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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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まだここから始められる

 彼女とアレウスの間には決して誰よりも固い絆や友情があるわけではない。なのに、アベリアに諭されるときよりもずっと、かけられた言葉に抗いがたいありがたさを感じ、同時に彼女を失望させたくない気持ちが湧いて出た。


 産まれ直して、もう二度と会うこともできない好きだった女の子のことをまだ引きずっているのだろうか。どんなに思い出しても、どんなに思い起こしても、どんなに会いたいと願っても会えないこの世界の向こう側で生きているであろう神藤リゾラのことを忘れられないから、神藤リゾラに顔立ちが似ている彼女――リゾラベート・シンストウからの言葉を、さながら神藤リゾラからかけられた言葉だと錯覚し、誤認し、自分自身を奮い立たせているのだろうか。

 今ここにいるリゾラを見ずに、彼女の顔を通して神藤リゾラを思い起こす。どこまでも自己満足で、自己中心的な見解で、こんなことが彼女にバレようものなら、ここにいるリゾラだけでなく、アレウスが死ぬ前の世界にいたリゾラのどっちにもなじられる。


 女々しいことに、自分自身が抱き続けた恋心を終わらせる前に死んでしまったがゆえに、いつまでもいつまでも消えてなくならない。


「思考を研ぎ澄ませ…………」

 アレウスは自分自身に向けて呟く。リゾラの助けによって辛うじて死なずに済んでいる。だが、リゾラは手助けこそするが加担はしない。あくまでもアレウスたちがキングス・ファングを倒すためのサポートだけに徹するだろう。彼女は自身の立ち位置を明確にするのを避けたがっている素振りがあるからだ。


 あとは、妙な胸の高鳴りを静かにさせなければならない。

 この世界じゃないリゾラに対して引きずっている恋心に振り回されることは多分ないのだが、それ以外が問題だ。今回で好意がハッキリとしたノックス、クルタニカもなんとなくアプローチをかけに来ているように感じる。アベリアに関してはアレウス自身が答えを出すと宣言している。


 身近にいる複数の異性にそのように見られるのは慣れていない。慣れていないどころか初めてだ。だから、戦いと関係ない部分で心が馬鹿みたいに舞い上がっている。キングス・ファングを倒す前に倒したあとのことを妄想し始めているのだから相当である。こんなにも短絡的な思考を持っていることにアレウス自身、驚いている。

 欠如した集中力ではキングス・ファングには敵わない。妄想はいつだって現実にはならない。頭で考えているほど現実は思い通りにはなってはくれない。そのように自身の心に呼びかけ、舞い上がっている部分に蓋をする。

 まず心音が静まる。続いて呼吸が整う。浮かれた気持ちが沈み、冷静さを獲得したのち、辺りに散らした炎を短剣に集約させる。


「我が力を弾き飛ばす者がいようとはな」

「範囲的に及ぼす魔力は塗り返すのが基本。より強い魔力を放出している側がその場を支配する。あなたの魔力は私からしてみれば児戯にも等しい」

 喋っているリゾラへとキングス・ファングが走る。身構えているつもりだったアレウスだったが、その速度にはやはり追い付けず、通過を許してしまった。更に引き起こされる風圧を黒い魔力が固着させて刃へと変えており、擦れ違いざまに全身を切り裂かれた。

 アレウスが傷を炎で止血している最中に、リゾラを掴み上げ、そのまま狼の王は握り潰さんとする。助けに入ろうとその場にいた全員が即座に走るが、有象無象全てを這いつくばらせるほどの力場が生じる。当然ながら全員がそれに抗うことができない。

「死ね」

「は? 死ぬわけないじゃん」

 苦しげに声を発しながらも、表情には余裕がある。構わず狼の王はリゾラを握り潰した――ように見えてその肉体が水と化して弾けて消える。決して肉塊や血液がアレウスの体に降りかかったわけではない。衣服に付着した水に触れてみるとそこには確かな魔力の残滓があり、アレウスの炎に包まれて蒸発する。

