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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
453/705

らしくないことをする

---


 変わらない。いつだって変わらない。

 知りたいと思えば奪われて、

 好きになれば死ぬ。


 不幸。

 どこまでも不幸。

 なにかを得ようと手を伸ばせば、いつもその手を払われる。


 神が嫌いだ。

 世界が嫌いだ。

 なにをやっても上手くいかない。

 空回りしているだけなら不幸になるのは自分だけだ。


 だが、死んだり殺されたりするのは自分だけの不幸の範疇を越えている。


 いつだって、当事者で、

 いつだって加害者に見られる。


 それぐらい、不運が積み重なる。


 積み重なって積み重なって積み重なって、


 大切な人は気付いたら周りのどこにもいなくなっている。


 薄幸ならまだいい。そこにはまだ“幸い”があるのだから。

 けれど自分は“災い”だ。

 幸福とは真逆の不幸の極致にいる。


 どうしてこんなことに、と思ってもどうしようもない。


 そういう生き方が運命付けられている。

 きっと前世で悪いことをしたからなのだろう。

 だから今世では前世の悪逆の支払いをしている。

 そのように思うしかない。


 思うしかないが、


 なにも全うする必要はない。


 自分が災いであるのなら、

 災いそのものは絶たれるべきだ。


 けれど、自分で自分を殺そうとすればきっと周囲の人も死ぬ。だからどうすれば自分だけが死ねるのか。

 なにをやったって誰かを巻き込む。


 でも、自分だって幸せになりたい

 これ以上、誰かの幸福の犠牲にはなりたくない。

 そして、誰かの幸福に災いを呼び寄せたくはない。


 だからどうか、

 どうか神様。

 最低最悪の神様。


 誰も巻き込まずに、むしろ自分だけが巻き込まれる形でいいから、


 自分という存在を終わらせてください。


 ああ。もしも生まれ変わることができるなら、


 次は動物みたいに生きたいな――。


 黒い魔力が周囲一帯に強い負荷を掛ける。『軽やか』とは真逆の力に逆らうようにアレウスは炎を巻き起こす。

 もはや技の名を叫んで、強く気力を込める必要もない。互いの気力と魔力を込めた飛刃は意識せずとも狼の顎へと模して突き進み、互いを喰い合うように相殺して消滅し、互いの剣戟はぶつかればぶつかるほどに高い金属音を奏で、帯びている魔力が爆ぜ、削れ、込め直し、再び爆ぜ、削れる。


 ひたすらそれの繰り返し。場所や姿勢は違えど、言葉を交わす余地もなく、ただただ刃と刃を重ね合うことを言葉の投げかけのように続ける。


 かつての恩師、ルーファスは言った。何度も刃を交えれば相手の感情を読み取れるようになると。

 戦うことの喜び、敵への怒り、喪ったことの哀しみ、強者との命を取り合う楽しさ。

 迷いや躊躇いは顕著に感じ取れていたが、ノックスとの止め処ない剣戟の打ち合いは、未熟なアレウスでもそういった喜怒哀楽を掴めるようになってくる。


 ノックスの刃には、あれだけ口にしていた強者との戦いへの喜びや楽しさよりも圧倒的に怒りや悲しみが強く表れている。それらを無造作に跳ね除けても跳ね除けても、彼女は刃にそれらの感情を載せてくる。

 『本性化』を果たしたノックスは柔軟性に富み、しなやかな肉体を駆使して驚くほどの速度を伴った綺麗な足運びで間合いを詰めてくる。もはやそれは『盗歩』に近く、アレウスがまばたきをするだけで、気付けば彼女は認識していた地点から移動してしまっている。なので気配だけで彼女の剣戟に付き合わなければならない。これについては先ほどと全く変わらない。


 変わらずとも、同じように捌き切れるわけでは決してない。同様の対処を取れば威力を増した剣戟は間違いなくアレウスを切り裂く。

 死があちらこちらにある。死線を潜り抜け、死地へと赴くことでしか味わえない肌のヒリ付き。全身の毛が逆立つように鳥肌が立ち、炎を巻き起こしているのに背筋は凍る。心臓は死が間際に迫れば迫るほどに鼓動を速め、なんとか遠ざければ静まっていく。


 身を回転させながら前方を薙ぎ払う。それに伴う炎の嵐を真正面でノックスは受けつつ、自身の魔力で地面へと押し付けて消し去る。続いてその力場が地面から展開してアレウスの足を捉える。途端に体に掛かる負荷が強まり、逃れようとするも彼女は自身が展開した力場を物もせずに接近し、アレウスの胸部を鋭く裂いた。


