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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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ようやく


 寒村――ラタトスク。リスティから事前に村の名前を教えてもらってはいたものの、やはりピンとは来ない。幼少期に生まれ育った村の名前ぐらい記憶の片隅にあるはずなのだが、思い出せないらしい。それとも思い出したくないから思い出そうともしていないのか。

 アレウスは自身が幼少期に生まれ育った村を眺めても、そこにあるはずの多くの記憶が自身から欠落していることに軽いショックを受けた。村の雰囲気が変わったためか、それとも村の構造が昔と変わったせいか。原因は幾らでもあるのかもしれないが、それでも断片的に思い出せることぐらいはあるだろうと高を括っていたが、アテが外れた。


 せめてどの家で暮らしていたのかぐらいは思い出したかった。それさえも曖昧である。なんとなく、もしかしたらこの道を進んだ先だろうかなどという確証性のないものを頼る自分自身が虚しい。故郷を前にして懐かしさを感じない。住んでいた家すら思い出せない。

 だったら、故郷と呼べるのか。故郷と呼ぶべき前提の条件全てが手元にないのに、それでも故郷だと自信を持って言ってしまえるのか。悩みは尽きない。


「どう?」

 アベリアが心配そうに訊ねてくる。なにかを思い出せているかどうかが知りたいのだろう。なのでアレウスは首を横に振った。

「さっぱりだな」

「そっか……私もアレウスみたいに生まれ故郷に行くことがあっても同じだろうから、気にしなくていいと思う」

 妙な励まし方だが、その言葉が沁みる。やはり自分だけじゃないのだと思えることで気の持ちようが変わる。


 ラタトスクは皇女の命令によって村人全員が一時避難という名目で退去している。その間の村人の世話は全て帝国軍人が用意した簡易拠点で行うのだが、彼らの不平不満が限界に達する前にリオンを討伐しなければならない。


 人がいないことが逆にアレウスにとって記憶の再生に靄がかかっているのかもしれない。もっと人が出歩いている姿や話している姿を眺めることができていれば、などと思っても仕方がない。

「僕の記憶はあとでいいんだ」

 そう、リオンを討伐してからでも一向に構わない。討伐さえしてしまえばラタトスクに住んでいる村人から話を聞く機会はいくらでもある。ただしそのとき、ラタトスクが村として形を成しているかどうかは考えないようにしなければならないが。


 そうなると余計に生家を見つけ出したくなる。せめて、当時の自分がどういった生き方をしていたのか。それぐらいは知ってもいいではないか、と。


「むやみやたらに村中の家を引っ掻き回すと皇女に首を切られるよ」

 クラリエに釘を刺される。


 村人の一時避難の間にアレウスたち冒険者と帝国軍人には制限が与えられた。それは、村人の私財や家財の全てに手を付けないこと。調べものをする程度なら構わないが盗みや破壊を行えば、問答無用で処刑とする。その旨を伝えられ、冒険者の一人が鼻で笑ったところを帝国軍人が複数人で拘束して連行された。あのあと、冒険者がどうなったかは分からない。首を刎ねられても甦ることができるが、このアライアンスには参加できなくなっただろう。

 帝国軍人にとって一番悲惨な末路は処刑である。戦場に立って死ぬのなら、まだ国に忠義を果たしたと言える。そこでどれほど無様で惨めな生き恥を晒したとしても、国を守るために戦場に立ったという英雄的行為は非難されるものではない。しかし、戦場にも立たないままに、一切合切の国への忠義すら果たさないままに、村人の私財に手を出したという理由だけで首を刎ねられる。これほど家柄と、なにより自分自身が築き上げてきたものが崩されるものもない。だから冒険者以上に帝国軍人に皇女の制限は意味を持つ。相互監視の状態となり、同時に冒険者も監視下に置かれる。アレウスたちも例外ではない。これから異界に続く穴を発見しなければならないが、そのために村に被害を及ぼすような行動を取ることは決して許されていない。


