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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第11章 -異界獣リオン討伐-】
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一つの憧れの終わり

 たとえアレウスのロジックがアベリアの手によって書き換えられた過去があろうとも、手を差し伸べた事実はなくならない。そこにあった感情全てが彼女の企てたものであったとしてもだ。その辺りの感情はもうラブラと戦ったときに振り払っている。


 今、この瞬間もアベリアのことを想っている。だったらそれで構わない。


「“火の玉、踊れ”」

「“魔炎の弓箭”」

 ナルシェの火球とアベリアの炎の矢が激突し、炸裂する。炎が効かないと分かっていて火属性の魔法を使ったのは爆風で視界を奪うためだ。その策略は容易に想像が付く。

 大事なのはその先だ。安直に、愚直にナルシェが爆風を振り払いながら飛び掛かってくるとは思えない。ならばここでアレウスとアベリアの接近を妨げた理由はただ一つ。


「流れるは水、奏でるは音色」

 ナルシェは大詠唱を始めている。阻止しなければ場の状況が悪くなる。アレウスは全速力でナルシェの傍に駆け寄る。

「されど清らかさは遠く、彼方へ」

 アレウスの剣戟はナルシェの体を引き裂いた――のではなく、紙片がナルシェに化けていたものだった。

「廻るは命、還るは穢れ。されど交わり、世界を乱す悪意とならん」

 最悪なことに、ナルシェの声は辺り一帯の紙片から聞こえる。それどころかナルシェに化けている紙片があちらこちらに見える。アベリアが手当たり次第に火球を放つことで虱潰しにしているが、これはまず大詠唱を止められない。

「“燃えろ、燃えろ、燃えろ。今宵は熱く燃え上がれ”」

 後方でアベリアが詠唱を始めながら、さながら舞台上で踊るように華麗な足運びを見せる。


「精霊の戯曲は間に合わないよ」

 このナルシェの声は本物に違いない。なぜなら紙片は大詠唱を中断することができないからだ。聞こえた方向にアレウスが突っ切って、刺突を繰り出す。ナルシェが外套を盾にして阻止しながら後退する。

「故に巡れ、故に流せ、故に命じる。害なす悉くを屠れ」

「“とても素敵な夜になりそうね?”」

 構わずアベリアは言霊を紡ぐ。


「大詠唱、っ!」

 紡ぎ切る前に更に深く踏み込んだアレウスの剣戟がナルシェの首筋を掠める。

「“ああ、今日の華麗なステップには猫も驚いて足を止めるだろうさ”」

 しかしナルシェはアレウスを杖術で制すると、周囲の紙片の爆風で姿を隠す。

「“このまま見惚れさせて、今宵の熱に酔わせてしまいましょう”」


 ただし、この妨害によりアベリアの詠唱が間に合った。


泥よ(クラウディ)()濁流となれ(ストライク)!」

「“|情熱なる(カリエンテ)炎の()円舞(ワルツ)”!」


 アレウスが大きく避けてから泥の波濤と迸る爆炎がぶつかり、せめぎ合う。


「さすがの魔力……でも、精霊を介した魔法においてその力関係は絶対」

 爆炎を泥の波濤が鎮火させていく。

「それに、急いだせいで無茶なステップを踏んだでしょ? それじゃ精霊が足並みを揃えられないから精霊の戯曲の威力は下がる。そして、この大詠唱は水属性でもあるけれど、同時に土属性。だから地下では威力が高まる」

