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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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ようやく向き合う


 リオンが世界に降臨した直後、エルヴァによる『指揮』によって軍人も冒険者も躍起になって異界獣へと突撃した。軍楽隊によって奏でられる音楽と聖歌隊の唄声が神を信仰する者たちへ一時的な強化も与えた。

 しかしながら、リオンの咆哮一つで多くの者たちから戦意は削がれ、その爪が大地を抉り取った瞬間から悲鳴が上がった。たった一振りで寒村の一部が崩壊し、その後の大暴れによって寒村は六割弱が瓦礫と化した。

 惨憺たる光景。爪によって絶命した者と踏み潰された者は人の形をしておらず、肉塊となった。牙を突き立てられた者は激しく振り回されて意識を失ってから口腔へと送られ、噛み締めながら喰われた。

 リオンと共に現れ出でた魔物――尖兵との戦いも苛烈を極め、特に獣型の魔物の素早さに付いていけない軍人の多くが死に絶え、拮抗する戦いを繰り広げていた冒険者も尖兵を手助けするかのように振るわれるリオンの爪によって死んでいく。


 もはや戦争の最前線と変わらない。命の価値があまりにも低く、少しのことで命が落ちていく。奪い奪われ、奪い合い。だが、リオンの力はあまりにも強大で奪い合ってはいても、明らかにアライアンスを組んだ冒険者と軍人たちの被害の方が甚大であった。


「どいつもこいつも弱い弱い弱い弱い!」

 鮮血に塗れながらノックスが獣の咆哮を上げる。自らに迫りくるガルムを一匹、また一匹と骨の短剣と自らの爪で引き裂き、倒す。『本性化』は既に行っており、瞳は黒く、獣耳と尻尾は自己主張を強め、なにより爪の一つ一つが非常に鋭利に尖っている。魔物の肉を引き裂いても割れることのない強度でもって力任せの攻撃を繰り返す。

「ワタシをこんな雑兵で殺せると思うなよ!」

 ハウンドが背後に迫るも、すぐに振り返って骨の短剣で喉元を一突きにして絶命させる。血を浴びて獣人としての本能が呼び覚まされ、更に彼女は興奮状態に入り、苛烈な世界で強烈な存在感を放ちながら尖兵たちを片付けていく。


「ワレらが王――父上か? それとも、異界獣か? もっと別の凶悪ななにかか? なにがオレたちを引き裂いたのか、今はもうなにも分からない」

 ノックスにとってはもはや想い出の中にしか存在しない声が聞こえて、身構える。

「カッツェの一族――オマエの母君はオレが介錯した。ハーレムにおける一人の母親に過ぎなかったが、母という存在が尖兵になってしまうことには耐えられなかったからな」

 左眼を持たない蛇の男がゆっくりと剣を抜く。初見ではトカゲと見間違える姿をしているが、ノックスには『蛇』であることは一目見ただけで分かった。

「……兄貴」

 纏うオーラがリオンの尖兵であることを示しているが、面影は昔と変わっていない。ノックスの腹違いの兄――カッサシオン・ファングはジッとこちらの動向を窺っている。

「こんな再会を果たすか……いや、リオンの尖兵となったからこそ再会を果たせたのか」

「だからって戦いたくはねぇよ」

「そう言うな。尖兵として呼ばれたからにはオレはオマエたちを殺し尽くさなければならない。魂を縛られている以上、自由はない。こうして話していたってオレは理性的であるわけではない」

「……どうしても戦うしかねぇのか?」

「戦って、オレの生き様を終わらせろ。死に様は不格好であったが、魂のみで生き続けていたくはない」

「……そうか。それが兄貴の望みだって言うんなら、やるしかねぇよな」

「この左眼はヒューマンにくれてやったが、だからといって妹に遅れを取るほど弱くなったわけでもない。セレナを連れていないオマエが、オマエ自身がどこまで強くなったか()ものだな」


