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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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探り合い

 ヴェインは後退し、クラリエは気配を消し、ガラハは妖精と共に出張る。動きは違えども抱く感情は同じ。死んでよかった。そう言った獣の王たちに負けるわけにはいかない。

 パーティでの戦いには一年のブランクがある。ヴェインは婚約者を救い出すために奔走し、ガラハは故郷の長に山から出ることを控えるように言われ、クラリエは実母の息が掛かっていないエルフをまとめるために森を出られなかった。カーネリアンとクルタニカのように定期的な連絡をすることもなく、アベリアとリスティのように毎日顔を合わせることもなかった。

 だが、ここに再集結することができた。再会は突然であったが、誰一人として敵として再会したわけではない。


 敵の手の内もそうだが、仲間の取れる行動の幅は広がったのかそれとも狭まったのか。まだまだ判然としていないこともある。しかし、それらは全て各々の行動に制限が掛かるものではない。


 好きに動きつつ、徐々に合わせる。一年前に固めることのできていた一定の行動方針を思い出しつつ、現実に擦り合わせる。

 それをこんな強大な存在を前にして行うこと自体はいささか想定外のことであったが、武器を打ち合ったとき、命を預けることの不安は彼らの中で消えた。


「その腕力は評価に値するが」

 ティーガーは斧を避け、すぐさま深くまで姿勢を沈めてガラハの軸足を蹴り飛ばす。

「体幹はまだまだ鍛えられてはいないなぁ!」

 ブレたガラハからすぐさま距離を置き、跳躍してから飛び蹴りを構える。

「“軽やかなる力を”」

 重量軽減の魔法がガラハに掛けられ、崩れた体幹をすぐさま立て直して横へと跳ねる。ティーガーの飛び蹴りは地面を穿ち、砂煙が舞う。その砂煙を利用してガラハはそのまま逃げ切ろうとするも、チュルヴォの気配を感じ取って振り返ざまに斧を振る。

 しかしそれはチュルヴォの幻影。斧を振り切ったことを確かめたかのように幻影とは真逆の方向からチュルヴォが薄めていた気配を高めてガラハへと黒い魔力を混ぜた血の爪を振りかざす。


 スティンガーがチュルヴォの眼前で鱗粉を用いて激しく発光する。目が眩んだチュルヴォの爪はガラハを捉え切れず、砂煙を縦に断ち切るに留まる。そのチュルヴォに対してティーガーの飛び蹴りを見た直後から前進していたヴェインが肉薄し、脇腹を狙った鉄棍による強烈な打撃を狙う。


 ガラハの真横を擦り抜けて一足飛びにティーガーが迫る――のを読み、更にはチュルヴォの後退による回避までもを読んだヴェインは鉄棍のスイングを前方のみに留めずにそのまま回転し、もはや振り返ったときには眼前まで来つつあったティーガーへの攻撃へと転用する。これを腕で受け止めたティーガーは防ぐために用いた腕を庇うような素振りを見せつつ跳躍し、引き下がったチュルヴォの傍に着地する。


 チュルヴォの後方――斜め上空より落下速度も加えてクラリエが姿を現し、首を狙って短刀を振るう。しかし、気配消しを解く前から気配を取り切っていたチュルヴォは自身の首に短刀が迫る前に彼女を視認し、悠々と避ける。外したクラリエが地面を転がりながら体勢を立て直し、再び気配を消して王たちの視界から消え去る。


 鱗粉を撒きながらスティンガーが宙を踊り、その指先が鱗粉を弾くと小さな爆発が複数回起き、再度の目眩ましを行う。ティーガーは動けないが、チュルヴォは直前に瞼を閉じてこれを回避。更に瞼を開かないままに独特の足運びを行い、幻影を生み出すと自身をその幻影と被せて前に出過ぎたヴェインに詰め寄る。引き下がるヴェインに付かず離れずの位置を維持し続け、ある瞬間に一歩を強く踏み込んでくる。鉄棍での防御に努めるが、チュルヴォは嘲笑いながら防御を払い、爪を突き刺そうと右手を前へと突き出す。


