鳥と蛇
-少し前-
「我の生き様は我が決める。我の死に様もまた、我が決める」
シュランゲがカーネリアンを追いかけながら語る。
「生き様を語れるのは己自身のみだ。だというのに我の生き様を全く別の他人が語る。誇張して、或いは嘯いて。そのような生き方などした覚えはないというのに」
獣人とランページの戦いにシュランゲを混じらせるわけにはいかない。カーネリアンはシュランゲと対峙して即座に羽ばたいて、戦いつつも可能な限り争いの彼方へとシュランゲを遠ざけようと試みた。
しかしながら、この蛇の王は凄まじいまでの気迫を持っており、加えて信じられないほどの脚力も有している。そしてカーネリアンというガルダの飛行に、獣人特有の目でもって対応される。距離を置くことはできても、詰める際に翼を用いても効果があまりない。それどころか滑空する方向を先読みされるだけでなく先んじて攻撃されてしまう。移動する方向にシャムシールの剣戟がさながら“置かれている”ような感覚だ。
獣人はガルダの捕捉を簡単に行う。種族相性、もしくは有利不利と呼ばれるものが本当にあるというのなら、カーネリアンは今まさにそれを味わっていることになる。そんなものはハッタリだと思ったことはないが、どんなに獣人がガルダを追う目が優れていようと、それを越える剣術と飛行能力を見せさせすれば圧倒できるという自惚れはあったかもしれない。
恐らく、そこらにいる獣人ならばカーネリアンを追うことはできないはずだ。しかしながら過去の王、そして現在の王とそれに連なる血筋の者たちにまでそれが通用することはない。シュランゲとの距離感のやり取りで彼女はそのことを痛感している。
「逃げた先に貴様の生き様はないと申していたが、こうして我を群れから遠ざけることは、貴様にとっての逃げではないのか?」
「余計な横槍が入らないようにするためだ。私と貴様が本気で戦えば、周囲を必ず巻き込む」
「周囲に気遣いを見せるも強者の特権。だが、」
着地したカーネリアンにシュランゲが迫る。
「共感はしても理解はせん」
そのまま剣戟を放つ。そう思ってカーネリアンは刀で受け流そうと身構えるが、シュランゲは一連の流れの中ですぐさま別の殺気を感じ取って、カーネリアンの背後で構えていたエキナシアを切り払う。
「奇妙な気配ではあるが、追えんわけではない」
エキナシアを切り払ったところをカーネリアンはすぐさま斬撃を繰り出すが、シュランゲは片方のシャムシールで斬撃を目視しないままにこれを防ぎ、更に彼女を捉えることなく続けざまに振るわれる斬撃の数々を全て凌ぎ切る。
シュランゲはエキナシアの厄介さを直感で理解している。そう考えた方がいいのだろう。でなければわざわざカーネリアンに詰め寄りながらも、その背後に備えていたエキナシアを優先的に襲う理由がない。しかし、エキナシアは機械人形であり、ただの剣戟で切り払ったところで死にはしない上にどのような形で切り捨てられようと必ず元の形へと戻るようにできている。
襲ったのは、カーネリアンが注意を惹き付けていたせいだろうか。もしかしたら露骨だったかもしれない。カーネリアンとしてはシュランゲの注意を惹き付けて、エキナシアに陰から攻撃してもらう算段だった。群れからこれだけ離れ切ったのだ。その距離を考えれば、誰も追ってはこられない。ここには二人しかいないと判断し、甘くも攻めてきてくれるだろうと踏んだ。
現に攻めかかってきたのだから、これはいい。だが問題は、通常なら思考の外に置くであろうエキナシアに気付けたことと、物質に過ぎない機械人形の気配を感知した点。特に感知については想定外だ。この蛇の王はカーネリアンが知るヒューマン以上の技能を持っている。
「一騎討ちの決闘を好むと聞いているが、その手の輩を連れていて、果たして一騎討ちと呼べるのか?」
