有象無象であっても
狼の王が跳ねるように駆け、アレウスの眼前に迫る。一撃を浴びればほぼ致命傷。そんな死線を何度も潜り抜けながらアレウスは飛刃を放つも、どれもこれもが鎧で弾かれてしまう。
そもそも、この程度の飛刃ではキングス・ファングを傷付けることはできない。分かってはいるが抵抗の意思を示すとともに、どこか鎧に脆い箇所がないかを確認していた。
「貴様はこれからもそうやって力を手に入れ続けるのだろうな」
大剣を縦に振り抜かれるも、右に大きく避けて難を逃れる。ただし、大剣が地面を叩いたことで亀裂どころか爆散するかのように弾けて、無数のつぶてが体を打つ。
「力ある者から奪い、掠め盗り、そして強くなる。その奪う力、我の物とせん」
「これは奪う力なんかじゃない!」
「ならばこの世のどこに死肉を喰らって力を得る者がいると言うのだ!?」
「生き残るために食べた。奪うために食べたわけじゃない!」
あの場所で、右目も左耳も右腕もない子供だったアレウスは誰からも必要とされず、ほぼ死体しか転がっていないところに放り出された。憎たらしいことに『異端審問会』はアレウスから三つの部位を破壊したのち、しっかりと止血までしたのだ。だからすぐには死ねなかった上に、餓死しかけていた。動くこともままならないアレウスには、死肉を食べることでしか命を繋ぐ手段がなかった。それがどんなに罪深いことであっても、子供ながらに生に縋り付いた。生きたいと願った。なにせまだあの頃、自身が異界に堕ちていたことにすら気付いていなかった。死肉を喰って、どういうわけか五体満足になってからアレウスはあの場所を異界と認識したし、そこにある常識を知り、大人の魂の虜囚に労働力として使われることになった。
そう、異界なんてものをアレウスが早々と理解できていたなら、とっくの昔に死んでいる。それほどまでに異界とは生者にとって絶望の場所なのだ。
「生き残っていることがなによりの証明だ。力を得たから生き残れたのだろう?」
「そうじゃない……!」
ヴェラルドとナルシェが助けに来るまでは、異界から出ようとも思わなかった。死にたくない、でも生きていたくもない。そんなワケの分からない感情を抱きながら耐えに耐え続ける日々だった。
「ならばどうして貴様は生きている?」
「……『掘り進める者』の感知の能力が低かったから」
薙ぎ払うように振るわれた大剣が起こす飛刃のような衝撃波をまずは避けるが、続いてやってくる風圧によって吹き飛ばされる。
ずっと考えていた。五年間、どうしてアレウスとアベリアが生者のままで生き残り続けることができたのか。ヴァルゴやリブラは異界に堕ちた存在に早期に反応する。ヴァルゴは亜人を寄越して安全地帯――ベースを覗きに来る。リブラは自身の決めた法則でシンギングリンを管理しようと試みた。それはどちらも生者や魂の虜囚をある程度、把握できているからだ。
一方でリオンやピスケスは最終感知ラインまでアレウスたちを襲おうともしなかった。恐らくだが生者が堕ちたことには気付けても、その居場所までは正確には追い切れない。特に魂の虜囚と混ざってしまうと、ベースから極端に離れてくれなかれば見つけることが難しいのだろう。
リオンはアレウスの存在を感知することはできても、その全てを追い切ることができなかった。そう結論付けることができる。
「『掘り進める者』の異界から抜け出すことなど、我が息子にすら果たせなかったというのに」
「兄上は満身創痍だったと聞いている。もうほぼ死を待つしかない状態で異界に堕ちて、どうやったら助かるって言うんだよ!」
ノックスが大剣を振り切った狼の王の腕へと喰らい付くように飛び込み、黒い魔力に阻まれることなく両手の爪で腕を切り裂く。出血するもノックスを払い飛ばし、何事もなかったかのように姿勢を整え直す。