 炎の全てを呑み込んで、泥の波濤はアベリアを呑み込んだ。

「だから、あなたの魔力が絶大であっても必ず私が勝つ」


「“魔泥の弾丸”」

 泥に呑まれたはずのアベリアの詠唱が聞こえ、複数の泥の塊がナルシェへと打ち付ける。

「無傷……? いや、魔力は削いだから無傷ではないけれど……ああ、そっか。しまったなぁ」

 独り言を呟きながらナルシェはアレウスの剣戟をかわす。

「私のギルドで与えられた称号は『泥花』だから」

「あの子は土の精霊に愛されているんだった」


 ナルシェを間際に捉えたアレウスだったが、またも彼女の纏う外套によって阻まれ、生じた火柱に紛れて逃げられる。


「私の体をその短剣が掠めて、あなたも気付いたんじゃないかしら?」

「……いいや」

「嘘を言っても駄目だよ。その短剣が、激しく私の死を求めている。持ち主なら分からないはずがない」

 ナルシェの首を僅かに掠めたアレウスの短剣は、彼女の言うように激しく訴えかけてきている。


 殺せと。強く強く、殺せと求めてきている。そしてその殺意の衝動が高まれば高まるほどに剣身のひび割れは酷くなり、今にも砕け散ってしまいそうになっている。


「揺れるは草木、届けるは音色。されど時として、強く吹き荒れる」

「また大詠唱……?!」

 アベリアが驚きながらも魔力の攻撃を放って紙片を散らす。

「そんなに連続で撃てるわけがない」

「故に疾く廻れ、故に奔れ、故に命じる。仇名す一切を跳ね除けよ」


「アレウス!」

 呼ばれたためアレウスは一気に後退してアベリアと手を繋ぐ。

「大詠唱、“嵐風よ(ストーム)()衝撃となれ(インパクト)”」

 空気が渦を巻き、竜巻を作る。さながら嵐のように空気を取り込みながら広がり、アレウスとアベリアを飲む。


 アベリアの魔法も、アレウスの回避も関係ない。逃れようのない範囲攻撃。唯一の救いはその大詠唱がクルタニカとヴェインの方には向いていないことだ。とはいえ、これほどの風量、風圧が傍にあって無視できる代物では決してないのだが。


 空気はアレウスたちを捩じり切ろうとするだけでなく、空気の刃が全身を傷付けてくる。

 だが、直前でアベリアと手を繋いだことで魔力の充填はできた。そして彼女もそのつもりで手を繋ぐことを求めてきた。だから大詠唱の中での『継承者』と『超越者』としての着火は必然である。

 嵐の中で火を起こし、二人の爆炎は風によって拡大するだけでなくナルシェが送り込んできた魔力を糧にして増大し、炎の嵐となって逆にナルシェへと返される。


「出たね、『原初の劫火』とその『種火』」

 しかしナルシェに焦りの色は見えない。

「今更ながらに思うよ。あなたたちは巡り合いは運命だった。けれど、その力は埋もれるはずの力だったんだ」

 紙片が何重にも彼女の正面に魔力の障壁を作る。

「私たちは救い出すと同時にその埋もれなければならない力を世界へと送り出してしまった。分かる? あなたたちは神様に愛されていないんじゃない。愛しているからこそ、神様はあの異界で命を落としてほしかった。子供には渡ってはならない力が渡った。そして『原初の劫火』はシンギングリンの『聖骸』で甦ることによって、覚醒に至った」

 炎の嵐を凌ぎ切ったナルシェは言葉を続ける。

「『聖骸』の中には、誰の魂にも適合しない特別なものがある。魂の依り代なんて通常は無作為で選ばれるはずなのに、決して選ばれない――呼びかけに応じようとしない骸がこの世にはあるの。それこそが、クルタニカやアベリアの魂が宿り直した『聖骸』。魂の呼びかけに対して、魂を選り好みしていた『聖骸』が応答した」

 複数の炎がナルシェの周囲を踊り、火球となってアレウスたちに撃ち出される。その魔法の炎をアベリアが逆に自身の魔力で塗り返して、ナルシェへと撃ち直す。アレウスは自身の纏う炎を短剣に集約させ、足裏で小さな爆発を起こしてナルシェへと迫る。


 一方的な剣戟の中でナルシェは火球を避け、杖術で捌き、足運びで凌ぎながらも瞳は常にアレウスとアベリアを捉えて離さない。そしてやはり気配消しを行っても、彼女はアレウスの動きに付いてくる。

 このカラクリは既に気付いている。最初に唱えた“観測”の魔法によってアレウスは常に捕捉されているのだ。あの光球――観測球はナルシェの足りない感知能力を補助している。かといって狙おうと思っても空気に乗って逃げる羽虫のように容易く撃ち落とすことができない。


