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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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粘ってみる

【ドラゴニュート】

 希少種族。現代のヒューマンたちを新人類と呼ぶなら彼らは旧人類に属する。エルフもまた旧人類ではあるが現代に適応できた種族である。ドラゴニュートのような希少と呼ばれる種族は環境や気候変動に適応できなかったがために数を減らし、また繁殖能力も極めて低かったために戦闘能力が高く、種族としての強さはあっても生存競争に敗れてしまった。


 爬虫類のような鱗と尻尾、そして鳥のような羽毛や羽根を持たない翼と翼膜を持つ竜人。空の支配者であったが、ガルダの台頭によって空を追われた。そのため、ガルダには竜人闘争の歴史がある。また、その闘争とは関係ないところで極端に数を減らす時期があり、これはヒューマンによるドラゴン狩りが横行した時期と被る。ドラゴンキラーの名を冠するのはほとんどが当時のヒューマンが狩りのために用いた武具である。


 だからといってガルダやヒューマンに恨みをぶつけたい気持ちはない。怨讐を胸に秘めてはいるが、それ以上に自らを高位の存在と捉え、自らが住まう地域への侵入者を数限りないほどに抹殺し続け、空を飛べない者たちを劣等種や下等種と罵り続けたツケを払わされたと考えている。無論、話を持ち出されれば怒り傷付きもするが、驕り高ぶった種族の末路であることは理解しているため姿勢としては受け入れている。


 現代に残るドラゴニュートのほとんどは人間社会から遠ざかり、無人島や未だ国が探索できていない秘境に身を潜め、細々と暮らしている。血を残そうという考えも薄く、いずれは絶滅することが決定付けられている。これについてもほぼ全てのドラゴニュートが受け入れている。達観しているのではなく、彼らにとって現代がとことん“合わない”ため、未来に向けての展望を抱くことができない。


 竜の姿に変化することもできるが、自我を保つのが難しいことと体力の消耗が激しいので好んでは変化しない。むしろ人の形態を取っているときの方が最低限の活動で済む上に食欲も人並みとなるため生きやすい。

 基本の姿は細身の長身――エルフに特徴に爬虫類と翼を足したような姿なのだが、好みで体型が変えられる(竜変化の応用)。翼や尻尾を隠すことはできず、感情が高ぶると角も生えてくるため、他種族を装って社会に溶け込めるほどのものではない。ただし、自分自身の容姿をドラゴニュートは気に入っているため、わざわざ他の種族に似せるように体型を変えるのはよっぽどのことがない限りしない。


――想像してごらんよ。ほんの少し前までは世界中の空をドラゴンが飛び交っていたんだ。そして彼らは僕たち以上の叡智を持っていたんだよ。

「あのドラゴニュートと、なにか繋がりが?」

 小声でアレウスはガラハに訊ねる。

「繋がりもなにも……いや、言うほどのこともないか」

 言いかけたところで止められてしまうとその先がよけいに気になってしまうのだが、下手に首を突っ込んで痛い目を見るのは分かり切っているので控える。


 里はアレウスが思っている以上に活気があった。ドワーフたちは忙しそうに走り回り、多くの製鉄、精錬、鍛冶の店で仕事に励んでいる。その仕事の僅かな暇に腹を満たすために料理店に寄り、葡萄酒を飲んで盛り上がっている。ヒューマンより酒に強いという噂を聞いたことはあるものの、酔い潰れて眠りこけている者もいるため、果たしてその噂が真実かどうかは分からない。

 そんな里の中をヴィヴィアンは効率よく買い出しを済ましていく。お得意先があるのと、一日の間に回る店を決めているようで店先での交渉も短く、支払いも淡白だ。だが彼女は挨拶を忘れず、支払いを済ましたあとには感謝の言葉を述べる。書物で読んだことしかないドラゴニュートとは大違いだ。イメージとしてはもっと傲慢で、もっと人を見下している。だから多くの種族に討伐された、らしい。

「私たちはさー、魔物とよく間違われてよく色んな種族に殺されたんだよ」

 まるでアレウスの心を見透かすかのようにヴィヴィアンが語る。

「でも、昔のドラゴニュートは私なんかよりももっと図体が大きくって、あと人の姿よりも竜の姿で居続けていたらしいから、魔物以上に魔物だったかもしれないかな。竜が砦や城を占拠して、周囲一帯が荒廃して、竜の魔力で魔物が生じて……まぁ、かなり悪役というか悪い存在としか思えないことばかりやっていたんだよ。空でも(おご)り高ぶって、沢山の動物を虐めていたらしいし……そりゃ、狩られてしまうのも仕方がないよ」

