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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
509/705

真実


「どうやって奴隷を仕入れているか? 簡単な話だ。ここには奴隷になりたがっている連中がそこら中に転がっている」

 護身用の短剣を奴隷商人の首筋に当てながらアベリアは男の発する言葉を聞く。

「世界ではなく異界だと知って絶望した者。魔物から命からがら生き延びても、生き方を知らずに死んだ者。異界での未来を見ることができずに自ら死んだ者。生き方を知らない年端もいかない少年少女。どいつもこいつも、乞食に()して、明日や明後日には死んでいく。私はな、彼らに仕事を斡旋しているだけだ」

「斡旋?」

「奴隷になって働き口を見つけるか、奴隷になっても働き口が見つからないか。死んでも尚、生きたいと思い続ける魂の虜囚だけがその賭けに挑み、勝利し、敗れ、私の元から去っていく。私の商品を見てなにも思わないか? 奴らは死んだ目をしている。暴れる素振りもない。その心にあるのは働いて生きられるか、働けずに死ぬかの不安だけ」

「なら、あの品評会にどんな意味があるというの?」

「形式は大事だ。奴隷であること、商品であること、抵抗するための全てを奪っていること。買い手の不安を排除するのに最も有効なのは手足を拘束し、舌を噛んで死ねないように布を噛ませ、なによりも凶器を仕込んでいないことを証明するために全裸であること。もっと以前には女子供がよく売れた。どういうわけか最近は男手が売れているが、それでも買い手が働かせる手立てがあると考えた者は買ってくれる。肉体労働ではない面では都合が良いのだろうな。石の鑑定をしている女どもは奴隷上がりが多い。どこのどいつが始めさせたのか分からないが鑑定人は一部を除いて女の職になっている」

「だからって、人身売買だなんて」

「それでしか喰っていけないのだから仕方がない。それに、私のような奴隷商人がいなくなれば乞食は更に増えるぞ。さっきも言っただろう? 私は仕事を斡旋している。ただし、奴隷になってもらうが……果たしてこの世界で、奴隷であることと奴隷じゃないことの違いがあるか? 働いて働いて働き続けて、いずれ死ぬ。どうして働かなければならないのか分からないが、ただひたすらに採掘を続けて、魂の虜囚に成り下がってもまだ死ねずに毎日を過ごす。意味などない、意義などない。であればそこには階級も所属も、生まれも育ちもなにもない。誰もが労働者で、誰もが日々働き続ける。ひたすらに、ただ、ひたすらに」

 奴隷商人からは反抗心が見られない。かと言って油断することもできないがアベリアは短剣を下げる。依然としてすぐに反撃、及び逃走に移れる状態は維持しつつも、殺意を解く。

「テッド・ミラーを知っている?」

「テッド・ミラー…………ああ、そう言われていたこともあったな。この異界に来てからは、誰も私のことをその名では呼んだことはない。ここでの私は奴隷商人という肩書きを持ち、同時にそれが名前なのだ」

「あなたはどうして異界にいるの?」

「異界に堕ちたから。これ以外に理由があるというのか? 私は果たして何番目のテッド・ミラーであったかすら忘れてしまったが……いいや、ロジックを覗かれればひょっとすればその事実も浮かび上がるのかもしれないが、もはや思い出す必要もない過去だ。私はここで魂が尽き果てるまで奴隷商人であり、奴隷に堕した者たちに仕事を斡旋する者だ」

 この言い方からして世界に存在しているテッド・ミラーたちとこのテッド・ミラーに繋がりはない。そうアベリアは判断する。

「あなたたちの目的は? あなたたちはどうして、テッド・ミラーと呼ばれているの?」

「私たちにとってテッド・ミラーは屋号だ。一世から十世までは奴隷商人ではなかったらしいが……ああそうだ、一世は宮廷魔導士だったはずだ」

「宮廷魔導士……」

「そう、十世までは宮廷魔導士。しかし十世以降は奴隷商人。そうだ、段々と思い出してきたぞ。あのとき、当時の王は私に言ったのだ。『誰もがテッドのようになりたがる。どうすればテッドのようになれるのか』と。だから私は…………私、は?」

「……もしかして」

 続かない言葉をアベリアは言葉にする。

「『誰もがテッドになれる方法を編み出した』とか?」

「そうだ…………そうだ、そうだそうだそうだ! どうして今まで忘れていたんだ?! どうして今まで……!! いや、いい。異界で魂の虜囚と化した私が思い出したところで、もはやどうにもなることではない。こんな心のざわめきは、世界で生きられない者が抱くにはあまりにも業が深い。私の前から去ってくれ。私はここで、全てが終わるその瞬間まで奴隷商人であり続ける。それがテッド・ミラーになった者の定めなのだから」

