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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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獅子

 巨狼は頭上を見上げる。口元に収束した魔力が咆哮と共に空へと放たれ、リゾラが展開している水平に広がる魔力の傘を一点集中で貫き、破壊する。

 防がれていた雨は一気に降り注ぎ、更に雨足も強まっており、自然とアレウスとアベリアが纏っている炎が弱まっていく。

 出力を上げる。自身の中にある力を先ほどより強めに絞り出すようにして状態を維持するが、魔力効率は先ほどより圧倒的に悪くなってしまった。巨狼の狙いはまさにそれで、続いて辺りを縦横無尽に駆け巡る。

「獣剣技!」

 どれほどの速度で走り回っていてもアレウスの感知の技能は位置を捕捉している。

「“盗爪”!」

 十字の飛刃を放つ。だが、巨狼は寸前で軌道を変えて避ける。

「馬鹿正直に走ってはこないか」

 極端なくらいに巨狼の行く先を予測して放った。だが巨狼はアレウスの技を見て軌道を逸らす時間がある。どれだけ狙っても巨狼に意思がある限り、虚を突くか相当の予測を立てて放たなければ当てることはできない。

 そう、こんなにも大きな対象に技を掠らせることさえままならない。ノックスと戦ったときのようにリゾラが空間を閉じていない分、巨狼が取る間合いはもはや人と人との間合いを通り越しており、どんな俊足を持つ者でも十秒以上はかかるだろう。だが巨狼はこの距離をおおよそ五秒以内に詰めてくる。それを証明するかのように間合いを測り続けていたアレウスに信じられない速度で巨狼は接近し、口元に魔力を蓄える。

 咆哮と同時に一点集中で放たれた魔力を避けるが、回避に専念した結果、巨体は目前に迫っている。剛爪を避け、左前脚による踏み潰しも凌ぐのだが、全身を回転させることで起こす薙ぎ払いまではどうしようもできず、打ち飛ばされる。

 着地するアレウスに追撃してくる巨狼の背中にパルティータが噛み付く。魔力の鎧すらも砕く強靭な牙ではあるが、そこから迸る力の波動を受け止め切ることはできず、吹き飛ばされる。

「「善悪の彼岸より語れ」」

 ノックスとセレナが引き起こす空間の捻じれに反応し、巨狼は真っ直ぐに二人を目指す。

「“『深淵(アビス)』”」

 詠唱は終えた。しかし、膨張する捻じれを巨狼は自身が咆哮と共に発する魔力で抑え込み、力ずくで消し飛ばしてしまう。リゾラのように消したのではなく、同様の力――『不退の月輪』の魔力に対し、『不退の月輪』の魔力で相殺させた。最小限の力で最大限の力を封じ込めた巨狼はノックスを口先で打ち払い、セレナを剛爪で引き裂く。


 四足歩行――狼のような獣は前脚を獲物を捕らえるために進化しており、前後への関節は進化していても左右へは容易く開かない。だからこそ正面に立たずに巨狼の左右に展開すれば少なくとも剛爪を受けることは避けられる。そのように思っていたのだが、ここまで巨体の姿勢の変化が速すぎるとただの一時凌ぎにしかならないらしい。現にセレナは剛爪によって切り裂かれてしまった。即座に自身が纏う魔力が止血と縫合を行っているが、予期せぬ一撃を浴びたことに変わりはない。

「狼というよりは……」

 熊のように頑丈で、狼のように素早い。そして瞬発力は草食動物に等しく、突破力は猪をも越える。


 いや、もはや獣人や動物と分類することさえ難しい。

「魔物……だな」

 アレウスがそう呟いた直後、巨狼が我が子たちを跳ね除けながらリゾラへと直進する。体中の部位から魔力という魔力が収束していき、何本もの光線として天高くに解き放たれ、それらは口元に収束した魔力が咆哮と共に放たれると同時に急角度に行き先を変え、一斉に彼女へと降り注ぐ。

「私を殺すのに全力か」

 リゾラは自身を中心にして半球状の障壁を生み出し、幾重もの光線の雨を防ぎ続けるが、咆哮と共に放たれた光線ばかりは障壁を貫き、彼女はそれを両手で防ぎ、左右に分かつように払い飛ばす。

