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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第10章 -その手が遠い-】
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男はただ復讐のために

 二日掛けて着いた先は恐らくどこかの中継基地、もしくは関所のようなところだった。街や都市、ましてや町では決してない。どこを見ても王国の兵隊しか見えない。着ている鎧や服の一部には王国の旗が縫い付けられていたり絵筆で描かれている。ただし、ただの王国の旗ではない。いわゆる新王国の旗だろうか。クールクース・ワナギルカンを御旗として集った者たちが同士である証が目で見て分かるようになっている。


 新王国とは言うが、未だ王国での扱いは反乱軍扱いである。建国も認められておらず、帝国も連合もそれに追随している。国境も帝国に接している部分は新王国が実効支配しているだけで分類上は王国の領土のままなので、立地的にも他国は関わり辛い。海路を用いればハゥフルの小国があった場所までなんとか干渉できる程度。そう考えると自ずと新王国が海路を確保するために確保した港町がどの近辺にあるか推察できる。


「あまり余所者が我々の土地を眺め回るものではない」

「すみません」

 レストアールに咎められる。

「冒険者に見せたところで帝国に情報が漏洩するとも思えないが」

「エルは最近の帝国の情勢を聞いていないのか?」

「聞いているよ、レスィ。帝国が戦争に冒険者を起用する、とな。以前のあやまちをまた繰り返すとは……早期に帝国から鞍替えをして正解だった」

「……俺はそこまで思っては、」

「イニアストラ皇が帝国を統べている間は変わらない。オーディストラ皇女殿下が女帝になったとしても、そうすぐに在り方は変えられん。夢を見過ぎるな、レスィ。私はもう夢を見るのに飽いた」

 エルミュイーダの言葉は冷たく彼を突き放す。レストアールはしばしなにかを言おうと考えていたようだが、やがて俯いたため彼女はそれを見てこの場から離れた。

「エルは冒険者起用に反対派だった。強硬策に出られたあのときから、もう帝国への忠誠は無いのだろう」

 傍にいたアレウスに事情を説明するような独白をしてから「付いてこい」と言われる。エルミュイーダの馬から降りたばかりで調子の悪いノックスに気を向けつつもあとを追う。

 兵士――だけではなく騎士もいる。鎧や意匠で違いは歴然だ。兵士の身に付ける鎧は簡素で不格好、普段使いの衣服もどこか素朴だが騎士の身に付ける鎧はたなびくマントが備わっており、鎧の所々には使い手の趣味趣向に凝った独自の意匠が備え付けられている。普段着もどこか華やかで、傍付きの者がいる。彼ら彼女らが鎧を磨き、衣服を洗濯するのだろう。そのためだけの付き人も恐らくはここにいる。

 食堂では豚が屠殺されている最中で、料理人は大勢の同胞たちに振る舞う料理の支度に入っている。


「腹減った」

「顔色悪いのに食欲はあるのか……」

「むしろ喰えるものを喰えば気分も落ち着く気がする」

「君へのストレス対策は簡単そうで良かったよ」

 強がりでしかないと思うが、冗談半分で返しておいた方が彼女の誇りを傷付けずに済みそうだ。アレウスは尚もノックスのフラついた足取りに気を遣いつつレストアールのあとを追う。


 この基地に相当数の兵士や騎士が掻き集められている。ならばこの基地は王女奪還の取っ掛かりになる重要拠点であることが窺える。ただし、王国との全面戦争は避けたいのが本音だろう。そんなことになれば新王国という名の反乱軍は一斉鎮圧される。しかしながら、王女が処刑されれば御旗を喪い、反乱軍の統率は一気に崩壊する。今、この場に限らず新王国はかなり危うい状態にある。


 それもこれも、王女が捕まるなどという不測の事態が起こったせいだ。一体どうすれば御旗が捕らえられるようなことになるのか、アレウスには理解できない。


「まぁ、勝手にやってくれって感じなんだけど」

 ボソリと呟くとレストアールが立ち止まった。まさか聞こえていたのではないかと思い、息を飲む。怒らせてしまうとどのような扱いを受けるか分からない上に帝国に帰してもらえるかどうかすら不明だ。『逃がし屋』がいない時点であらゆる保障がなくなってしまったことを再認識させられる。


