無理やりが過ぎる
仮拠点の冒険者と数十人の獣人。臨戦態勢とはまさにこのことで、少しの刺激で命の取り合いが始まりそうなほどにヒリついた雰囲気が漂う。そんな一触即発の状況にアレウスはガラハと共に臆せずに入り込む。
「僕がアレウリス・ノールードだ。アベリアもその内に来る」
獣人側の殺気が僅かだが和らぐ。しかし、こちらに隙を生じさせようとしているのかもしれない。依然として気は抜けない。
「話なら聞く。だから、お願いだ。そう殺気立ってこちらを睨んだり、爪や牙を見せるのをやめてほしい」
アレウスは振り返る。
「冒険者の皆さんも、武器を抜こうとしているその手を離してください。でないと彼らも殺気も殺意も消すことができないと思いますから」
こんな風に指揮を執って、あとで冒険者に陰でなにを言われるか分かったものではないが、ここで意味のない殺し合いが発生するよりはマシだろう。それは獣人たちも同様で、両者の間にあった殺意の向け合いは自然と解けていった。
「僕には同胞たちをこの手にかけた記憶はない。それでも僕を出せと言ったのは、なにかしらの落ち度があってのこと。僕に非があるのなら、どうか無知な僕にその罪について聞かせてほしい」
彼らが仮拠点に現れたのはどう考えても同胞の仇討ちだろう。そして仇敵がアレウスなのだ。そうでなければ、獣人が自身の縄張りから離れたところ――しかも人間が多く暮らす土地には現れない。
「獣人の王――今のキングス・ファングは人間が同胞を殺すか、縄張りを荒らさない限りは群れを動かさないと聞いている」
ガラハがアレウスの横で知識を語る。
「以前にシンギングリンを魔物の群れと合わせて襲ってきたが、あれについてはどうもきな臭い。恐らくは煽動した者がいるはずだ。一体、何者かまでは分からないが」
「そうだな……あの混乱に乗じてクリュプトンがクラリエを異界に堕としにきた。だとすると、あの一件には『異端審問会』が関わっている。でも、今回もまた『異端審問会』が関わっていると思うか?」
「そればかりは獣人が話すのを待つだけだ」
小声でのやり取りを終えて、アレウスは獣人の返事を待つ。
代表であろう獣人は何度か発声練習を行う。
「ノクターン・ファング、セレナーデ・ファング、知ッテイルカ?」
喋り方にたどたどしさがあるのは、人語をあまり得意としていないからだろう。見た目で決め付けてしまってはならないが、ノクターンやセレナよりも圧倒的に獣に近い。二足歩行はしていても、どこか覚束なさがある。だが、下半身に比べて上半身の筋肉の付き方が強い。特に両腕、両手は人間の大人の頭部を簡単に握り潰せてしまうだろう。代表の獣人は随分と大柄だが、小柄な獣人ですらヒューマンの体格では到底、敵わない体躯を有している。
「知っている。僕は彼女たちを傷付けてしまっただろうか?」
一度目は終末個体のピジョン、二度目はセレナ救出のためにハゥフルの小国へと渡った。その後のことは分からない。だが、もしかするとハゥフルの小国からアレウスたちはシンギングリンに帰ったが、二人は群れに帰らなかったのではないか。そのような不安がよぎる。
「デハ、カッサシオン・ファング、ハ?」
「知らな……いや、待ってくれ……シオン?」
「我ラガ、キングス・ファングの、長兄ノ、愛称ヲ、知ッテイル?」
カッサシオンは知らないが、シオンという呼称であれば聞き覚えがある。いや、聞き覚えしかない。
「アア、ヤハリ、カッサシオン、ヲ、継グ者」
獣人がアレウスにひざまずく。
「なんだ……?」
「ソノ眼、カッサシオン、ノ、眼。ソレコソ、我ラガ、忠ヲ尽クス者ノ、眼」
アーティファクトの『蛇の眼』を言っているのだろう。普段は表面化しないのだが、獣人たちは臭いで感じ取っているのだろうか。それとも、ノックスかセレナが獣人の誰かに教えてしまったか。
「我ラガ、王ヲ、継イデ、モライタイ」
途端に話が飛躍した。
「カッサシオンはもう亡くなったと聞いている。群れを束ねるのはノクターンかセレナーデでは?」
「アノ姉妹ニ、王ヲ継グコトハ、出来ズ」
獣人は溜め息をつく。
「双子ハ、凶兆。双子ガ、継ゲバ、獣人ノ未来ハ、無イ」
「確かに僕には、カッサシオンの眼がある。でもそれだけだ。それでヒューマンを後継者とするのは本末転倒で他の獣人は納得しない」
「誰モガ、心ノ底デハ、祈ッテイル。アノ双子以外ガ、群レヲ継グコトヲ」
話が進展しない。断っても獣人の態度が変わらないせいだ。アレウスの話を聞いてくれていないせいもある。
「双子が凶兆?」
人種において、双子が産まれることなどよくあることだ。それを凶兆と捉えるのは独特が過ぎる。
しかし、そこでアレウスは思い当たる。彼らは獣人であり、同時にミーディアムであるということに。
