武器
*
初体験は上手くできた、と思っている。アベリアは奴隷商人にさらわれた過去があるため、求めるというよりも求められたことに従順であることに徹したおかげか彼女は行為を中断せざるを得ないようなトラウマに見舞われることもなかった。おかげで事は済ますことはできたのだが、やはり男の欲はくだらないほどに旺盛で、愛を重ね合っただけでは物足りずに不満を訴えてきた。だがこれをアレウスは必死に一握りの理性で抑え込んだ。彼女は克服したと思っているかもしれないが、やはりトラウマの解消には時間が掛かる。ほんの些細なとき、ほんの一言や行動によって不意に揺り起こされるものだ。そこを気遣えなければアベリアのことを大切にしているとは言い難く、そして「好きだ」という言葉も怪しくなる。
容姿と体に惹かれただけとは思われたくない。
また、彼女と交わったからといって日常生活が大きくは変わらない。彼女はそのことを自慢げには語らないし、アレウスも童貞を捨てたからといって良い気になって態度に出すこともない。人前で愛を語り合いはしないし、二人切りになったからといってすぐさまお互いに極端に触れ合うこともない、少しだけ手を繋いでみたりなどしてみたが、そこから淫らな行為に耽るといったこともない。
周囲に気を遣っていないと言えば嘘になる。これが二人切りの人生であったならもっと暴走する余地があった。しかしそうではないのだから、弁える。
関係は発展しても、そこに大きな付加価値は与えられていない。だが、それはアレウスとアベリアの価値観だ。クラリエは納得していた風に言っていたが恐らくは我慢をしているだろうし、クルタニカやリスティは理解は示しても納得していないだろう。ノックスに至っては嫉妬心をどうにかこうにか表に出さないように堪えているに違いない。
仕方がない。身から出た錆、と言うには贅沢が過ぎるがそうとしか言えない。アレウスが素振りを見せたつもりはなくても、相手にはそのように伝わってしまった。勘違いで済ませられれば幾分かマシだったかもしれないが、恋心は勘違いの一言で終わらせられるわけがない。
「案外、なんにも変わっていらっしゃらないようで安心しました」
シンギングリンのギルド跡地でリスティは言う。
「一気に性豪にでもなるつもりかと不安だったんですよ。初体験のあとは、気が大きくなると聞きますから」
「気を大きくできるほど僕は人より優れている部分なんてありませんよ」
「はぁ……ですが、その謙遜具合こそがアレウスさんらしいと言えばらしいのですが。クルスを助けていただいた折に、もう私の想いについても察している部分はあるわけですよね?」
「察せなかったらどれだけよかったか……」
「私も一応ながらにあなたへ恋心を抱いている身ではありますが、弁え方は心得ているつもりです。あなたは性格的にはあんまり――いえ、かなり面倒臭い部分があるのですが一瞬の感情の発露や、言葉ではなく態度で示す部分においては世の中の色男に負けず劣らずのところがあります。要は危うい場面において、危うい行動を取りつつも生存する異性というのは女性的目線で見れば魅力的に見えてしまうことがあります。ですので、これ以上に女性を誑し込むのは控えてほしいと思っています」
「誑し込みたくて誑し込んでいるんじゃないんですけど。それと前回に関しては危なっかしいところに行くことになったのはリスティさんのせいですよ?」
そこのところはハッキリとさせておかないとリスティは有耶無耶にしかねない。
「嫉妬で人は狂います。今はあなたが奇跡的なバランス感覚で皆さんを纏められていますが、このバランスが崩れると多分ですけどあなたは刺されます。気を付けてください」
「はい」
肯かなければならないほどに語気に強みがあった。
「優しいだけの男性であったなら、どれほど良かったことか」
深い溜め息をついて、リスティは愚痴を零した。
「優しさにしっかりと実力が備わりつつあるあなたは色々な意味で危ないので気を付けてください。まぁ、そういう生き方をし続けているので気を付ける方法もなさそうですが」
ギルド跡地の階段を降り切って、『門』の空間へと入る。
「どこの国も『門』を使って奇襲を仕掛けないのはどうしてなんですか?」