「物盗りをするつもりはないんだ。僕が産まれた場所だっていう決定的な証拠が欲しいだけだ」

「証拠なら、異界の穴を見つければそれで十分ではありませんか?」

 眼鏡を掛けたエルフの男性――エレスィが言う。

「ここがあなたの生まれ故郷であるなによりの証拠は、あなたが堕ちた穴を発見すること。それだけで確たる証拠となると思うのですが」

 そこまで言って、周囲の視線が自身に向けられていることに気付く。

「申し訳ありません。少々、感情が荒ぶってしまっていたようです」

「あんまり責めないであげて。エレスィは今回の一件、断るつもりだったから」

 クラリエが事情を説明する。

「まだまだエルフへの懐疑的な視線は消えないままで、森のことも森に残しているイェネオスのことも心配で……それでも、私たちエルフを絶望的な終焉から救い出してくれたアレウスのためなら、って」

「『大賢者』の暴走を知っているのはごく一部のエルフだけに限られています。そのせいで森のエルフたちにすら悪者扱いされることが増えていますから、どうしても外でどうこうよりも内側である森の治世を優先したくなってしまいまして」

「別に悪くは思っていない。むしろその通りだなと思ったよ。あのときにしか大した言葉も交わしていないこんなヒューマンにわざわざ手を貸してくれて感謝しかないよ、エレスィ」

「可能であれば、もっと早くにお伺いしたかったのですが、クラリェット様がアレウスさんと再会してから外に出る回数が増えたため、森の事情や俺たちの事情は聞いているだろうと後回しにしてしまいました。その不義理をここで断ち切りたいと思ったまでのことです」

 ただし、とエレスィは付け足す。

「空から牽制を仕掛けてくるガルダや、森をただただ荒らす獣人までいるとは思いませんでしたが」

「安心しろよ。テメェと異界には行かねぇから」

「空を飛んでいるガルダに矢の一つも当てられない地を這う者になにを言われても、どうと思うこともないな」


 しっかりとエルフと獣人とガルダが小競り合いを起こす。カーネリアンとノックスは和解ではないが、それとなく互いの実力を認めている節があり、そこにクラリエが混じっても衝突は起きない。だが、森の外の事情、その多くを知らないエレスィが混じると良くないらしい。


「種族間で刃を向け合っている場合ではないぞ」

 ガラハに言われてカーネリアンとノックスは素直に引き下がるが、エレスィは未だに文句をブツブツと呟いている。

 人選を誤ったわけではない。エレスィはここから妥協点を見つけ出せるとアレウスは踏んでいる。イェネオスにできてエレスィにできないわけがない。

「それで、異界の穴の心当たりは?」

「リオンが人間を異界に堕とす方法は『落とし穴』。つまり、突然足元に穴ができて堕ちる。異端審問にかけられた僕は再起不能な状態から、文字通りに穴に堕とされた」

 あのときに設置されていた処刑台のごとき異端審問の仮設施設も取り払われていて、そのあともない。アレウスは壇上に登らされて、抵抗する能力を奪われた状態で横たわり、足元の床が開くことで穴へと堕とされた。

「私は奴隷商人から逃げているときに、踏み付ける地面がなくなって、そのまま吸い込まれるように堕ちた……はず」

「だったら探すにしても別々には動かない方がいい。個別に動いているところを一人ずつ堕とされたらたまったものじゃないよ」

 ヴェインの言う通り、単独で村を探索して突如、リオンの落とし穴に堕ちてしまっては元も子もない。

「可能な限り、目の見える範囲で動いた方がいいよ。ちゃんと全員が全員を認識できる状態だ。でないと、誰か一人に任せてしまうとその一人が目を離した瞬間に、ってことがあるだろうから。感知の技能があるなら、それに頼ってしまっても構わないけれど」

 仲間の一人が見てくれているから自分は見なくていいという状態は気を緩ませる。エレスィは渋っていたがヴェインの言っていることは正しいため、最終的に賛同の意思を示した。