 しかし、身構えていたアレウスとは裏腹にレストアールから激怒の声は上がらない。それどころか沈黙を続けている。感知の技能を働かせても殺気立っているようには受け取れない。

 ありとあらゆる可能性を考慮するが、ようやく簡単な答えに気付く。アレウスが求めていた目的地に着いたのだ。男の先導はここまでであり、これ以上、連れ回す予定もないのだ。だからアレウスとノックスがさっさと動かなければ彼は次の任務に向かうことができない。

 感謝の言葉を述べるべきとも思ったが、会釈をするだけに留めた。帝国式と王国式の敬礼の仕方など知らないし、下手に真似をすればそれは侮辱行為に当たる。だからといって会釈が好ましいわけではなく、アレウスが知っている限りでの相手を刺激しない軽い挨拶なだけに過ぎない。そのためレストアールにどのように受け取られるか内心、穏やかではなかったのだがスッとアレウスたちの前から立ち去ったのを見て、一安心する。


「使える奴らを選別しろと言われたがどいつもこいつも使えない。なんのために奮起した? なんのために蜂起した? お前たちはどいつもこいつも戦場に立てば、足が竦んで動かなくなり、敵に暴虐の限りを尽くされて死ぬ。死にたくないなら動き続けろ。動き続けられないなら死ね」

 エルヴァの声がしたためアレウスは基地に併設された施設に足を踏み入れる。中は訓練所のような形をしており、大小様々な舞台の上で兵士が模擬戦闘を行っている。その中でも中央でエルヴァは迫りくる多数の兵士を次から次へと木剣で叩きのめし、蹴り飛ばして舞台から落としている。

「クールクース・ワナギルカンを奪還するために必要なのはなんだ?」

「圧倒的な力」

「違う。圧倒的な力など持っていて当たり前のものだ。その上で更に求められるものがある」

 兵士に問い掛けながらエルヴァが背後に回り込み、木剣を叩き付けて蹴飛ばし、舞台から落とす。

「求心力。圧倒的な力を持つ者すらも惹き付けるカリスマ性。今のままではお前たちは光り輝くクールクース・ワナギルカンに群がる羽虫でしかない。羽虫でありたくないのなら、人を惹き付けてみせろ。人の感受性に訴えかけてみろ。それができないなら羽虫のままで諦めろ」

 一瞬、エルヴァがアレウスを見る。ただその一瞬で、アレウスはエルヴァがなにを望んでいるかを察して壁際の飾り立てから木製の短剣を引き抜いて舞台に上がる。

「こんなことやっている暇があるのか?」

 ノックスが呆れながら言う。

「ワタシが休憩するには丁度良いんだが」

「黙って見てろ」

 普段なら絶対に反発するノックスだったが、エルヴァのそのたった一言には鬼気迫るものがあり、本能的に黙って舞台から遠ざかる。しかしその瞳には闘志が宿っており、指先の爪は鋭く伸びた。もしアレウスに過度な暴力が行われるようなら介入する気だろう。


「さて、お前たち王国の兵士にはしっかりと見てもらいたい。圧倒的な力を持ち、圧倒的な求心力を持ち合わせた人間がどのように動き、どのように足掻き、どのように戦うのかを」

「買い被りすぎだ」

 エルヴァが剣――木剣を握るのは珍しい。アレウスが知る限りだと、ほとんどが鈍器だった。それでも元冒険者の軍人としての剣術は持ち合わせていると考えられる。初めて会ったときも使うことこそなかったが帯剣はしていた。

「だが実際、僕が君に求めることは羽虫でないこと。どうやってここに来たかなど問わずとも分かる。リスティを追ってのことだろう? リスティ以外の所在など君にとってはどうでもいいことで、彼女を連れ戻せるのならあとはどうなったって構わない」

