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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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集会は激しく

 一時間を心地良いとは言い難いものの訪れた時よりは気楽に過ごし、ヴェインが父親に呼ばれ、その数分後に戻って来る。ヴェインの父親――カタラクシオ家の家長に同席の許可を貰い、三人は村の集会所へと案内された。


 突き刺さるような鋭い視線が向けられる。動じるわけではないが、場合によっては殺意と取っても問題無いほどのギラギラとした目で睨まれている。アレウスとアベリアは案内されるままに、一番隅の席の更に二つほど後ろに用意された椅子に座らされた。そしてその一つ前にはヴェインが座った。テーブルと面しているのは家長と村長。

 要するに話し合いを聞くのは良いが、決して邪魔をするなという意図が感じられる。発言権があるのはテーブルで向かい合うことが出来ている家長たちのみという雰囲気がもう出来ている。この状況でヴェインが話を持ち掛けられるのか、非常に怪しいところがある。アレウスですら、これは呼吸する音さえ静かにしなければと思うほどだ。


「本日の集会を始める。議題は行方不明者の捜索、及びこのような凶行に及んだ犯人を突き止めること」

 白髪のお爺さんが、しわがれた声ながらもしっかりと全員に届く声量で発する。まるで現在の自身の感情を示しているかの如く、随分と低い声だった。最初に発言し、そしてここにある椅子の中では一番装飾の映えた椅子に座っているところから、お爺さんが村長であることは窺えた。


「今日に入ってもう六日目。ずっと同じ話し合いを続けていますが平行線のままじゃないですか。どれほど根掘り葉掘り聞こうと、私たちは決して今回のような非道な行為に手を染めてはおりません」


「では私の娘はどうなる?」

「私の息子もだ」

「犯人を突き止めなければ、息子が無事かどうかも分からない。話し合いを切り上げるということは、諦めということか?」

「そのように仰るということは、あなたの家族が犯人なのではないですか?」


「ただ私はこのままでは水掛け論が永遠に続くと言ったまでです。どうしてそのような疑いを掛けられなければならないのか。それに分かっていますでしょう? この六日間、全員の家を(くま)なく調べ尽くしました。村長の家すら調べたんですよ? なのに成果はまるで得られなかった。私はね、家長同士で疑い合うのはもうやめにしましょうと言いたいんです。私たちの誰も、このような犯行には手を染めていない」


「ならば一体誰がしたと?」

「冒険者ですよ」

 分かってはいたが、よそ者に疑いが向けられる刹那の強烈な視線の数々は、それこそこの場から居なくなってしまいたいほどに強く、殺されるのではないかと思うほどの圧が込められていた。

「なにか弁明の余地はありますか、冒険者さん?」


 ヴェインの背中に視線を送る。発言して良いのかどうか。それが分からない。数秒後、彼は振り返らずに首を横に振った。ならば信じて、アレウスもアベリアも黙る。


「よそ者はいつもそうやって、私たちの言葉から身を掻い潜ろうと黙り込んでしまう。拷問にでも掛けた方が良いのではないでしょうか。さすれば、多少の情報も搾り出せることでしょう」


「人種として最低最悪な提案だと分かっておいでですか、キギエリ・コーリアス様」

 女性の強くて済んだ声が耳に響く。

「拷問に掛ける? 集会において私たちはいつだって議題を出し、相談し、語らい、解決の道を探って来た。誰一人として、そのような非道な行いについて口にするなど、ありはしなかった。それは私たちが横で繋がり誰もが知り合いであり誰もを信じていたからであると分かっておいでですか?」


「提案を出しただけに過ぎません。エルフロイト家の孫娘様」

「であれば、もっとマシな提案を出して頂きたいものです。人種の矜持を捨てては、信ずる心すら失われる。しかしながら、あなたは既にそちらへ足を踏み入れてしまっているように思われますが」

「村長の孫娘とは言え、口が過ぎるのではないですか? 所詮は、あなたは未だ地位は“村長の孫娘”。決して家督を継いでいるわけではないのです。家長に歯向かうことが許されていると思ったら大間違いです」


「では、お聞きしますがキギエリ・コーリアス様。冒険者を拷問に掛け、一体どのような情報が搾り出せるというのですか?」

「それはやってみなければ分からないことでしょう?」

「笑わせてくれますね。矜持を捨ててまで得るものが分からない? 分からないでは済まされないのです。分からないとは即ち、得るものがないと言っていると同義です。それでは我が村に終生語り継がれることでしょう。『コーリアス家の家長は、冒険者憎しで無実の者を拷問に掛け、なにも得られなかった』と」