 その右手にクラリエの短刀が三本ほど刺さり、軌道が逸れる。爪をヴェインは自身の体に掠めさせる()()()()()避け切り、後退して代わりにガラハが正面に出る。

 幻影と重なっているチュルヴォは視覚的にブレているが、一切合切を無視して力技のみで斧を振り乱し、このブレをものともせずに女の王を防御へと転じさせる。


「我と踊れ」

 自信あり気に発した言葉にガラハの斧が惑い始める。強制的な魅了の付与。それを察したクラリエは気付け薬を取り出すも、気配を消しても当然のように迫るティーガーによって薬を奪われ、彼方へと投げ飛ばされてしまう。ヴェインが詠唱を始めるが、チュルヴォが血と黒い魔力を混ぜた爪の刃を放って阻害する。


 ガラハの頭の上で小さな爆発が起きる。それは彼にさながら妖精が拳骨を落としたかのごとくであり、その衝撃で我に返ったガラハは振り上げた斧で地面を抉る。


「ティーガーよ、妖精を狩れ。あれは邪魔が過ぎる」

「茶々を入れられ過ぎるのもつまらんからな」

 チュルヴォの血の爪とティーガーの体術。両者の狙いが妖精へと絞られる。それを察したスティンガーは空高くへと舞い上がるが、跳躍だけでティーガーは追い付いて、さながら羽虫のごとくはたき落とす。

「なにをしておる、ティーガー?!」

 チュルヴォに驚かれていることにティーガーが驚き、自身の手元を見る。あれほど撒き散らしていた妖精の粉は、手元のどこにも付着していない。


「『妖精の(フェアリー)悪戯罠(サークル)』って言うの」

 跳躍したティーガーの背後にクラリエがいる。


 ティーガーは妖精の幻影を追ったのだ。実際のスティンガーは未だガラハの傍から離れていない。


「考えなしの攪乱をガラハがずっと続けさせると思った?」

 空中で反転したティーガーは咄嗟に腕を動かそうとする。しかしその腕は重たく、どれだけ力を込めても動かない。

「死んで痛みにも鈍感になったんじゃない?」

 刹那、ティーガーは両手両足から黒い魔力を噴出してクラリエの『首刈り』から逃げる素振りを見せる。だが同時にクラリエも緑色の魔力を全身に纏わせ、『緑衣』として空中での軌道制御を行って、逃げるティーガーへと一気に追い付く。


 首が飛ぶ――ことはなく、クラリエの『首刈り』は練りに練られたティーガーを守るために放たれたチュルヴォの血の爪刃によって遮られ、失敗に終わるだけでなく短刀が爪刃に接触した衝撃で手元で抑え切れずに弾き飛ばされた。


「お主を無力化できたな」

 『緑衣』によって綺麗に着地したクラリエにチュルヴォが狙いを定める。

「呪術に『衣』。そして『首刈り』。気配を消したところで我らは追えるが、それ以外が面倒に等しい」

「短刀が弾かれたからなに?」

 魔法の詠唱をしようとしたところに血の爪刃が飛ぶ。

「詠唱はさせん。魔法の短刀を握らせはせんよ」

「そう、だったら」

 薄くなっていた『緑衣』から伸びる魔力が、チュルヴォでもはっきりと見えるほど色濃く染まる。そしてその内の一本と呼ぶべき線――魔力は女の王が弾き飛ばした短刀と未だ繋がれている。

「叔父さんの短刀に、もうちょっと頑張ってもらおうかな」

 『緑衣』によって制御された短刀は弾かれながらも方向を転換し、切っ先をチュルヴォに向けて奔る。

洒落(しゃら)くさい!!」

 自身に迫る短刀を遠くとも捉え、爪で弾くためにチュルヴォは身構える。


「“疾走させよ(アドバンス)”」


 短刀が更なる加速を見せ、女の王は爪で弾くタイミングを失した。そのことに今しばらく気付けず、自らの胸元に深々と短刀が突き立っていることを見て、ようやくチュルヴォは理解する。

