渦中にいる理由
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「私には分からないんだけど、なんであんたはいつもいつも争いのど真ん中にいるわけ?」
幾重にも張り巡らされた魔力の鎖に雁字搦めにされ、動くに動けないヘイロンに対し、リゾラは訊ねる。
「人と人とが争い合う姿を見るのが好きだから? なんかそんなことをハゥフルのところで言っていたよね?」
ヘイロンは目を見開き、続いて嘲る。
「よく知っているじゃないか」
「私もそこにいたから。あんたの前には顔を出さなかったけど……だってあそこには563番目のテッド・ミラーがいたから、そっちを優先するのも仕方がないじゃない?」
「……ふ、ふふふ。じゃぁもう563番目のテッド・ミラーは……」
「死んでるよ。死なせているに決まっているでしょ? 死体に私の痕跡を残したくなかったから身元不明になるまで焼き尽くしたけど」
簡単に殺人を行ったことを暴露する。
「それを知ったら、あのお仲間の冒険者たちはどう思うだろうな」
「仲間じゃない。あんたがここにいるって分かったからちょっとだけ協力しただけ」
「ほんとかねぇ?」
「なに余裕ぶっているの?」
唐突に放たれた風の刃がヘイロンの左手首を断ち切る。苦しみに表情を歪ませ、悲鳴を上げる。
「へぇ? ロジックの寄生虫のクセに痛みは感じるんだ?」
「私を殺したところで、別の私が生じるだけってのに……」
「知ってる。だから563番目のテッド・ミラーを殺したあと、別のロジックに移った563番目のテッド・ミラーを探した。今は……608番目でしょ? 肉体を殺しても意識が殺せないとか最悪だから、608番目を殺すときは最善の注意を払わないとね」
リゾラは指を動かし、魔力の鎖の一部を枷に変えて、更にヘイロンを拘束する。
「あんたは普通にここで殺す。普通に殺して逃がして泳がせる。そうしたらきっとあんたは元563番目の現608番目のテッド・ミラーと接触する。手掛かりは多い方がいいからね。テッド・ミラーを殺し続けることは使命で、あんたを泳がせることは復讐のため」
風の刃がヘイロンの右足首を断ち切る。
「でも、一瞬で殺さないよ」
ヘイロンは痛みに苦しみながらも魔力の鎖から逃れようと暴れ出す。
「無駄だよ。『蜜眼』で魔力の大半を吸い取っているから、別のロジックに飛ぶための魔法か、或いはアーティファクトをあんたは使えない。私がキングス・ファングのところに行っていたときも脱出しようとしていたみたいだけど、できなかったんだから本人の目の前で逃げられると思わないで」
「クソ……こんなことなら娼館で殺しておくべきだったよ」
「娼婦として忍び込んでいたのはどうして?」
「内情を調査するには潜入が一番さ。民衆を扇動するためにも、娼館で行われている非人道的な行いが外に喧伝できるようにしなきゃならない。それに、男に抱かれるのは嫌いじゃないんだよ」
「そういう色情魔みたいなことは聞きたくない。なんで扇動して娼館を破壊する必要があったわけ? お金稼ぎの場所としては最適じゃない。現にテッド・ミラーは奴隷商人としてありとあらゆるところで娼館に奴隷を売りつけている。あの場所だけ破壊する理由がない」
ケラケラとヘイロンは笑う。
「そうかいそうかい、あんたは人間の本質って部分をまだちゃんと見てはいないんだね」
「は?」
「人ってのはさぁ、争うことが大好きなのさ。言動によって肉体や心を折らせるのが大好きで大好きでたまらない。そのときに必要な物はなんだと思う?」
「……お金」
「いいや、武器だよ。お金は武器を手に入れるための前段階でしかない。必要なのは言葉で痛めつけるて従わせるための道具であり、行動で相手を殺すことのできる武器なのさ。確かに娼館での稼ぎも大きいけれど、民衆を扇動したときの方が大きな大きな利益が上がる」
「……ああ、そういうこと。でも意外ね。拷問しても口を割らないと思っていたから」
