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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第10章 -その手が遠い-】
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拗らせている

「痴情のもつれってやつだろう?」

 訓練所を出てすぐにノックスが自信ありげに言う。

「エルヴァは不倫をしていたり二股をしているわけじゃない」

「じゃぁ、あいつのワタシが引くほどまでの相手に対する執念はなんなんだ?」

 獣人の執着以上となると相当だぞ、と表情で訴えてくる。こんな顔ができるのだ。もう馬に揺られたことでの酔いは落ち着いたらしい。先ほどのアレウスとエルヴァの模擬戦を見て、闘志を燃やしたことで体が適応したとも考えられる。

「痴話喧嘩……か?」

「やっぱり痴情のもつれじゃないか」

 アレウスもエルヴァがどのように王女を憎んでいるのかが不明なため、説明不足となる。ただジョージの言っていたことを信じるならば、二人の間には因縁だけではなく恋愛感情もあるはずだ。

 受動的な面が噛み合った。感情の迷路。こういった言葉を選んで用いたのなら、怨讐や復讐とはまた別の視点からエルヴァの思考を読み解かざるを得ない。だからノックスもエルヴァと王女の間には『恋愛』めいたものが絡んでいると考えたのだ。


 痴話喧嘩、痴情のもつれ。表現の仕方はいくらでもあるが――


「国を巻き込むのだけはやめてほしいよな」

 まだ国単位なのはまだマシなのかもしれない。これが世界をも揺るがしかねない男女の駆け引きだったなら、どんな人物でも頭を抱えて悩む。

 だからといって、今の状況がマシなだけで、勘弁してもらいたい状況であることに変わりはない。国を揺るがしかねない時点でもう既に何百人と頭を抱えているに違いない。いや、百ではなく千や万単位にすら至っているかもしれない。


「エルヴァは全否定していますけど、彼は高潔な女性を自然と好む(へき)があります」

 先にエルヴァと会ったからだろうか。リスティと再会することを心待ちにしていたのに、その姿を目にしても心に動揺は起こらなかった。声を聞いても尚、感情が波立つことはなかった。

 ここに着くまでは怒りなのか悲しみなのか、それとももっと別の感情なのか。とにかく刺々しいものが心に溢れていたというのに、捨て身のエルヴァと模擬戦をさせられたことで発散してしまった。

「どんなに否定しても、自分の好みの異性の特徴はそう変えられません。それに、エルヴァは間違いなくクルスに恋をしています」

 担当者としてではなく、これから赴く戦場に立つ一人の騎士として、リスティは軽鎧を身に纏っていた。

「謝罪しなければならないことは分かっているつもりです。謝罪で足りないのなら、どんなことでもする覚悟ができています。それでも私は、幼少の頃に共に汗を流し、共にしのぎを削り合った友人を見捨てることはできませんでした。そして……こんなことにまで、あなたを巻き込んでしまった。あなたなら、なにかを変えられると期待するあまりに……」

「仕方がねぇ。アレウスはなんとかしてくれる雰囲気を出している。頼りたくなくても頼っちまうもんだ」

「なんとかしてくれる雰囲気ってなんだ……」

 ノックスの言葉に苛立ちつつもアレウスはリスティにかける言葉を探す。

「幼少の頃って、どれくらいの頃なんですか?」

「私がまだ十五の頃です」

 その齢を幼少と言い切る辺り、リスティには明確な区切りがある。成人の儀を受けているか否か、そういったところだろう。

「あの頃は……このように騎士に憧れ、騎士を目指し……そして多くに落胆し、多くを失い、多くに悲嘆しました」

 それでも、とリスティは続ける。

「この感情と絆だけは落とすわけにはいかないのです」

「絆って…………絆があるんですか?」

 あんなにもエルヴァは王女へ愛情を抱いていても、同時に復讐心も抱いているというのにリスティは『絆』という言葉を口にした。それがとても、この状況には似合わない。

「ある、と私は信じています」

「信じることぐらい誰だってできますよ。問題はその信じる気持ちを、利用したり反故にしたりしないのかどうかってことです。あなたが王女を信じても王女があなたを信じなかったら、そこに絆はありません」

