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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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鳥と獣

【獣人】


 異界で魔物が魂の虜囚を取り込んだ際、一定の確率で人間の肉体的特徴を得ることがある(マーマンやウンディーネ、ケンタウロスなど)。人工の魔物であるギガースと異なり、異界で自然的に発生したそれらの魔物の中でも稀に人語、及び自己意識を有することもあり(これらはもう魔物とは呼ばれない)、彼らが奇跡的な確率で異界から世界へと解き放たれた結果、繁栄した種族である。しかしながらこれはいわゆる『先祖』や『祖先』と呼ばれるもので、現在の獣人は更にそこにヒューマンとの混血児となる。それらの経歴はハゥフルやガルダの誕生とほぼ相違ない。


 ヒューマンの血が混じることで魔力に頼らずに食事による肉体の維持が可能となっているが、同時にミディアムビースト――ミーディアムとしての特性も持っているため、そもそもの産まれる子供の数が少ない。獣人同士であれば群れの維持は行えるが、ミーディアムの性質として他種族との恋に落ちてしまうと、自然と数が減るという状況にある。これはガルダやハゥフルも同様であるが、空と海という環境下にある彼ら彼女らに比べると他種族との接点がどうしても多くなってしまう。


 そのため、獣人はハーレムを構築することでその個体数を維持しているとされている。特に獣人の群れのトップはミーディアムの性質である繁殖力の低下が見られず、老いるまで繁殖能力を有し続ける。これは群れのトップを表す称号がロジックに刻まれることが起因しているとされている。

 また、群れのトップと関係を持った女は一児に限らず二児、三児と子供を産み育てる確率がまだ高いのではという仮説が立てられているが、実証段階にない(そもそも、研究に協力的な獣人はゼロに近い)。


 群れは大きいものから小さいものまであり、小さなものでも群れのトップであることには変わりなく、そのトップはやはり繁殖能力が高く、性別的には男性であることがほとんどである。


 二足歩行と四足歩行ではそもそもの骨格が違う。街に溶け込んでいる獣人はともかくとして、魔物と獣人を見分ける特徴は難しく(ワーウルフ、スネイクマンなど似た魔物がいるため)、冒険者のような特定の気配を感知できる者たちが仲介役になりやすい。尚、四足歩行の獣人は二足歩行の獣人に比べてより野性的であり、獣とほぼ変わらないが、話せる者はおり、また衣服にも気を遣う者がいる。


 現在、特に巨大な群れを構成しているのは帝国側と王国側に一つずつあり、片方がキングス・ファングの群れで、もう一方はウリル・マルグの群れである。

 昼食は獣人たちに用意されたものを食べることとなったが、生肉がそのまま出されるのではなくしっかりと火を通されていた。パルティータのはからいか、それとも獣人たちは他種族が群れに入ってきた際のもてなし方を学んでいるのか。

 とても美味しい肉だ。アベリアも綺麗な食べ方を忘れてかぶり付くほどだったので、この味覚に嘘はない。それこそ見た目はただの焼いた肉なのだが、その焼く過程で臭い消しのために香草が用いられている。口に入れても臭みはない。そして、非常に柔らかい。肉を柔らかくするためになにかしらの処置を施しているのだろう。極上の肉をアレウスは食べたことなど一度だってないのだが、獣人が出した焼き肉は自身が今まで食べてきた肉料理のどんな肉よりも美味しいと思えた。

 しかし、肉と水以外に出されたものはなかった。夕食も恐らくは焼かれた肉が出されるはずだ。今日は美味しく食すことができても、これが連日のように続くとなれば胃もたれを起こすだけでなく、栄養も偏ってしまう。他種族の食事を知らないのであれば仕方がないことであるため、夕食に魚が出てくることを期待することしか今はできない。パルティータに要求するのも手だが、そこでまた変な交換条件を提示されるのではないかと思うと二の足を踏んでしまう。