「私が獣人や冒険者みたいに正々堂々、真っ向から勝負なんてするわけないでしょ」

 声は狼の王の手元からではなく、アベリアの後ろから発せられる。

「この場の魔力を塗り返した時点で、私が真っ先に狙われるのは誰だって分かるでしょ。その対策ぐらいは講じるわよ」

 キングス・ファングが振り返り、再びリゾラへと駆け出すが、それを妨げるようにアベリアが複数の火球を斜め上空から大量に降らせる。

「そんな炎ごときで我を焼くことができるとでも?」

「アベリアの魔法が不完全燃焼を繰り返しているから通じていないだけでしょ」

 言いつつリゾラが空を指差す。

「要は雨を一時的に阻めば、火力は本来の物に戻る」


 上空――アベリアが火球を生み出した上空よりも更に高い地点に地面と平行になるようにリゾラが目に見えない障壁を張る。降り続ける雨が障壁で防がれ、アベリアが降らせる火球が強く熱を発し、威力を見誤った狼の王に降り注ぐ。

 それでもキングス・ファングは止まらない。炎で身を焼かれようとも黒い魔力でそれらを癒やし、ただひたすらにリゾラへと走る。そこにパルティータが追い付いて、突進を遮るように真横から蹴撃を浴びせる。当てた箇所はアベリアが火球で焼いた部位であり、僅かながら狼の王に揺らぎが生じる。

 セレナが『闇』を渡って真正面まで移動し、そこから跳ねて狼の王の腹部を蹴り飛ばし、着地後に突進しながら拳による打撃を複数回行う。吠え、衝撃波を放ったところをアレウスが間に合い、炎の障壁で二人を守りつつ前に出て、短剣でパルティータが蹴った部位を切り裂く。

「獣剣技、」

 ノックスが短剣をアレウスに投げながら両手の爪に気力を込める。

「“削爪”!!」

 彼女の十字の爪刃が狙うのはやはりパルティータの狙った部位。三度の攻撃を受けるだけでなく、黒い魔力が“削爪”によって剥げ落ちる。

「“火よ”」

 畳みかけるようにアベリアの詠唱によってキングス・ファングの足元から火柱が噴き上がる。

「どうですか?」

「いくら父上と言えどこれだけ、」

 セレナの手応えに対し返事をしたパルティータへ大剣の衝撃波が飛ぶ。アレウスとアベリアが同時に前に出て、二人で彼を守るように炎の障壁を張って黒い衝撃波を押し留める。

「くっ……」

「弾けない……!」

「軌道を逸らすぞ」

「うん」

 この一連の会話を聞いたパルティータがアレウスとアベリアの合図と共に同じ方向へと飛び退く。炎の障壁でも打ち消せず、ましてや威力を減衰させることもできなかった黒い衝撃波だったが、障壁――魔力の角度を変えることでどうにか軌道を変えることに成功する。事前に飛び退いたおかげで紙一重になることもなく、安全な処理ができた。


 のだが、火柱の中から当たり前のようにキングス・ファングが現れ出でて、口から熱のこもった息を吐きながら雄叫びを上げる。


 これで数度目の咆哮であるが、回数を重ねれば重ねるほどに精神的な部分へ恐怖を与えてきている。戦い続けることはできるのだが頭の片隅から『恐怖』が抜け落ちない。戦っている最中は大して気にならない。だが、呼吸を整えることのできるまさにこの(いとま)に、怖れてしまう。


「揃いも揃って、脆い!!」

 キングス・ファングは怒鳴る。

「徒党を組んでもこの程度か?! 我に単独で勝てる獣人はもうこの世には存在しないということか!?」

 大剣に黒い魔力が宿り、更に気力が込められて増幅する。

「獣剣技、」


「避けて!!」

 これまでキングス・ファングのどんな力も押し退けてきたリゾラが叫ぶ。


「“狼王刃”!!」

 縦に一振り、更に切り上げ。その二段が生み出すとてつもない力が込められた飛刃は放たれると同時に組み合わさり、狼の顎を模して形が変わる。

 顎だけではない。そこにはハッキリと狼の頭部が見える。いや、頭部だけでもない。組み合わさった飛刃は乗せられた魔力と気力の分だけ形を変えていき、狼の全身を生み出し、リュコスすら凌駕するだけの巨狼(きょろう)と化す。


 巨大である。『掘り進める者』に比べればキングス・ファングも、この獣剣技も、どちらも劣る。しかし劣るだけで、巨大であることに変わりはない。そしてこの獣剣技は真っ直ぐ進んでいるというのに、どこに逃げてもアレウスを、そしてこの場にいる全員を喰い殺すまで消え去らないのではないかという錯覚を与えてくる。


