重なって
【『森の民の物語』】
ナルシェが持っていたアーティファクト。レウコン家に産まれてすぐに与えられた外套と共に育った記憶と、ハーフエルフであるがゆえに虐げられ続けてきた記憶が混ざり歪み合ったことで獲得したもの。外套は自らが日記として綴り続けた紙片によって構成されているが、魔力によって塗り固められており見た目だけでは判断が付かず、装備として見ても魔法耐性の高い外套であるという鑑定しかされない。外套そのものがアーティファクトなのではなく、あくまでこの外套とナルシェのロジックが揃ってようやく収納されているアーティファクトが顕現する。
このアーティファクトは自らが定めた死を綴った紙片がなければ発動しない。
最初の一ページは外套と共に誕生するところからであり、終わりは必ず己自身の死に繋がる。それは人は必ず老いて、必ず死ぬため。これは物語ではなくロジックからの変容である。物語は完結する上で必ずしも主人公が死ぬ必要はないが、ロジックは生き様そのものであるため誕生が描かれればその最期は死でなければならない。
ナルシェはリオンの異界に入り、アレウスとアベリアと出会った時点で自身のロジックの完結点を見出しており、またこの時点で自死のために与えられていた曰く付きの短剣によって死ぬという記述を含めた紙片を外套に忍ばせた。これは子供二人を連れての異界からの脱出は困難であり、場合によっては全滅も考えられるがゆえの彼女なりの決断である。
図らずもそれが短剣の終着点を限界以上にまで引き延ばすだけでなく、信じられないほどの強度と硬度を与え、膨大な魔力量を注がれても決して刃こぼれせず、砕け散らないようになった。よってアレウスが持っていた短剣は『ナルシェを殺すこと』ではなく『ナルシェのアーティファクトによってナルシェを終わらせること』に書き換えられていた。
また、外套もナルシェからは手放されていたが、アベリアの『原初の劫火』の発動によっても燃え尽きることがなかった。
外套の成長によって能力が高まる。そのため、ナルシェの手を離れてアベリアが用いていたことによって彼女の魔力や魔法を少なからず学習している。
このアーティファクトは持ち主が死亡後に完全発動する。また、発動地点は記述した場所に至ったときである。ナルシェが記述した場所はシンギングリンの地下墓地――その『聖骸』が安置されている最奥である。この場合の死亡とは冒険者が『教会の祝福』を受けた上での甦りは関与しない。肉体と魂が切り離され、魂が還る場所もなく彷徨う状態であっても死亡とみなされる。
持ち主のロジックそのものとも言える外套が、持ち主の記述した地点に達した際に、一部の媒介を用いることでさながら持ち主本人をその場に蘇生させたかのような一時の邂逅を与える。ただし、己が記述した死には必ず向かわなければならない上に魂との繋がりはなく、あくまでもそこに存在しているのはアーティファクトの持ち主ではなくアーティファクトが外套に記述されているロジックを元に作り出した存在に過ぎない。それでもアーティファクトそのものは持ち主の死を理解しており、外套からの情報を得ているためほぼ生き写しといっていい。
死の記述や発動地点の記述を死ぬ間際に紙片に書き足し、死亡後すぐにその場で自らの死体を媒介にして一時的に甦ることで己を殺した者を殺して相討ちにするというのが本来の使い方。
*
「貸し与えられた力を注がれても砕けず、刃こぼれも起こしにくい切れ味抜群の短剣……難儀だな」
「ドワーフの伝手でも難しいか?」
「難しくはあるが不可能ではないと思う。聞いてみなければ確証は得られないが」
「そうか」
「ただ、一ヶ月やそこらで仕上げてほしいと言われても、そこは絶対に不可能だろうな」
ガラハはアレウスに現実的な話をする。
「通常の武器でさえ鍛造を終えるのに数ヶ月を掛けることさえある。一ヶ月でアレウスの要望を全て込めた武器を仕上げるのはさすがのオレでも無理だと分かる」