「仕方がない……で済ませられるんですか?」

「できるよ。私たちは復讐を肯定しない。って言うか、復讐を抱くのは間違っているから。好き勝手にして、悪いことも一杯してそれで仕返しされたんなら、それは当然の摂理じゃない? やられたらそりゃやり返すべきだろうけど起因が私たちにあるなら、仕方がないんだよ。でも、この話を面白おかしく話す人のことは認めないし、怒るし、場合によってはコテンパンにしてやろうって思う」

 まぁ、そんなもんだよと言いながらヴィヴィアンは溜め息をつく。

「とはいえ、ドラゴニュートが散々に討伐されたから種の数を減らしている……それは要因の一つなんだけど、もう一つは環境や気候変動に付いて行けないんだよ」

「そんなにですか?」

「昔はもっと空気が澄んでいたんだけど、最近はあんまり空気が良くない。正直、この里で排出されている空気もあんまり体に良くなかったりする。それでも死ぬほどのものではないかな。死ぬほどに空気が悪いのは連合寄りのところで、あそこはもうドラゴニュートは一人も住んでいないだろうね。だからってエルフの森周りを飛び回ったら、全力で射掛けられるし……空高くで暮らそうとしてもガルダに叩かれる。そして、私たちは気温の変化が激しすぎると耐えられない。季節が四つ巡るだけでもかなり辛い。だから、ほとんどのドラゴニュートはもう海を渡っちゃっているんじゃないかな。要は国々を隅々まで調べ尽くしても、百を越えるか否かってのが現状で、その約百人ぐらいも四つの季節が巡るたびに寿命を削っている。私みたいに暑苦しいくらいに鉄を打ち続けているドワーフの里で暮らしていない限りね」

「生活の仕方を変えれば昔みたいに暮らせるんじゃないですか?」

「できるかもね。でも、私たちは諦めている。だって季節の巡りをなんとか乗り越えられるようになっても未来に展望がないでしょ。ひょっとしたら未来はもっと過酷な気温の変化が起こっているかもしれない。未来はもっと空気が汚くなっているかもしれない。そう思うと、わざわざ現状の生活を良くしても、子孫が苦しむだけ。元々、繁殖自体も滅多にしないから、あとはもう緩やかに滅ぶだけ」

 滅ぶことを受け入れているとでも言うのだろうか。その諦観はあまりにも早すぎる。

 アレウスが同じ立場なら、と考えもしたが、そういうドラゴニュートはみんな死んでしまったのだろう。現状を打開するために動いた者が誰一人として生存できなかったのなら、これは世界によって定められた滅びなのだと受け入れてしまう気持ちも分かる。


「ガラハ」

「里の友人だ。少し良いか?」

 訊ねてきたためアレウスは肯いて答える。ガラハは自らを呼んだ友人の元へと駆けていく。


「この里には成人したときに一人前になるために女を抱くっていう習わしがあるんだよ」

「突然になにを言い出すんですか?」

 なぜこのタイミングでワケの分からないことを言い出すんだとアレウスがたじろぐ。

「いや、この里に限らずドワーフたちはみんなそういう因習を持っている。要は夜這いして女を抱くんだ。女を抱いて一人前なんて考え方は、あまりにも遅れているんじゃないかって思ったりするけど。だからこの習わしに楯突く者も結構いて、そうやってヒューマンのところへ流れていくんだよ。男女問わず、結構流れちゃっているんじゃないかなー」

 だからどうして突然そんな話をしてきたかが分からないため、アレウスは続く言葉を待つ。

「ガラハは私を抱きにきたんだよ。物珍しさで私のところに来るドワーフが多くてさー、でも全員断っていたんだよ。どいつもこいつもしようもない輩ばっかりだったし。でも、あいつだけは断る理由がなかったから抱いてあげたんだけど」


