班分け
*
「自治に時間を割いている時間はないと言ったはずなのだが」
オーディストラはエルヴァに明らかな嫌悪を示す。
「私は皇女として誰よりも前線に立ち、誰よりも国を想い、誰よりも勇猛に、誰よりも豪快に、誰よりも己のために戦わなければならない。皇族とはそういうものであろう? 民より後ろで声高に叫んだところで誰一人として付いてはこない。皇族と統治者の役割は同一ではあるが、時として分割されなければならないものだ」
エルヴァは片膝をついた姿勢を崩さず聞き続ける。
「統治は各地の自治に任せる。私は王国を滅ぼし、エルの無念を晴らさなければならない。であるのに、一刻の猶予も許されてはいないこの私に……貴様は片田舎へ冒険者部隊を編成し、その指揮官として立てと申すのか?」
「はい」
たじろがず、怯えもせずエルヴァは答える。
「皇が立たねば民が続かない。それには同調することもできますが、勇猛果敢に挑みかかって返り討ちに遭った場合、残された民は一体なにを心の支えとして生きればいいのでしょうか」
「私が無知にも王国にただ突き進むとでも思っているのか?」
「いいえ。しかしながら復讐は時として絶体絶命の状況を絶好の好機と思い込んでしまうことがあります。勿論、オーディストラ様はそのような判断力の欠けた状況に陥ることはないでしょう」
「ではなぜ、寒村へ冒険者の部隊を向かわせる?」
「異界獣」
「……ほう?」
「古い伝手を辿り、とある寒村に異界の穴が現存し続けているという情報を得ています。異界より異界獣を誘き出し、アライアンスを組んだ冒険者の手によって葬り去る。異界の消失は国を安寧へと導く柱の一つ。これを逃さぬ手はありません。なにより、異界獣を討ち倒した統率者という格は、王国にとっても脅威となります。ただの皇女ではない、力ある皇女が帝国の未来のために立ち上がったのだと王国に知らしめるだけでなく、帝国全土に伝聞させることにより、前線で戦う兵士たちを鼓舞し、同時に士気を高めることができます」
「古い伝手……古い伝手、か。含みを持たせた言葉ではあるが、しかしながら私も復讐に身を染め切っているわけではない。異界獣がどれほどの脅威であり、異界がどれほどの民を呑み込んできたか重々に理解している」
「この総指揮にして部隊の隊長を任せられるのはオーディストラ様しか、いないのです。皇帝陛下は連合と王国との二方面との戦争で手一杯」
「皇女の私が異界獣を仕留めれば、父上も私を評価してくださる」
「その通りでございます」
「いいだろう。その話、レスィに通さずとも私が認める。しかし、冒険者をどのようにして集める?」
「ここに」
エルヴァは懐から複数枚の契約書を取り出し、オーディストラに見せる。彼女はエルヴァから契約書を手に取り、一枚ずつ読んでいく。
「バートハミド、シンギングリン、そして帝都の周囲に点在する街や町にあるギルド長には既にアライアンスの話は付けてあります。シンギングリンは未だギルド長が見つかっておりませんので、仮としてリスティーナ・クリスタリアを代表としております」
「……私がもし断っていようとも、この契約書を盾として貴様が異界獣討伐の総指揮を執るつもりであったな?」
「先にお話するよりも、物事が水面下で推移しておりました。ゆえに、もしもお認めにならなかった場合はあとで処分を下されること前提で、オーディストラ様がお認めになられたと嘘をつくつもりでした」
「くだらんことを考えるものだ。冒険者が既に討伐に向けて動き出しているのであれば私がその流れを断つのは民の不満に繋がりかねない。元より断らせることなど考えていないからそのような『嘘をつくつもりだった』などと言えるのだ。立て」
言われ、エルヴァは立ち上がる。
「我が名において命じる。冒険者部隊を編成せよ。異界を探索せし者たちを支援し、異界より誘き出された異界獣を討つ」
「仰せのままに」
「しかし、なにもかも貴様の掌の上で踊りたくはない。シンギングリンの者に伝えよ。私は、私の名と私の身を一時的に特定の地点に縛り付ける代価として『剣』を求める」
「『剣』?」