「僕たちは一度だって神に愛されていると思ったことなんてない」

「神様が強大な力を持つのはかわいそうだからと死ぬ運命に晒した子供たちがどういうわけか生きて異界から世界へと帰ってきている。それは運命を定めた神様にとっては想定外のことであり許されないこと。だから、あなたたちの前には――特にあなたには多くの試練が課せられた。今も尚、試練は未来に課せられ続けている。神様は自分が定めたことが覆ったことを認めない。神様は自分自身が絶対であるがゆえに、あなたたちを死なせると決めたのなら必ず死ぬように定める。だからアレウリス? あなたは異様なほどに世界に嫌われているんじゃないかと思うほどの災禍が、試練が訪れ続ける」

 更にナルシェは紙片を燃やしてアレウスへとぶつけてくる。


 魔法の炎は通用しないと分かっていてナルシェはどうして火属性の魔法をこうも何度もアレウスやアベリアに仕掛けてきているのか。分からないのだが、それらの隙で攻め立てることはできているため深く考えない。

 攻め立てているとはいえ、どうにもこうにもナルシェに有効打を与えられないのは葛藤のせいか、それとも純粋に力が及んでいないせいなのか。『超越者』として着火しても、『継承者』としての力を解放しても、二人掛かりでナルシェを抑え込めない。


「どうして……」

 アベリアが呟く。

「こんなにも力があって、どうしてナルシェも……ヴェラルドも! リオンなんかに!」


「……悲しいよね、アベリア。こうやって戦っていると私が力を出し切れていれば、ヴェラルドが力を出し切れていれば……そんな風に、思っちゃうのかな」


「わたくしたちのせいですわ……いいえ、わたくしのワガママのせいと言ってしまってもいいんでしてよ」

「どういうこと?」

「聞いているはずでしてよ」

「ヴェラルドとナルシェはクルタニカ防衛のために迎え撃ったルーファスたちの救援に行った。そしてその足で、僕たちが死にそうになっていた異界へと向かったんだ」

「だから……まともな休息なんてほとんど取れていなかったはずですわ……異界の調査を行うなら常に万全でなければならないのは当たり前ですけれど……アレウスがまだ幼いと聞いて、休んでから向かおうなんて……きっと、きっとヴェラルドもナルシェも考えなかったんですわ」


「休めてはいたけれど、クルタニカの言うように本調子ではなかったわ。私たちはガルダとの戦いで消耗した体力や魔力を完全に回復させ切る前に異界へと飛び込んだ。それはきっと大きな大きな傲慢だった。ヴェラルドが『異界渡り』と自称していたことも相まって、気軽に異界へと足を踏み入れてしまった。判断能力が鈍っていたのも、疲労によるものがあったのかもしれない」

 でも、とナルシェは続ける。

「あのときの私たちには、一切の油断なんてなかったわ。だからね、アベリア? 私たちが全力を出していてもリオンには敵わなかったの。異界獣は数十人の冒険者によるパーティがアライアンスを組んでようやく討伐できる強大な存在。私とヴェラルドの二人切りでは、討ち倒すことは絶対に不可能だった。そう、不可能だった…………私たちでは」

 紙片が燃えて、その炎をナルシェが外套に取り込む。

「燃えた魔力を……いや、魔力を、燃やして……まさか」


「エルフたちは揃いも揃って『生き様を燃やす』と言うけれど、なんでそれが『衣』と呼ばれていると思う? なんでロジックを燃やすとみんな様々な色の衣を纏うんだと思う? あれはね、衣を燃やすところから来ているの」

 もう分かるよね? と問い掛けながら、ナルシェの纏っていた外套はクラリエやエウカリスが見せた『衣』のように発光し、その先端はチリチリと燃えている。

「自分と一緒に育った外套を燃やす。古くからの伝統を私の一族は守り続けてきた結果だから、古典的ってみんなは言っていたかな」

「それじゃ、あのときにロジックを燃やせなかったのは」

「そうだよ。あなたに外套を被らせていたから」

 アベリアは知りたくない真実に至り、弱気になる。

「じゃぁ、私が……私が、ナルシェに外套を……渡せて、いれば……」

「考えるな!」

 アレウスは叫ぶ。

「あのときああしていればと考えたらキリがない! 僕はそうやっていつもうなされ続けてきた! もっと良い方法はなかったかと、もっと簡単な方法はなかったか、と。もっとみんなを助けられる方法はなかったのかと! でも、起こってから思い付く方法はどれもこれも止め処ない上に、現実的なものじゃない! あのときにアベリアが外套を渡せていなかったのはエルフの『衣』を知らなかったから! 知らないことに、知っていればと後悔したってどうにもならないんだ! それに、ナルシェの外套に『衣』との繋がりがあったって、リオンには勝てなかった……勝てるわけが、なかったんだ!」

