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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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丸五日、帰って来ない


「冒険者稼業には慣れて来た頃合いかな?」

 余裕綽々としているルーファスに剣戟を繰り出すが、どれもこれも弾かれる。アレウスは訊ねられたことに対して返事をする余裕も与えられずに、右から左からと次々と繰り出される剣戟を必死に捌く。

「足運びはマシになったが、まだ剣は拙さが残る」

 回避はした。しかし男の剣は追って来る。なのに自身の剣は追い付かない。男の剣の切っ先が肌に触れるか触れないか、その直前で停止する。

「自分の筋力に見合った剣に新調したらどうだい?」

「そんなお金も今のところは無いので」

「……ああ、そんな顔をしても駄目だよ? 私は君に施しを与えようなどとは思っていないからね」

「そんな物乞いみたいな顔をしていましたか?」

「していなかったとでも?」

 なにもかもお見通しらしい。ルッフェウスが剣を鞘に納めたのを見届け、アレウスもまた剣を鞘に納める。

「足運びが一歩ずつなら、剣術は半歩ずつといったところだ。『盗歩』の方は……観察し過ぎて、得意の素早さが活かされていない」

「相手の全てを掌握しないと、間合いを詰め切るのは難しいですから」


「だからと言って、考え続けていては虚を突くことしかできない。間を抜くには、思考の果てで感覚で詰め切ることも必要だ」


「また感覚ですか」

「技能の習得はほとんど感覚だ。君がまだ掴めていないのなら、全ての技術がまだ追い付いていないんだよ」


 昨日、アベリアと共に能力値や技能についての相談をしたのだが、自分自身に必要だと思ったものほど習得が早いらしい。そう言われてみれば、技能のほとんどは自分が生きるために必要なものであったし、アベリアの技能も冒険者になるために必要だから習得したものだ。要するに、誰かから学ぶのではなく独力な面が大き過ぎて、他人の助言で上手く技能が習得できるか非常に怪しいということである。


「短剣の方は大したものだけど、その基礎は誰かから教わったものではないのかな?」

「最初は確かに誰かから教わりましたけど」

 そこから先は自分自身が完成させた。ただし、未だ『技』には至れていない。つまり、まだまだ完成には程遠く未熟であったということだ。

「ならば同じ理屈で同じように思えば良い。でも、学ぶのは基礎ではなく応用だ。分かるかい?」

「なんとなくは」

「だったら、まだ見込みはある。さて……約束の時間を過ぎてしまった。私も久々に熱中してしまったということかな」

 ルーファスは懐中時計を見て、そのように呟く。

「貴重なお時間を、それも越えさせてしまって申し訳ありません」

「構わないさ。クエストへの支度は済んでいる。パーティの連中にはまた今度、酒でも奢ると言って誤魔化そう」

 そう言って男は荷物を纏めて、アレウスの元から走り去った。

「僕に稽古してからクエストとか、化け物みたいな体力だな」

 それともアレウスとの稽古など運動にすら含まれていないのかも知れない。


 借家に戻り、アベリアと共に昼食を摂ってから支度を済ませ、ギルドへ赴く。


「ああ、丁度良いところにいらっしゃいました」

 リスティがアレウスたちを見つけて、受付のカウンターから出て来る。

「ヴェインさんをお見掛けにはなりませんでしたか?」

 そう問われて二人は首を横に振る。


「……まさかまた異界に堕ちて?」

「感知は出来ているようです。ただ、生家――要するに出身地から丸五日ほど離れていないようです。この街を基点に活動したいというのがヴェインさんのご希望だったようなので、先輩が現地に赴いて現在、様子を窺っているそうですが……この前、パーティを組んでなにかおかしなところは見られませんでしたか?」

「なんにも」

「なにも無かった」

「でしたら、そう心配する必要は無いのかも知れませんね。久し振りに故郷へと帰って、名残り惜しいと考えれば丸五日も滞在するのはなにもおかしいことではありません」

「手紙をリスティさんが渡していましたよね? そこになにか書かれていたんじゃないですか? 婚約者絡みだったなら、ヴェインが早馬で帰るのも肯けることですけど」

「そうですか……」

 リスティは顎に手を当てて、俯きがちに考え込む。

「なにか不安なことでも? それとも、先輩が高圧的でなにか情報が無いと困るとかですか?」

「いえいえ、真逆ですよ。私のことを良くしてもらっている先輩なので、なにかお力添えが出来ないかと」

 恩を感じている相手ということだろう。それならばリスティが躍起になるのも肯ける。


「僕たちも行って確かめましょうか? 担当のパーティが移動しないと、あなたはこの街から離れられない」


「いえ、こんなことのためにわざわざ行ってもらうのは少々の手間を越えてしまいます」

「でも、リスティさんが心ここに在らずでは私たちも安心して依頼を受けられません」

 アベリアの言葉でリスティが一度、深呼吸をする。

「その通りです」

「行って、ヴェインがどういう状況に居るのかを調べる。僕たちも一度とは言え、パーティを組んだんです。事情は分かりませんが心配ではあります」

「異界絡みなら、ちゃんとリスティさんに相談します」

「調査も控えますよ。前回の一件で、実力を知りましたから」

「……では、ここから二日以内の距離なら初級冒険者の活動範囲にも収まっていますから、お言葉に甘えてしまって構いませんか?」

「はい」


「リスティが冒険者にお願いするところなんて初めて見た」「シーッ、聞こえたらどうするの?」「かなり入れ込んでいるみたいだから、忠告して上げないとですよ」「リスティさん……俺たちの担当になってくれないかと思っていたのに」「はーい冒険者の皆さんは黙って、こちらのお話を聞いて下さーい」


