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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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力をつけて戻ってきた

「剣を早くに失ってしまいました」

「オレはお前が死んでいない方に驚いたがな。あれほどの一撃を喰らったなら、肉塊になっていてもおかしくない」

「壁に激突する瞬間に『衣』を用いました。それでも回復してもらえなければ死んでいましたが」

 エレスィは割れた眼鏡を眺め、使い物にならないと判断して放棄する。

「剣については予備があります。本命の剣は最後まで抜きはしませんが」

「視力の方は?」

「それを補うだけの実力は備えているつもりですが、やはりボヤけている視界では立ち回りに不安が付き纏います」

 戦場で眼鏡を掛けている時点で弱点を晒しているも同然だ。だからこそ視界に頼らない戦い方をエレスィも学んでいるはずだが、万全ではないのは確かだ。

「僕もアーティファクトを使って魔力はスッカラカンに近い。これ以上、魔力を使ったら寿命を削ってしまうし、場合によっては死ぬ。悪いけどどこかで休むまで戦力には数えないでくれ」

 リュコスとの戦闘でエレスィとカプリースを一時戦力外となってしまった。幸いにも魔狼から逃げている最中に穴を見つけて、界層を渡ることができたため、追撃を受ける心配はない。入った穴は堕ちる穴だった。つまり、更に深くにアレウスたちは渡った。第何界層にいるのかは未だに判明していない。

「陣形――隊列を変える。僕が最後尾なのは変わらないけど、アベリアと二人一組での行動を多く取る。ガラハにはカプリースを守ってもらって、エレスィは……斥候はできるな?」

「はい。森を守る上で必須ですから。でも俺の視界は頼りになりませんよ?」

「視界の部分はガラハに取ってもらう。エレスィには関門の奥にある通路に先回りしてもらう。僕たちはそこに一直線に向かう。これが最低限で最短距離になる。その分、君の身を危険に晒すわけだけど」

「心配しないでください。俺はやるべきことをやる前に死にはしませんよ」


 本来であれば壁に激突すれば即死していたところを、寸前で『衣』を用いてそれを回避し、更には自身を屠る一撃すらも剣が砕けこそしたが防いでみせた。力量については事前に把握していたが、強敵を前にしても足を竦めなかった。

 だが、即死の一撃を防ぎはしたが相応の恐怖は感じたらしく、話している間もずっとエレスィは良い意味ではなく悪い意味で無意識に一種の高揚状態にある。目力が強く、習得しているあらゆる技能を常時発動しているような、そんな気配がある。こんな状態では五分も持たない。


「少し深呼吸をしようか、エレスィ」

 通路を我先にと進んでいたところにアレウスは声を掛ける。

「君はさっき死にかけた。体が強張っている。緊張が解けていない。力んでしまっていて、筋肉に過度なストレスが掛かっている」

「そんなことありませんよ」

「……そうか、だったらちょっと僕の深呼吸に付き合ってくれ」

 アレウスは立ち止まり、提案する。

「実はさっきの戦いで僕も恐怖を感じていて今も体が震えているし、辺りの物音に敏感になっている。感知の技能で気配は掴めていて、どこに魔物がいるかも分かっているのに、そこにはなにもいないと分かっているのに、ちょっとした音でビクついて、体が強張ってしまう。気持ちや神経を整えたい」

 そう言ってから、自分が最も落ち着くペースで息を深く吸い込み、吐き出す。呼吸にだけ集中し、可能な限り脱力する。この異界に漂う臭いはどれもこれも良いものでは決してないが、身体に害があるものではないと分かっている以上、酸素を体に供給は悪いことではない。


 エレスィはしばらくその様を見ていたが、やがてアレウスを真似するように深呼吸を始める。彼から伝わってくる気配が徐々に落ち着いていくのが分かる。悪い意味での高揚感は薄まっていき、肉体に過剰に掛けられていた負荷が緩まっていく。


