知った気になる
ハゥフルやカプリース、もしくは水中戦闘に特化した格好や装備ならまだしも、地上戦の装備で泳ぎながら戦うことなど絶対にできない。仮称としてウンディーネと呼ぶが、あの個体と戦う方法は壁の出っ張りに足を引っ掛けて跳躍し、飛び掛かるようにして攻撃する以外にない。幸いながらアレウスとノックスにとってそれは難しくない。しかし、泳ぐにしても重量が邪魔をする。軽装備であってもそれは変わらず、今すぐにでも衣服の内側にある鎖帷子を脱ぎ去ってしまいたい。
いや、全て脱ぎ去った方がいい。濡れた衣服は水から上がるときに信じられないほどに足を引っ張る。出っ張りに乗り、跳躍し、攻撃する。この行動には必ず水中からの脱出が絡む。泳げば疲労し、攻撃すればするほどに体力を消耗する。地上戦でもそれは変わらないが、水中戦では段違いの体力消費となる。
砦がこれほどの水量で満たされても崩れないのはウンディーネの魔力によるものだ。要は魔力の障壁で囲まれた箇所にのみ水が溜まるようになっている。その障壁に穴が空かない限り、水が放出されずアレウスたちが逃げ出す方法もない。
気掛かりなのは天井がどの辺りに指定されているか。障壁が形作る天井が低ければ低いほど水が満杯になる時間は短く、酸素量も少なくなる。つまり、あまり猶予はない。考えている暇さえない。
「難しいな」
アレウスはボソリと呟く。補助魔法を扱える者がいないのが致命的と行かないまでも厄介さを上げている。アベリアがいれば重量軽減の魔法でこのぐらいの水の負荷はあってないようなものだ。ハゥフルの国で売られていた水の護符でもいい。しかし、この場にはおらず、そして無い。
「溺死を選ぶか、恥を掻くかのどちらかか。足掻けるのなら後者を選ばせてもらおうか」
マーガレットが剣を壁の出っ張りに乗せて、鎧の下に着込んでいた装備と衣服も脱いでいく。もはや身に付けているのは下着だけになったところで身軽さを手に入れたことを確かめ、再び剣を手にして出っ張りに乗り、ウンディーネへと跳躍しながら切り掛かる。
装備を脱ぎ去る行為はこの場においては正しい選択なのかもしれないが、同時に防御力は極端に落ちる。壁に打ち付けられれば打撲に擦り傷が加わり、ウンディーネが水を刃物にでもしようものなら容赦なく切り刻まれる。だが、マーガレットはそれらを考慮した上で身軽さを取った。傷付くことを怖れていない。その怖れが溺死に繋がる以上、彼女にとっては迷いなき二択だったのだ。
そして、彼女に続いてリスティまで衣服を脱ぎ出す。ノックスですら身軽さを選択した。
この状況で、そんな彼女たちの素肌を見て興奮するほどアレウスの頭は性欲の塊ではない。命の危機に瀕すれば男は無意識に下半身が膨らむこともあるが、危機的状況の具合による。命に猶予があれば下半身も元気なもので、猶予がなければ元気も出ない。そのクセ、これから殺されると分かった瞬間にはたちまち生存本能が働く。
今は追い詰められている状況。命に猶予はあるものの、無意識性はない。こういった場合は窮地を脱してから抑えられない無意識が働く。よってアレウスが彼女たちの素肌を垣間見ようとも、それが緊急を伴うものだと頭が理解している以上は性の対象とはならない。
雰囲気に流されたわけではなく、アレウスもまたその大胆さに倣う。下半身を守るもの一枚だけとなって、壁を登りながら足裏で蹴って跳躍し、ウンディーネへと剣戟を繰り出す。
マーガレットが攻撃した時点で分かっていたことだが、ただの剣戟はウンディーネの体を切断こそするもののすぐにくっ付いてしまう。アレウスの短剣も個体を切り刻んでも、すぐさま水が部位を補う。
つまり、この個体もまたスライムと同等の再生力を持っている。肉体が液体でできている。流れゆく水流に刃物を突き立てたところで、分かたれた流れはその先で再び交わる。ウンディーネを構成する水は常に対流めいた流動性があるために剣戟はさしたる有効打にならない。