「弁が立つじゃありませんか。良かったですね、村長。あなたの孫娘は矜持の一つすら破れずして、村をこのまま壊滅に導きたいらしい」

「矜持を捨てるぐらいなら滅びを受け入れましょう。それとも、この村の代表になる夢が潰えてしまったことに未だ女々しくも恨み骨髄なのでしょうか? なるほど、でしたら冒険者を憎むのもおかしくはないですね。キギエリ・コーリアス様?」

 とてもではないが、この会話の応酬に入りに行くことは出来ない。ヴェインが首を横に振ってくれていなければ、すぐに言葉を失ってあらゆる疑惑が掛けられてしまうところだった。

「この場で言って良いことと悪いことがあるでしょう」

「皆は既に知っていることですよ。蒸し返してもあなたは動じないと思っておりました」


「あの二人になにがあった?」

 ボソボソと後ろからヴェインにアレウスは訊ねる。

「キギエリは父君を亡くして家長を継いだ。ある時、エルフロイト家に取り入ろうとしてエイミーに求婚したんだよ。結果はあの通りだけど」

「ん? いやでも、村長の孫娘は」

「俺の婚約者だ。その頃はまだ婚約まで話は進んでいなかったし、付き合ってもいなかった。でも、この話が村全体に知れ渡ったあとに彼女から俺は求婚された」

「孫娘から……? 別に話題を逸らすために、だとかそういうつもりではないのは分かるが」

「俺も最初は疑ったよ。彼女は自分自身の与り知らぬところで婚約の話を祖父や父君から持ち掛けられ、そして勝手に決められるのを嫌がったんじゃないかって。でも、あの時の目は、あの時の言葉は、見れば見るほど、聞けば聞くほどに本気だった」

「だから断らなかったんだな?」


「断る理由も無いからね。幼馴染みの俺はずっと、言えない気持ちを抑えていたんだから」


「……そうか」

 だったらヴェインは村長の孫娘――エイミーに利用されているわけではない。矛先を向けるための盾にさせられているというわけでもないだろう。


 コーリアス家の家長との因縁は未だ拭え切れていないものがある。なにより家長から直々に求婚し、それを断ったのち、村長の孫娘側からカタラクシオ家の息子に求婚の話が持ち掛けられたとなれば、相当の恥辱である。同時に面目も丸潰れだったに違いない。


 エイミーとコーリアス家の家長のやり取りは熾烈を増して行く。言葉と言葉のやり取りなのに、それを武器に殴り合っているかのような戦いだ。女性ながらに全く物怖じせず、それどころか言葉だけで家長を追い込んでいる。


「――だから、まだこの集会に出られる立場ではない。村長の孫娘だからというたった一つの理由だけで同席するなど不届きが過ぎる!」

「祖父はここ数日の心労が(たた)っております。この場で倒れられては、私たちエルフロイト家は参ってしまう。父と母は仕事で集会に出られない。ならば私がここで祖父のために、村のためにと同席することのなにが悪いと仰るのですか?」

「その高飛車な態度を改めろ」


 空気が張り詰める。キギエリ・コーリアスが剣を抜いたのだ。


軽やか(エアリィ)

 アベリアがボソリと魔法をアレウスに掛ける。

「動けと言われずとも、マズい時は出る」

「頼むよ。俺が立つと、キギエリの感情を更に逆撫でする」

「いや、お前が行った方が良いだろ。婚約者なんだから」

「彼女なら大丈夫だと思っている」

 見ればヴェインは拳を固く握り、その爪が喰い込んで今にも血が噴き出してしまいそうだった。それほどに発言することも行動することも耐えている。何故なら、村長の孫娘にここで助けに入れば、キギエリがカタラクシオ家とエルフロイト家との間柄を癒着だなんだと喚き散らしかねないからだ。自身の立場を弁えているからこそ動けない。その歯痒さが分かれば、アレウスはもう彼にはなにも声を掛けることはない。


「集会所では一切の刃物の持ち込みを禁ず。これは全ての家長に出した祖父のお触れであったはずです。特に現在のような物事が未だ見定められていない状況下ではより一層、このお触れは強く守らねばならないはず」

「ならば冒険者は刃物を持ち込んでも構わないと? お触れに例外があるなど笑い話にも程がありますな」

 エレナが立ち上がりテーブルから離れる。他の家長と村長の祖父を巻き込まないためだろう。

「ここまで意地になると言うことは、あなたが一枚噛んでいるのでは? エイミー・エルフロイト」

「また理由も証拠もないこじ付けをなさいますね」

「その厚顔無恥な態度が崩れれば、私の言葉も意味を持ちますよ」

 キギエリが走り出す。


 アレウスが立ち、一気にテーブルを飛び越えて止めに入ろうと思い立った時、エイミーが壁に掛けられていた刃を外してある薙刀(なぎなた)を手に取る。

 形状としては薙刀だが、あれではただの長い木の棒である。そんな物でどうこうするつもりなのか。そんな目でキギエリはエイミーを見下しながら剣を振るう。


 間合いを詰めさせず、一切の躊躇も油断も無く、その手捌きは素早く、キギエリの剣戟を弾いてその次に腕を叩いて剣を落とさせた。


 実際、キギエリの剣の構えも振り方は素人だった。ギリギリまでアレウスが動こうとしなかったのもそのためだ。つまり、距離を詰め切るまでに余裕があった。だが、それ以上にエイミーの薙刀の方が早かった。ヴェインの「大丈夫」とはこのことだったらしい。


