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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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方針の転換


 キングス・ファングの群れは数日経って落ち着きを取り戻し、ノックスとセレナ、パルティータを中心に生き残った獣人たちで纏め直され、ともかくも平穏が訪れた。とはいえ、『不退の月輪』が引き起こした『死体の雑兵』と戦ったことで多くの獣人が死んだ。外部との争いではなく内部での闘争によって群れが弱体化したことは明白であり、その責任の所在を多数の獣人が探し始めた。

 だから、略式的にではあるがノックスが群れを脱退することとなった。追放ではなく脱退で済まされたため、時折の帰還は認められた。セレナは最後まで反対していたが、犠牲のない勝利はあの戦いになかったのは事実で、命こそ繋げることはできたものの『しきたり』や『ならわし』、同胞の怒りを鎮めるためには誰かが命を絶つこととは別の形で犠牲にならなければならなかった。

 『呪い』そのものと言われている双子の内の一人が群れから離れることは彼らの感情を一気に鎮めさせるのに十分な出来事なのだ。本来なら事態を引き起こした張本人ということで全責任を被せられて死ぬことが求められる中、脱退で済まされたのはキングス・ファングの娘だったからなのもそうだが、純粋に『呪い』の片方を死なせることに獣人たちの中でためらいがあったのだろう。

 『不退の月輪』は谷底から消えた。『呪い』とも呼ぶべき黒い魔力を全て吐き出して壊れたと表向きには言われているが、実際はノックスとセレナのロジックにアーティファクトとして収納された。だからといって、なにも変化はない。外にあるか、内にあるか。形として世界にあるか、形はないがロジックに存在しているか。そのぐらいの差しかない。


 『御霊送り』をアベリアとクルタニカはパルティータに持ちかけたが、獣人には獣人の弔い方があるらしく、変に外部の慣習を入れてしまうと一部の獣人の不満を買いかねないとのことで断られた。


 群れに来ておよそ二週間弱が経過した頃、アレウスたちはようやく発つ準備が整い、シンギングリン近郊の仮拠点まで獣人に送ってもらうこととなった。このとき、ノックスが仮拠点に到着するそのときまでほとんどの時間、アレウスに密着したまま離れなかったために一時的な不和が起こりかけたが、どうにかこうにか乗り切ってリスティたちの待つ仮拠点に辿り着くことができた。


 カーネリアンは刀の破損に伴い、空にすぐには帰らず材料調達を終えるまで残留を決めた。刀自体は空に帰れば修復可能らしいが、どうやら陸上にある材料も使いたいようだ。

 クラリエもイェネオスとエレスィへと報告のため森へと旅立ったものの、三日半ほどで仮拠点へと帰ってきた。許可をもらったらしいのだが、アレウスの名前を出すまで二人は「もう二度と森からは出させない」と言うほど怒り心頭であったらしい。また、短刀の更なる強化のためにガラハの伝手(つて)を頼りたいらしく、近々、ドワーフの里へ出立する手はずとなっている。


「ひとまずの休養とはまさにこのことだよ。アレウスもここのところ気を張り詰める戦いが多かっただろうから沢山休んだ方がいい」

「僕はなにかしていないと落ち着かないんだけどな」

「なにもしていないから落ち着いていない人もいるんだから、その考え方を否定はしないよ。だって働き続ける人は総じて偉い人だからね。仕事しすぎていることを貶したり馬鹿にしたりするもんじゃない」

「相変わらずヴェインは達観しているな。心の余裕ってのを感じるよ」

「いや、この心の余裕はアレウスに助けられてこそだよ。エイミーの身の安全が保障されたのはまさに君が来てくれたからだ」

「あそこまで緻密に物事を考えていたんだから、僕が来なくたってヴェインはなんとかできていたと思うよ」

「だとしても、後ろを押してくれたのは君だった。謙遜しないでくれ。俺は素直に感謝している。そして、こうしてまた話す間柄になれて、本当に嬉しく思っているんだ」

「それは僕もだ」

 アレウスはヴェインと話しつつ周囲の気配を探る。簡素な仮設の建物とはいえ、複数人が泊まることを想定した宿泊施設だ。誰かしらが聞き耳を立てていてもおかしくない。なにより、アベリアやノックスが隠れていないとも限らない。

「どうしたんだい?」

「相談があるから、ちょっと気配を探っていた」

「あー……一年経ってもまだ悩みは晴れていないのかい?」

「逆に一年経って悩みが大きくなった」

「アレウスは異性を口説く……じゃなかったな。異性を誑し込む? いやこれだとちょっと言い方が悪い感じになるな。とにかく異性には惹かれやすいからね。加えて、周りには魅力的な子ばかりだし」

「ヴェインから見ても魅力的なのか?」

「そりゃもう……あーでも、安心してほしい。エイミーから君に絡む女性に肉体的接触を行ったら終わりだって言われているから」

「終わり? 婚約関係を?」

「いや、俺のここにあるもう一人の俺が終わる」

 座っているヴェインが指差したのは自らの股間だった。

「発覚した時点で、こう……肉の腸詰を知っているかい? あれを包丁で切るみたいに、」

「言わなくても分かった! それ以上は怖ろしいから言わないでくれ」

「怖ろしいのは俺だよ。彼女の言う肉体的接触のラインが分からないんだからね。手と手が触れただけでアウトだったらどうしたらいい? 俺は“コレ”を捨てたいなんて思ったことないんだから」