 仲間内でも互いに互いを見守る状態を維持しつつ、村の中を歩き回る。知っている道ぐらいはあってもいいのだが、どれもこれもに記憶がない。

「『異端審問会』が来る以前とあとで、ひょっとしたら村のなにかが変わったのかもしれませんわ」

 クルタニカが思い出せないでいるアレウスに声を掛ける。

「たとえば村人のロジックに干渉して『異端審問会』が来た記憶すら書き換えてしまっていれば……もしくは、あなたの存在そのものを忘れるように書き換えられていれば、村の人たちはあなたに関わるあらゆる物を邪魔と考えて、廃棄してしまいましてよ」

「あり得る、な」

「あなたに限らず、あなたの家族全員の記憶が村人のロジックから消されて……尚もその状態を維持しているなんて、思いたくもありませんけれど。一体どこの誰が、そこまで強力で凶悪なロジックの書き換え能力を持っているんでして……?」


 そう。全ての人間はロジックを持っているが、同時に抵抗力を有している。書き換えられることがあっても、僅かな歪みで気付きが生じて一気に書き換えられる前の状態へと戻る。場合によっては長い月日をかけるが、それでも半年や一年が限度とされている。カーネリアンが極めて長期間、ラブラの制御下に置かれていたのはあの男が逐一、ロジックの書き換えを続けていたからだろう。

 つまり、こまめにロジックの書き換えを行い続けない限り人間はいずれ書き換えられた部分に気付き、元の自分へと戻っていくはずなのだ。その例外として異質な存在であるテッド・ミラーやヘイロン・カスピアーナがいる。しかし彼らがリゾラの言うような「ロジックに寄生する存在」であるのなら、寄生し続けることがロジックに干渉し続けることであるため、常に書き換えが行われ続けていることを証明している。


 だからこそ、クルタニカの推測には無理がある。寒村とはいえ村人は数百名を超える。その数百名全てのロジックを書き換えたのち、そのままずっと書き換えられたことに村人が気付かないまま何年も過ごし続けているなど、通常ではあり得ない。


「ここに来れば、なにか一つぐらい手掛かりにも近しい足跡があると思ったのですけど、やはり『異端審問会』は痕跡すら残していませんでしてよ。あるとすれば村人のロジック……しかし、それを覗いたところで消された項目があることを確認できるだけでしてよ」

 それもクルタニカの推測だ。ひょっとすると村人のロジックには痕跡が残されているかもしれない。だが、村人のロジックを理由もなしに調査するのは難しい。皇女もそこまで認めてはくれないだろう。


「そもそもどうして、アレウス君は『異端審問会』に異端だと判定されたんだろうねぇ。それが分かれば、奴らに続く手掛かりにもなりそうだけど」

 周囲を調べながらクラリエが呟く。


 なぜ、異界に堕とされたのか。その理由が分からない。しかし理由が分かれば今後の『異端審問会』の動きも分かる。『聖骸』を一つ残らずこの世から喪失させ、冒険者が甦ることができなくなるようにする。それ以外の壮大な野望も見えてくる。

 全てはアレウス自身にある。自分ですら知らない理由が絶対にあるはずなのだ。


「君たちの目は節穴なのかい? いや、異界の穴と掛けているわけではないよ? ただ、本当に頭が回らないんだなと呆れているだけさ」

 水が地面から湧き立ち、何度も波打つように縦に横にと拡縮を繰り返してようやく人の形となる。

「一年以上経っても悪い頭は悪いままでは、僕が疲れてしまうだろう?」

「カプリース」

「なにかと恩を押し付ける機会があって嬉しい限りだよ、アレウス。今回も、そして前回も」

 リスティがカプリースから受け取った『水の護符』について言っているのだろう。

「こっちも忙しい身ではあるけれど、帝国にではなく君に恩を押し付けられるのはなによりもありがたいことでね。だって君は、押し付けられた恩をなんとしてでも返したがるだろう? ハゥフルにまたなにか問題が生じたとき、否応なしに駆け付けざるを得ない君という存在が、僕らには必要なんだ。そう、恩のためならどんな雑用もこなしてくれるような、使い勝手のいい存在が、ね」