「隠しても無駄だ。天秤座のリブラが残した剣――柄に秤の意匠が刻まれた剣を求める」
「……そのように通達しておきます」
「通達ではない。これは命令だ」
「……仰せのままに」
エルヴァは歯向かうことなく敬礼し、部屋を出る。
「思い通りにはいかないか。しかしアレウスめ、こんなに早く僕に押し付けてきた恩を使うとは」
『リスティも一枚噛んでいるだろうな』
「偽物を渡しても皇女はきっと看破する。少々、リスクを伴うことにはなるが……背に腹は代えられない」
『異界獣の討伐はどの国においても最重要だ。戦時であってもそれは変わらない』
「なにより大々的なアライアンスは今しか組めない。皇女が戦に赴けば許可を取る人物が宰相のような分からずやになるからな」
『奴らは留守を預かる間に絶対的な治世を求められている。リスクあることに己が名を貸し出すことはできない』
「私腹を肥やしてなければいいけど」
『どいつもこいつも少なからず私腹は肥やす。必要なのは、金だけでなく国も愛しているかだ』
エルヴァはジョージとの会話で思わず失笑する。
「そのどちらでもないな。私腹を肥やすのはついでだ。奴らが愛しているのは自分自身だけ。自分の命と保身だけだ」
『夢のないことを言うじゃないか』
「お前もなかなかに辛辣だったけどな。僕は冒険者部隊の中に編成されるだろう。お前はどうする?」
『好きなところで見守らせてもらうさ。お前が死にそうなら手を貸してやる』
「なら、手を貸させるために無茶をしてみようか」
*
「リスティさん、条件付きですがアライアンス申請通りました! これから各ギルドの方へ通達していきます」
シンギングリンのギルド跡地で忙しなく担当者が走り回る。
「条件?」
「はい、こちらを確認ください」
差し出されたメモをリスティが読む。
「これは……」
「なにか問題があったんですか?」
アレウスはリスティの顔色を見てから訊ねる。
「……いいえ、なにも問題はありません。これらの要求は皇女の名を借りるのであれば、当然ながらにあるもの。受け入れるべきことであり、拒否することでもありません」
そう言ってリスティはメモに次の指示を書き込み、それを自身に渡してきた担当者へと返す。
「皇女の名がそんなに大事なの?」
「大事というよりは大義名分です。寒村とはいえ、そこには人が住んでいて村を統治している方々もいらっしゃいます。彼らにギルドから通達があったからといって一時的に立ち退けと言っても、反発されるのがオチです。でも帝国の皇女からの命令であったならば? たとえ村長であっても、一時的な立ち退きに従わざるを得ません。なによりも異界や異界獣から彼らを守るためです」
アベリアの質問にそう答える。
「皇女、或いは皇帝陛下の許可が下りていなければ私たちだけで冒険者を引き連れても、それはただの山賊にしか彼らには映りませんよ」
アレウスもアベリアもリスティの言い分に筋が通っているため、続いての疑問は湧いて出てこない。
「異界獣との戦闘と異界での探索。この二つは切り離して考えているのですが、アレウスさんを申請書類には探索隊のリーダーとして記しています。勿論、第二第三探索隊は用意されますが最初に異界へ向かうのはアレウスさんたちになります」
「何日くらい猶予がありますか?」
「おおよそ四日と私は書いたはずです。四日経過してアレウスさんたちが異界から出てこないようであれば、次の探索隊が救助も踏まえて異界に向かいます」
「四日……長いような、短いような」
アベリアは首を少しだけ横に傾げる
「異界での生存確率を考えると妥当だと思っています。より安全性を考慮するなら二日ほどで向かわせたいところです。そこを、今までの異界を渡ってきたアレウスさんの功績を考慮して、四日としたのです」
分かりますね、とリスティが念押ししてくる。
「異界へ向かうパーティメンバーはしっかりと選別してください。全員を異界に向かわせると言うなら、それもよしとしますが……逆に危険性が増すかもしれません」
アレウスは肯く。それを見てからリスティは次の仕事に追われてギルド跡の建物奥へと消えた。アレウスとアベリアは建物を出て、自分たちの家へと帰る。