ミーディアムは生涯で子供を産む回数が極めて少ないのだ。子供が産まれた直後から彼ら彼女らから性欲が薄れ、子を成す能力が弱まっていく。そのように聞いている。そして、それは“生涯で子供を一人しか産まない”という認識の歪み――勘違いを生み出す。実際には二人目を授かるミーディアムもいるはずなのだが、一般的な見解は“一人だけ”なのだ。
だからこそ、獣人に限らずミーディアムの間では双子が誕生することが異常事態であり、不吉の象徴として捉えるのではないだろうか。逆に考えれば、不可能だろうと考えられていたことが不可能ではなかったのだと実証され、喜ぶべきことのはずなのだが、それはアレウスが学者的観点から物事を捉えているからだ。獣人のように物事を教え込まれていたら、アレウスもきっと双子を凶兆と考えるようになる。
要は環境が、彼らを取り巻く環境が双子を良くないものとする状況を作り出している。ならば、そこを指摘しても彼らは決して納得しない。
「双子だから後継ぎに相応しくないのか? それとも、ノクターンとセレナーデが女性だから相応しくないのか?」
しかしながら、彼らの観念には更に加算されているものがある。それはノックスとセレナが女性であるということだ。
「後継ぎは男子であるべき。ヒューマンの間でも未だに根強く存在する観念もあるんじゃないのか?」
「王ハ、誰ヨリモ強く、ナケレバ、ナラナイ。女ハ、男ヨリ、強イコトハ、少ナイ」
「少ないけど、強いこともあるはずだ。ノックスは僕と同等か、それ以上に強いはずだ」
「ソレハ、ナイ。カッサシオン、ヨリモ、強イナド、アリ得ナイ」
やはりこの話は平行線になってしまう。なにせ獣人たちはもう既に自分たちの中で答えを作り出してしまっている。
ノックスとセレナが後継ぎに相応しくないということと、アレウスが『蛇の眼』を持っているのなら、カッサシオンの代わりに獣人の王になるべきだ、と。
「僕はヒューマンだ。さっきも言ったけど、そんなことは獣人の群れでは絶対に許されない」
「キングス・ファング、ハ、言ッタ。相応シケレバ、種族ナド、関係ナイ、ト」
獣人は立ち上がり、アレウスを睨むように捉える。
「ドウシテモ、話デ、納得シナイ、ナラ、無理ヤリ、連レテ、行ク」
「獣人ごときが、くだらないことで私の友人を困らせるな」
熱を帯びた風がアレウスの背後から獣人たちへと漂う。
「貴様たちは王が決めたことに従わず、群れから離れて別の後継ぎを立てたいだけだろう?」
アレウスの真横に機械人形のエキナシアが寄ってきて、獣人から離れてほしいことを示すように手を取って、後ろへと引っ張る。
「血生臭いことは獣人の間でやってくれ。存分に争い合え。こんなことにヒューマンまで巻き込むな」
「空ヲ飛ブコト、シカ、能ノ、ナイ、鳥人メ」
殺気立つ獣人だったが、エキナシアによって後ろに下がらせたアレウスの代わりに前に出てきたカーネリアンの、強者の佇まいとオーラを感じ取って、さながら信じられないものでも見たかのような恐怖に駆られたのか、大量の汗を噴き出しながら後退する。
「ちぐはぐな人語で罵られたところでなんともないな。ちゃんと私を罵りたいのなら姫君を連れてこい。それでようやく口喧嘩ができる」
続いてカーネリアンがアレウスを見る。
「貴様も、このような者たちの話を真面目に聞いてどうする? この手の輩は他にも後継を擁立しようと駆け回っている。キングス・ファングと関わりを持っているなら誰でもいいのだろうな。王の後継の擁立は、自身の権力の確立だ。どうやら獣にも権力争いはあるようだ」
凛々しく、美しく、その佇まいはただただアレウスの目を奪う。だが、戸惑っている場合ではない。
「どんな話であっても、聞くことは大切だ。聞かなきゃ分からないこともある。聞いて分かれば、譲歩する案が閃くことだってある」
「……相変わらず、人を疑いながらも話を聞く姿勢は貫く、か。いいだろう、ならば実際に見に行けばいい。見ることで分かることもある。聞くだけでは、読むだけでは見聞は広められない。この私のように」
「……お前たちとこのまま話し続けていても、ずっと物事は平行線を辿る。だから、僕たちを群れへと連れて行ってくれないか? だけど、ちゃんとキングス・ファングには連絡を付けてほしい。突然、ヒューマンやドワーフ、ガルダが群れに近付けば戦闘は避けられないからな」
獣人の代表はアレウスの要求を飲んだらしく、大きく吠えると後方にいた数人の獣人が野原へと駆け出した。
「キングス・ファング、ノ、返事ヲ、待ツ。シバシ、待テ」
「さっき、ガルダと聞こえたが?」
「用心棒はいてくれた方がいい。クルタニカのことじゃないぞ? 彼女は、」
「獣人を煽り、そして煽られて乗ってしまう。なにやら困っていそうだからと助太刀をしてみれば、自然と巻き込まれてしまったな」
「人に情けをかければそうなるんだ」
「巻き込まれ続けてきた者が言えば説得力も生まれるものだな。まぁ、構わない。数ヶ月振りに大地に降りて暇をしていたところだ。死なないところまでは付き合ってやろう」