「“削爪”!」
ノックスが壁を蹴っての跳躍を繰り返し、ウンディーネの頭上から両手で描く十字の爪撃を放つ。その肉体は四分割にされたが、やはり流動性を持つ液体としてすぐに切断面がくっついて再生する。ただし、爪によって弾けた水の一部は分散し、彼女の魔力として吸収される。
「途方もなさそうだな」
魔力を削り切る。そのための獣剣技だったのだろう。しかし、ウンディーネの全ての魔力を削るのは彼女の言うように途方もないことだ。途轍もなく時間が掛かる上に、魔力が尽きる前に気力が尽きて溺死する。
ウンディーネが口を開き、奇声を発する。生じる音圧が近場を泳いでいたノックスを壁まで押し飛ばす。
「音そのものに状態異常が付与される気配はありませんが、種類としてはウリルが発した音波と同じ代物でしょう。音圧の強さはウリルの方が上だと思います」
リスティは浮かんでいる木箱に飛び移り、どうしたものかと様子を窺っている。そんな彼女を嘲笑うようにウンディーネがその場でグルグルと身を回転させ、水面にみるみると渦を生じさせる。壁に張り付いていたアレウスたちを渦による水流が襲い、木箱に乗っていたリスティは跳躍を余儀なくされ、ならばとばかりにウンディーネの身を切り裂く。それもやはり有効打にはならず、彼女が乗っていた木箱は渦の中心で激しく回転を続け、やがて捩じ切られるようにして潰れる。木の板の破片をウンディーネが掴み、リスティへと投擲する。泳ぐテンポをズラして紙一重で凌ぐも、掴むものがないため泳ぎ続けても水流に誘われるように中心へと吸い寄せられる。
「思い通りにはさせねぇ」
ノックスの『呪い』による重圧によってウンディーネが水面に押し付けられる。たまらず個体は水中深くへと逃げる。渦が弱まり、その間にリスティは急いで壁面まで泳ぎ切る。
「なにも考えずに攻撃すれば勝てると思ってはいないだろうな? 私と一緒に死にたくなければ核を狙え」
マーガレットは息を深く吸って潜水し、一定の水深で壁を蹴って水中を泳ぐウンディーネに剣を振るう。胴体を切り裂くが元に戻る。しかしその剣戟は核を狙っているのが見て取れた。そして水中で、それも泳ぎながらも剣を振り切ることのできる彼女の技術にアレウスはある意味で度肝を抜かされる。
水中では息ができない上にバランスを取るのが非常に難しい。そしてなにより踏み込むことができない。足が地面や床と接地しているからこそ上半身の捻りに安定感が生まれ、腕を振り切るに至る。水中でこれを行う場合、全身をそれこそ武器として扱って振り回さなければならない。マーガレットはまさにその全身を用いた剣戟を容易にやってのけた。王国騎士は地上での戦闘に限らず、水中――それも潜っての戦闘すらも悠々とこなすのだと言いたげなほどに技術として完成されていた。だとしたら王国騎士は揃いも揃って化け物である。剣戟を放ったあとも綺麗に身を立て直し、泳いで壁面まで辿り着いている。考えなしに突っ込んだのではなく、攻撃後の生存も考慮した動きは一兆一隻では真似できない。だから、彼女のように水中でウンディーネに攻撃を仕掛けることはアレウスにとっては自殺行為となる。
「どのように戦いますか?」
「僕はリスティさんのやり方に付いて行きますよ」
「……いいえ、あの手の魔物に近い存在を相手にする場合、あなたに付いて行った方がいいはずです」
「あれは見れば分かる通り、スライムと同様に核さえ潰せば倒せると思います。問題は、」
「核を肉体としている液体の中に留めおいてくれるのか、それとも水中へ逃がせるのかだろ?」
「ああ、もしも逃がせる場合、僕たちは僕たちを溺れさせようとしているこの莫大な水そのものと戦うようなものです」
「言っておくがワタシにゃ、あの女みてぇには戦えねぇぞ?」
「僕だってそうだ」
「私も心得はありますが、役には立たないでしょう」
