも理解できる。

「意味もなく魔力を捨てただけですね」

 エレスィはエルヴァの無茶をそうこき下ろした。

「お前の周りにいる連中はどういつもこいつも口が悪すぎるだろ」

「僕のせいにするな」

 直接、エレスィに喧嘩を売りに行くのはヒューマンとエルフの友好関係に亀裂が入るとでも思ったのだろう。エルヴァは真っ先にアレウスへと怒る。無駄に怒られたことを理不尽に思いつつも、アレウスは呼吸を整える。


 会話は途切れる。ガラハは走り、ヴェインが詠唱を開始する。エルヴァがリオンを迂回するように移動し、空高くでクルタニカが氷晶の鎗をリオンへと降り注ぐ。咆哮による音波が氷晶の鎗を砕くも、砕けた氷晶が再び周囲の水分を凍結させて再展開し射出。突き立てられた穂先から迸る冷気はカプリースが降らせた雨でリオンの皮膚が水に浸されたことで全身に至り、一時的に異界獣の表面が凍結し切る。

 ガラハが右足に飛刃を放ち、エルヴァが左足に鈍器を叩き付ける。凍結されたリオンの全身の岩の皮膚は二ヶ所からの衝撃によって砕け散り、筋肉が露出する。しかし、鉱石のような輝きを秘めており、とてもではないが肉とは呼べない硬度を持っていることが見ただけで分かる。


 岩の皮膚という重量を意図せずして失ったことでリオンは空間を掘って移動した直後にバランスを崩すようになった。出現位置を特定することは難しいが、身軽になったことで隙が生じている。だが、その移動直後以外の全ての行動が軽くなり、凶暴さが増す。“愚かなる重力”を受けていなければもはやリオンの速度には誰一人として追い付けることができなかっただろう。


 剛爪が冒険者を抉り飛ばし、数々の魔法がリオンに叩き付けられる。剛爪から辛うじて逃れた前衛職は各々が持ち得る最大の剣戟や斬撃でもって異界獣の腕や足を切り裂いていく。それらに緩急はなく、止まらない。止まればそれは敗北、止まらない限りは敗北はない。そんな無茶な道理で動いているとしか思えないほどに決死の攻撃を続ける。

 死の恐怖を消し去ることはできずとも、死の恐怖に立ち向かうことはできる。受け入れなければならない死と受け入れてはならない死。己を害する者が死を押し付けてくるのであれば跳ね除けるまで。ただひたすらに彼らはそれを証明し続けている。


 ただし、リオンもまたその理論を貫き通す。己が死を望んでいる者たちに囲まれていようとも、己自身はその死を受け入れる気はなく、むしろ死を押し付けてくる者たちを全て殺さんとしている。


 風の衝撃、氷晶の嵐、水の緩衝材、火球の雨、火炎の矢。クルタニカの氷の障壁がカプリースを守り、カプリースは水の鎗でリオンを引き裂き、引き裂いた部位にアベリアが火属性の魔法を叩き込む。エルヴァとガラハがヴェインの魔法で『加速』し、その勢いを乗せた斧刃と打撃によってリオンが呻く。


 アレウスとエレスィはここぞとばかりにリオンの足元へと駆け寄り、青の一閃がリオンの腱を断ち、炎の剣戟が断たれた腱に追い討ちをかける。

 それでも尚、リオンは足を動かして二人を蹴り飛ばす。直前に張られた氷、水、炎の障壁によって即死を免れた二人は着地までの間にヴェインの回復魔法を受けて肉体と態勢を立て直す。

「俺の剣は確かに腱を断ちました。なのにそれすら無視して足を動かせる……? 体の再生速度が尋常じゃありません」

「魔力によって体が構成されているのなら、魔力で肉体を再生させているのは明らかだ。問題はどこからそれを吸っているのか」

 アベリアが残す泥か、カプリースの降らせている雨か、クルタニカの残している氷晶か。とにかく魔力の残滓を吸い取ればリオンの肉体は回復する。

 だが、そんな残滓程度で傷を簡単に癒やせるだろうか。肉体が巨大であり、そして強大な存在である以上、そこに費やされる魔力量は人間が行う回復魔法とは比較にならないはずだ。