「それじゃ行こうか」

「あの、アレウスさん」

「助かったよ、エレスィ。君が付き合ってくれなかったら僕は変なところで無茶をしていた」

「さっきみたいなこと以上に無茶なことを?」

「あれはまだ無茶じゃない」

「かなり無茶だったと思うけど」

 アベリアに咎められるアレウスを見て、エレスィは自身が発するべき言葉を飲み込み、ガラハを追う。


「その優しさを僕にも分けてくれると言うことなしなんだが」

「お前はその軽々しさを残しているから気にしていない。アーティファクトを使った判断は正しいけど」

「年下の君に褒められて、ほんの少し嬉しくなってしまっている自分自身を恨むよ。まったく……君たちからの頼みでなければ平気で蹴る依頼だったというのに」

 少しの愚痴を零してからカプリースが歩き出す。その後ろをアレウスとアベリアが付いて行く。


 広間には魔物がいたが、統率性は見られなかった。ワイルドキャットやオーク、オーガ、リュコスのような群れのリーダーとなるべき魔物が見えなかった。ゴブリンの悪知恵がどれほどのものか判断が付かなかったが斥候で奥の通路までの道のりを魔物に気付かれないまま進んだエレスィに向かって、アレウスたちは一塊で突き進んだ。魔物たちに気付かれはしたが明らかな攻撃の意図を示した魔物だけを始末し、最短距離で通路に飛び込んだ。


 通路の奥まで行くと魔物はアレウスたちを追い掛けるのを諦め、広間へと戻っていく。彼らにとって通路は不意打ちを受ける不利な地形という認識があるのだろうか。それでもゴブリンなら利用してきそうなので、通路でも気配感知の技能を解くことはできそうにない。


「しかしながら」

 ガラハは息をつきながら呟く。

「こう、しっかりと異界を探索したのは初めてだな。僅かな傷が死に直結すると思うと、なかなかに精神が削れていく」

「冒険者であるがゆえの言葉ですね。俺たちみたいな冒険者じゃない側にしてみれば、どこにいようと死は間近にありますよ」

「長生きできるエルフが死が間近にあるとか言うと滑稽だね。国を追われたことのある僕やハゥフルにしてみれば、尚更に鼻で笑いたくなる言葉だよ」

 死の感覚は置かれている環境によってそれぞれ異なるが、ガラハの言っていることは理解できる。


 冒険者になると死が遠ざかる。死が軽くなる。死んでも甦るという事実がある限り――死と甦りを経験しない限り、死ぬことへの怖れが薄らいでしまうのは仕方がない。

 だから帝国は冒険者を戦場に送り出し、何度でも甦る兵士として扱おうとしている。軍人よりも高い魔力や技能も利用して、王国や連合に優位に立とうとしている。

 それに対して王国が繰り出しつつあるのが、クローン。連合は既に『不死人』というカードを切っている。それでも王国には絶対的な王族の存在があり、連合は未だなにかを隠している節がある。

 単純な力比べではない戦いに帝国はただ頭数を増やす作戦だけでいいのかどうか。


 帝王がそこまで考えてくれていればいいのだが。でなければアレウスたちもいずれ戦場に赴くことになるかもしれない。いいや、少しずつ召集されつつある冒険者が今まさに犠牲になっているとすれば、その仲間の死の積み重ねによって本当に国が勝ってくれるのかどうか不安になる。


「人のことを考える前に自分のこと、だよ」

 アベリアに言われてアレウスは我に返る。

「大きく物事を捉えるより小さい物事に集中して」

「そうだな……」

 異界にいるのだから異界のことだけを考える。リオンを誘い出すまでの方法を考える。そしてリオンの異界のどこかにいるであろう憧れの人物を見つけ出す。


 それが今のアレウスの原動力だ。


 数分の休憩を終えたのち、通路を進む。広間、通路、広間を繰り返す。先ほどの界層では通路が幾つにも分かれていたが、この界層はとても素直だ。逆走していないかどうかだけが気掛かりであったが、ひたすらに進んだ奥の奥に穴を見つけ、アレウスたちは異界を更に渡る。

 これもまた堕ちる穴だった。これで二界層は下に降りた。つまり異界に堕ちた地点が一界層であったなら、ここは三界層。ただ、リオンは第一界層を最後の追い込み場としている可能性が高いため、恐らくは四界層。もしくは五界層だろうか。獲物を狩り切りたいのなら第二界層もリオンにとって動き回りやすい構造にしたいはずだ。

 過去がそうだった。リオンは二界層を最終感知ラインに定めていた。そしてその空間は関門形式ではなく、とても広い空間だった。


「光が見えるな。いや通路の外も洞窟なのだから光が見えるのも不思議な話だが」

「それは良い兆しだ」

 思い出し、アレウスは呟く。

「薄暗い洞窟に、僅かな薄明かりの洞窟。どちらにしたってこの洞窟に太陽はないけれど、その薄明かりが僕たちにとっては唯一の拠り所だった」

 薄明かりを目指したところで、その先も薄暗いことには変わりない。ただ通路よりも少しだけ、ぼんやりと明るいだけで決定的に明るいわけではない。だが、その僅かな変化こそが指標になる。


