次なるは
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本来、一つの魂が二つに分かれた。
これは災いの兆しである。
双子は凶兆なり。
たとえ群れの長の子供であろうとも、
いずれ我らを滅ぼすキッカケとなろう。
片方は殺すべきだ。
生かさず、殺すべきだ。
生贄を神は求めている。
神に捧げるべき命なのだ。
二つに分かれた魂の一つを神にお返しすることで、
魂は一つとなり、双子は一子となる。
なぜ生かす?
なぜ殺さない?
キングス・ファング!
まさか実の娘だから殺さないというのか?!
お前がその手で奪ってきた命の数に比べれば!
たった一人の犠牲など安いだろうに!!
*
「エイラさんの家業についてですが、驚くほど安定しているようです。後輩も、なにから手を付けたらいいか分からない仕事に見通しが立ったと報告してくれています。エイミーさんに白羽の矢を立てたのは間違いではなかったと一安心しています」
これでエイラの御家事情は安定するだろう。
「エイミーさんも仕事を見つけられたことで安定した収入を得られるだけでなく、婚約者の夜遊びを監視することができるようになったと喜んでいらっしゃいました」
「……それは、そうでしょうけど」
「なんでしょうか? アレウスさんはもしかしてヴェインさんの夜遊びを黙認してほしいとでも?」
「そこまでは言っていませんが、ちょっとかわいそうだな、と」
「かわいそう? 婚約者が傍にいるのに夜遊びをする方が人としてどうかと思いますが」
もっともなことを言われて、アレウスは黙る。
「まぁ、どんな街からも性風俗なるものがなくならない理由も分かりますが、私は性風俗のせいで家庭が崩壊したところを沢山見てきましたよ。ヴェインさんとエイミーさんにもそうなってほしいと?」
「言ってませんよ」
もうこの話はやめにしよう。アレウスは言葉の端々にそういった意味を込めて発する。
「二人のことは二人で決めてもらうとして……外の掲示板に貼られていたのは本当のことですか?」
「皇帝陛下の御決断です。私たちがどうこうできるものではありません」
掲示板に書かれていた内容は帝国が冒険者を戦場へと投入すること、各ギルドへ通達が行われ、場合によってはそこで徴兵が行われることなどが書かれていた。
つまり、冒険者の特権は失われ、入隊も兵士になることも拒めなくなった。
「以前に教えてもらったはずですけど、禁忌戦役の二の舞になるんじゃないですか?」
「ええ……本当に、歯痒い思いですよ。恐らく皇帝陛下も分かっていての御決断です。連合は『不死人』を投入し、『兵器』によって連邦の数々の国を滅ぼしてしまいました。ハゥフルの大虐殺を反省していないどころか、禁忌戦役以上に勢いを感じます。こうなってしまうと、四の五の言っている余裕はないのでしょう。行儀良く、正々堂々などといった古来の戦争に拘り続ければ、領土も民も守れない。そういった判断だと、私たちは信じるしかありません」
リスティは唇を噛み締め、発言こそしたが自分自身は納得していないといった意思表示を見せる。
「幸い、こちらにはまだそういった通達は一つも飛んできていません。シンギングリンの再興に時間が掛かるという判断か、それともまだこの辺りの冒険者を徴兵する段階にないのか。ですが、アレウスさんたちはまだ考える段階にはないと私は思います」
どうして、と。アレウスは視線で伝える。
「だってシンギングリン奪還の立役者ですよ? それ以外にもシンギングリン防衛の実績があります。名のある冒険者を早々に兵士として投入することは渋るはずです。要はまだ中途半端な実績なんです。もっと完全無欠の実績を持った冒険者を、戦線を鼓舞するために徴兵したがるはずですから」
中途半端という言い方には引っ掛かりはあったが、大きな実績を持っている者――有名人であればあるほどに徴兵対象になり得るのは分からなくもない。
アレウスだって、有名な冒険者と話す機会があれば気分は高揚し、そこに続こうという気持ちになる。名のある冒険者の徴兵は、絶対的な力への信頼に限らず現状の士気を高めるための一要素にもなるのだ。
だが、アレウスにとって『至高』の冒険者である『賢者』との邂逅は最悪なものだった。その点を踏まえると、人間性にもチェックが行われるだろう。
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「僕に質問なんて珍しいですね」
「アレウスさんはリブラを撃破後――あれは撃破というよりも、諦観させたようなものですが、その後、なにかしら違和感を覚えてはいらっしゃいませんか?」
「違和感?」
「たとえば言葉……私たちの言葉に、違和感は?」
「特には……いや、でも……」
アレウスはその問いかけに思い当たるものを感じる。
「言葉として言い表すことは決してできそうにはないんですけど……なにか、違和感はありますね」
「……この拠点にいる様々な学者が会議を行ったのち、そこで出た仮説を私たちに立ててきたことなのですが、いまいち内容が掴み取れないものだったので、共有したいと思いまして」
リスティが言葉にし辛そうに続ける。
「異界獣を撃破すると、言語が解放される」
「……はい?」
「つまり、異界獣を倒すと、以前までは使ってこなかった言葉を、以前から使ってきたかのように会話に織り交ぜるようになるのでは、というものです」
「だったら、異界獣は僕たちの言語すらも縛っていると?」
「もしくは異界獣の喪失によって巨大な異界が喪失し、その異界が持ち合わせていた言語が解き放たれる……のでは?」
「漠然とし過ぎていませんか?」
「それは私も思いましたよ? でも、なんだかこうしっくりと来ることもあるんです。再誕したアクエリアス討伐後も、同じく再誕したリブラ討伐後も、決して表現することはできないのですが言葉の幅が広がった……ような? いや、そんな感覚はなくて……なんでしょうか」