「この子の言う通り、私が『衣』を用いてもリオンを止めることはできなかったし、『栞』を使ったヴェラルドでさえ討伐することは不可能だった。それでも、私たちは挑まなきゃならなかった。挑む理由があった。あなたと、この子がいたから。神様の運命に逆らってでも生かして帰す。神様に決められた運命から外れれば、その道は過酷に違いない。それでも、生かしたかった。それは私とヴェラルドの切なる願いだった」

「どうして?」

 アレウスの剣戟をナルシェは『衣』で受け止め、紙片の一部がアレウスの右横で炸裂して吹き飛ばす。

「どうして、足手纏いな子供より自分たちを優先しなかったんですか!?」


「子供を助ける気持ちに、理由が必要?」


「……あぁ」

 アレウスは息を零す。


 そうだ。子供を助けることに理由なんていらないのだ。


「子供が泣いていれば泣き止ませたいと思うし、子供が困っていたら話を聞いてあげたいし、子供が死にそうならどうにかして助けたいと悲痛な感情になる。子供の笑顔を見れば力が出るし、子供に応援されれば疲れが吹き飛ぶ。あなたたちは私たちからしてみれば悩みの種で、愛らしいどころか憎らしいし、可愛げなんてちっともなかったけれど…………子供に『ありがとう』って言われるのが大好きだったんだよね、私たちは。押し付けがましい正義感だし、言葉だけでなんの感情も込められていない『ありがとう』であっても、私たちは何度も何度も何度も何度も救われてきた。力が及ばずに泣いた日も、犠牲あり気の選択を取ったときの苦しみも、命が消えゆく子供を救い切れなかった虚しさも………仕方なく口にされる『ありがとう』であっても、あぁ無駄じゃなかったんだなって。そのときの全力を私たちは、出し切れていたんだよな、って。きっとそれは愚かな理由付けで、責任逃れも甚だしいものだったのかもしれないけど……私たちの生き様は、そういうので良いんだって思えた。特に私は、エルフの中でもハーフエルフに属していて、レウコン家でもあんまりいいような扱いは受けてこなかったから……ヴェラルドと出会って、彼と共に受け取り続けてきた『ありがとう』こそが、なによりも……そう、なによりも、嬉しかった」

 だから、とナルシェは言いつつ『衣』を伸ばす。

「あのときの私を越えていることを見せてほしい! 私の短剣がもう不要だということを教えてほしい! 私のアーティファクトをその手で、終わらせることで!!」

 『衣』による攻撃を次々とかわしつつ、アレウスは剣戟を繰り出し、アベリアは火の魔法を撃ち出す。そのどちらも正確に対処し、『衣』による補助もあってナルシェは縦横無尽に飛び回り、それを追い掛けるようにアベリアも炎を纏いながら中空を踊る。


 炎と『衣』の衝突は激しさを増し、辺りは火の海と化し、圧倒的な熱に包まれ始める。それを考慮してかクルタニカは自身の『冷獄の氷』を発動させ、自分自身とヴェインを熱から守る。


「獣剣技!」

 ナルシェの斜め下を取ったアレウスが短剣に魔力と気力を込めて力強く切り上げる。

火天(アグニス)()(ファング)!」

 ほぼ真下から来る牙を模し、炎を纏った強力な飛刃をナルシェが捕捉する。

「“水よ(アクア)()盾となれ(シールド)”」

 『衣』の力も加わった強力な水の障壁が炎の飛刃を悠々と受け止める。貫通は見込めない。そして、ナルシェもアレウスの放った技を完全に消し去ることはできない。だからその炎の飛刃を受け流し、彼女は次に備える。