 迸る鮮血を視界に収めつつも、冷静に炎で焼いて止血し、続いて痛みに悶絶しながらも力場を押し退けて炎を噴き出させ、ノックスの右腕に強く短剣を突き立て、すぐさま引き抜く。

 黒い魔力が右腕を包み、アレウスの炎と同様に傷を塞ぐ。


 終わらない。どれほどに刃を重ねても、どれほどに互いを傷付け合っても魔力が尽きるまでこの戦いは続く。それはつまり、どちらかが死ぬまで続くことを意味する。彼女の刃から読み取れる感情が悦楽や快楽に満ちているならアレウスはそれに怒りをただぶつけるだけでいい。しかし、そうではない。


「ノックス!」

 全力を出してから初めて彼女の名を呼ぶ。

「君だって僕と戦いたくないんじゃないのか?!」

「うるさい……! うるさい! うるさいんだよ!! ずっと、ずっと、ずっと!! お前は!!」


 空間を断った先で戦っているアベリアとセレナを見る。ノックスが『本性化』してから、アベリアも全力を出しているらしく、炎の魔法は空間を覆い尽くすほどに至り、セレナは『闇』を渡りながら肉薄している。炎の障壁で対応できているが、セレナの打撃格闘術は魔法の一切合切を無視している。叩けば炎は弾け、火球は砕け散る。特別な移動方法も持っている以上、全力で渡り合ってもセレナに僅かばかり分がある。しかし、その状況であってもアベリアの魔法の一つ一つには迷いも躊躇いもない。どこかに勝算があるのか、それとも『原初の劫火』の浸食を受けて、戦いに喜びを感じ始めているのか。


 どちらにしても、アベリアたちの勝敗が決する前にアレウスはノックスを止める必要性が出ている。『原初の劫火』をセレナが物ともしない戦いを続けるのなら、終わりのない戦いを続けてしまえばこちらの戦いよりもあちらの戦いの方が先に決してしまうからだ。


「アレウス」

「今は話せる状況じゃない!」

 結界とも言うべき空間を維持しているリゾラが暢気に声を掛けて来る。いや、本当に暢気なのかどうかは定かではない。顔には出していないが結界の維持には多大な魔力と集中力を要しているはずだ。それで暢気でいられるはずがないのだから。

「あなたの右腕に賭けてみたら?」

「右腕? いや、僕の右腕は、」

 会話の途中で狼の下顎を模した飛刃が放たれる。炎の障壁と、同時にアレウスも気力を込めた飛刃を放ち、狼の下顎を模した飛刃同士が間合いの中央で炸裂し合い、消失する。


「ワタシと戦っているのに、女と話すとは良い度胸だな!」


「その右腕、多分だけど魔物由来じゃない。『オーガの右腕』なんかじゃない」

「なんでそんなことが分か、」

 ノックスが激しく詰め寄り、信じられないほどに暴れ回る剣戟と左手の爪撃を捌き切る。今ので集中力が途切れそうになるのだが、途切れればアレウスの心臓は貫かれ、首は刎ねられる。それぐらい余裕がない。常に死のイメージを押し付けられている。これに対抗するには同じようにノックスに死のイメージを押し付けるしかない。

 攻勢と防戦。これが入れ替わり続ける。ちょっとの隙が、攻防を交代させるキッカケとなる。

「ワタシを見ろ! ワタシの声だけを聞け!」


「……右腕でロジックを開こうとして失敗しているんだ」

「でも、そのときは『オーガの右腕』だとあなたが思っていたから。あなた自身はその右腕を使って、沢山の魔物と戦ってきた。でも、考えてみてよ? 今の今までどうしてそれを『オーガの右腕』だと思っていたの?」

 それはアベリアにロジックを開いてもらい、アーティファクトとして『オーガの右腕』として書き込まれていたからだ。それに、アレウスは異界で実際にオーガの右腕を喰っている。

「自覚の誤認だとしたら?」

「誤認?」

「オーガだと思っていたのが、オーガじゃなかったとしたら?」

「そんなことあるわけ、っ!」

「ワタシだけと話せと言っている!!」


「私の肌感覚でしか言えないけど、それは魔物由来じゃない。だって、あなたが持つアーティファクトはどれも全て人間由来でしょ?」

 『エルフの左耳』、『蛇の目』、『オーガの右腕』。『蛇の目』はカッサシオン・ファングの目であるため、魔物由来でないことが判明した。そしてクラリエの血を飲むことで『勇者の血』が発現し、魔力を溜め込むことのできる器を得た。