「だろうな」
「ガルダの刀もまだ見通しが立った段階だ。そこから完成までおおよそ三ヶ月と伝えているが、ガルダ特有の――いや、あのガルダの女が言葉でオレの友人をけしかけたこともあってその半分ぐらいで完成に漕ぎ着ける気でいるらしいがどうなるか。エルフにも鍛造を手伝ってもらうというのに売り言葉に買い言葉で無茶苦茶をやらなければいいが」
「カーネリアンはあれでもエーデルシュタイン家の当主だからな……力で証明するだけでなく、単純に頭が良い。人の扱い方を心得ている」
「オレやアレウスが言えば煽りや挑発に捉えかねないところを絶妙に交渉のラインで留める。だから無茶が通るんだろう」
「真似できないな」
「オレの山ではアレウスは恩人だ。可能な限りの要望は聞き届けたいと思う友人がほとんどだが、それでも手を付けている仕事を放り出して優先するような馬鹿はいない」
「信用が落ちるからな」
あくまで客として見たら、恩人も平等に扱わなければならない。ガラハの言うことも分かる。
「しかし、一ヶ月か。なにをそんなに急いでいる?」
「気持ちの問題だよ。頭ではゆっくりで良いと思っているんだけど、気が気じゃないというか気が落ち着かない。早く準備を済ませて出発したいからウズウズしてしまうんだ」
「時間の問題ではないんだな?」
「一応は。誰かが襲われていて緊急で助けに行かなきゃならないとかじゃないから」
「それなら……いや、使用に耐え得る武器がないと心許なさがあるのはオレにも分かる。今まで当たり前に使えていた武器がないのでは、あとでではなく今ここで緊急事態が起きたときに困る」
ガラハが紅茶を飲み干す。
このシンギングリンで紅茶をまた飲める日が来るとは思わなかった。そんな気持ちが彼の表情からは見て取れる。それはアレウスも同じで、自身が飲みかけの紅茶をジッと眺め、一時的に感傷に浸る。
「鍛冶師とはいつ会う?」
「会わせてもらえるのか?」
「当然だ。仕事を投げ出すような友人はいないが、恩人の仕事を引き受けたがらない友人もいない。完成の時期は鍛冶師の腕前次第とも言われるが、鍛造する武器の厄介さが遅れの一番の原因だ。ガルダの刀と同じく、アレウスの短剣はエルフの鍛冶師にも手伝ってもらわなければならないだろうから余計にな」
「見通しが立つだけでもありがたいよ。この一週間は依頼を受ける予定は立ててないけど、どうだ?」
「可能なら二週間ほど空けてほしかったが、すぐにでも聞いてくるとしよう。シンギングリンには『門』があるから、こういった伝達は楽で助かるな」
「ありがとう」
席を立ったガラハにアレウスはお礼の言葉を述べつつ頭を下げる。
「畏まるな。オレとお前の仲はそんな冷ややかなものじゃないはずだ」
アレウスに笑みを浮かべつつ、ガラハは手を軽く振ってから立ち去った。
「パーティリーダーらしからぬ対応だねぇ」
「いたのか」
ロビーの隅からクラリエが姿を現す。
「なんで仲間内の話を気配を消しながら盗み聞きしてるんだ……」
「秘密の話ってなんだから魅力があるんだよねぇ」
「別にこんなのは秘密でもなんでもないが」
「あたしの気配消しがまだアレウス君に通用するかどうかの確認も含めてね」
基準をアレウスにしている理由が分からない上に実験として利用されるのもあまり気の良い話ではない。が、クラリエのこういった行動に不愉快を感じることはない。彼女の行動については諦めている。諦めた方がいいのだ。それに、秘密の話は技能不能となる魔法陣の敷かれた一室でするだけだ。シンギングリンのアレウスたちの家は辛うじて異界化から免れていたこともあって各自の部屋、一部の共有部分が感知や聞き耳の技能が通用しない構造を維持している。
「でも良かったよね、あたしたちの家がギリギリで残っていて。浄化作業は目途が立ってきたけど、復興はまだまだ先だけど休める場所があるのは嬉しいかな」