「エキナシアは私が幼い頃から精神修行として連れている。いわば一心同体だ。私の力が肉体から離れ、分裂していると考えてはくれないか?」
「なるほどな、物は言いようではあるが理解はしよう。我もその手の輩とは何度か剣を交えたことがある。だが、それは本当に精神修行に必要な物であったか?」
問い掛けながらシュランゲは真正面からカーネリアンに迫ってくる。エキナシアが動けるようになるのにはまだ時間が掛かる。カーネリアンは刀で応戦し、左右からの容赦ない剣戟を正確に見極め、回避も交えて均衡を保つ。
「我から見れば、それは破滅を示している。いずれ貴様の精神が弱ったとき、その物体は貴様を力ごと呑み込むだろう。非常に危ういことを修行と称することについて、我は理解したくはない。そうやって強くなっても、破滅が待っていては無駄ではないか。そんな力など、あったところで無意味ではないか」
安い挑発ではあったが、ノックスと交わした会話よりも胸の奥で小さな熱を帯びた。
理解されるされないはその時々のことである。それ自体は自身に対する評価でしかない。しかしながら、蛇の王はガルダが続けてきている儀式、風習、生き方を否定してきたのだ。自身ではなく、自身を取り巻く種族の否定。それがカーネリアンの胸中で、段々と熱量を増していき途轍もない憤りへと変貌していく
「『天炎華』」
省略しつつもカーネリアンは早くも『悪酒』の一端を見せる。刀には彼女の怒りに等しいほどの激しい炎が宿り、攻勢を強めていたシュランゲを抑え、逆に反撃とばかりに何度も何度も刀を振るい、蛇の王を一気に後退させた。
「ふっ、まだまだ青い。一族の誇りを突付いてみれば、そのようにすぐ熱くなる」
シュランゲは自身の片腕に未だ残るカーネリアンが放った炎を腕を振って消し去り、またも挑発する。
「貴様は勘違いしている。一族の誇り云々ではない。そのような言葉を浴びせれば全てのガルダが怒りを見せるわけではない」
「ではなぜ、貴様は憤っている?」
「私が怒りたいから怒っている。それだけだ」
それだけだ、と言い放ってからの距離の詰め方はなによりも速く、そして繰り出される斬撃は一瞬を切り抜くかのように鋭い閃きを宿す。
「理解しよう。だが、勘違いなどではない。現に貴様は怒らせることができた」
この瞬撃をシュランゲは信じられないほどに体を捩じることでかわした。まさに蛇の体だからこそできる体勢。どんなに柔軟な獣人ですら達成困難な姿勢であったためにカーネリアンはそのあまりに異様な避け方、そして立ち方に薄気味悪さを感じて追撃できなかった。
「だったら、我の目論見は達成できている」
捻じ曲がった肉体――その異様な姿勢のまま両腕に握る左右のシャムシールを振るい、カーネリアンを刀ごと弾き飛ばす。その過程でシュランゲは姿勢を元に戻す。更に両腕両足も奇妙なまでに捻じ曲げてみせ、自身の可動範囲を確かめている。
蛇は頭部以外は背骨だけでできている。全ての蛇型の獣人がそうであるかは分からないが、シュランゲに関しては関節と呼ばれる部分がないのかもしれない。関節のように見えているのは、間接のようにあの蛇の王が偽装しているだけ。そのように捉えなければ、あそこまで極端に肉体は曲がらない。
もしくは、甦った肉体であるがために関節など関係なく曲げ伸ばしできるのか。なんにせよ、カーネリアンは言いようのない不快感を抱く。数え切れないほどの醜悪な魔物を見てきたが、それよりも人間が得体の知れない格好を取ることの方が、生理的嫌悪感が強い。
「秘剣、“芒月”」
刀の切っ先で円を描き、カーネリアンの背後を覆う程度の模倣の月となる。『悪酒』の影響もあって月は欠けていくのではなく、火によって焦がされ、端から少しずつ灰となって消えていく。
「強化系の剣技か」
カーネリアンから発せられる覇気の変化を感じ取ったシュランゲはすぐさま彼女の用いた秘剣の効果を看破する。
