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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
505/705

理解度

 『地底基軸』。ヴェラルドの手記の最後のページにこの異界はそう書かれていた。アレウスが冒険者になることを決意し、ヴェラルドが遺した荷物の中にあった手記を毎日のように読み耽り、戦う技術と同時に戦う相手を知ることの大切さを学んだ。だからなんとかアベリアと過ごすための借家を得て、子供なりに稼げるようになってからはその僅かなお金の内の生活費以外は古書店に費やした。

 大切なのはなによりも知ること。特にこの世界に蔓延る多くの魔物のこと。精鋭と呼ばれるような強個体よりも、沢山遭遇するであろうゴブリンやコボルト、キックルやガルムといった小型の魔物のことを調べ尽くした。


 だからアレウスはここまで生き抜いてこれた。


 気味の悪い世界の暗転、方角の分からない感覚の流転。それらが過ぎ去ると吐き出されるかのようにアレウスは地面に落ちる。着地はできたものの連鎖的に仲間たちが続いてきたため危うく下敷きになって死んでしまうところだったが、続くアベリアを避けるようにガラハが落ち、その上にエレスィとカプリースが落ちることで凌いだ。

「さすがはドワーフ、頑丈だな」

「たとえ褒めていたとしても、あまり嬉しくはないな」

 上から退いたエレスィの言葉にガラハが少しばかり不満を零す。

「誰一人として離ればなれになっていないのは上々。あとは何界層であるか把握できればもっと……うん?」

 カプリースは自身の違和感に首を傾げる。

「……アベリア――ああ、失礼。君たちのことを呼び捨てにはするけれど、なにも挑発的に行うわけではないことを先に伝えておくよ。ドワーフやエルフと種族名で呼び続けることの方が礼儀を欠いていると僕は思うからね。それで、女性がいるところで聞くのも憚られるけれど、男性陣諸君はなにかこう思うところはないかい?」


「この異界の概念には僕とアベリアが干渉して、性的行為や性的興奮が消失している。だから魂の虜囚が生活している拠点で求められる能力は単純に労働力だ」

「よかった。唐突に僕は不能になってしまったのかと不安になってしまった」

「堕ちてしまった女性たちの貞操は守られるようになった。けれど、同時に働けない子供たちが乞食になる以外に方法がなくなってしまった」

 奴隷商人が行う人身売買は非人道的行為以外のなにものでもないが、死ぬまでの猶予が与えられる。買った相手によっては長く生かされることさえあっただろう。労働力で買われる子供は体格が良く、健康体。買われないのは健康に見えにくい細身の女子供。

 買われないならば、生きる方法は自力で見つけ出すしかない。けれど堕ちた子供には、自身の置かれている状況は分からないし、そこから仕事を探そうと気持ちを切り替えられるわけがない。もし切り替えることができても、そのときにはもう色々と手遅れになっている。

「“灯りよ”」

 アベリアの詠唱によって放たれた光球が辺り一帯を照らし出す。やはり狭い洞窟――採掘のために掘られた穴の、少しばかりの人数が同時に過ごすことができる些細な空間にアレウスたちはいるようだ。

「リオンの異界は洞窟がいつまでも続く。仮初の空すら見ることのできない絶対的な閉塞感を僕たちに与えてくる」

「そうなると、早々に界層を把握するのは重要なことではないでしょうか?」

「リオンの最終感知エリアは第二界層。それより下層であることは確定で、堕ちてすぐに外へと帰らせたくないのはどの異界獣でも同じだから三界か四界」

 エレスィの疑問にアベリアが答える。

「当時は最下層は第五界層だった。それよりもリオンが異界を広げているなら、僕たちはもっと深くを目指さなきゃならない。エレスィの言うようにすぐに僕たちがどの界層にいるのかは把握したいところだけど、魂の虜囚たちの集落や拠点を見つけないとそれも難しい」

 そこにアレウスが付け加えた。

「あとは、魂の虜囚に出会えても界層が分からないこともある。最下層まで行って、そこから第一界層まで渡ることでようやく全体像が見えることも」

 長ったらしく説明していても時間を消費するだけなのだが、エレスィには与えられるだけの知識を与えておきたい。エルフの叡智によってアレウスでは解き明かせなかった異界の秘密にも到達するかもしれないのだから。


