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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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疑心暗鬼は深く、危険は近くに

「絶対に無いとは言い切れない。襲撃には備えておけ」

「言われるまでもないから」

 ただの村人が冒険者を――しかも短剣や剣を持っていることを知っておきながら襲って来ることなどはまず考えられないが、無謀者と無法者ばかりは想定外の行動に出る。備えるに越したことはない。

「だけど、家長が互いに監視し合っているなら逆に襲い掛かりはして来ないんじゃない?」

「悪さはすぐに知れ渡って村八分だからな。だけど、村人に混じって村人じゃない奴が居たら大変だ」

 その村人ではない何者かが行方不明者を出している犯人であったなら。そう考えるとやはり気は抜けない。

「ヴェインに会うまでが第一段階だ」

「そこでようやく気を抜けるのかな」

 折角、地方の村に立ち寄ったのだから食事処で美味しい料理を味わいたいところだったが、ここまで雰囲気が悪くては舌鼓を打つ暇さえない。これは、食料を少なめに持って来たことを後悔することになるかも知れない。


 村は広い。闇雲に歩いてもヴェインの生家には辿り着けない。かと言って、村人に訊ねてしまえば噂話として伝播し、なにかしら悪い情報となって村長の耳に届きかねない。なんという孤独だろうか。アベリアが居なかったならアレウスはすぐに挫けてしまっていただろう。


「これも……あんまり良い印象は持たれないだろうな」

 一軒一軒、家の前に置かれている表札を確認する。これも村人からしてみれば怪しい行動である。訊ねるのと、足で情報を稼ぐのと、一体どっちの方が不審がられないのだろうかという迷いはあったが、もうこの方法で始めてしまった以上は途中で切り替える方が余計に不審になるに違いない。アベリアと二人で手分けをして――ただし決して目の届かないところには行かないようにしつつ、ようやくカタラクシオ家を発見する。

「ニィナの家も大きかったけど、ヴェインの家も大きいな……」

「それだけ村は潤っているんだと思う」

 皮肉な話である。

 ドアノッカーで扉を叩く。


「一体、何者だ? 知らない顔とは話をするなと村長からお触れが出ている。悪いがこのまま帰ってく、」

「アレウス! アベリアさん!」

 家長に追い返されそうだったところを扉を勢いよく開き、二人の前にヴェインが現れる。

「この二人は俺の知り合いだよ、親父」

「よそ者は信用できない」

「俺は信用している。俺の知り合いがこのままこの村に滞在して、犯罪者の烙印など押されでもしたら、たとえ親父であれ俺は許せない」


 息子の言葉に父親が気難しそうな顔をしたが、そのままなにも言わずに家の中へと戻って行く。


「さぁ、入って」

 ヴェインのお言葉に甘え、二人は家へとお邪魔する。

「すまないね、本当はもっと良い村なんだよ。よそじゃ監視し合っているなんて言われるけれど、誰も馬鹿なことなんてするわけがないと信じているからこそ、居心地良く暮らせる。それに、家長たちは冒険者やギルドとの関係も少しずつ良好にしようと努力していた最中なんだ」


「その最中に、行方不明か」

 廊下を歩くヴェインの足が止まった。

「そうだよ。これにはさすがに参った。だって、この村じゃそういったことは今まで起こっては来なかったからね。行方不明の五人はこの村じゃみんなの知り合いだ。だから、俺の知り合いでもある。手紙を読んだ時には四人だった。それが俺が帰る間に一人増えた」


「それは、耐えられないことだと思う」

 心中を察するようにアベリアは言う。

「五日も帰らず、担当者には迷惑を掛けてしまっているんだ。ギルドの方には顔を出しはしたけれど、それでも街に帰らないことをずっと気にされてしまっている。これも申し訳ないとは思っている。だけど、」

「故郷の危機だ。そういう前置きはいらない。ちゃんと分かっている」

「……すまない、アレウス。弱音を吐くことがようやく出来たし、気持ちも少し楽になった。君たちを見て、ほんの僅かだけど光明も見えたような気もしたんだ」

「あまり期待されても困るが、出来る限りのことはする。初級冒険者の、出来る範囲になってしまうけど」

「ありがとう」

 一室に通され、アレウスたちはヴェインに椅子を用意されたのでそこに座る。

「俺の部屋だ。街に出てからは、お袋が毎日掃除をしてくれていたみたいだから、汚れているところはないと思うよ。帰って来てからは俺がちゃんと掃除もしているし」


 部屋にしては大きい。借家暮らしのアレウスとアベリアはただただその広さに驚くばかりだ。


「簡潔に状況を説明してくれないか? 犯人の疑いを掛けられているような人物は? ここ最近、不審人物を見たというような情報は?」

 ヴェインがアレウスたちとテーブルを挟んで対面する形で座る。

「村長と家長で何度も集会が行われている。勿論、行方知れずになった息子や娘の家長も。感情が優先されてね……なかなか話が進んでいないのが現状らしい。俺は同席していたわけじゃないからね、全部、親父から聞いた話だ。誰も不審人物を見ていない。それどころか、特定の家長に対して恨みを買っているような者も居ないんだ」