生粋の武人であるがゆえに、秘剣であっても即座に看破されてしまう。
全てを看破される前に仕留める。シュランゲとの戦いにおけるカーネリアンの勝利はそこにしかなく、極めて迅速な短期決戦が求められる。
だからこその一時的に肉体を強化する『芒月』である。現状、筋力においてシュランゲには押し負けている。拮抗させるためにも、まずそこを補わなければならない。
速度はまだ勝っている。飛行と疾走、その両方を用いてシュランゲを翻弄する。その間にも刀を軽く振って周囲に火を放ち、シュランゲの回避する方向を制限していく。
「どれだけ速くとも、我の目は欺けん」
翻弄できているつもりだったが、距離を詰め切ったときにはシュランゲと真正面から立ち向かう構図になっていた。どれだけのフェイントを織り交ぜても、シュランゲは必ず正面に立っている。仕方なく切り掛かるが、軽くあしらわれてしまう。それどころかシャムシールによる連続的な剣戟がカーネリアンが接近のために用いた速度という速度を奪い、逆にシュランゲが勢いを増していく。
「芒月を使っても、まだ足りないのか」
この筋力を抑えるために芒月で肉体を強化した。だというのに蛇の王の筋力にはまるで及ばない。確かに拮抗には近いものになったが、それでもまだ押されているのだ。体躯や筋肉量の差はあっても立ち回りや技巧でいくらでもやりようはあるはずなのだが、常識的に考えた上で放つ斬撃を非常識なまでに折れ曲がった姿勢で避けられるため、カーネリアンが培ってきた剣術の全てが思い通りにシュランゲの肉体を切り裂かない。
「獣剣技、」
独特の構えに入られてしまった。カーネリアンは飛び退く。
「“削爪”」
シュランゲは左腕を右腕へと寄せ、右上から左下に同時にシャムシールを振り抜いた。二重の剣戟が生み出す大きく強力な飛刃が、距離を取ったカーネリアンへと奔る。
「秘剣、“松鶴”」
その場で刀を真下から真上に切り上げることで生じる刃が縦にのびやかに伸び、“削爪”と激突する。込められた気力、そして魔力においてはシュランゲを上回っている。しかし、“削爪”の一本は“松鶴”と相殺できたが、もう一本を止め切れない。それでも回避する時間は得られた。そして追尾するような魔力が込められていないため、避けるのは難しくない。
「っ!?」
避けたはいいが、体に掛かっていた強化の力が失われていくのを感じる。肩を見るように首を曲げ、横目で背中の方を見ると“芒月”の大半が火によって燃え尽きている。三日月よりも細く、効果が切れるのはもはや時間の問題だ。
「奪われたのか?!」
「奪うのではない。“削爪”は相手が持つ力を削り取る。どれだけ力を蓄えようとも、この剣技の一端を受けてしまえばその多くを失う。剣技とは呼ばれるが、用いる武器は爪や牙でも構わない。獣人の多くが基礎として習得している技だ」
記憶に間違いがなければ、ノックスは爪でシュランゲが用いた技を放っていた。あのとき、ランページが纏っていた黒い魔力が剥げ落ちたのは単純な彼女の放った技の威力によるものではなく、技が持つ力そのものが引き起こしたものだった。
一度見ている技であったはずなのに、その技がなにを成すものか。そこまで思考を働かせなかった。
状況が暗転する。飛び退いてからの反撃にカーネリアンは動いていた。しかし、この接近は一瞬にして危険な行為へと変貌してしまった。“芒月”の助力を考慮しての接近だ。それの大半が失われているのなら――
シュランゲの剣戟を防ぐことはできても、逃れられない。
「くっ……!」
「『悪酒』の一端のみで、我を圧倒できると思ったか?」
シュランゲの声音に焦りはなく熱量もない。余裕があり冷静さが残っている。逆にカーネリアンは迫りくる剣戟を捌いているだけでも余裕がない。
「獣剣技」