 アレウスが保有できるアーティファクトにもしも魔物由来のものがないとするならば、この右腕は一体なんなのか。


 そして、なぜリゾラはそこまでアレウスのアーティファクトを知っているのか。彼女とはシンギングリンで世間話をしただけでロジックの中身については話していない。ならば彼女はどこかでアレウスのロジックを調べることができたのだ。

 アベリアにしかアレウスのロジックは開けない。調べられるとすれば、シンギングリンのギルドにある書類だけになる。しかし、そのギルドもリブラの異界に取り込まれ、一年間はこの世界に存在していなかった。そしてシンギングリンを取り戻して以降、ギルドに残されていた数多の書類はリスティが部下を連れて全て回収した。


 リゾラがアレウスのロジックについて調べるにはそれこそ異界に赴き、閲覧するしかない。そうなれば、自ずと答えが見えてくる。

 即ち、死んだヘイロンのフリをしてアレウスに『接続』の魔法で脳内に語りかけ続けてきた者の正体は――。


「他の女のことなど考えるな!!」

 気迫の込められた咆哮は衝撃波となってアレウスを吹き飛ばす。

 激昂している。リゾラと会話することがどうしてこんなにもノックスの逆鱗に触れるような行いとなるのか。


 そんなことは、誰に言われずとも分かる。しかしそんな素振りを今までノックスが見せてきたことはない――はずだ。言い切れないのは種族の違いがあるからではない。アレウスがその手の話を遠ざけ、可能な限り思考の外に追いやることで誤魔化してきたからだ。決して素振りの一つも思い出せないわけではない。決して、彼女の言葉の全てが聞き取れていなかったわけではない。


 だが、そのように考えて行動を起こすのは自分らしくないのだ。


 気を惹いてもらいたいから優しくしたことはない。そんなことをすれば自分は優しさの対価を求めてしまう。誰でもできる優しい行為に、誰でもできること以上の対価を求めてしまう。そうしないように努力してきた。


 こんなことを考えている場合ではない。ノックスの激昂の答えを導き出す前に、この右腕の答えを見出すのが先決だ。

「僕はなにを食べたんだ?」

 ノックスの放つ力場から離れつつ、時に跳躍、時に伏せて、時に疾走して思考する時間を稼ぐ。


 鬼のような見た目をした死体に手を出した。そこまでは憶えている。だが、本当に鬼の死体を食べたのだろうか。

 なにか記憶違いを、なにか忘れている。あの日々は強烈なトラウマであるからこそ、犯した罪に苦しまないように自分自身の記憶に鍵をかけている。

「やはりお前は妹を助けてくれたその日に殺しておくべきだった」

「そんなこと!」

「殺しておかなければ! ワタシがこんなに苛立つこともなかった!!」

 力場が起こすアレウスへの体への負荷はさながらノックスが抱く感情の重みだ。重すぎて重すぎて抱え切れない物を吐き出して他人に押し付けているように感じる。

「ちゃんと思い出して、アレウス。私が魔物由来じゃないって言えば絶対に魔物由来じゃない」

 どんな自信をリゾラは抱いているのか知らないが、そこまで言い切るのなら記憶の海をさらうしかない。しかし、さらってもさらってもなんにも思い出せはしないのだ。


「ワタシが探していたものが、もう既にお前の手にあったなんてあのときは思わなかったのだから!!」


 探していたもの。

「母親の遺骨……っ!」

 呟いた直後、霞んだ記憶の端々から鮮明な、或いは鮮血の記憶が呼び起こされる。

「僕が……僕の、右腕は……!」

 ノックスが母親の遺骨を探していた理由はカッサシオンの遺骨のように短剣のように仕上げて用いるためと考えていたが、もしそうでないとするならばアレウスの仮説は仮説ではなくなる。

 ランページとして母親が甦るのを防ぐためだろう。甦ると彼女にとっての不都合が生じる、もしくは甦ってほしくない。それらが愛情だとか情念だとか、感情云々の話ではないのだとすれば。