「行方不明者は息子や娘と言ったけど、何歳ぐらい?」

「一つの家長のところが狙われているわけじゃないから、息子が三人、娘が二人。五人とも成人している。俺より年上だけど、二十代前半」

「共通点は?」

「皆無だ。殺人にしても人さらいにしても、タチが悪すぎる。ただ、おかしな点もある。時間帯はともかくとして誰も悲鳴を聞いていない。この村じゃ深夜帯に外に出るのはまず無い。流行り病が悪化しり、牛のお産があったとしても家族全員が纏まって動くんだ。なにせ魔物に襲われかねないからね。複数人での行動が真夜中なら必須なんだ。だから、犯行に及ぶとしても起きている時間だよ。なのに、誰も声を聞いていない」

「人さらいはまず後ろから近付いて、一気に口を塞ぐ」


 見て来たかのようにアベリアが言うが、実際に見て来たのだろう。自分自身は口車に乗せられてであったが、奴隷になる前の者が奴隷になるところを、さらわれるところを目撃したことがあるに違いない。


「だけど痕跡が残るはずだろう? ……そう、痕跡もおかしな話だ。人さらいなら馬車で運ぶ。(わだち)や蹄鉄の跡は雨でも降らなきゃ無くならない。でも、二人目がさらわれる直前は、この村では雨が降っていた。轍が作られやすい状況だ。でも、どの轍を追っても街道から逸れたり、或いは辺境へ続くような道へと向かってはいなかった。それとも人さらいは人の目を憚らずに街道を堂々と利用するものなのかい?」

「それはあり得ない。奴隷商人からしてみれば、すぐにでもその場所から去りたいから馬車の場合は馬を一気に走らせる。足が付きやすい街道を進むのも、無い。だから人さらいの方向としては考えられない」

「アベリアさんは……いや、目で分かる。その言葉は信じられる」

 深くは追及しない。ヴェインの人を見る目はくすんではいないらしい。


「なら殺人だろうか。それとも気絶させてからどこかに運んで殺した?」

「それなら轍以上に痕跡が残る。気絶だって、出血させずにって言うのはかなりリスクを伴う。なにせ出血しないように手加減するんだ。気絶しなかったら反撃されるし人を呼ばれる。そんなことは出来ない。血の跡も無ければ引きずった跡も無いのは、あり得ない。冒険者の技能には……あるかも知れないけど」

「だけど、冒険者の犯行なら担当者に感知される。そのことについて俺の担当者に聞いて全ての担当者に一斉に調べてもらったんだけど、この村で冒険者として感知出来ていたのは君たちが来るまでは俺だけだった」

「調子に乗って五人まで犯行に及んでいる……と言うのも、不可思議なところだ。死体も出ていない……なんのために五人も? 理由が分からない。自己主張したいなら死体は出て来るだろうし、誘拐して脅したいのならなんらかの手紙を送り付けて来る。殺人の線も無ければ誘拐の線も無い。だからあとは、」


「魔物……だろう?」


 言おうとしたことをヴェインが回り込むようにして先に口にする。

「俺もそれを疑った。でも、誰に聞いても魔物の類を見たという話は出て来なかった」

「……だとしても、魔物の線は消し去れない。この村の事情を知っているなら、五人も行方知れずにするなんてリスクを誰が冒す? 僕はやらない。アベリアだってやらない。ヴェインだってやろうとすら思わないだろ?」

 犯人の目線に立ってみても、この村は割に合わな過ぎる。誰もが知り合いで、誰もが見ている中で犯行に及ぶよりも、もっと開放的で不特定多数が行き来するような街や村を狙った方が、犯人の特定は遅れる。

 だから、魔物の方向性も考えなければならない。

「所持品が散らばっているとか、そんなことは?」

「それが、無いんだ。どこからも出て来ていない」

 アレウスはアベリアを見る。彼女は肯いてその視線の返事とする。

「これは僕たちの手に負えるようなことじゃないかも知れない」

「どういうことだい?」


「異界」


 アベリアが端的に説明する。

「異界、だって? いや、この村のどこにもそんな穴は見当たらなかったんだ」

「常識的に考えれば、一切の痕跡も無く五人も行方知れずになるのは、神隠しの域を越えている。神隠しじゃないなら、もう異界が関わっているとしか思えない。それで異界が関わっているとなると……五人は、もう……」

 そこから先の言葉をヴェインに告げるのは酷だったため、どうしても言うことが出来なかった。

「異界なら、その穴を早急に見つけてギルドの方で立ち入り禁止の区域を設定してもらわなきゃ」

「そして、穴は移動する。常に中堅相当の冒険者に監視してもらって、村から離れて行くのを待つしかない」

「待ってよ……待ってくれ。異界だと決め付けるのは……まだ早い。穴が見つかってからでも、遅くはないだろ?」

「いや、遅い」

「どうして?」

「穴は移動すると言った。もう五人も生者が堕ちている。こんな断続的に生者が堕ちるのは捨てられた異界じゃないから。どういう仕組みで村人を(おとしい)れているのかは知らないが、とにかく異界と決め付けて行動しないと被害が大きくなる。そして僕たちも穴に堕ちかねない」