「オレたちは実質、お前たちが慕う冒険者の足跡を辿ることになる」

「ああ」

「同じように注意を払い、同じように苦難し、同じように集落を目指す。恐らくはそれで問題ないが、外に出るまでの道のりも同じようにはするな」

「……そうだな。二の舞にはならない」

 アレウスとアベリアはあくまでも過去の記憶とヴェラルドが残した手記から得られた情報でリオンの異界を“理解した気でいる”。それが油断になってはならないし、気を緩ませる理由になってもならない。懐かしさはなくとも、見知っているがゆえに既に攻略したつもりでいる。

 ガラハの忠告を胸に刻む。

 この異界に初めて堕ちた。それぐらいの不安と緊張感、そして必ず生きて帰るのだという決意がなければならない。


「陣形はアレウスが一番前でガラハが最後方。僕とエレスィは半ばで気配を探るという形でいいかい?」

「オレが前を歩く方が正面からの攻撃は防げるはずだが」

 彼の鎧の隙間からスティンガーが現れ、アベリアの光球のように仄かに辺りを照らす。

「そうだな。ガラハは動きやすいはずだから僕が最後方で感知する。アベリアやエレスィ、カプリースを半ばに置く」

 アレウスが前方でも守ることはできるが、武器となる短剣が心許ない。まだグリフとヴィヴィアンに注文した武器は完成していないため、実力と武器に絶対的な強さを持つガラハを前方に置くべきだ。三日月斧を振り回せない通路での立ち回りを考慮して手斧も持ち込んでくれている上に洞窟慣れしていることも含め、これ以上ない盾役を担ってくれる。そうなると後方からの奇襲を防ぐのがアレウスの役目となる。感知の技能、そして狭い場所での活動を好むアレウスにとって閉塞感はさほど気にならない。まずはこの雰囲気に慣れてもらうためにもカプリースやエレスィにはアベリアの護衛に回ってもらう。

「俺の剣はこのくらいの洞窟でも平気で振り回せますが、そこのヒューマン――いいや、礼儀を欠いていると言うのでしたら俺も改めましょう。カプリースさんの鎗はどうなのでしょうか?」

「もしも洞窟で鎗を使うのなら、刺突を中心にするよ。取り敢えずは君と同じように剣を握る。あとは……本気で鎗を振り回すときには気にしなくて結構だよ」

 戦ったからこそ分かっている。『清められた水圏』の『継承者』であるカプリースの鎗は、いざとなると物体を通過する。切り裂きたい相手に接触するときだけ穂先が固体化する。それを自在に行えるのなら、彼にとって狭さはデメリットにならない。パーティとして起用したいと思った理由もそこにある。どんな場所でも自分が一番得意としている武器を振り回せ、それを振るうべきタイミングを見極めることのできる判断力も持ち合わせている人物。仲間でその資質を欠いている者は一人としていないのだが、この異界では様々な要因で立ち回りに影響が出てしまう者たちの中で、カプリースだけがその制限を受けない。


 さすがに仲間ほどに彼を信じてはいないのだが。


「聖水での武器の浄化を怠らないようにしていこう。リオンの異界には獣型の魔物が多く出る。容易に臭いで辿られる」

「僕の水でもある程度の浄化は行えるよ」

「まだまだ先の見えないこの時点で魔力を消耗してほしくない。持ち込んでいる聖水での浄化を優先する」

「リーダーがそう言うのなら」

 ただ聖水以外の選択肢もあるという提示をしてくれたのだろう。


 陣形は決まったのであとは進む方向だが、運が良いのか悪いのかこの空間は行き止まりだったため、ガラハを先頭にしてアレウスたちは一つしかない通路を進む。

「このまま進めばいいだけか?」

「いいや」

「これまでの異界獣と違って、リオンは明確な関門形式を敷いている……はず」

 アレウスが首を振り、アベリアが伝える。


 通路、広間、通路、広間。一部の界層を除いてそれを繰り返す。そのため、通路を進めば必ず広間に着く。それも複数の魔物が行く手を阻むようにたむろしている場所だ。


 案の定、見えてきた広間はそれなりの広さを持ってはいるがその中央付近ではガルムとワイルドキャットが群れを成している。その内の一匹は既にこちらに気付いており、ハウンドと合わせてワイルドキャットがジッとこちらを睨む。ガルムは特攻隊であるかのように群れのリーダー格の指示を待たずして一気にアレウスたちへと襲い掛かる。