 奴隷商人からはやはり抵抗の意思はない。それどころかハゥフルの小国で見たテッド・ミラーのような想像を絶する魔力やアベリアがトラウマと接触した際に抱く絶望感が全くない。

 テッド・ミラーではあるが、アベリアの知るテッド・ミラーではない。そしてこの異界の概念から『性欲』に関する物を消した時点で、この男が世界で猛威を振るわずとも邪悪で嫌悪感しかない仕事をする人物とは掛け離れた存在と化している点も、恐怖心が煽られない理由だろうか。


「誰もがテッドになれる方法……それが、ロジックに寄生することなの? それとも、その方法は理論的には間違っていないはずだったのに、なにか不具合が生じた魔法だった、のかも」

 奴隷商人から離れ、アベリアは呟いた。



 爬虫類のような鋭い眼を持ちながらも、見た目はエルフに近い。しかし鱗のある尾があり、背中には羽毛の一つもない飛膜の翼を持つ。そしてその左の耳朶(じだ)は削り取られたかのように損傷している。

「ドラゴニュートだな」

「ほう? お主の記憶に狂いがないように当時と同じ姿形を取ってみたが、すぐに看破したか」

 事前にヴィヴィアンに会っていなければこの男の種族を見破ることはできなかっただろう。

「しかしながら、己自身の知恵ではないな。同胞を現世で見たのであろう? でなければ人の子ごときに我が看破されることなどあり得んからな」

 見抜かれているのか、それとも読み解かれているのか。そのどちらでもなく、人間が持ち得るありとあらゆる思考の行き方を把握しており試しにとばかりに言ってきたのか。どれにしたって読みが強すぎる。

 男は常人離れした独特の空気感を発しつつ、真似ていたエルフの姿を解いていく。過去に見たことのある獣人族のカッサシオンに近しい風貌になるのかと思えば、限りなくヒューマンに近い。

「ヒューマンの真似をしているのか?」

(われ)が人の子を模倣すると思うか?」

 頭部、胸部から腹部、大腿部の内側のような一部は人間と同じ皮膚を纏っているが、腕や足は鱗が目立つ。指先や足先も人間というよりはやはり爬虫類のような形をしている。

「幽世に舞い戻り、異界獣を討たんとする意思は尊重するが……お主ごときで討ち果たせるとは到底思えない」

「僕だけじゃない。外の世界に誘き出して討伐する」

「ほう……確かに数で攻めれば異界獣も()を上げよう。しかし、異界獣を討てば幽世は失われる。ここに残されし魂の虜囚は一体どうする?」

「……もう死んでいる」

「だが、死んでいながらも生きている」

「違う。生きていても死んでいるんだ」

「感性の違いでしかないことで言い張り合ってなんになる? くだらん」

 口から熱のこもった息が煙のように零れ、男はアレウスの詭弁を払いのける。

「お主はお主の主張を押し通すためだけに、異界に残る魂の虜囚を見捨てるのだ」

「……分かっている」

「そうだな、分かっていなければ舞い戻ってなどこない。死肉を喰らってまで生き延びて、現世へと逃げていった者なのだから」

 どこまでも男はアレウスを挑発し、見下し、そして否定してくる。


 だが、この男に歯向かうことを本能が止めている。なぜ本能が止めるのかを冷静に分析すると、答えは単純明快である。先ほど口にした「どれに見えている?」という問い。そこで語られた称号はどれも『大いなる至高の冒険者』の称号だった。


 『勇者』、ではないだろう。『勇者』は隠居しているという噂は世界で定番になっている。そしてイプロシア・ナーツェ――『賢者』でもない。そうなると残りの三つの称号の内のどれかになるが、この男の気風は『奏者』という称号からイメージからはかけ離れている。ならば残った『阿修羅』と『戦人』。その称号通りに前線で魔物を屠り続けてきた冒険者に違いない。

 アレウスは実力的にはようやっと『中堅』から『上級』の間ほど。ここまで凄まじい勢いで伸び続けてきたとリスティに言われてはいるが、『至高』の冒険者にはレベルもランクも遠く及ばない。

