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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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閉鎖的な村

「暇」

「景色を見ていたら暇も紛れるだろ」

「最初はそうだったけど、飽きた」

 アレウスも最初は馬車から外の景色を眺めていたが、徐々に飽きてしまったので今は手持ち無沙汰である。アベリアはずっと景色を眺めていても飽きることはなさそうだなと思っていたが、そんな彼女ですら飽きるのだから馬車とは怖ろしい乗り物である。だが、景色が一定であるということは同時に偽りであっても平和が成立していることに他ならない。街道さえ馬車が走り続けていれば、滅多なことで魔物の襲撃もないのだから景色に飽きたからといってそのことに強い不満を抱くのは良くない。


 しかし、それでも不満は出てしまう。


「ヒューマンの業なのか、それともエルフやドワーフも同じことを考えているのか」

 人種で纏めてしまっているが、その考え方や価値観はきっと異なるだろう。しかし彼らは同じように馬車から見える景色を、ずっと飽きずに眺めていられるのか。その辺りについては機会があったなら知りたいところだ。実際のところ、エルフもドワーフも全く把握し切れていない種族なのだ。

 ヴェインが素材を売っている際にも見た。ギルドでもしばしば見掛ける。しかし、声を掛けたことは一度も無い。

「アベリアはエルフとドワーフについて、文献でどんな風に書かれていたか知っているか?」

「エルフは誇り高い一族で、ドワーフは妖精に好かれやすい」

「考え方は?」

「そこまでヒューマンとの差異は無いけど、エルフは長命だから、彼らにとって短命なヒューマンやドワーフのことを少しだけ下に見ている部分はあるみたい。それで、ドワーフは極度のヒューマン嫌い。商人や冒険者として出て行くドワーフは珍しいんだって」

「そういうものか……」

「でも魔物が脅威であることは同じだから、協力関係は築けている。人種同士でのいざこざ以上に、魔物が厄介なんだろうけど」

「共通の敵が存在する以上は毛嫌いしていても手を組んで倒した方が効率が良い、ってことだな」


「エルフは魔力を込めた技術を持つし、ドワーフは妖精の力を借りた技術を持つ。それでもヒューマンみたいな多種多様な街造りの技術は無いの。エルフにはエルフの、ドワーフにはドワーフの生きる上での制約がある。でもヒューマンにはそれが無いから、森林伐採だって鉱石の発掘だってやっちゃう。それが良いことなのか悪いことなのかはともかく」

「技術交換でもしたら良いのにな」

「冒険者同士ならそれも有りかも知れないけど、国家で別の技術に転用されたら困るでしょ? 特にヒューマンは色んなことに手を出せる。そこにエルフとドワーフの技術が加わったらって考えたら、その二つの種族は簡単には技術を提供なんて出来ない」


「なるほどね……」

「あとエルフの女性はすっごい美人」

「なんでそれは強調して言う必要があるんだよ」

「アレウスが鼻の下を伸ばさないように」

「そんな女好きな性格じゃない」

「エルフの男性は美形が多い」

「それもわざわざ言うことじゃない。言っておくけど、顔だけで男は判断するなよ?」

「しないし」

「なら良いけど」

「アレウスって、冒険者になる前に肌が白いからたまにエルフっぽいって言われていたの知ってる?」

「身長はエルフより高くないし耳も長くないから、単に“エルフっぽい”って馬鹿にされていただけだけどな」

 そのせいでアレウスは採掘業の男たちにも「こんなナヨナヨしている子供に仕事が務まるのか」と疑われたことがある。持ち前の勘と腕前で務まることを証明したが、肌が白いことがプラスに働いたことはない。