間近で撃たれてはならない。本能的に察し、その本能を体現するかのように復活したエキナシアが両腕を刃に変えてシュランゲに飛び掛かる。意識が一瞬だけ外れた。その一瞬のおかげで距離は開いた。
だが、シュランゲはエキナシアの刃を避けながらも両手のシャムシールの構えは崩さない。
「蛇王刃!!」
エキナシアを足で蹴り飛ばし、右のシャムシールは垂直に真下へ、左のシャムシールは垂直に真上へと振り抜く。気力の込められた二つの飛刃は放たれた直後からその形を変容させ、蛇の上顎と下顎を模し、大きく口を開いて迫ってくる。
「合剣ではなく、単独で……!?」
狼王刃は見ている。この獣剣技はキングス・シュランゲが王であることを示すための刃。獣人の血筋ごとに至る剣技の終着点。
アレウスのは見たことがある。しかし、放つためには二つの剣技を合わせていた。だからこそ放つまでに時間が掛かり、避けられやすい。ノックスとの合剣も見た。二人で片方の技を受け持つことで放つ速度を上げ、更に互いの力を片方の技に集約できるために威力が増す。
だとしても、それらは全て『合剣』することで成立していた。シュランゲはただ一人――たった一人で、それも溜めこそあったが放つまでの時間には一切の猶予はカーネリアンに与えられなかった。
「聞こし召せ!!」
蹴り飛ばされたエキナシアを構成する複数のパーツが外れて刀と組み合わさり、極限の力を宿す。
「“『天』の『炎』に!!」
蛇の両顎を模した刃は、もはやカーネリアンを咬合せしめんとする。
「“『乱』れる『華』よ”!!」
刀から薙刀へと変形した己の得物に全身全霊を込めて蛇の口内――刃の中心へと刺突を放つ。荒ぶる炎の魔力がただひたすらに突き抜けて、カーネリアンを咬合する直前に、シュランゲの蛇王刃は雲散霧消する。
「見事」
己の力を打ち破ったことをシュランゲは評価し、カーネリアンの勘違いかもしれないが口元を喜びにヒクつかせた。
「理解できん力とはいえ、よくぞ我の技を打ち破った」
『悪酒』を完全に解放した以上、エキナシアと連携してシュランゲを仕留めるという当初の作戦は変えなければならない。もっと自身が上手く立ち回れていたならばエキナシアが蛇の王の隙を突くことができただろう。そのように反省しつつも、気を改める。
まだ連携ができないわけではない。機械人形としての力のほとんどがカーネリアンの持つ薙刀に与えられているとはいえ、その素体は未だ意識を持ち、自身の求めに応じ、そしてエキナシアの意思で動くことができる。ただし、その動きの全てがシュランゲには読み取られてしまう。露骨な拘束の動きは通用しない。『悪魔の心臓』との契約がある限り、機械人形は修復を果たすが、その修復の時間を無駄に増やすだけだ。
むしろ、攻めあぐねさせる方がいいだろう。修復している間はエキナシアを意識の外にシュランゲは置くことができてしまう。だったらカーネリアンとエキナシアの両方に意識を割かなければならない状況を維持していた方がまだ勝機がある。
「『天炎乱華』」
唱え、薙刀で地面を軽く叩く。カーネリアンとシュランゲを円で囲うように十三本の火柱が上がり、辺り一帯の温度が炎の熱で上がる。
「この炎はいつまで続く?」
「貴様が干からびるまで」
そう告げて、大きく薙刀を後ろに引く。
「秘剣」
「獣剣技」
「“萩猪”!」
「“蛇追いの鎗”」
薙刀を突き出して放つ気力が猪を模して駆け抜け、それを正面から蛇行しながらも鎗のごとく突き抜けるシュランゲの気力と真正面から激突する。
「この場を制圧しているのは私!」
猪を模した気力に炎が宿る。
「カーネリアン・エーデルシュタインだ!!」
刺突によって生み出された気力の蛇を打ち破り、炎の猪がシュランゲに激突し、その身を焼き払う。
「付加価値……いや、付与された力によって我を上回るか」
自身の身を焦がす炎を振り払いつつシュランゲは肉薄してきたカーネリアンの薙刀を受け止め、弾く。