 攻撃の意思はそのまま、死に直結する。敵うわけがないのだ。


「あなたは、“大いなる至高の冒険者”でありながら、どうしてこの異界に?」

「現世に飽いた……というのは我が定番としている言葉だ。だが実際は違う。我は死人に身を落とさなければならなかった」

「ならなかった……?」

「そうかそうか、“大いなる至高の冒険者”が見た絶望をお主たちは知らなんだか。考えはしなかったか? どうして『勇者』と呼ばれた者たちは表舞台から姿を消したのか、を」

 男は死体を足で蹴り、反応がないのを確かめてから持ち上げて死体の山の頂上へと放り投げる。

「幽世で暮らしていても、堕ちてくる者たちから聞こえる話は片耳に入る。だから『勇者』が隠居したことも、『賢者』がやらかしたことも我にはしっかりと届いている。『賢者』がどうしてそのような思考に至ったのか、『勇者』がどうして剣を振るうことをやめてしまったのか。興味はないか?」

「……ない、わけがありません」

「事実を知ればお主もまた剣を振るえなくなるかもしれんぞ?」

「そうだとしても」

「知的好奇心によって狂わされていった者は何人も見た。お主もその内の一人となることを選ぶか。よかろう」


 不意に発せられた衝撃波がアレウスを打ち飛ばし、男は隆起した岩の一つに乗り、腰掛ける。


「我らドラゴニュートが栄えていたのは神代――神々の時代。世界に未だお主らが栄える気配もなかった頃。世界と神々に逆らい、歯向かう一族があった。神々は怒り、一族は根絶やしにされた。しかしその遺恨は、禍根は、怨恨は大地に深く根を残し、神が振り撒いた膨大な魔力を喰らって次々と悪意ある生命体へと姿形を変えた。分かるだろう? 魔物の誕生だ」

 周囲に魔物の気配を感じ、アレウスは剣を抜いたがどれもこれも向かってくる気配こそあれ姿が見えない。そして男が指を鳴らすと全ての気配が消え去る。

「神は大層、この魔物を嫌い、根絶を誓うもあまりにも滅ぼした一族の恨みが根差しているがゆえに断念。すると次第に魔物の中に王が誕生し、魔物の中から神にも近しい魔力を携える者さえ現れ始めた。俗に言う魔族だ。この魔族はあまりにも強大ゆえに神が滅するには時間が掛かりすぎる。だが、この魔族が生じた頃にはドラゴニュートは人間に狩られる時代へと移り始めていた。ゆえに神は前時代の人間の手によって魔族を滅ぼさせようと企てた。つまりは神々が前時代の人間に与えた信仰の力を利用したわけだ。祓魔の術を授けられた人々は、神の力を信じ疑わず、魔という魔を滅した。神よりも人間という数の暴力によって魔族は簡単に滅んだ。しかし肉体こそ滅せられたが、この魔族は未だ精神を脅かす存在として居残り続け、人に憑依する『悪魔』に変貌した。人間が魔族を滅ぼす力があるのなら、その人間に憑依してしまえばいい。そうすればいずれは神にも届く力を得る。そのように考えるのは妥当ではないか?」

 先ほどから男が語るたびに辺りの景色や気配が一変する。男の言葉一つで情景が変わるのだ。過去を見させられている。そして体験させられている。どれもが錯覚で幻聴だと分かっていても、常に身構え続けなければならない。

「人間が栄え続けている中で、神は大きな見落としをしていた。即ち、人間が神に歯向かった場合のことだ。神は絶対の存在でなければならない。人間が神を襲うなどあってはならない。ならば、人間が人間と争い合って、その中で生じる絶望から神への信仰心を募る。この形が望ましいと考えた。だから人間を一つにはしないように多くの種族を誕生させた。今でこそ種族の数は絞られているが、前時代にはもっと多くの種族が大地に溢れ返っていた」

 見たことのない人の姿をした幻影を見させられる。

「計画通り、人間は人間同士で争いを始めた。言葉、生き方、環境、風土。異なれば異なるほどに手を取り合うのではなく足を引っ張り合うその様は神にとっては滑稽だったに違いない。しかしながら神も笑い転げている暇はない。魔物の中から知性を持った存在が現れた。知性だけならまだしも、人間を襲うのではなく干渉し始めた。神の過去を語られては困る。ゆえに知性を持つ多くの魔物は現世から消し去られた。しかし、神への憎しみを蓄えていた魔物たちは『悪魔』と結託し、世界に恐怖の時代を訪れさせた」

