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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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作戦会議

 墳墓に入る前まで休憩していたところまで退却し、置いていた荷物から野宿の準備を始める。


「こうやって物を置いておくなんて、俺からしてみれば考えられないけど。魔物や野生動物に荒らされてしまったら折角の野宿道具も台無しになってしまうだろう?」

「魔物除け……というか獣除けみたいな物があるから」

「へぇ? そんなアイテムがあるんだね。俺もまだまだ初級冒険者だから、知らないことがあっても当然か」

 まさか事前にアレウスの血を小瓶に蓄え、ここに荷物を置いてから周囲に撒いたなどとは言えない。それでどうして魔物除けになるのかもヴェインには伝わらないからだ。通常、血の臭いを嗅ぎ付ければ野生動物も魔物も寄って来るものだから。


 準備は終わり、近場の倒木を椅子にして、全員が一心地付く。


「空気の循環が出来ていないとは思わなかった」

「あれ以上、奥に進んでいたらどうなっていたか」

「進む前に気付けて良かったんじゃないかな」

「それもそうだが、ヴェインの魔法には感謝しかない」

 あの場においてはアレウスのみならず他の冒険者であっても、ヴェインの魔法が起死回生であったと表現するかも知れない。

「君は、俺のことを弱虫とは言わなかった」

「ここに来るまでは思っていた。けれど、墳墓には怯えずに入れていたし、壁画や壺、棺も怖がらず眺めていた。なにより、魔物を見ても叫びもしなかった。それで弱虫とはさすがに思えなくなったんだ。だったら、どうして弱虫と呼ばれるか。あとはもう慎重過ぎる思考以外にはないだろうと」

 アレウスは浄化されたとは言え、蜘蛛の体液にまみれている衣服の臭いを嗅ぎつつ言う。

「別にそれは悪いことじゃない。僕だっていつも考えている。蜘蛛を前にした時にも言ったように考え過ぎるくらい考えている。考えながら、戦っている」

「俺は考え過ぎると足が止まるんだ。これはちょっと意味合いが変わってしまうだろう?」


「考えることに集中し過ぎるのは、確かに悪いことなのかも知れない。でも、アベリアに言われて思い出したよ。僕は人の答えを待てるんだ、って。戦闘中は誰もが最適で簡潔な答えを求める。けれどそれは以心伝心を通り越した意思疎通が成せるものだ。ヴェインは一人で別のパーティに入ってクエストをこなして来た。だったら、その意思疎通の練度が高められない。だから、少しは思うんだよ」

 そこで一度区切って、アレウスは渇いた喉を潤すために水を飲む。

「固定したパーティで回数をこなして行けば、きっとヴェインのそれは解消できる短所だと。早く言ってくれれば、という場面はきっと減って行くだろうと。ただ……僕たちはまだ墳墓の攻略を果たせているわけじゃない」

 決定には早過ぎる。この墳墓の魔物退治を終わらせない限り、三人でパーティとしてやって行けるとは自信を持っては断言するに至れない。こんなことでさえ失敗するようでは、即ちパーティの形を成していないということだ。


「ヴェインの性格が少しは見えた。だから次はもっと上手く行く」

「俺はアレウスの性格が全く見えないけどね」

「アレウスは凄く単純。性格が捻じ曲がっている。これだけ」


「それだけで分かられてたまるか。ここに来る前にも言っていただろ、忘れてないからな」

 アベリアが枯れ木に油を染み込ませ、火を起こす。それを渇いた木々で作った薪と合わせて焚き火にする。

「あの蜘蛛は奇襲を考えて天井に潜んでいた。一匹が早まったんだな」


「どういうことだい?」

「もう少しあの蜘蛛が待っていれば、僕たちの後ろに一斉に五匹が降りて来る。これじゃ前に進まざるを得ない。そうなるとどこかで行き止まりに到着し、残った五匹と合わせて十匹で襲って来る。酸欠も合わさって動きの鈍くなった僕たちはそのまま喰い殺される。そうならないで済んだのは一匹が早まって僕の目の前に降りて来たから。あれじゃ天井の四匹は降りられない」

「はははは……先走る奴は人種に限らず、魔物にもいるんだね。勉強になったよ」

「勉強にはなった。けれど、解決は出来ていない。ヴェインの魔法だと足が動かなくなる。アベリアの魔法と合わせれば動けるけど、三人分をどれくらいの時間維持させるかが難しくなる。それだけで消費する魔力は多くなってしまうし途中で切れたら掛け直すのも手間だ」

