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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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縄張り

 獣人がキングス・ファングから了解を得たはいいものの、日中に準備しないまま出発するわけにもいかず、翌日の運びとなった。アベリアと獣人の顔合わせもあったが、アレウスへの対応に比べてアベリアには獣人がかなり柔和な態度を見せていた。女性には基本的にそういう態度を取るのかと思ったが、カーネリアンに対しては恐怖心が先を行っていたので、単純に雰囲気の差がそうさせたのだろう。


「カーネリアンが頼まれごとを引き受けるなんて、珍しい話でしてよ」

 翌日の出発の朝、欠伸を隠さずにしつつクルタニカはアレウスへとぼやく。

「そうなのか?」

 連れて行ってもらえないことへの苛立ちは昨日の内に消失したらしい。カーネリアンが「あなたが獣人の煽りに乗らないと誓える?」と問い掛けて、肯かなかったあたりこの件に自身が不向きであることは自覚していたようだが、それでも居残りは寂しさがあるのだろう。


 ただし、アベリアは「仕事をサボった罰」と冷たく言い放たれていた。バートハミドの件へのちょっとした仕返しなのだろう。


「それも二つ返事だなんて、どんな風の吹き回しなんですの……?」

「僕に言わなくても、本人に直接聞けばいいような」

「勘ですけど、アレウスじゃなかったら絶対に付いて行く気はなかったはずでしてよ。まぁ、カーネリアンは武人みたいなところがありますから、強者には従うところはありますが」

 ジト目でアレウスを見て、それからボソッと「カーネリアンは大丈夫なはず」と呟いた。


「獣人の背に乗せてもらうなんて、恐れ多い話だよ」

 ヴェインは背伸びをしつつ言う。

「同じ人間なんだから、申し訳なく思ってしまうんだ」

「それは……分かる」

 曖昧に返事をしたのち、獣人たちをみてからアレウスはハッキリとした答えを発した。


 獣人は容姿にかなり特徴があっても、ミディアムビーストと呼ばれる以上はハゥフルと同様に人間に分類される。ヒューマンの容姿が多種多様であるように獣人の容姿や体躯だって個性でしかない。


「獣ニ近イ者ハ、乗セテ走ル、コト、ヲ、喜ビ、ト、スル。彼ラ、走ルコトガ、全テ、ダ。気ニシナクテ、イイ」

 チラリと獣人はカーネリアンを見る。

「鳥人ヲ、乗セル、獣人ハ、イナイ、ダロウ」


「私も馬代わりに獣人の上には(またが)りたくはないからな。空を飛べるのなら、なんの問題もあるまい」

 見せつけるように黒い翼を広げる。しかし、獣人たちにとってその翼の色は意外だったらしく、しばしの間があった。

「苦労人、カ」

「獣人に(ねぎら)われる気はないな」

 カーネリアンの生い立ちに思うところがあったのだろう。だが、翼が黒く変色したのはカーネリアンが『超越者』になってからだ。とはいえ、翼の色で悩み苦しんでいたクルタニカと、家柄やガルダの規則に苛まれていたカーネリアンが苦労人であることに違いはないのだが。

 そして、ちゃっかりとエキナシアは狼に乗り込んでいる。獣人も獣人で機械人形を拒んでいない。どうやら嫌悪の対象外にいるらしい。


 馬と違って、大きな狼に乗るというのは一抹の不安はあったが、獣人が吠えると同時に心の準備も待たずにアレウスたちをそれぞれ乗せた狼たちは獣人と共に駆け出した。

 その疾走感は馬に比べると安定感に欠ける。また目線の高さが馬に比べて低くあるため、常に地面を間近に捉えたまま景色が流れていく。跳ね上がりもやはり不安定で、しっかりと捕まっていてもちょっとした段差を飛び越えるだけでも腰に負担が掛かる。

 だが、どんな悪路も寄せ付けない。馬では登れない高所も、降りることも難しい低所も、アレウスたちはただしがみ付いているだけで狼が難なく越えて行く。乗り手との意思疎通は取れていないのかと思いきや、そういった悪路を越える際には一度、静止をして尻尾を強く振って警戒するように要求してくる。