「見知った相手に剣を向けるなど、恥を知りなさい。キギエリ・コーリアス」

「それで勝ったつもりか!」

 だが、二度目をエイミーは予測出来ていなかった。手を叩いて剣は落とさせた。それでももう一方の手で懐に忍ばせていた短剣を抜いて、キギエリは距離を詰めた。


 だからその二人の合間に一足飛びで割って入り、アレウスが短剣でこれを止める。


「冒険者風情が村の問題に手を出すなど!」

「村長の孫娘に刃を向けて、尚そのような妄言を仰るとでも? 怪我では済まされない大怪我を負わせては、命を守る冒険者として見過ごすわけには参りません」

 重みはない。これは短剣の扱いも素人だ。足運びさえままならないようなので、弾いてよろけたところで手首を掴んで引き寄せる。そしてその手首を短剣の柄頭で小突いた。キギエリは痛みで握っていた短剣を落とす。


 手首を離さずに後ろに回って、足を引っ掛ける。そこにアレウス自身が体重を掛けて、うつ伏せに倒した。


「このような暴力が、冒険者だからと許されるとでも言うのか!?」

「最初に剣を取ったのはあなたです。その言動はとても危険であると判断し、しばしの間、軟禁します。軟禁場所はあなたの家で構わないでしょう。唯一の慈悲と思いなさい」

 キギエリはアレウスの拘束から逃れようと暴れている。ロジックを開いて意識を奪うのも手ではあるのだが、やはりそのような方法は好ましくない。


 複数の家長がやって来て、キギエリの両手を後ろ手に縄で縛り、アレウスはそれを見届けてから彼の上から身を退()ける。立ち上がったキギエリはアレウスを睨み付けたのち、不服そうにしながら何人かに連行された。


 アベリアの魔法が解けて、アレウスは戻って来た負荷でよろめくが、なんとか堪え切って短剣を鞘に納める。


「油断無きよう心掛けていたのですが先ほどは助けて頂き、感謝します」

 刃の無い薙刀を壁に掛け直しながらエイミーが礼を言って来る。

「余計な行動でなかったかとヒヤヒヤしていました」

「命を守りたいと思い、動いたのであればその行動を誰も咎めません。ヴェインが語るだけのことはありました。その動きで初級冒険者なのですね……なんとも、冒険者とは次元の違う身体能力を持っているようです」

「魔法で身軽に動けるようにしてもらっていただけです。普段からテーブルを一足飛びに出来るわけじゃありませんよ。中堅まで上がれば、それも出来るようになるのかも知れませんが、僕たちはまだまだ若輩者で未熟者。救える命と救えない命があります。なので、次も同じように助けられるとは思わないで下さい」

「大きく力を語る冒険者を見て来ましたが、そのように身の振り方に警告をして来る方は、未熟な冒険者と謙遜なさるあなたが初めてですよ。キギエリを連れて、家長も減ってしまいました。お祖父様(じいさま)、今日はもう解散と致しましょう」

「では、そうしよう。それと、エイミー」

「はい?」


「明日の集会からは顔を出すでない。今日のようなことが明日も起こっては、幾ら口達者とはいえ、置いておくのはヒヤヒヤしてしまう」


「申し訳ありません。お祖父様がそう仰るのなら従います」

 お灸を据えられて、エイミーは俯き加減に答える。

「旅のお方――いえ、冒険者とお呼びした方がよろしいですかな? 家で案内しましょう。カタラクシオの家長殿、ヴェイナードをお借りしてもよろしいですかな?」

「構いません。立場を弁え、黙って耐えていた息子ですから粗相をしでかすようなこともございませんでしょう」

「では、エイミー。三人を家にお連れしなさい。ワシは今日のことをギルドに報告に行くとしよう」

「一人で外に出るのは危険です。私も一緒に参ります」

「カタラクシオの家長殿、一緒に頼めるかのう?」

「ええ、村長の頼みとあれば」

 村長とヴェインの父親は席を立ち、集会所をあとにした。


 ギルドへの報告であればアレウスも共に行きたいところであったのだが、村長の厚意を無碍にするわけにも行かないだろう。

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