「その通りだ。でも、お前だってそうだろう?」

 アレウスは低い姿勢を取る。

「王女以外の所在なんてどうでもよくて、王女を奪還できるのならあとはどうなったって構わない」

 自らの手で王女を殺すために、殺される前に奪還する。エルヴァが王女奪還に協力する部分はただただその一点にしかない。しかし、こんなことを舞台で語ればまず間違いなくアレウスたちは取り押さえられる。だから言わずに、視線で理解させた。

「似た者同士と言いたいのか?」

「いいや、似てすらいない」

「……ああ、そうだな。僕と君の生き様に似ている部分なんて一つもない。共通項があったって、僕の生き様は僕の物、君の生き様は君の物なのだから」


 エルヴァが跳ねる。軽く、のびやかな跳躍。低い姿勢を取っていても回避は容易い。ただ、この男は回避した先で次の行動を読んでくる。次の次の行動も、その次の次の次の行動も、常に男は頭で考えながら立ち回る。

 それに対抗するためにはアレウスもまた思考しながら立ち回る。本能による回避と意識的な回避を織り交ぜ、無意志の防御や反射的な反撃のみならず、意識的に防いで反射的な行動を制御する。


 避けた先で木製の剣と短剣が接触する。金属音ほど甲高くはないが、物体と物体が激突した際の弾けるような音が響き渡る。近距離での剣戟を放ち合う。どれかがフェイントで、どれかが一撃を浴びせるための一振り。見極めるのは困難であるが、ギリギリのところで防いで弾き飛ばす。

 距離が開いてもエルヴァは冷静に横へと跳ね、疾走する。後ろに回り込まれることを考慮してアレウスは足を運び、男を正面に捉えた直後に信じられない速度で刺突を繰り出される。喉元を狙っていたため、半身を下げて更に首を横に倒して凌ぐ。だが、結果的に前に出すことになってしまった右足を模擬戦闘とは思えない速度で蹴り抜かれて、倒れ込む。倒れ込むが、舞台に木剣を突き立てるが如く振るってくる一撃をアレウスは二回ほど転がって避け、すぐに起き上がる。


 起き上がった目の前にエルヴァがいる。信じられない詰め方をしてくる。こんなものは戦略でもなんでもない。怖れ知らずの突撃だ。反撃を受けることさえ、死ぬことさえいとわないような捨て身である。且つ、剣戟の全てに乗るのは鬼気迫るほどの暴力。

 調子に乗らせてはならない。調子の良い立ち回りをしている者は、ほの見える僅かな隙を突けば勢い付く前に鎮静化させることは難しくない。鬼気迫っている者に、鬼気迫る戦い方を調子付かせれば誰にも止められなくなる。キングス・ファングとの戦いで学んだ。獣人の王は最期の最期まで鬼気迫っており、止められたのはそれ以前の消耗があったためだ。

 エルヴァにその消耗はない。模擬戦闘でありながら表情のどこにも『模擬』を彷彿とさせるような余裕はなく、視線には常に殺意が孕んでいる。無論、本当に殺すつもりなどないのだろうが、本当に殺すのだと錯覚させるほどに全ての気迫が『殺すこと』をアレウスに宣告してくる。


 思わず貸し与えられた力を使いそうになったが必死にこらえ、エルヴァの剣戟を防ぎ切って距離を取る。再び詰められるようなら再び防ぎ切り、弾く。これを繰り返しながらエルヴァに一太刀浴びせる隙を探す。


 探すのだが――


 どこにもない。エルヴァの動きには隙が大きなものが沢山ある。可能な限り隙を小さくしたものも沢山ある。だがどれが偽物の隙でどれが本物の隙なのかが全く分からない。込められている気量が違う。気迫が強すぎるせいでありとあらゆる隙が起こす余韻に残響が、雑音が混じる。この模擬戦闘のやり取りの中で見極め切れるものじゃない。


「褒めてやる、()()()