 物凄く厳しいことを言っている。刺々しいものは心のどこにもないはずなのに、発言や態度が年上や目上に見せるものではない。分かっているのに口を止められなかったのは単純な嫉妬だろう。


 アレウスよりも王女を優先するリスティが許せない。自分との絆よりも王女との絆を優先することを妬んでいる。頭では納得しているつもりなのに、どういうわけか理解が及ばない。こんなことに嫉妬をする自分自身にもアレウスは驚いている。


「確かに私との絆は無いのかもしれません。ですが、エルヴァとの絆はまだ残っていると思っています」

「その理由は?」

「でなければ、彼女があなたと同じ収容施設に囚われていたエルヴァを救おうなどと考えるはずがありません」

 王女は収容施設からエルヴァを救い出そうとした。そのことはエレオンから聞いている。しかしそれは連合を攻める理由が欲しかっただけだ。『連合は捕虜や他国から来た人間に非人道的な扱いをし、怪しい実験をしている』。その証拠を押さえてしまえば新王国だけに留まらず、帝国も王国も見過ごせなくなる。とはいえ、既に戦争が始まっている最中であったのだから団結して連合を叩くことはできなかっただろう。連合の領土内で見苦しい争いが起き、激化するだけだ。

「リスティさんは王女が政略的にではなく、私情で救出しようとしたと言いたいんですか?」

「はい」

 改めて聞き直すが、リスティの返事に迷いは見られない。

「絆ってのは横から覗いたって見えやしないんだよ」

 アレウスの厳しい態度をノックスが(たしな)めてくる。

「同胞への侮辱は私への侮辱。同胞の誉れは種族の誉れ。同胞を救うことに理由はいらない。絆も似たようなもんだろ。この場合、該当するのは……友を救うことに理由はいらないってところか? それに、お前だってこの女を手助けすることに理由はいらなかったんじゃないか?」


 ジョージの元に足を運んだとき、理由は必要なかった。あの男の元に行けば戦禍に身を投じなければならないことも分かっていた。けれど、リスティが帰ってこないのではという恐怖は戦場に赴くことを上回った。

 いや、アレウスは立場を利用した。冒険者で帝国の民でしかない自身を戦場の真っ只中には放り込まないと思っていた。もしなにかに従事することがあっても、それは表立ったものではなく工作部隊のような“裏”での動きだと予想したことで尚更、迷いがなくなったのかもしれない。


「彼女を王国に処刑させてはなりません」

「僕にはクールクース・ワナギルカンの重要性が分かりません。なぜ王国ではなく新王国なのか。なぜ王国は新王国を認めないのか。王族がなぜ、クールクースを敵視するのか。全てが分からないままなんです」

 友だなんだと言われてもアレウスとは関係のない話だ。リスティを無理やりにでも連れ帰る方法はいくらでもある。だが、それでは彼女との関係性は修復不可能なほどに壊れてしまう。シンギングリンを取り戻して、また手を取り合うことができたのだ。わざわざそれをまた壊してもどうにもならない。

「だから僕は別の目的を抱かないとやっていられません。新王国の王女を救出しなければ全国のパワーバランスが崩れてしまう。それぐらい大きな大きな問題だと極大解釈することでなんとか自分を納得させることしか」

 自分自身を欺くのは難しい。最初は勢いでどうにかなるが、途中で心が安定を求めればフッと我に返ってなんと愚かなことをしているんだと自身をなじってしまう。そのときに抱く感情は不快以外の何物でもないのだが、リスティのためならそれも織り込み済みで自身の行動理念を欺かなければならない。あまりにもアレウスにとって無関係過ぎるために、これまでのように感情論で動くことがどうしてもできそうにない。


「アリス、お前にとってこの場にある全てに価値がないことは知っている」

 教練を終えたエルヴァが後ろからアレウスに声を掛ける。

「それでもここに来たのなら、ありとあらゆる感情を無視して王女を救うことだけを考えろ」

「そうやってあなたがなにも話さないから僕は感情の置き場に悩むんだ。復讐したい相手だと言っていた人を救うのは、あなた自身の手で復讐するため。だけど、あなたは別の感情にも突き動かされている。違うか?」