「そういうアベリアも背が高いからエルフっぽいって言われていたことがあるから」

「私は“背が高いだけ”って意味で馬鹿にされていたんだと思うけど」

 美人という部分には敢えて触れないようにする。

「お互いに馬鹿にされることはあったってわけだ。それを跳ね除けているんだ。あんまり気にすることじゃない」

「そうだね」

「でも、エルフもドワーフも、こういう景色を見て同じようにしばらくは綺麗だと眺めて、気付いたら飽きているみたいな……そんな感じだったら、良いよな」


「話がしやすい?」

「ああ。あと、隔たりって無いんだなって感じられると思う。人種という分類には入っているけど種族は違う。それってさ、価値観が違うとか通り越して大きい大きい壁があるように思うだろ? それが同じような気持ちになるって分かったら、『なんだ、そんなに僕たちと変わらないじゃん』と思える。そんな風に思えるようになれたら良い」

 アレウスは微笑を零し、背伸びをしている風を装って気恥ずかしさを隠す。

「ま、話はこれぐらいにしてちょっと休もう」

「うん」


 馬車の椅子に座ったまま、アレウスとアベリアは目を閉じて、馬の足音と体に掛かる独特な揺れを子守唄と揺りかご代わりにして休息を取った。


 一日掛かりなのでいつかの時と同じように馭者(ぎょしゃ)と昼食や夕食、睡眠を共にしつつ、次の日の朝にアレウスたちはヴェインの故郷へと到着する。馭者にお礼とお金を支払って、村の門を潜る。


「これはまた……ニィナのところとは違うな」

 ニィナの村はその全体の八割以上が農業、畜産、酪農の従事者だったため畑や牧草地の景色が広がっていた。この村は畑などは見えるが、街にまで売りに出すために育てているわけではないようだ。村の中での流通を重視している。つまり、街に頼らずとも村の中で必要最低限の仕事や経済が回り、独立している。それでも足りなければ外に売りに出すといった具合なのだろう。

 街と村で経済を回すのも形としてあるが、こうして村単位でなにもかもが済ませられるのも、一つの形なのだろう。どちらの形態が悪だとかそんなのはない。どちらも村としての形であり、人種が生活できているのならそれは正しいのである。


「こういうところは、よそ者嫌いが多そうなのがな……」

 村単位で全てが成立してしまうと、別のところからやって来た者を素直に受け入れにくい。冒険譚でも、パーティは何度か辺境の村へ入ることを拒まれることがあったと書かれていた。


「ギルドがあるなら、さすがに街から来た人をどうこうは言わないと思うけど」

「だよな」

 アレウスとアベリアは村を歩き、まずはギルドを探す。村人の目がチラチラとこちらを見ている。殺意のようなものはないが、なにか気が立っているように感じられる。場合によっては襲撃も考慮しなければならないので、ギルドの建物に入るまでアレウスは常々に短剣の柄から右手を外すことはなかった。

「アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼです。リスティ―ナ・クリスタリアさんには話を通してあります。こちらに来てもらうようお伝え下さい」

 受付の女性に伝えることを伝え、一先ずは空いている席に座る。

「なにかあったのかな?」

「なにかなきゃ、あんなギラついた目を向けられるもんか」

 冒険者を嫌っているのならギルドがあるわけがない。ギルドがあるのだから冒険者に対しては一応の理解を示しているはずだ。そんな村人の気が立っているということは、アレウスたちが与り知らないところで別の冒険者がなにか村が不利益を被るようなことをしでかしたか、大きな失敗をして村人の命が危機に瀕したか、或いは亡くなられたか。その辺りだろうと踏んでおく。

「お待たせしました」

 リスティがギルドの奥からやって来る。

「先輩から事情は?」

「それもそうですが、形式として呼ばれたなら顔を見せるのは徹底されています。なので、しばし失礼します」


 担当者にも規則はあり、その範疇から逸れてはならない。だからこそアレウスたちに一度、顔を見せなければならなかった。そう思えば、すぐに席を立って移動する様に対して思うことはなにもない。むしろ彼女の方から現状の情報を収集してくれるのだから、感謝しなければならない側である。