奇声を発するウンディーネの音圧がアレウスたちを壁に押し付ける。続いて両手を上げると、水から生み出された幾本もの細い水柱が矢となって射出される。
矢が固体になっているのかは分からないが、ともかくも潜る。降り注ぐ矢は水面に接触すると弾け散る。水中までは矢の形状を維持できないらしい。それでも浮上はしにくくなった。水面に顔を出せば、再び矢の雨を放ってくるだろう。水中で呼吸できないアレウスたちにとって、肝心な呼吸する場面で緊張感を伴うのはストレスとなる。浅い呼吸を繰り返せばいずれ息が続かなくなり、深い呼吸を取るために長い間、水面に顔を出さなければならなくなる。それすらも阻まれれば呼吸のタイミングが狂い、自身では空気を蓄えているつもりなのに、どうしてか息が続かなくなって水中で意識を失ってしまう。
早急に倒さなければならない。
貸し与えられた力を使うべきだろうか。水という水を蒸発させるだけの炎を着火させれば、ウンディーネはまともに立ち回れなくなる。だが、そこで貸し与えられた力を使い切れば、あとの戦いに響く。
アレウスは水中で水面を見つめる。
あの冷静なウリルだけはまだこの空間のどこかにいる。ウンディーネの発生と同時に姿こそ消したが、障壁の外までは脱せていないはずだ。そうなると潜める場所は上層――床を残す階層だ。水面がそこまで上がり切れば、アレウスたちも一時的に立つことができるが、その安心をウリルは刈り取る気でいる。
水中でウンディーネと目が合う。口を開き、獲物を見つけたとばかりに両手を大きく左右に開き、水中に生じる小さな渦が捕く長い水流を作り出し、固体化。二本の鎗を携えて足場でもあるかのように水中を駆け抜けてくる。
これはもう出し惜しみしている場合ではない。最低限にして最小限。それを意識してアレウスは前方に炎を生じさせる意識を強め、貸し与えられた力を放出する。
水中で生じる炎は一瞬で消し去られるが、同時に水が一気に蒸発する。その蒸発が起こす極めて小規模な水蒸気爆発がウンディーネの攻撃を阻むだけでなくアレウスを水上へと吹き飛ばした。目の前に見える天井に激突しそうになるが、運が良いことに天井の端を捉えた。そこに両腕を引っ掛けて登り、天井裏――上の階層の床に立つ。
「出てこい。僕にはどこに潜んでいるか分かる」
アレウスは足元に転がる床材の欠片を隅に乱雑に投げる。
「ほう……この高さまで水はまだ上がってきていないはずだが」
石材の欠片を手で受け止め、その場に落としながらウリルが呟く。気配消しを行っていたようだが感知の技能にはしっかりと引っ掛かっており、
アレウスからしてみれば隠れているようには見えなかった。
「さっきの水蒸気爆発に乗じて登ってきたのか。いやはや、予想外のことをされると予定が狂う」
「予定なんて最初から有って無いようなものだろ」
「それよりも、下に残した連中についてはなにも考えなくていいのか?」
「そういう揺さぶりには動じない」
実際は動じている。この場にアレウスだけがいるのは非常に状況が良くない。こんな男のことは無視して、さっさとここから援護に入ってしまいたい。だが、視線を逸らせばこの男は間違いなく首を刈りにくる。
「はははっ、お前もエルヴァージュ・セルストーと同類か。いいや、クールクースと同類なのか。会話も対話も得意ではなく、態度で全てを示していく。内心では動じ、不安で、怯えている。だがそれを見せれば劣勢になり得るから見せないように心掛け、表情すらも操り抜く。お前たちにとって会話と対話はコミュニケーションの手段だけに限らず、交渉材料であり、そして人を惑わす道具でもある」
「だから? それはお前だって同じはずだ。いや、どんな人間だってそのように言葉は使っている」
言葉の裏を読み、会話の意図を探り、常に最適解を求め続ける。
