反転
---
「姉上たちと谷底へ向かった……のですか?」
「ああ。だが、そこになんの文句がある? 私たちを監視こそすれ、行動に制限を与えることはできないはずだ」
カーネリアンはパルティータに強気に言い放つ。
「…………オレは承知していないことです」
パルティータは傍にいる獣人に、獣人にしか分からない言語を用いてなにかを伝え、それを伝えられた獣人は全速力で駆けて行く。
「なんの命令を下した?」
ガラハが敵意を剥き出しにしながら問う。
「その命令の内容によってはこちらも貴様たちの行動を承知できはしないぞ」
「誤解ですよ」
抑えてくれ、とパルティータは両手を前に出してガラハに伝える。
「どうにもオレたちとあなた方の間には、昨日の内に伝え切れておらず、伝わっていないことがあるようです」
「だから誤解が生じると? 今ならそれを話す余地があると?」
身構えているガラハと同様、いつでも刀を抜く準備をしているカーネリアンは問い掛ける。
「確かにヒューマンに――アレウリス・ノールードに姉上たちと子を成してほしいという願望はあれど、それ以外のことで争う気など全くないのです」
「その要求が煽っているように俺には思えて仕方がないんだけど……その願望はあなたを次代の王とするためのもの。それに従わないのなら、群れから出す気もない。そんな風に言っていたはずだけど」
ヴェインが控えめに訊ねる。
「前提を語っていませんでした。いえ、語らずとも済むと思ったオレの判断が間違っていたんです。そう、お話しすべきでした。獣人たちの間ではこう噂されています。『キングス・ファングの群れには古くから抱えている呪いがある』と。そしてその噂はまさしく事実なのです」
パルティータが俯き加減に言う。
「キングス・ファングの群れは呪われ続けている。それこそ未来永劫……滅びるまで呪いは続くのです。姉上たちに子を成してほしいと願ったのは解呪する、もしくは軽減できないものかと考えたためです」
「ならば呪いを解きたいから貴様は実姉とアレウリスとの子を設けてほしいと?」
「次代の王になるための地盤固め。そのための要求だとあなた方はお思いなのでしょう……確かにその部分がないと言えば嘘になります。姉上たちがヒューマンとの子を身ごもれば、オレが次代の王になることは確約されたようなものですから。しかし、オレが次代の王になるための多くの手回しなど、実のところほとんど必要ないのです。だって、姉上たちは王になることを望んでいない。群れを束ねたいと思っていないのですから
パルティータの元に先ほどとは別の獣人がやってきて、小声で彼になにかを伝える。
「呪いを解く、呪いを軽減する。そのためにはストレスを与えないことが一番なのではないかと考えました。王になりたくないのであれば強制せず、オレが仕方なしにでも王になってしまえばいい。姉妹で生きていきたいのなら、群れを捨てて慎ましやかに生きてくれればいい。誰も姉上たちを追いかけたりなどしません、させません。そして、女としての幸せを心のどこかで求めているような節がありましたから、それに相応しい相手を見つけ、連れてきたならば姉上たちも様々な責任を捨てる決心がつくのではないかと思ったのです」
カーネリアンは柄に掛けていた手を放す。
「ノクターン・ファングとセレナーデ・ファングから責任を排し、獣人としての生き方を拒むようであればそれすらも受け入れ、女の幸福を求めているのなら、彼女たちに相応しい男を手配する……パルティータ・ファング? 貴様がさっきから言っていることは、」
「オレは、オレ自身が王になることよりも、姉上たちが幸せになることをなによりも願っている。それこそが呪いを軽減することに繋がるのですから」
発言に被せるようにパルティータは言う。
王になるためならば、どんなことにも手を染める。パルティータをそのような獣人だと見据えていたが、語られた真意からはそのような野心は微塵も感じられない。