「尖兵から吸収しているのか……?」

 自身の老廃物から発生した魔物、そしてそこに自身の力を分け与えた尖兵。その死体から魔力を吸収しているのはほぼ確定している。

「いや、それでもあの再生速度は異常です」

 それでもリオンの回復には足りない。

「だったらもう……そういうことか」

 アレウスはリオンを遠ざけた寒村へと視線を向ける。寒村の中央、その上空に広がる巨大な“穴”。リオンの異界へと繋がっており、リオンが異界から世界へと飛び出した際に広げられたものだ。あそこは奴にとっての巣穴。そして巣穴にはあらゆる生物が自らが食べられる物を備蓄する。

 リオンは異界から飛び出してはいるが、尚も世界において異界と繋がっている。巣穴に蓄え続けた魂の虜囚や、自らが人間を堕とすために作り上げた界層に潜む魔物。それらを目には見えない導線を用いて吸い取るようにして貪り喰っている。


 ヴェラルドのアーティファクトのように魔力で繋がっているのなら、アベリアたちに断ち切らせられるとも考えた。だが、恐らくそんな状況にはない。アベリアたちの魔力を総結集しても断ち切れないような太く、分厚い魔力の導線があるに違いない。

 だが、アベリアは決してそれに言及しなかった。つまり、魔の叡智に触れている者ですらその導線がどこにあるのか分からない。隠し通されているのか、どんなに魔法を極めていても視認できないのか。


「“穴”を閉じる」

「へ? なにを言って、」

「二年前は閉じることができたんだ。今、閉じられないわけがない」

 導線を断ち切ることができないなら供給源を断つ。異界への“穴”を閉じればリオンは備蓄を喰らうことができなくなる。

「アベリア!」

「分かった!」


「全員! 僕たちが異界の“穴”を閉じるまで持ちこたえろ!」

 この全員とは仲間に限らず、この場にいるまさに全員への通達である。

「『栞』はあるか、エレスィ?」

「ありますけど」

「異界の“穴”を閉じて戻ってきたら使う。そのとき、僕とアベリアは無防備になるから守ってもらいたい」

「……無茶苦茶ばかりを言いますが、やってやりますよ!」

 エレスィの『青衣』がより激しく燃焼する。

「行ってください!」


 空を飛ぶアベリアが一直線に穴へと向かって飛行し、アレウスもまたほぼ一直線に地上を駆け抜ける。


 空間を掘り進んだリオンがアレウスの正面に現れる。

「すまないが」

 彼方より放たれた縦にのびやかに伸びる斬撃がアレウスの真横を抜けてリオンを真正面から切り裂く。

「その妨げを私は許さない」

 黒氷に体の大半を覆われながら放ったカーネリアンの秘剣は切り裂いた異界獣の体を一瞬の内に氷の膜で覆い尽くす。

「まだ回復できていないんでしてよ!? 無茶をしないでください! 大体、まだ体を動かせる状態ですらなかったはずですのに……」

「エキナシアの問いに応じた。そのおかげで魔力の補給をしてくれてな」

「っ、あなた!」

「まだ一度目だ。あと二度応じなければどうということはない。私のことはどうだっていい! 行け、アレウリス!!」


 様々な感情がよぎるが、足を止めてはならない。アレウスは疾走し、リオンの股を抜けて足元を爆発させ、その衝撃で疾走するより速く前方へと飛ぶ。着地すれば再び助走して足裏を爆発させるようにして跳躍。これを何度も繰り返して一気に寒村へと舞い戻る。

