四人で行動する
【獣耳】
獣の耳(猫型、犬型、ネズミ型など)が獣人の特徴として挙げられる。【獣耳のみ】、【獣耳と人間の耳の両方】、【蛇型などの耳を持たない】といった三パターンがあるが、【人間の耳だけ】というパターンは無い。
【獣耳のみ】の場合、頭蓋骨の仕組みが他の種族と異なり、耳の穴の位置のみならず鼓膜や聴神経、その先の三半規管の位置も異なっている。
【耳を持たない】パターンの獣人は爬虫類系であり、髪型云々以前に毛の生えない体質であることが多いのだが、その耳の位置は鼻の穴のすぐ近くであったり、あるいは耳と思いきや偽装されており、全く別の位置にあるなど、一概に“ここにある”とは言い切れない。
【獣耳と人間の耳】の両方を有する場合、どちらも耳の役割を果たしていることはほとんどなく、どちらか一対の耳は偽装となっている。人間の耳が偽装なら耳介は聴覚機能の全てはなく、耳の穴は塞がっている。獣耳が偽装なら、やはり聴覚機能はなく耳の穴も塞がっている。そして末端まで神経が通っていない。だが、偽装ではあっても切られれば出血し、激痛を伴う。
二対の耳のどちらに聴覚があるかで頭蓋骨の仕組みに違いがあるが、見た目のみで判断するのは困難を極めるばかりか獣人は決してどちらが偽装であるかを語らない。なぜなら、機能していない側の一対の耳に触れられると感覚的にこそばゆく、心地良さを感じてしまう(場合によっては興奮、快感に至る)ため。一種の弱点であるが、耳に腕を伸ばすリスクに対して得られるリターンは少ないため、戦っている最中にわざわざ狙いに行く者はいない。
エキナシアを含めた四人で寝床に帰ると既にアベリアたちも帰ってきており、目的通りセレナの姿もそこにはあった。ノックスはランページの一件を群れに伝えるため一時離れはしたもののすぐに戻ってきた。その間にアレウスは獣人の終末個体化が群れで起こっていること、ランページには黒い魔力が纏わりついていたことを報告した。
「ジブンの方ではランページを確認することはありませんでした。それでも、縄張りでの終末個体化が増えているのは事実です」
「稀に起こることが頻発しているのなら、何者かの手が加わっているのは確かだ」
アレウスが発言した直後、数秒程度だったがセレナから強い眼差しを受けたような気がする。
「なんだ?」
「なにも」
視線について言及すれば必ず話が逸れてしまうため、抑える。
「その何者かは黒い魔力を持っている。一年前、僕たちが見た黒騎士に関係があるかもしれない」
黒騎士は二人いた。一人は『魔剣』――ルーファスの遺志により剣が身勝手にも役目を果たそうと動き出した残滓。そしてもう一人は、馬を駆る鎗の使い手。エルフの森周辺で大地に瘴気を撒き散らしていたのは後者で、前者はアレウスとの接触を果たすために仕方なく瘴気を放っていた。
「鎗の黒騎士の最期は確認できていない。そうだな?」
ヴェインとガラハに確認を取る。
「イェネオスが殴り飛ばしたあとのことは知らない。その殴り飛ばした事実についても、オレは聞いただけで見たわけじゃない。スティンガーも頑張ってはくれたんだが、エルフの森は想像よりも難儀で、妖精の力を借りても中枢に向かうことはできなかった」
「俺たちは森に惑わされて、迷っていた。スティンガーがいなかったら森から脱出することさえできなかったよ。で、その末にイェネオスの元に戻ったんだけど、その頃にはほぼ全てが終わっていて、俺たちはイェネオスに言われるがままにイプロシア・ナーツェに向かって拳の魔力を撃ち出す準備をした」
逃げようとしたイプロシアは彼方を見て恨み節を叫び、巨大な魔力の拳を受けて吹き飛んで行った。これはアレウスが神域で見たことで二人の話とも一致する。しかし、知りたいのはイプロシアの末路ではなく鎗の黒騎士の顛末だ。あれだけ巨大な魔力の拳を受けてもイプロシアはきっと生きているだろうし、それよりもイェネオスが確実に黒騎士を倒したかどうかが今は重要なのだ。
「敵が死んだかどうか分かってねぇんじゃ、そいつが悪さしているかどうかも不鮮明ってか? 同胞たちにも総力を上げて調べさせているが、ちっとも足取りを掴めないしな。それとも同胞のどいつかが嘘をついているのか……?」
「それは、黒騎士はセレナが『闇』を渡るみたいに瘴気に紛れて移動するから。どこかで悪さをしていても、獣人の気配を感じ取ってすぐに移動してしまっているのかも。だから、あなたたちの調査が空振りに終わってしまうのは仕方がない」