 だからガラハはヴィヴィアンと会ってから様子がおかしかったのだ。そしてこの話を唐突に始めた真意にようやく至る。


「あいつはさー、子供の頃はやんちゃをしていて、本当に里のこと考えるようになるのかなーなんて眺めていたこともあったかなー。でも、なんだかんだで里のことは大好きだったみたいで、段々と馬鹿げたこともしなくなって、真面目になっていったって言うか。だから、なーんか見ていて飽きないんだよ。私の方がずっと年上だし、見てきた景色も私の方が沢山あるし、経験も記憶も豊富な私がそんな風に飽きもせずに一人のドワーフを見ていられるってなかなか無かったから」

「それ、で?」

「一人前になるために抱きにきたというより、あれは絶対に私に気があったね……うん、あったんだよ。でも、ガラハは里を守るための立派な男で、私は滅びゆく種族のドラゴニュート。子孫繁栄を是とするドワーフにとって、私たちの間柄はあってはならないことだし、あいつもそれを理解してた。理解した上で、その日を境にして終わりにしようってことだったんだと思う。実際、それ以降にあいつが私のところに顔を出したことなんて三日月斧を作ってあげたときの一回切り。それで今日は友人のヒューマンを紹介する都合で仕方なくって感じ」

 異なる種族同士での恋心は複雑である。ヒューマンの血はどの種族とも交わることができるが、他の種族はそれが不可能とされている。だからこそ、恋愛感情など持ってはならない。

「あいつが私のことを今、どう思ってんのかは知らないけどさー……私はまだ、どうしようもなく諦め切れていなくって。でも、あいつの迷惑にだけはなりたくないからこのことをどうこう伝えることもないんだけど……はぁーあ、どうして私はドラゴニュートなんだろ……」

 尾でヴィヴィアンは地面を叩く。

「私たちって姿形を他の種族に似せられるんだけど、私が私らしい姿をせずにドワーフっぽさを残した体型で居続けているのは、多分だけど未練がましくもあいつの気を惹きたいと思っているからなんだろうなー……」

「恋心を抱くだけなら、禁忌じゃないんじゃないですか? 好意を向けることが悪ならば、この世の全ての片想いは悪になってしまいますけど。そりゃ、迷惑を掛ける片想いは悪そのものに違いありませんけど、あなたは自分の身を弁えた上で恋心を抱いている。それって、悪でもなんでもないじゃないですか。正しくもない、かもしれませんけど」

 なぜアレウスが恋の相談に乗っている形になっているのか。自分はさほども経験がなく、むしろドラゴニュートの彼女の方がはるかに年上であることは分かり切っていて、ヒューマンの小僧ごときが語る恋愛観など大した情報にすらならないというのに、どういうわけかそんな当たり障りのないことを言ってしまっていた。


「ヒューマンのクセに面白いことを言うじゃん」

 だが、その当たり障りのない言葉が意外と好評だった。だからといって正解ではない。『面白い』だけであって、彼女にとっての『答え』にはなっていないのだから。

「まー私もガラハも長生きだから、もうちょっとだけ粘ってみようかなーとは思っているよ。あいつが他の誰かを恋人として連れてきたら、きっぱりと忘れられるように常々に覚悟はし続けるけどさ」

「し続けても、いざそのときが来ると耐えられないと思いますけど」

「そりゃぁね。でも耐えられたらその程度の片想いだったってことでしょ。ただ耐えられなくてガラハが連れてきた恋人を殺しちゃったらどうしよう……」

 なにか怖いことを言っている。そこに助言も、思い付いた言葉も向けられない。


「待たせたな」

 ガラハが戻ってきた。ヴィヴィアンが喉の調子を整えるような声を数回発する。

「んじゃ、買い出しも終わっていることだし帰るとしますかー」

 なるべく平静を装ったまま彼女は歩き出す。

「それでさーヒューマン? 曰く付きの武器にするか、それともしっかりとまともな武器にするかの選択はどうするのー? 私はやっぱりまともな武器を持った方がいいと思うけど」

「僕には、僕だけの武器がないと駄目な気がしています」

「それは、曰く付きにするってこと?」

「と言うか曰く付き以外の選択肢がない……はずです。僕が持っている――持つことになった力は、普通の武器では耐えられない」

「知り合いの鍛冶師がガルダも似たようなことを言っていたって聞いたなー。でもガルダは真っ当な方を選んだはずだよ。そりゃガルダの刀には『悪魔の心臓』が打ち込まれているから、それだけで曰く付きに片足を突っ込んでいるみたいなものなんだけどさーヒューマンにそこまでの力があるとは思えないなー」