 二人が対峙する中、クラリエがノックスの傍に降り立つ。


「するなって言われても加勢するから」

「なんだ……誰かと思えば、オレが死に絶える間際に問答をしてきたハーフエルフか」

 しばし兄妹の戦いに横槍を入れに来た者へ嫌悪感を示していたが、カッサシオンは殺意はともかくその嫌悪の感情を解いた。

「あなたはなにに殺されかけ、誰の力であのダンジョンの屋上から落とされたの?」

「その答えが欲しいのなら、オレを倒してみせろ」

「そのままなにも話さずに死んじゃったら迷惑だから聞いたのに……」

 クラリエは溜め息をつく。

「すまないな、クラリエ」

「いいわよ……というかあなたが謝ることじゃなくて、あたしが謝らなきゃならないことなんだから。私は『シオン』の偽名を使った。なによりあなたのお兄さんの死に行くところと、異界に堕ちるところを見ていることしかできなかった。こんなことで罪滅ぼしができるとは思わないけれど」

 唐突に左から飛び掛かってきたハウンドをクラリエは短刀で切り伏せる。

「せめて、安らかに眠ってもらいたいから」


「来い。オレに(えにし)を持つ者たちよ!」

 カッサシオンの号令にも近い一声に合わせてノックスとクラリエが同時に駆け出す。


 が、二人の刃がカッサシオンに届く前――カッサシオンが二人の刃を捌く前に頭上に大きく大きく開かれた異界の“穴”から火山の噴火のごとく二つの炎の塊が飛び出す。あまりにも莫大な魔力、膨大な気力。そのどちらにも二人のみならずカッサシオンも反応して刃と刃の接触を避けて一時的に距離を取った。

「戻ってくるのが遅ぇよ」

「ようやく、リオンの異界に行った一つ目の理由を終わらせることができたのかな」

 カッサシオンの殺気に呑まれつつあった二人の表情に僅かだが余裕が生じる。考えなしに飛びかかろうとした自分自身を互いに反省し、改めて戦闘態勢を取り直す。

「オマエたちにとっての希望が異界より帰ってきた、か」

 呟くカッサシオンにも少しばかりの笑みが零れる。

「そうでなくては、リオンを討つこともできまい! さぁ、仕切り直しだ! かかってこい!」



 炎の塊となって地面に着地し、爆発を起こすことで落下の衝撃を打ち消す。アレウスは自身が纏う炎を収束させて解除し、アベリアは上空で炎の翼を展開して浮遊を続ける。

『あと半日は帰ってこないと思っていたよ』

 すぐにカプリースの声が耳に入る。姿を探すが辺りには見当たらない。またどこかの水溜まりがカッサシオンの魔力そのものとして機能しているのだろう。

「状況は?」

『伝えたところで君にどうこうできるわけではないけれど、あまり思わしくはないよ。被害は甚大だ。エルヴァージュもレストアールも出陣して軍人と冒険者の指揮を執っている。担当者たちは情報共有を密にして冒険者たちに生存の道がないか策を練っている。軍人たちはどうにも士気が低い。圧倒的な力を前にして戦う気力を失っている。冒険者にとって、強大な存在は自らを高める挑戦だけれど軍人たちにとっては命を張る以上は勝てる戦以外はしたくないのが心情だ』

「村からリオンを遠ざけたい」

『それはもうガラハやカーネリアンがやっているよ。クルタニカがサポートしてくれているから死ぬ心配はない。ノックスとクラリエはちょっと厄介な尖兵と戦うことになっているみたいだけど、二人にとっては因縁らしいからしばらくは任せておこう。雲行きが怪しくなったら手伝ってやってくれ』

「お前がやれ」

『無茶を言うなよ。僕はこれでも偉大な任務を未だ遂行しているんだ。エレスィは女の子を安全圏まで連れて行って、今から戻ってくるところだね。ヴェインは僧侶部隊に話を通しに行っている。上手く行けば……そうだ、上手く行けばこれ以上の世界への被害は最小限に抑えられるかもしれない』

「アレウス!」

 アベリアの指差した方向に忌々しき異界獣の姿が見える。あの巨躯なのだから見えないわけがないのだが、このときを待ち望んでいたアレウスにとっては込み上げてくる感情に怒りも灯る。

「行こう!」

『僕も偉大なる任務を遂行し終えたあとは加勢に行くよ。いつもならこんな勝ち目のなさそうな戦いからは逃げて、撤退の指示を出すところだけど君たちには国を救ってもらった恩義がある』