「制限があるんですよ。一度に通り抜けられる上限がおおよそ十人。それ以降は二十秒間、『門』が一時的に閉じます。十人以上が無理に通ると、その十人を越えた人数分だけ十秒が加算されます。例えば二十人が通った場合、『門』は超過した十人――百秒に通常の二十秒が足されて百二十秒。おおよそ二分待つことになります」
「でも一度に数千人が入ることができたなら……ああ、だから『門』は地下にあるんですか」
「イプロシア・ナーツェがどこまで想定していたかは知りませんが、国に利用されたくはないという感情はあったのでしょう。地下に作ってしまえば基本的に入り口は狭くなります。拡張工事を行えばその限りではありませんが、果たしてそれを『門』が許すかどうか」
「一定の広さを『門』が感知した場合、なにかしらの魔法が発動する……あの『賢者』ならやりかねませんね」
「ギルドも国も森も、世界すらも裏切ってしまいそうな彼女の行動によって、その懸念はますます深まりました」
果たしてどれぐらいのギルドがこの懸念を抱いているのか分かりませんが、と彼女は付け足しながらアレウスを『門』の一つに導く。
「こちらがガラハさんの故郷――ドワーフの里の『門』となります。クラリエさんの貢献もあって修復され、その通行も可能であることは証明されています」
リブラとの戦いでガラハはこの『門』を潜ってシンギングリンに一早く駆け付けた。その実証があるため彼女の言葉を疑う余地もない。
「向こうではガラハさんが待っていらっしゃいますが、一人で武器の鍛造の交渉に行くのですか?」
「最近はゴタゴタが続いたので、長めに休みは取ってもらいたいんですよ」
「私はちっとも休めていませんが」
リスティはまたも愚痴を吐く。
「アレウスさんはもう私よりもずっと強くなられたので、担当者の私がどうこう言えることでもありませんが」
「なにを言っているんですか? まだまだ頼らせてもらいますよ」
やや自信を喪失気味のリスティにアレウスは当然とばかりに言う。
「強くなったからって担当者が不要になるものじゃありませんよね? あと自分が強くなったからって偉くなったわけじゃありませんし、偉くなったからって今まで敬っていた人を下に見ていい理由にもならないじゃないですか。僕は危なっかしいことばかりをするのでリスティさんに手綱を握っていてもらわないと困ります」
「……そうですか。では、今後ともよろしくお願いいたします。差し当たっての私があなたへ教えるべきことは、女を悦ばせる夜伽のテクニックでしょうか」
前半は真面目に、後半は不真面目に。そのせいでアレウスも「よろしくお願いします」と言いたかったのに言えなくなった。
「やっぱりちょっとは不満が出てませんか?」
「自分でも驚いていますよ。エルヴァとクルスの関係には一つも感情が揺れ動くことがなかったのに、アレウスさんのことになると否定できない程度の嫉妬が湧いているんですから。ですので、先ほども、そして何度も言っていますが下手なことをして私たちに刺されないようにしてください。あなたが帝国の特例を目指すと決めたのなら、命は当然のことながら懸けてください。でなければ女は報われませんから。しかしながら、本来の目的もお忘れなきように。あなたの復讐心が性欲で薄まるようなことがないことをしっかりと証明してください」
「僕がそれぐらいで復讐心を捨て去れると思いますか?」
「いいえ、ですが大抵の男性は女性を抱くと怒りや憎しみなんてどうでも良くなる一面があると、それこそギルドで働いていた頃に嫌というほど耳にしましたから」
経験談ではなく聞いた話で世の男全てがそれに当てはまると思われている。
半分以上は当たっているものの、さすがに心に誓った復讐すら放り出すほどに欲望に溺れるほどアレウスの頭は溶けていない。
リスティに手を振って別れ、『門』に入る。上下左右、そして前後。一瞬だが空中に放り出されたかのような無重力感、そして唐突に来る吐き気。視界が暗転して、次に意識を取り戻したときには目の前にはギルドの地下の景色はなかった。
ドワーフの里の『門』は坑道内にあるらしい。それも今は使われていない坑道跡地だ。落盤があったら、またも『門』が使えなくなってしまいそうだが、『門』の四方に留まらず外に続く通路すらも鉄加工技術で補強されている。通常の坑道よりは落盤のリスクはない。ただし、必ず起こらないとは限らない。
