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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第10章 -その手が遠い-】
477/705

♭-7 生存

///


「前線を無視して補給路の要衝を叩きに来たのはあまりにも想定外が過ぎる。それどころか避難部隊にまで危害を加えている。奴らの頭の中には人として当たり前の脳が詰まっていないんじゃないか?」

 リッチモンドは本拠点の司令部となっている小屋で連合のやり方に文句を言う。

「第三基地に僕は、君の義妹を配置させていたはずだ……大丈夫か?」

 エドワードが地図を眺めながら呟く。

「肉体的には問題ないが精神的には耐えられんよ。しかし、気遣いは無用だ。元よりこういったことが起こることは承知の上だ。分かっていて義妹も連れてきたんだ」

「最前線からは遠ざけたつもりだが、こんなことになるとは」

「ふっ、これまで俺の言葉に耳を貸さなかった貴公がそのような忖度をしてくれているとは思わなんだ」

「総指揮が君であったなら、僕はいつだって耳を貸す気でいたさ」

「ゼルペスの騎士団長の肩書きは軽いか」

「どれほど上申しても、『戦狂いのスチュワードの番犬に指揮など任せられない』の一点張りさ。僕は君以上に冴えている人物を他に知らないというのに」

「……愚痴はこれぐらいにしよう。メグか無事かどうかの泣き言も今は()く」

 互いに謙遜しあっていても戦況は良くならない。リッチモンドは話を切り上げる。

「報告を」

 そして小屋に待機していた騎士に声を掛ける。


「第三基地は伏兵かそれとも別動隊による襲撃によりその大半が機能不全に陥っております。しかしながらマーガレット隊は帝国軍の手を借りつつも敵部隊を二日を掛けて押し戻したと伝令は私に伝えて息絶えました。そのため現在、マーガレット様と連絡を取れない状態ではありますが、その内にでも早馬で生存の(しら)せが耳に入ることと思います」


「あんな頼りない戦力で押し戻した……? 君の義妹は天才か? だってあそこには、」

「肉の盾にしかできない騎士候補生を大いに詰め込んでいる、か? 正直、報告を受けはしたが俺も驚きを隠せていない。恐らくだが帝国軍の尽力によってもたらされたことだ」

「帝国に借りを作ってしまったか」

「それはあちらも同じこと」

 王国の手を借りなければ帝国軍もまた押し戻せるほどの結果をもたらすことはできなかったはずだ。

「メグのことだ。押し戻したのなら第三基地の再設営を考えるはず。半壊程度ならまだ再利用できる部分もあるだろうからな」

「大半が機能不全という報告が、果たして半壊で済まされているかどうか怪しいところだよ。第十六基地まで下がらせた方がいい」

 エドワードが地図の一点を指さし、滑らして別の地点を指す。

「死傷者も多数いるはずだ。大きく下がらせて、まずは回復魔法と医者による治療を行い、万全になったらまた第三基地に進駐させよう」

「できることならそうしたいが、第三基地と第二基地、そして避難部隊は特に帝国軍人による恩恵を強く受けさせている。帝国軍と第十六基地まで退避させると、こちらの兵士に不満が出かねない」

「元より二国による協力は決まっていたはずだ」

「俺たちは知っていても末端までそれは伝わっていない。だからまだ戦闘が起こっていないところへ配置させたのではないのか?」

「……そうだ。最前線に帝国も王国も揃って加勢を行えば、そこで耐え続けていた帝国と王国の兵士からの批判は避けられない。彼らは最前線に立ってはいても、同じ基地にこもっての共闘はしていないはずだから。彼らの頭の中にあるのは帝国軍人を攻撃しないこと、王国騎士を攻撃しないこと程度の価値観だ」

 リッチモンドは地図を一心に見つめ、考える。

「避難部隊がまだ機能していることを祈り、反転攻勢を行う」

「攻撃に出たらそれは侵略だ。防衛戦線という名目を捨てるつもりか?」

「民間人にすら攻撃してくる連中だぞ?! それも、禁止されている魔法で攻撃してきていると聞く!」

 声を荒げてからリッチモンドは頭を冷やす。

「いや……すまない。エドワードの言う通りだ」

「落ち着いてくれ、総指揮官。君が怒りに身を任せれば、兵士は無意味に死んでいく」

「ああ。それで、手は考えてあるか?」

「あるとも。だけど、避難部隊と第三基地の被害がどの程度か把握してからだ。残存兵力は常に頭に入れておきたい。第三、第二、そして避難部隊。それ以外のところは十全に機能している。その三点以外に、僕の采配に穴はない」