「僕は――いいや、()は色恋沙汰如きでこの場所に来たわけじゃねぇ。強いて言うなら、」


「全てを終わらせるため」

 エルヴァが言うべきことをリスティが先んじて言う。

「あなたが抱えている感情、そしてあなたが果たすと決めていること。それら全てに決着をつける。全て終わらせて、晴れて自由の身になり楽になりたい。そうでしょう、エルヴァ?」

「そうじゃねぇ」

「あなたと私とクルスの過去、現在、そして未来。思い出を想い出に変え、今にただ全てを懸けて、未来に己の生き様を刻み付ける。あなたがクルスに聞きたかったこと、あなたがクルスから聞かれたかったこと、あなたがクルスと約束したこと。なにもかもから解放されて、後ろめたさから解放されたい。これだけ言ってもそうじゃないと言い切れる?」


「……後ろめたくない人間なんてこの世にはいねぇよ。誰だって過去を思い出せば嫌になるようなことがある。誰だって過去を思い返してみれば、幼稚なあやまちを、どういうわけか大人になってから悔いる。そこで後悔したってなんにもならねぇのに、今のどこにも悔いるべき対象なんていやしないってのに」

 軽くエルヴァは地団太を踏む。

「俺はな、アリス。正直に言われてしまいたいんだよ。俺なんていう人間は利用するぐらいしか価値のない人間で、共に手を取り合う未来なんて最初からなかった、ってな。突き放されたいんだよ、突き放されれば、忘れられる。逆に受け入れられると、どうしようもないほどに……自分という存在を殺したくなっちまう。過去からずっと頭をチラついて離れない女のことを吹っ切りたいんだよ。もう口癖になっちまっているんだ。一息つくたびにその女の名を心で呟き、眠るときにも心で呟いてしまっている。こんな、自分ですら気持ちが悪いと思う執着を、否定されて、拒まれて、嫌われることで、捨ててしまいたいんだ。そうすりゃ俺は、後顧の憂いもなくあの女を、殺すことができる」

 初めてこの男の本音が聞けた気がする。しかし、それを聞いたところでやはりアレウスにはなんの関係もない。

「殺したら大事(おおごと)になるんだよ」

 エルヴァもまた、自身の大願を果たせるのなら、その先で起こることなど関係ないのだろう。この男は、自らが復讐を果たしたその瞬間に死ぬ気でいる。だからこその捨て身なのだ。鬼気迫り、狂気に近く、命など平気で放り出す戦い方になってしまっているのは王女を殺したら国が、世界が自分自身を許さないと分かっているからだ。

「そんなにも憎いのか? そんなにも、頭の中から出て行ってくれない女のことが憎いのか?」

 ノックスが強く問う。

「その愛憎の念が、必ずしも憎しみに強く寄っていると自らに問い、自らで答えを出しているのか?」

「そうだ」

 言い切った。だがノックスはその反射神経にも近しい返事に動じない。


「だったら客観的に教えてやろう。お前の愛憎は、愛情に寄っている。自問自答した果てで出した答えと違うとお前は言うのだろうが、笑わせるな。自分で出した答えが間違っていることなど生きている上ではいくらでもある。だから言ってやる。お前の出した答えは間違っている」

 彼女はエルヴァの胸に人差し指を当てる。

「考えれば心が否定する。問うても最初から自分の中で答えを決めてしまっている。それでは自問自答は永遠に同じ答えを生み出し続けるだけだ。答えのない問題ではない。答えはあるのに、自らのその答えに行き着こうとしていない」