 カプリースとの会話が終わり、アレウスは瓦礫と化した村の中を全力で走る。

「アベリアは上空から魔法で、僕は下から攻める」

「うん」

 空高くへと飛び立ったアベリアを見送り、アレウスは更に足を速める。志半ばで力尽きた者たちから剣を借りて、道中の魔物など物ともせずにひたすらに、ひたすらに、ひたすらに走り抜ける。


 これほどに体が軽やかなのはいつ以来か。『重量軽減』の魔法をかけてもらったわけでもないのに、驚くほどに足腰に軽さがある。リオンの起こす『異常震域』に上手く『共振』できているからだろうか。とにかく、足が竦んで動けなくなるのとは真逆の状態である。


「リオン!」

 アレウスは異界獣の巨躯を捉える。

「お前の異界からだ。お前の異界から僕は破壊する!」

 気力は自然と充填され、拾い上げた短剣を一気に下から上へと振り上げる。

火天(アグニス)()(ファング)!!」

「“赤星”!!」

 リオンの足元目掛けて放たれる炎熱の飛刃と上空より落ちてくる燃え盛る火球を雨。そのどちらも避ける動作を見せない。避けるまでもないと思ったのだろう。

 しかし、その思惑とは裏腹に火球の雨はリオンの背に接触してから一つ一つが大きな爆発を起こし、炎熱の飛刃は触れた左後脚を焼きながら強く切り裂いた。

「『異常震域』に守られているからって調子に乗っていたか?」

 その問いにリオンは当たり前ながら答えることはなかったが、アレウスとアベリアは自身の足元を歩く蟻や周囲を飛び回る羽虫という扱いから明確な狩猟の対象となったらしく、その眼光に想像以上を絶するほどの殺意が孕む。


 再誕したアクエリアス、降臨したリブラと戦った。ヴァルゴとも異界で戦い、ピスケスの異界から脱出してきた。これだけの数の異界獣と対峙した。今更、その殺意に怯えはない。驚きもない。なによりも、ヴェラルドとナルシェと戦ったことで覚悟は決まった。どれほどの気配をリオンが放とうとアベリアですらも動けなくなることはない。


「世界や異界がお前を許容しても、僕はお前を許さない」

 殺意には殺意で返す。絶対に仕留めるという強気の姿勢を崩さずにアレウスは再び走り、技を放つ隙を窺う。



「これほどか……」

 オーディストラはリオンの暴挙に眩暈を覚える。

「魔物とは、異界獣とはこれほどまでに世界に影響を……民草に影響を及ぼすというのか」

 見ようと思わなければ見ることのなかった景色。戦場すらもさほどに見たことのないオーディストラにとって、一匹の異界獣とそれが生み出す魔物の尖兵たちによる蹂躙はあまりにも悪い意味で衝撃的だった。

 死んでいく。自らの決意によって軍人が、冒険者が死んでいく。冒険者は甦るとはいえ、それでも死に違いはない。

 重みが大きい。オーディストラはえずいて、口の中に溜まった不快な味と臭いに表情を歪ませる。吐くことはできない。皇女の威厳もあるが、この作戦の総指揮を任されている身で、惨憺たる光景ごときで吐いているところを軍人や冒険者に見られようものなら士気に関わるだけでなく見限られてしまう。

 弱みは戦場で見せてはならない。命が潰えていこうとも、毅然とした振る舞いを続けることが求められる。


 確かにそれはその通りだ。しかし、人の死を前にして狼狽(うろた)えないようにし続けることは果たして人間としてまともなのであろうか。

 いや、まともさを捨てなければ戦場には立てない。まともであっても人と人は殺し合うものだ。とはいえ、今回は魔物との戦いであるのだが。


「見ているだけで、よいのだろうか。私にはまだなにか、できることが……」

 レストアールもエルヴァージュも傍にはいない。どちらもリオンを討伐するため軍人の部隊と冒険者の部隊を率いて出陣した。この陣の中には近衛兵こそいるが、自らの考えに対して相応の返事をしてくれる付き人はいない。