「いえ、王になりたいという野心がないと言えば嘘になります。末の子でありながら、群れの王になれる――子供の頃より憧れていた父上の背中に、追い付くことができる。そう思うと、興奮してロクに眠れもしない日々が続いています。ですが、この高揚感も王になるための道筋であるのなら、受け入れ、進み続けるのみだと思っているんです」
「……腑に落ちない。お姉さんたちの幸福を願うことがどうして呪いを軽減することに繋がるんだい? 俺としては、呪いと双子の姫君の精神的安寧が同列に語られていることに違和感を覚えずにいられない。」
ヴェインは言いにくそうに、しかし言わなければならないことを口にする。
「呪いとは、一体なんなんだい? お姉さんたちが呪われているというのが俺の予想だけど、だったら方法が間違っている。解呪するのはそう難しいことじゃない。『悪魔』に囁かれているわけでもなく、ただ呪われているだけなら祓魔の術で清めれば、」
「そんな生易しいことを言っているつもりはありません。祓魔の術が獣人の外――人の世にあることはオレも知っています。ですが、それは呪われている物や呪われている人物を祓う術でしかない」
「いや、だからお姉さんたちが呪われているのではないのかい?」
「呪いは、“双子の姫君そのもの”なんです」
しばし、言っていることが分からずヴェインは口を開けて呆ける。
「姉上たちは呪いとして産まれてきたのです。キングス・ファングの群れが抱えている呪いそのものとして。姉上たちはキングス・ファングの群れが抱える“『呪い』が具現化した存在”なのです」
パルティータの瞳が動揺の色で揺れている。
ノックス・ファングとセレナーデ・ファングは獣人でありながら同時に『呪い』そのものである。そのように語られてもその場にいる誰もがそれを納得することはできない。
「昨日、ランページが谷底より現れ出でて、あなた方の助力によって無事に討伐できたというお話がありましたね?」
「ああ。私たちが助力し、ノクターン・ファングがトドメを刺した。その死体の場所は彼女が報告したはずだ」
「その死体を確認した獣人がオレにさっき報告してきてくれましたが、『とてもではないが死体とは程遠い状態にあった』そうです」
カーネリアンは首を傾げる。
「死体にしては朽ち果てすぎていたということです。腐肉は溶け、おびただしいほどの蛆虫が湧いて、あらゆる部位の骨が見え隠れしていた。そんな状態で動けるわけがないのです。だから、そのランページは既に死んでいた」
「馬鹿な。私はこの目で黒い魔力を纏った獣人が暴れ回る様を見たぞ。この刀で、奴の爪を受け流し、奴の肉を裂いたんだぞ!?」
「それら全てが黒い魔力によって呼び起こされ、無理やりランページとして暴れ回されたゾンビなのです。これは、昨日の一件だけではありません。獣人の中で極めて稀に起きる終末個体化が、ここ最近で頻発した結果、オレたちの手で仕留めた多くのランページの死体が、一日や二日経過した程度ではないほどに損壊した状態の死体でした」
後方の彼方に雷が落ちる。
「リビングデッド――屍を兵士へと変貌させる呪い。その“呪い”を、死体が浴びた者がランページと化す。これがキングス・ファングの群れが抱える呪いの本質そのものです。そして今は、物や現象ではなく人体として顕現しているんです」
「……ノクターン・ファングとセレナーデ・ファングが呪いとして動き回り、死体がその呪いを浴びてランページとなる。ならば黒い魔力は、彼女たちそのものから発せられた魔力で、『呪ってくれていい』とノクターン・ファングが言ったのは、」
「自らが浴びせた呪いを自らの体に戻した」
ヴェインはカーネリアンが言い辛そうにした答えを言う。
「一年前はそんな傾向はなかったように俺は思える。つまり、振れ幅がある?」