 ただ、実のところ食事についてはそこまで真剣に憂慮することではない。持ち込んだ保存食はまだあって、困窮していない。そんな明日や明後日の食事について憂鬱になる前にさっさとノックスとセレナを見つけてしまおう。


 仲間たちと事前に話した通りに二手に分かれ、捜索を開始する。


「私は飛べるが、貴様のペースに合わせた方がいいか?」

「いいや、好きなように飛んでくれ。ただ獣人には気を付けてほしいのと、『念話』ができるなら頼む」

 カーネリアンが肯き、刀を抜いて切っ先を天に向けて『念話』の魔法を唱える。その後、アレウスとの応答が可能かどうかのチェックを終えて、彼女は空高くへと舞い上がった。アレウスの傍には機械人形のエキナシアが残る。曰く、「『念話』のサポートをしてくれる」らしい。要はカーネリアンの魔力をエキナシアが感知し、それをアレウスへと放出する中継役だ。

 カーネリアンが飛んで行った方へとアレウスも駆け出す。エキナシアはアレウスの速度に負けず劣らずの速度で付いてくる。それどころか、息一つ切らすことがない。さすがは機械人形――悪魔の心臓を動力源に持つだけのことはある。しかし、別にエキナシアはアレウスに付いて行っているわけではない。ひたすらにカーネリアンを地上から追いかけているだけである。それもまた悪魔の心臓がカーネリアンの心臓に打ち込まれているためだ。機械人形がどういったものかまでは分からないが、常にガルダの傍に居続ける存在であることは知っている。距離が開きすぎると良くないのだろう。これは一種の共鳴なのだろうが、本人たちは一言もそういったことを発さなかったので、あくまで推測の域を出ない。


 エキナシアに感情があるかどうか。そこのところまでアレウスは考えなくてもいいだろう。そんなことはカーネリアンがよく知っていて、カーネリアンだけが分かっていればいい。変に交流を求めて、カーネリアンからの信用が落ちてしまってはたまらない。用心棒役などとは言ったが、彼女には出来得る限りアレウス側にいてもらいたい。綺麗だから、美人だからという理由ももしかしたらあるかもしれないが、やはり『産まれ直し』であること。この点が大きい。


「カーネリアンが『産まれ直し』を自覚したのは僕が桜の花びらの枚数を聞いたときか?」

 走りつつ、アレウスはカーネリアンと繋がっている『念話』による会話を求める。

『いや、それよりももう少し前だ。ラブラのロジックの書き換えを解いたときぐらいだろうな。私のロジックはクルタニカにしか開くことはできないが、奴は巻物(スクロール)を用いて強引に書き換えた。そのときに、きっと私の産まれ直す前の部分にも影響が及んだのだろう』

 ロジックは開くことができなくても、巻物なら干渉が可能。これはリスティがアレウスに冒険者としての称号やランク、レベルなどを書き込んだ方法と同じだ。ならばアレウスも相手が巻物を見せてこようものなら強く警戒しなければならない。

「産まれ直す前の記憶はどれくらい残っている?」

『桜の花弁が平均して五枚であること、あとはそうだな……死に際がどうだったかは知らないが、鬱屈した感情はあった』

「僕と同じで、どうして死んだのか分からないタイプか」

『死ぬ前に関わった者のことなら薄っすらと憶えている。あれは……そうだな……いや、語るほどではない、か。だが、死に際を知っている者もいるのか?』

「カプリース・カプリッチオ」

『奴は憶えている、と?』

「恐らくだけど……いや、憶測に過ぎないが」

 カプリースは実際、自身のアーティファクトに『リコリス』と名付けている。そもそも、リコリスは花の名称だ。あのような穢れた大波を起こすアーティファクトの名称として用いるのは、なにかしら『リコリス』という言葉に強い怨念か、感情が込められているからに他ならない。つまり、彼にとってリコリスとは花の名称以外に、何者か――もしくは組織を指す言葉だったのではないだろうか。当時は無理だったが、今ならそのように考えられる。

