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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第10章 -その手が遠い-】
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問題ない

 考えていたことがある。廃都市はラビリンス化しているとはいえ、迷いに来る者は少数。更にはそのほとんどが冒険者。考古学者以外のほとんどが遺跡を調査することもないとすれば、魔物にとって廃都市に棲息するのはあまりにも効率が悪い。アレウスたちがバウスパイダー退治に行った墳墓でもそうだ。そこに棲息したところで魔物が得られる魔力など微々たるもので、しかも冒険者に討伐されるリスクまである。そんなところに無理をして棲息せずとも、街道沿いで商人や人々のキャラバン隊を襲う方がまだマシだ。

 なら、どうして魔物にとって暮らし辛い場所にわざわざ暮らすのか。


「共生……だとでも、言うのか……!」

 火を踏み潰した瞬間に爬虫類の足が見えた。周囲は暗く、もはやどこに魔物が潜んでいるかも分からない――はずだった。実際には魔物の正体をすぐに見抜くことができた。なぜなら、爬虫類の足を持つ魔物は暗がりの中で口元に火を溜め込み、体を包み込んでいる鱗という鱗の隙間から火を噴出し、魔物そのものが明かりになったからだ。

「廃都市の下に魔物の巣穴があって、地盤が崩れないわけがない……」

 ならば、それは墳墓とどうように廃都市が築き上げられた土地全体は土の精霊の加護を強く受けているからに他ならない。古来より人々は精霊の加護が与えられている場所を暮らしやすい場所と判断し、そこにコロニーを形成していったのだ。だから蟻の魔物がどれほど廃都市の真下を穴だらけにしても、地盤が崩れない。精霊の加護とはアレウスが思っている以上に長く、ほぼ永遠に続く代物なのだ。


 だが、土の精霊の加護だけではない。ここには火の精霊の加護があったのだ。でなければここに、火の精霊と呼ばれる存在がいるわけがない。いや、正確には火の精霊を模した魔物である。しかし、精霊か魔物かなどという比較はこの場合、意味を成さない。


 この魔物は火の精霊の加護を浴びに浴び続け、まさに火の精霊の如き存在へと昇華している。通常であれば終末個体化して自戒していくはずの肉体を維持し、その身に炎を纏っている。だからこそアレウスは魔物にその名をそのまま一時的であれ冠することとした。

「サラマンダー……の魔物……!」

 口を開いて威嚇すると同時に全身の火を辺り一帯に振り撒く。その炎はまさに魔力の塊に違いなく、気付けば穴という穴から蟻の魔物が現れ出でて、炎へと群がっている。昆虫でありながら火を怖がらず、それどころか火に飛び込んでその火を喰らっている。


 蟻の魔物はサラマンダーに暮らしやすい寝床を提供し、その代わりに蟻へと魔力を与える。サラマンダーはこの土地に掛けられ続けている火の精霊の加護を浴び続け、蟻に与えた魔力の分だけ半永久的に補給する。それこそ、この場所に火の精霊の加護が無くなるまで。サラマンダーも蟻も、痩せこけたガルムのように地上で迷い人を待ち続けていたわけではない。地下で共生していたのだ。


 だからアレウスに短剣を刺された蟻は逃げたのだ。手負いの蟻を、他の蟻は庇ったのだ。そういった行動を取るだけの余裕があった。何故なら、サラマンダーと共生している限り、蟻たちは自分たちを維持し続ける魔力に困ることがないから。

 人間も衣食住の安定した生活を得られればともかくも安心する。そのどれかが欠けると必死になって得ようとする。ガルムは魔力という食べ物を欲して必死になっていたが、蟻たちは安定した生活をサラマンダーによって約束され、奪い合いも、共食いもせずに棲息していたのだ。

 人間だって他人が突然、家に上がり込むことに恐怖する。蟻の魔物は恐怖するのではなく、排除という形で立ち向かう。その程度の差しかない。そのため蟻たちはアレウスを食べるためではなく、殺すために動いている。