そんな風に観察しながらアレウスは外に出る。
「時間通りだな」
外ではガラハが待っていた。
「ここの『門』は採掘し終えた坑道跡地に出来ている。要は再利用だな」
「どこの『門』も人が多く入れないところに作られているらしいな」
「オレは詳しくない。が、どのように『門』を作るかと問われたら、悪用されないようにはするだろう」
『門』についてはガラハに聞くよりクラリエに聞いた方が早そうだ。
「あれから二日で鍛冶師と話が付くなんて思わなかった」
「丁度、手が空いた者がいた」
アレウスは訝し気にガラハを見つめる。
「安心しろ。性格が捻じ曲がっていたり、頑固親父だったり寡黙だったり、客にとって厄介な鍛冶師ではない」
そうしていると、気掛かりな点を読み取られてしまった。
「女か?」
「どうしてそんなことを聞く?」
それはリスティに忠告を受けているからだ。これ以上、冷ややかな視線をリスティに向けられるのは嫌な気持ちがあった。
「女だからと鍛冶師として認められていないからすぐに紹介できる状況になったのかと」
「お前は変な予想を立てる。安心しろ、ちゃんと男だ。まぁ男であっても、女の鍛冶師に敵わない連中をオレは多く見てきたが」
「そういうものか?」
「ガルダの女の刀は女の鍛冶師が担当している」
「それは……驚きだな」
「いいや、それは理解が足りないだけだ。ヒューマンの業界では難しいのかもしれないがドワーフの業界では男女の差異はほとんどない。筋力も体力もみんな似たようなものだ」
そうは言うが、ドワーフの里で遊び回っている子供たちはヒューマンの子供とさほど差は見られない。あのやんちゃで、純真無垢な幼年期の子供たちが長い歳月を経て、ガラハのような屈強にして頑強な男になるとはとてもではないが想像が付かない。それは女の子においても同様だ。
あの女の子が、その近くを歩いているドワーフの女性のようになるとは思えない。
「ドワーフの娘は人攫いに遭いやすくてな……いや、どの種族も同じか」
「同じではあるだろうが、物珍しさや希少価値という点で狙われるんだろうな」
需要がある以上、供給が起こる。供給を断っても需要を求める声が大きければ、また供給源が生じる。だから一向に人攫いはなくならず、商人による人身売買も続く。
ここに正しい解決策は思い浮かばない。自身にこの一切を破壊できる力があって、もし実行に移したとしてもただの一時凌ぎにしかならない。そう思えるほどに混迷を極めている。
「暗い話はするつもりはなかったんだ、すまない」
「いいや、以前はしっかりと里を見る暇もなかっただろう。色々とドワーフのことを知ってもらえるのなら、そういったことに言及されても嫌な気はしない」
「ちょっと想像が付かなかったんだよ。ドワーフの成長前と成長後の姿があまりにもかけ離れている気がして」
「オレたちは適齢期――いわゆる成人と呼ばれる年齢に近付くと骨格が変わっていく。骨は太く固く、筋肉は強く鋼のように。その過程で伸びていた身長も縮んでいく。男はヒゲが濃くなれば濃くなるほど頑強に、女は太くたくましくなるほど子を宿すに適した肉付きになる。太く……とは言ったが、里長が言うには昔に比べて細くはなっているらしい。山に籠もりっきりの女はそうでもないが、外を知った女は細くともたくましい容姿になるそうだ。恐らくは、エルフやヒューマンの細身の女を知って憧れてしまうからなのだろう」
「それは種族として危ぶまれる感じなのか? 子供を産み辛くなる、とか」
「そんなことはない。今のところは多様性が現れ始めているだけだ」
ただ、とガラハは呟く。
「オレは肉付きが良くて尻の大きな女が好みなのでな」
「ああ、そういうこと……僕も周りの女性が急に違う雰囲気になったら動揺する」
細身のドワーフの女性はガラハの好みではないから、残念がっているだけのようだ。性癖は矯正しようがない面もあるため、アレウスはその気持ちを汲む。
何気ない会話だが、ガラハがこんなくだらない話をすることはほとんどなかった。ヴェインとはよく話をしていたそうだが、アレウスに対しては初めてか、もしくは二度目か三度目ぐらいだろう。
「着いたぞ」
幾つもある鍛冶屋の一つでガラハが足を止めた。
「グリフ、伝えていた客だ」
奥の方で作業をしているドワーフがガラハの声に気付き、カウンター越しにアレウスをマジマジと見る。