「ああもう! これじゃ私の魔力が……!」

 巨狼がリゾラに迫る。そこにアレウスが駆け付け、どうにか注意を引こうと十字の飛刃――“盗爪”を放つが、巨狼は自らの魔力がアレウスに奪われることをいとわずにひたすらに彼女だけに狙いを定め、容赦なく剛爪を振り下ろす。

「ウザい、ウザいウザいウザい!! 一人のときよりずっとずっと面倒臭い!!」

 彼女と巨狼の間に稲妻が落ちる。けたたましいほどの轟音とエネルギーが地面を穿ち、震撼する。それでも巨狼は怯まずに剛爪を振り切ったのだが、その爪撃はリゾラには届かず、弾かれていた。

「力を貸せ!」

 再びの轟音を伴う稲妻が落ち、地面を駆け巡ったエネルギーの全てが彼女の体に集まる。


 稲妻を、雷を、雷撃を、電撃を纏い、法衣としてリゾラは目を見開いて妖しく笑う。


 巨狼はたじろがずにリゾラを噛み砕こうと大口を開けて迫るが、彼女の手から放たれた雷撃が口腔内へと撃ち出され、エネルギーが体内を駆け抜けた結果、大きく弾き飛ばされた。

 見た目以上にインパクトは絶大で、あんなものをアレウスが浴びようものなら即死している。それほどのエネルギーを身に浴びたのに、巨狼はムクりと起き上がり、首を軽く振ってすぐさま体勢を整えた。その間にノックスとセレナがこれでもかと爪で巨狼を切り裂き続けたのだが、大きく出血することはなく全ての傷が魔力によって塞がれる。二人をパルティータが背中に乗せて離脱し、巨狼の反撃である光線の嵐を俊足で切り抜けていく。


 先ほどよりも戦いの概念が広がりすぎている。もはや獣人の王を決めるための戦いではない。王への挑戦ですらない。

 ただの魔物退治。それも終末個体化したピジョン以上に――ひょっとしたらこれまでどうにか退けてきた異界獣にすら匹敵するかもしれない。勝ち負けではない。キングス・ファング――巨狼を討伐する。これはそういう戦いだ。


「“盗爪”」

 果たして彼女たちの繰り広げる戦いに付いて行けるのか。分からないが、とにかく今は有効である技を撃つ。幸いにもこの十字の飛刃も命中し、巨狼から黒い魔力を奪い取ることに成功する。

「“赤星”!!」

 アベリアの頭上に大火球が生じ、放たれると同時に炸裂して火球の雨となって巨狼に降り注ぐが、走るだけでこれをかわしていく。


「これはどう?」

 さながらアベリアの『赤星』を真似たような紫電の大球体がリゾラの頭上に生じ、走る巨狼に一回二回三回と回数を伴って電撃が飛び続ける。しかし、その程度の電撃を浴びても巨狼の動きに大きな変化は見られない。

「やっぱり、五大精霊を五大属性でどうこうしようとしても、変換の部分で威力が減衰する……」

 こちらにも聞こえるほどの舌打ちをしつつ、リゾラは繰り返される稲光に乗っているかのように一瞬で居場所を変えていく。


「「“善悪の、”」」

 セレナとノックスの詠唱を巨狼が阻害して、後脚に噛み付いたパルティータも振り払い、アベリアの炎の障壁にすら猛進して、二人の姫君が暴れ狂う巨狼の暴力に晒されて宙を舞う。だが二人の出血する痛みに悶えながらも意識は飛び切らず、互いの手を握り締めて叫ぶ。

「“彼岸より語れ。『深淵』”!!」

 再び引き起こされる空間の捻じれ。巨狼の尻尾をなにもかもを吸い寄せる力場が掴んで、そのままその巨躯を引きずり込もうとする。体を曲げて、巨狼が口で空間の捻じれを呑み込もうとする。