 一年前と出で立ちも、雰囲気も、意地の悪さも変わっていない。少しばかり髪型に変化があろうとも、芯の部分がブレていないせいで成長を感じない。


 むしろ成長されていても迷惑なのだが、とアレウスは思う。


「その点は君のような獣人に対しても同じ気持ちでいるよ?」

「セレナは別にお前に助けられたわけじゃない」

「でもハゥフルの小国には留まっていただろう? それだけで大きな大きな恩を押し付けられていると思っているよ。まぁ獣人も直近だと大きなことがあったみたいだけれど、そんなことで僕は止まってもいられない」


「女王に言いつけるぞ」

 ピタリ、とカプリースの動きが止まるだけでなく発していた強者感が薄まる。

「私はハゥフルの女王のワガママを聞いて、エルフの森まで運んだ。貴様が言うところの恩を押し付けた側のガルダだ。それ以上、不快な言葉を並べ立てるようならその態度、その傲慢さ、全て恩を押し付けたハゥフルの女王に言いつけよう」

「はっ、出来もしないことを」

「出来る。運んでいる最中に私は女王と意気投合している。私の言葉を疑うこともない」

 カーネリアンは容赦なく言葉を並べ立てる。

「…………これだからガルダは」

 演説でもしそうな勢いだったカプリースが捨て台詞を吐いて静かになった。

「それで、頭の悪い私たちはどこを探せばいい?」

「『落とし穴』という形式を取るのなら、地面に突然作り出すよりも、普段から穴と同化している方がいい。この村に異界の穴があるという確証がどういうわけか君たちにはあるみたいだから言っておくと、異界獣は常時、罠を張っているわけじゃない。ここぞというときに罠に掛ける。それまでは、異界の穴は目立たないところに隠している。その方がなにかと都合が良いだろう? 魔物が外に這い出すときに穴を目撃されるよりは、されない方が討伐されにくいんだから」

「穴……穴、か」

 アレウスは地面を見つめる。

「下水……か」

 思考はすぐに答えに行き着く。それもこれも王国の砦潜入のために下水路を使ったためだ。良い思い出ではないが、思考の幅は広がった。村や街の規模にもよるが――場合によっては規模が小さくとも下水処理能力が発達している場合がある。

「この村は色々なところに下水用の穴が空いているよ。普段は蓋をされているけれど、この蓋には隙間があって雨水を流してくれるみたいだ。この雨水の処理に力を入れようから、この村は雨季かもしくは寒冷期ののちの雪解け水のような水害に悩まされていると分かる」

「汚水処理のために共用の穴を使っているのかもねぇ」

 クラリエが地面の蓋の一つを開けて、呟く。

「下の方には横穴が空いていて、最終的には近場の川まで流れていくのかな。流れるまでは放置ではあるけど、地下に虫が湧いても地上には出没しにくいかもね。まぁ、土壌汚染が深刻だろうけど」

「さすがはハーフエルフにして『賢者』の娘。けれど、そうやって対策もなしにいきなり蓋を開けるのはリスクを伴う。地下で発生したガスを吸えば簡単に人間は死ぬ。そして、腐敗は同時に病原体を呼び寄せる。今回、君は奇跡的に無事ではあったけれど、もしも虫の一つにでも喰われていれば、その体は未知の病魔に侵されていたことだろう」

 言いつつカプリースが指を動かし、生じた水気がクラリエを包み込み、そして弾けた。水魔法による肉体の浄化を行ったのだろう。

「筋が通っているけれど、あまり親交を深めたいとは思わないヒューマンですね」

「僕も君みたいなエルフとは交流を控えたいと心の底から思っているよ」

 エレスィはカプリースに挑発的なことを言うが、彼は意に介していない。


「だから種族間で刃を向け合ってどうすると言うんだ」

 やはりガラハは呆れている。

「それで、蓋を一つ一つ開いていくたびに水魔法で浄化してもらわなければならないのか?」

「それを僕も手間だと思っている。だからここはアレウスの勘を頼らせてもらいたい」

「僕の勘?」

「君なら容易く見つけ出せると思っているよ。一度で駄目ならきっと十度目までには」

「どこにそんな根拠が」

「ない。でもよく言うだろう? 『信じる者は救われる』とね」

 アレウスは信仰対象ではない上に神でもない。言葉の使いどころを間違っている。


 しかし、カプリースの言葉に限らずほぼ全員の期待がアレウスに向けられているのは事実だった。『アレウスは閉塞的な状況の打開をする』という考えが共通認識としてあるらしい。打開したのではなく別角度から捉えることで見えていなかった部分を見つけ、突破口としてきただけだ。その突破口が塞がっていればどうしようもない。実際、打開も突破もできないままに中途半端に終わってしまったこともある。