『考えすぎではないか? 奴とは数回、言葉を交わしたがどうにも噛み合わなかった。いや、ハゥフルの女王陛下も掴みどころがなかったが』

「そのなにを考えているか分からないところが、あの男の怖ろしいところだ」

『手練れであることは目を見れば分かった。しかし、女を見るときの目は少しばかりふしだらだったな。女王陛下は常に睨んでいた。エルフの森への救援で女王陛下を連れ出したのは、そういう女遊びを未だにやめようとしないあの男への嫌がらせだったらしいが、無事に帰すことができたから良かったものの、連れ出した先で死んだらどうするつもりだったんだろうな』

「連れ出した張本人が言うな」

『あの手の嫌がらせに関しては、私も経験があるからな。家柄への反発の一つだ。そのたびに折檻が待っていたが……今でこそ懐かしいが、折檻が良いものだなどと思ってなどいない』

 沸々と彼女の言葉には怒りにも似たものが混じり始めた。カプリースの話題からどうしてそっちへと話が逸れてしまったのか。会話の自然な流れだとしても、逸れる方向が意外過ぎて困る。


『しかし、あの国は女王陛下とあの男がいる限りは安泰だろう。大陸ではなく島を国とする以上、どうやっても奪いに行くのは困難を極める。加えてハゥフルは海中での生活もできる。沖合の海底に街を作っていれば、軍船の接近にも最速で気付けるのだからな。一つ問題なのは、女王陛下がそのカプリースという名の男やらにお熱であるところだが』

「あれは相思相愛だから問題ない」

『そうなのか? ヒューマンがハゥフルを……では、子を授かってもヒューマンの血が更に濃くなるな』

「さっき話で出たようにヒューマンの血で、一族が絶たれる……か? というか、なんであの二人が子を授かる前提で話を進めているんだ?」

 ハゥフルの女王がヒューマンを婿に取れば、一種の暴動が起きかねない。

『相思相愛なのだろう? それに、後宮は男の特権ではない。男にハーレムがあって女にハーレムがないなどと思わないことだ。それに、ガルダとハゥフルは卵生だが産む量には大きな差がある。次代に繋げられずとも、兄弟姉妹は多いかもしれない』

 だが、兄弟姉妹が多くともその世代の更に次の世代へと繋がる世継ぎが産まれないとなれば問題となる。やはり相思相愛であってもクニアとカプリースの交わりは絶望的だろう。


 しばらく走り回ってみたが、見渡せどもノックスの姿はなく、そして気配もない。縄張りが円状か、四角形か、はたまた不定形かも分からない中、ひたすらに直進を続けるのはどうにもリスクが高い。


 代わりに、言いようのない気配を一方から感知する。


「カーネリアン!」

『もう向かっている!』

 気配がしたのはここからでも分かる谷の方角――そして、気配に満ちた殺気は近付けば近付くほどに確かなものへと膨らんでいく。


 谷の縁に立って、すぐ下を覗く。浅くはなくどこまでも深い。谷底は暗闇に満ちていて、とてもではないが目視での確認は不可能だ。

『照らすか?』

「いいや、待て」

 『蛇の眼』による熱源感知。暗闇であってもあらゆる熱を感知することができるそのアーティファクトを用い、アレウスは谷底から凄まじい勢いで大きな大きな生命体が這い上がってくることを知る。

「戦う準備はしていてくれ!」

 そう指示を出し、アレウス自身も谷から距離を取る。


 直後、谷底から跳躍して一人の獣人が宙を舞う。


「ノックス?!」

 アレウスの声に僅かに視線を向けた獣人だったが、驚きや応答のような猶予が与えられることはなく、刹那に彼女目掛けて、跳ね上がってきた巨大な生命体の持つ爪が襲い掛かる。骨の短剣で受け止めるも、爪ではなく腕力によって彼女の体は上空へと吹き飛ぶ。