 アレウスはヴィヴィアンが振り返ったタイミングで貸し与えられた力を一瞬だけ着火させる。

「……へー」

「こういうことです」

 その一瞬で理解したらしくヴィヴィアンは蛇のように目を鋭くさせる。

「いいね、面白い力を持ってる。全盛期の私たちには遠く及ばないけど、その火の力は紛れもない本物だと認めてあげていい」

 彼女はアレウスに近寄り、鼻で着火させた匂いを嗅ぐ。

「……随分と厄介なロジックを抱え込んでいるみたいだけど、ガラハはこのヒューマンのことどう思ってるの?」

「里に来た当初は守り人に捕らえられて、すぐにでも里の外へと追放してやりたいくらいだった」

「それが今や里の恩人っていうのが信じられないかなー。まー里のそういう話は一切、聞かないし関わらない主義だからそこまでの過程を全然知らない私が悪いんだけど」

「アレウスは自らを犠牲にできる人間だ。自分のためにではなく、人のために自らが傷付くことを選ぶことができる。オレはその一点だけで、信用に足ると思っている」

「ふ、ふふ。そっかそっか、ガラハにそこまで言わせるヒューマンかー」

 アレウスの臭いを嗅ぎながらヴィヴィアンは鞄に手を伸ばし、そこから素早く(つか)を抜き取る。

「この柄は?」

「僕がずっと使い続けていた曰く付きの短剣の柄です。エルフの恩人の手からヒューマンの恩人の手に、そして僕の手に渡った物になります」

「これの剣身が砕け散ったの?」

「はい」

「曰く付きが砕け散るときは役割を終えたとき……そう、あなたは役割を終わらせることができたんだ?」

「でも、」

「あなたにはあなたの役割が残っている」

「……はい」

 ヴィヴィアンは柄を返さず、自身が買い出しに用いた鞄の中に放り込む。


「いいよ、ヒューマン。あなたは曰く付きを握るべき人間だ」

「グリフが決めるんじゃなかったのか?」

「いいのー、私が決めたー」

「曰く付きは持ち主の手から離れると面倒なことになるんじゃないのか?」

「そのときは私が始末する。そのためにも、そこのヒューマンが求める武器には私の炎を貸してあげる」

「オレが三日月斧を注文した際に渋々でしか炎を吹かなかったお前が?」

「渋々? かなりやる気満々だったけど。ガラハの武器を作るのを手伝うのに、なんで渋々承諾すると思うの?」

「いや……あのとき、こっちを見て話をしてはくれなかったからな」

 互いの感情が行き違いを起こしているが、アレウスは二人の事情を知らないフリをし続ける。


 こんな状況に自ら飛び込みに行くのは危険極まりない。


「私の炎を浴びた武器は、私が常に監視下に置くことになる。ヒューマンのあなたが死んだとき、私はその死体から曰く付きの武器を回収するようにする。まー、四季の巡りは辛いんだけど寒冷期だけ里の中から動きさえしなければ、あなたより年上だけどあなたが死ぬより先に死ぬことはないからねー」

「死なないように気を付けます」

「いいえ、あなたはいずれ死ぬ。死ぬのが人間の定め。だからあなたは死なないように気を付けるんじゃない。死ぬまで、私とお父さんが作り上げた武器を持ち続けること。誰の手にも渡さないで。あなた自身の傍で、曰く付きを終わらせること」

 アレウスは忠告をしっかりと肯いて返した。


 話が纏まったため、特に多くを語るでもなくそのまま三人でグリフの鍛冶屋へと戻った。


「お父さん? このヒューマンに最高の曰く付きの短剣を作ってあげて」

「おおう、帰ってきて早々に言っていることが真逆になっていてお父さんは驚きだぞ」

「薪にはこの(つか)を。炎は私が吹いてあげるから。でも薪にする前に、同じ形の柄を作ってあげた方がいいと思う」

「確かに以前の武器の断片を用いれば、その経験は次の武器にも継承されるが、時として武器の断片はお客様にとって大事な思い出の品だったりするんだ。もっとお客様の心を汲んでやりなさい」