「勘…………勘と言われてもなぁ」

 確証でしか動いたことがない。勘だけを頼りに動くのは戦闘中だけで十分だ。それも相手に戦い方を読み取ってからになるのだが。

「…………なるほど、そういう考え方もできるか」

 答えを得たようにアレウスは呟き、自身の右腕を見つめる。


 この腕、そして片耳はリオンの異界で得たものだ。持ち主が未だ異界に残されているのならば、腕も耳も戻りたがるに違いない。

「そうだ、ノックス? 僕は簡単に決めたけど、君は」

 腕で思い出し、ノックスに向く。

「兄上の死体にワタシが拘っていると思うか? ああ、拘っているとも。だが、私情で物事を決めれば大惨事を引き起こす。なに、我慢ぐらいできる。でも、もし会うことがあったなら伝えてくれ。妹の二人は立派に生きていると」


 リオンの異界で『蛇の眼』をアレウスは得た。そこにはノックスの兄の死体が、もしくは魂の虜囚がいる。会わせるべきかもしれないと思い立ったが彼女はあくまでこちらの決定に従うつもりのようだ。


「配慮が行き届かなかった」

「仕方がねぇよ。お前にとっちゃ失敗したくねぇことなんだろ? 他の事情なんて考えるな。脇目も振らず、自分自身を見つめていけ」

 背中を文字通り押され、アレウスは小さな呼吸を繰り返す。腕や耳に問うように、心の中で呟く。


 お前たちはどこへ行きたいのか、と。


 引き寄せられるように、アレウスは歩き出す。腕が、耳が、自身の体を動かしているような感覚がある。だから黙って道を歩き続け、この村一番の大通りに出る。

「ここだ」

「目立ちすぎる場所のような気がするけど」

「ううん、ここ」

 クラリエの呟きにアベリアは否定しながら断言する。

「ここだよ、絶対」


「蓋を開ける前に、全員を水魔法の膜で覆わせてもらう。ガスや病魔対策だ。中に巣食っている虫の数々は僕たちを襲わない。けれど、確実に拡散してしまうから」

「それを私たちが焼き払えばいいのか?」

「氷漬けにすることもできましてよ」

 カーネリアンとクルタニカが意気込んだ。

「なんとも頼もしい味方ばかりじゃないか。その人を惹き付ける生き方が、実に憎らしく好ましい。だからこそ、僕なんかはどうでもいいけれど君を失うことは世界の損失だ。判断を見誤るな」

「俺たちはアレウスさんとアベリアさんを守るように動きます。たとえ犠牲になってでも」

「死んでもオレたちは恨まない」


 一通りの覚悟を聞かせてもらいつつも、そんな結末には決してしないということを心に誓いつつアレウスは下水への蓋を開ける。


 異界の穴。いつかに見て以来ではあるが、懐かしさなどない。そもそも異界の穴の判別などできない。それでも、ここにあるのはリオンの異界へ続くものだと、どういうわけか思ってしまう。

 もしも違ったなら、皇女にどう言い訳しようか。そんな考えもあったはずなのに、一瞬で吹き飛んだ。


「それじゃ、手を繋ごうか。バラバラに堕ちてもロクなことがないから」

 アレウスたち五人が手を繋ぎ、残りの仲間がそれを見送る。下水の穴は人が一人分、通れるか否かであるため一斉には飛び込めないが、一人ずつ堕ちるようにして巻き込めば問題はない。

「必ずリオンを異界から引きずり出す」

 そう告げて、アレウスたちが異界の“穴”へと堕ちる。

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