「恐怖の時代……『勇者』が切り払った時代のことか」

 話は凄まじいまでの過去かと思いきや、気付けば数十年前の話になっている。

「神すら手出しできないほどの強大で凶悪な存在。奴が歩けば大地は腐り、老廃物は魔物となって産み落とされる。産み落とされた魔物は知性を持って、特に繁殖能力の高かったヒューマンと繋がり、獣人を生み出した。それはもう爆発的な速度で数を増やしていった。だがこの点において勘違いしてはならないことがある。獣人の誕生は魔物の暴走ではなく、ヒューマンの性的好奇心がキッカケであると。どの種族とも交われてしまうヒューマンはあまりにも業が深いとは思わんか、人の子よ?」

 不敵な笑みを浮かべながら訊ねられるがアレウスには返事のできない問いかけであるため黙っていることしかできない。

「さて、話が逸れてしまったが……『勇者』が恐怖の時代を打ち払うために誕生した。神が与えし祝福を一身に受けながらも気を狂わせることはなく、その肉体は神が与えし加護によって強靭で、どんな魔物にも負けはしない豪傑だった。その『勇者』に認められた者たちも合わさって、五人は強大で凶悪な存在――魔王へと挑みかかった。拮抗する戦い、両者ともに絶対に負けられない戦い。退けば敗北を意味し、進めば勝利を手に入れる。様々な感情が渦巻き、様々な犠牲を辺り一帯に払いながら、遂に『勇者』の剣は魔王の胸部を貫いた」

 情景が浮かぶ。これは、オエラリヌが見た光景だろうか。『勇者』とおぼしき男が魔王と呼ばれる存在に剣を突き立てている。


「世界に平和が訪れる――はずだった。魔王が絶命した瞬間、その身は十二に飛散し、更には憎き世界を丸ごと飲み込まんとする強大な歪みが生じた。『賢者』の力でも押し止めることしかできないその歪みは、誰かの命を犠牲にするしか閉じる方法はなかった。ゆえに我がその歪みに飛び込んだ。魔王の死は、我が死人になった瞬間でもある」

「十二……十二、だと?」

「十二の魔王の一部は大陸のあちこちに飛び散り、それらは同じように歪みを生み出した。しかしながら魔王の死で生じた歪みに比べれば小さなもので、影響こそ少なくはあったが……歪みは世界を喰らい、少しずつ大きくなり、魔王の一部は魔力を糧にして形を成し、魔物を生み出し、次々と世界へと侵攻を開始した。歪みから零れ出した魔物は魔力を求めて人間を襲う。人間を襲うのならば、人間はそれに対抗しなければならない。『勇者』の時代よりも魔物討伐を専門とする冒険者は増え、ギルドの数も増えた。ここまで言えば分かるな?」

「異界獣は、魔王の一部」

「そうだ」

「だったら尚更、魔王の一部は討たなければならない」

「どこで?」

「世界……で……っ!」

「幽世で討てないのなら現世で討てばいいだけのこと。そう思った多くの冒険者が異界獣を現世で数体ほど討ったな?」

「……世界に、魔王の一部が……残って、しまう」

「幽世で異界獣に勝つ方法はない。奴らの巣穴は奴らにとって最大の魔力を供給する場所。どんなに傷付けても、いくらでも回復し続ける。だが、現世で討てば、現世に魔王の一部が残ってしまう。ならば放っておくしかないと思うか? 知っているだろう? 異界獣は互いに互いを喰らい合う。それ即ち、魔王の一部が魔王の一部を取り込むことに同じ。そうやって、魔王の一部は確かに、少しずつ確実に一つになろうとしている。お前たち人間を異界に堕とし、利用し、現世に誘ってもらうために」

「……そう、だ。異界獣は人間が誘き寄せない限り異界から出ることはない」

「異界獣は自らの異界を巣穴にはしているが、その出口を知らない。知ってはいても、出る方法を知らない。しかし人間に誘われれば、出る方法が分かる」


 アレウスは口元を手で塞ぎ、耳鳴りにも似た音が脳を包み、目を見開いたまま、全身が震え出す。


「お主たち冒険者がやっていることは、魔王を復活させることに他ならない。幽世に神の祝福が届かないのはなぜか分かるか? 神が、世界から隔絶されたとはいえ幽世に干渉できないわけがない。なのに祝福を届かせないのは、魔王の一部を誘き出さずに死んでもらいたいからだ」

 男は彼方を見つめる。

「この事実を知っても、お主は異界獣を討つと言うのか? 己が復讐心のために異界獣を討ち、世界に再び魔王を降臨させようと構わないのだな?」

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