「戦場においてたった穴が三点しかない。いつもなら拍手して君の采配を称賛していたところだが」

「分かっている。その三点が致命的だ」

 続報を待とう。エドワードはそう言ってリッチモンドの肩を叩き、励ました。


 耳鳴りがする。頭も痛い。焦げ臭く、悪臭も漂う。

 体を持ち上げられる。乱雑に放り投げられ、なにかに乗せられる。


「死体を運び込め」

「屍霊術にはこういった媒介が必要不可欠だ」

「幸い、材料はいくらでも転がっている」


 思考を研ぎ澄ます。僅かに見開いた景色の先に見えた男たち。誰もこちらを向いていない。

 だからエルヴァは死体の積み上げられた荷車から起きて、立ち上がり、懐に潜ませていた短剣を抜いて男の首に突き立てる。血飛沫を浴びながらも短剣を引き抜き、動じている別の男の喉を掻き切る。


「やっぱり出やがった!」

「この場所の死体回収には気を付けろと言われていたが、こういうことか!」


 続いて後方から迫ってくる二人の男も、翻って対応し、容赦なくその胸元に短剣を突き立てる。そして、男が腰に下げていた剣を鞘から引き抜いて構えた。


「殺す」

 相手の剣戟を避けてから足を切り裂き、蹴飛ばし、仰向けに倒れた男の上に乗りかかる。

「殺すんじゃなくて殺されるんだよ」

「死体のフリをするなど、卑怯者め!」

「だったら死体を素材として回収しているお前たちはなんなんだよ」

 返事を待つ前に心臓を貫く。


 喉が焼けるように痛い。子供の頃に死体なら見慣れていたはずなのだが、損壊した死体を見たのは初めてで、信じられないほどに嘔吐した。襲撃時も、次の日も、そして今日も吐いた。だから炎を吸い込んで喉を痛めたというよりも胃液が喉を焼いたのだろう。


 荷車に乗った死体を見る。プレート状、ペンダント状の識別鉦を見て、丁寧に回収していく。


 ロザリオ状の識別証がある。こんなものは取っても無駄だ。そう一瞬思ったが、思い直して回収する。殺した男たちの識別証も残らず回収する。


 荒れた戦場に立ち、唾を飲もうとするが気管支に入り、強く咳き込む。

 大きく息を吸う。胸に手を当て、心臓の音を確認する。どうやらまだ死んでいないらしい。


 エルヴァは辺りを見回し、見るも無残な第三基地の名残りを見つけて駆け出す。距離はそう遠くない。そもそも、どこかに運ばれていたわけではなく自ら望んで死体のフリをして転がっていた。

 連合の死体回収班を殺すためだ。襲撃初日に帝国軍人と王国騎士の死体を当たり前のように収集している彼らを許すことはできず、チャンスが生まれれば必ず殺してやると誓っていた。それを今日果たすことができ、胸がスッとした。


「帰還しました」

 第三基地の小屋に入り、エルヴァは帰還報告を入れる。

「ということは?」

「四人全て殺しました」

「そうか……これで観測した計二十五名を無事に殺したことになるな。この戦線で死体を回収する狼藉者は始末できたということだ」

 マーガレットは安堵の息をつき、辺りを見回しながら歩き、エルヴァに布を投げて寄越す。

「汚れてしまっているがまだマシな方だろう。血塗れだ。顔ぐらい拭け」

「心遣い、感謝いたします」

「実際のところ、貴殿はよく働いてくれている。まさか二十五名全て殺し切れるとは思わなんだ。功は労わねばな」

 そう言ってマーガレットはフラついた。

「少し休まれてはいかがでしょうか?」

「貴殿がそれを言うか。私が寝入っては皆が震えて眠れない」

「襲撃されてから一睡もなされてはいないではありませんか。五体満足で繋いだ命を睡眠不足で失う馬鹿の部下ではありたくありません」

「言ってくれるな……そうだな、少し休むとしよう」

 マーガレットは周囲の騎士に休息の意を伝える。

「騎士たちにはなにかあれば叩き起こせと言っておいた。貴殿も休むといい。ただ、慣れている私と違って、貴殿が眠れるかどうかはしらないが」

 そう言ってマーガレットは小屋から出て行った。エルヴァは残っていた騎士に敬礼をしてから同じく小屋を出る。


 馬小屋への魔法攻撃があってから、怒涛のように時は過ぎた。敵襲に多くの軍人と騎士が飛び出して行って、その多くが帰ってはこなかった。が、無駄死にしたわけではなく多数の敵を仕留めて死んだ。