 動けと心で叫ぶ。だが肉体が、脳が、先ほどの『恐怖』も加わって()()()()()。避けようとしたって避けられないと、避けようともしていないのに決めている。


「獣剣技、」

 パルティータが狼王刃を目前に両手の爪に気力を込める。

「“削爪”!」

 十字の爪刃は狼王刃を切り裂くが、多少のブレも停滞もなく唸るように大顎を開けて、パルティータを呑み込もうとする。

「“削爪”! “削爪”! “削爪”! “削爪”!」

 それでも尚、パルティータは十字の爪刃を放ち続け、巨狼は切り裂かれ続ける内に魔力と気力が練り合わされた部位の縫合がほどける。

「“削爪”は、対象の力を剥ぎ取る技だ……」

 呟きながらノックスが前のめりに走り出す。

「パルティータを援護しろ! 獣剣技!」

「獣剣技!!」

 セレナも加わり、二人が自身の爪に気力を込める。

「「“削爪”!!」」

 そして連続して十字の爪刃が放たれ続け、更に巨狼の魔力と気力がほつれていく。

「我が技に姉弟三人がかりで挑むか! しかし、忘れてはいまい?! 我にもまた、『不退の月輪』の力は宿っている!」

 ほつれた魔力と気力が再び縫合され始める。


「アレウス!!」

「一点突破だ……一点突破しかない」

 アベリアに催促されてもアレウスは焦らず観測する。

 ほつれては縫合され、またほつれては縫合される。パルティータが命懸けで削り続けたことで綻んだところにノックスとセレナが畳みかけることで技に弱点は存在していなかったが、今は存在している。

 ほつれている箇所――右前足と体の接合ヶ所である脇を貫けば、あの技は打ち破ることができる。


 だが、打ち破ったところでどうなるというのだろう。あれを打ち破ったところでキングス・ファングが止まるわけではない。それどころかノックスたちは技を止めるために大量の気力を消費している。そんな状態では太刀打ちできるわけがない。

 だったら、誰が時間を稼ぐのか。リゾラには頼れない、頼ってはならない。協力関係であっても、大きな借りを作っておきたくはない。


 アレウスとアベリアだけだ。そして前線で気張り続けるとなれば、アレウス一人だ。


「僕だけが、時間を稼ぐ……」

 他の誰でもない自分にしかできない使命がある。それはきっと死地に赴くに等しい使命だ。恐怖で怯えている場合ではない。諦めている場合ではない。

 己が行くしかないのだ。


――それでもお前は行くのだろう?

 心の中で、憧憬の中にしかもういないヴェラルドが語り掛けてくる。これもまた自身が握り締めている短剣のせいだろうか。

――力を託したのではない。ヒューマンの子供であっても生き抜いてほしいと願ったからだ。

「……違う、僕に呼び掛けているのはヴェラルドじゃなくて」

 一時的にノックスの手から離れ、アレウスの手元にある骨の短剣だ。そしてこの骨は、カッサシオン・ファングのもの。

――力を持つに相応しい人間など実はいないのだろう。だが、力に相応しい人間になろうと努力することはできる。

 右目に小さな痛みが走ったのち、左目と違って縦長に瞳孔が開く。

――父上が努力の果てに王となったのならば、お前もまた努力し続ければ得ることができる。王に相応しき力の果てを。


 こんなものは気のせいだ、ただの妄想だ。そのように言い切ることもできる。むしろそう言い切ってしまった方がいい。なぜなら妄想は現実とはならないからだ。

 なのにアレウスは今、その妄想が現実に成す強い自信を宿している。

「獣剣技!」

「“軽やか”!!」

 補佐するように重量軽減の魔法がかけられ、アレウスは貸し与えられた力と合わせて、一気に加速する。巨狼はあくまで技であり、その範疇から外には出ない。特に狼王刃についてはよく知っている。つまり、放たれた方向にだけ突き進む。これが他の技だったならここまで大それた動きは取れない。

――お前にたった一度切りの力を。


 右の短剣を下から上に、左の短剣を上から下に。両腕を突き出しながら垂直にそれぞれ振り抜く。

「“蛇王刃”!!」

「なに……?!」

 キングス・ファングが目を見開いて驚く。


 貸し与えられた力とアレウスが練り上げた気力、そして骨の短剣に導かれるままに放った二つの気力の刃は重なり合って絡み合い、大蛇となって奔る。狼王刃が織り成す巨狼からしてみればその大きさには歴然とした差がある。