「異界獣が棲息している異界に穴が繋がっているから、私たちじゃどうしようも出来ない。村人と同じで私たちも堕ちたら……」

 ヴェインは天井を見上げ、なにやら救いを求めているかのような表情をしたのち、ただただ深い溜め息をつく。


「分かった、その線で話を進めるのは俺も同意するよ。でも、村長はそれを認めてはくれないだろう。異界だなんだと口にしたら、村を余計に混乱へ導こうとしているとして君たちを糾弾する。そうしないためにも、二つの線で話を進める必要がある。つまり、異界絡みの線と殺人や人さらいの線の二つだ。でも、その比重は後者に。前者は可能性の一つとして調査を進めるという段取りで、発見すればそれが真実だったと驚愕させるくらいの薄い線にしなきゃならない」

「どうしてそこまで殺人や人さらいの線にしたがるんだ?」

「その方が安心できるじゃないか。異界だと分かれば村中が混乱する。いつ魔物が出て来るのか、いつ自分が犠牲になるのか。一体どうして穴に堕ちたのか。誰かがなにかしらの手練手管で堕としたのか。今以上の疑心暗鬼になってしまう。そうなるくらいなら、現状維持となる殺人や人さらいの線を強めている風に装った方が良いんだ。大体、異界って、人を(おび)き寄せて堕とすことってあるのかい?」

「ある」

 アベリアが断言する。

「その根拠は?」

「聞いたの。遊んでいる最中にキラキラと綺麗な光が見えて、そっちに走って行ったら……堕ちたって話を」


 それはアベリアの過去だ。随分と良い方向への脚色が加えられている。実際には奴隷商人から逃げている過程での話となる。しかし、自分自身の経験であることをヴェインに語れば、異界に堕ちても助かる可能性があると思わせてしまう。要するに生存の線を消すために人から聞いた話に仕立て上げた。希望を持たせてはならないのだ。堕ちればまず助からない。アレウスとアベリアはただただ例外であったというだけなのだ。


 あの男の日記にも書かれていた。『異界獣は人種を堕とすために穴へと誘う策を弄する』と。アベリアのそれは体験談だ。だがアレウスは人為的に堕とされた。だからこそ、今回が異界絡みであるのなら、一体どのようにして人種を穴へと導くのか。その危険を早急に見つけ出さなければならない。


「今日も集会がある。親父に無理を言って、俺も同席させてもらう。あとは君たちも同席出来るか訊くよ。そこで、異界の線をほのめかす。出来れば、の話だ。出来なかったらすまない。多分、荒れるだろうけどなんとかして鎮める。そうすればきっと、君たちは活動できるはずだ。まぁ、お目付け役として俺が選ばれるだろうね。知り合いの素行を監視するのは当然の責務だ、とでも言われそうだ」


「村長に選ばれるだけの理由は用意できるのか?」

「いや、そんなのは無くて構わない」

 二人は揃って首を傾げる。


「俺の婚約者は村長の孫娘なんだ。君たちの件で、俺以外を彼女が指名することはあり得ない」

 ひょっとすると、行方不明者の中にヴェインの婚約者が居るかも知れない。そう思って、敢えてなにも言わず希望を持たせないように努めて来たが、その必要はもう無いらしい。とは言え、行方不明者は確実に出ているわけで、個人的な感情で「良かった」などという言葉を出してはならないだろう。


「僕はお前の婚約者が巻き込まれていると思っていた」

「不幸中の幸いだろうね。だけど、君たちの見立てだと彼女もいつそうなるかは分からない。村の誰もが行方不明者に成り得るのなら、もうこれ以上は出さないようにしたい」

 分かっていると言わんばかりの視線をヴェインに向けたのち、アレウスは少しだけ気持ちを緩ませる。張り詰めさせてばかりでは、絶対にどこかでボロを出す。それはミスにも繋がりかねない。だからここで一度、気楽になった方が良い。

「集会は何時から?」

「一時間後」

「正午になる三十分前か。それまではここで休んでいても?」

 安物だが耐久性はある懐中時計でアレウスは時刻を見て、そう呟く。


「集会は気を緩ませられないからね。特によそ者って言われるだろう君たちは針の(むしろ)だ。安易な発言は控えてもらいたいし、なにより不審になりそうな行動も控えてもらいたいから、俺の部屋で休めるなら充分に休んで欲しい。それとも席を外した方が良いかな? 二人だけの方が気が休まるだろう?」

「妙な気遣いはしなくて良いから」

 アベリアが言って、ヴェインを部屋に留まらせる。気負い過ぎている彼にも休んでもらいたい。そういう意思の表れだろう。言ったことは冗談混じりではあったのだが、彼女がそうは捉えなかったのだから「うん、そうさせてもらうよ」とヴェインも真面目に答えるしかなかった。

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