「姉上たちは『呪い』でありながら、獣人として――むしろ獣人としての面が強く、どうしてもオレには『呪い』とは思えませんでした。だから、群れで話し合った中で一つの仮説を立てたのです。姉上たち――『呪い』は一種の症状であると。症状が抑えることはできのではないか、もしかしたら姉上たちは『呪い』とは別の意思を持ち、それに抗っているのではないか、と。抗い続け、『呪い』を完全に掌握することができたなら、それが群れに撒き散らされることもなく、むしろ群れの切り札へと変わるのではないか、と。ですが、そんなものはただの夢物語でしかなかったようです。あなたの仰る通り、全ての変化は一年前からです。それまでは、本人たちもオレから見れば真っ当に見えました。でも、徐々に姉上たちの雰囲気は一気に変わり出し――群れの中で放蕩させておくことでしか、対処のしようがなくなりました。このままでは群れは壊滅すると案じたオレは、一年前に姉上たちが語ったアレウリス・ノールードというヒューマンの男を頼ることにしたのです。姉上たちが一目置くヒューマンが群れに来たならば、『呪い』よりも意思が上回り、再び小康状態へと戻ることを願ったのです」
「子を成してほしいという点と繋がらないが?」
「ドワーフの観念にあるかどうかは分かりませんが、親の血を子供は受け継ぐと言います。だから、『呪い』を子に継がせることができるかもしれない。そうすれば、姉上たちが解放される可能性を見据えました」
「そんなことをしても、」
「子供が犠牲になるだけ。ええ、勿論、よく分かります。そして子を犠牲にすることは獣人にとってあまりにもリスクの大きいことであることも。それでも、手段など選んではいられないのです。姉上たちという『呪い』が群れを滅ぼすか、姉上たちの子供が『呪い』を継いで犠牲になるか。そんな選択しかオレたちには残されていないのです。だからこそすぐさまアレウリス・ノールードを呼び寄せることで、」
「ちょっと待て」
ガラハはパルティータの語りを止めさせる。
「アレウスに行き着いた? ならば、アベリアを呼んだ理由はなんだ?」
「……オレが呼ぶように命じたのはアレウリス・ノールードだけです。彼の傍にいた人間の女性まで呼ぶように命じては、っ!」
パルティータの背後から獣人が迫り、爪が首元に掛かる。しかし獣人の爪撃を伏せることで避け、足で獣人の軸足を蹴飛ばすとパルティータはすぐに体勢を立て直して翻りながら抜剣し、追撃する獣人の爪を弾く。強く声を発し、獣人をたじろがせると鋭い足運びで肉薄し、止め処ない剣戟を浴びせ続けた先で腹部を強く蹴り抜いた。
うずくまり、動けなくなった獣人の眼前に剣を突き立てる。
「オレを謀ったな?」
「遅イ、モウ遅イ。パルティータ・ファング、お前ガ、群レノ王ナド、認メナイ。認メル、ノハ、キングス・ファング! タッタ一人!!」
「父上は衰え始めている。もはや『呪い』は父上だけでは止められない」
「違ウ違ウ違ウ違ウ!! 呪イ、デハ、ナイ!! アレハ、力、ダ!! ソシテ、我ラガ王ハ、力ヲ、取リ戻ス! “異界”ヨリ、奪ワレタ! 力ヲ!」
*
どこで読み間違えただろうか。どこで信じてしまったのだろうか。いや、信じる信じないではなく、疑いもなく彼女たちに付いて行ったのはどうしてか。
「逃げるぞ、アベリア!」
「うん!」
全てを察したアベリアはアレウスに言われるよりも早く逃走の構えに移っていた。
「遅い」
しかし、アベリアではなくアレウスに『闇』を渡ってきたセレナが差し迫り、短剣を抜く暇もなく蹴飛ばされる。
「念のため昨夜に仕掛けておいて正解でした」
「なにをした……!?」
セレナはアレウスに巻物を見せびらかす。そこにはなにも記述されておらず、既に使用済みであることが分かる。
「ジブンたちを疑わないように、書き換えさせていただきました」
昨夜、沐浴を行っていたアレウスにさながら誘惑するがごとく現れたセレナの真意が、その一言で脳内を駆け巡る。
「あなたのロジックを開けるのはただ一人。姉上からその話を聞いていて正解でした」
ギロリとアレウスはノックスを睨む。
「お前……お前ぇええええ!!」
ロジックを開く能力、そして自身のロジックは特定の人物しか開くことができない。これらは終末個体のピジョンと戦う前、アベリアとセレナを救うために共闘する折、知ることになった互いに隠していたこと。