「……ああ! あんちゃんが噂のヒューマンか。いやぁ、すまんすまん。その節は世話になったが、どうにもこうにも里に籠もって仕事しかできない俺にはお礼をしにいく度胸もなくってな」
目を保護するためのゴーグルと喉を守るためのマスクを外し、グリフと呼ばれたドワーフが豪快に笑う。
「こっちは妖精のレディバグ。共々、よろしく頼む」
ガラハのスティンガーと違った黒と赤の鱗粉を撒き散らしながらグリフの妖精がアレウスの周りを踊るように飛び回り、小さな笑みを浮かべてから彼の肩に乗った。
「僕はアレウリス・ノールードと言います。よろしくお願いします」
差し出がましいのだが思わず手を伸ばしてしまった。グリフはそれを嫌とは思わず手袋をしたままではあったが応じてくれて握手を交わす。
「さて、早速仕事の話と行きたいところだがアレウリスさん――いや、娘に客にはさん付けをしろと言われているもんでな。違和感があるかもしれないが許してくれ。とまぁ、もう話が逸れちまったんだがすぐに本題に入ろう。アレウリスさんの要求通りに武器を鍛造しようとすると、まぁどんなに見積もっても半年は掛かる」
「半年……」
「だが、曰く付きでも構わねぇと言うんだったら一気に縮まる。半年の半分の三ヶ月、いいや更に半分の一ヶ月半。もしかしたら一ヶ月で完成することもあるかもしれねぇ」
「曰く付き……曰く付きは、エンチャントとどう違うんですか?」
「エンチャントはエルフの協力を仰いで、武器に強力な精霊の力を込める。ただ精霊ってのは俺たちみてぇなドワーフよりも色々と面倒臭い性格をしているらしくてな。この武器に常に属性を纏わせてくれぇっと両手で願いを込めて祈っても、まず嫌がるらしい。まぁ、人を殺すかもしれねぇ武器に自分の力を宿させるなんて誰だって嫌なもんだ」
トントントンッとグリフはカウンターを指で叩く。
「だが、曰く付きはどちらかと言うとロジックへの干渉だ。それも物体のロジックに干渉する。これは案外、難しくない。いや難しいんだが、出来なくもない。物体のロジックに干渉できる神官様ってのはこの世に一人もいねぇらしんだが、物――武器ってのはほんのちょっとの制作者の意思や依頼者の意思が混じると、すぐにロジックが変容する。簡単に言っちまえば、曰く付きの武器には大体、怨讐めいた凄まじいまでの感情、或いは熱意が込められる」
「ええと……?」
「こんな話を聞いたことがないか? 一流の鍛冶師が最高の剣を鍛造すると決め、最高の材料、最高の炎、最高の水、最高の出来栄えを目指し完成させた。あまりにも美しく、寸分の狂いもない最高の逸品を見て鍛冶師は思う。『これで人を切ったときの感触はどんなものだろうか。どれくらいの切れ味で人を断ち切ることができるのだろうか』と。そう思うと試さずにはいられなくなり、遂には人を切り殺してしまう。それ以来、その剣は取り上げられ市場に出回るが、見る者の目を惹き、購入した者もまた人を切らずにはいられなくなってしまった」
「それが、曰く付きなんですか?」
「この場合、その剣のロジックには『人を切りたくなる』というテキストが追加されてしまっている。言うなれば持ち主に干渉する。それが曰く付きのロジックの特徴だ。アレウリスさんも、その手の短剣を握っていたとガラハからは聞かせてもらっているが、心当たりは?」
「僕の心に、なにか強い影響があったとはあんまり思えません」
「曰く付きの特徴はもう一つあるんだが、それがたった一人のために作り上げられる品という点だ。これが曰く付きを曰く付きと呼ばせる由縁になっている。たった一人のために作り上げられた武器が、他の誰かの手に渡った場合、本来の持ち主と異なるせいで武器のロジックが歪んだ形で発現する。手を渡れば渡るほどに歪み、狂っていく。人の手を多く渡り歩いた曰く付きの武器は、呪われた武器と呼ぶしかない。そして怖ろしいことに、呪われているというのに武器としては逸品であり絶品だ。これからの人生でそんな曰く付きの武器を見ることがあっても、決して手にしてはならない。手にした瞬間、アレウリスさんはもうその武器を手放すことができないだろうから」
グリフはジッとアレウスを見る。
「なんですか?」
「曰く付きを、さほど怖ろしいと思っていないように見えたんでジッと見てしまった。なにか持っていた経験がありそうだな?」