「焦がせたのは未だ皮膚だけだが、直に骨の髄まで焦がし切ってみせよう」
「その気迫は無用だ」
ペリペリと炎に黒く焦がされたシュランゲの皮が剥がれ落ちていく。しかし、その下には焦がされる前と変わらない新たな皮膚が見えた。
黒焦げになった皮膚を無用と判断したシュランゲは新陳代謝を活性化させ、脱皮を促した。
「皮で貴様の炎が止められると分かった。とはいえ、次はこちらが打ち破ってやろう」
絶望ほどではないが、一種の諦観がカーネリアンの思考を乱す。
シュランゲは黒い魔力を纏っている。その黒い魔力は考えずとも『不退の月輪』によるものだと行き着く。そしてこの蛇の王は体のどこかから常に黒い魔力を供給し、自らの物としている。その供給源を断てば恐らくだが亡骸に還る。
しかし、黒い魔力が『不退の月輪』と繋がっているとすればその魔力量は場合によっては無尽蔵。先ほどの脱皮は生前であればそう何度も行えるものではないはずで、繰り返し焼き続ければいずれは再生不可能になる。
しかし、キングス・シュランゲは既に死人であって、生者ではない。黒い魔力によって甦った肉体は当然のことながら黒い魔力によって再生される。
どれだけ脱皮を繰り返させても、黒い魔力がある限り蛇の王に限界はない。永遠に脱皮し、永遠に再生を続ける。なのにカーネリアンの『天炎乱華』は常々に自身の魔力と気力を消費し続ける。だからこその短期決戦を前提として戦ってきた。
だが、焼いても焼いてもシュランゲが再生を繰り返すのなら、もはや短期決戦の目は薄い。それを望んでも蛇の王はそれを望まない。ただただ耐え忍ぶだけでいいのだ。それだけでカーネリアンは力尽きる。
「……蛇は、熱を感知する機能があったんだったな?」
アレウスの『蛇の目』は熱源感知の役割を担っている。実際に蛇の目にはそのような機能はないのだが彼のアーティファクトにはその機能が内包されている。
「ならば!」
薙刀を手元で回し、呼応するように辺り一帯の熱量が更に増す。
「この場を熱で満たし、貴様の感覚を狂わせる!」
「……愚かな」
シュランゲは呟く。
「此度の戦場には雨が降っているのだぞ? どれだけ炎を荒ぶらせたところで、雨がその炎を弱らせる」
「だったら! 雨すらも蒸発させる熱量をここに生み出すまで!!」
炎は揺らめき、揺らめき、揺らめいて、辺りに灼熱の世界を生み出していく。
「……なるほど、共に死にたいと申すか」
求められるのはシュランゲを獣人の群れに通さないこと。命を捨ててでも、ここで押し留めること。もし押し留めることができずとも、回復に時間を掛けなければならない状態にすること。
炎は通じない。秘剣も、力を削り取る獣剣技によってほぼ阻まれると考えていい。だからこそ、この場に全ての熱を集めて、渇きによって場を制圧し切る。言った通り「干からびる」までカーネリアンは力の放出を続ける。
「しかし、心中を理解することはできん」
シャムシールを巧みに操り、踊るように振るいながらシュランゲはカーネリアンに迫る。
「我には分かるぞ。貴様は心中する選択をする柄ではない。ではなぜ、その選択を取ったか」
集中を阻むように剣戟が飛び、カーネリアンは薙刀で対応する。
「どんな手を使ってでも我を阻む。貴様、心中すると同時に『悪魔の心臓』に契約通りにその肉体を明け渡す気だな? そして、復活を果たした『悪魔』に我の進軍を阻ませようとしている」
深読みが過ぎるが、大まかには合っている。無理やりにでも秘剣を放つことで蛇の王に隙を作らせる。そこに渾身の“菊盃”を撃ち込む。それがカーネリアンの取ることのできる最善策。
しかしその最善策で継戦を選び抜いても、シュランゲに傷を負わせることができなかったら――? 自身にとっては最大の決め手たる“菊盃”が通用しなかったとなれば、もはやカーネリアンに打つ手はない。そしてこの想像は九割方、実現されてしまう。