 エイミーから言われた直後のことを思い出したのだろうか。ヴェインは僅かばかり蒼褪めている。

「俺は浮気なんてしないのに」

「歓楽街には足を運んでいたクセに」

 一年前のことだが。

「それ、エイミーの前では言わないでくれ」

「怖い話を聞いたあとで言うわけないだろ。むしろ言ってくれてよかった。でなきゃ、ヴェインの態度が悪いときに思わず嫌がらせで言ってしまいそうだったからな」

「事前に悲劇を止められたみたいでよかったよ」

「で……歓楽街で、そういうことをしていたヴェインに相談なんだけど」

「相談はもう受けているよ」

「……いくらぐらい掛かる?」

「……おや? 興味がおありで?」

 口調を変えて、ヴェインは小声になる。

「あるかないかで言えばあるよ、そりゃ」

「でも君には好意を寄せてくれている異性が何人かいるじゃないか」

「……いざ、そういうことになったときに、下手くそって笑われたくない」

 ヴェインは俯き加減に「うーん」と唸りつつ、指先でクルクルと宙に円を描くように動かす。

「それは童貞によくある妄想だ」

「妄想?」

「お互いに初めてである場合、それが下手かどうかなんて分からないだろ」

「それもそうだ……けど」

「むしろ初めて同士と言っていたはずなのに片方が上手かったら、それはそれでドン引きだろ」

「ドン引きかどうかはともかく、嘘をつかれているとは思うだろうな」

「それは女性視点でも同じなんじゃないかな。まぁ下手より上手い方がいいけど、本当に初めてなのかと疑ったら、それはずっと胸の中に残り続けるよ。ああでも、これはあくまでお互いが初体験を済ましていないって前提に限るよ。そこが違ったら、俺の言っていることはアテにならないと思ってくれ」

 ヴェインは天井を見上げる。

「でも不思議な話だよ。今まで散々、耐えてきたじゃないか。それがどうして急に?」

「いい加減、目を逸らし続けていると駄目な気がする。あと、今回の一件は僕のその女性に対する弱さに付け入られた」

「沐浴中にセレナに押し倒されて、言葉責めされて喘いだんだっけ?」

「全部事実だけどそんなサラリと言われたら傷付くぞ」

「その状況だと男は誰でも耐えられはしないさ。役得だったと思うだけじゃ駄目なのかい?」

「そうやって気軽に考えられるんならそうしたいんだけど、今後もそうやって僕は女性に性的に責められるとなんにもできなくなると判明するようなことがあったら、これは大きな弱点になる」

「なんだか物凄く大言壮語な理由を並び立てて童貞を卒業したいと言っているようにしか聞こえないんだけど――いや、事情を知っているから全てをそう受け止めはしないさ。要するに、その分かりやすい弱点を克服すればアレウスが前後不覚に陥ることはないと」

「断言はできない」

「まぁ、基本的に男は色仕掛けに弱いものだからね」

「ヴェインは強そうだが」

「だから俺は恐怖心を植え付けられているからだって。ついでに僧侶は聖職者だ。不埒な真似はできないよ」

「なのに歓楽街に行っていたけど」

「あそこは不埒な真似をしていいところだからさ。聖職者って肩書きを使っているわけじゃなかったし、咎められるような馬鹿げた要求を相手にしたこともないさ」

 ヴェインは一息ついて、窓を開ける。

「上手い解決案を出せなくて悪いね」

「いや、話ができるだけありがたいんだ。やっぱり経験者の意見が僕には必要だから」

 妄想や想像で物事を補うよりも現実的な意見を聞いた方が知識にはなる。ただし、こんな知識までも聞いた方がいいのかは不明である。

「でもアレウスがいよいよ、そういうことを言い出したってことは自覚はあるんだろう?」

「あるよ。あるからこそ、倫理観が崩壊しないよう方向で事を荒立てないようにしている」

「つまり?」

 言わせたがっている。

「……一夫多妻制の、ことを考えて、いる」

 言ってみるが心底、気持ちが悪くてアレウスは自然と言葉が続く。

「いや、だって! ほら! ミーディアムは恋に落ちたらたった一人を愛し続けるって言うじゃないか! 恋に落とさせた自覚はないけど、一生、後ろめたい気持ちを抱き続けさせてしまうくらいなら、いっそのこと、そっちに考え方を向けた方がいいんじゃないか、と」

「『男の理想を追い求めたい』って目をキラキラさせながら言っていたなら俺も止めるんだけど、色々と検討してそうせざるを得ない雰囲気になりつつあるんなら、それが正解なんじゃないかい? まぁ、俺がそう言っていたからって言い訳にしたときは『俺はそんなこと一言も言ってない』って言うけど」

「親身なのか親身じゃないのかどっちなんだ」

「アレウスも一年経って男らしくなったんだから、気概の一つくらいは持つべきだよ。あーでも見た目に関しては前に比べて身長も伸びたし男らしくなったんじゃないかい? ヒゲが生えたり、腕の筋肉も付いているし、少なくとも中性的な雰囲気からは遠ざかりつつあるよ」

「そもそもなんで中性的な顔立ちだったんだろう」

「いいじゃないか……とも言いたいけれど、それは多分、アーティファクトだろう。君を織り成すアーティファクトの一つか二つが女性由来なんじゃないかい?」

 『カッツェの右腕』はノックスの母親の右腕であることが分かった。でなければ彼女のロジックは開けない。アレウスが持っていたからこそ、あの瞬間にロジックを開くことができた。偶然は必然に変わることもある。それを思わされる戦いだった。

「アーティファクトに引っ張られていた、か」

「そもそもの顔立ちが中性的なせいも過分にありそうだけど、男性的な成長が阻まれていたとしたらそれは君のロジックには通常じゃ記されていない物が記されていたから……と、思ったりもするけど確証はないから言質としては取らないでくれ」


 数秒の沈黙。


「それで、歓楽街のルールは……」

「……まだ興味があるって言うんなら、いつかは利用するかもしれないし、教えるだけ教えておくよ」


 そうして秘密の相談は猥談となって盛り上がっていくのだった。

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