「ふ、ふふふ……我ながら甘えてしまった」

 短刀を引き抜き、雑に投げ捨てるが『緑衣』が掴んでクラリエの手へと引き寄せた。

「我を見捨ててしまえば良かったものを」

「我はお主の次の王であるぞ? 王が下の者を見捨てられるわけもない」


「胸に突き刺さったはずなのに死んでない」

「これから死ぬ……という様子もないね。俺はそっちを期待したけど」

「元々死んでいる。心臓を貫いたところで意味はないということか」

「でも『首刈り』は防ごうとした。心臓は無意味でも首が飛ばせれば」

 首を守る。その姿勢からクラリエは弱点を見出す。

「それをあれだけ出し抜いても防ぎ切られてしまった」

「もう狙えない。それに、首を狙えるのはクラリエさんだけだし」

 意識させてしまえば、『首刈り』の成功率はただでさえ低いのに、更に激減する。ヴェインとガラハには首を正確に狙うだけの技術力はない。

「……黒い魔力を発生させている源を潰せばいいんじゃないかな?」

「『不退の月輪』が抑えられるまで耐えるってこと?」

「いや、それはさすがに無理だよ。でもさ、あれだけ黒い魔力をこれ見よがしに出し続けられるのは不思議なんだ。『不退の月輪』で無尽蔵であっても、ゾンビとして甦ったとき、その身を構成する魔力の源になる部分はきっとあるんじゃないか?」

「スライムやゴーレムと同義というわけか」

 黒い魔力を発する核。それが二人の王の体のどこかにあり、それを潰せば再び物言わぬ死体になるのではないか。現実味はあるが、心臓以外のどこにそれに相応しい部位が存在するのか。

「急所は心臓だけじゃない。一番狙われるのは心臓と首……」

 クラリエはハッとする。

「チュルヴォは『首刈り』を軽い感じで避けたけど、ティーガーは『首刈り』を意地でも避けようとするだけじゃなく、チュルヴォが手助けにまで入った。ティーガーの黒い魔力の源は、首にあるんじゃない?」


「少々、露骨であったな」

「弱所を見抜かれただけに過ぎん」

「ケダモノのように肉弾戦を好むお主にとっては致命的だろうに。その首、簡単に取られるでないぞ?」

「なんの問題がある? 命を取り合えば、弱所と弱所を晒し合う。現に、」

 ティーガーが自身の足先を見る。

「数度は奴らも我の蹴りを浴びている」


 忘れていた痛みが三人の体に訪れる。

「完璧に防いで完璧に避けていたつもりでも、どうやら違ったみたいだ。“癒やしよ、三方より集まりたまえ”」

 ヴェインの回復魔法を受けて、痛みは薄まるが代わりに強い疲労感が訪れる。

「オレは攻撃を受け切っていたつもりだが」

「それこそ黒い魔力だよ。両手両足による攻撃の延伸。物理的には受けてないけど、魔力的には打撃を受けていた……って、こうして痛みが訪れないと気付けないなんて思わなかったけど」


 チュルヴォとティーガーが三人の話を耳にし、獣のように吠え合ってなにかを伝え合っている。それを隙と思って叩きに行く勇気をさすがにまだ三人は持っていない。


「さて、そこまで言うのならまずはお主に任せてみよう」

「次の王のために我が先に力量を測る。ただそれだけだろう」

 ティーガーの全身の毛が逆立ち、眼球が漆黒に染まり切って、光彩が赤く変色する。

「驚くな、怯えるな、そして侮るな。そのような反応を我は求めておらん。ただ、争いに興じよ。我と戦え」

 指先の筋肉が膨らみ、両手の爪が太く鋭くなる。肉体は巨体化し、体毛は全てが長く伸び切って、獣人ではなく(けもの)(ぜん)とした風貌へとティーガーが変わる。

「エルフが『衣』を用いるのなら、我はこの力を用いよう」

 唸るような声を発し、上顎の犬歯が伸び切って爪と同等の太い牙となる。


「見たことあるから大丈夫だよね?」

「言って、俺たちの知る『本性化』とは掛け離れているけど」

「あの小娘どもの『本性化』はこうやって本物を見れば、可愛げがあったな。本気で用いていなかっただけかもしれないが」


「探り合いは、しまいにしよう。ティーガーも抑えてはおられんだろうからな」

 その言葉に応じるかのように一際強く、ティーガーが咆哮を上げた。

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