「いやいや、俺とお前では決定的に違う部分がある。能動的か、それとも受動的か。お前たちみたいな連中はどいつもこいつも話しかけることにビビッて受動的になる。探りを入れたいから質問口調が増える。なぜなら、質問ならば人を傷付けないと思っているから」
風に乗って、ウリルがアレウスの眼前に迫る。短剣で防ぐが、動きが一瞬見えなかった。言葉に意識を向けていたせいだ。揺さぶりには動じないと言っておきながら、男の言った通り、言葉の意図を探って、そして言葉に動揺している。
「そういう連中の殺し方を俺はよく知っているのさ。こうやって言葉で揺さぶって――揺さぶられてない風を装っているその鼻っ面に、唐突に刃を向ける。すると大抵はビビッて二の足を踏み、追撃を許してくれる」
男の追撃を再び短剣で受け流す。
「知っているんだよ。どいつもこいつも、殺し方にコツなんていらない。技術なんていらない。必要なのは、以前に殺した奴らと同じ状況に引きずり込むことだけ」
想像以上に速い。ウンディーネを呼ばれるまではここまでは速くなかった。ならこの動きは、この機が来るまで隠していたということだ。
「下の連中が気になって思うように動けない。言葉の意味を読み解こうとして思考が乱れる。俺の唐突な速度に肉体が追い付かない。その先に待っているのは、死だ」
右周りに来る剣戟を防ごうと足を運ぶ。だがそちらにウリルの姿はない。
「まずっ!」
背後を取られたことに気付いて振り返るも、そこには剣戟が待っている。
「召喚魔法の類はどれもこれも便利なもんだ。ウンディーネに関して言えば、溺死を逃れるために大抵が装備を捨てる。装備を捨ててくれればちょっとの切り傷が致命傷となる。そして、これは俺たちが呼び出すウンディーネだけの特徴なのかもしれないが、金属が一気に錆びる」
ウリルの剣戟を短剣で受け止め切る。
「このまま力を込め続ければお前の短剣は折れる。そうすればこの刃はお前の肉を裂き切る」
アレウスは不敵に笑い、魔力を着火させる。短剣に炎が流れ込み、熱を帯びて赤く染まる。ウリルの握る剣を断ち切り、炎の刃が男の着ている鎧を溶かしながら切り裂く。肉体まで届きはしなかったが鎧には通常ではあり得ないほどの深い傷跡が刻み込まれた。
「なぜ、錆びない?」
「それは僕にも分からない」
折れた剣を捨てて短剣を抜いたウリルにそう答えつつ、攻勢に転じる。
実際のところ、アレウスもどうして錆びないのか分からない。まだエルフによって込められた“曰く”が付いているのなら、恐らく刃こぼれしないことと同じ理由で錆びない。
「ふ、ふふふふ、ふははははっ! どうしてこうも上手く行かない!?」
アレウスの剣戟から逃れ切り、ウリルが発狂にも近い笑い声を上げながら叫ぶ。
「俺は上手くやっているはずだ。上手くやれていたはずだ! なのにたった数人のネズミに、脅かされる! 信じがたい人生だ! 投げ捨てたくなる人生だよ!」
室内を跳躍しながらウリルがアレウスを攪乱する。
「だが、捨てられないんだから困ったものだ!」
斜め上から、刺すような速度で降ってくる。そして短剣も振ってくる。着火はもう止めている。最小限にして最低限。これはこの男の前でも変わらない。
「ウリル・マルグじゃないな?」
短剣と短剣が激突し、男が付けた勢いを受け止め切ったところでアレウスは真相を突く。
「いいや、俺はウリル・マルグだ」
「それはない。お前が語るウリル・マルグは大体分かった。だからこそ捨てられない人生を、ここで投げ捨てるような男じゃない」
「お前が俺を殺すと?」
「殺せなくとも、その危険を冒さない」
ここでアレウスと戦う選択を本物のウリル・マルグはやはり取らない。ウンディーネによって溺死するかもしれない場所に閉じ込められる選択を、本物のこの男は取らない。
だから、この男もデコイ。限りなくウリル・マルグに近いデコイとして育て上げられた名も無き獣人だ。
「くくくくくくくっ」
アレウスの攻勢を防ぎ切ったウリルが笑う。
「ふふふふふふふふっ、ああもうこれだから」