「させるか!」

 アレウスは走り寄って、巨狼の顎下を短剣で切り裂く。この瞬間、セレナがアレウスの体を『闇』の中から掴み、捻じれに呑み込まれる前に助け出す。


「死ぬ気ですか?」

「こうでもしなきゃまた消される」

「それであなたに死なれると姉上が悲しみます」

 既にセレナの体は傷だらけなのだが、それが嘘のように呼吸も声音も生気に満ち溢れている。

「ワタシはこいつが死んだ程度で悲しむか!」

 そしてノックスもまた同様に傷だらけではあるが、声に覇気が宿っている。


 どちらも相応の痛みを隠しているのだろう。アレウスに見せないようにしているのは、巻き込んでしまった申し訳なさからかそれとも空元気を見せることで心配させないようにするためか。


「こんなときに強がりはよしてください」

「こんなときにワケ分かんねぇことを言うからだろうが!」

 巨狼は捻じれに呑まれてはいるが、その全身から迸る魔力が阻害し、前脚の一部が捩じ切られはしていたが致命傷にならずに力場を破壊して逃れ出る。欠損した肉の大半を黒い魔力が包み込み、筋肉の機能を回復させている。

「お前たちは自分の父親を殺す自覚はあるのか?」

「ねぇよ」

「ないですね」

「なら殺さない、ってことか?」

「違う。殺さなきゃ実感が湧かねぇんだよ」

「ジブンたちは父君に愛されていたと思っています。かと言って、それが過度な親子愛であったかと言われると首を傾げるのみです」

「だから、一番に頭で物を考えちまってどうしようもねぇのはパルティータの方だ」

「弟は長年、父君の傍に居続けたわけですから、自由にさせてもらっていたジブンたちよりも親子の(えにし)を強く感じているでしょう」

「けど、世界のために父上を討つ点に納得したからお前たちに協力している……んだろ?」

 アレウスはその問いに首を縦に振る。

「ならパルティータなりに結論は出しているのでしょう。思考するのと体感するのはまた別ですが、阻むという決意が揺らいでいないから『本性化』しても、まだ戦ってくれている」

「パルティータの『本性化』はかなり父上に近い。思考のほとんどを放り出して、感情で動く。こっちを襲ってこないなら奴はちゃんと父上との戦いの結末を見据えているとワタシは思っている」

 複数の電撃が巨狼を焼く。こうしている間にも戦況は動いている。その中で無意味な会話をしている暇はない。

「爪が届かない。間合いを詰め切らなきゃどうしようもねぇ」

「だったら僕からこれを取り返せばいいだろ」

 アレウスは骨の短剣をノックスに投げて寄越す。魔力の光線が辺り一帯へと放たれ、当然ながらこちらにも降り注ぐがアベリアが炎の障壁を張って防ぐ。

「次はこっちに来るから、早く」

 恐らく巨狼の強い殺意を感じ取ったのだろう。アベリアが急かしてくる。

「これでも長さが足りない。ワタシたちは間合いを詰め切らなきゃ剣を届かせることさえままならないが、父上は爪の一振りで衝撃波もなにもかも思いのままだ」

「長さ……確かに、足りないな」

 アレウスも自身の短剣では奇襲しなければその切っ先を届かせることさえ叶わない。だからこそ“盗爪”を当て続けることが求められるが、激しい攻防戦の中では技だけでは足りないのだ。魔力を奪うだけに留まらず、巨狼を傷付けられる攻撃。これの回数を増やさなければたとえ全ての魔力が巨狼から失われても、キングス・ファングという獣人が元々持ち合わせていた筋力や戦闘技術に手も足も出ない。

 現に『本性化』によって本気を引き出すことはできたが、人の姿を取っていた際にはこれといったダメージを与えることはほぼできていなかったと言っていい。むしろ巨狼になってから魔法が当たるようになった。だが剣戟、爪撃といったありとあらゆる物理的な攻撃は相も変わらず寄せ付けない。魔法だって正直、当たってはいるが効いているかは分からない。