「戻ってきましたわね」
クルタニカがアレウスたちを迎え入れ、ロビーにはヴェインたちパーティメンバーが揃っている。
「ここから話を詰めていきますわよ。アレウスの選択をわたくしたちは理由を聞いた上で受け入れましてよ」
「全員で向かうつもりはないのだろう?」
カーネリアンに訊ねられ、アレウスはやはり肯いて返す。
「できれば全員で向かいたいけど、それだと思い通りにいかないことの方が多いはずだ」
アレウスはテーブルの上に広がるメモの数々を見やる。アベリアと一緒に鮮明に覚えているリオンの異界の特徴を記したものだ。恐らく全員は既に目を通している。
「まず、似合わないけれどやっぱり僕がパーティリーダーを務める。そしてアベリアはリオンの異界について僕と同様に詳しいことと、僕と『継承者』と『超越者』の関係であるから、メンバーの一人に加える」
「そこは言われなくとも分かる気がするがな」
ノックスが小さく呟いた。
「次に、ノックスとクルタニカとヴェインを外す」
「はっ?!」
思わず大きな声が出たものの、ノックスはすぐに静かになる。
「理由を聞いてもいいかい?」
「ヴェインは異界調査には行かせられない。これは初期の段階から求められていたことだ」
「俺がそれでも行くと言ったら?」
「エイミーにも異界関係には巻き込まないでほしい旨を聞いている。婚約者の言葉をヴェインが無視することなんてできないだろ?」
「そりゃそうだ。分かった、俺は探索隊には入らないで異界獣討伐の方に回る。世界にさえいれば、死んでも俺たち冒険者は甦ることができるから、エイミーにもとやかくは言われないはずだし、むしろアレウスのために全力を出してこいと言われてしまいそうだ」
「わたくしは?」
「リオンの異界の構造が洞窟だから」
アベリアが伝える。
「風を纏って空を飛んでも天井にぶち当たってしまうし、高く飛べるような場所はリオンにとっても活動可能な場所。そしてクルタニカの風魔法は威力が高すぎて洞窟や坑道が崩落しちゃう」
「わたくしだけでなくアベリアも、崩落させる可能性があるのではなくて?」
「私は土の精霊にびっくりするくらい愛されているから」
「精霊の好き嫌いで崩落のある無しが決まるわけでもありませんわ。ですが、アベリアと共に魔力を抱えたまま活動すればリオンに目を付けられるのは必定。探索や調査を終える前にリオンに追いかけ回されるのは得策ではありませんわね」
「ならば私も異界獣の討伐に回されるわけか」
話を聞いてカーネリアンが呟く。
「私も空を飛べないのであれば、なにかと足を引っ張る。今は刀も鍛造してもらっている最中でエキナシアと共闘しても、さしたる戦力にはならない」
「元々、カーネリアンには協力を仰げないと思っていた。それでも来てもらえたことに感謝しているし、『教会の祝福』のない君には世界に異界獣を誘い出しても、常に死の危険が付き纏う。だから討伐というよりはリオンと共に出てくる小型の魔物の掃討に回ってもらいたい」
「確かに、一度切りの人生を異界獣ごときに奪われたくはないな」
「そしてノックスを連れていけないのは」
「リオンが獣人にとっての信仰対象だから、だろ?」
「そうだ」
「ワタシは別に構わないんだが、ワタシがリオンの異界を侵したという話が広まると厄介だからな。正直、討伐隊に回るのもあんまりよくはねぇんだが……父上は言った。力を束ねるのではなく、力があるから束ねられるのだ、と。ならば、リオンを討ち倒したワタシを誰も力がないなどとは言えなくなるわけだ」
「セレナとの関係性が悪くなることも考えると、ノックスは後方支援――皇女を見守っていてほしいんだが」
「無理だね。ワタシは戦いを前にすると、自分の力を試したくなる。それに『教会の祝福』を受けたワタシはもう冒険者だ。そんな風に安全地帯にはいたくない」
別に皇女を見守るのは安全でもなんでもないのだが、彼女がそこまで言うのならアレウスには拒み続ける理由はない。
「あとクラリエは、」