「“火よ”」

 アベリアの魔法で前方に魔法の火柱を噴き出させる。その強い光源と不明瞭な形がガルムたちの獣としての本能を刺激し、後退させる。

「交戦はなるべく避けたい。倒せば倒すほど臭いを嗅ぎつけて数が増える」

「ガルム程度ならまだしも、そこにゴブリンが混ざり始めると悪知恵を働かせるでしょうからね」

 火柱から火を借り、魔力の炎で灯る松明を獲得する。それをかざしながら広間の端をアレウスたちは歩く。尚もワイルドキャットはこちらをジッと睨んだままではあるものの、襲い掛かる様子はない。


 力量の差が分かっている。ガルムへの対処を見て、ワイルドキャットはアレウスたちへの襲撃を諦めた。だが、それでも縄張りを荒らすような真似をするなら攻撃する。睨んでいるのはその意思表示だ。

「通路を抜けても後ろに気を配ってくれ」

 ガラハは見えてきた通路に向かいつつアレウスに願い出る。

「勿論」

 そう答えつつ、アレウスたちは先に進む通路へと入り込む。すぐに後ろを向いて、アレウスは松明で広間の方を眺める。そのまま後ろ歩きをしながらパーティの進軍を維持し、通路をかなり進んだ付近で正面に向き直った。ワイルドキャットが通路まで入り込んでくる気配はやはりなく、難を逃れることができたらしい。

「僕たちなら増援が来てもどうにかなりそうなものだけどね」

「アレウスさんが俺たちに戦わないようにしたのは、実力でねじ伏せることが難なくできるからではありません」

 エレスィはカプリースに言う。

「ガルムやハウンドを難なく処理し、ワイルドキャットも容易く倒すことはできたでしょう。そこから来る増援のゴブリンとも悪知恵の裏を掻けばいくらでも倒す手段はあります。ですが、それが異界獣への刺激になってはいけない」

「言うじゃないか、エレスィ。そしてアレウスがなにも言ってこないところをみると、その意見が正しいようだ。魔物憎しの感情を僕も控えなければならないらしい」

「理解が早く、引き下がるのも早いので驚きました」

「僕はなにも喧嘩を売りたくて話をしているわけじゃないんだよ。普段からこういう口振りで、女王のためならなんでもしていたせいもあってどうにも勘違いされやすいんだ」

「女王のために、ですか」

「ああ。たとえ種族が異なろうと、僕は女王のためなら死ねる。それだけさ」

「…………その生き方、敬服に値します」

「急に敬わないでくれ。さっきまでの調子でいい。そう、さっきまでが丁度良い」

 カプリースとエレスィは少し打ち解けたようだ。


「次の広間だ」

 ガラハが囁くように呟き、全員が黙り込む。陣形を一度崩して、全員で通路から広間を覗き見る。

「……参ったな」

 アレウスは頭を掻く。

 オークが三匹、広間の中央でたむろしている。ゴブリンがどこかにいないかと気配を探ったがいない。

「はぐれか」

「群れに必要ないから追い出された?」

「ああ。人間だって追放するんだから、当然だろう」

 魔物の間でも起こる現象だ。ただ魔物の場合は不要だから追放されるのではなく戦力として過剰だから外される。強ければ強いほどいいのだが、群れに強者を置き過ぎると統率力が乱れる。同時に獲物の分配が回らなくなる。だからあのオークは三匹揃って放り出された。しかし、放り出されこそしたが、はぐれ者として広間の一つを牛耳っている。

「オークはさっきの獣たちに比べて頭が良くありませんよ」

 エレスィは醜悪な見た目のオークに嫌悪を見せながら呟く。

「こちらを視認したら敵意があろうがなかろうが突っ込んできます。火に怯えもしません」

「知っているとも」

 崩壊した街で交戦した経験がある。あのときはかなりギリギリだったが、今なら簡単に鼻を潰しに行ける。

「奴らの体躯なら通路までは入ってこられない。走り抜けるか?」

「雄叫びが尾を引く。それに、通路に入れないならどうしてここにオークがいるの? 不思議でしかない」

 ガラハの提案をアベリアが拒否する。

「はぐれ者なら倒しても、すぐになにかは起きない」

「倒すのかい?」

「アベリアの言う通り、倒したいところだ」

 アレウスは先に進む通路を二つ見つける。

「いや、倒したい。倒したあと、広間の隅に固まろう。はぐれのオークを倒せば、その魔力を欲して魔物が動く。魔物が出てくる通路が先に続いている通路だ。もう一方は多分、行き止まりだろう」

「どっちからも魔物が出てくるようでしたらどうしますか?」

「そのときは虱潰し……だろうな。なんにせよ、オークの死体を誘引(ゆういん)(ざい)代わりにする。しばらくはその魔力に夢中でこっちには気付きにくい。もし気付いても、先に食べられる魔力を食べてからだ」