 力場にハマったアレウスにノックスが迫る。動けないが、ここに全てを注げば動けるようになる。

 これは賭けだ。勝てば止められる。負ければ終わりのない戦いがアレウスに圧倒的不利な状況から再開される。


 全ての魔力を解放するかのような最大火力の炎を体中から放ち、力場から逃れてノックスの裏を取る。激昂している彼女にとって、この裏取りは難しくない。なにより裏を取られたところでアレウスに決定打はない。ここで短剣を振るったところで彼女は凄まじい反射神経で翻りながら防ぎに来る。ロジックだって開けないことは以前に確認が取れている。そして、直前で魔力を出し切ったアレウスにはもはや反撃の手立てはない。

 打つ手がなくなったアレウスに餞別代わりに裏を取らせた。それは彼女が語っていたことにまさしく合致する。“より強者を追い詰めて、いたぶりたい”という気持ちが自身の背後を取らせる油断へと変貌したのだ。


「“開け”」

「お前じゃワタシのロジックは――」

 右手でうなじから少し離れた空中をなぞる。自信あり気にアレウスの行動を馬鹿にしていたノックスが声を発しなくなり、立ったまま意識が落ちる。開かれるはずのなかったロジックが開かれ、中から『呪い』とも呼ぶべき大量の魔力が溢れ出し、周囲に力場を発生させてアレウスの体に負荷を掛ける。


「逃がさない!!」

 リゾラの片手が鋭く空を切り、目にも止まらない速さで魔力の塊が飛んでノックスの体から離れた“なにか”を捕縛する。

「姿を見せなさい」

 捕縛した“なにか”に彼女が告げた頃、ノックスのロジックがアレウスの手によって開かれたことでセレナが動きを止めた。


「“開け”」

 そのほんの僅かの隙に滑り込み、アベリアもまたセレナのロジックを開く。セレナは崩れ落ちるかに見えたが膝立ちとなり、そこで意識が落ちる。ロジックを開いたアベリアにやはりアレウスと同じように『呪い』が生み出す力場によって負荷が掛かる。


「ワタシをどうするつもりだ?」

 捕縛された者が景色から現れ出でて呟く。

「…………ノックス?」

 アレウスが首を傾げた直後、意識が落ちていたはずのノックスが目を見開き、一気に距離を取る。


 ロジックがから出てきた者、そして先ほどまでロジックを開いていた者。そのどちらもノックスの姿を取っている。

「騙されちゃ駄目。どっちかは私が追い掛けている存在」

 ヘイロン・カスピアーナ。シンギングリンにいた担当者と同じ名を持ちながらも、決して同じ性格をしていない人物。

「追い詰められたから同じ格好をしているの」

「僕がロジックを開いたのに、なんでノックスはまた動けているんだ?」

「あなたがまだ自分のアーティファクトに絶対の自信を持っていないからと、あとはやっぱり『呪い』っていう概念でもあるからとしか言いようがないわ。目を覚ます前の半覚醒状態って言えば分かる? 今の彼女は半分寝ていて半分夢を見ている。だから現実か夢かの区別は付いてない」


「「ワタシを殺すのか、アレウス?」」

 二人のノックスが同時に、示し合わせたかのように声を揃えて言い放つ。

「僕には見分けが付かない」

「私にも無理よ。捕縛した方が偽者だと言いたいけど、体を操られていたからロジックから飛び出してきたのが本人かもしれない。だからロジックに干渉されている途中でも偽者は半覚醒状態で動けているのかもしれない」

「無理って、魔力の形でどうにかならないのか?」

「長い間、潜んでいたんでしょうね。なにからなにまで全部、そっくりそのまま。私はノクターン・ファングという獣人の姫君をここでしか見たことがない。長く観察していればすぐに見分けられたかもしれないけど、そんな時間はなかった。だから、些細な違いはあってもそれが偽者と断定できる証拠としてあなたに提示することは不可能なの」

 だから、とリゾラは続ける。

「あなたが本物だと思う方を選んで、偽者を切るしかない。結界を解いたら絶対にそいつは逃げてしまう。解かずに捕まえたい」

「セレナの方に潜んでいる場合は?」

「あっちは開いても中からなんにも出てきていないわ」

 甘えたことを言ったのは、どうにかして自分にのしかかる責任を押し付けたいという思いがあったのだろう。


 深呼吸し、まだなんとか残っている魔力を炎にして力場から自身を守る傘にして脱出する。

「……ワタシが本物だ」

「いや、ワタシが本物だ」

「騙されないでほしい」

「嘘に惑わされないでくれ」

 二人のノックスはそれぞれアレウスに投げかけてくる。

「ワタシを切れ。ワタシは……ワタシは、もう群れにはいられない」

「いいやワタシだ。ワタシを殺してくれ」

 殺してほしいと言ってくる。それは実にノックスらしい。彼女は群れを滅茶苦茶にした責任を感じている。自身のロジックに寄生した存在に全責任があっても、それを言い訳にする気はないのだ。


