これから変わる
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「父君はワタシたちが討ち果たしました。この時をもって、父君――ディヴェルティメント・ヴォルフのハーレムを解放します」
セレナは群れの奥深く――キングス・ファングに連なる者しか知らない場所で静かに暮らしていたハーレムの獣人たちに告げる。
「今後のハーレムに関しては、次代の王が決めることとなります。今まで父君に尽くしてくださり、感謝します」
頭を下げる。その刹那に獣人の女が一人、また一人とセレナへと襲い掛かる。
それらを控えていたノックスが一蹴し、打ち飛ばす。
「ああぁ……あぁ、なんてこと……なんてことを……」
女の一人が嘆く。
「王は私たちを愛してくださいました。どのような癇癪を持っていようとも、決して私たちを傷付けることはなく、夜は愛の言葉を囁いてくださっていたのです」
「あなたたちが殺した……あなたたちが壊した……!」
ギラリと殺意に満ちた全てのハーレムの獣人たちにノックスは同量の殺意で応じる。
「キングス・ファングの群れは代々より王を討つことで王となる。いつかは誰かに討たれる。それが今日だっただけのことだ。この群れの獣人として産まれたのならたとえハーレムといえども永遠の安らぎはない。分かっていたことじゃねぇのか?」
「まさに『呪い』」「この群れに『呪い』を運んできた」「『呪い』が我らが王様を殺した」「呪われた娘たちなど、産まれたときに殺しておけばよかった」「キングス・ファング様が『呪いもまた力だ』と仰らなければこの手で……!」
「どうなさいますか、姉上?」
「……ミーディアムであるがゆえに、その愛は絶望的なまでに一途……か」
両手の爪を提げ、女がノックスに迫る。爪を弾き、自身の握り締めている短剣で女の首を掻き切る。
ハーレムはキングス・ファングを生涯愛し続けると誓った者たちである。無理やりハーレムに入れさせられたのではなく、既に王となる前のキングス・ファングに惚れていた女たちから選ばれていく。ただし、先代の王に娘がいたのならその一人はどのように嫌われていようとも必ずハーレムに加える。その多くは新たな王にかしずくように恋に落ちるが、場合によっては死ぬまで抗い続ける者もいる。先代の王の娘がこの場にいるのなら、それはカッサシオン・ファングの母親ということになる。
ただ、例外もある。ノックスとセレナの母親はディヴェルティメント・ヴォルフに見初められた唯一の女である。いわば惚れていない女であり、先代の王の娘のように無理やりハーレムに加わることになったらしい。
よほどに美しい姿をしていたのか、それとも『不退の月輪』のために必要なことであったのか。母親と父親、どちらも死んだのならもはや知る手立てはない。
「女たちが全てキングス・ファングに愛を捧げている以上、ここで見逃してもいずれは反乱分子になっちまう」
「……やれますか? 姉上にできないのであればジブンが」
「いや、魔法で回復したばっかのセレナに無理はさせられない。それに、これは残ったキングス・ファングの子供たちの中で一番の年長者がやることだ」
「ですが、ジブンと姉上は双子で、同じ齢です」
「だから姉っぽいことはワタシにやらせてくれ。ここで摘み取る命の分だけ、ワタシは責任を背負う。後追いで死のうなんてしないさ。ワタシの命は預けちまっているからな」
「そう、ですね」
「カッサシオン・ファングの母君よ。この場にいるかどうかは知らねぇし、返事もしなくていい。あなたの息子は立派だった。だが、理不尽に死んでしまった。それもこれも『呪い』のせいだと言うのなら、ワタシの喉を噛み切りに来るがいい。だが、これだけは言わせてくれ。あなたの息子は、ワタシたちを群れの『呪い』だと理解し批判し、殺すべきだと散々に父上に進言し続けていたが、主張が跳ね除けられても腐ることもしなかった。そしてワタシたちを独断で殺すこともせず、成長を見届けるだけでなく、その多くの戦いの技術をワタシたちに授けてくれた。カッサシオン・ファングが兄上で良かったと思えるほどに」