「風の魔法を私が使えたら良かったんだけど」


 アベリアは火と水は得意でも風や雷が分類される木属性には不慣れである。五年の洞窟生活で土を嫌い、枯れ木しか見られなかったアベリアには土の精霊と木の精霊の気持ちが分からないらしい。『軽やか(エアリィ)』はあの女性が掛けてくれた木属性の魔法だからと意地になって習得したらしいが、それ以外はサッパリである。魔法は少なくとも魔力を用いるが、そこで形成される属性には精霊の気が絡む。五大精霊は常に循環し、世界を漂っている。


 ならば、どこかの土地ではどれかの精霊が欠けている場合もあるのではないか、とアレウスは思っている。そこに火と水の精霊の気が無かったなら、アベリアは魔法を行使出来なくなってしまう。


「思うんだが、ヴェインは空気を供給する魔法が使えるなら風属性の魔法も幾つか使えるんじゃないか?」

「攻撃に転用できる魔法は無いよ。どれもこれも補助か付与だ。さっきから目で訴え掛けて来ているけど、確かに木属性……の中の風属性は得意なんだけどね」

 目力が入ってしまっていたらしい。ヴェインはアレウスの気持ちを察して、先回りして返事をする。

「攻撃に転用できるような魔法は無いよ」


「……攻撃に使うつもりは……ああ、そうか。そうするだけで良いのか。風を起こすだけで構わないんだが、それは出来るか?」


「補助魔法を応用すれば、風ぐらいは俺でも起こせる。単純に火を起こす魔法と似ているからね。ただ、そこに風圧で魔物を切るだとか、そんな攻撃的な物は含ませられない」

「言っただろ。攻撃に使おうとは思ってない。要は循環が起こっていないから駄目なんだ。送風機が無いなら代わりに魔法で風を起こして中へと送り込む。送風管は無いけど、一方向へと風を流し込め続けられるなら、そんな物は必要無い」

「風で空気は運ばれる。ヴェインの魔法で酸素供給を直接行うんじゃなく、外から空気を送り込んで澱んだ内部の空気を満たす」

 アベリアが木の枝で地面に簡単な図を描いて、ヴェインに説明する。

「こんなこと撤退してからすぐに思い付くことのはずなのに」

「結果、思い付いたんだ。自分を責める必要は無い。僕だってこんな単純なことを思い付けなかったことに驚いている」


 空気が無いなら外から送れば良い。その発想は、空気の薄い中でどうやって活動するかについて考えていたアレウスたちにとっては完全に盲点と化していた。話し合った末に出て来たのだから良かったが、頭が固いままだったならまたも無謀な挑戦をしてしまうところだっただろう。


「こういう小さなことから踏み外して、痛い目を見るんだろうね。俺たちは教会の祝福を受けているから生き返られるけれど」

「あー、僕はそれを受けていないんだ」

「……え?」

「だから『身代わりの人形』を常に持ち歩いている。それでも死ぬ時は死ぬ」

「どうしてそんな、酔狂な『祝福知らず』に?」


「神官が嫌いなんだ。そいつらの所属する教会が与える祝福なんて信用できない。実際、あった方が良いと僕も思うけど」

 自身のロジックの関係上、それが叶わないとはまだ伝えられそうにはない。

「だからこそ、この命を大事にして慎重に戦える」

 仮にロジックの問題が解決出来たとしたら、とアレウスは考える。それならすぐに教会の祝福を受けに行くだろうか。

 結論として、それはとても難しい。神官嫌いであることも含め、同時に一度決めたことをそう容易く変えてしまって良いものかどうか。いざその時になって、プライドというものが邪魔をするかも知れない。


 だとしても、『祝福知らず』がアベリアたちの負担になるのであれば、リスティにしっかりと精査してもらった教会で、という条件は付けなければならないが祝福を受ける決断を下すだろう。


「神官が居ないパーティなんて珍しいとは思ったけれど、そうか……神官嫌いなのか」

「馬鹿だろ?」

「まぁ、素直に言わせてもらうとそう言いたくはなるよ。俺たちにとって神官は神に仕える者。だからこそパーティに常に加えていることで、神のご加護を受けているという安心感を得られる。だけど……人それぞれという気持ちも理解できる。アレウスが嫌いだと言うんなら、相当に嫌な経験があったんじゃないかい? でなきゃ驚くくらい慎重な君が、神官をパーティに入れないのはおかしいからね。それで回復職として僧侶の俺を?」