「共同生活なんてほとんど出来ていなかったからな」
「でも、あたしたちってパーティを組み始めてから私生活以外ではほとんど一緒だったし、あんまり一緒に住むところに嫌悪感はないんだよ? これってダークエルフでも割と凄いことなんだから」
「リスティさんが明確な基準――ルールを決めてくれたから男女であっても安心感はあるな」
「って言うか、力ずくで押さえ付けてどうこうできる女の子はこの家にいないけどねぇ」
か弱さや抵抗する力を持たない女性はそもそも冒険者にはなれない。そしてクラリエを筆頭にアレウスの周りにいる女性は男に襲われそうになっても逆に退治してしまうだけの力を持ち合わせている。
だからって、邪な感情を抱いていいわけではない。もしかしたら抱くかもしれないが、その抱いたものを身勝手に近場の女性で発散させようという考えがまず駄目なのだ。抵抗するしないといった議論はその先にある。
「『身代わりの人形』はどうだ? 生成は追い付いているのか?」
「全然駄目。エリスの家系に頭を下げて、ようやくその技術が他の一族にも教えてもらえるようになったんだけど、それでも追い付かない。試作品を何度かリスティにも渡したことがあるんだけど、一年前の品質は維持できてない。試作品は死ぬ一撃じゃなくても発動しちゃうんだよねぇ。そのせいで本当に死にそうなときの一撃を防げなくなっちゃう。勿論、中には成功したのもあって、基本的にはそっちが市場に回るようにはなっているはずなんだけど」
「売買には関わっていないのか?」
「あたし、そこの辺りは馬鹿だからねぇ。商人との交渉とか絶対に無理。売り上げ以上に人の命に関わる物だから値段どうこう言っている場合じゃないのは分かるんだけど、エルフにも譲れない部分はあるから」
「そりゃ、今まで普通に取引していた物をタダ同然で譲れと言われたって、そこで肯く人はいないよ。正しく製品が機能するのなら、失敗作じゃないなら一年前と同価値で売り出すべきだ」
「そうなんだけど、一年前のあの日のことはほぼ全てエルフの暴動によるものでしょ? その辺りで負い目はないのかだのなんだの言われちゃって……イェネオスやエレスィが頑張ってくれているけど、かなり酷いこと言われているかな」
クラリエは少しばかり辛そうな表情を見せる。
「協力してほしいときに協力してもらえなくなるかもしれないから、僕はそうやってエルフに文句を言う勇気はないかな。大体、こうしてクラリエが僕と話をしてくれているだけでもありがたいことで、イェネオスやエレスィが僕を認めてくれていることも現実的に考えてあり得ないことだから」
「ドワーフにも一目置かれているのは凄いよねぇ。いや、ガルダや獣人、ハゥフルにすら認められているんだっけ。アレウスは見た目で決め付けないし、判断をこっちに委ねてくれるから。あたしたちの意思を知ったあとはちゃんと支えようと努力してくれる。力になれていないこともあるかもしれないけど、心情的にはあたしたちは凄く助かってるよ」
「そこまでなにかをしたつもりはないんだけど」
「積み重ねが大事ってこと。ああそれで、『栞』の話もしたいんだけどいいかな?」
訊ねてくるのでアレウスは首を縦に振る。
「こっちは『身代わりの人形』に比べて割と簡単に製紙技術が確立したから、ほぼ失敗作はなくなったかな。試作品をリスティを含めて何人かの冒険者に使ってもらっているんだけど、目立ったロジックの被害は出ていないって報告をエレスィがしてた。だから、お金を出してくれたら近い内にアレウスにも何枚か回せるよ」
「それは伝手によるものか?」
「大丈夫。客の順番はちゃんと守るって。そういうところ厳しいよね、アレウスは。ちょっとぐらい自分に益があってもいいと思うけど」
「必要としているのは僕だけじゃないんだ。冒険者たちが必要としている限り、僕だってその内の一人で、特別待遇は受けられない」