 しかし、大きすぎればノックスたちが作り出した弱点は狙えない。まさにこの大蛇ほどの大きさでなければ、弱点に至る前に他の部位に接触して力が分散してしまう。

 だからこそ大蛇の咬合は巨狼の右前足の脇に至り、更に力は加速してその体内に潜り込むように突き進んでいき、やがて真逆から喰い破った。


 巨狼は突かれた一点と、貫かれた一点――二点から魔力と気力を噴き出し、形は崩れ、ほつれて消える。


「前王……いや、カッサシオンが持っていた獣剣技、か……なるほど、そうやって貴様はなにもかもを奪っていったということか」

「奪っただけなら、僕に力を貸してくれると思うか?」

 アレウスはキングス・ファングに確かめなければならないことがある。

「ロジックに寄生する者によって本当に操られているのか?」


 これほどに強く、更に強固な意志を持つキングス・ファングがロジックに寄生する者に易々と全てを許すとは思えないのだ。


「我が誰かに操られるように見えるか?」

「……リゾラ?」

「ヘイロンに聞き出すだけ聞き出して、あとはごうも――尋問が残っているんだけど、キングス・ファングへの寄生は失敗しているらしいわ。だから、キングス・ファングは望んで今の状況を作り出している」

「そんな……こと、本当に……ある、のか?」

 気力を使い切るほどに“削爪”を放って、ヘロヘロになっているノックスが訊ねる。

「『不退の月輪』ではなく、別の何者かの影響をあなたたちが受けていることを知っておきながら、それが己の力を高めることに繋がると思ったから泳がした。結果的にそれはキングス・ファングにとっては正解で、本来ならあなたたちの間だけで循環していた『不退の月輪』の貸し与えられる力を自身に巡らせることに成功したのよ」

「父上! なぜ父上はそうまでして力を追い求めるのですか! 群れを滅茶苦茶にしてまで王として在り続けることのどこに意味があると言うのですか!?」

 パルティータが叫ぶ。


「王とは全てに対しての象徴だ。王が強くなければ、あらゆる全てにナメられる。王が強ければあらゆる全てが(こうべ)を垂れる。全ての上に立つ者は、他の全ての上に立つ者に見くびられてはならんのだ。言葉だけで、思想だけで、感情だけでは全ては成せない。ゆえに、我が王である以上は力を持ち合わせていなければならんのだ」

「力で力を圧倒しようなど、群れが受け入れるわけがありません!」

「だが力を持たねば虐げられ、殺され続けるだけではないか!! 貴様たちはなぜそれに気付かない!? なぜ群れの繁栄を願わない!? 変化を求めない?! 変化と変容を続けなければいずれ全てが絶たれるのだぞ!?」

「でもそれは平和とは真逆ではないですか!」

「いいや、力がなければ平和はない! 力があるからこそ平和は保たれるのだ! だが、平和もまた力に変化がなければ保たれない! 変化を拒み、変容を嫌い、今のままでいいなどと語って未来を捨てて今だけを見据えれば、成長し切った群れは王と共に老いるのみなのだ」

 狼の王はアレウスを見やる。

「貴様たちが身勝手にも作り上げた国とて同様だ。人間だけではない、国もまた老いるのだ。それを打破するために、我は変容を求め続けるのみだ」


 変化には痛みを伴う。ハゥフルの小国でアレウスはその様を見た。


「言っていることは正しい。でも、誰にも理解されない変化が国の――群れのためになるわけがない。あなたはただ自分がしたいようにしているだけだ」

「そうではない」

 いや、そうなのだ。ハゥフルの女王――クニア・コロルの苦心を知っているからこそ断言できる。

「今更、『王』が恋しいか……キングス・ファング?」

 呟くように訊ねる。

「十年、いや二十年……いやもっとか? もっと若い頃に王に登り詰めることができていれば……そのように思えて仕方がないか?」

「ふ、ふふふヒューマン風情が、我の心に触れてくるとは」

「もっと己が武勇を振るえる頃にこの戦乱の時代が来ていればと思ってしまうか? 若さが恋しいか、キングス・ファング?」


「その通りだ。我が若く、今よりも力を持っていた頃に世界が乱れていれば、獣人はこの大地の全ての覇者となっていた」

「だけどそれは夢物語だ。どれほど願っても老いからは逃れられない」

「いいや、老いたからこそ気付くこともあった。老いたのであれば、失った力の分だけ他から力を借りればいいだけのこと」

 黒い魔力が爆ぜ、キングス・ファングは魔力の鎧を纏う。

「このように、な」

 漆黒に染め上げられた大剣を担ぎ直し、狼の王は威風堂々と立つ。

「我には力がある。ゆえに間に合う。全ては、まだここから始められるのだ」

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