骨の短剣を見つめ、続いて小さな溜め息をつきつつも纏う殺意にブレさせない。
「だから、誇りを抱いてワタシの手で死んでくれ。全てを告げず、なにも言わず、殺されてくれ。兄上の母君だと分かったあとでは、殺せなくなってしまうから」
同胞を手に掛ける。それも女を殺さなければならない。こんなにも辛いことはない。それでも今のハーレムは残せない。
ハーレムで誕生した子供たちは一人前になるまでハーレムで過ごす。ノックスやセレナもここで育った。だからこそ、優しくしてくれた者たちが血相を変えて、ただただ自分たちを殺そうと画策している様を見るのは緊張の有無関係なく、心苦しいものがある。
しかし、ノックスは剣戟に感情を乗せそうになったことを戒め、心を無にしてひたすらに己に牙を剥く者たちを屠り続けるのだった
*
「右目、どう?」
「視力が極端に落ちた感じはしない。だけど、もう『熱源感知』は使えなさそうだ」
アレウスは辺り一帯を『蛇の眼』で見回そうと試みる。夜には体温を持つ魔物や人物を即座に見抜くのに重宝していたのだが、やはり熱源として捉えることはできなくなっている。とはいえ、技能として高められた気配感知で十分に埋め合わせはできる。しばらくは夜の戦闘に重点を置いて鍛錬する必要がありそうだ。
「やっぱり合剣のときに、色々と混じったせいなのかな? だってその技能がセレナに行くなんて」
リゾラの回復魔法で一命を取り留めたセレナは右目を炎で焼き切られて喪っていたのだが、数時間も経たない内に再生した。当初は回復魔法を早期に掛けたことで肉体が右目の全損を正常と受け入れる前に回復できたからだと思ったのだが、その再生した右目は『蛇の眼』と呼ばざるを得ないものだった。なにせ以前は両目共に同じ色をしていたが、右目だけ色が変わってしまっていた。見た目の変化だけでなく、彼女自身も以前は掴み取ることのできなかった体温からの生命体の感知の技能を獲得したことを実感していた。
「獣人由来のアーティファクトだったんだ。だから、ヒューマンの僕よりも獣人のセレナの方にアーティファクトが寄ったんだ。アベリアの言うように、あの合剣のときに『原初の劫火』と『不退の月輪』が混ざったせいだと思う」
あるべき物があるべき場所に帰った。そういうことだろう。
「でもさっきロジックを開いて確かめたとき、『蛇の眼』は過去形の記述だったけど『カッツェの右腕』はまだ残されていたままだったよ? 混ざったときに、アレウスからセレナの方に寄らないかったのは?」
「セレナが右腕を喪っていなかったからだろう。同じようにノックスも右腕を喪っていなかった。それぐらいの理由しかないな。確かめようもない」
確かめるとしても、それは二人に右腕を切断してもらった状態であの“獣王刃”を放つという実験になる。そんなリスクの大きいことなどできるわけがない。
「でも、逆に安心したよ」
「なにが?」
「僕は奪うだけじゃなく、与えることもできるんだな、と。いや、結局は奪っていたのを取り返されただけなのかもしれないけど」
「まだまだ謎が多い?」
「多いよ。僕がどうして喪った部位をアーティファクトで補えているのか。ひょっとしたら出生に秘密があったり、或いは僕自身に僕の知らない異質な能力があったりするのかもな。ただ、調べたくはない」
「食べないと……だもんね」
「ああ。『勇者の血』みたいに飲まされるとかならまだ……いや、あれはあれで無理やりだったけど」
血統が重いから、血統を捨てるためにクラリエはアレウスに血を分け与えた。そのおかげで彼女は『白衣』を使えるようにはなったはずだ。ここで再会してからまだ戦闘における成長を見ていないから定かではないが、少なくとも『白衣』を発動してその場から一歩も動けなくなったりはしなくなったと思いたい。