打つ手がない状況で戦い続けることはできない。“菊盃”を撃ったあと、残った魔力と気力ではシュランゲに太刀打ちすらできはしないだろう。ならばまだ曖昧なままの状況で、自身に課せられた使命を達成し得る可能性に賭けるしかない。
「“『天』の『炎』に!」
「獣剣技」
「“『乱』れる『華』よ”!!」
「“とぐろ封じ”」
カーネリアンを中心に溜め込み続けた熱を一斉に放出――したはずが、爆発とも言える膨大な熱量はそれを上回る大きな力に押し込められ、阻まれる。気付けばシュランゲのシャムシールはカーネリアンの薙刀を絡め取っており、もう一本のシャムシールは喉元に突き付けられている。
「これは本能に作用する獣剣技。貴様は意識的に死を望んでも、本能的に死を拒んでいる。ゆえに、我が突き付けた死を前に畏怖し、本来果たすべきことを果たせなくなる……いわば、縛りだ」
「私が、死を拒んでいる……だと……」
「こんなところで死にたくない。我には貴様の心の声が聞こえてくる」
「黙れ!」
「決闘による死もまた誉れ。ガルダはいつもそのように口にするが、それは端から見た者が謳っているだけだ。『素晴らしい者と戦い、死んだ』。『素晴らしい決闘の果てに命が尽きた』。そのように語るのはいつだって他者であり、己が自身ではない。見ている者しか語らない事実には、戦う者の真実の声は混ざらない」
「馬鹿を言え」
「決闘に誉れ高き死などあるものか。死すれば全てが恥だ。ゆえに常に勝ち続けることに固執する。なぜそこまで勝ちに固執するのか。単純な話だ……死にたくない。ただ一心に、死にたくない。ガルダの境地とは即ち、死に対する拒絶。死を拒絶するあまりに、死に様を謳い、決して恥ではない、決して怖れるものではないと心に刷り込み続けている。貴様は未だその境地から脱してはおらん。だから青いのだ」
シャムシールの切っ先がカーネリアンの首を薄く裂く。
「青いからこそ、我の獣剣技によって阻まれるのだ。死ね、鳥人よ。貴様は死んで出直せ」
今度は間違いなく首を切る。そんな動作にシュランゲが移る。
世界が、時間が、空間が、ありとあらゆるものが一斉に停止する――いや、停止したように凍り付く。
「わたくしの! 親友に!!」
熱は凍て付き、空気は凍え、十三本の火柱は氷柱に変わり、地面を焦がすほどの炎は消し去られ、代わりに多くの氷晶が散らばる。
「ワケの分からないことを仰るのは許さないんでしてよ!!」
シャムシールの切っ先から凍て付いていくことにシュランゲは戸惑い、慌てるようにしてカーネリアンから離れる。自身の技によって抑えていたはずの灼熱は掻き消えて、代わりに信じられないほどの冷気が充填され、灼熱の比ではないほどの力場を抑え切ることができず“縛り”が解ける。
駆け巡るのは吐く息すら凍て付くのではと思うほどの灼熱とは真逆の冷風。大地を凍らせ、降る雨を霰に変えて景色はまさに一変する。
「我としたことが、測り間違えたか……貴様が死にたくないのは、死を怖れているわけでも死を恥と思っているわけでも、誉れ高き死を目指しているわけでもなく……!」
「ただ親友と死別したくないだけ」
降り立ったクルタニカを見て、カーネリアンは呟く。
「そう……私はまだ、死という理由で……仲直りしたばかりの親友と、離ればなれになりたくない」
薙刀に宿る炎は消えて、冷気に。黒い翼の端々は凍て付き、氷を携える。
「でもクルタニカ? どうして気付かれなかった?」
「さぁ? 知りませんわよ?」
とぼけるクルタニカを見て「どうせまたなにかやったんだな」とカーネリアンは察する。
「力を貸してほしい」
「当然! でなきゃわたくしはここに来ていませんわ!」
「……ああ、しかし、低く見積もりすぎていたのなら、楽しめそうだ」
シュランゲの体を黒い魔力が包み込み、体躯を伸ばす。
「お互い出し惜しみなしでいこう、鳥人よ」