『私が獣人を掴んでやらなければならないとはな』

 空で構えていたカーネリアンがノックスの体を片腕で掴む。

『悪いが空を飛べない貴様を抱えて続けるわけにはいかないのでな』

 巨大な生命体が唸り声を上げ、今度は上空にいるカーネリアンへと信じられないほどの跳躍で迫ってくるため、無造作にノックスをアレウスへ向かって投げ落とす。


 ノックスはアレウスのサポートを借りることもなく空中で体勢を立て直し、地面に着地する。


「悪いがアレウス、今は再会の喜びやらなんやらと言ってやれる状況にない」

「誰がどう見たってそうだろ。僕だってこんな状況で『久し振り』と声を掛けられるとは思っちゃいないよ」

「はっ……言うじゃねぇか。しばらく振りに会ってみたら腑抜け野郎にでもなってしまってんじゃねぇかと思ったが、どうやらそうじゃないみたいだ」

「で? あれはなんだ?」

「実は分かって言ってんだろ? ワタシとお前にとってのトラウマ――いいや、越えなきゃならない過去か?」

「終末個体か」

「ああ。まぁ、魔物の終末個体じゃねぇんだけどな……つまりは、殺してやってくれ」

 魔物ではない。だがあれは魔物にしか見えない。しかし、ノックスが魔物じゃないと言い、そして殺してやってくれと言うのならそれはつまり――

「元獣人だって言うのか?!」

 どう見ても獣人の――いや、獣人が魔物寄りの姿をしているとすれば、あり得るのか。とにかくアレウスの思考が混乱する。

「ここ最近、これが頻発してんだよ。父上は問題解決のために遠出しちまっているから、ワタシとセレナがなんとかしなきゃならない。縄張りの外に出せば、別の群れに被害が及ぶ。そうなっちまうと父上の名が落ちてしまう」

 カーネリアンが巨大な生命体の接近を許すことなく刀の一本で空中での争いに勝利し、生命体を地面へと叩き落とす。アレウスは短剣を抜き、ノックスはそれを見てニヤリと笑う。

「良い構えだ。前よりもっと、武人らしくなった」

「お前に褒められたくて鍛えたわけじゃない」

「そりゃそうだ。でもまぁ、唐突な手助けがどうしようもない足手纏いじゃなくて助かったとは思っている」

「それよりもお前の父親はキングス・ファングで間違いないな? 初めて互いに名を名乗ったとき、お前は僕に嘘をついたな?」

「ついてねぇよ。キングス・ファングの血筋は皆、ファングを名乗らなければならない。だが、本名は別にあるんだよ。要は母上側の名前だな。っつうか初めてお前と剣を交えたとき、ワタシは姫君と呼ばれていたんだから嘘をついたところでキングス・ファングの娘だってことぐらいは分かるだろ」

 呆れた風に言いつつも、巨大な生命体との間合いを常にノックスは保ち続ける。

「だからってわざわざ本名の方を名乗る必要もなくないか?」

「あのなぁ……まぁいいや、お前にそこまで説明したくねぇ」


「認めた相手には本名を名乗る(なら)わしがあるらしいな?」

 カーネリアンがエキナシアの傍まで降りてきて、冷やかし気味に言う。

「あるいは気に入った男や女にだけ特別に名乗るんだったか?」


「ちっ……! 鳥風情が獣人の風習なんぞを学習してんじゃねぇよ。鳥は鳥らしく、覚えたことをさっさと忘れてしまえ」

「鳥頭だと言いたいのか? 地上しか走れん獣人風情が」

「地上から獣人の石ころ一つで打ち落とされるクセに張り合ってくるんじゃねぇ」

「張り合ってなどいない。獣人と同列になど立ちたくなどないからな」


 面倒臭い。率直な感想がアレウスの脳内を駆けた。


「だが、鳥風情にも仕方がねぇから言っておく。情けはかけないでやってくれ。ああなっちまったら救いようがない。苦しみ続けるよりは、死なせた方がいいんだ」

「……息の根を止めるのは貴様だ。私たちはその手伝いをする」

「ああ、そうだな。その方がいい。そんじゃ、よろしく頼む」

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