「あんたがあたしを追い続けて、殺し続けるっていうんならどうせいつかは言わなきゃならないことだよ。面倒臭いことは早めに済ませておきたいのさ」
「逆に面倒臭いことを先に終わらせると、私は容赦なくあんたという存在が寄生している人を殺せるようになるけど」
「大切な情報は吐きゃしないよ。これは別に吐いたって問題ない。あたしが争いの渦中にいるという情報まで掴まれているんなら、その理由は明かしたっていいんだよ。まぁ、それ以上のことは、」
リゾラはヘイロンの左足首を断ち切る。
「ペラペラと楽しそうにお喋りをしないで」
「ふ、ふふははっ、嗜虐心の強い女だよ」
「殺しは楽しんでいないし、痛めつけるのも楽しんでない……うん? いや、違うわ。あんたたちを痛めつけることに関しては楽しんでいるかもね」
「争いには道具が、武器がいる。そこにさ、奴隷商人でしかなかったテッド・ミラーは現れるのさ。あなたたちのために用意した物がありますよ、と」
武器や道具の需要に対し供給を行う。多少、高値を付けても必要と思う者たちはこぞってそれを買い漁る。
「要するにさ、争いは最高の稼ぎ時なのさ。娼館一つを潰すことになったって、そのときに動くお金は信じられない額になる。それに、争いを生じさせれば孤児が生まれる。誰の目にも止められない孤児は、あたしたちの手によって誰の目にも止まらないまま姿を消すんだよ。そして、今や世界は戦乱のとき。あたしたちにしてみれば特需なんだよ。需要高に対して供給が追い付かないくらい、人は今、武器も道具も求めている。戦争が続き、戦争が終わって、平和になるまでこれは続く。それにさ、あたしたちはあくまでも平和の一助になるために武器を売っているという体裁が取れる。どういうわけかこの体裁は、人をさらって奴隷として売り付ける『奴隷商人』よりも評判が良くなるのさ。どっちもどっちだというのにねぇ」
僅かだがヘイロンは口を滑らせた。この言い方からすると、テッド・ミラーは武器商人として稼ぐときにその名を名乗っていない。元の奴隷商人という部分が強く前に出ては、武器の調達も売り付けも難しくなる。新たな情報をリゾラは記憶に留める。
「さっき分かったことを改めて楽しそうにお喋りして説明されると腹が立って仕方がない」
リゾラは言いつつヘイロンに近付く。
「人の不幸で稼いだ者に、まともな死に方が待っていると思わないで」
「はっはっはっは!! あんたまで馬鹿な連中と同じことを言うんじゃないよ! 笑い過ぎて腹がよじれてしまうじゃないか!」
リゾラはヘイロンの右の手の指を折る。
「いいかい? 世の中の悪人はどいつもこいつも、揃いも揃ってロクでもない連中さ。けどね、死んでくれと願ったり不幸を祈ったりしたって、どいつもこいつもピンピンしているよ。それに、死を願う者と不幸を祈る者って、悪人とどう違うのさ?」
指を折ってもヘイロンは表情を変えない。切断を優先したせいで、もはや痛みに慣れてしまっているらしい。
「醜いねぇ、本当に醜い。どの立ち位置にいたって人間は醜いんだよ。人間の本質に美しさはない。人間の本質は、醜さだよ」
「極論を語ったって私はあんたたちを殺すことをやめないよ? 私は悪人だって自覚しているから」
「そうだねぇ、あんたはあたしたちを殺し続けて、自分自身が不幸になることも死ぬことになることも受け入れてしまっているからねぇ……悪人はどこまで行っても悪人さ」
「でも同じ悪だとは思われたくない」
「それを判定するのはあんたじゃなくて、あんたを見る周りの目だよ」
そういう話もどうでもいい。リゾラはそう言わんばかりの視線をヘイロンに向ける。
「あんたは復讐に躊躇いはないけど、まだ心のどこかで思っていそうだねぇ。『世界のために良いことをしているの。お願い、どうか気付いて!』ってさぁ。悲劇的に、喜劇的に、笑っちまうよ」
魔力を固めて作った風の刃がリゾラの片手に絡み付き、振り下ろすことでヘイロンの胸部を斜めに引き裂いた。