 戸惑ったのは最初の数十分ほどで、一時間も乗ってしまえば慣れてくる。ただ、馬ほどのスタミナはなく、獣人たちは頻繁に休息を取る。そのたびに乗る狼が変わるのだが、どうやら交代制することで自分たちの負担を減らしているらしい。


 ガラハは武器の重量も含めて乗せて走れるものかと思っていたらしいが、一度目の休息で認識を改めて、獣人たちにスティンガーと合わせてお礼を言っていた。


 昼を過ぎ、夕方になり、夜になる。空を飛んでいたカーネリアンの休息も必要なため獣人たちと夜を明かし、早朝に食事を摂って、出発する。アレウスたちは事前に用意していた非常食で済ませたが、獣人たちは休息した地点の付近で狩りをして、自分たちで生肉を食していた。恐らくだが、彼らは野生動物の場所も水源も視覚、聴覚、嗅覚、もしかしたら触覚、味覚も活用して把握している。五感をフルに使うことで、休む場所を見極められ、水分補給ができるだけでなく、狩りもできるのだ。


「存外、知能があるものだな」

 目的地近くまで着いたためか、狼から降りることを促されたアレウスにカーネリアンが率直な感想を述べる。

「もっと向こう見ずだと思っていた」

「……ガルダはどうして獣人を毛嫌いするんだ?」

「いわゆる力関係のせいだな」

「力関係?」

「ハゥフルはエルフに強い。理由は分かるだろう?」

「エルフは流れの穏やかな河川でしか泳ぎを知らないから……か?」

「そうだ。ハゥフルとエルフの争いでは、水魔法を自在に操れるハゥフルが有利。だがそんなハゥフルを私たちガルダは空から襲い、得物で突き刺し、掬い上げることができる。だが、そんな我々もどれだけ速く飛んでも獣人の目から逃れる術はなく、攻撃を仕掛けても大半が避けられるか反撃を受けて撃ち落とされる。だが、獣人はエルフの魔法の前では通常では歯が立たない」

「獣人は泳げること前提か」

「エルフよりも泳げるのは当然だろうな」

 カプリースのアーティファクトでかなりの数の獣人が押し流されていた。だからカーネリアンの言うところの力関係――有利不利の関係が本当にあるのかは疑わしい。完全に彼女や彼らの中に植え付けられた得意意識と苦手意識のせいではないだろうか。

「ドワーフはどうなんだ?」

 アレウスはガラハに話を振る。

「そんな種族同士での得意不得意はあまり耳にしたことがないな。だが、オレはともかくとしてヒューマンをどこか見下している節があるな。腕力でも負けないと思っている」

 初めてドワーフと遭遇したときのアレウスを見る視線が冷たかったのはそのためか。

「ならヒューマンはどの種族に対して強気に出られるんだろうね」

 アベリアも話に乗ってきた。

「霊的存在や悪魔じゃないかな。祓魔の話はヒューマン以外ではあんまり聞かないからね」

 ヴェインも興味を示したらしく、参加してくる。

「話シテ、イナイデ、進メ」

 そんなアレウスたちを獣人が急かしてくる。


 種族の垣根を越えて、互いの価値観について語る。これほど面白いことはないのだが、ここにクラリエがいないのが残念でならない。こういった話はクラリエが一番興味を示すだろう。そして、ノックスやセレナのような獣人の環境について詳しく話せる人物がいないのも惜しい。カプリースがいれば、ハゥフルの生き方についても語り合えたんだろうか。


「悪くないと思わないか?」

「なにがだ?」

「いや、種族問わずに、自分たちが勝手に思い込んでいることを話して、意外とそれが現実とは違っているというのは、面白いと思わないか?」

「空に上がればどうでもいい話だ。悪くないとも、面白いとも思わない」

 だが、とカーネリアンは付け足す。

「クルタニカはきっと私とは正反対のことを言う。だから、私に言いたい分は彼女の分に取っておいてほしい」

 彼女の中ではクルタニカが基準の一つとして入っている。それぐらいの強い友情と強い信頼を抱いているのだ。アレウスの知らない一年間で、より彼女たちの仲は強固なものになったに違いない。

