祝福か原罪か
「ヒューマンの血が混じった子供をあなたが王にするとは思えない」
パルティータの要求を飲む飲まないの話はしない。そこに話題の根幹を設定されると、常に彼がこの場を支配することになる。
「逆にヒューマンの血を混じらせることで、完全にノックスとセレナを王の座――姫君という立場から引きずり下ろせるじゃないか。どうせ獣人だって混血よりも純血だろう?」
獣人はその出生の都合上、ミーディアムである。クルタニカがミディアムガルーダと呼ばれるようにミディアムビーストと蔑称されることもある。だからこそ自分自身の血をエルフと同様に、これ以上、薄めたくないと思っているに違いない。ハーフエルフですらエルフと対等ではないのだ。ヒューマンと交わることで産まれた子供は群れから放り出されるに決まっている。
「ふ、ふっ……賢い意見です。ですが、このことについては既にオレは群れで宣言しています。姉上たちも把握していることですし、またキングス・ファングも了承していることです」
「気に喰わんな。実姉をヒューマンと交わらせようなどと」
ガラハが明らかな嫌悪を口にする。
「幸福を思えば、種族の垣根を無理に越えさせる案など出さないだろう」
「幸福を思えばこそです。獣人は王によるハーレムによって種族を維持しています。ですが、オレたちは産まれながらにして枷を掛けられています」
「繁殖力」
アベリアが呟き、パルティータが肯く。
「分かっていることは、『獣人の王』は繁殖力を喪わないこと。これとハーレムによって、王は複数の女性と交わり、子を産ませる。この群れの中でキングス・ファングを祖としない者はいませんよ。ただし、キングス・ファングとは『獣人の王』の呼び名であり、代々にして受け継がれるもの。だからもしオレが王を継げば、パルティータ・ファングではなくキングス・ファングと名乗ることとなります」
世襲制。つまり、キングス・ファングとは名前ではなく『獣人の王』を示す名称でしかない。
「『獣人の王』という称号がロジックに刻まれることで、繁殖力の維持が行われるのだろうな」
カーネリアンがアレウスへと囁く。囁いたところで、獣人は耳がいいので聞き取られているだろう。だから、彼女は聞こえていることは承知の上で、しかしながらパルティータ以外の獣人には聞こえることがないように囁くことを選んだのだ。
群れで『獣人の王』という称号が、どのようにロジックに影響を及ぼすのかが浸透してしまうと、それは混乱を引き起こす。獣人がそうであるとは限らないが、獣におけるハーレムとは、雄たちによる激しい頂点の奪い合いであり、蹴落とし合いである。群れの頂点に立つ雄だけが繁殖を許され、蹴落とされた雄たちは群れから離れるか、従属しても繁殖が許されなくなる。パルティータの言い方では、獣人は繁殖を禁止するところまでは行っていないと思われる。
なにせミーディアムの繁殖能力は低いのだ。禁止すれば獣人という種が途絶えてしまう。だが、そういったハーレムの形式が取られており、称号に王という意味合いだけでなくロジックに刻まれることで効果が発生すると分かったなら、キングス・ファングに選ばれていない男たちは次から次へと自分自身がハーレムを獲得するために殺意を持って押し寄せてくる。
動物にとって種を残すことは本能だ。そして自身の血による繁栄を望む。人間はそこに子々孫々による強い支配力によって、全てを掌握したいという欲望が混じる。だから帝王も国王も、後継者は自身の血が通っている者とし、それ以外の身内を閑職へと遠ざける。
次にパルティータはなにを言い出すのか。アレウスは身構えていたが、それよりも先にパルティータに獣人が近付き、なにやら囁く。
「寝床の準備が整ったようです。難しい話はひとまず措いて、旅の疲れを癒やしてください。群れにも他種族の来客について周知させます。あなた方が物騒なことを起こさない限りは、オレたちの牙や爪、そして刃がその喉元を掻き切ることはないでしょう」
やはり不敵な笑みは崩さない。
「こういった話は長引くものです。今日中に肯かせるのは不可能だと思っていました。だから、明日からも話を詰めていきましょう」