 空を飛ぶアベリアの伸ばした手を掴み、辛うじて残っていた物見(ものみ)(やぐら)の屋根に着地し、そして更に跳躍して“穴”に一番近い教会の屋根の頂上に降り立つ。


「前と同じだ」

「うん」

「僕たちにできないわけがない」

「うん」


 あのとき、どれほどの絶望がアレウスを包み込んでいても穴を閉じることに全力を投じた。それがヴェラルドとナルシェの教えだったから。脱出したら穴を閉じろと言われた。だから言われるがままにやって、言われるがままにできた。

 思えば、どうして穴を閉じられたのかは分からない。二人で閉じることができた異界はその一度切り。その一度以外の“穴”は閉じたことがない。

 捨てられた異界ならば閉じることは難しくないと聞く。異界獣が潜む異界であっても、神官たちが揃えば閉じられるとも聞く。ただし、それらを実行するためには閉じる異界を理解していなければならない。

 五年を過ごしたが、二年間は過ごしていない。けれど再び堕ちて実感した。リオンの異界は昔と変わらないままだった。構造こそ変わってはいたが、労働力が全てである点やアレウスたちが概念に干渉したことで『性欲』が消えたままになっていた。

 そう、変わっていない。なにも変わっていないのなら、大きく変わったアレウスたちであっても五年前の経験と知識と理解によって触れることは難しくない。


「「“開け”」」


 異界の概念――ロジックを本のように開く。発せられる魔力や強烈な不快感、そして自身の指先を恐怖感が侵食し、手、腕を震えさせていく。

 隣を見る。


 あのときは、守りたい想いで一心だったアベリアが今も変わらず自身と共にいる。頼りなかった彼女がここまで頼もしくなったのも、異界ではなく世界に溢れる人の温かさに触れたからだ。


 人間は嘘つきだ。平気で人を裏切る。簡単に信じてはいけない。

 けれど、信じたいと思う人を信じれば、信じられる人に出会えたならば、心がこんなにも弾む。できないと思うことにも挑戦でき、失敗もまた経験だと受け入れられ、成功を分かち合い、仲間や他人の成長を()ねることなく応援することができる。


「だから!」

 この世界に異界はいらない。この世界に、人の不幸を詰め合わせたような異界は必要ない。世界にはまだまだ不幸があるというのに、異界が増幅させている。世界だけで抑え込まなければならない不幸を異界が広げさせてしまっている。


 たとえ、魔王の復活の一助になるのだとしても――

 片時の平和でしかないのだとしても――

 『異端者』だと分かっていても――


 アレウスとアベリアが二人で恐怖に抗いながら概念のページを捲り、項目を見つけ、手助けをしながら書き換えていく。


 『有る』を『無い』に書き換える。ここに存在しているのではなく、ここに存在していないことにする。


 あの日々は、ただ苦しいだけの日々だった。

 けれど、あの日々があったからヴェラルドとナルシェに出会い、そしてアベリアと出会えた。


 異端者として断罪されたことは不幸なことだったに違いない。結局、家族には会えずじまいである上に自身を知っている村人は誰一人としていなかった。

 それでも、そこから枝木のように続くか細く辿った道筋は、他者の不幸と向き合い続けたその道は、


 確かな絆によって紡がれ、結ばれている。


「「“閉じろ”!!」」


 過去は必要ではあるけれど居場所はもう他にある。離別も済ませた。知りたいことも知れた。だからこの異界はもういらない。

「もう二度と、僕たちの前に現れるな」

 自分から異界にもう一度飛び込んでおきながら散々なことを言っているなとアレウスは思いつつも、リオンの異界の概念が書き換えられた感触をアベリアと確かめつつ、異界のロジックを閉じ切った。


 リオンが広げた異界の“穴”が空間で脈打ちながら縮小を開始する。


「しっかり掴まっていて!」

 アベリアの手を掴み、彼女の炎の翼による凄まじい加速によって寒村の彼方で暴れ回るリオンの元へと戻る。


 リオンは自らの異界に干渉した者が誰であるのかを本能的に理解したのか、一気に戻ってきた二人に振り返りながら迎え撃つ形で剛爪を振るう。空間の断裂、描かれる軌跡の僅かな生存の隙間にアベリアが滑り込み、彼女の手を離したアレウスが先に着地し、降りてくるアベリアを抱える形で受け止める。