 そう、ノックスらしい方を切らなければいい。見分けることは難しいと思っていたが、実は意外と簡単なのかもしれない。

 なにせアレウスらしくないことをすれば、ただそれだけでどちらがノックスかは分かるのだから。

 しかし、これはあまりにも露骨である。露骨だからこそ極端な反応を見ることができるのだが。


「僕に抱かれたいか?」


 しばしの静寂。その後ろ――リゾラが口から音の出る息を発し、ゲラゲラと笑う。


「なにを言っているんだお前は」

「な、ななな、にを! 抱かれたいわけがあるかぁ!!」


 素早くアレウスはリゾラが捕縛している方――動揺し、大声を発し戸惑うノックスの喉元に短剣を突き立てる。

「どうし……て」

「さすが偽者。カーネリアンとのやり取りの中で学んだことでしか表現ができなかったな」


 ノックスはアレウスにそんな素振りを見せてはこなかった。見せていたのかもしれないが、アレウスはそれらを意識の外に向け続けていた。それを知っているノックスが今更、「抱かれたいか?」と訊ねてそんな反応は示さない。

 たとえカーネリアンとのやり取りで驚くほどの動揺を見せていても、この事態を招いた全責任を感じているノックスがアレウスの突然の“求愛”に悶えるような反応を示すことはない。そんな余裕は彼女の中には無いのだから。

 だから両極端な反応になった。そしてこの選択をアレウスは間違えていないと強く自信を持っている。


「ク……ソ」

 アレウスが短剣を突き立てた方のノックスの顔がグニャリと崩れていく。

「捕縛の魔法を解かなくて正解だったわ、ヘイロン・カスピアーナ」

 リゾラが結界を解き、風の魔法で加速する。そのまま風の魔法を応用させてアレウスを吹き飛ばす。

「ありがとう。協力感謝するわ。あとはまぁ、こっちでどうにかするから」

 捕縛の魔法が空を掴んだかのように緩んだのを見て、リゾラがある地点を強く睨み付ける。

「逃がさないわよ?」

 いつの間にやら景色に溶け込み切っていた存在を睨んだだけで動けなくし、リゾラが再度近寄る。

「あなたみたいな他人のロジックの中でしか生きられない寄生虫を捕まえる方法を私はもう持っている」

「ふ、ふ、ふふふふははははっ。アタイを捕まえてどうしようって言うんだい?」

「強がりはよして、ヘイロン。これからあなたから色んなことを聞かなきゃならない」

 リゾラが自信を中心に風の渦を作り出す。

「この事態が落ち着くまで協力するけど、ちょっとだけ時間をもらうわ。これは個人の問題だから個人的に解決するわ」

 むしろ、介入してくるなという意思表示として風の渦を作っている。入り込めばズタズタに引き裂かれるのは見れば分かる。

「ゆっくり二人切りで話し合いましょう? ねぇ、ヘイロン?」

 風の渦が球体を成して、彼方へと飛んでいく。


「……『蜜眼』?」

 その飛ぶ直前にリゾラの瞳にあったのは、いつかに見た『魔眼』であったような気がしたのだが確証は得られなかった。


「ワタシを殺してくれ」

「殺すわけないだろ」

「殺してくれよ! ワタシは、ワタシは……!」

「じゃぁまだ殺さない。君の命は僕が預かる。そしてセレナの命はアベリアが預かる」

「……全てが終わってから、全責任を被ってワタシが死ねば……少しはマシか」

「次、似たようなことを言ったら怒るぞ。そんな理由で僕は君たちを生かさない」

 ノックスの手の甲に手を乗せる。

「なんとかする。そのためにみんなが動いてくれている」

「……あ、ぅ、ぐ」

 嗚咽、そして滲み出る涙をノックスはすぐに拭い去る。 

「分かった、父上のところに行こう」

 そしていつも通りの声音を発する。

「でも、次にあんなこと言ったら許さないからな」


 ただし、付け足された言葉に込められた感情はいつも通りではなかった。それでも彼女はとても安心したらしく、眠るように意識を落としていった。開いたままのロジックをアレウスは優しく閉じ、同じくセレナのロジックを閉じたアベリアと共に、二人の完全な目覚めを待つ。

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