でなければ『勇者の血』などという物をもらうことになってしまったアレウスが浮かばれないのだから。
「アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼ。今回の一件について、全てを謝罪しなければなりません。本当に、オレたちの争いに巻き込んでしまって申し訳ありません」
「元々、巻き込まれると思った上で来ているから気にしないで。だってアレウスはノックスとセレナを放ってはおけなかったはずだから」
「勝手に決めるな」
「違うの?」
「違わないけど」
「そう思ってくださるのなら、こちらも少しだけ気負いするものが減ります。あなたの同胞――いえ、仲間たちにも感謝を伝えなければなりませんね」
そう言ってパルティータはリゾラを探す。
「彼女は?」
「もうどこかに行ったと思う」
どのタイミングで姿を消したのかは分からない。気配感知で追うこともできたが、彼女がそれを好ましく思わないだろうと判断して行わなかった。
「仲間なのでは?」
「いいや、多分だけど違う。僕たちと協力した方が復讐対象を捉えやすいという判断の元だと思う」
「私もいたし、あんまり長居したくなかったのかも」
終盤には結局、それが彼女にとっての枷になっていた。アレウスたちがいなければ恐らく、もっと簡単に獣人の王を鎮めることができていたに違いない。獣人との関係性に不干渉を貫きつつも、獣人の中に潜んでいた復讐対象を捕まえる。そのための協力でしかなかったのだが、アレウスたちごと薙ぎ払う選択肢を取らなかったのは恩を売りつけたかったからではなく、単純に人間性が出てしまったからではないだろうか。
僅かな交流の中で、殺したくないと思ってしまった。もしそれが今後の復讐の障害となってしまうならアレウスは申し訳なく思ってしまう。このままずっと彼女の生き様における足枷にならないかだけが心配であった。
「それよりも、ランページはどうなった?」
「つい先ほど遣いが来て連絡がありました。全てのランページから魔力が失われ、遺骸に戻ったと……『不退の月輪』の過剰な魔力が全て放出されたということでしょうか」
「全てじゃない。ノックスとセレナを操っていた者によって蓄積された魔力だ。キングス・ファングはその動向を見て、逆に乗っ取りを考えた……んだろうか」
脅威であるからこそ、その脅威を喰らい尽くすことで己が力としようとした。半年前からの娘たちの動向をあの狼の王が見過ごし続けるなどないはずだ。
「結局、キングス・ファングの群れには古より続く『呪い』がある、ってなんだったのかな。ノックスとセレナが双子だから『呪い』そのものなの? でもその『呪い』は『不退の月輪』に選ばれたからであって、今回みたいに暴走させずに抑え込めるものだったはず。私が『原初の劫火』を持っていても、その力そのものに操られるようなことがないみたいに、二人で分けていたんなら決して御し切れないものじゃないはず」
「……獅子だよ」
言い辛いがアレウスはアベリアの疑問に答えを呈する。
「獅子?」
「“獣王刃”で見ただろ。あの『掘り進める者』と同じ風貌を持った一族がこの群れには古くからいたんだと思う。勿論、獣人として」
「オレは見たことがありませんが」
「『呪い』として、表に出せないところに封じ込めていたか、分からないように生活をさせていたか」
カッツェの一族。『猫』の一族と言われているその一族こそが、『呪い』として群れの中で生き残り続けてきた『獅子』の一族であったなら、その娘であるノックスとセレナはまさに『呪い』そのものである。
キングス・ファングが陶酔していた『掘り進める者』と似た風貌を持つ一族。きっと、狼の王だけではなく先代も先々代の王もその一族を認めるわけにはいかなかったはずだ。しかし、同胞として生きているのなら殺し尽くすわけにもいかなかった。
「あくまで仮説で、確固たる根拠はない。結局、カッツェの一属がどこにいるかを僕たちは知らないし、きっとノックスたちも知らない」