「『栞』は?」

 アベリアがエレスィに訊ね、すぐさま彼が『栞』を彼女に手渡す。

「ここに! それより、本当に閉ざすことができるなんて……エルフの間でも滅多に聞く話じゃありませんよ」

「うん、私たちも驚いている」

「え?」

 首を傾げるエレスィに深くは語らず、『栞』をアベリアはアレウスのうなじに押し当てる。

「“開け”」

 アレウスの意識を維持したままアベリアにしか触れられないロジックが開かれる。噴き出す魔力はさながら灼熱のごとく。本のように開かれても、そのページは全てが炎に包まれている。


「踏ん張りどころだよ。ここでアレウスたちに攻撃が飛んだら全てがおじゃんだ」

 カプリースが蛙のように地面に這うほどに姿勢を低く取る。

「水獣鎗技!」

 その状態から走りつつ、鎗を真下から振り上げる。

水天(ヴァルナス)()(オビス)!!」

 渦巻く水属性の気力が蛇を形作り、リオンの右腕に喰らい付く。


「限界を出し切るのは許しませんわ!」

「分かっている。“菊盃”は使わない。秘剣、」

 カーネリアンがクルタニカの援護を受けつつリオンの上空を取る。

「桐に鳳凰――“鳳凰斬り”!」

 放たれた刃は氷晶の鳥を形作り、頭上よりリオンへと矢のごとく突撃する。


「壊剣技、」

 ガラハと共に右足付近に立つエルヴァが鈍器を構え、彼に合わせてガラハも三日月斧を振り上げる。

「“加速せよ(アドヴァンス)”」

 二人の振り下ろしに合わせてヴェインの風魔法による『加速』が入る。

「“殻砕き”」

 右足の筋肉だけではなく骨すらも砕くほどの威力となった二人の斧刃と打撃によってリオンがバランスを崩す。


「……まだです!」

 三つの技を受けながらもリオンの動きを縛るだけに留まっていることをエレスィは信じられないとばかりに声を発する。だが、未だ異界獣は水の蛇と氷晶の鳥を振り払えてはいない。


「あたしと一緒に『衣』を!」

 左腕による剛爪がアレウスとアベリアに迫る。それをエレスィが一人で待ち受ける中、景色からクラリエが飛び出す。

「はい!」

 展開した『白衣』とエレスィの『青衣』が練り上げた魔力を一本の短刀に込めてクラリエが剛爪へと投擲する。たった一本の短刀が引き起こす魔力の大爆発はリオンの剛爪を砕き、その衝撃で左腕を退かせるまでに至る。