「だからそこがアレウスの良いところでもあるけど悪いところだよ。上手い具合にあたしたちを利用するってことも考えなきゃ」
「仲間を利用するみたいな考え方はやめにしたんだ」
「へぇ……? 昔は利用してたみたいな言い方だけど、あたしは別に利用されていたイメージないなぁ」
そうは言うが、アレウスは仲間のことを利用価値のあるなしで決めていた時期がある。ヴェインを仲間にするかを見定めていたときだって、信頼していい相手かどうか疑ってかかった。結果的にヴェインはアレウスたちの信用を得たわけだが、そこに利用してやろうという気持ちは実際のところあった。
自然と月日が経つ内に、その刺々しい感情は薄れていったのだが。
「さて、と。アレウス君は今日は泊まり?」
「その予定だけど?」
「ふぅん…………いやぁ、やっとかぁ」
「なんだその顔は?」
したり顔でこちらを見つめている。
「今日でようやく、あたしも遠慮しなくて済むんだなぁって。アレウス君はこれから大変だねぇ? アベリアちゃんに限らず、あたしやクルタニカ、ノックスちゃん――ちゃん付けでいいか分かんないけどまぁいいや。あとリスティさんまで気に掛けなきゃならないんだから」
「……自分が散々、首を突っ込むたびに良い顔をしたせいだって思っているよ」
「好奇心で目を向けて、だけどそのあとは真面目に考えて……あたしはアレウスの悩んだ末の決断を悪く思う気はないよ。だって、その決断しかないから。あたしやノックスちゃんは特にね」
「ミーディアムにはミーディアムの苦しみがあるから」
「でもさ、好きになった人に一生添い遂げようとする感情って、そこまで悪いことなのかな……? ってね。まぁ、その人が別の人を好きだったら本当の本当に邪魔にしかならないから、一概に言い切れないけど。なんて言うんだろ……同じ人を好きになったからって、今の関係を無茶苦茶にして壊したいみたいな破滅願望はないんだよね。アベリアちゃんに先を越されても、それはまぁ順当にそうだろうなぁとしか考えないし、最終的にあたしの方を向いていなくても、アレウス君はあたしを邪険には決してしないだろうなって分かっていて、思っていたほど心は穏やかなんだよ。だから、さ」
クラリエは耳元に顔を近付けてくる。
「すぐになにかが変わるわけでもないし、あたしもすぐに仕掛ける気はないから、まぁ、うん……愉しみに待っててね?」
その妖艶な囁き方に思わず肯きそうになったが鋼の意思でビクとも首を動かさなかった。クラリエは微笑みながら景色に溶け込み消えた。
「……まぁ、もし隠れていたり盗み聞きしようとしても気配消しは解けるからな」
なのでクラリエは本当に家を出て行ったのだろう。
変に気を遣われたが、気を遣われなければ決心も付かない。
アレウスは紅茶を飲み干し、食器類を全て流し台に運んでから廊下を歩き、アベリアの部屋の扉をノックする。返答が来るまでの間に沐浴などを済ませていることをもう一度、頭の中で確認してから扉を開ける。
なんとも不思議な香が焚いてある。そしてベッドにアベリアは腰掛けていた。極めて薄い肌着を身に付けており、その銀髪、柔肌が蝋燭の灯りに照らされて驚くほどに眩しい。
「この香は?」
ずっと見ていると頭がおかしくなりそうだったため、香りの方に意識を逸らす。
「その…………雰囲気が、良くなるように……リスティさんから、貰って。緊張がほぐれるんだって」
「そ、うか」
エルヴァと約束をしたから、ではない。それはキッカケに過ぎず、決して約束を果たすために仕方なくなどではない。
これがアレウスの出した答えなのだ。アベリアには事前に伝えており、許可も得ている。
ナルシェのアーティファクトとの邂逅があったから決心したのでは、と問われれば若干だが肯いてしまう。あそこまでアベリアが感情的に気持ちを吐露している場面を見て、彼女の好きな相手であるアレウスがずっと日和っていては申し訳が立たない。