分かることはそこまでで、それ以上はない。
こうして考えてみると、調べようのないことばかりが連なっている。
「知らないままの方がいいこと、なのかもしれませんね」
「いや、これから王になる者が知っておいてもらわないと困ることだ」
お茶を濁そうとしたパルティータをアレウスは逃がさない。
「次代の王であるお前が調べ、解き明かさなければならない」
「……次代の王と名乗れるだけのものをオレは持ってはいませんけど、姉上たちには自由に生きてもらいたいと語ったことに嘘偽りはありません。オレが王になることでそれが実現されるのであれば、喜んでなりましょう。ただ、以前の群れの在り様からはだいぶ遠ざかるとは思いますが」
「これまでの王だってやりたいようにやり、生きたいように生きた。真似も模倣も必要ない。それが受け入れられないのであれば、次なる王を目指す者が挑戦に来る。そうだろ? その挑戦の形式も変えるんなら、早い内に挑戦の規則や法則は整えておいた方がいいだろうな」
「ええ、以前からずっと考えていたことです。実現が難しくとも、なんとか挑戦体系だけは整え切りますよ。たとえオレの首が取られることがあったとしても」
「良い心がけだと言いたいけど……」
アレウスはパルティータを上から下、下から上にと眺める。
「それだけ頑強なら、当分は安泰だろうと僕は思う」
キングス・ファングとの戦いで最も攻撃を受けていたのはパルティータだ。体を張って攪乱し、体を張ってノックスとセレナを守り、体を張って駆け回っていた。なのに彼からは疲労こそあれ、流した血の量とは対照的に顔色が良い。どう見たって重傷で、アレウスなら絶対に立っていられないほどなのだが、ピンピンしている。思えば“獣王刃”ののち、狼の王がまだ立ち塞がっていると分かっても、この男は戦意こそ喪失していたがまだ立っていた。アベリアに“獣王刃”の余波から守られていたとはいえ、あまりに体力がありすぎる。
「父上の特訓は命懸けでしたから」
「そんなのは関係ないと思う」
鍛えたとしてもそれほどの頑強さは手に入らない。持って生まれた才能としか呼べない。
「挑戦の方式を考えるのもだけど、ハーレムを作るのも頑張って」
「いやいや、オレはハーレムを作りたくて王になるわけじゃありませんよ。そういった古い部分は変えるべきことで――ああでも、獣人の将来を考えるなら必要なことになるんですね……」
パルティータは王になることへの意気込みはあったが、ハーレムを作る部分では意気消沈する。
今日この日をもって群れの王になるのだとしても、明日からハーレムを作れと言われてもすぐに気持ちは切り替えられないはずだ。それはまさにアレウスがこの群れに来た当初にパルティータから「姉上と子作りをしてもらいたい」と言われたときのような唐突さである。この気持ちを彼もようやく理解してくれるだろう。
「まぁまぁまぁ……オレのことはあとでどうにでもなりますよ。アレウスさんはどうされるんですか?」
「なにが?」
すっとぼけてみたら後ろにいたアベリアが不快感をそのまま吐き出したかのような溜め息をついた。
「ああいや、僕もどうしようもない状況にあるのは理解している。それに、スクロールによるロジックの書き換えを許したのは僕の女性への弱さだ。正直、これを克服する方法は分かっていて……でも、そう容易く物事をそっちに持っていくこともできなくて」
「お互いに頑張りましょう……ん? なんだかこの応援の仕方は間違っているような気がします」
「お前は頑張れると思う。僕はあんまり頑張れない」
この話題の終着点をアレウスは簡単にパルティータに譲る。
「あまりに扱いが悪いようでしたらオレは恩人であっても殺す気で脅しに行きますよ?」
「いやまだ、そうと決まったわけじゃ、」
「ミーディアムは惚れた相手を死ぬまで追いかける」
後ろでアベリアがボソッと呟く。
「忘れていないでしょ?」
アレウスは恐る恐る振り返ると、彼女のにこやかな笑顔で迎え入れられた
「……はい」