共闘とは名ばかりで、互いに互いを利用しようとしたことで判明した事実を、互いに秘匿し合うことを約束とし、それを共闘の理由へと変えた。
「なにをそんなに恨むようにワタシを睨んでいる? 貴様だって、あの鳥人の前で秘匿していたことを晒しただろうに」
「それは! 彼女とお前が、そして僕が同一の存在で……! 彼女の口は堅く、秘密を流布しないと信じているからだ」
「だから?」
ノックスは気怠そうに言う。
「ワタシはあの鳥人を信じていない。ワタシが信じていない者に対し、お前はワタシの秘密を晒した。だったらワタシも晒してもいいだろう? 安心しろ、妹は口が堅く、秘密を流布しないと信じている」
アレウスの言ったことをそのままの形で返すことで皮肉とし、ノックスは腹の底から笑う。
「まぁ、鳥人に秘密を晒していようとなかろうと、ずっと以前からお前のことは妹に全て話していたが」
「だったら先に約束を破っていたのはお前の方だ!」
「約束だなんだと拘ったところでなんになると言うのですか?」
逃げたアベリアを捕まえ、乱雑にアレウスの方へと投げたセレナが冷たい言葉をぶつけてくる。
「ジブンたちにとってヒューマンは脅威。脅威が強くなれば強くなるほど、群れの呪いもまた強くなる」
黒い魔力の集合体――谷の底で異界の穴のごとく蠢く球体が唸り、地鳴りを起こす。
「その年齢で未だ女の扱い方を知らない。女性への耐性の低さ。そこを突けば、あなたのロジックは簡単に書き換えることができました。ええ、とても簡単でしたよ。単細胞で、単純で、性欲のことしか考えられなくなったあなたに気付かれずに巻物を使用するのは、子供をあやすよりも簡単でした」
立ち上がろうとしたアレウスをノックスが足で踏み付ける。地べたに這いつくばるアレウスの背中をそのまま更に踏み付け、力を込め続けることで完全に身動きが取れなくなった。
「全てはここから始まる」
「全てはここから終わるのです」
黒い魔力の球体から一つ、また一つと魔力が漏れ出し、それらが辺りの死体に張り付くと、凄まじい勢いで全身を支配し、ありもしない肉体を生成し、あってはならない精神を呼び起こし、黒い魔力が纏わりついた獣人が次から次へと起き上がる。
「ランページ……谷底から生み出されていたの?」
「いいえ、ジブンたちが――『呪い』が生み出していました」
「『呪い』をどれほど注げばランページとなるのか。終末個体にも近しい力を持っても、制御下に置くことができるのか。随分と時間を掛けた」
「「けれど、それももう終わる」」
死体からランページとなった者たちは、ノックスとセレナを仰ぐように集い、けたたましいまでの雄叫びを挙げる。
この状態はマズい。アベリアは『原初の劫火』を、そしてアレウスは貸し与えられた力をそれぞれ着火させようと試みる。
「無駄なんだよ、アレウス。この流れはもう誰にも止められない」
『原初の劫火』の力が黒い魔力の球体へと吸い込まれていく。
「なんで……?!」
「力は相応しい者の元へと至るのです。あなたは、『原初の劫火』にとって力不足だったというだけのこと。そう悲しむ必要はないでしょう」
「そうだ。強い力は相応しい者の元へと至るだけ。お前たちの力は、お前たち以上に十全に使うことのできる者の元へ、至るだけ」
黒い魔力の球体、その中心が激しく揺らめき、縦長に伸びて何者かが内部から現れ出でる。
「「我らが王、キングス・ファングの元に至るだけ」」
自身の肉体の大半を黒い魔力で覆い尽くし、あらゆる存在を睨み付けるだけで射殺せるのではないかと思うほどに鋭い眼光を抱き、筋骨隆々の大男が全身の熱を口から煙のように息として吐き出す。
死の恐怖を感じる。死が確実に間際に迫っている。その感覚が確かにある。心臓が口から飛び出てしまうのではないかと思うほどに胸の中で強く脈打っているのに、駆け巡る血は寒気を覚えるほどに冷たく、指先や足先の末端は寒冷期を思い出すほどに凍え、感覚が失われている。
「よくもまぁ、ヒューマンごときがこの力を御し切れていたものだ」
キングス・ファングの声が耳に響く。
「異界より奪われし力、しかと回収させてもらった」