「最初はただの害虫だった。どれだけ傷付けたところで死なない私たちは、玩具のように害虫の命を弄び、嘲笑い続けた……っ! だが、今となっては……! どうか私を殺してくれと、願っている、のだ。多くの者たちが、その身を投げ出し、命尽きるまで喰われ続けていた、ように……!」

「喰われ続ける……?!」

「私には、覚悟が足りなかった。自らの命を喪うための、覚悟が……! だから、まだ、死なずに、苦しみ、続けている。その苦しみを、貴様も知れ!」


 男の言っていることは覚悟でもなんでもない。ロジックに刻まれた寿命に至るまで死ねない自分への苛立ちをアレウスに押し付けているだけだ。恐らくこれまでも似たような形で冒険者をサラマンダーや蟻の餌にしてきたに違いない。それとも、サラマンダーや蟻たちが自衛として始末してきたのか。


 猛火に包まれた火のトカゲは口に溜めた炎を唾液と合わせてアレウスへと放つ。地面に落ちた唾液の火は消えることなく燃え続ける。唾液そのものが燃料なのだ。ドラゴンが用いると言われるブレストは異なり、吐き出し方は蟻酸と似ている。“火球”の魔法のような炸裂はしないものの体に付着すれば、その部位を焼き尽くすまで消えないだろう。蟻酸と同様、回避に専念しなければならない、普通なら。


 アレウスにとって、サラマンダーの炎は脅威になり得ない。鋭い爪を備えた前脚や後脚、そして丸呑みにされないようにする。それだけでいい。むしろ気を付けるべきはサラマンダーの炎に群がりに群がった蟻たちだ。炎が身を焦がそうとも関係なく、ひたすらに魔力を喰い荒らした蟻たちは全身に熱を宿し、そしてアレウスにとって耐性のない蟻酸を吐き出してくる。それも大量に。

 囲まれれば縦横無尽に蟻酸が飛び交い、避けることは困難になる。囲まれない内にまずは場を整えなければならない。


 走り出し、サラマンダーの爪をかわしながらアレウスは囲まれにくいよう端に端に寄っていく。この際、袋小路でもいい。囲まれるよりも行き止まりで一匹ずつ対処できればそれで済む。

 剣を抜き、攻め立ててくる蟻たちを打ち払いつつ、洞穴の通路へと逃げ込む。蟻が一匹だけ通れるぐらいの大きさ――ではない。やはり蟻の大きさに合わせて通路そのものも大きくなっている。二、三匹は平気でこの通路に入ってくるだろう。これについては若干の想定外なのだが、集団で群がられるよりはずっといい。尚且つ、この通路はサラマンダーが入れるほどの大きさはない。男と一緒に落ちたあの空間と同じくらいの通路がなければ絶対に追いかけてくるのは不可能だ。


 蟻の口器を剣で受け止め、弾く。それを数回繰り返していると剣身は口器に蓄えられていた蟻酸と、サラマンダーの炎で熱せられた口器に複数回接触したことで完全に溶けてしまった。使い物にならなくなった剣を力強く投げ付けて蟻の一匹を怯えさせて引き下がらせるも、次の一匹が前に出てくる。地上で遭遇したときよりも明らかに攻撃的で動きの全てが荒々しい。短弓に手を掛けようとするが、落下時にどうやら落としてしまったらしい。着地はできていただけに、こういった小さな見落としが痛い。そして、短弓を手の感触だけを頼りに探っていたアレウスの大きな隙となってしまう。

 蟻酸を吐くかと思いきや蟻はアレウスにのしかかろうとひたすらに前進を続ける。素早く短剣を抜き、眼前まで蟻が迫ったところを外骨格の隙間を狙って引き裂く。学びとして刺突は狙わない。しかし、切り裂くだけでは浅く、深手には至らない。痛みで蟻は下がってくれたが、こんなことを何度も続けてはいられない。


 サラマンダーが雄叫びに等しい威嚇音を奏で、アレウスが入り込んだ洞穴へと火炎の唾液を流し込む。蟻たちは粘液に足を取られ、外骨格が熱で赤く染まるも、決して燃える気配はなく、むしろ動きが活発化する。

