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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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どちらをどう対処するか


「成功すると思ってる?」

「思っているから決行しているんだろ」

「本当の本当に成功すると思ってる?」

「何度も聞かないでくれ」

 リゾラが嘆息し、その様を見てアベリアがビクリと震える。この二人の間柄について詳しく聞く暇はなかった。いや、アレウスは聞けなかったのかもしれない。そこには耳に入れたくもない奴隷の現実があるに違いない。


 もし、アベリアが奴隷商人の手で酷い目に遭っていたらどうする? もし、女性の尊厳という尊厳を奪われていたとしたらどうする? アベリアは教育を受ける前に脱走したと言っていたが、それがトラウマからの逃避による記憶の改竄であった場合、アレウスは知りたくもない真実を知ることになる。彼女のロジックはこれまで何度も開いた。そこにはそういった記述の一切はなかったが、奴隷商人の手によって記述が消されていることだってある。だからこそ、リゾラが知るアベリアの昔を聞いてしまうと、今このときにおいて大きな動揺を自身は抱えることになる。そんな精神状態ではきっとノックスもセレナも止められない。ただ、このままだとアベリアの精神状態が悪いままだ。自身の精神状態を維持するために彼女のそれを犠牲にする。正しくない判断だ。


「二人は……」

 当事者同士で解決してほしい。そんな他力本願が気持ちにある。だからこそ、発した言葉の先が見当たらない。

「なんでもない……」


「アベリアが奴隷商人のところにいたのはほんの数ヶ月。あの頃の私は世話焼きで、アベリアの面倒をずっと見ていたんだけど……私よりも年下なのに、って思ったらあまりにもかわいそうで、私自身もなんとかして逃げ出すんだって気持ちがあった。だからアベリアと一緒に脱走しようとしたんだけど、私だけ見つかってしまった。それは多分、時の運とかそういうのだから恨んでなんかない」

 リゾラの説明にアベリアが黙ったまま首を横に振る。申し訳なさから来ているとすれば、その首振りは謝罪したい気持ちがあるという意思表示だ。

「気にする必要はないよ。こうして、私も脱走できたんだから」

 違和感を覚える。なにか、別の感情が混じったような声音だった。だが、そこを訊ねる権利がアレウスにはない。

「そして、奴隷商人を見つけ出して復讐する力も手に入れることができたんだから」

「復讐……か」

「あなたも私とは違うなにかに復讐を誓っているんでしょう?」

「お見通しか」

「これでも情報通だから。復讐はなんにも生み出さないって言うのはいつだって危害を加えてきた側、或いは危害を加えている様を見て見ぬふりをしてきた側の意見だよね。少なくとも復讐する側にとっては“心がスッと晴れる”っていうメリットがあるんだから」

 私怨。アレウスの復讐も言い切ってしまえばそれに該当するが、『異端審問会』への復讐心は正しくはなくとも間違ってはいないのではないか。そのように考えている。だが、リゾラのそれは私怨という感情の方が強く出てしまっているようにも思える。


 五十歩百歩。リゾラとは違う、自分は正しいのだ。そのように思うことで正当性を得て、心地良さを得ようとしている。比べること自体が無意味で、アレウスとリゾラの復讐心は真っ黒であることに変わりはないというのに


「あの」

「さっきも言ったでしょ、アベリア? 今回は言いたいこと全部を飲み込んで、協力関係だから。だからアベリアも、私になんにも思う必要はないよ。私もあなたには今、なんにも思わないように努めているから」

「……ごめんなさい」

「……あなたは本当に良い子だよ。それだけは確か。それだけは間違いない。だってこんな私にも謝ってくれるんだから……」

 リゾラが息を吸い、そして吐く。

「じゃ、解くよ?」

 雨の中、彼女は手を宙で滑らしてなにかを呟く。アレウスたちを包んでいた魔力がパリンッと音を立てて割れた。


 ノックスとセレナ、そしてキングス・ファング。更には大量のランページと言う名の『死体の雑兵』。それらを出し抜くには、完全な気配消しが必要だった。しかし、それができるのはクラリエだけ。だから仲間に『死体の雑兵』を任せてアレウスたちだけが三人と戦うのは通常では不可能であった。

 可能にしたのはリゾラの魔法だ。彼女もまた縄張りの中にいながら気配を消したまま活動できていた。その魔法をアレウスとアベリアにも掛けてもらうことで、『死体の雑兵』を出し抜けた。


「この位置なら獣人たちと当たっている死体を呼び戻すよりは、」

 喋りを止めてリゾラが三人の間にある空間を見つめる。


 雨粒が歪んでいる。リゾラが見つめる空間に、捻じれ、吸い込まれるように消えているのが分かる。


「「善悪の彼岸より語れ」」

 雨粒を吸い込む空間に、ポッカリと深く(くら)い『闇』が開く。

「「『深淵(アビス)』」」


 凄まじい勢いで闇が広がり、アレウスたちの体がどれだけ踏ん張っていても吸い寄せられる。

「申し訳ありませんが、父上の元には行かせない」

「ここで捻じれて死んでくれ」


「どう、これでわかったでしょ? あの獣人たちに優しくする必要なんてない。初手に私たちを殺そうとこんな大技――『継承者』の力を行使してくるんだから、諦めて殺した方が手っ取り早くない?」