「洞窟は狭いから気配を消し切っても動ける範囲に限界がある、でしょ? リオンの異界はあたし向きじゃないと思っていたんだよねぇ。だから、討伐隊に回されるのは受け入れるよ。でも、代わりにエレスィを連れて行くのはどうして? もう連絡は回してもらっているけど、イェネオスでも良かったんじゃない?」
「イェネオスは存在感が強すぎる。気取られやすい魔力を持っている。彼女の『衣』がそもそもバレやすいんだと思う」
「で、あたしでもなくエレスィ?」
「エレスィは知見が深い。なによりジュグリーズの血統と『衣』を隠し続けることができていた。魔力として気取られにくい。あとは戦い方がまだ洞窟では向いている」
「ふぅん……まぁエレスィは断らないと思うけど。異界だと『教会の祝福』があろうとなかろうと機能しないから、元々持っていなくても関係ないから」
クラリエは納得したようなしていないような表情を見せつつ引き下がる。
「オレはどっちだ?」
「ガラハとスティンガーには異界に来てもらいたい。洞窟と坑道に慣れていることと、なによりアーティファクトが帰還時に有用になる」
「そう言うと思ってはいたが、いざ頼られるとなかなかに気を張ってしまうものだな」
「では探索隊にはアレウスとアベリアとガラハとエレスィ。この四名ということになるんでして?」
「いいや、あと一人。当日になるまでは分からないが、こちらに恩を売るだけ売って損をしない人物に来てもらいたい。打診はしているが、まだ返事がない」
そのアレウスの嫌そうな言い方から全員がある程度、察する。
「カプリースか」
誰も言いそうになかったためにガラハが仕方なくといった具合で口にする。
「あの男がいれば、洞窟内で複数の魔物によって行き止まりに追い詰められても水流で押し流せる」
「ああ。だけどカプリースが動くとなると、必ずハゥフルの女王が付いて回る」
「あの女王様は人使いが荒い。初めて会った私を唐突にエルフの森へ連れて行けと命じてきたくらいだからな」
「それを反省して、鋼の意思で国に留まってくれればいいがカプリースのことを心配して城を抜け出すかもしれない。そんなことをして、国の治世が乱れたらどうするつもりかはしれないが」
それでもあの二人は『継承者』と『超越者』の関係にあるため、二人で一人である。その考え方には同調できる部分はある。あるが、立場は弁えてもらわなければならない。セレナの協力を仰がなかったのも、ノックスが彼女の立場を弁えたからだ。
「カプリースが来たらどうにかなったと思おう。来なかった場合は四人で探索に挑むことになるから、より慎重にはなってしまうが」
そこまで言ってアレウスはメモの一枚を手に取る。
「僕とアベリアが抱える異界獣のリオンとの因縁を今回で断ち切る。そうして僕たちは、全てを引き起こした『異端審問会』に立ち向かう決意に変える」
拳を作り、強く力を込める。
始まりがあるのなら終わりもある。憧憬は続いても、終わらせなければならない命がある。
リオンだけを誘き出すだけなら難しくない。しかしアレウスが目指しているのはヴェラルドとの邂逅と永遠の別れだ。そこに至るための探索なのだ。
*
「星が大きく乱れているね。どうだい? 君もこちらで眺めてみれば……って、そんな気はないんだったっけ」
男が少年に問い掛ける。
「……ああ、あの星の未来はもう見えた。だったら、次に輝く星は一体どれなんだろう…………それで、君はここまで言ってまだ動かない気なのかい?」
少年は顔を上げる。
「どんなことが起ころうとも満天の星空が君を迎え入れる。大丈夫、君はもう足手纏いにはならないよ。自信を持つために必要なことは成功を積み重ねること。そのための経験が君には必要だ。けれど、またすぐに戻ってくること。ははは、別に独占したいわけじゃないんだ。単純に、身の回りの世話をしてくれる子がいなくなると困ってしまうから。その対価に多くを教えたつもりだけど、まだ足りていないよ。帰ってきてくれないと、君のことを好きな子のことを占星術で今なにをしているのか調べてしまうからね」
少年はあたふたと慌てながらも支度を始める。
「不幸の先に幸福があるというのなら、『至高』に登り詰めたボクらはこんな風になることもなかったはずなのになぁ」
男は星を眺めながら、小さく懐かしみながら呟いた。