「……アレウリス・ノールード…………ふ、ふふふっ」
冒険者の名前を口にして、リゾラが目の色を変えたのを見て死の間際にいるヘイロンは笑いを零す。
「どうだい? あんたのお気に入りの冒険者は。世界のためになんて言っていて、冒険者の矜持だと声高に叫んでいたけれど、遂にキングス・ファングという獣人を殺してしまったよ。人を殺せる冒険者になってしまったねぇ……」
「そうすることでしか止められなかった」
「だとしてもだよ、殺してしまった事実に変わりはない。本人はもはやそんな自覚すらないのかもしれない。それにさぁ、時折見せるあの強さはなんなんだい? まるで誰かに取り憑かれているようじゃないか。その内、精神までそっちに染まりそうだよ。そう、アレウリス・ノールードという男が、ヴェラルド・ルーカスという男に、なってしまうかもしれないよ」
「残念ね、ヘイロン。私は超常現象を怪しく語る人にロクな奴はいないって知っているのよ。偶然の一致を必然の現象のごとく語って怯えさせ、怯えた精神に付け入ることで民衆を扇動するんだもの」
二回、三回、四回、五回とリゾラはヘイロンを切り刻む。もうヘイロンは絶命している。それでも構わず切り刻み続ける。
「次のヘイロン・カスピアーナはどこに行ったかしら。新王国にはヘイロンにとって相性最悪のお姫様――女王……だっけ? がいるから、いないとして」
魔力の鎖をリゾラは全て回収する。
「まぁ、辿ればいいか。ようやく一匹始末できたから魔力の残滓で追えるようになったわけだし」
お土産とばかりに手で空を撫で、遺体を燃やす。魔力で出来ているその体は切り刻んでも決して血液を流すことはなく、こうして燃やしても骨が残ることもなく、全てが魔力の残滓として溶けて消えた。
「次もできれば味方であってほしいかな、アレウス。そっちの方がみんなの注意が向くからね。私が動きやすい」
「だぁめぇですぅ!」
リゾラにとって嫌な女の声が響く。
「物事の全ては人と協力することで上手く行くのです。誰とでも協力的であり、誰とでも仲良くすること。これを拒むことはコミュニケーションの逃避であり、孤立を生み出す要因となります」
「っるさい」
声を無視してリゾラは空間に隙間を空けて、逃げ出そうとするが女の子がその隙間を空から落ちながら閉ざす。
「こいつっ?!」
「私も一応は『聖女』の端くれ。この程度の転移を阻止できないわけがないんです」
続けざまに『蜜眼』での魔力の強奪を試みるが、女の子はリゾラとの間に瞬間的に魔力を弾く障壁を張ってこれを阻む。
「くっ!」
「もう『魔眼』を使いこなせているんですね、驚きです。私が看病してあげていたときはあんなに弱り切っていたのに……それが今や、こんなにも立派に育って」
「なにワケの分からないことを言っているの!」
「あんまり騒がないでください。『聖女』はただでさえ狙われやすいんですから、さっさとその『魔眼』も解いて、気配を薄めさせてください。私は別にあなたが死んでも構わないのですが、私がここにいることを観測されたくはないんですぅ」
不服ではあるが、女の子の言い分には理解を示してリゾラは『蜜眼』を解く。
「ほら、あなたはとても良い子。話せばちゃんと分かってくださいます。どこぞの『魔眼収集家』とは大違いです。あなたが奪った『魔眼』を返してくださいぃ! って言っても、ガン無視なんですから! 仮にも元『聖女』のクセに酷いと思いません?」
「そのまま取られてしまえば良かったのに、よく生きていられたわね」
「まぁ『聖女』としては弱いじゃないですか、あの方」
「知らないわ」
本気で言っているのか、そう言えと言われているのか。どちらにしてもこの星の眼を持つ女の子と長く接触していたくはない。
「『聖女』に観測されたくないのよ」
「私は見つけましたけど」
「あなた以外の『聖女』にはもう見つかりたくないってこと」
思考は回らないが、女の子はリゾラの転移魔法を軽く閉じた。そして空から落ちてきたのに傷一つ負ってすらいない。