「考えたところで、どうこうできるもんじゃねぇしな」

 ノックスは骨の短剣を手元で回す。

「頭が悪いなら、頭が悪いなりに足掻いてやるさ」

「姉上?」

「これはワタシの勘でしかないが、どんなときでも状況を打開すんのはアレウスだ。だったら、それを期待してワタシたちは体を張るだけだ」

 言い残し、パルティータを払いのけた巨狼にノックスが向かっていく。

「……頼みますよ」

 その猪突猛進ぶりに呆れつつもセレナはノックスをサポートするべく『闇』を渡る。しかし、その二人を跳ね除けて巨狼がアベリアを襲う。アレウスから距離を取り、巨狼の注目を一身に浴びながらその激しい攻撃をひたすらに炎で防ぎ、火球を放ち、周囲を飛び回って凌ぐ。

 だが、アベリアは『術師』であって近接戦闘は本来、得意ではない。敵が迫ってきたときの直感、或いは感覚的な攻撃のいなし方を習得できているわけではないのだ。だから、あれだけ強く攻め立てられればいずそその身に爪か牙を受ける。


「考えろ……考えろ、考えろ」

 雨足は更に激しさを増す。炎は段々と弱まる。奥底から魔力の出力を上げる。燃費が悪い。だが“盗爪”さえ当てれば魔力は強奪できる。だから、そこまで魔力量を気にしなくていい。

「どうやって届かせる……?」

 短剣では駄目だ。せめて片手剣並みの長さは欲しい。


――難しい話じゃない。凄く単純な話だ。


「単純……」


――力というのは合わせてこそ意味を成す。足りない力を補うことも大事だが、たった一人が抱える力なんて、束ねられた力の前では無力に過ぎない。


「そのたった一匹が抱える力に、あなたは……」


――それは束ねられた力が届かなかっただけのこと。唯一無二は強くとも、有象無象が結集した力には敵わない。圧制が、支配が、抑圧が、いずれ至る解放を呼び寄せるように、人間の感情は、数が増えれば増えるほどに高まり、力も増していく。


「……ヴェラルド」


――個々の力でどうにかできる限界なんてすぐに見えてくる。だが、人と人とを繋いだ結果、生み出される結集の力は無限大だ。どうだ? そう考えると、なんでもできそうな気になってくるだろ?


 『さぁ、夢物語のお話はこれまでだ』。そう言い残し――アレウスが勝手に思い描いた妄想は消える。


「ノックス!!」

 アレウスは叫びつつ、自身の魔力の噴出量を高める。激しく燃え上がる炎を短剣に集約し、刃は灼熱を帯びる。だがこれだけではいつも通りの貸し与えられた力の使い方だ。これだけではカーネリアンの『悪酒』にも劣る。


 足りないのなら足せばいい。足すための力をアレウスは持っているのだから。


 柄頭を左の手の平で強く叩く。迸る炎が剣身を包み込んで結集し、硬度を成す。炎という魔力が短剣の剣身を延伸させ、剣へと変える。

「……やってやれないことはねぇが!」

 ノックスはアレウスが行った剣身の延伸を、自身の持つ力で行って同じように延伸させる。

「ワタシは合わせるだけで、その先はお前に任せるぞ?!」

 巨狼がアベリアに噛み付きかけるも、セレナが『闇』を渡って阻止する。しかし『闇』に逃げ切れなかった彼女は爪撃を受ける。吹き飛んだセレナをパルティータがその身で受け止める。


――誰かと力を束ねる。不思議な話だよな。たったそれだけで、あらゆる恐怖が消え去っていく。志とは、強さとは、孤独に追い求めるだけじゃない。


「「獣剣技!」」

 アレウスは低い姿勢から跳躍しながら炎の剣を振り上げる。ノックスは跳躍した勢いのままに身を縦に回転させて剣を振り下ろす。

「狼頭の牙・上段!」

火天(アグニス)()(ファング)!!」

 力場の牙、炎の牙。二つが重なり合う。

「合剣……なん、だ?」

 ノックスは技の名を言おうとして惑う。重なった技は決して狼の両顎を形成していない。


 放たれた技が描く姿形は、狼ではなく――


獣王刃(じゅうおうじん)

 ボソリとアレウスは呟く。だが名が与えられ、また言葉として用いられたことで世界に『技』として定着する。

 炎と黒い魔力が集約して織り成される獅子を模した飛刃が膨張し、巨狼と対峙する。

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