アベリアがノックスの疑心暗鬼を取り払おうと苦心する。恐らくだがその仕草を見てノックスは感じ取るものがあったのだろう。一言、「ありがとう」と言って控えた。
「瘴気を渡る……か。では、瘴気の痕跡はないのか?」
カプリースが口を開く。
「これまでの話をまとめると、鎗の黒騎士が一枚噛んでいると思われるが決定的な証拠がない上に、その姿も視認した者がいない。それでも黒い魔力は黒騎士が扱う瘴気と似通っている。ならば、ここで重要なのは瘴気によって漆黒に染められた大地や枯れ果てた草花があるかどうか。それがどこにも見当たらないのなら、黒騎士とは関係なく、また別の誰かがキングス・ファングの縄張りで悪さをしていることになる。そして、そんなことは決して許されない。だろう?」
「ああ。ワタシたちの縄張りを荒らす者は必ず殺す」
「ジブンも父君と姉上の手を煩わせるような真似をする輩を放っておくつもりはありません」
「で? なにから始めればいい?」
話はまとまったと思ったが、カーネリアンはアレウスに話を振ってくる。
「なんで僕?」
「獣人の姫君はともかく、私たちは気ままには動けない。こういったときはパーティリーダーの貴様が方向性を示すのだろう?」
「僕よりカーネリアンの方がよっぽど現状が見えているように思えるけど」
「力量や思慮の話ではない。貴様がこのパーティの軸だ。基本的には貴様には従いたい。勿論、方向性に納得できない場合は異議を唱えさせてもらう」
全員の視線がアレウスに向く。
また、この役割を担うときが来た。そう思いたいが、一年も行方知れずになっていたというのにリーダーを名乗るのはいかがなものか。アベリアやヴェインに任せるべきなのではないか。
「ここにいるみんなが望んでいることだよ」
悩むアレウスにアベリアが声を掛ける。
「誰も逃げ出したなんて思ってない。誰も責任を放り出したなんて考えてない。アレウスはまたアレウスに出来ることをすればいいの。みんな、アレウスが集めたんだから」
「……僕にまだその資格がないのは分かっている。でも、それでも僕に言葉を聞いてくれるなら、その期待に応えたい」
まだ後ろめたさが残っている。これを消し去るには、パーティリーダーとしての責任を再び果たし、結果を残すことだけだ。怖がって忌避し続けていれば、失敗も再び落胆されることもない。けれど、同時に成功も、そして信頼の再獲得もない。だったら挑戦をアレウスは選ぶ。選ぶしかない。
「次のキングス・ファングの座を求めて、ファングの血筋を種族問わずに擁立させて、縄張り全体が混乱している状態にある。僕もパルティータに利用される形でこの群れに来た」
状況を整理する。
「僕にはパルティータが王に相応しいのかどうかは分からないけど、ノックスは別に王の座に拘りはないと言っている。だけど、擁立させた側の獣人はそうは思っていない。だからきっと、誰が次の王に相応しいのかを問うようにして群れでの勢力争いが小さくとも起こる。パルティータなのか、ノックスなのか、セレナなのか。はたまたファングの血と関わりのある他種族か、カッサシオン・ファングの眼を持っている僕なのか。僕たちの知らないところで、静かに火花を、そしてその火花は確実な着火剤となって、炎を起こす。できることならそうなる前に、ファングの後継者争いは解決してほしいと思う」
獣人たちはキングス・ファングの関わる者たちを集めている。血統だけではなく、アレウスのようにカッサシオンの眼を持っているからという理由だけでパルティータは利用しようと動いた。ならば未だ根強く残るカッサシオン派が、アレウスを擁立しようとする者だって出てくるかもしれない。
「正直、獣人たちに常に監視されている状態では思うようには動けない。こうして話していることも筒抜けだろう。むしろ筒抜けであった方がいいか。妙なことを考えていると思われて襲われても仕方がない」
行動は制限される。可能な限り、穏便な方向で調査しなければならない。
「パルティータは僕をノックスとセレナにあてがおうとしている。つまり、僕たちは三人なら動ける。そもそも二人がランページについて調べていることをパルティータは知っているだろうし、あてがうことを考えて僕を連れてきた彼が、二人の調査に同行することを拒むことはできない。監視役は付いてくるだろうけど」
「そうだな。お前たち三人で動くことについては、パルティータは容認せざるを得ないだろう。交流を建前に出せば尚のこと、奴は口出し不可能だ。だが、抜けている部分がある」
「パルティータはアベリアについても知っていた」