アベリアがチラチラとこちらを見てくる。彼女は薄着ではあるが、ほぼありのままの姿を晒している。肌寒さもあるのかもしれないが、触れてはいけない存在にすら見えるほどに美しく、しかしながら触れたくなるほどの肢体にアレウスは生唾を飲む。
ヴェラルドとナルシェに異界から救い出されてから、彼女の未来のためにと常に一緒だった。彼女の裸など見慣れているはずなのにどういうわけか初めて見たのではないかと錯覚するほどの新鮮さがあった。
「私……リスティやクルタニカから、色々聞いたけど……その、なんか、粗相をするかもしれないから」
「僕だってなにをどうしたらいいかなんて知らないよ。でも、ヴェインがその初々しさが大事だって言っていた」
隣に腰掛ける。今、この部屋にはアレウスとアベリアしかいない。ひょっとすると家にも二人しかいない。部屋の全てには魔法陣が敷かれているため、外から盗み見したり盗み聞きする術はない。逆に気配をアレウスは感知できる。
「このお香、本当に効果ある? 僕、物凄く緊張しているんだけど」
「私も……あの、えっと、支度は、済ませてあるから」
ゾクッと体に痺れが走る。痛みを伴うものではなく、快感という形で体が反応した。
これからアベリアを抱く。現実とは思えないほどに思考が不明瞭だ。恐らく理性より本能が昂っているせいだ。なにも考えられなくなる。考える必要がないから、思考力が堕ちている。
これまでずっと、自分自身が抱き続けてきた性欲に悩み続けるだけでなく我慢をし続けてきたが、一時的であれようやく解放される。その興奮がきっとアレウスらしからぬ落ち着きのなさを生み出している。
「軽い気持ちじゃないから」
「アレウスがそんな軽い人じゃないことぐらい知ってる。でも、他のみんなよりは私のこと……優先してほしい。そういう特別扱いも、あんまりしたくないだろうけど」
「そんなことない。僕は心の底からアベリアを……えっと」
逃げるな。自身に心の中で怒鳴る。エルヴァにあれだけ言い放ち、呆れもしたのだ。
あの男のような、寸前で日和ったり逃げるようなことはしたくないなと思った。
「好き……だ」
手を繋いで、顔と顔を見合わせて、ハッキリと告げる。
「好き、だから」
もう一度告げる。
一回で伝えられていることを二回言ってしまった。自信のなさの表れだ。ちゃんと伝わったかどうかがすぐに分からず、戸惑ってしまった。
「私も」
アベリアは薄っすらと涙を浮かべている。
「大好き」
お互いの気持ちのどこにも嘘はない。嘘は態度に現れる。そして心からの誠心誠意の言葉も態度に現れる。それを見極める基準はとても曖昧で、複雑怪奇で、間違えることの方が大変なのだが。
このときだけは、嘘ではないとすぐに分かった。
抱き締めて、見つめ合い、口付けをかわす。大人らしくない子供染みた下手くそな口付けだったが、二人してその下手くそ加減に思わず笑みがこぼれた。
アレウスはアベリアをベッドに押し倒す。彼女が肌着だけでいてくれてよかった。服を着込まれていたなら、まず絶対にこの状況では脱がせられない。ここまで来て恥を掻いたってなんとも思わないが、テンポの悪さで雰囲気が削がれてしまうとただでさえ緊張しているこの状況では、ある意味で致命的となる。
「大丈夫?」
アベリアが訊ねてくる。
「緊張で……出来ない、こともある、って……その、えっと、クラリエやクルタニカが、言ってて」
強張った顔をしていたのだろう。変な心配をさせてしまった。
「大丈夫」
実際、そこのところに不安はない。
不安があるとしたら、己が本能に従い過ぎて滅茶苦茶にしてしまわないかということだけ。
そこだけひたすらに気を付けなければならない。この営みは決して、愛する対象を傷付けていいものではないのだから。
彼女に触れていく。彼女もアレウスに触れていく。
夜は更けていく。二人はその長いひと時の間に、互いが抱き続けていた愛情を確かめ合った。