「それは気にしなくていいんだが」

 アレウスは唾液まみれになりながらも体を焦がす炎を払う。『原初の劫火』のアベリアと、貸し与えられた力を持つアレウスには火の魔力に耐性がある。魔物の唾液を浴びせかけられていることにはこの際、目を瞑る。荷物や衣服が炎に焼かれそうになるが、これらは自身が発する炎でサラマンダーの炎を押し退ける。

 短剣の剣身に付着している不純物が炎の熱によって音を立てて燃え、溶け落ちる。辛うじて短剣の形は保っているが、これも剣と同様に近い内に不純物と同様に溶けてしまうだろう。

 その前に僅かでも数を減らすべきだ。迷っている暇はなく、アレウスは熱を帯びた短剣を一匹の蟻に突き立てる。先ほどは刺突を避けることを意識したが、溶解するのであれば話は別だ。突き立て、捩じることで傷口を広げつつ、更に短剣へ貸し与えられた力を流し込み、蟻を内部から一気に焼き尽くす。これにより短剣は使い物にならなくなったが魔物は一匹、焼け死んだ。


 どうやら外骨格が熱を吸収しているだけで内部は普通に焼けるらしい。ならば外骨格の熱で倒れてしまいそうなものだが蟻の魔物にその感覚は備わっていないようだ。

「いや、サラマンダーの炎に耐えられるようになっているだけか」

 熱とはどんな生物にとっても特効である。通常の蟻なら到底耐えられない。だがこの蟻の魔物はサラマンダーの炎という魔力を餌にして生きてきたがゆえに、その炎に耐えられるよう進化しているのだ。


 再度、サラマンダーが火炎の唾液を流し込んでくる。

 火耐性はあるが、熱への耐性はない。貸し与えられた力で跳ね返すようにすれば熱で意識を失うこともないが、魔力切れを起こせばアレウスはこの場で倒れ、死ぬだろう。自ら望んで洞穴へと飛び込んだが、長居はできない。仕方なくアレウスは蟻の間を縫うように駆け抜けてサラマンダーがいた空間へと舞い戻る。


 追加の短剣を背負っている鞄から取り出す。予備の短剣はあと一本残っているが、このままでは丸腰になる。短弓を落とした場所を探そうとするがどうにも見当たらない。見つけても既に焼け焦げているだろうからムキになって探す道理もない。それよりも洞穴から戻ってくる蟻の魔物とサラマンダーに注視するべきだ。


「お前たちと長く戦う気はないんだよ」

 蟻の群れをかわしながらサラマンダーへと迫り、両前脚の爪も避け、鱗で覆われていない腹を狙うために真下へと滑り込み、短剣を突き立てながら一気に走り抜ける。


 大きさに驚きはしたが、火の精霊を司るサラマンダーに似ているだけで結局はただの魔物に過ぎない。そして、その動きのどれもがキングス・ファングと戦ったあとのアレウスにとっては緩慢である。火耐性も功を奏し、その後の立ち回りには一切の淀みなく、縦横無尽に駆け巡りながら火のトカゲをひたすらに切り裂き続けた。共生関係にある魔物を倒してしまえば蟻たちは巣穴の中で朽ちるだけだ。

「獣剣技」

 サラマンダーの吐く火炎を一身に浴びつつも、変わらず低い姿勢から縦に短剣を切り上げる。

「“下天の牙”」

 振り抜いた短剣の軌跡が描く飛刃が狼の下顎を模し、その牙がサラマンダーを真下から貫いた。けたたましい悲鳴を上げながら火のトカゲは一面に火炎の唾液を吐き出し、仰向けに倒れて動かなくなった。


 気配を感知し、アレウスは素早くそちらへと駆け抜けながら短剣を投げる。短剣を投げられた蟻が怯えて足を止める。その間に鞄から最後の一本である短剣を抜き、貸し与えられた力を込めて外骨格の隙間に剣身を滑り込ませるように突き立てた。