 芯を捉えてはいない。ノックスの言葉はエルヴァの心には届かない。なぜなら――


「間違っていることぐらい、俺が一番分かってんだよ」

 エルヴァは自分で出した答えが間違っていることを知っている。知っていてこの男は、その間違いに自らを投じようとしている。

「生き様に答えなんかねぇんだよ。それに、間違っていようと自分自身を止めらんねぇ。あやまちだと思っていたって俺はこの道を進み続けることしかできねぇよ」

「そんなことをすれば」

「だったら俺の人生はなんなんだ?! 俺はなんのために生きてんだ!? あの女を殺すことを胸に誓ってから生き続けたこの数年間を、お前は無駄だと言いたいのか!?」

 エルヴァは個人的な感情で数年を費やしている。人生を果たすべき復讐のために犠牲にした。今更、それを他人にとやかく言われたくないのだ。


 それでもエルヴァには、彼自身が管理できないほどに巨大になってしまった恋愛感情の終結を求めているようにアレウスは思えた。


 恋心を抱くのは唐突で心地の良いものかもしれないが、それをいつまでもいつまでも抱え続けるのは苦しいのだ。アレウスはアベリアに少しずつ伝えることができるが、エルヴァは膨れ上がる恋心を発散する術がなく、伝える術もない。それどころか恋心を抱いている相手は新王国の王女と来ている。

 せめて帝国軍人にならずにクールクース・ワナギルカンの傍を離れる選択肢を取らなければ、エルヴァもカプリースのように好き勝手できたかもしれない。そもそも、離れる選択肢を取ったのがエルヴァなのかそれとも王女なのかも不明だが。


「嫌がらせをするために帝国軍人になる道を選んだのは失敗だったんですよ」

 言葉の圧だけでノックスを黙らせようとするエルヴァにリスティが諭す。

「素直になることさえできていれば、あなただけでもクルスの傍にいることができた」

「それは大きな間違いだ。あんな屈辱を受けて尚、あの女の傍に居続けることなんてできやしねぇ」

「屈辱って、あれはあなたを裏切りたかったわけじゃないはず」

「いいや、裏切りだ。俺の人生は、俺自身の物だ。そう信じて疑わず、この名を手に入れてから人生は好転したとすら思えた。自分の意思で、生きる道筋を変えることができたんだと思っていた。それが全て、たった一度の起死回生のためだけに使われた命だったと知ったら、容認できるもんじゃねぇ!」

 たった一度の起死回生とはなんなのか。やはりアレウスには情報が足りない。

「とにかく、俺は俺の生き様にとやかく言われたくはねぇんだよ。そういうのはもう沢山だ。誰も俺に期待するな、指示を出すな。俺の歩くべき道筋を立てるな」

「……エルヴァ? あなたなにを言っているんですか? あなたの人生に私は指示を出したことはありません。期待は……したかもしれませんが、けれどそれはあなたの生き方が良くなるようにと願ってのことで……誰が、あなたの生き様に道筋を?」


「…………な、んだ……?」

 エルヴァが急激に冷めていく。怒気は静まり、戸惑いが生じている。

「指示……は、違う。身元引受人の手紙のことを俺は言ったんじゃなく…………俺は、今、なにを……見た? なんだった……? 今の、記憶は? 頭の中を駆け抜けた、あの光景は……?」


『そりゃ二度目の人生だ。楽に生きたいと思っていたのにちっとも楽に生きられやしない。迷い、惑い、翻弄されると魂は現世(うつしよ)ではなく幽世(かくりよ)を隔てた先の記憶を呼び起こす。それもこれも、この現世ではない世界で一度でも死んでいないとできやしないことだ。だが、困ったことに死ぬ以前の辛い記憶が先行して魂に飛び込んでくる』

 エルヴァの真後ろに岩の狼が座ってこちらを見つめている。

『それにしても、ここに来てようやくお目覚めか。見つけたときから俺はお前が()()()と見抜いていたが、どうやらお前は違ったらしい。通りで俺の貸し与えた力も中途半端なところで止まっているわけだ』

「……まさか、俺も、なのか?」

『『産まれ直し』について調べ尽くしているクセに自分をそこから排除しているとはな。思い当たる節がなかったからこそか? 『超越者』になれる条件を調べなかった弊害か?』