「大体! 捧げるってなんだよ?! なんで異界獣に兄上や母上を捧げるなんてことを!!」
「『掘り進める者』は全ての獣人にとっての神祖だ」
「だから捧げたって!?」
無謀にも更に飛び掛かろうとするノックスを止めるように『闇』を渡ったセレナが彼女を引き込み、反撃とばかりに待ち受けていた狼の王の剣戟を避けさせる。
「全ての獣の魔物は『掘り進める者』の魔力の残滓から生成されている。そこから知識を得て、世界へと飛び出したのが獣人の始祖であるのなら、その命を産み落とした『掘り進める者』は神祖と呼ぶに相応しい」
「だからって自分の子供に! その思考を押し付けないでください!!」
『闇』をノックスと共に渡り終えたセレナが叫びながら駆け出す。それに同調するようにパルティータも動き、二人が狼の王の周囲を走り回ることで攪乱する。
「ジブンたちは獣人であって、魔物ではないのですから!!」
振りかぶられる拳を『闇』を通ってかわし、その間にパルティータがキングス・ファングの裏を取って、背骨へと“削爪”を放つ。黒い魔力が削げ落ちて背中が露わになるが、翻りながらに放つ剣戟によって両腕で防ぐも弾き飛ばされる。
「“癒やして”」
即座に回復魔法が掛けられるが、その効果があるのかどうかは飛んだ先でパルティータが起き上がるまでは分からない。
だが、『闇』を渡り切ったセレナが狼の王の背後に立っている。拳に黒い魔力を集め、セレナが力強く背骨を打ち砕かんばかりの拳を打つ。
「足りん」
キングス・ファングを中心に強烈な力場が生じ、拳は背中に届く前にセレナ自身にかかった負荷によって跳躍していた体が地面に叩き付けられて妨げられてしまった。
「足りんのだ。貴様らはどいつもこいつも有象無象一切合切! なにもかも! 程遠いほどに足りん!!」
すぐさまセレナを守るためにアレウスが合間に入るが、再度、強烈な力場が生じて姿勢を崩す。
「獣剣技など全て獣人たる我の手の内だ! 知らん技はない! “削爪”で背中の鎧を剥がそうとも! そこを狙ってくると分かっていて無様に待ち構える王などおらんわ!!」
大声を上げてこちらを威嚇し、尚も大剣で衝撃波を放って牽制してくる。
「どう思う?」
傍にアベリアがやってきて、衝撃波が伴わせる風圧を炎の障壁で防ぎつつアレウスに訊ねる。
「セレナの打撃は隙を作っておいての誘い込みだろうけど」
「ノックスのは違う」
「アベリアもそう思うか?」
「うん、あれを防がないのはちょっと変かなって」
パルティータとセレナの攻撃は誘い込んでの反撃を考えてのことだろうが、ならばどうしてノックスの正面からの一撃を防がなかったのだろうか。それもあの一撃は魔力の鎧を通過するものだった。
「傷付くなら防がないわけがないんだよね」
「ああ、だからあれは防げると思ったから防がなかった」
「だとしたらノックスの攻撃は通るのかな」
「多分だけどセレナの打撃も“削爪”の段階を踏まずに通る」
「……『不退の月輪』が貸し与えた力を纏った鎧だから、『継承者』でもあり『超越者』でもある二人の攻撃を通すのは当たり前と言えば当たり前だけど」
「むやみやたらに二人を通そうとすれば勘付かれる」
そして二人にこのことを話せば気取られてしまう
「力場が厄介」
「あれの理屈は魔力で頭上から押さえ付けられているのか?」
「ううん、だったらリゾラが魔力で塗り替えられるはず。私のために、魔力の傘を空に展開してくれているし」
「なら地面か」
「リゾラの魔力の塗り返しを嫌っているから、地面じゃなくて地中。地中から力場を発生させていると考えるべきだよ」
「地中……地中は阻止しようもない」
もしかしたらリゾラなら地面に留まらず地中まで魔力を浸透させられるかもしれない。しかし、彼女に頼るとキングス・ファングの狙いが集中してしまう。ただでさえ魔力の塗り返して注意されている。戦っている間も常々にリゾラの位置を確かめるような視線の移動があるのだ。