 内部から火を噴き出しながら蟻が崩れ落ちる。そしてアレウスは蟻の死骸から手放さざるを得なかったヴェラルドの短剣を回収する。

「手負いだから、魔力で回復させるために寄っていたのか」

 運が良い。普段から運が悪いアレウスにしてみれば決して神に感謝などしないが、この幸運はありがたがるほどのものだ。

 予備の短剣は全て使い切ってしまったが、ヴェラルドの短剣があれば全て解決する。勿論、また手放さなければならないように立ち回ることを前提とするが。


「私、たちが……長年を費やし、育てた……のに」

 蟻たちは寄る辺となるべき魔物が倒れたことであちこちにある洞穴へと素早く逃げ去っていく。

「魔物を育てた、だと?」

「私たちは、どれだけ傷付いても死なない。死なないのなら、魔物にとっては永遠の餌。命尽きるまで喰われ続けていた者も、いた、というの、に」

 老いた男は奇妙に曲がった関節の数々を気にすることもなく、溢れ出す血液に驚く素振りもなく、体を起き上がらせる。

「ここで、皆が、苦しみ続けられるように、したと、いうのに」

「ラビリンス化を望んだのはここで暮らしていた人々だったと?」

「神官が、そうしなさいと、仰ったのだ。命を無駄にせず、分け与えるなさい、と」

「だからって魔物に分け与えていいわけがないだろ! 都市一つを、魔物の住処に変えていいわけがないだろ!」

「……知らない」

「なにを言って、」

「私、たちは、知ったことでは、ない。私たちが、したことで……なにが、起ころうと、知るものか」

「ふざけるな!」

「だったら、貴様も生きてみる、か? 五百年、を。全てが、どうでもよく、なるぞ?」

 落ちた穴から差し込むのは月明かりに男は虚ろな瞳を見開き、大きな大きな感動に浸り始める。

「ぉお、おぉ……! あぁ、ああ……っ!」

「こっちの話を聞いているのか、おい!」

「遂に……遂に、この、ときが……あぁっ! 待ち望んだ、待ち望んだのだ……ずっと、ずっと!」

 両手を開き、全身で月明かりを浴びる男の体から微かに残り続けていた生気が失われていく。

「やっと死ねる!!」

 口を開いて感嘆し、やがて体中から生気が抜け落ちた男は、その体勢のまま死亡した。男の体に水気はなく、触れずとも指先や爪先はサラサラと砂のように崩れる。


 男は樹木が枯れるかのごとく、枯死(こし)した。アレウスに真相を明かすこともなく。


 アレウスは振り返り、サラマンダーの死体から爪と牙を回収する。リスティから要求された魔物の素材とは異なるが、換金はできるかもしれない。そして、恐らくだがこの魔物が討伐対象に違いない。


 開いた口から歯が抜け落ち、歯茎はドロドロに溶け、泥のような液体が男の体から溢れ出していく。それ以外に見るべきものもなく、アレウスは男の遺体を埋葬する気すら起こらず、貸し与えられた力を使って落ちた場所まで跳躍を繰り返して脱出した。

 予備のカンテラはない。アレウスは薪の一本と布切れ、そして松脂を使って松明を作り、その明かりを頼りにして歩く。


 地底での魔物退治が地上の魔物に影響を与えたらしい。物音はなく、気配もない。物静かな廃都市を淡々と進み、一時間を掛けてアレウスは最奥らしき場所に辿り着く。壁にある扉を開き、建物内部を見やる。調度品か、それともどこかからの交易品だろうか。ずらりと並べられた価値のありそうな品々に手を伸ばしかけたが、なんとか堪える。欲を抑えながら建物内を進み続けて、その中庭と思わしき場所に花が咲いている。


 いや、樹木のように枯死した人間の体から花が咲いているのだ。


「……死体に寄生する植物の魔物の花って、これのことか?」

 恐る恐るアレウスは花の一本に手を伸ばす。触れても反応がない。もしかすると枯死した人間と共に魔物もまた死んだのかもしれない。それでも花が咲き続けているのは不可解だが、手折(たお)ってしまっても反応がないところをみると、襲われる心配はなさそうだ。

 持ってきた紙で包み込み、鞄に収納してアレウスは来た道を引き返す。

「ミノタウロスは出ない、か……」

 そう呟いた。


 しかしながら、アレウスは廃都市から脱出するのにその後、五時間を要した。

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