「術士のアベリアの負担を減らしたいのと、あとは前衛に入れる中衛が欲しかった」

「ああ、それはもう聞いている。強靭さのある僧侶なんてそうは居ない」

「戦士から転職して僧侶になる冒険者もそうは居ないだろ」

「違いない」

 互いに笑みを交わしあったのち、アベリアも加えて夕食の支度を始める。


 血を撒いているため、魔物が寄って来る可能性は限りなく低いが、それでもアレウスとヴェインでの火の番をすることになった。


「そう言えば、ずっと気掛かりだったんだ。君とアベリアさんって付き合っているのかい?」

 塩で味付けした野草のスープと、火で軽く炙った干し肉という夕食を摂っている最中に、ヴェインはとんでもないことを口にする。

「付き合って、」

「付き合ってない」

「……ん~っ!」

 アベリアの声を遮ってアレウスが否定すると、物凄く不機嫌になったアベリアに足を踏み付けられる。しかしそこにはさほどの力も入っておらず、まさに“自分は今、不機嫌になった”という意味だけを伝えて来る行動だった。

「とても複雑な関係なようだね」

 それを見たヴェインは苦笑しながら、自身の問い掛けに僅かばかりの後悔を滲ませる。


「付き合ってはいないけど、大切なパートナーだ。居ないと僕は、力の半分も出せやしない」

 そう言うと、次第に足をグリグリと攻撃していたアベリアの表情は明るくなって行き、彼女の足が離れる。


「なら、気を付けなよ? アベリアさんは俺から見ても魅力的だ。婚約者の顔を思い出さなかったら、一緒にパーティを組むのも躊躇ってしまっていただろう。悪い虫が付いてしまったり、夜道で彼女を傷付けるような悪漢から守ってあげないと」

 それはアレウスが日頃からアベリアに言っていることである。変な男には絡まれても無視するように。出来るだけ夜中には街であっても出歩くことはしないように。これは徹底している上に、もしものことを考えて、筋力ではどうしても敵わないだろうが器用さで見れば悪漢から身を守れるぐらいには彼女も短剣を扱えるように学ばせた。

「護身用に短剣は持たせてある。だけど、並みの冒険者が襲い掛かって来たら、短剣を振るより魔法を唱えた方が早いかもな。結局、短剣に怯むような奴しか対処出来ない」

「冒険者にその手の輩が居ないことを俺は願いたいよ」

「私、これでもちゃんと自分の身は自分で守れるから」


 どうやらアベリアはアレウスたちが、自分をか弱い女の子と見ていることに不満があるらしい。ヴェインから見ればまさにそうだが、アレウスは“物乞いだけで生き残った根性のある女の子”という部分を知っているため、決してか弱くはないだろうとは思う。ただし、それでも庇護欲なのかまた別のなにかなのか、とにかくその心も体も大切にしてもらいたいという気持ちが強くなる。


「リスティさんから聞いたけど、君たち一緒に暮らしているんだろ? 今後の勉強のために、一体どのようにしたら異性同士で一つ屋根の下で暮らすことが出来るのか、そのコツを伝授してもらいたいね」

「なにか問題事が起こらない限り、喧嘩していても朝昼晩は一緒に食事を摂るとかか?」

「相手の部屋に入る時は必ずノックする」

「お前、滅多なことでノックしないだろ」

「するし」

 だったら夜に静かに部屋に入って来て、同じベッドで寝るんじゃない。そんな言葉をアレウスは投げ掛けたかったが、ヴェインにあらぬ誤解を掛けてしまうために堪える。

「あとはまぁ、なんだろ……信じること」

「信じる?」

「パーティを組む上でも大切なことだ。信じたいから信じるのか、言われたから信じるのか。そこには自分の意思があるかないかの大きな隔たりがある。僕はアベリアを心の底から信じている」

「私も、アレウスだけは絶対に裏切らないって信じている」

「嘘はつくけどな」

「嘘はついちゃうけど」

 人間性を知り尽くしているからこそ、嘘にも寛容になる。そこに人生を左右するような重大な嘘が無いことを信じているから。


「君たちは俺が見立てた以上に、芯の部分でしっかりとしたものがある。羨ましいな。俺も婚約者とは、そういう風に生きて行きたい」

「それで、ヴェイン? お前の婚約者ってどんな女性なんだ? 僕たちのことを訊ねておきながら、自分の事情は隠すのは無しだからな」

「私もどんな方なのか知りたい」


 食べる物を食べ、話すことを話し、夜は更けて行く。

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