 狼は砂となって崩れていく。

『認めたくはないが、たった一人との出会いがお前を宿命付けた。その宿命を俺はつまらないものだと吐き捨てたがなるほど……悪くない。この身、この命でようやく果たせるかもしれない。だが、そこにお前を巻き込む気はない。『超越者』の力は好き勝手に使って構わない。ただ一つ、俺の邪魔だけはするな』

「なにを言っている、ゲオルギウス?」

『あと一つ、お前を宿命付けた女について教えてやらなければならないことがある。教えればそのちっぽけな復讐心も静まるかもしれないからな。あの女は一度ではなく、()()死んでいる。この言葉、冒険者が軽んじて口にする『死』と同一と捉えるな』

 言いたいことだけ言って岩の狼は完全に砂と化し、ジョージの声は聞こえなくなった。

「エルヴァ?」

「気にするな……少し、感情に揺さぶられて興奮してしまっただけだ。だが、言ったことを撤回する気はない」

 いつもの冷静さを装った表情は崩れ、呼吸も乱れている。冷や汗のようなものがブワッとエルヴァの体から溢れ出し、参ったとばかりにその場に座り込んでしまった。

「彼のことは私に任せて、アレ――アリスさんはノック――レイエムさんにこちらを被せてください」

 レイエムとは恐らくノックスの偽名だろう。彼女はいまいちピンとは来ていないようだがアレウス経由で帽子を渡されたことでようやく自身のことを偽名で呼ばれたのだと自覚した。

「新王国も王国も、あまり他種族を好みません。獣人のレイエムさんに心無い言葉を投げかけてくるかもしれませんし、性格上、売り言葉に買い言葉で一騒動を起こしかねません。そういった可能性の軽減程度にはなると思います」

 ノックスは帽子を被る。普段は髪に隠れ気味だが、戦闘や言葉でのやり取りで興奮すると獣耳が見え始める彼女にとって、この帽子は窮屈かもしれないが、その身を守る意味を持つ。

「着け心地はイマイチだが、無駄な争いを避けるためなら仕方がないな」

「ちなみにあとで沐浴もしてもらいます。その衣服も整えてもらいます。とにかく獣人らしさを可能な限り減らします」

 明らかに嫌そうな顔をして、アレウスに助けてほしいとばかりの視線を向けてくるが敢えて合わさない。その態度でノックスは色々と察したらしく、項垂れつつも「はい」と素直な返事を発した。


「懐かしいな、ナルシェもそんな風に帽子を被って、耳を隠していた」

「……え?」


 アレウスとノックスがその場を立ち去ろうとしたとき、エルヴァが零した言葉が耳に入り、振り返る。しかしエルヴァは完全にリスティに介抱されていて、どうやら自分自身が言葉を発したことにさえ気付いていないようだった。

「早く行くぞ。どこに行けばいいのかはしらないけどな」

 急かされたので、エルヴァに訊ねることもできないままアレウスはノックスを追った。


 いつもなら相手の事情など無視して問い詰めるところなのだが、できなかった。

 純粋にエルヴァが可哀そうに思った。

(こじ)らせている」

 初恋を延々と、グズグズと、伝えるべきことも伝えられないまま抱えて、引きずっている。その様は無様でどうしようもなく惨めで憐れだった。

「人のことを言えたものでもないけど」

 その姿はそっくりそのまま自分自身の姿にさえ見えてしまった。アレウスもまた、もう会うこともできない産まれ直す前の世界で抱いていた恋心がいつまで経っても消えずに、アベリアを想うたびに心に差し込んでくるのだ。エルヴァと同様に断ち切れず、引きずることしかできない。


 もしかするとエルヴァがどういうわけか常にアレウスへ強気に当たってくる理由はここにあったのかもしれない。誰に語らずともエルヴァは雰囲気で察していたのだ。アレウスがエルヴァを惨めで憐れと思うように、彼もまたアレウスを惨めに思い憐れんでいた。


 だから人間として好きになり切れなかった。信用できなかった。

 ただの同族嫌悪でしかないが、こんな不可思議な嫌悪の関係性は恐らくきっとアレウスとエルヴァの間にしかないだろう。

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