見抜かれたことに耐え切れず笑いが出ている。となると、ここからは隙だらけになるはずだ。
「どいつもこいつも、ウリル・マルグを知った気で言う。いや、ウリル・ワナギルカンを知った気で、見抜いてやったと満足げに笑う」
男は床を靴で打つ。
「来い」
渦を巻く水流が空いた穴から噴き出して、ウンディーネが辺り一帯に水を撒き散らしながら現れ出でる。同時に水かさが増し、アレウスの腰辺りまで水が満ちる。
「……いや」
アレウスは空いた穴の先を見つめる。下の階層はこの水かさであれば満水になっていなければおかしくないが、逆に水かさが減ってリスティたちは下層の床に立っている。
「範囲の再選択……か?」
下の階層ではなく、アレウスのいる階層にウンディーネが位置を指定し直した。だから下の階層を満たしていた水は抜けて、ここに水が再び発生している。
「俺はお義兄さん譲りの曲者でね。兵士への価値観は特にお義兄さんから教わったんだ。私兵と雑兵の違いは、戦場で捨てるか手元で捨てるか」
「捨てるだと?」
「王族の私兵になりたがる者は後を絶たない。どこで命を捨てさせても、どうせまた補充できる。王国が繁栄し続ける限り、そこに命がある限り」
「腐っている! お前は私兵をわざわざウンディーネを召喚する糧として選んだだけだというのか!」
「当然だ。確実に殺せる策を講じる。ウリル・ワナギルカンが生き残り、勝ち得る最上の策のためなら幾つ命が潰えたところで構わない」
「デコイの教育まで受けさせておきながら!」
「本物が易々と死んでしまったら困るのは民草だ。そのためならデコイぐらい用意する」
アレウスの怒りを見てウリルは鼻で笑う。
「いやいや、なにを怒る? 彼らは望んで命を捨てる。俺たちは望んで命を捨てさせる。そこに他者が怒鳴り込む道理はない。俺たちの間で関係性は完結している。正義感を携えて、意味もなく正義を唱えて、さながら王国の未来は自分たちが勝ち取るんだと息巻いて……死んでいったよ。俺に楯突いた連中のほとんどは」
しかし、とウリルは語気を強める。
「ほとんどと言わなければならないのは、あの女――クールクース・ワナギルカンのせいだ。奴が生き続けている限り、俺は楯突いた連中は『全員死んだ』と言えないのだからな。そしてお前も、殺さなければならない」
男が発する異様な空気に、アレウスは足元がフラつく。水面に足を取られたわけではない。もっと、気配に織り交ぜられたなにかにアテられた。
「そうだ、それでいい。『王威』に震えろ。俺はウリル・ワナギルカン。王国の王子にして、お前を殺さなければならない男だ」
「たまったものではない」
どこからともなくマーガレットが水中から飛び出し、ウリルの喉に素手で掴み取ろうとするが寸前で避けられる。
「ほう? ウンディーネの水流に付いてきただけでなく気配を殺して、この程度の水かさに潜水していたか」
「児戯の遊びに付き合わされている気分だ、ウリル・マルグ」
「俺を王子として呼べ」
「部下や兵士を大切にしない人間は見下していいと教わってきた」
「俺に反目するのか? それは重罪だ。俺でも面倒見切れないぞ」
「貴殿と会ったのも数日前、面倒を掛けた覚えはない。そして……気が合わん。根本的に、貴殿は不愉快だ」
「俺を不愉快と言えば、それはお義兄さんを愚弄するにも等しいんだがな。なにせお義兄さんは俺よりも命を軽んじている」
やれやれと言いつつ、殺意が増す。
「そいつらをまとめて始末しろ。いいや、俺を援護しろ。殺すのは俺だ」
こうなってくるとリスティとノックスと合流を早めたい。範囲の再指定が行われたとはいえ、マーガレットは水流に乗って上がってきた。そういった抜け方があるはずだ。
「共同戦線か、よろしく頼む」
「どんな立場で物を言っているんだ」
友好の意思を示してきたマーガレットの言葉をアレウスは拒むも、打開するまでは付き合わされるしかなさそうだ。