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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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人の心すら満足に信じることが出来ない

「十匹ほどって言っていたから、これで全部だと良いんだけど」

「確かめている最中だから」

 アレウスは隠し通路を含めないのならば一応の最深部をアーティファクトの恩恵で眺め続ける。蜘蛛も魔物も体温は存在する。だが、熱源を感知できるアレウスの目にはそれらは映らない。

「まだ蜘蛛が隠れていないか気を付けながら、外に出たら終わりかな……」

 そう呟いてから、アレウスの前を光球が踊る。不意に光に照らされた片目はそれだけで見えなくなるが、もう一方の目には光の元に晒された壁画が飛び込んで来る。


「なん……だ、これは……?」


 今までの壁画はどうにもこうにも理解の及ばない物ばかりであったが、目の前の壁画の一部はなんとなくではあれ意図が伝わって来る。

「アレウス、御免。目の前に光球を…………アレウス?」

「産まれ直し……人種に、教えて……これは、ロジックを……開いて……?」

「アレウス」

 我に返る。


 壁画に描かれているのは産まれ直しを示唆するもので、更には人の絵と、その後ろに立つ絵。そしてその二人の上に広がる大量の、今の言語とは異なる言葉の数々。これはロジックを開いているところを描いたものではないだろうか。


「僕が知らない歴史の中に、ロジックは根付いていた……?」


 ロジックがこの世界に生じたのはごく最近であるとアレウスは思っていた。だが、この壁画に描かれた内容を見るにアレウスが思っているよりもずっと前に、それはあった。

 しかし、分かったのはそれだけである。壁画の文字は読み解けそうにはなく、それ以外の絵はまるで意図が掴めない。これを持ち帰って調査すれば、もっとなにかが分かりそうだという確信はある。だが、アレウスにはこれを壊さずに持ち帰る技術も無ければ筋力も無く、そして意図を解き明かすための知識も無い。


 それでも手掛かりではある。そして王族の側近の墳墓に壁画が遺されているのならば、更に偉大なる王の墳墓にはもっと多くの壁画があるだろう。つまり、冒険者として更なる世界を旅すれば、それだけ自身がこの世界に産まれ直した理由は掴めるということだ。


「帰るぞ」

 アレウスは一言、そう言って隊列を整え直して、三人で来た道を引き返した。


 墳墓を出るまでに魔物の襲撃はなく、どうやら本当に十匹を倒して一応の根絶となったらしい。半日の更に半分の三時間程度で終わってしまったが、ダンジョンでの探索は短ければそれに越したことはない。出てすぐにヴェインが魔法を解いて、野宿をしていた地点まで帰り、昼食を摂る。


「帰りの馬車は用意していないから歩きになりそうだね」

「そこまで考慮はしていなかったな」

「現場に行くより帰る方が大変そう」

 昼食を摂り終え、荷物を纏めて担ぎ、街道沿いまで出る。それから街に向かって三人がしばらく歩いていると、正面からやって来た馬車が止まる。


「ギルド担当者のリスティ―ナ・クリスタリア様より、街まで皆様をお送りするようにとお話を伺っております」


 最初は(いぶか)しんだが、彼女の直筆のサインが入った依頼書を見て、緊張を解く。アレウスたちの居場所を感知できるリスティは、地図を見て墳墓から離れて行く点からクエストを達成したか失敗したかは分からずとも、どちらにせよ街に帰ると踏んだのだろう。そこからすぐに馬車を手配してくれたのだ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 アレウスが返事をし、三人は馬車に乗って、揺られる中で軽い仮眠を取り、そして街へと帰った。


「お疲れ様です。クエストの方はどうでしたか?」

「依頼主に会っていないので、達成か未達成かの確認は取れないままなんですが……僕たちは依頼の通り、墳墓を調査して魔物を退治しましたけど」

「言ったじゃないですか、こちらのインクは特殊な物であると。今回のこの依頼はギルドが預かり、ギルド側からの案件となっています。なので依頼主ならば、この冒険者ギルドそのものと言った具合でしょう」

 リスティが依頼書に自身が記したインクに触れて、次にその指をアレウスの手の甲に押し付ける。流れるような手捌きで羊皮紙を取り出し、アレウスに手を当てることを促し、幾つかの文字が焼き付く。

「バウスパイダー十匹の討伐を確認しました。クエスト達成です。元の依頼主より預かっている報酬を準備します」

「討伐数が分かるんですか?」

「分からなきゃ依頼として出しません。まさか、演技でインクを使っているだけとお思いでしたか?」

 アレウスはなにも言えず、それを見たリスティは溜め息をつきながらギルドの奥に一時的に姿を消す。

「ロジックに魔物の討伐数まで刻まれるなんて初耳だな」


 開けられないなら、開けないままに羊皮紙に写し出す。神官の力を持たずともギルドはそうやって運営されているらしい。程なくしてリスティが報酬の二等分されたお金の入った袋をカウンターの上に置いた。


「アレウスさんとアベリアさんは同居して生活しているようなのでこちらで配分を変更させて頂きました。問題はありませんね?」

「はい」

 三等分されていたなら、アレウスとアベリアは報酬の三分の二を受け取ることになってしまう。そうなるとヴェインとの報酬の差が生じてしまうのでリスティの心遣いはありがたかった。