 どうにも居心地が悪くなった。

「ちゃんと僕のことは同期、先輩後輩に説明してます?」

「してません」

 断言され、アレウスは非常に難しくも必死に笑顔を作る。

「妙な噂が立つ前に、早急に説明しておいて下さい」

 何故かアレウスより先にアベリアが進言する。

「ま、まぁとにかく、ヴェインさんの村までの地図をご用意しますので、しばしお待ち下さい」

 リスティが一度、ギルドの奥に消える。


「アレウスは、リスティさんのことが好き?」

「人柄は好きだけど」

「人柄だけ?」

「なんで機嫌が悪いんだ」


 ヴェインとパーティを組んだ時もそうだが、アベリアは徐々に感情に起伏が出始めている。最初にニィナと接したことも良い刺激になったのかも知れない。こうして不機嫌になられることは迷惑ではあるものの、この成長には感慨深いものがある。


「なんでちょっと嬉しそうなの?」

「嬉しいことがあったからかもな」

「やっぱり、リスティさんのことが」

「それは無いから。なんでそういうことになっているのか分か、…………あ、戻っていたんですか?」

「はい」

 アレウスに無表情なままのリスティの圧力が掛かる。そしてもう一方からは不機嫌なアベリアの圧力を受ける。

「あまり、人の心を弄ぶようなことはなさらないように」

「そんな器用さは能力値としても技能としても表れてはいないと思いますけど」


 なんとも分が悪いようなので、アレウスはリスティの持って来た地図を受け取ってそそくさとアベリアを連れてギルドをあとにする。


「言っておくけど、そんな気持ちは塵一つとして無いからな」

「ニィナには?」

「どうしてここでニィナが出て来る?」

「私には?」

「これ以上訊くと怒るぞ」

 そう言うと、アベリアはやり過ぎたと思ったのか表情を(かげ)らせる。

「……なんだろうな。なんて言えば良いんだろ……凄く難しいんだけど、僕は信じたい奴しか信じないけど……あんまり人と接すること自体は嫌いじゃないんだよ。その相手を信じるか否かは別として、話すのが楽しい。楽しく話した経験が少ないから」

「うん」

「信じたいと思っている相手や、信じている相手とはもっと楽しく話をしたいと思ってしまう。勿論、アベリアとだって同じだ。素の自分を出せる分、気楽に話しちゃうから変な感じになるんだろうな」

 リスティに変な噂が立ってしまったなら即刻、謝りに行かなければならない。冒険者としての態度、担当者としての付き合い方。そこに私情が多く含まれては色眼鏡で見られてしまうし見てしまうようになる。そうなっては彼女は正確な力量を推し測れなくなるかも知れないし、アレウスも無茶なお願いをしてしまうかも知れない。それは正しい付き合い方では決してないのだ。

「きっとリスティさんも気付いているよ。でも今回はヴェインも関わっているし、心配事を減らしたくなったんだ」

「……うん。アレウスが話すのが楽しいって思えるのは良いことだと私も思う。でも、あんまり異性と話す時は良い顔をしないで」

「良い顔してたか?」

「してる」

「はぁ……気を付ける」


 あっちにもこっちにも厚意をばら撒くと、どこかの誰かはそれを好意と履き違えるかも知れない。それは随分と、面倒なことになりそうだとアレウスは思った。


「馬車で一日だな。食料は……村の方に食事処があるだろ。そんなに多く持ち出さなくて良さそうだ」

「一昨日のニィナが持って来てくれた物はちゃんと持って行って」

「あれ、すっごく不味かったんだが」

「持って行って」

 ここまで強くアベリアが言う“物”とはブラッドポーションのことである。


 牛のレバーをアク取りをしながら煮込み、ポーションを少量注いで、更に煮詰めて行った物なので口に含んだ時に舌で感じるのは血の味しかない。しかし、その名の通り血の生成を促進する効果があり、魔物除けのために右腕の血を小瓶に入れて揃えているアレウスにとっては貧血予防に適している。ニィナはこのことを知っていたのでアレウスが無理をして自身の血を活用するだろうと見込み、一昨日に街へ寄った帰りに借家へとやって来て、ブラッドポーションの作り方について教えてくれた。


 そのせいで今のようにアベリアの小言が多くなってしまったのは、身から出た錆ということで胸中に収めている。


「分かったよ。僕も貧血で倒れて、ヴェインの事情どころじゃないなんてことになるのは嫌だからな」

 ただし、ブラッドポーションは怪我をしている最中に飲むのは推奨されない。出血しているのに血の生成を早めると、更に出血が酷くなる。大怪我であったなら、最悪、失血死してしまう。使いどころはポーションよりもしっかりと見定めなければならない。


 借家で装備を済ませ、いつもよりは軽い荷物を担いで、その日の内にヴェインの故郷に向かう馬車に乗り込んだ。

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