「私は『聖女』と関わる気はないわ。そっちで勝手にやっていてちょうだい」
「えーでも、立派な『聖女』となるためには沢山の教えを学ばなければなりません。教えを説くためには教えを理解する必要があるのです」
「だから『聖女』になる気はないっての!」
「そんなこと言わずに手伝ってくださいよー。新しく『聖女』になったアイシャ・シーイングさんを『異端審問会』から引きずり出さなきゃならないんですぅ。『聖女』が『異端審問会』にいるなんて大問題ですよ。連合国でいけ好かない連中と一緒にいる『聖女』はもはや手の出しようがないので、手の出せる方から引きずり出さなきゃなんですぅ」
「だーかーら! そういうのはそっちで勝手にやっていてちょうだいって言ってるでしょ!」
リゾラが歩く後ろを星の眼を持つ女の子は追いかける。
*
「アベリアちゃんもよく許したよねぇ」
「仕方ない」
「まぁ、シンギングリン近くまで乗せてもらえる時点で選択肢はないもんねぇ」
クスクスとクラリエは背中から腕を回し、自身にしがみ付いているアベリアを慰める。
「仕方ない」
「そんな不貞腐れないで大丈夫だよ。アレウス君も順序とか順番は分かっているだろうし」
「……アレウスは嫌がっているけど、ほぼ唯一の解決策だから」
「だねぇ。アレウス君は誠実でありたいみたいだけど、状況がそうはさせてくれない感じだし。もうこれは仕方がないよ」
クラリエは別の狼の背に乗せてもらっているアレウスに視線を向ける。疾走する狼の背中から振り落とされないよう精一杯な彼にしがみ付いて、物凄く嬉しそうにしているノックスを見る。
思わないところはないが、クラリエもまたアベリアと同じように『仕方がない』と心の中で呟いて納得する。
「あたしたちが男を知らなすぎるせいなのかな」
もしくは生死を懸けた戦いの渦中にいるせいで、身近な異性を好きになるように生存本能が心に命じてきているのか。
「それもあると思うけど」
「けど?」
「アレウスのどっちつかずの態度が、逆に私たちを駆り立てているのかも」
「あー、押したら普通はそれなりの反応をするはずなのに押しても反応が薄いから、ムキになるみたいな?」
クラリエはハーフのダークエルフだが、それでもエルフとしての容姿の整いを自覚している。アベリアは言わずもがなの美少女で、クルタニカも間違いのない美女である。そしてノックスは獣人の姫君に相応しい顔立ちをしている。
ちょっとでも魅せようと思えば魅せられるが、アレウスはそれを嫌って逃げ出すだけでなく話をはぐらかす。そのせいで、なんとしてでも彼に振り向いてもらおうとアプローチしてしまう。
それを素でやっているなら天性の才能である。男を知っていれば引き気味で、前に一歩も踏み出してこないアレウスに惹かれる要素は薄いのだろう。だが、世間知らずであればあるほど、彼の態度にそそられてしまう。
「ミーディアムに好かれやすい、のもあるのかも」
「種族で態度を変えることはほとんどないからねぇ、その時点で好感触なんだよ。だけど、ミーディアムだってそんな簡単に好きになるわけじゃないし」
ハゥフルのお姫様を例に挙げようとするが、彼女は彼女で既に惚れているヒューマンがいることを思い出す。出会う順番が違ったなら、好感を抱いていてもおかしくなかったのではないか。そうクラリエは思ってしまう
「でも、嫌な気分になるってことはそれぐらい嫉妬しているってことで、あたしたちの恋心の指標になるよ」
「……うん」
「所感でしかないけど、アレウス君はアベリアちゃんにぞっこんだから。あとはあたしたちの問題であって、アベリアちゃんが心配することじゃないよ」
「……うん……でも、」
肯いてはいるのだろうが、クラリエの言葉にアベリアはそこまでの同意を示していない。
「好きになる順番はあっても、好きの気持ちに順番はないよ」
アベリアはそれだけ言って、疲労感からくる溜め息をついた。