アレウスたちの疲れを気にすることはできるようだが、それ以外の一切の感情はシャットアウトする気らしい。
獣人とのいざこざを仮拠点で起こしたくはなかったという思いもあるが、これは自ら望んで進んだ道だ。そこに対しての後悔はない。
獣人に案内された寝床は、あまりにも急ごしらえであったが大きな葉を沢山用いて作られた屋根がある分、野ざらしよりはまだマシだろう。少なくとも平原や草原、森林地帯のようなところで野宿をするよりは安全である。パルティータが獣人たちに周知させたのなら、突如として襲い掛かってくるような事態もない。しかし、もしものことを考えて、夜は交代で寝ずの番を行わなければならない。
「ノックスさんやセレナさんと話をしたいってところか」
寝床で腰を下ろし、ヴェインが持参した荷物をチェックしながら言う。
「パルティータの言い分だけじゃ、群れの全てを理解したってことにはならないよ。やっぱり他の獣人にも色々と聞いて回らないと」
「ヴェインはあの獣人をどう見る?」
「良い人だよ。まぁ、ちょっと怪しくはあるけどわざわざ遣いを送ってきているし、ここまで来るのも獣人たちが手伝ってくれた。それに寝床も用意してくれている。なにより、彼にとって重要なのはアレウスだけのはずなんだけど、こうして俺たちと分けることなく一緒の寝床だ。今は信用できる。そのせいで、だから彼の言っていることには真実味が出てしまって、嘘じゃないと判断できてしまう」
「ガルダの私にも多少は文句を言ってはきていたが、追い出そうとはしなかった。言い分には乗れないが、奴自身は物分かりの良い獣人であると私も思う」
アレウスはガラハとアベリアを見る。二人は言ってはこないので、ヴェインとカーネリアンの言っていることに賛成らしい。
「子作りするの?」
ただし、こればっかりは無視できないとばかりにアベリアが訊ねてくる。
「しないよ」
「本当に?」
「本当に」
「気の迷いでは?」
「しない」
「お酒の勢いに乗っては?」
「しない」
かなり深く訊ねられてしまうが、二つ返事で否定する。
「奴らが面倒な気を回してこない限りは、アレウスもそんな間違いを犯すことはないだろう」
見かねてガラハが助け舟を出す。
「ただ、面倒な気を回された場合はその限りではないがな」
と思いきや、唐突に言葉で釘を刺される。よほどアレウスの顔が面白いことになっていたのか、スティンガーがケラケラと笑っていた。
「混血は種を絶ちかねない行いだ。ましてや獣人、ガルダ、ハゥフルは『始祖』が魔物だと言われている。私たちの界隈で純血が好ましく、血統や家柄意識が強くなるのは、そういった面もある。ドワーフやエルフだってそうだろう。ヒューマンと交わって生じるミーディアムの将来は明るくない」
「獣人はより魔物との距離が近いらしいね。その近さが元来のミディアムビースト――産まれながらにミーディアムの性質を備えてしまっている要因だと俺は思っているよ」
「獣人同士でもやっぱり生殖能力が落ちるものなのか?」
「どうだろう……ひょっとしたら、まだマシなのかもしれない。俺が聞いた限りだと、ハーフエルフ同士は二人や三人程度、子供を設けることができるとかなんとか。まぁでも、獣人のハーレムという性質はもしも子を成す力が失われたとても種を存続させる最後の手立てって見方もできる。ハーレムって一夫多妻制とよく同一視されるけど、動物の世界では雄は精子提供の道具で、雌の方が強い権利を持っている場合がある。ハーレムだからなにもやらないんじゃなく、ハーレムのせいでなんにもやれなくされているって考え方もできるから。まぁ、そのハーレムを獲得するためにひたすらの努力を重ねているんだから、一概には言い切れないけど。そして、キングス・ファングに限ってそれはないはずだよ。ハーレムじゃないと一子しか授からなかった場合、群れが成り立たなくなってしまう。群れの中のトップは絶対的強者だから、産まれてくる子供もきっと強い子供って考え方はあるのかもね」
「つまり、ヒューマンの遺伝子が私たちの種の繁栄を阻害している可能性があるということだ」
ヴェインの聞いた話からカーネリアンが仮説を立てる。