 わざわざ戦わなきゃ得られない魔力よりも、なんのリスクもなしに得られる魔力を魔物は選ぶはずだ。ゴブリンがどう動くかが怪しいところだが、正しい通路を見分けるためにもここは無理をしてオークを仕留めに行くのが望ましい。


「ガラハは惹き付けを頼む。アベリアをカプリースが護衛。エレスィと僕が一匹ずつ倒す。ただ、これはあくまで最初の方針。状況によって柔軟に切り替えてほしい」

 作戦は決まった。ガラハが通路から飛び出し、オークたちの目を惹き付ける。エレスィが剣を抜きつつも息を潜め、アレウスもまた気配を消す。


「“火の玉、踊れ”」

 火球を三匹のオークにぶつけて二匹がガラハではなくアベリアに向いて駆け出す。

「通さない」

 カプリースが指を鳴らし、そして指先を向ける。彼の前方から解き放たれる水流が二匹のオークを押し、その体幹を揺らしてバランスを崩させる。エレスィと同時にアレウスが駆ける。

「鼻を」

 アレウスの指示を聞いてエレスィが跳躍し、一瞬の剣戟がオークの鼻を切り裂いた。痛みに打ち震える個体はそのままにアレウスは態勢を立て直したオークが振るう棍棒を避け、その腕に跳躍して乗り、短剣ではなく剣を鼻に深く突き立て、縦に振り下ろす。


 二匹のオークが悲鳴を上げ、ガラハに注視していたオークは翻る。それを見逃さずにガラハが三日月斧でオークの右足の(けん)を切り裂いた。エレスィがすぐに彼の傍まで駆け寄り、再びの一瞬の剣戟で追撃を行う。


 オークが棍棒を投げる。

「それはさせない。そのワンチャンスは通させない」

 アベリアが防御のために炎を展開しようとしたがカプリースが水の盾で凌ぐ。

 おかげで彼女には別の魔法を唱える余裕が生じる。


「“魔炎の弓箭”!」

 炎の矢がオークの胸部に突き刺さり、矢の先端から魔力が注ぎ込まれ内部から肉を焼かれ、炎を噴き出す。一匹のオークが沈む。もう一匹は腱を切られてまともに動けず、その場で棍棒を振り乱しているがアレウスは足元に滑り込み、呼吸を整え直して頭上へと飛刃を放つ。鼻先を飛刃が掠めて、オークが悶絶する。跳躍したガラハが三日月斧を振り下ろし、頭をかち割った。残った一匹をエレスィが整った足運びで惹き付けつつ、ガラハとアレウスが左右に展開したことで注意散漫となったオークに真正面から飛び掛かり、喉元に突き立てることで絶命させる。


「聖水を!」

 アベリアがアレウスたちに素早く小瓶を投げて寄越し、剣や三日月斧の血の汚れを払い、清める。そして急いで広間の隅へと固まって移動して動向を見守る。


 多数の足音がして、ゴブリンたちがオークの死骸に群がる。同時に通路の上部を破壊しながら先ほどよりも体躯の大きなオークが現れる。しかしアレウスたちを見るよりも先に死骸を見て、不快な雄叫びを上げながら駆け寄っていく。その後、数分は待ってみたが残りの魔物が現れる様子はない。


「行こう」

 ボソリと呟いたことを指示として、アレウスがみんなに進軍を促す。全員がか細いほどの呼吸を繰り返しながら、オークたちが現れた通路へと身を潜り込ませた。

「成功ですね」

「驚くほど冷静な太刀筋だったな。ガルダの剣術にも引けを取らない」

「そうでしょうか……荒々しく戦うのではなく、自らが持つ『衣』のために静かに冷静に剣を振るえと学ばされてきたので自信はありませんが」

 ガラハに褒められてもエレスィは謙遜する。

「俺はカプリースに謝らなければなりません。あなたの力を過小評価していました」

「そのまま過小評価してくれていていい。危なっかしい奴がいると思われている方が、視界は広く取れるものだよ。けれど、アレウス? これも期待していたのかい?」

「実力は推し測っているよりも、全員が見た方が手っ取り早いとは思っていた。僕は分かっていても、全員は全員の実力を分かり切ってはいなかったから」

 だから疑心が生じていた。だからやや言葉が攻撃的になっていた。このパーティにあった微妙な雰囲気は、この一戦で取り除かれた。


 よって、慢心さえしなければ異界探索でつまずくことはもうない。

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