「こんなに遅くなってすまねぇ。だが、おかげで最期の逢瀬は済ませた」

 ノックスがアレウスの目の前の地面に骨の短剣を投げて突き刺す。

「貸してやる。必要だろ?」

 そう言ってノックスは両爪を携えてリオンの左足まで走り抜ける。

「獣剣技、」

 十字に組まれた爪撃が左足を僅かに切り裂く。

「“削爪(スクラッチ)”!」

 その僅かな爪撃によって異界獣が備えていた大部分の魔力が削り取られ、防いでいた水の蛇は右腕を貫き、氷晶の鳥がその喉笛を切り開く。


 しかし、喉笛をすぐに魔力で回復させるとリオンは雄叫びを上げ、重力に反して浮かび上がった巨大な岩塊がアレウスへと放たれる。


「クラリエさん!」

「さっき、全部を攻撃に回したから防げたけどこれは無理! エレスィは?!」

「俺もです!」


 ならば体で。

 その鋼のような意志で二人がアレウスとアベリアの前に立つ。


「“束縛せよ(バインド)”」

 細い複数の魔力の糸が巨大な岩塊を貫き、中空で止める。

「この糸……は」

 アレウスは顔を上げる。

「なんとも僕らしくないですね。これじゃまるで僕がアレウスさんを助けたみたいじゃないですか」

「ジュリアン、か!」

「アベリアさんも早くロジックの書き換えを済ませてください」

 糸で止められていた岩塊がリオンの力によるものか、その束縛を破って動き出そうとしている。

「魔力で押してくるなら、その魔力には帰ってもらいましょうか」

 ジュリアンが杖から放った糸が岩塊を突き抜け、その奥のリオンが押し付けてきている魔力と繋がる。

「“さよならを(アスタ・ラ)告げる(・ビスタ)”」

 そしてその糸をジュリアンは指先で摘まみ、小さな動きで優しく手繰(たぐ)る。


 リオンの練った魔力は糸がほつれるかのように時間をかけつつも失われていき、世界に糸の残滓として落ちていく。


「……ねぇ、アレウス? 初めて『栞』を使ったときのことを憶えてる?」

「ああ」

「書き換えている能力値はあのときとほとんど変わらない。変わるのは、テキストの部分だけ。少しだけ、ほんの少しだけね?」

「なんの不安もない」

「そう……ありがとう」

 書き換えられたテキストの内容をアレウスは意識せずとも理解する。


「「『(キングス・)ファング』が如き素早さを、『侏儒(ドワーフ)』が如き強靭さを、『鳥人(ガルダ)』が如き一撃を、『水棲人(ハゥフル)』が内に秘めし希望を、『森人(エルフ)』が握る叡智を、この『人間(ヒューマン)』は宿している』!!」」


 炎、炎、炎。内に込み上がる全ての熱が炎という形となって顕現する。


「討ちに行って……アレウス!!」

 呟き、そして大きな声で名前を呼び、アベリアがロジックを閉じる。途端、灼熱の力を帯びたアレウスは骨の短剣を手に取って煌々とした焦熱する星のように跳ねてリオンの正面に立つ。


 水の蛇を握り潰し、氷晶の鳥を叩き落としたリオンが力に満ち満ちたアレウスを見て唸り、そして翻る。その目指す先は寒村で徐々に縮んでいる異界の“穴”である。

「逃がさない」

 足跡に残り火を置いて、逃げようとするリオンに追い付き、追い越しながら左足を切り裂く。炎による熱断に加えて、『栞』による強化を受けたアレウスの剣戟によって腱どころか骨まで容易く断ち切る。

「追いかけ続けてきたお前が獲物を逃がさなかったように、今度は僕がお前を狩る」

 雨は蒸発して消し飛び、氷晶の嵐は溶けてなくなる。震撼する大地は炎の息吹に怯えて(しず)まり返る。


 追い詰められたリオンはけたたましいほどの雄叫びを上げ、全力でアレウスを討たんとばかりに空間を引き裂き、飛び込んで消える。消失後の一瞬の出現による奇襲。そこにしか活路がないと異界獣は踏んだ。


 アレウスもそれしかしてこないだろうと踏んでいた。


「獣剣技!」

 この満ち足りた状況では『合剣』は必要ない。気力に満ちた骨の短剣を力強く切り上げ、そして振り下ろす。

「“獣王刃”!!」


 灼熱の獅子が、空間の裂け目から現れ出でて奇襲をするため四足歩行となったリオンを真正面に捉え、その強靭な顎と全身の火炎を乗せて激突する。


「この一撃には色んな想いがあるんだ……!」

 競り負ける未来は思い浮かばない。

「お前みたいな存在には絶対に打ち砕くことのできない想いが!! あるんだ!!」


 灼熱の獅子が全身を使ってリオンを包み、駆け抜けた。


 黒焦げになった異界獣の体の端がチリチリと燃え、灰となって散っていく。小さな呻き声を上げつつも、リオンはその場に崩れ落ち、己が体の崩壊を受け入れたかのように動かなくなった。

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