「空の方でも、ミディアムガルーダ同士は子を数人は設ける場合がある。これを私はヒューマンの血が薄まるからだと思っている」
「誰とでも交わり、子を成すことができても、その先を奪う。まさに異種交配が起こす歪みだな」
ガラハもカーネリアンの仮説に加わる。
「エルフの暴動が起きた際、ヒューマンの女性がさらわれることが多々あった。ハーフエルフであっても種を増やしたいという名目だと最初は考えていたが、あれはハーフエルフの総数を増やしたいからではないか? そうすることで森に残るハーフエルフと交わらせ、ヒューマンの血を薄めさせるのが狙いだったのではないか?」
アレウスは額に手を当て、考え込む。
「ミーディアムは恋に落ちれば、一生涯を掛けてその恋を追い続ける。それがたとえヒューマンであっても……異種交配の先の更なる異種交配。ヒューマンの血が深まることで、遺伝子に影響が……? いや、遺伝はされても、機能しなくなるのか……? 胎生と卵生の歪みかと思っていたけど、そっちの方が可能性は高い」
「だったら、パルティータがアレウスとノックスやセレナと子作りをしてほしいのは」
アベリアが先に答えに至ったが、アレウスも同じ結論に達した。
「現キングス・ファングの血を絶たせるため、か。獣人は現段階でミーディアム、そこにヒューマンの血を加えることで、異種交配の先の異種交配により、産まれる子供は確実に生殖能力が弱まる」
「完全に自分自身の縄張りへと変えたいんだよ、パルティータは親の血からの継承じゃなくって、自分の血から始めたいんだ。だったら、子作りなんてできるわけないよね?」
そのように再びの確認が求められたが、またアベリアへ分かりやすいくらい深く肯く。
「でも、だからってパルティータの発言全てを否定するのはまだ早いよ。最初に言ったように、ノックスさんやセレナさんとも話をしてみないと。キングス・ファングに話を聞けるのが一番だ。自分の末っ子が持っている野望を知っているか否か。ここは割と重要になってくるだろうね」
「知らなければパルティータの叛乱、知っていれば種の存続のためにわざと争わせているといったところか」
ヴェインがガラハの言葉に首を縦に振る。
「ふっ……困ったものだな、ヒューマンというものは」
「僕も思う」
「いいや、その生き方について困っているわけではない。種族の垣根を越えさせてしまうほどに魅力的なヒューマンという存在に困っている。なぜこうも、ヒューマンだけが全ての種族と交わることを許され、更には子供まで成すことができるのか。神による祝福か、はたまた原罪か。しかし、どちらにせよこのように世界を神がお創りになられたのであれば、私たちはその通りに生きるまでだ」
果たしてそうだろうか。アレウスはカーネリアンの言葉に疑問を抱く。
「神が創った道理だから許されるのか? 神だから全てを許されるのか?」
「抗うか?」
「とりあえず、神様ってのは信じない」
カーネリアンにそう断言すると、ヴェインが溜め息をつく。
「もう長い付き合いだし、アレウスのことをよく知っているから俺はなんにも言わないけど、信仰心の塊みたいな人の前ではそういう態度は取らないでくれよ? 俺がどれだけ擁護しても、神を馬鹿にした瞬間に殴られるし切られるし刺されるよ? お酒のせいって言ったって許してはくれないから、気を付けてほしい。信仰の対象は人それぞれだから、それを全否定することも馬鹿にすることも、大前提としてあっちゃならないことなんだから……真っ当な信仰だったらね」
最後に付け加えたのは『異端審問会』は否定するという意味を込めたものだろう。
「それで、獣人の姫君はどうする? 過激な行動を取らなければ、獣人たちはオレたちに手出ししないらしいが」
「ノックスは僕とカーネリアンが探す。セレナはアベリアたちが探してくれ」
「どうして私が貴様と?」
「彼女は僕と同じなんだよ。特定の人物にしか開けないロジックを持つ」
「……そういうことか。なら、その分け方が妥当だろう」
上手く伝わったらしい。
ノックスは『産まれ直し』だ。そしてアレウスとカーネリアンも同様に『産まれ直し』。現状の群れのことだけでなく、三人だけで話せることがあるかもしれない。