あまりに怖いので、アレウスは応答することしかできなかった。
///
「ウリル・マルグ様! 急ぎ、ご報告が!」
「キングス・ファングが討たれた、だろう?」
「はい。しかし、わたくしどもよりも早く遣いの者が?」
「いいや、君たちが最速だ。すまんね、俺は近い内に奴が死ぬだろうと踏んでいたんだ」
「……では、積年の恨みを晴らしに行きましょう。今、キングス・ファングの群れは弱体化しています。どうやら内部で大きな争いがあったようなんです。ここを叩けばキングス・ファングの群れを吸収し、そしてその周囲の獣人たちの群れも取り入れることができましょう。そうすればわたくしどもが最大勢力の群れとなります」
「これ以上にどこをどうするというつもりはない。無理に遠征してどうこうするつもりもない」
「なぜです!?」
「知っての通り、俺の体には半分ほどヒューマンの血が流れていてな。最大勢力となって全ての群れの王を名乗ってふんぞり返っていても、所詮はケダモノの王と罵って相手にされないだけだ」
「……わたくしどもはヒューマンの血が流れていようともウリル・マルグ様を群れの王と定めました」
「ありがたい話だと思ってんよ。こんな中途半端な分際を群れの王だと崇めてくれて感謝感激雨あられってねぇ」
「だからこそあなた様の繁栄を願い、キングス・ファングの群れを取り込むべきだと進言した次第なのです」
「分かっているさ。獣人も生き残りをかけて必死なことぐらいヒシヒシと伝わってくる。だが、さっきも言ったように俺に流れるヒューマンの血――っつーか、その血統の方が問題でね。お義兄さんの方を支えんとならんのよ」
「王国」
「そうそうそれそれ。まったく……国王さんが稀代の好色でさえなければ、どっちか片方に集中することもできているんだが、すまんね」
頭を掻きつつ男は軽い謝罪を入れる。
「好色と言えば、国王さんの祖父さんも色惚けだったらしいから、血は争えんのだろうね」
冗談ぽく笑ったのち、スッと表情が堅くなる。
「キングス・ファングの群れが弱体化したのなら、しばらく俺たちの群れを叩ける連中は現れんってことだ。変わらず、粛々とこちら側の獣人を束ねていけ。帝国側から逃げてきた獣人も取り込めるようなら取り込め。しばらくとは言ってもいずれはぶつかり合う定めだ。そのときに物を言うのは数。その数を俺たちは最大のものとしておきたい」
「分かりました」
「そう気負わんでいい。ヒューマン同士の戦争はエルフと獣人の争いみてぇに古から今に至るほどの歳月に比べたら可愛いもんさ。弱かろうが強かろうが、いずれ終わる。それこそ国の寿命、国を束ねる者の寿命、戦う者の寿命……そんなもんさ。だから長生きしてりゃ、大陸の覇者はヒューマンから奪い取れる。それでも王国の血統にも気を遣っているのは背後から叩かれないためだ。俺がいる限り、王国は群れに手出しはできんよ。まぁ、逆に俺たちも王国に手を出せんのだが」
「では、今しばらくの維持を続けるよう通達してまいります」
「そうしてくれ」
遣いの者たちが牢獄から出て行く。
「……さぁて、今の話を聞いていたかな?」
牢屋の中にいる人物に声を掛ける。
「義弟の裏を掻こうとしたんだろうが、させんよ。お前さんは俺――いや、王族を甘く見過ぎた。叔父上を殺したところで雲隠れして、ヒッソリと暮らしゃよかったんだ。そうすりゃ俺たちも戦狂いの叔父上が無様な死に方をしたなと思うくらいで許したさ。なのに自らの血筋を明らかにし、喧伝なんてした上で王国をケツから叩こうなんて考えたからそうなったのさ」
刺すように鋭い視線の込められる殺意を感じ取り、男は笑う。
「お前さんを生かしているのは、お義兄さんの入れ知恵でね。お前さんを囮に、お前さんを慕う者たちを一網打尽にするのさ。それとも、こんな状況であっても言えるかな? 『私には天使が憑いている』ってなぁ」
馬鹿にするような笑い声が牢獄に響き渡り、その残響音に心地良さを感じながら男は地上へと続く階段を登っていく。