 騎馬隊は重装歩兵が携えた長鎗に敗れ、しかし相手の騎馬隊は馬防柵によってこちらへの追撃にてこずったため、カルヒェッテ弓兵部隊が射殺した。敵が行う投石は第三基地の多くに降り注ぎ、直撃して頭が潰れて死んだ者も少なくない。だからやり返すようにこちらも投石を行って敵軍を退かせた。


 魔法攻撃の多くは帝国軍人に紛れていた冒険者が防御魔法で阻んだ。連合は魔法を侵略に用いるという更なる禁忌を犯した。だからこそ、冒険者たちはこぞって防御魔法の次に唱えたのが攻撃魔法だった。特にナルシェの放った『赤星』は敵軍に大打撃を与えた。


 騎馬隊、射手隊、投石部隊、そして魔法攻撃。それらの攻防に一息がついた頃、生き残った重装歩兵を中心にして敵軍は歩兵部隊で制圧に掛かってきた。動ける兵士は肩書き関係なく駆り出され、エルヴァのような騎士候補生たちも、冒険者のヴェラルドも例外ではなかった。


 あんなに望んでいた戦闘であったクセに、エルヴァが分けられた班の騎士候補生は一人を残して戦死、残った一人に至っては戦場で女の死体に裸になって腰を振り出すという気狂いを起こしたためにエルヴァが見ていられず殺した。

 その後、ヴェラルドと組んだのは運が良かったのだろう。彼は仲間の死に憤ってはいたが、思考は冷静そのもので敵との立ち回りには隙がなく、数々の連合軍兵士を仕留めていった。エルヴァはその露払いに近い動きしかできなかったが、殺し続けて辛うじて生き残った。


 第三基地に割り振られた百五十名ほどの騎士候補生の生き残りはエルヴァを含めて十数名となった。マーガレット隊の騎士も、帝国のカルヒェッテ隊の軍人も、その多くが犠牲にこそなったが奇跡的に隊長たる者たちは生存した。実力があるから生き残ったのではなく、偶然にも命拾いした。同じ戦場に立っていたエルヴァは強くそう思った。

 こんなところではどんなに偉い人間であっても死ぬ。隊長を喪っては部隊が崩壊するから、後ろに引きこもっていたから云々ではない。なにせ連合側の攻撃は第三基地全体に及んだのだ。そこには後ろも前もない。生き残りたいという欲に駆られて逃げ出さずに戦い切って生きているのだから、命拾い以外の表現のしようがないのだ。


「……吸うか?」

 岩に座り、紙煙草を吸って虚空を見つめていたヴェラルドに訊ねられた。

「吸わない」

「だよな。俺もやっぱ無理だわ」

 そう言って咳き込み、紙煙草を地面に落として足で潰して火を消した。その紙煙草の長さから見て、火を点けたばかりなのが分かる。

「俺の身の回りの大人はどいつもこいつも吸っているもんだから、人生で一度くらいと思ってみたが……二度と人生で味わうことはないだろうな」

 この戦場のように、とヴェラルドは付け足した。

「ナルシェは?」

「あいつには無理だったんだよ、この光景は……だから俺だけで良かったのに」

「俺も吐きながら、なんで耐えられているのか未だに分からない」

「そりゃ俺も同じだ。二日前まではもう肉なんて喰わないと思っていたのに、今日出された豚を焼いただけの肉を普通に喰っちまったよ」

 それはエルヴァも同じだ。そして肉を食べたあとに、死体に紛れて転がっていた。すぐ隣には凄まじい形相で息絶えていた死体があったというのに、なんにも考えることなくひたすらに時を待ち続けていた。


 むしろ、あのとき自身は眠っていたのではないか。頭に怪我を負っていないのに頭痛がしたのは寝不足で、半分寝ていたところを意識的に起こしたせいだったとするならあり得る。