「っ!」

「そう呼ばなければ、お前の名前が王国では悪名高く、新王国では知らぬ者がいないほどの名声になり得てしまう」

 交錯する剣戟の中で、エルヴァとアレウスの合間に生じる擦れ違い様の一撃を放つ前の呟き。そこには男の確かな知性があった。こんな、死に物狂いの戦いの中でまだ理性がある。

 たったそれだけで、力量の差を理解する。発狂しているようで発狂していない。気が触れているようで触れていない。狂気染みた戦い方ができることをエルヴァージュ・セルストーという男が隠していただけだ。


 こんな、容赦のない戦い方をアレウスは知らない。


 握る木製の短剣が木剣によって弾き飛ばされ、更に手首を叩かれて鈍痛が走り、うずくまる。これまでの流れならエルヴァはアレウスを舞台から蹴落とす。ならば蹴落とされないように状況を立て直さなければならない。


「見ろ」

 しかしいつまで経っても蹴飛ばされない。

「こいつは手首を打たれても尚、立て直す好機を窺っている。俺が蹴飛ばすために足を振り上げた刹那を狙ってこの窮地をスルリと脱する手立てを練っている。そこがお前たちと違うところだ。利き手を打たれて、もう駄目だと諦めるお前たちとは違う。狂ってしまいそうなほどの殺意に抗う理性。お前たちが得なければならないのは、死を間際にしても冷静に命を繋ぎ止める手段だ。たとえ狂気と罵られようと生き足掻く卑屈な一手だ」

 エルヴァの手がアレウスの利き手に触れる。

「“癒やせ”」

 手首の腫れと鈍痛がゆっくりと引いていく。

「これが僕の覚悟の証だ、アリス」

「……肝に銘じておく」

「別にまだ続けても良かったんだが、ここで終わらせないと獣人の姫君が俺の喉を噛み千切るか、掻き切りにくる。早い内に落ち着かせてくれ。僕が気が気じゃなくなる」

 ノックスは今にも舞台まで一跳びでやってきそうなほどの怒気を全身に滲ませている。なのでアレウスは手を軽く振り、問題ないことを伝える。するとその怒気はかなり緩慢ではあるが鎮まっていっているように見えた。


「僕はこの場ではアリスか……レストアールさんには本名を教えてしまったんだけど」

「そう呼ばせるように徹底させる。元帝国軍人がどう名乗ろうと勝手だが、お前の今後の冒険者稼業に影を落とすような事態にさせる気はない。獣人の姫君にも偽名を名乗らせなければならない。そこのところは君が上手く行ってくれ」

 最後に、とエルヴァは呟く。

「リスティのワガママのせいで、君を巻き込んでしまった。『逃がし屋』が関わったことで、君たちはこの事態が解決するまで帰れない……事態が解決しても帰れるかどうか保障できない」

「……そこのところは、獣人の群れに連れて行かれたときと同じで気にしない。僕が気にするのは、あなたの復讐心が肝心の場面で邪魔をしないかどうかだけだ」

「ならないだろう。彼女がそれを望まなければ」

 エルヴァは自信なさげに言って、アレウスを舞台から降ろすと教練に戻った。


「全部、嘘っぱちだな」

 なぜエルヴァがアレウスに謝るというのだ。手紙を残し、アレウスにここに来るように願ったのはリスティなのだから彼女が謝るのが道理だろう。だから、エルヴァは使える()は全て使うことしか考えていない。アレウスがやっぱりやめると言い出し、リスティを連れて逃げ出さないように嘘の感情で縛り付けようとした。

 教練だってやりたいからやっているのではなく、やらなければ王女の奪還すら叶わないから仕方なくやっている。問題はきっとアレウスとリスティ以外にその事実を知らないことだろう。ここで教練を受けた兵士は王女奪還戦において捨て駒にされるだろう。


 あの男はそれぐらい平気でやる。復讐のためならなんでもやる気持ちをアレウスはよく知っている。


 だから平気でつく嘘も、嘘と分かった上で飲み込んだ。それだけだ。

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