打開の方法を持つ者が三人いても、彼女たちにそれらを伝えると途端に狙われる。この状況は非常に良くない。
「リゾラに向き続けると大変だと思う」
会話の最中、回復魔法によって傷が塞ぎ切ったパルティータが凄まじい勢いでキングス・ファングまで迫って、大剣をかわしながら必死に傷を負わせようと殺意を剥き出しにしながら爪撃を振るう。恐らくだがアレウスとアベリアの会話を中断されることがないよう自ら狙われに行っている。であれば、もうこの会話の中で有効な策を見出すしかない。
「今、一番注意しているのがリゾラだけど、リゾラが魔法とかで直接的に攻撃してこないから注意に留まってる。常に狙われる状態になるから……大変」
「要注意人物を攻撃し続けるだけで、僕たちは総崩れだからな」
彼女の動向に注意が向いているからキングス・ファングの攻撃に押されてはいても殺されてはいない。ただただリゾラだけを狙われるようになれば、ノックス以外で傷を負わせられていないアレウスたちには注意を向ける術がなくなってしまう。
「どうする……?」
アベリアが答えを求めてくる。
答えなどない。どれだけ思考してもキングス・ファングに有効打を与える方法が見つけられない。ノックスとセレナを全力でサポートすれば、狼の王はそれに適応してくる。リゾラに任せれば、リゾラを注視しつつノックスとセレナの攻撃を避けることを中心に立ち回る。貸し与えられた力を全て使い切らせるためにパルティータのタフネスに頼り続けると彼はいずれ回復し切れない傷を負うことになる。アレウスとアベリアが全力で前に出れば、キングス・ファングは全力で叩き潰しにくる。
五人で一斉に挑みかかればとも思うが、互いの技が干渉し合ってしまうだけでなく、地中から起こす力場でタイミングをズラされるだけでなく、立てなくなるほどの負荷で動きを止められてしまう。
「力場の出だしが地中なら、接地していなければ影響を受けないんじゃないか?」
キングス・ファングが力場を地中から発生させた瞬間に跳べばいい。そうすれば発生した力場はすぐさま地面に満たされているリゾラの魔力でせき止められて消える。要は一撃を加えるときに力場で邪魔されないようになれば渡り合える可能性もある。
しかし、そんなタイミングよく全員が跳ねて避けられるものだろうか。発生させるのはキングス・ファングの意思でこちら側からは干渉できない。体勢を崩しているときに使われればそれだけで地面に押し付けられ、大剣を振るわれて終わる。
できるかできないかではなく、やるしかない。これまで何度もこの言葉を自身に言い続けてきた。どうやら今回も強固な意思で臨まなければならないようだ。とはいえ、どんな戦いでも『やるしかない』と思い続けてきているのだが。
「どうやってみんなに伝える?」
「伝えるんじゃない。見せることで学ばせる」
力場が避けられる理屈を見れば全員が察する。だからこそ次の力場の発生に合わせて必ず避けなければならない。対処が分かれば動き方も変えられる。変えることができればノックスとセレナを主軸としてキングス・ファングに傷を負わせる未来も見えてくる。
「知恵を振り絞ってなんになる? 力の前で知恵がなんになる? 圧倒的な力で圧制されたときに、知恵が命を救うことがあるか?」
パルティータの粘着にキングス・ファングがいい加減に飽きたとばかりに突如として動きを加速させ、彼の不意を完全に突いて肉体をぶつけることで打ち飛ばす。
「知恵が命を救うのならば、それ即ち知恵もまた力だからだ。そう、力と名の付くものこそが、全ての根底にある」
アベリアが火球を降らし、ノックスが火球の対処に入ったキングス・ファングに飛び掛かる。
「我は絶対者にして君臨者。ゆえに分かる。力こそが全てを統べると」