「死体に紛れて奇襲を仕掛けるなんてよく思い付いたな。思い付いても俺はやらないけどな。その前はなんだった? 死体の前で泣いているフリをして油断させたんだったか? あと二個ぐらいやっていたよな」

「連合の鎧を着て接近して殺し、奴らの荷車に火を点けて慌てている間に殺した」

「手法を変えることで対応し切れずに死体回収の連中は全滅か。まぁ、材料やら媒介やら素材やらと清々しいほどの悪人だったから殺されて当然だけどな」

「卑怯だと思うか?」

「いいや、有効な手段だったと思う。死体回収のついでに偵察までされていたら俺たちの状況は更に危うくなっていたかもしれない」

 敵の死体から接収した紙煙草の束を握り潰して、ヴェラルドは投げ捨てた。微かな苛立ちを感じる。ヴェラルドにとってもこの非日常は耐えられないらしい。

「ヴェラルド……お前は、仲間が死んでも動じていなかったな」

「冒険者は甦る。『教会の祝福』を授けられているんだ。だからこそ、戦争に投じちゃならないんだ。帝国はその禁忌を破って、連合に対抗すると決めたんだ」

「仲間が死ぬのは見慣れている、か?」

「見慣れちゃいない。でも、甦るもんだと割り切ると気持ちは楽だ。だが、そっちは違うだろ、エルヴァ?」

「俺は……まぁ、あんまり候補生同士でも関わりがあった連中とは違ったから、そんなに…………いや、悪い。ただの強がりだ」

 エルヴァは足から力が抜けて、座り込む。

「一応は養成所で騎士を目指していた者同士だ。目標やら指標やら、そういうのは全然違って、見ている景色も違ったし、言っていることは滅茶苦茶で馬鹿な奴らだなとは思っていたけど……死ぬほどの悪いことをしたかと言えば、そうじゃない。真に悪いのは死体を弄ぼうとした気の狂ったあの一人だけだ」

「だろうな。俺たちとじゃ命の重みも違う」


「こんなところにいた」

 顔色悪く、更に生気の薄いナルシェがヴェラルドに声を掛ける。

「私を一人にしないでよ」

「さっきは一人にしろと言っていたじゃないか」

「だからって本当に一人にしないで」

「お前の言葉の表裏なんて俺が読み取れると思うなよ」

 気弱に言うナルシェに溜め息をつきつつもヴェラルドは立ち上がり、ナルシェの頭を帽子の上から撫でる。

「気色が悪い」

「そりゃ普段やらないことをやっているからな。この慰め方は今日だけだから我慢しろ」


 羨ましい。

 エルヴァは二人の掛け合いを見て思う。


 好意が、ではない。絆で繋がっている二人のやり取りが羨ましい。


「リスティ、クルス…………」

 そして自分自身にもそうやって絆で繋がっている相手がいることを思い出す。だが、その二人はここにいない。

 だから、物凄い寂しさがエルヴァを襲っている。

 物凄く心配で、物凄く不安になる。


 自分はこうして辛うじて生き残っているが、

 二人は生きているんだろうか、と。

 死んでいないか、と。

 どうか生きていてくれ、と。


「あなたは冒険者に向いているかもしれない」

 ヴェラルドに慰めてもらったからか、眠れていそうには見えないがナルシェの顔色は少しだけ良くなっていた。

「俺が?」

「あなたの戦い方を見させてもらったけど、立ち回りとか考え方とか生き残り方とかが冒険者に向いてる」

「そうやって勧誘してもエルヴァは王国の騎士だぞ」

「うん、だから王国で冒険者の道を考えてもいいんじゃないかな、と」

 こんな風に人を殺し続ける必要もないし。そのように彼女は付け足した。

「……どうなんだろうな。正義のために人を殺している。これはきっと正しい行いだと思って、人を殺している。でも世間一般的に見て、人を殺している人は恐怖の存在で、当たり前だけど犯罪者だ。俺みたいなのは冒険者になるべきじゃない」

「……これはよく、間違われるんだけど…………人を殺すことができる人は、冒険者に必要だと思う」

「どういうことだ?」


「どう頑張ったって、どう足掻いたって、冒険者であっても人を殺さなきゃいけない瞬間があるんだよ。霊体に憑依されていたり、悪魔の囁きに乗ってしまって中期や末期になっている輩はどうしても殺さなきゃならない」