「魔物の素材はこちらの管轄外――そう言えば、今の今まで素材関係については教えていませんでしたが、ヴェインさんのおかげで一つ賢くなったようですね。ともかく、そちらの素材はヒューマンの手には余りますので、ドワーフやエルフに独自にお売り下さい」


「なにか一言付け足さなきゃならない決まりでもあるんですか?」

「茶目っ気じゃないですか」

「どこが」

 なに無表情で茶目っ気なんて言っているんだ。そんな言葉を投げ掛けそうになったが、ここでの話が長引いては二人を待たせてしまう。

「それじゃ、もう今日は帰ります」

 アレウスは袋を二つ受け取り、カウンターをあとにする。

「ああ、少々お待ち下さい。ヴェインさん」

「はい?」


「ギルド当てではありますが、ヴェインさんを指名してのお手紙が届いております。中身は見ていませんが外側からは検めました。呪いの類ではありませんので、安心してお読みになられて下さい」

「拠点としている部屋に帰り次第、拝読させて頂きます」

 ヴェインがリスティから手紙を受け取って、戻って来る。アレウスはすぐに彼にお金の入った袋を一つ渡しておく。


「タイミングを逃すと、渡し損ねてしまいそうだからな」

「それならこのまま素材を売るところまで付き合ってもらえるかい?」

 真に等分をするならば、そこまで徹底しなければならない。疲れてはいるがアレウスもアベリアも首を縦に振る。


 その後、幾つかのドワーフやエルフの商人とヴェインが交渉する様を見て、どうやら一番高値で素材を買ってくれる商人に素材を引き渡し、そこから得られた儲けを綺麗に三等分して、その一つずつをアレウスとアベリアが受け取る。


「これだと三分の二を僕たちが取っているようにならないか?」

 先ほどはリスティが心遣いをしてくれたが、今回ばかりはアレウスが口にしなければならないらしい。

「お金は多過ぎても少な過ぎても不幸になるだけだから。君たちは二人で生活する分、お金には悩むだろう? それに俺はそこまでお金のことでは気にしないよ」

「……いや、やっぱり気になるからギルドの報酬と同じように二等分にしよう」

 アレウスはヴェインの厚意を受け取り切れず、自身の納得が行くように素材の売り上げを二等分に分け直してヴェインに渡した。

「クエストでは色々と勉強になったよ。また見掛けることがあったら声を掛けてくれると嬉しいよ」

「僕たちの方こそ、色々と助かった。ありがとう」

「それじゃ」


 ヴェインが街の中へと消えて行くのを見送ってから、アレウスは大きく背伸びをする。


「良い奴だったな」

「信じられそう?」

「アベリアはどう思う?」

「う~ん、信じられるところはあるけど、まだ知りたいところを見ていない感じ」

「そうだな、そんなところだよな」

 結局、ロジックは開かなかった。火の番をしている際に開く機会はあったのだが、開こうという思いが湧いては来なかったのだ。それが信じたいという気持ちであるのなら幸いであるが、見たくないものを見てしまうかも知れないというある種の恐怖感であったのなら、また別となる。


「人の心すら、ロジックを開かない限り信じ切ることが出来ないなんて、嫌だな」


 憂鬱な言葉を吐いて、アレウスはアベリアと共に借家へと歩き出した。


///


「どうしたんだ、『人狩り』? こんな眺めの良いところに立って、まさか正義のために村一つ分の人種を滅ぼそうとでも?」

「いずれこの村は正義の名の元に審判が下る」

 『人狩り』と呼ばれた者はそう答える。

「まぁ正義だろうとなんだろうと、あんまり大きな騒ぎは起こさないで貰いたいところだ」

「騒ぎになるのであれば、それは即ち、異端であるからだ」

 二人の後ろから神官の外套を纏った人物が現れる。

「また『異端』絡みなのか?」

「異端は全て滅ぼさなければならない」

 訊ねたところで神官然とした人物からは求める答えは返って来ない。

「お前たちは静かに見ることも出来ないのか」

 『人狩り』が呆れるように言う。

「まるで自分だけはまともみたいな言い方はやめろ」

「正義を執行する私が、正しくないことが今まであったか?」

 やはり求めている返答とは少しズレたものが返って来る。


「……また一人、異界に導かれたか」

 しかし、『人狩り』が眺めていた村に現れた穴は確かに、一人の村人を静かに異界へと招き入れていた。

「これで五人目だ」

「趣味が悪いな、『人狩り』」

「どう言われようと正義であるならば受け入れる」

 そして『人狩り』は笑う。

「『異端』が来るだろう。『星狩り』と呼ばれたこの私が、星辰(せいしん)の占いで予言する」

「だったら手は出すなよ。お前もだ、ゴースト。『異端』にはまだしばらく踊ってもらう」

 人物は二人に制止を呼び掛けるように言い放つ。


「“不思議な世界を渡るのは、アリスの特権だ”。そうだろう? 『異端』のアリス。それともお前は、鏡の中の世界の方が好きか?」

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