「以前に使っていた短剣がまさに曰く付きだったんです。『持ち主を自死させる』という力が込められていたんですが、それが別の人の手に渡り、その人の手から僕の手に渡りました。多分、その過程で武器のロジックが歪んだんだと思います。でも、その歪み方は僕にはありがたいもので、決して刃こぼれせず、錆びもしませんでした。役目を果たさせるまでは」
「……曰く付きと言われると、大抵の輩は呪われた武器を想像するもんだ。でも、元を正せばたった一人のために作り上げられた武器なんだ。その人のために作られた物なんだ。それが呪われているだの不気味だの言われんのはどうにも納得できない部分がある。だってそうだろ? 手放さないと心に決め、死ぬその瞬間まで共に戦い続けることを誓うのなら、その武器は呪われているんじゃない。いいやその逆、祝福だ」
「お父さん、お客さんに曰く付きを勧めるのはやめてって言わなかった?」
二階からの声にグリフがビクッと身を震えさせた。
「どんなに手早く仕上がるとしても、リスクを伴う以上はしっかりとした品を時間を掛けて作るべきでしょ」
「そうは言うがヴィヴィアン、」
「そうやって曰く付きを勧めて、長い目で見たら人を困らせる可能性が高い武器を握らせるのはよくない」
「お父さん……お父さん? いや、え、でも?」
二階から降りてきた女性の背中には翼がある。鳥のような翼ではない。爬虫類のような鱗があり、ほんの少しだけ広がった翼には羽毛ではなく膜が張っている。
「あ、ガラハだ。どう、元気してた?」
「それなりに」
「またそうやって素っ気なくする」
「素っ気なくはしていないが」
「そんなだと婚期逃すよ? 私が言うのもなんだけど」
「ヴィヴィアンが結婚するなんてお父さんは認めません」
「……え、今、お父さんが言ったの? 心の底から気持ち悪いって思っちゃった」
なんともドワーフらしからぬ――いや、どう見てもドワーフではないのだが、とにかくこの里の価値観からズレた女性である。ガラハとも面識があるようだが、話し方が砕けているので同年代なのだろうか。風貌からはまるで分からない。なぜなら、この希少種族を見るのは初めてだからだ。
「ドラゴニュート、か?」
「大当たりだよ、ヒューマンのお客さん。まぁ、滅びゆく種族だから気にしないで。時代に取り残されたわけでも戦争のせいでもなんでもなく、自然淘汰の関係で滅ぶだけだから」
「ヴィヴィアンの吐く炎は精錬や鍛造においてかなり有用でな。養子にして、面倒を見ている」
「面倒見られてまーす。でも最近は炎を吐いてませーん。私の炎が必要な仕事がないからでーす」
「気分屋なんだ。心無いことも言うかもしれないが、気にしないでやってくれ」
しかし、ガラハが明らかに動じている。なにに動じているのだろうか。
肉付きはドワーフほどではないが筋肉質で頑強さが見える。女性の臀部に視線を落とすのは気が引けるのだが、調査のためなので一瞬だけ見る。やはりドワーフほどではないが、肉感は良さそうだ。
つまり、そういうことなのだろうか。しかしドワーフの女性ほどガラハの性癖に刺さっているようには見えない。突き刺さってはいないが、甘く刺さっているということだろうか。
「決断はお客さんに委ねる感じになるけど、ちょっとだけ時間を置いて考えた方がいいよ。特に、自分が死んだあとにその武器が別の誰かの手に渡ることもちゃんと考えるべきだから」
眠そうに欠伸をしてから、爬虫類の尾が金属の床を叩き、ノソノソと歩く。
「悪いな、ちぃとばかし迷わせることを言っちまったな」
「そうだよ。お父さんが曰く付きの提案なんかしなきゃ悩ませなかったのに」
「勢いで決めると客どころか武器もかわいそうだ」
「お父さんのせいで時間が掛かっちゃうねー」
「うるっせぇな! さっさと買い出しに行きやがれ! あとそれ以上お父さんを虐めるな! お父さん泣いちゃうぞ!」
「心底気持ち悪いから勘弁してよ。んじゃ、ま。ガラハ、ちょっと付き合ってくんない?」
珍しくガラハがアレウスに「どうにかしてくれ」という視線を送ってきている。
「僕も付いて行っていいですか?」
「あー、まー良いけど。里を見て回れば考えも纏まるだろうし」
それじゃ行こっかー、と雑に言いつつヴィヴィアンのあとをアレウスたちは付いて行った。