魔力の鎧を擦り抜けたノックスの爪撃で血を噴き出すが、尚も平然としたまま狼の王が自身に纏わりつく魔力を放出することで彼女を風圧と同じ要領で吹き飛ばす。
「貴様たちも理解してきただろう? 圧倒的な力があれば、有象無象は相手にならんのだと」
熱の息を吐き、吸い込む。体中に吸い込んだ酸素が巡り、狼の王の全身に熱が行き渡るのを『蛇の眼』で読み解いて、それらが再び一所に集約されるのを見届け、身構える。大剣に魔力が集中し、それを力強く地面に叩き付けた。
このタイミング――ではない。キングス・ファングは地中で起こる魔力の爆発も扱える。だから、この爆発によって岩石が隆起し、全員が避けざるを得ない状況になるまでは凌ぐ。
「潰えろ」
呟きが耳に入り、直後に貸し与えられた力を利用してアレウスは跳ね、アベリアは浮遊する。力場の発生に伴ってノックス、セレナ、パルティータが地面に這いつくばる。アレウスとアベリアの身には負荷は掛からない。
やはり、地中で力場が発生した瞬間に接地さえしていなければ、体に負荷は掛からない。『継承者』と『超越者』の範囲の力は空間に及んでも、空中にまでは及び辛いのだ。逆に言えば範囲の力で空中に追いやられてしまうと相当の技量を持ち合わせていなければその後の追撃に耐えられないとも言える。
しかし、キングス・ファングは元から魔の叡智に触れていたわけではない。魔力の操作は万全ではない。貸し与えられた力も先刻、手に入れたばかりで完全に使いこなせているわけではない。
これで万全だったならリゾラの魔力をとうの昔に塗り返し直している。地中に限らざるを得なかったのも、塗り返すことができずに発生が一瞬に限られてしまうのも、どれもこれも魔力を理解し切れていないから。
キングス・ファングには『急所』以外の弱点はない。だが、狼の王が行使している力には弱点がある。
着地後、アレウスはすぐに距離を詰めて左右の短剣で交互に剣戟を放つ。キングス・ファングの体躯では間合いを詰め切ったアレウスへの対処が限られる。こんな身近で大剣を振るうことは不可能だ。そうなるとこれまでの動作の中での対処は、腕で払い飛ばすか手で打ち飛ばすか、自身の身に纏っている魔力を風圧のようにして放出して吹き飛ばすか。
だがそのどれもを凌ぐことができたなら、キングス・ファングは決して万全ではなくなる。
腕の払い飛ばしは凌いだ。その腕を引いて作った握り拳による打撃も左へと間際で避ける。魔力の放出を同じように貸し与えられた力による炎の発散によって打ち消す。
そうすれば、その先には魔力の鎧で身を守っているだけの狼の王しかいない。
「獣剣技、」
「貴様の真似事の剣技ごときで我は切れん!!」
切るつもりはない。元よりもう“蛇王刃”は使えない。ノックスから受け取ったままの短剣からはもうカッサシオンの声は聞こえないのだから。
それでも、他に知っている獣剣技がある。自己流に変えた『上天の牙』でも『下天の牙』でもなく、『合剣』でもない。そう、アレウスが群れに来てから初めて目にし、この場このときに至るまでもう何回も見ている獣剣技がある。
それを自己流に変える。
「“盗爪”!!」
十字の飛刃――間合いを詰め切ったがゆえに見上げながら放った技はキングス・ファングの顎下を狙うが、頭上を見上げるようにして狼の王は凌ぐ。ただし、完全に避けたのはでなく掠らせることができた。
この十字の飛刃は“削爪”を見続けてきたから放てたわけではない。ガラハの十字の飛刃を見続けてきたから放つことができた。爪で同時に描く十字の軌跡を真似できないが、左右の短剣での連撃ならば戦斧で十字を描くガラハの二撃を模倣するだけでいい。だから技の完成は急ごしらえではあったものの、ほぼアレウスが思う通りの形で編み出すことができた。
「なにを意気揚々と放ったかと思えば、“削爪”の真似事か。こんな矮小な技で一体なにを勝ち誇っている?」
狼の王は鼻で笑いながら“盗爪”で削れた顎下の魔力を戻そうと試みる。