リスティも仮設について詳しく説明しようとしているが混乱してしまっている。アレウスもリスティの言いたいことをなんとなく理解しているのだが、それを言語化することができない。言われてみれば、とは思うのだが分かりやすい例を出すことができないのだ。
「異界獣か異界か。そのどちらかが世界に影響を与えている?」
「もしくは、縛り付けている。私たちは異界獣を倒せば倒すほど、その縛りを解き放つことができるのかもしれません」
「でも僕たちは特段、なにかを縛られていると思ったことはありません」
「そう。だから異界は私たちが大切だと思っていた物すらも、大切だったのかすら思い出すこともできないままに奪っているとも、言えるのではないでしょうか?」
「……だったら、余計に異界獣の自由にさせておくわけにはいきません」
「ええ。帝国の方針転換があろうとも、私たちは私たちのできることをやりましょう。もしも、帝国がアレウスさんたちを徴兵するようなことがあればそのときは『逃がし屋』を頼ります」
「『逃がし屋』を?」
「あなた方をハゥフルの小国、そこが駄目なら新王国へ逃がせば徴兵されることはないでしょう」
国際的な逃亡犯になってしまうが、国境さえ渡れば容易く手出しはできなくなる。名前も変えてしまえば活動することも難しくないはずだ。
「もし僕たちに徴兵の話が来ても、最優先にしてもらいたいのはヴェインとエイミーです。僕は最後で構いません」
せっかく二人は再びの絆を結ぶことができたというのに、今度は国のいざこざで離ればなれになってしまう。さすがのアレウスでも、彼らより我先に国外逃亡しようなどとは考えない。
「正直、『逃がし屋』が私の話を聞いてくれるかどうかは分かりませんけど、尽力しましょう。そもそも、エルヴァが言えば確実なんですが」
「エルヴァが?」
「あの二人は切っても切れない関係にあります。特に『逃がし屋』はエルヴァには割と甘いです」
あの異様な石像作りの男が、エルヴァに甘いイメージはない。アレウスに厳しかったようにエルヴァにも厳しいという意見であれば、まだ分かるのだが。
「それはそうと」
「いや、まだ僕は聞きたいことが」
「クルタニカさんが勝手に付いて行った点までは把握していますが、彼女となにかとんでもない進展があった、なんてことはありませんよね?」
むしろこれまでの話はこれのための前座だったかのような語気の強さにアレウスはたじろぐ。
「ありませんよ」
「本当に?」
「あるわけないじゃないですか」
「クルタニカさんはそうは思っていないという可能性は?」
「ないです」
そんな色惚けた展開はバートハミドで起こらなかった。
「アベリアさんが数日いじけていたので、もしやと思っていたのですが」
「ああ……機嫌を直してもらうのが大変でした」
「実はこの話はアベリアさんから聞いてくれと言われていたものでして」
表向きは機嫌を直せていたと思っていたのだが、どうやら全く信じてもらえてはいなかったし、機嫌も直せてはいなかったらしい。アレウスは自身のここ数日の努力がまだまだ小さなものに過ぎなかったことに肩を落とす。
言葉だけでは伝わらないところまで来ているのかもしれない。分かりやすい態度の一つでも見せる段階――すなわち、肉体的な接触が求められる時期にあるのかもしれない。
心から、心の底からアベリアのことを好いている。積極性はないかもしれないが、自覚してからはかなり気を遣っていると思っているのだが、そんなのはアレウスの自画自賛でしかなかったようだ。
そういえばリブラの異界に行く前に、物事が落ち着いたら伝えるべきことを伝えると言っている。もしかしたら態度ではなく、アベリアはその言葉を待っているのではないだろうか。
「何事も、臆していれば遅きに失するものです。早い内に納得できることを納得させて、安心させるだけで心というものは強くなりますよ?」
「なんのアドバイスですか……?」
「言ってみただけです。お二人の仲が悪くなると色々と困ります。こうして話をすることもできなくなるかもしれませんし、そうなると疑問を解く方法も失われてしまいます」
「……シエラさんとヘイロンのことですか?」
「はい。シンギングリンの異界で、魂だけの存在になっていたというのは……あまりにも出来過ぎているのではないかと。シエラ先輩はまだしも、ヘイロンは都合が良すぎます。あの人はエルフの暴動や『不死人』の襲撃より以前に、殺されているのですから」
「ならヘイロンは僕のロジックに寄生していたのではなく、何者かが『念話』で話しかけてきていたことになりますけど、それにしてはあまりにもギルドの内情を知りすぎていたような気がします」
特にクラリエの血統については極秘中の極秘だ。ギルド関係者ならまだしも、外部の人間が知るにはそれこそあの異界に取り込まれていたギルドそのものへ侵入するほかない。それも尖兵化したアイリーンとジェーン、そしてビスターに気取られることなく、である。
「私たちは知らず知らずに、大いなる力に惑わされているのやもしれません。そしてアレウスさんは、その大いなる力を持つ者に興味を抱かれている」
「それも、あまり嬉しくない興味の抱かれ方でしょう?」
「はい。だから私は気を付けてくださいとしか言うことができません。またなにか判明したら、お伝えできることもありますけど」
建物の扉を力強く開き、大きな音が室内に響く。
「何事です?」
扉を開いたのはガラハにリスティが訊ねるも、やや落ち着きがない。
「獣人が来ている」
「それは、宣戦布告でしょうか?」
「一応ながら交渉する気があるらしい。ただ、アレウスとアベリアを出せと言って聞かない」
「……ノックスとセレナか?」
「それだったら俺もこんなに焦ってやっては来ていないんだがな。奴ら、要求が通らなければ一戦交える気満々だ」
「分かった。リスティさん、色々と話をしてくれてありがとうございました」
アレウスは席を立ち、リスティにお礼を言ってから外に出た。