「人を殺せる冒険者にはなるな。沢山の人が私たちにそう教えてくる。でも、それはただの怖れ。人を殺せる冒険者になってしまったら、どんなに親交を深めていても敵対勢力に変わるかもしれない。そのとき、自身の手で、見知った相手を殺さなきゃならなくなるから……」


「『人を殺せる冒険者にはなるな』…………?」

 なぜだろうか。エルヴァはこの言葉が初耳であるはずなのに、なにかとても懐かしい言葉のように感じてしまう。反芻するように言われたことを口にしたことでヴェラルドとナルシェは不思議そうにこちらを見ている。

「なんだろうな……どこかで俺はその言葉を聞いている」

「冒険者じゃないのに?」

「聞いている」

 確認するようにナルシェに問われたが、自分の中にある確信をエルヴァは譲らなかった。

「ならそれはきっと天からの御言葉だろうな」

「神様なんて信じちゃいないが」

「信じていた頃のお前に神様が囁いたんじゃないか?」

「すっごいテキトーに言ってない?」

 あまりに現実味のないヴェラルドの言い方にナルシェが呆れる。


「初耳だけど、初耳じゃない感じがするってことはきっとどこかで聞いているってことなんだろうけど……ううん、私たちはあなたのことをよくは知らないから」

「そりゃそうだ。それに、俺のことをよく知っている奴だってきっと首を傾げる」


「話し込んでいる暇はないぞ」

 エルミュイーダがエルヴァたちに釘を刺す。

「そこの二人の冒険者――ヴェラルドとナルシェライラだったか? 生き残った冒険者どもを集めろ、今後の話がしたい。レスィも冒険者の意見を聞きたいと言っていた」

「了解しました」

「……此度の戦いは、冒険者の尽力がなければ乗り越えられなかった。特に貴様らの助力に感謝している。もっと大々的に褒めてもよいとも考えているが、そうすると生き残った帝国軍人の士気が下がる」

 エルミュイーダは振り返り、ヴェラルドたちの顔を見ずに言う。

「冒険者の士気が下がることを懸念している」

「気になさらないでください。私たちは根っからの冒険者気質。自分の価値は自分で決められます。評価をして貰えるとも思っていませんでしたから、勇気をいただけました」

 ナルシェが礼を述べる。

「そこの騎士も、よくぞ敵味方関係なく死体を回収するゴミどもを片付けてくれた。貴様は無事に生き残り、国より勲章を賜るべきだ。決して死にに行くような無茶はするな」

 去り際にエルヴァへそう投げかけ、エルミュイーダは辛うじて形を保っている小屋の一つへと入っていった。


「ただのご機嫌(うかが)い。実際は感謝なんてしちゃいないけど、労っておかないと反乱されるかもしれない。私たち冒険者の力に怯えているから、なんとか制御下に置こうとしている。騎士と軍人との仲違いも起こしたくないだろうし」

「素直に感謝は受け取りゃいいだろ」

 呆れるヴェラルドだったが、ナルシェの見立てにエルヴァも賛成だった。


 二人とはエルミュイーダに呼ばれたので、そこで一旦別れた。一人になって寂しさ以上に、独特の安心感を抱く。神経質になってしまっているからか、周囲に人がいる方が落ち着かないのだ。いつ誰に、どのような方法で殺されるのだろうか。味方と思っている者は本当に味方なのだろうか。そのような疑心暗鬼が付き纏うようになってしまった。


《どいつもこいつも、人を殺して褒められているとは……異常だな》

「誰だ?」

 エルヴァは辺りに意識を傾ける。

《俺の声が聞こえるとは……さすがは俺の姿を捉えることのできた人間だ》

 ヴェラルドが先ほどまで座っていた岩から声が聞こえる。

《だが、それだけじゃまだ足りない。もう少しお前については観察させてもらう。この力を委ねるに値する人間かどうか》

「なん……なんだ?」

《そう邪険にはするな。いずれお前は俺を頼ることになる。そのとき、俺はこう言ってお前に近付くだろう》


――『逃がし屋』と。


 岩からはなにも聞こえなくなった。

「遂に幻聴まで聞こえ出したか……?」

 エルヴァは額に手を当て、自身の気が少しずつ狂い始めていることに恐怖し、岩を背にして座り込む。


 次の戦いはすぐに訪れる。だからなのだろうか。精神より先に体調を万全にすることを肉体が求め、瞼を閉じた瞬間にエルヴァは眠りに落ちた。

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