「……なんだ?」
「貸し与えられた力を消耗しないと纏い直せないだろう?」
放った十字の飛刃が削り取った魔力はキングス・ファングには戻らずアレウスの元へ充填される。
「削るだけでは辺りに魔力が漂うだけで、すぐに鎧と化したり魔力を纏い直してしまう。だから、僕の獣剣技はそれらの魔力を自分の物にする」
「我の力は『不退の月輪』であり、『呪い』そのものだ。我の魔力を奪ったなら、貴様に『呪い』が降りかかる」
アレウスが纏う炎が黒く染まり、皮膚を溶かし、肉を焼き始める。その痛みに屈み込み、悶える。
「愚か者め」
そう罵るキングス・ファングに対し、アレウスは顔を上げて笑みを浮かべる。焼かれた肉は徐々に修復され、溶けた皮膚も戻り、黒い炎は本来の色を取り戻す。
「さっき言っていたじゃないか。僕は『力ある者から奪い、掠め盗り、そして強くなる』と。『呪い』が力なら、僕は屈しない。なにより、ノックスとセレナが『呪い』そのものなら、そもそも僕を焼き尽くすことなんてないと信じた」
そしてきっと、自身の『右腕』も黒い魔力を取り込む際に力を貸してくれると信じた。
「化け物め」
「獣人の王にそう言わせたのなら光栄だ」
振り下ろされた大剣を後ろに飛び退いてかわす。
「もう有象無象とは言っていられないな? 自分自身を無敵だとも思えないだろう? 『原初の劫火』だって奪われる前に奪い返した。だから、誰かが死ぬ前に討ち果たすことだってできないことじゃない」
希望を見せた。それはまだ微かなもので、反撃の狼煙にもなり得ないほどに小さなもの。だとしても、できないことじゃないとみんなに思わせる。
挑んでも無駄なことと思いながら戦うことほど辛いものはない。だから、挑み続ければ成果は出るのだと見せつけた。
「皮肉な話だ。よもや全ての起点が群れに連なる者ではなく、ヒューマンだとは」
アレウスとリゾラを見やり、一呼吸してから狼の王は笑う。
「よい。貴様たちの挑戦は正しいと認めよう。だから、存分に死ぬまで戦い合おう」
魔力の鎧を解いて、キングス・ファングは大剣をその場に突き立て、両腕を地面に付ける。
「ここからはケダモノの領域だ。ヒューマンごときが付いて来られるとは思えんが、己が信念、遂げてみせよ」
アレウスは更に狼の王から距離を置く。唸り、吠え、力の放出を行いながらキングス・ファングは原始の狼の姿と化す。その身を黒い魔力が満たし切り、切れ長の瞳が金に染まる。
あの日に見たリュコスとは姿が全く異なるものの、纏う気配に記憶が揺さぶられたのか一瞬だけ恐怖が甦る。
「その姿を見せるということは、死ぬ気でやれということですか」
セレナは呟きながら歩き、猫の耳を鋭く尖らせ、犬歯が伸びて牙となり口元から露わになり、鋭利な爪を携え、尾を伸ばす。
「ジブンもまた、全力を出します」
「どこまでならワタシの意識を保てるかは分かんねぇが」
ノックスもまた牙を伸ばし、鋭利な爪を携え、猫の耳と尾を伸ばす。その二人の体を守るように黒い魔力が鎧となる。
「少なくとも、父上以外の誰にも見せたことのないところまで深く『本性化』しなけりゃ勝ち目もねぇな」
「父上を越えるためならケダモノにもなりましょう」
肉体の変化から二足歩行から四足歩行になったパルティータがキングス・ファングと同様の狼の形態を取る。
「全ては安寧なる平和をもたらす王となるために」
「死ぬよ? 多分」
呆れたようにアレウスへとリゾラが近付き、呟いた。
「それでも戦うの?」
「戦う」
「そうまでしてあなたを駆り立てるのは一体なんなの?」
「知っているだろ」
アベリアと手を繋ぎ、魔力を充填し直す。
「「復讐だよ」」
声を揃えて問いに答え、巨狼へと立ち向かう。
「復讐を考えるなら、獣人にここまで入れ込む必要もないのに……あなたの優しさは、常軌を逸しているわ」