 背後にガルムの気配を感じる。


 この通路は驚くほどに狭い。陣形なんてあったものではなく、まさに一人ずつ進めるくらいだ。

「構っている暇はない」

 アレウスは仲間に指示を出す。

「急いでくれ! この通路を出てから後ろのガルムの対処をする!」

 アベリアが後方に魔法の炎を投げる。その火に怯えてガルムの動きが鈍る。エレスィが抜け、ガラハが抜ける。

「魔力は使い過ぎるな。気取られる」

 アレウスはアベリアが二回目の炎を放とうとしたところを止め、油瓶を投げる。魔力の炎は油に引火して更に煌々と燃え上がる。ただの油に魔力の炎が乗ったところで、そこで生ずるのはほんの少し魔力を帯びた炎。つまり、この炎に飛び込んだところでガルムの体は燃えない。


 カプリースが抜けたところでガルムたちがそのことに気付き、炎を身に浴びながら最後尾のアレウスに迫ってくる。


 間一髪、アレウスが通路を抜け出す。ガルムの牙が片足を掠めこそしたが噛み付かれてはいない。そして先に通路から出た仲間がワラワラと出てくるガルムを次々と倒していく。


「ここまで最小限で来られたのは運が良いのでしょうね」

 辺りを見回しながらエレスィは言う。

「明らかに違う空間です」


 洞窟でありながら、洞窟であることすら忘れるような広大さ。地平線は見えはせず、どれだけ遠くを見ても岩の壁が立ちはだかっており、空を見ようと頭を上げても、遥かに高いところに岩に阻まれた天井のみ。

 木々はあちこちに見えても、どれもこれもが朽ちている。倒木と呼ぶには脆くなりすぎており、転がる枝木の一つも掴んだところで砂のように崩れ去る。

 草木の一本も見えはしない。あるのはただただ岩の塊のみ。そして緩急の付いた勾配。移動ですら手間が掛かる。


 そしてこれまでは広間でしか感じなかった魔物の気配を、ここではありとあらゆる方向から感知する。この空間に限って言えば、魔物たちは我が物顔で跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)している。


 改めて思う。

 アレウスとアベリアはよくこんなところから脱出することができたな、と。


「どうかしたか?」

「いや、少し……気持ちが」

「急いているか?」

「多分」

「だろうな。オレも港町で復讐を果たせると思ったときには、気持ちが急いた。だが、それでいい。屈辱も、苦しみも、憎しみも、忘れようがないものだ。要はそれを振るうときに正気を失わないようにすることだ……オレを反面教師にしろ」

「あれはロジックに干渉されたせいでお前の意思じゃなかっただろ」

「そうかもしれない。だが、アレウスたちにゴチャゴチャと言われ続けていたら、もしかしたらオレはロジックに関係なくお前たちを切り伏せていた可能性もある」

 正気の保ち方についてまではガラハも知ってはいないようだが、気を付けろと言うことだけはできる。そしてアレウスは受け取ることができる。


 感無量ではないが、感じ入る物もある。


 あのときはなにもできやしなかった。ただひたすらに、外に出ることだけを考え続けた。

 年月こそかけたが、アレウスとアベリアは戻ってきた。

 今度は討ち倒すために。恩人を奪ったリオンに復讐を遂げるために。


「あっちに集落が見える。魂の虜囚が作ったコロニーだろう。こう言うのはあまりよいものではないが、以前と場所は同じか?」

「いいや、全然違う。鉱石の掘れる場所が変わったから、集落も移動したんだ、きっと」

 カプリースの問いにアレウスは答える。

「単純に私たちの記憶が曖昧な上に方向音痴なだけかもしれないけれど」

「そうかい……まぁ、わざわざ聞いた理由は以前と同じ場所だったなら逆に怪しいからだ。リオンが仕掛けた罠であることも考慮しなきゃならなくなる」

「場所が変わっていても、罠の可能性は捨て切らないでほしい。僕たちも歩調を乱さないようにする」


 本当にあの場所は魂の虜囚が集まっているところなのか。それが分かるまでは、気は抜けない。


 いや、たとえ魂の虜囚が作り出した集落であったとしても、気を抜ける場所では決してない。

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