「いいんです、使ってください」

「ほら、もうその話は済んでいるんだって」

「……成長したな、娘よ」

「なにそれ気持ち悪い。急に態度を変えないで」

 ヴィヴィアンに一番振り回されているのはひょっとするとガラハではなく義父であるグリフなのではないかとアレウスは思った。

「私は炎のために部屋に籠もるから、それじゃガラハ。また顔を出してきてね」

「ああ」

 そう言って彼女は二階へと駆け上がっていった。


 その後、グリフとの値段交渉や武器の形状などをガラハからの助言を受けつつ行って、一通りの手続きが済んでアレウスの手元に引換券と複数枚の書類が残った。


「今日は助かった」

「武器や防具のことならドワーフの十八番だ。オレは紹介するだけだが……今日はこれでシンギングリンに帰るのか?」

「もっと色々と見て回りたいし、里長に顔を見せたいところなんだけど他に色々と詰めなきゃならない話もあるんだ」

「そうか、なら仕方がない。そのように里長には伝えておこう」

 アレウスは『門』へと続く坑道へ向かう。


「……………………昔から、オレのことを気にかけてくれていてな」

 その道の途中でガラハが切り出す。

「子供のオレが馬鹿をしたときには里長と同じぐらい信じられないほど叱られて、当時は反発もしたものだ。なんでそんな頭ごなしに言うのかって。生きているんだからそれでいいだろう、とな」

「まぁ子供ながらに、大丈夫だったんだからそれでいいじゃないかって思ってしまうのは分かる」

「なにをするにしてもチラついて、イライラして、困らせもした。あいつはオレより年が上だが、それもたった五十年程度。ドワーフとドラゴニュートにしてみればおよそ五歳差ぐらいか。それぐらいで、なんでこんなに偉そうなんだと思うこともあった」

 五歳差とは言うが、五十歳差である。やはりヒューマンの年齢差を他の種族の年齢差と当てはめると混乱しそうになる。


 ヴィヴィアンはグリフの養子ではあるものの、きっとグリフよりは年上であるのは間違いない。それで「お父さん」と慕っているのも変な話で、お父さんと名乗っているのもおかしな話なのだ。だが、歪んではいてもそれが奇妙に成立していることはよくあることで、グリフとヴィヴィアンもその例の一つということだ。


「あいつは、オレが頑張れば応援してくれるし、悲しめば手を差し伸べてくれる。港町の一件で塞ぎ込んだオレに毎日のように顔を見せにきたのはあいつだけだった」

 そんなことをヴィヴィアンからは聞いていない。話す必要もないと判断した――のではない。その話をすればガラハが悲しむと思い、そして自分も苦しい気持ちに苛まれるから彼女はしなかったのだ。

「正直、好きな女の体付きには足りないが……どうしようもなく、好ましい女だと思っている」

「へー……」

「だから、あいつにだけは興味を持たないでほしい」

「……あのさ、ガラハ。君は僕のことを信じていると言ってくれたよな?」

「ああ」

「そっち方面では全く信じていない?」

「お前は人誑しで女誑しだからな」

「違う、え、違うけど、なにを言っているんだお前は」

 ガラハにアレウスは詰める。

「そりゃそう思われても仕方がないことにはなっているけど僕は人の恋路を邪魔することはしないし、人が想っている人に興味を持つほど人間性は腐っちゃいない。ヴェインの許嫁のエイミーさんに僕が手を出そうとしたことがあるか? カプリースとハゥフルの女王様の関係に割って入ろうとしたことがあるか? ないだろ? 僕は、断じて、人の恋心を、壊しにいくことは、絶対に、しない」

「そ、そうか」

 あまり見せたことのないアレウスの態度にガラハが動揺している。

「……世の中的に、それが望ましくないとしてもお前がヴィヴィアンさんのことを想う気持ちは間違っていないはずだ。僕と違って長生きなんだから、もうちょっと粘ってみてもいいんじゃないか?」

「そう……だな。そうしてみることにしよう」


 どうしてこんな話を一度ならず二度までもしなければならないのか。アレウスはそう思いつつもガラハからの誤解が解けたことに安堵の息をつく。


「やはり一人前になったことで男らしさが出てきたな」

 このまま『門』へと向かいたかったのだが、再びアレウスは足を止めて振り返る。

「もう少し根を詰めて僕のことを説明しなきゃならないみたいだな」

 気心が知れたからではなく、照れ隠しによる冷やかしなのだろうが黙ってはいられない。こんなことが日常的にも起こってしまってはアベリアの恥になる。だから、男同士の語らい以外では決してするなと釘を刺し、ガラハは素直にこれを了承したので、アレウスは『門』を使ってシンギングリンへと帰還した。

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