「返……せ」
「返せ? なにを言う? この力は異界より生まれ落ちた力。それが、ヒューマンの手に渡っていることが異常だったのだ。そう、魔物に近しい獣人が使ってこその力であると、どうして気付かなかった?」
雄々しきキングス・ファングの声は谷底で反響し、木霊し、辺りのランページの雄叫びと混じる。
「扱うべき力は扱うべき者の手に。我が扱ってこそ相応しい。そう、群れにまつわる呪いすらも従えた、この我が」
黒い炎がキングス・ファングの手の中で燃え上がる。その炎をゆっくりと動かし、アレウス目掛けて放つ。
向かってくる黒炎をノックスによって身動きが取れないまま、アレウスはその身に浴びる。
降り注ぐ雨は炎によって蒸発し、水蒸気となって辺りに霧を生み出す。
「灰となって消えよ。愚かなヒューマンよ」
ノックスが離れ、アレウスの体は黒い炎に包まれ、激しく燃え上がる。
「アレ……ウス!」
「案ずるな。貴様の命も同じく、この炎で消し去ってやる」
「何度、でも……たとえ灰になったって構わない……」
アレウスは黒い炎に焼かれながら呟く。
状況は最悪だが、光明がないわけでない。
この炎の力をアレウスは知っている。この炎に救われ、この炎に焼かれ、この炎によって再起した。
「何度、でも!!」
そのときの想いが、そのときよりも薄れている気などない。
「そうだろ、アベリア!!」
黒い炎がアレウスの胸元で収束し、逆にアレウスの貸し与えられた力の着火剤となる。燃える我が身に宿る炎を手元に集約し、キングス・ファングへとまとめて返す。その炎はどれだけの雨が降り注いでいようと勢いを増し続け、直撃する。
「ぬぅうう?!」
「『原初の劫火』は奪われても、その『種火』は未だ僕の中にある! そして『種火』は今も燃え上がり、僕を力の主だと認めてくれている! でも!!」
キングス・ファングの黒炎が白く染まり、それら全ては光の塊となってアベリアへと返る。
「僕の『種火』は! お前を力の主――『原初の劫火』の主だと認めていない!!」
返った力はアベリアの魔力と交わり、辺り一帯を彼女の魔力で作り上げた炎で包み込む。
「貸し与えられた力側の方が引き戻しただと?!」
「父上に至った力がどうして彼女の元に戻るの?!」
「動じるな! 今ここで彼奴らを仕留めればいいだけのこと! 我の力を知らぬのなら、その力を示し直し、『原初の劫火』をこの手に宿せばよいだけのことだ」
「“我が名において命じる。汝ら、動くこと能わず”」
空から雨に紛れて降り注ぐ短刀が地面に突き立てられ、展開する呪術がキングス・ファングだけでなくノックスとセレナも、そしてランページすらも捕らえる。
「このような子供騙しが我に通じると思うたか!」
しかし、キングス・ファングは力任せに呪術を打ち破る。
「“我が名において命じる。汝、走ること能わず”」
再度、短刀が降り注いで、今度は個人だけに限定した呪術が展開し、キングス・ファングの足はゆっくりと、鈍重な歩みに変わる。
「二度目があるとは思わなかったでしょう?」
水蒸気に包まれた霧の中、煙のように現れ出でたダークエルフは挑発する。
「貴様、あのときの……厄付きエルフ……か!」
「あの日に殺さずに捨て置いたのが、まさか今に響くなんて、なんだか皮肉だと思わない?」
それだけ言うとダークエルフは翻り、アレウスたちに笑いかける。
「「クラリエ!」」
アレウスとアベリアが声を揃えて、窮地に現れた仲間の名を呼ぶ。
「イェネオスやエレスィにあとで一緒に謝って。建前上、あたしはエルフの森から出ていないことになっているから」
冗談ではなく本当に一緒に謝らせる気であろうことを言いつつ、横目でキングス・ファングたちを見やる。
「呪術がもうじき切れる。そこらで渦巻く『死体の雑兵』のことは後回し! とにかくここから出るよ」
言ってクラリエは景色に溶け込むようにして消え、アレウスは貸し与えられた力で爆発的な跳躍を行って壁を蹴り、アベリアは炎の衣を纏ったまま真上へと飛翔することで谷底を脱出した。