「殺さない。最後まで抗う!」


「……それがあなたの決定だというなら、今は従うけどさ」

 広がりつつある闇をリゾラが両手で左右から挟み込む。なにかしらの力が作用して、広がっていた闇は一気に収縮し、彼女の両手が重なり合った頃には完全に手の平の中へと消え去る。辺りに満ちていた捻じれの力は消失し、雨粒は再び正常に地面へと降り注ぎ直す。

「次は“これ”をされても助ける気ないからね」

 重ねた両手を開いてみせて、“なにもないこと”を挑発としてリゾラはノックスとセレナに見せつける。


「なんですか、今の」

「ワタシたちの『闇』は、そんな簡単に消されるわけない」

「精霊の力なら無理だね。これは『(くう)』の応用……って言っても、あなたたちには分かんないか」

 続いてリゾラは右手で手刀を作り、縦に振る。

「ちなみにこれからあなたたちを遮るのも『空』の応用。残念だけど二人揃って相手取る気はないの。まぁでも、こっちも思い通りにはならないんだけど」

 チラリと視線がアベリアに向く。そこには『本当にいいの?』という意味合いが込められている。

「セレナは私とリゾラ……さん、で止めるから、アレウスはノックスを抑えてて」


 今回の作戦において、問題視されたのはノックスのロジック干渉能力だ。こればかりはどれだけ気を付けていても、背後を取られれば防ぎようがない。どれだけ押していても、一瞬の隙で全てが覆される。だからこそ、ノックスと戦うのはアレウスしか務まらない。

 アレウスはノックスのロジックを開けない。ノックスはアレウスのロジックを開けない。この関係性がある限り、互いにロジックに関わるあらゆる逆転の一手にすがれない。

 一方でセレナのロジックはアレウスに限らずアベリアでも開けるはずだ。しかし、ノックスは『産まれ直し』だがセレナは違うという見立ての元での作戦であるため、彼女もまた『産まれ直し』であった場合は手の出しようがなくなる。


 セレナのロジックすら開くことができなければ、当初の話し合い通り、諦めるしかない。そんなことにならないことを、まだ確かめる前のアレウスとアベリアは祈ることしかできない


「今、あなたたちの間にあった空間を私が断ち切った。これから、断ち切った空間をそれぞれ箱へと変形させていく」

 セレナがノックスへと走り寄ろうとするが障壁――ともまた違う見えない壁に阻まれる。『闇』を渡ろうと試みたが、彼女は認識できていないが『闇』は確かにこれを“壁”と認識しているらしく、ノックスの元に辿り着く前に『闇』から姿を現すことになる。


「私は空間を維持させる方に力を注ぐからアベリアの手伝いはほんのちょっとしかできない。でも、私から殺しに来ようとか思わないでね」

 強者の威圧感がセレナに届いたのか、彼女は一歩だけ後ずさった。

「アベリアも今回の作戦の肝なんだから、すぐに殺されたりしないでよ?」

「……セレナをちゃんと、正気に戻す」

 アベリアの内部で『原初の劫火』が爆ぜる。外套を覆い尽くした炎の法衣を纏い、辺りへと熱風を放つ。しかしリゾラによって空間を断ち切られたアレウスの方にはその炎も熱気も、彼女から放たれる魔力すら感じ取ることができない。


「どうせ未来は変わりゃしないというのに」

「どうかな?」

「無駄なことに力を使うよりも、もっと有意義な使い方があったはずだ。抗うな、受け入れろ。でなければ、死ぬだけだ」

「……まさか、怖いのか?」

「怖い?」

「僕と戦って負けるかもしれない。そう思っているんじゃないのか?」

「……はっ、言うじゃないか。以前はワタシの足元にも及ばなかったというのに」

「それは以前の話だろう。昔はそうであっても、今は違う」

 アレウスはノックスを視界の中央に据えつつ、ゆっくりと姿勢を低くしていく。

「より強い者が、強い者をくだす」

「いいや、違うな。強い者が弱い者をいたぶり殺す。お前じゃワタシには届かない」

 挑戦者ではない。そしてノックスも挑戦を受ける側ではない。

「どんなに言葉を並べ立てても、勝った方が強者だ」

「だからワタシは、」

「四の五の言わずに来いよ、ノックス。分かりやすく、単純明快な力比べだ」

 ノックスの瞳から光が消えて、光彩が漆黒に染まる。

「後悔するんじゃねぇぞ」

「しないよ。お前だって後悔するな」

「するわけないだろ、このワタシが!」

 骨の短剣を右手に、左手には黒い魔力が満ちた鋭い爪を携え、ノックスが吠える。

「ノクターン・ファングが歩む道を後悔などするものか!!」

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