「“魔炎の弓箭”!!」

 次に放たれるアベリアの大量の炎の矢を炎の飛刃と同じように水の障壁で凌ぐ。

「この程度の炎なら、全て水の精霊によって防ぐことができるわ! これじゃ私を越えたとは言えない!」


 そう言うナルシェの背後に、アレウスは跳躍を済ませている。この間、彼女は全くアレウスの気配に反応できていない。

 なぜなら彼女が受け流した炎の飛刃は観測球を打ち砕いたからだ。受け止めるのではなく受け流させる。その上で飛刃の軌道を修正する。そのための気力の込め方には細心の注意を払い、同時に受け切らせてはならないように威力も適正なところまで高めなければならなかった。


 その綱渡りを終えたからこそ、彼女はアレウスの気配消しに対応し切れない。


 ナルシェが振り返る。そして『衣』がアレウスに複数回叩き付けられる。それらを自身が纏う炎で押し退ける。

「そこからは一歩、届かない!」

 靴の裏を着火で爆発させての接近を知っているため、ナルシェは『衣』の力を借りて凄まじい勢いで距離を取る。

「“軽やか”!」

 アレウスの着火と同時に重量軽減の魔法が掛けられる。


 それはヴェインの『疾走』の魔法よりも古典的で、精霊の力を借りる魔法の中では簡単にして単純な魔法。

 だが、この魔法はアベリアの中では大きな意味を持ち、そしてこの場では確実な勝利をもたらす。


「凄いね」

 そう呟いたナルシェに凄まじい勢いで飛来するアレウスが短剣を突き立てた。

「そっか…………私に、憧れたんだもんね……だから、自分とは合っていない精霊の魔法を、習得していたんだ……」

 短剣が根元から折れて剣身は砕け散る。『衣』の燃焼が終わり、ナルシェはゆっくりと床に落ち、アレウスはその傍に着地する。

「ナルシェ!」

「分かんなかったなぁ……あなたと一緒だった外套から、色々と教えてもらったのに…………『軽やか』は、読み切れなかったなぁ」

「私、冒険者になったの」

「うん」

「沢山、あなたに憧れて、魔法を使えるようになったの」

「うん」

「私、好きな人ができたの」

「うん」

「私……生きていて良かったって、助けてもらえてよかったって……思って、いるの」

「うん」

 ナルシェの外套は紙片に変わり、ボロボロと燃えていく。それに連れてナルシェを象った『聖骸』も灰と化していく。

「生きていて、欲しかった……生きていて欲しかった、よぉ……!」

 アベリアは泣き喚き、灰と化していくナルシェにすがる。


「アレウリス? リオンの異界の場所を教えてあげる。あの異界は今も、あなたが堕ちた村の中に潜んでいる」

「どこですか?」

「シンギングリンの北――帝都よりも更に北東の、寒村。いいえ、寒村になったのは『異端審問会』のせいかしら」

「そこが僕の……」

「ええ、あなたの生まれ故郷。それと『異端審問会』がなにを目的にしているかだけど……この『聖骸』が世界中のどこにも存在しなくなったら、冒険者はどうなると思う?」

「……甦れません」

「甦れないなら、命の価値は全ての人間にとって平等になる。だから『異端審問会』が教会関係者を偽るのも、『聖骸』に近付くため。この世から冒険者を殺し切れば、この世界にとっての『異端』は存在しなくなる」

 ナルシェはアレウスに笑みを浮かべる。

「そんなの、許されるわけない。私が過ごした日々は決して、消えていいものなんかじゃない。冒険者が世界にとっての『異端』なわけがない。お願い、この世界を……救って?」

「救えるなんて、言うつもりはありません。でも、ずっと思っています。異界は必ず壊す、と」

「……ありがとう。それと、リオンの異界にはきっと……私が愛したたった一人のヒューマンが待っていると思う。その命を、終わらせてあげて」

「はい」

「あぁ……ヴェラルド? 私たちがあのときに助けたこと、決して間違って……な、か……た」


 ナルシェの体は全て灰となって消えた。

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