「一年に何回か、クルタニカに会いに来ているのか?」

 それが偶然、獣人たちが仮拠点に現れた日だったとアレウスは推理する。

「ああ、シンギングリンが異界に堕ちたとき、私は空に戻ったんだ。理由は貴様たちをラブラと共に襲った罰として受けたロジックの書き換えによるものもあったし、“異界化”の方法をガルダが知っているのなら、その逆の方法もどこかに記されていないかと調べるためだ。結果として、そんな都合の良い秘術はなかったが」

 シンギングリンの一時的な異界化とシンギングリンが異界に堕ちた状況というのは酷似はしていても似て非なるものだ。もし解き放つ方法があったとしても、結局は成功しなかっただろう。

「それからはクルタニカに『念話』で呼ばれて、定期的に地上に降りることになった。空の上でも地上で起きているいざこざは届いている。私が地上との橋渡し役をしているのはエーデルシュタイン家の当主であるからと、偵察だ。場合によっては地上にいるガルダやミディアムガルーダを空へと引き上げるためのな」

「戦争には加担しないんだな」

「私たちは私たちの誇りを傷付けられない限りは、地上の争いには関わらない。ただでさえ空の上でも争いはあるんだ。地上の争いにまで関わりたくはないのが、ガルダの総意だろう。だが、闘争を求める連中も少なからずいる。ラブラのような欲望に溺れた者が戦場に現れる。ガルダの傭兵がいなくならないのはそのせいだ」

「傭兵を好まないのは『秘剣技』は多数に見られていいものじゃないからだろ?」

「確かに、『秘剣』は誰にでも見せていいものではない。だが、貴様は単純明快なことに気付いていないのだな」

「単純明快?」

「どんな種族だって、争いたくはないものだ。たとえ武術や剣技が冴え渡っていてもだ」


 少しばかり、アレウスの心は荒んでしまっていたのかもしれない。思えば、リブラの尖兵となったアイリーンやビスターを切り捨てたときも、心の痛みはほとんどなかった。

 戦争が心を荒ませているのではない。きっと、一年間の『不死人』との夢の中での命の奪い合いによって、痛みの薄い心を作り上げられてしまった。


「僕はあんまり自分は変わっていないと思っていたけど、そうじゃなかったらしい」

「言って気付けるのならどうにでもなる。本当に終わっている輩は言ってもなんにも通じない」


「話し込んでいると置いて行かれてしまうよ?」

 知らず知らずの内にカーネリアンとだけ話を続けてしまっていたらしく、さっきまで話に参加してきたみんなは二人を残して先を行ってしまっていた。カーネリアンと顔を見合わせ、互いに思うところを共感しあい、急いでみんなのあとを追った。


「ココカラ、先ハ、我々ノ、縄張リ。離レル、ナ。我々ノ傍ニ、イナケレバ、スグ、喰ワレル、ゾ」

 なんとも怖ろしいことを言われたために全員が黙り込み、獣人たちの先導されながら野原を進む。

 臭いというものが変わることはなかったが、確かにアレウスは殺意に近しい様々な気配を感知する。どれもこれもまばらではあるが、全てはアレウスたちという余所者に集中している。

 獣人たちが連鎖的に吠える。その咆哮に対して、別のところから様々な動物の咆哮が聞こえる。片方は受け入れることを求める咆哮だと思われるが、もう一方は明らかに敵意が剥き出しの咆哮が続く。

 吠え続ける獣人の鳴き声も様々な。鳴き方一つ一つに意味があるのだろう。もしかしたら、吠えている長さにも意味があるのかもしれない。

「納得ハ、サレテイナイ。ダガ、キングス・ファング、ノ、許可ハ、得テイル。コノママ、進ム」

 代表の獣人に言われるがままアレウスたちは野原を進む。進めば進むほどに向けられる殺意は高められていくが、それでも襲われる様子はない。


 そうやって、どうにも肩身の狭い状態が続いた先――恐らくはキングス・ファングの縄張りの中枢に辿り着く。


 ただし、そこにキングス・ファング――『獣人の王』の姿はなかった。

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