 自分は安全な位置から、ただ見ているだけ。民草の上に立つ者として、それは正しいのか。オーディストラの頭には常に正しさとはなにかの自問自答が繰り返される。


「せめてなにか、救いを与えることができたなら……」

 ありもしない物を求めてウロウロと陣の中を歩き回る。そして彼方に見えるリオンの様子を窺おうと前に前にと体が動く。


 さながらそれを待っていたかのように複数本の矢が斜め上空よりオーディストラへと飛来する。考え事をしていた彼女には避ける動作すら起こす気力がない。


「そう来ると思っていたよ」

 水の障壁がオーディストラの正面に張られて矢を全て受け切り、同時に液体が人の姿を取ってカプリースとなる。

「エルヴァージュとレストアールの両方がいなくなったこのタイミングでしか皇女の暗殺は難しい。だから僕は魔力のほとんどを異界に堕ちる前にこっちに置いていたんだよ。村にいながらすぐさま本陣を守れるように」

 受け切った矢に魔力を乗せてカプリースが魔法で射掛け返す。

「その矢は君たちのいる場所まで同じ軌道で進む。僕は僕の水を追える。居場所はすぐに割れるけど、それでも暗殺を続けるかい?」

 矢の飛んでいった方角へ問いかけるも返事はなく、カプリースは小さく「まぁ、そうだろうと思った。ただ、矢の一本は検証のために残させてもらうよ」と呟く。

「暗殺……暗殺だと?」

「皇女殿下の命は異界獣の討伐が決まってからずっと狙われているだろうとアレウリスは踏んでおりました。ですのでエルヴァージュとレストアールもずっと付きっ切りだったのですが、リオンが世界に現れてからはそうもいかない。きっと二人も戦いに出るだろうと考え、僕は本陣に自分自身の魔力の大半を置いていたわけです。それを知っているから二人は殿下から離れて戦場へ向かうことができた。これこそ偉大なる任務。そして殿下の命を守ったことで、遂行を終えました」

「……まさか、私の命を狙っているのは」

「想像した通り、『異端審問会』です。皇女の死は帝国を更なる混迷の渦へと引き込むことになります。恐らく皇帝陛下は冒険者の登用に一切の迷いを断ち切ることでしょう。冒険者をこの世界から一人残らず殺すことを企てている奴らにとって得しかありません」

「なるほど……ふ、ふふふっ。暗殺のことも考えずに私はただ狼狽えていただけだった。皇女として失格だ」

「失格かどうかは民草が決めることです。僕は未だ殿下の底を見ておりませんからなんとも言えませんが、そのように落ち込む暇があるのでしたら殿下としてやるべきことをやってみてはいかがかと?」

「手厳しいな。いや、お主の言う通りだ。私の命を守ってくれたこと、感謝する」

「感謝するならばアレウリス・ノールードへ。彼は今まさに限界へ挑戦しようとしている。見届けてください。彼の勇姿は『勇者』には遠く及ばないかもしれませんが、影響を受けざるを得ませんよ。そして、彼に連なる者たちの戦いも」

 そう言ってカプリースは水に溶けて消える。ただし、このままではオーディストラはまた近衛兵はいても付き人のいない状態になる。恐らくはまた液体の中に魔力を残して再びの暗殺があればそれを阻止するために控えている。


「私が暗殺ごときに怯えてなんとする……? 民草は、それ以上の恐怖と戦っているのだぞ……?」

 自身の中に残る僅かな勇気を必死に昂らせていく。

「そこの者、魔法で私の声を伝えられるようにせよ」

 オーディストラの命じられた者が『接続』の魔法を唱える。


「我が名はオーディストラ・ファ・クッスフォルテ!! 進め! 全ての帝国を愛する者たちよ!! 身命を賭し、魔物を! 異界獣を討ち取れ! そなたたちの魂はこの私が! 死ぬまで背負うことをここに誓う!!」

 その声は戦意を喪失しかけていた者たちにも響き渡る。

「この戦いの鍵はアレウリス・ノールードとその志に通じる者たちにある! 全力で支援せよ!」

 軍人と冒険者たちの雄叫びが轟雷のように上がった。


「申し訳ありません、父上。私は父上のように人の心を捨てることはできそうにありません。父上の歩む道を同じように歩めないようです。親不孝をお許しください」

 呟き、しかしてその瞳に覚悟を宿す。皇帝の歩む道ではなく、オーディストラが歩む道を見定める。

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