指摘してきたカーネリアンに、抜けている部分をしっかりと提示する。
「そして獣人は僕だけでなくアベリアも出せと仮拠点では要求してきたんだ。だから、アベリアが群れに来ることは彼の中では決まっていることだった。だから、僕たちにアベリアが同行しても、彼にとっては想定の範囲内になる」
ノックスとセレナを探すとき、アレウスはわざとアベリアと別行動を取るようにした。セレナがアベリアに心を許している点も大きいが、アレウスのいない側のみんなにパルティータがどのような対応を取るのかを調べたかった。
「ヴェインやガラハに獣人が干渉しなかったのは、アベリアが傍にいたからだ。パルティータはアベリアに、なにかをさせようとしている。もしくは、アベリアの力を頼ろうとしている」
「『原初の劫火』?」
アベリアの問いにアレウスは肯く。
「彼がなにをしようとしているのかは分からない。でも、頼ろうとしているアベリアに手出ししてこないなら、それを逆手に取りたい」
「だが、自由に行動できる四人が一塊になるのは良くないのではないか? その話ならオレやヴェイン、そしてカーネリアンに獣人の牙や爪が向くかもしれない。そうならないためにも四人の内の一人はオレたちと行動すべきではないか?」
「それが正しい。ガラハの言い分はもっともだし、絶対に正しい。でも僕が知りたいのは、僕たちがいない間にパルティータがガラハたちにどういった態度、行動を取るか、だ」
「俺たちは囮ってことかい?」
「悪いけど、そうなる。でもこうしないと、パルティータの次代の王になるための基盤作りという目的以外が見えてこないんだ」
「身内を疑われるのは不愉快ではありますが……」
「あいつが要求した人物以外を縄張りに入れた理由か。アレウスとアベリア以外を入れたくなかったのは確かだろうが、それでも入れるという判断を取った真意を知るには、ワタシたちが離れていた方が手っ取り早いってわけか」
「危険なことをさせる。もしかしたら死ぬかもしれない」
「オレとヴェインは『教会の祝福』を受けているから死んでも甦る。死なないと分かっているからこその危険な調べ方を取るということか」
「昔のアレウスなら絶対に考えなかっただろうね。今回は『教会の祝福』を受けていないカーネリアンさんもいるし、余計に」
「でも、そもそも僕は、」
「私たちが『獣人の襲撃を受けても死ぬとは考えていない』だろう?」
先を言われてしまう。
「囮と言えば聞こえは悪いが、要は獣人の力試しだ。目的を洗いざらい吐くことはないだろうが、真意に近付くことはできるだろう」
「それに、オレたちの誰か一人でも殺せば心象は最悪だ」
「獣人たちは同胞を殺されれば必ず報復を取るんなら、他種族だって報復に出るかもしれない。ましてや、俺たちは冒険者でカーネリアンさんはガルダ。群れにとって絶対に厄介なことになる。それでも襲い掛かってくるのかどうか」
「逆に言えば私たちも力試しはできても、獣人を殺してはならない。奴は、同胞が殺されることを望み、そこからの報復行為による私たちの抹殺を狙っていそうだからな」
「ヴェインたちには寝床周りで活動してもらうとして僕たちは谷底に向かう」
「いや、あそこは、」
「ノックスには悪いけど、調べなきゃならない」
あの場所がエルフの森で言うところの神域――獣人にとっての触れてはならない場所であることは、彼女から聞いた話で理解できた。
理解した上で、ノックスの真意も知る必要がある。彼女はどうして、母親の遺骨を探していたのか。そして今、どうして彼女はアレウスが谷底を調べようとするのを拒もうとしたのか。
「姉上……ジブンたちだけで解決できることではありません」
「……セレナがそう言うなら。だが、あそこは腐臭と死体と呪いだらけだ。今は……それ以外も、あるかも知れねぇけど……耐えられるなら耐えてみろ」
「それなら私たちは大丈夫」
「そういうところを生き抜いてきた」
アレウスとアベリアなら精神的な摩耗はむしろ最小限に抑えられる。
「こんな方向性でどうだ?」
「かなりの仲間依存だが、その仲間の腕を見込んでのことだろう。悪くはない、良くもないが」
やはり評価は芳しくない。しかし、カーネリアンはそれよりもノックスの方を見る。
「それで貴様は私たちに出された食事をなぜ、真っ先に食べている?」
「なにか悪いか? お前たちを歓迎する気なんてワタシにはないからな」
「それはさすがに礼儀がなってませんよ、姉上」
ノックスの言い分にセレナは嘆息した。