「お待たせしました」

 十分ほど経ってから、リスティが席に着いた。

「先輩からのお話を幾つか省略してお伝えします。現在、この村で五名ほどが行方不明になっております」

「行方不明……それは人種の手による事件ですか?」

 人さらい、或いは殺人。そういった類であるのなら冒険者の出る幕はない。

「この村は閉塞的なのはお分かり頂けていると思います。なので、お一人が姿を消した次の日には村長と家長たちによっての集会があったそうです。ですが、先輩もヴェインさんから聞いた限りになるそうですが、誰一人として怪しい人物は見ていないし浮上もしなかった、と」

「村にフラッと立ち寄って、人をさらってすぐに出て行くような輩も居るんじゃ?」

「誰も怪しい人物を見ていないのです」

 そこをもう一度、協調される。

「内部ではなく外部の犯行という可能性があるようです。なので、冒険者を致し方無く招き入れることになったこの村での外部というのは冒険者を指します」

「だから私たちが村に入った時、みんな気が立っていたんだ……」


 それでは、アレウスたちもあのような視線を向けられるのも無理はない。村人からしてみれば、冒険者は全てが不審人物となっているのだ。


「冒険者が逃げ出した可能性は?」

「五名と私は言ったはずです。そしてその内の一人はヴェインさんが手紙を受け取った翌日に行方知れずになっています」

「ヴェインは呼び戻された?」

「カタラクシオ家から、恐らくは。家長――彼の父親としてはこの緊急事態に息子を街には置いてはおけないと判断したのでしょう。この村の出身者を狙っている可能性もあるのでは目の届くところに置いておかなければいつ行方不明になるか分からない。そこは先輩が感知できると説明したそうですが、やはり信用できないということで」

 冒険者を求めたのは魔物がどうしても村の脅威になってしまうからだ。求められたのならば冒険者はどのような待遇を受けても依頼をこなす。ギルドで働く者も同じ気持ちであるのは確かだ。


 ギルドがあるのだから、外に開いた村。そのようにアレウスは思っていたが、その実は閉鎖的で冒険者に対する偏見も強い。そしてその偏見は現在の事件なのか事故なのかそれとも魔物関連なのか。それが起こってしまったために更に強くなっている。


「この村で僕たちが出来ることはなんでしょう? 警護ですか? 心を開かれていないのでは警護も出来ないと思いますが」

「そういった目立つ行動は慎んで下さい。場合によってはエルフの森やドワーフの里よりもこの村では身の安全を重視しなければならないでしょう」

「エルフの森もドワーフの里も知らないんですけど、それよりもマズい状態ってわけですか?」


「賢しく聡いエルフとドワーフは制約の元で生きるために滅多なことで襲撃して殺すようなことはしません。そんなことが起これば森と里がその者を追放します。ですが、ヒューマンは違います。制約に縛られない以上、殺人すらも平気で犯す。疑心暗鬼だけで、迷い、惑い、狂うのです。だからこそ、刺激は最小限に。魔物と戦う時のように静かな活動を」


「活動するなとは言わないんですね」

 アレウスの言葉に、リスティは小さく肯く。

「カタラクシオ家へ赴いて下さい。あなた方なら、ヴェインさんからの口利きで家長も招き入れて下さるかも知れません。そこから村長へとどうにか繋がりを作り、捜索や調査の許可を得られれば……村長からのお墨付きとなれば、あなた方を無碍(むげ)にすることは決してありません。同時に贔屓(ひいき)することもありはしませんが」

 魔物の仕業なのか人種の仕業なのかも曖昧なままで、村長の許可を得る。冒険者としては駆け出しのアレウスたちには難し過ぎる話である。

「可能ですか?」


「駄目だったら尻尾を巻いて逃げ帰りますよ。その時は協力して下さい」

「分かっています。担当の冒険者に無理をさせないのは私の使命です。村長に許可を頂けるまでの過程は、あなた方でも確率としては可能な範疇と捉えています。冒険者としての活動さえ出来れば、先輩と情報を密にして、手に余るかそうでないかの判断を下します。ただ、許可を得られずとも気にはなさらないで下さい。(さい)の目が時に意地悪なように、運が悪く働くことさえあるのですから」


 アレウスとアベリアは席を立ち、リスティに一礼をしてから外に出た。

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